歯車の咆哮   作:影のビツケンヌ

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フリート・ウィズアウト・ボーダー

 「ふう…」

 

 夜。

 艦娘達が寮の中に割り当てられた一室で、レイは小さく息を吐いた。そこは元々姉妹艦が同室する為に用意された十人部屋で、彼女は五床もある二段ベッドから好きに寝床を選ぶことができた。

 

「…なんだか今日は、凄く濃い一日だったなあ」

 

入り口に一番近いベッドの上段に寝転がりながら、レイはこれまでの出来事を思い返した。サルガッソ海での戦死、転生、艦娘との演習に加え、鎮守府の一同を食堂に集めての歓迎会もとい宴会。あまりの急展開――特に宴会が開かれることを知った時――に、噂に聞く海兵隊の新兵訓練プログラムの方がまだましなのではとも考えた。あちらは徹底的に娑婆っ気を落とすそうだが、こちらは娑婆っ気を塗りたくられた気分だ。

 そして何より、驚くことも多かった。

 誇らしげな巌羅の言葉が、耳に残っている。

 

“俺達は『国境なき艦隊(FWB)』――深海棲艦の脅威から人類を守ることを目的とした非政府組織(NGO)だ”

 

「国境なき艦隊、か」

 

 艦娘達も提督もこのトラック泊地も、軍隊やPMCに属するものではなかった。この世界線に於いては、Fleet Without Borderを略したFWBなる、日本は横須賀に本部を置き世界に十五万人ものスタッフを擁した一大NGOが、事実上全世界の国防を担っているのだ。

 FWBの活動内容は、「クラウドファンディングにより調達した資金を利用しての防衛拠点『鎮守府』の設置・運営」「艦娘の支援及び擁護」。四百人程度しかいない艦娘に比べて一般スタッフが圧倒的に多いが、鎮守府にいない者達も艦娘の活動の喧伝、身辺警護、便宜供与の斡旋などに奔走している。霊的存在である深海棲艦同様既存の常識で測れない艦娘を国の法で縛るようなことがあれば、艦娘はその国の意向に多分に左右され、それは全ての艦娘が潜在的に持つ‘人類全ての為に戦う使命と欲求’に反するものだというのが、FWBの考え方であった。

 全ての艦娘はFWBの支援の下に各地で深海棲艦と戦い、その甲斐あって、既に地中海のほぼ完全な奪還に成功。ヨーロッパのみならずあらゆる地域で高い支持を得ているという。

 

 「…凄いな。やっぱり」

 

 艦娘があくまで一兵士であり兵器でしかなかった自分の世界線との違い、それは艦娘が持つ神秘性故にある種の救世主の如く特別視されている点にある。人間の遺伝子を元にして造られている「強化人間」なだけあって、自分やその周辺の(つまり海兵隊所属の)艦娘達は兵器といえど人間らしい扱いを保証されていたが、あくまでそれだけ。

 幾ら今の自分がこの世界線の艦娘に近しいものとなっていようと、所詮――

 

 「おっじゃまっしまーす!!」

 

藪から棒に、よく焼けた少女が入室してきた。

 

「え? えっ?」

「お邪魔するっぽーい!!」

「こら夕立、それにシオイも! ノック位しなきゃ駄目じゃないか」

「ごめんなさい、急に押しかけてきてしまって…」

「雷ー、島風と曙はどうしたのー?」

「二人とも布団に入ってたわ。起こすのも忍びなかったからそのままよ」

「待ってなのです、電を置いていかないで欲しいのです~!」

 

レイが状況を飲み込めないまま、更に続々と艦娘達が敷居を跨いでいく。その数七人。

 

「えっと…何か、御用でしょうか?」

 

不躾だと知りつつも、レイは二段ベッドの上から動けなかった。宴会の時もそうだったのだが、彼女は生まれながらに兵士且つ兵器であり、およそこのような状況に直面したことは一度たりともなく、それ故どう対応するべきかの規範を己が内に持っていなかったのである。

 

「んー、まああれだよ」

「歓迎会の時は、ちゃんと自己紹介できなかったからね」

「イク達だけでこっそり親睦を深めに来たの!」

「なのです!!」

 

時刻は午後十一時。自分より幼く見える彼女達に、明日に響かないのかと、レイはそう言うこともできなかったのだった。

 

 

 

 

 

 部屋は中央の壁で東西に大きく分断されており、窓に近い東側に三床、ドアに近い西側に二床、それぞれ二段ベッドが鎮座している。西側のベッドは東西の壁際に置かれ、東側はスペースの関係上窓を三方から囲い込む形になっている。

 ベッドが占める割合は西側の方が少ないのだが、艦娘達は東側を選び、円形に並んで床の上に座った。レイは胡座をかこうとしたが、皆が可愛らしく正座しているのを見て、それと悟られぬよう正座に直した。見れば皆()()()()()()パジャマを着ていて、慣れているという理由でスタッフから借りる寝間着に無粋な黒いジャージを選んだことが、レイは途端に恥ずかしくなった。

 

 「はーい、それじゃあ自己紹介始めまーす!」

 

始めに名乗りを上げたのは、最初の闖入者たる浅黒い肌の少女だった。茶髪をポニーテールに纏め、オレンジ色のパジャマを着ている。

 

「潜特型二番艦伊401、シオイって呼んでね!」

 

 極短い自己紹介。こちらに早く順番を回そうとしていることはレイにもわかった。ここにいる艦娘全員がグルなようで、その後も短いものが続いていく。

 

「伊19なの。イクって呼んでもいいの!」

 

ピンクのグラデーションがかかった青紫色のトリプルテール、群青色のパジャマの少女。

 

「僕は白露型駆逐艦、『時雨』。これからよろしくね」

 

黒髪を三つ編みにした紺色のパジャマの少女。

 

「同じく白露型『夕立』! …ちょっと横着するっぽい」

 

先端が桜色に染まった長い金髪、白いパジャマの少女(彼女は確信犯。ぼそっと口にした言葉をレイは聞き逃さなかった)。

 

「駆逐艦、朝潮です。勝負ならいつでも受けて立つ覚悟です」

 

黒髪ストレート、草色のパジャマの少女。

 

「雷よ! かみなりじゃないわ! そこのとこもよろしく頼むわねっ!」

 

赤みがかった癖のある茶髪、黄色いパジャマの少女。

 

「電です。どうか、よろしくお願いいたしします」

 

茶髪をアップヘアーにした薄桃色のパジャマの少女。

 

 「……」

 

 レイは悟った。

 逃れられない。皆一様に、こちらに期待の眼差しを向けてくる。

 レイが今までしてきた自己紹介など、所属と名前(それも兵器としての)を言うだけのものでしかなかった。それ以外は無駄だし、当時自分を鍛えた鬼教官曰く「戦場ではクソ程の価値もない」。立場上ありえないことではあったが、捕虜として捕らえられた場合でも、自らの氏名、階級、生年月日及び識別番号以外について答える義務は発生しない。

 繰り返すが、レイは生まれながらに兵士且つ兵器であり、同年代の一般人が送るような生活とは無縁であった。この場合答えるべきはもっと詳細で俗っぽい、そして恐らく‘年頃の女の子らしい’ことだとは頭で理解していたが、それが具体的に何なのかは思いつかないし、第一きっと経験してもいない。

 彼女は間違いなく、この世界線に来て最大級の危機に直面していた。

 

 「あ、う、ええと…」

 

自分の戸惑いの声に対しても、ますます目を輝かせてくる。ああ逃れられない。空母ヲ級フラッグシップを独りで相手にする方がどんなに気が楽なことだろう。期待に応えようにも、未曾有の緊張に頭が支配されてまともな思考ができない。

 そしてそんな状態で、レイが半ばやけっぱちに繰り出したのは。

 

「…アメリカ海兵隊第六対深海棲艦用生体兵器部隊所属、『メタルギアRAY』であります!!」

 

十二時間前の台詞(明石に言った時のもの)と全く同じであった。

 

「オナジジャネーカッ!」

「いてっ」

 

何者かに突っ込まれた。レイは反射的に殴られた頭頂部に手を伸ばし、加害者の拳を捕らえようとしたが、

 

「ん?」

「ミツカッタ! ミツカッタ!」

「ああもう、勝手に出てきちゃ駄目じゃない!!」

 

そこにあったのは加害者の拳というより、加害者そのもので、彼女も元の世界線で見慣れた生き物だった。身長は十センチ程。二、三頭身の人型の生命体。小さいながらも精緻な衣服を着用している。

 

「妖精…? ここにも妖精がいるのか…」

「妖精さんをご存知なのです?」

「はい、よくお世話になりましたが…」

「サスガレキセンノサキモリ」

 

 朝潮がレイに問う間に、その生命体――妖精は艦娘達の背後からわらわらと出てきて、彼女らの間を埋め尽す。初めはそれを押し留めようとしていた雷も、諦めてレイに問い、シオイとイクはそこに便乗した。

 

「レイのいた世界だと、妖精さんってどんな感じだったの?」

「やっぱり可愛い?」

「聞かせて欲しいのー!」

「どんな感じ…ふむ…」

 

妖精に一撃され、レイは冷静な思考を取り戻していた。あるがままの事実を語るなら、つまり帰還報告(デブリーフィング)なら嫌というほど――任務が億劫になったことはないのでこの表現には語弊があるが――経験してきた。何もないところから忽然と現れたところを見るに、ここの妖精達も単なる生き物ではないようだ。なら、その違いを伝えればいい。

 

「…妖精の見た目はほぼ同じです。艦娘の身の回りの手伝い、戦闘のサポートもちゃんとしてくれます。違うのは、妖精は‘艦娘と共生関係にある一種の生物’だったことですね」

「生物? その言い方だと、やっぱり違う所があるっぽい?」

「ええ、普段は今みたいな姿をしていますが、それは艦娘の細胞から得た遺伝子情報を元に擬態しているだけで、」

 

だが次の一言で、場が凍った。

 

「本来はオレンジや黄色の、ゲル状の粘菌のような生物なんですよ」

「「「え」」」

「そもそもが艦娘の製造過程で混入した粘菌が変異した結果の偶然の産物だったんですが、見かけによらず知能が高く人間にも友好的な為、艦娘とセットで運用されるようになりました」

 

事実を淡々と述べていくレイ。誰も言葉を発せず、故にレイの独白は止まらない。

 

「勿論私にも‘専属’が配備されました。負傷した時には分泌液を塗れば傷の治りが早まりますし、就寝前に身体中這い回って貰えば、老廃物を食べてくれてお肌もすべすべに――」

「わーわーわーわー!! もういい、そこまででいいからっ!!」

「? わかりました」

 

おぞましいレイの経験談は、時雨によって中断された。艦娘達は妖精を見て怯え、妖精達は「ナワケアルカッ」と心外そうに抗議している。――何かしでかしただろうか。レイの心に一寸の後悔が浮かんだが、かなしいかな、その原因が元の世界線の常識(この世界線での異常)に慣れた自分にあるとは気付けぬままだった。

 

 「そ、それよりっ! 好きなこととかないかなっ? 趣味とか!」

「好きなこと、ですか」

 

自己紹介が事故照会になりかけていることを察した時雨の咄嗟のフォローで、閑話休題。何とか自己紹介に持ち直す。問われたのはオーソドックスに(王道を往く)「好きなこと」。

 

「泳ぐことですね」

 

レイは迷わず答えた。

 

「え、それって得意なことじゃなくて?」

「得意ですし、好きです」

 

落ち着いて思い出すと、これについてだけは、レイは自信を持って答えることができた。

 自分の言うところの‘泳ぐ’が一般人の範疇にないことだとは自覚している。レイの身体は長時間の潜水及び水圧の変化に耐えられるよう、クジラと同じく筋肉中に酸素を蓄える為のミオグロビンが豊富に存在し、二時間近い潜水を可能にしている。これが深海棲艦相手の奇襲攻撃に一役買ってきたのは言うまでもないが、レイはこの能力をありがたく思っていた。

 しかし同時に、それが元の世界線での泥沼の戦いの中で作られたものだと考えると、後ろ暗いものを感じずにはいられなかった。

 

 「…私が戦ってきたのは、安全で平和な海で自由に泳ぎたかったからなんです。担当の検疫官さんが親切で、任務終了後の検査の合間に、大きな水槽で泳がせてくれて。でもそこはやっぱり狭くて、だから、広い海で任務とかも関係なしに泳ぎたかった。今思えば、そんな一心で命令通り任務に邁進する私は、軍上層部にとっては都合のいい駒だったんでしょう…」

 

レイは己の記憶を辿り、それをなぞるように言葉を紡ぎ出す。目を僅かに細め、遠くを見るような彼女の様子には、形容し難い虚無感が漂っていた。ぺちゃくちゃと騒がしかった妖精達がそれに気付いて押し黙り、時雨は勿論他の艦娘達もそうした為、重苦しい静寂が一層レイの台詞を引き立てた。

 

「…私も艦娘も、元の世界線では人間を元に作られた兵器でした。生殖能力を剥奪され、代わりにソルジャー遺伝子――キラー・インスティンクトと呼ばれるものも含む戦闘に適した遺伝子、そして人間が本来持たない筈の形質まで持たされた…遺伝子操作によって作為的に作り出された歪な生き物です。当然ながら、差別がありました。海軍の一部には、一般兵の配給すら満足に受けられないような、劣悪な環境で酷使される層の艦娘がいて問題になっていました。他にも武装制御や通信に使われるナノマシンに細工をされて、上官の命令に逆らえなくなったり、製造段階から悪質な研究員の欲望の捌け口にされていたり、また最悪のケースの一つでは、死んだ人間を無理矢理蘇生させ遺伝子構造を改変するなど、製造法そのものが人倫に反していたことさえも―― 」

 「うっ、おエエエぇぇええェエえええ…」

「い、電ぁッ!?」

「大丈夫?!」

「…え? あっ、電さん!!」

 

眼前で嘔吐した電を見て、レイは我に返り、そして激しい自責の念に駆られた。深海棲艦との戦いに明け暮れるのは同じでも、戦いが引き出す人の闇に触れることはなかったであろう彼女達‘こちら側の艦娘’には、自分のいた世界線の暗黒面はあまりにもディープでショッキングが過ぎたものだと今更ながらに気付くという、自分の浅慮にレイは怒りすら覚えた。

 

「ごめんなさい! こんな話、聞いて気持ちのいいものじゃないですよね…私、今夜はどこかに退散してますから――」

 

結局自分は、彼女らとは交じり合えない存在なのだ。レイはそう自分に言い聞かせて、逃げるように吐瀉物を処理する為のトイレットペーパーを取りに行こうとした。

 

 「…ま、待ってなのです!」

 

ところが、雷や夕立らの介抱を受ける電本人が、レイを呼び止めた。

 

「もう、大丈夫なのです。ここには――FWBには、そういう怖いものは何もないのです!」

「え…?」

「元の世界のことは、電は無理には聞きません。だから、レイさんは忘れていいのです! だから、だからっ…!!」

 

電が言葉を絞り出す度に、彼女の目は零れ落ちそうな程に涙が溜まっていく。そしてとうとう堪えきれなくなったのか、嗚咽と共に吐き出したのが。

 

「‘カベ(境界)’を、作らないで、よぉ…」

 

電がそう言うなり、皆こちらを向いた。彼女と同じ気持ちなのは、すぐに理解した。

 

 ――ああそうか。

 ――だからWithout Border(境界のない)なんだ。

 

 自分は深海棲艦との戦いに協力すると言っておきながら、自分よりもずっと偉大で高潔な魂魄を畏れ、己の過去と引き比べて自己嫌悪し、時を共にすることを恐れ忌避してきた。どんな穢れた経緯のある存在かを、己の口で語って聞かせて――それがどうだ、電は、目の前の彼女達はそんなものを気にする様子は殆どない。自分が作ってしまった壁、引いてしまった境界線の向こうにいる自分と話したがっている。

 レイは先程までの自分を哂い、

 

「…それじゃあ――」

 

転化させた。

 

「これから、よろしくね」

 

 

 

 

 

 運命に縛られてはいけない。遺伝子に支配されてはいけない。

 生き方を選ぶのは私達なのよ。

 重要なのは、あなたが選ぶこと。そして…生きること。

 

二〇〇五年二月二十四日 アメリカ合衆国 シャドーモセス島にて

ナノマシン技術の母、ナオミ・ハンターの言葉




日常回と見せかけてシリアス回でした。裏設定公開も兼ねています。
今回引用した名言は、メタルギアソリッドラストのナオミのものです。本来はもうしばらく後に出す予定だったのですが、実際に書き上げてみるとプロットに違和感を感じた為、今後の展開を一部変更し、引用もここで行ないました。
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