歯車の咆哮   作:影のビツケンヌ

4 / 19
ファースト・ドーン

 日が昇る前に起床するのは、ショートスリーパーなレイの習慣だった。

 大きく伸びをして肺一杯に空気を吸い込みたかったが、それは躊躇われた。

 

「…かわにしのせぐち…」

「きぬのべばし…」

「たきやま…」

 

周囲には、自分に教授されてポーカーに興じながら眠りに落ちた艦娘達が雑魚寝している。バラバラになったままトランプが放置されているが、寝相の悪いシオイと夕立、それに巻き添えにされた朝潮――三人とも意味不明な寝言を口走っている――がその上に乗り上げて回収することもままならない。

 

「…無理させちゃったかな」

 

仕方なく、レイは彼女らを踏まないよう留意しながら、そろりとベッドを降りた。

 レイは嬉しかった。彼女達は生体兵器という自分の出生の経緯を知りながらも、何の隔たりもなく接してくれた。共に戦う仲間であり、友人であり、シオイに至っては家族であるとさえ言ってくれた。そのお陰で、もうすっかり膝を交えて話せるようになっている。

 尚、その際時雨が持ち込んだトランプが有効に働き、ババ抜きや大富豪(レイは大富豪を知らなかったので教えを請うた)、ブラックジャックやポーカーを深夜二時頃まで楽しんだのを覚えているが、そこからの記憶はない。

 ところで、窓の向こうに見える水平線は、まだ辛うじて太陽をその下に押し留めている。レイは東側の部屋の壁にかかったデジタル時計を確認した。

 

「今は…四時か」

 

チューク諸島の緯度と経度からして、夜明けまで後一時間半程度といったところだろう。レイはそう判断し、ジャージとセットで借りたスニーカーを履いて静かに部屋を出る。寮舎の廊下は自室と同じく薄明るい。階段を降り、スタッフの影も見えぬ外へと繰り出していく。

 

「…よし」

 

 食堂が開くのは六時。これからおよそ二時間、かつて海兵隊所属であった時のように訓練を行なうのだ。準備体操から始まり、柔軟運動、筋トレ、ランニング。

 尤も、生体兵器として遺伝子レベルでデザインされ、恐るべきポテンシャルを持って生まれたレイの‘兵器としての’訓練課程は、一般的な海兵隊員のそれよりもずっと楽なものであった。「自由に泳げる海を取り戻す」という目標に少しでも近付こうと自主的に始めたこの早朝訓練よりも、元の世界線での‘入渠’にあたる調整槽に入ることの方が身体能力向上に貢献していたのは、本人も知るところだ。睡眠時間が短くて済んでいるのを、設計段階から遺伝子レベルでプログラムされているのではと疑ったこともある。

 それでもこの訓練を、ましてや転生した後も続けるというのは、彼女の過去に由来するものだ。アンブロケタス作戦からおよそ一年前、戦いの意味を見失いかけた自分に、親切な検疫官が教えてくれたことを守る為。自らの意思で戦っていることを再確認する行ないが、この訓練であった。

 レイがランニングを始めてきっかり一時間四十分、昨日の演習のスタート地点となった埠頭に何度目か差し掛かった頃。

 

「朝から精が出るな」

 

彼女に声をかけてきたのは、白いジャージを着た巌羅だった。…いかつい顔の割に、この男は何故か白がよく似合う。

 

「あ、おはようございます提督!」

「巌羅でいい。提督だの司令官だの言われるのは艦娘だけで結構だ。おはようレイ君」

 

レイがその場に急停止し、ビシッと音がしそうな程の敬礼をすると、巌羅は右手を胸に当てて答礼した。――文民の答礼。艦娘達にはそうしなかったところを鑑みるに、元が艦であるが故か本能的に指揮官を求めるらしい彼女らに応えるのは別として、巌羅にはNGOの一員という文民の自覚があるのだと、レイは密かに感心した。

 

 「邪魔したか?」

「いいえ、お構いなく! 巌羅さんは何をしに?」

「宴の後だというのに、どういう訳か目が覚めてしまってな。折角だから日の出でも拝もうと思ったのさ、二度寝の前に」

 

ほら、と巌羅が指差す先には、今まさに水平線から這い上がらんとする眩い太陽があった。

 

「わあ…海で見る夜明けも綺麗なんですねえ…」

「どういう意味だ?」

「私、向こうにいた時は大抵日が昇ってから任務に出ていまして。私の中では海って日が沈むものだったんですよ。この訓練も、全部屋内でやっていました」

「なに、これからは天気が良ければ毎日だって拝めるぞ」

 

ハハハ、と、特有の低く唸るような声で笑う巌羅につられて、レイもまた笑い、二人はしばらく無言のまま朝日を眺めた。

 

 「……」

 

 波の音ばかりが聞こえる中、レイは奇妙な感覚に襲われていた。

 太陽は確かに昇ってきている。だがレイには、錯覚だろうか。それが沈んでいるように見えていた。

 …否、それは記憶。元の世界線で、死に物狂いで戦い続けてきた時の、血塗られた記憶であった。

 夕暮れになって作戦が終わり、ふと周囲を見渡すと、敵も味方もそこら中に累々と、波間にその身を横たえていた。自分は沈みゆく太陽を見ながら、明日の命を祈った。自由に泳げるようになるまで死ぬ訳にはいかない、そんな生存本能に突き動かされ、来る日も来る日も、仲間の屍を越えて鉄火場を潜り抜けてきた。その度に夕陽を浴び、明日に想いを馳せた。しかしきっと、そこには既に明日などなく、勝利もなく、自分には未来を夢見ることしかできなかったのだ。そしてその黄昏こそが、己のカルマを暗示していたのではないだろうか――

 

 「…戦艦三笠を聞いたことはあるか?」

 

視線を朝日から外さぬままの巌羅に尋ねられ、はっと気が付くと、夕暮れは元の夜明けに戻っていた。

 

「え? み、ミカサ…ですか?」

「今は横須賀で記念艦として保存されているのだが…」

「記念艦…ごめんなさい、パールハーバーのミズーリしかわかりません…」

 

突飛な巌羅の問いに、レイは彼の真意を測りかねた。今見ている景色と記念艦とに、一体何の関わりがあるというのか。それとも彼は、感傷に浸る自分を見てその話題を切り出したのだろうか。それこそ何の為に? 三笠なる記念艦以外にも、レイの頭を飛び交う疑問符は数を増していくばかりだ。

 

「そうか…。実はな、彼女も艦娘になっているのだ」

「艦娘に?」

「ああ。先程君が挙げたミズーリのように、艦娘になっている記念艦は何人もいる。その中でも三笠は、全ての艦娘のリーダー的存在であると同時に、FWBの創始者の一人なのだ。彼女がいなければ、地中海奪還はおろか艦娘の活動が世間に認知されることさえ、七年は遅れていただろうと云われている」

 

レイは昨日のうちにもっと資料室で情報を得ておくべきだったと後悔した。艦娘やスタッフら総勢一五〇人以上に揉まれたあの宴会で混乱し、(誤解を恐れず言えば)情報収集に当てられる時間を潰してしまったのは惜しいところである。だがやはり、今は巌羅への訝りの方が勝った。

 巌羅が一呼吸おいて、続けた。

 

「艦娘が深海棲艦と最初に戦ったのは、東京湾だ。二〇一四年三月十一日…丁度今のような明け方だった。その時、三笠は自分の率いる艦娘達に向けてこう言ったそうだ」

 

巌羅は一度レイを見やり、それからまた朝日に目を向けて、

 

「“暁の水平線に勝利を刻め”、とな」

 

 レイは虚を突かれた。

 思えば、自分は弱気になっていたのかもしれない。自分の常識が通用しない世界に放り出され、そこで再び戦う決意をしたにも関わらず、自分の過去ばかりを見て前に進むことを恐れて。これでは部屋に電達が訪ねてくる前と同じではないか。

 ならば考え方を変えよう。これはリスタート、ゼロからのリトライであると。この世界線で見るのは、あの退廃的で希望も感じられない黄昏などではなく、新たな道を指し示し希望に導いてくれる暁なのだと。そこにこそ、己の求める‘勝利’がある筈だ。

 

 「…さて、俺はもう少し寝かせて貰おうか。この辺で失礼するぞ」

 

巌羅が踵を返し、何事もなかったかのように去っていく。

 

「…巌羅さん!!」

 

それを、レイが呼び止めた。やおら振り返る巌羅にレイは再び敬礼し、

 

「Semper fi!!」

 

ラテン語を話した。

 

「センパーファイ…?」

「“常に忠実であれ(Allways faithful)”――海兵隊員(ジャーヘッド)の言葉です。本来これは任務への、軍の命令への絶対的服従を誓う言葉ですが、ここでは…この世界線では解釈を変えます」

「ほう、どう変える?」

「自分に忠を尽くします。FWBのボランティアとして深海棲艦と戦うことは、私が選びました。誰の命令も受けていない。だから、私は最後までこの意志を貫き通して、安全で平和な海を取り戻します!!」

 

 元より自ら決めたこと。その再確認。

 

 「…そうか。大いに期待している」

 

 巌羅がスタッフ寮に入って見えなくなるまで、レイは敬礼を崩さなかった。

 

 

 

 

 

 「…メンタルケアも提督の仕事、とな」

 

寮の廊下をのっそりと歩き、自室に戻る巌羅は満足気に息を漏らした。

 

 「しかし、『メタルギアRAY』か…」

 

一方彼の脳裏には、レイのモデルとなった兵器がこびり付いていた。

 メタルギアRAY。別世界で作られていた水陸両用二足歩行戦車。海中深く潜行して探知されることなく接近し、あらゆる沿岸から上陸する。JTIDSを利用した完璧な索敵能力で敵を発見し、圧倒的な火力で撃滅する。武装は三連装対艦・対戦車用ミサイル、打ち上げ式コンテナミサイル、機銃、そしてタンカーの船体をも一撃で両断する水圧カッター――艦娘の元となった旧世代の軍艦どころか、最新鋭の装備を積んだ現代の艦さえ対抗できるかわかったものではない。

 特に巌羅が着目していたのは、RAY(レイ)の扱う二種類のミサイルであった。

 

「…彼女の積んだミサイルの射程はそこまで長くない。だが…」

 

彼がミサイルに目を付けるのには理由がある。過去に一度だけ、ミサイルを装備した深海棲艦と戦ったことがあるのだ。それも唯のミサイルではない、巡航ミサイル。

 現在地中海はジブラルタル共和国に位置するジブラルタル鎮守府によって、ジブラルタル海峡を突破しようとする深海棲艦から守られているが、地中海奪還の半年前まで、地中海沿岸のみならず、それまで影響の少なかった欧州や中東の内陸部をも震え上がらせた一体の恐るべき深海棲艦がいた。その深海棲艦の特殊な性質故に空母型の艦娘以外は歯が立たず、全空母型を集結させた乾坤一擲の一大作戦によって何とか打倒できたものの、その過程で何十人もの艦娘が数ヶ月も戦線離脱を余儀なくされた。轟沈即ち戦死(KIA)がなかったのが不幸中の幸いである。

 それが持っていた特殊な巡航ミサイルは、FWBには比較的記憶に新しいものだった。

 誘導方式の違いはあれど、レイのミサイルとの関連性を考慮する程度には印象に残っている。

 

 「……」

「あ、提督!!」

 

巌羅の回想を、階段を駆け下りてきた青紫色の髪の少女が遮った。髪と同色のパジャマ姿の彼女は、最後の数段を殆ど飛び降りるようにして巌羅の前に立つ。

 

「む…曙か。どうした?」

「島風以外の駆逐艦がいないの。寝た形跡もなかったから、多分昨夜から…」

「何?」

 

いつもつんけんした態度の曙がこうもそわそわと落ち着かないのは、巌羅には奇異に映った。何やら由々しき事態になっているらしい――

 

「…あ、待って、島風から無線…。は? レイの部屋で寝てる?」

 

という訳ではなかったようだ。

 

 「シオイとイクも一緒? は、はあ…。はあっ?! 別に心配してなんてッ…あっこら!! あーもう無線でも逃げ足の速い…!」

「…取り敢えず、大丈夫そうだな」

「わ、笑ってんじゃないわよ糞提督!! 二度寝ならさっさと戻れば?!」

「よくわかったな」

「寝坊助のアンタの行動なんか見てなくても丸わかりよバーカ!!」

 

 レイに関する懸念は、以上のやり取りで忘れ去られた。

 巌羅はまだ寝るつもりだが、トラック泊地の一日は今日も騒がしく始まる。




今回は少し短めです。前回が六千文字以上だったので調整も兼ねて。またビツケンヌの審議の結果章分けを行なうことに決定しました。

ネタ満載の今回ですが、巌羅の回想の中で出てきた深海棲艦については、「メタルギアとは関係ない」とだけ言及しておきます。次の章の伏線になりますので…
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。