歯車の咆哮   作:影のビツケンヌ

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ウォーシップ・アンド・リレーションシップ

 午前六時を過ぎ、レイが訓練を終えて食堂にやってきた頃には、食堂は既にスタッフ達でごった返していた。起床してこれから活動を開始する者達、鎮守府周辺の夜間哨戒から戻って床に就く者達。各々が奥のカウンターで注文し、簡素なプラスチック製のトレイに食事を載せて席へと向かう。

 レイも入り口脇に置かれたトレイを手に、その列に加わった。

 

「おっ、レイちゃんじゃねえか! 朝早いねえ!」

「艦娘は青葉ちゃん以外まだ来てないんだぜ?」

「早起きは三文の得だからね」

 

レイの存在に気付いたスタッフが口々に声をかけ、レイはそれぞれに対して「おはようございます!」と明朗に返す。巌羅の言葉にヒントを得た彼女は、今とても晴れ晴れとした気分だった。どんな敵にでも果敢に挑んでいけそうだ。

 とはいえ、腹が減っては戦ができぬというもの。食堂の喧騒に掻き消されてはいるが、朝食前に二時間近く運動し続けた彼女の胃は、やかましく空腹の鐘を鳴らしている。

 

「あらレイちゃんおはよう! ここで朝ご飯を食べるのは初めてだったね。三つ星レストラン並みとはいかないけど、大抵のものは用意できるよ。何がいい?」

 

やがてレイの順番が回ってきた。カウンターの向こうには割烹着を着た初老の女性。

 

「それじゃあ、えっと…」

 

すぐそばに置かれた「今日のおすすめ」には、紅鮭定食やフレンチトーストなど、複数の例が示されている。レイはそれを見て逡巡していたが、意を決して、

 

「ハンバーガーを…」

「ハンバーガー?!」

 

 かくして、レイのトレイの上には耐油紙に包まれた三つのハンバーガーが載ることとなった。歯応えを重視した彼女の要望で、ピクルスを多めに、レタスは芯が入った部分を使っている。元の世界線で深海棲艦が最初に現れたのが日本近海だったこともあり、日本語教育が徹底されていたレイは、スタッフから(他意はないが)度々「アメリカ出身らしくない」と言われていた――英語交じりで話す一部の艦娘の影響らしい――が、スタッフ達はここにきて初めてアメリカナイズされたレイの一面を見たのだった。ただし、「朝からハンバーガー三個なんて重すぎやしないか」という声がどこからか漏れたのは、空耳などではない。

 

 「ふふふ…」

 

レイは至極上機嫌だ。鼻歌交じりに席を確保し、ハンバーガーの包みを開いて両手で持つと、

 

「あぐっ」

 

食堂の誰よりも大きく口を開け、ハンバーガーの三分の一を丸齧りしてのけた。そしてハムスターさながらに頬を膨らませ、幸福を噛み締めるが如く咀嚼する。礼儀作法などジャンクフードである時点で無に等しいが、その豪快な食べっぷりは、ハンバーガーという食べ物の旨さを周囲のスタッフ達に猛烈にアピールしていた。

 

「すげえ…」

「ハンバーガーってあんなに美味しそうだったかしら…」

「どうしよう俺もハンバーガーにしようかな…」

「おばちゃん、ハンバーガー一つ! タマネギマシマシで!!」

「じゃあ俺も!!」

「私もー!!」

 

レイに触発され、何人、いや何十人ものスタッフがハンバーガーを注文していく。FWB参加二日目にして、レイの行動は凄まじい影響力である。平行世界からの協力者に注目が集まるのも不自然ではないにしろ、レイとハンバーガーの組み合わせは殺人的とさえ形容できよう。

 

 「いやー、しかし朝からハンバーガー、それも三つですかぁ…」

 

ハンバーガーに夢中になっているレイの向かいの席に、薄桃色の髪をポニーテールにした少女が座った。レイはもごもごと口を動かしてハンバーガーを飲み込み、それから挨拶した。

 

「おはようございます、青葉さん」

「ども、恐縮です、青葉ですぅ! 一言お願いします!」

「ハンバーガーについてですか? 最高です、それしか言えません」

 

青葉型重巡洋艦一番艦青葉は、昨夜の宴会でも強くレイの印象に残っていた。パパラッチのように取材を敢行する彼女に昨夜はたじたじだったが、今のレイにそんな様子はまるでない。偏にハンバーガーのお陰だと、レイも周囲のスタッフ達もそう認識した。

 

「そんなにハンバーガーがお好きなんですか?」

「ええ、大好物です。向こうにいた時に、担当の検疫官さんが差し入れてくれたことがあって…それから、度々」

「買ってきていただいたと?」

「レーションばかり食べていましたから…初めて口にした時の感動は忘れません」

「あー…美味しくないって聞きますよねえ、アメリカ軍の戦闘糧食…」

 

青葉も伝え聞く、アメリカ軍が採用している戦闘糧食『MRE』は、世界各国のレーションの味を評する中でまず槍玉に挙げられる。保存性・携帯性を追求して味を二の次にした結果、“Meal, Ready-to-Eat(すぐに食べられる)”の略称であるところを、“Meals, Rarely Edible(とても食べられたものじゃない食物)”“Meals Rejected by the Enemy(敵から拒否された食べ物)”“Meals Rejected by Everyone(誰もが拒否した食べ物)”“Materials Resembling Edibles(食べ物に似た何か)”などと散々にこき下ろされる程の不味さを誇るようになった。元米兵のスタッフ何人かが渋い顔をしていることからもそれが覗える。

 

 「さて…」

 

青葉が手帳にメモを取る隙に、レイは二つ目のハンバーガーを頬張った。

 上下の前歯がまずふわりとしたバンズを貫き、上はレタス、下はビーフパティに到達する。下顎がパティに食い込む程にじわじわと肉汁が溢れ、上顎が僅かずつレタスの繊維をへし折っていく。やがて薄くスライスされたピクルスとタマネギを挟んで歯は向かい合い、そしてその障壁を圧搾・両断する。両手で持ったハンバーガーという名の領地は咬合力という名の軍事力で切り取られ、噛み砕かれ、蹂躙される。ならば口中で踊るこの至高の味は無辜の民から徴する税収か。いや最早知ったことか、今はこの美味なるビッグウェーブに身も心も任せて――

 

 「…レイさーん?」

「…っは!? んぐっ…な、何でしょう?」

「一瞬トリップしてましたよ? 何か()()()()()()にでも手を出したのかと…」

「むう…失礼な。二〇三五年のアメリカ海兵隊は薬物乱用を許すような組織じゃありませんよ!」

「おっと失敬! …ふふっ」

「ぷっ…くくっ」

「「あはははははははははは!!」」

 

 楽しい。レイの胸中はこの一言に尽きた。

 こうして手放しで誰かと何かを楽しめたことなど、元の世界線であっただろうか。

 一つの目標に向けてひたすらに任務を遂行する自分と、境遇はどうあれ何の目的も希望もなく戦うだけの‘仲間’とは、ぶつかることもなければ噛み合うこともなく、赤の他人も同然だった。自分によくしてくれる担当の検疫官にさえ、一定以上の馴れ合いを避けられていた。故に誰とも共有(share)できず、己の意思も感情も多くを内に閉じ込めたままだった。検疫官に唯一吐露した‘あの事’を除いては――

 しかし今は違う。この世界線にはFWBという、あらゆる境界(border)を越えた本物の仲間、本物の友、本物の家族がいる。唯共に戦うだけではない。こうして食事を共にするのは勿論のこと、共に遊び、共に学び、共に笑い…共に生きることができる。

 

 「んお、青葉もレイも早いなー」

「おっはよーレイ!! 早起きした甲斐あったじゃーん?」

「急にハンバーガーの匂いが強くなったクマ…」

「朝から皆重いにゃ…何故?」

 

 レイの周りは、まだまだ騒がしくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 トラック泊地ではないどこか。

 角張った機械ばかりが占領する無機質な空間。だが壁や天井、そこかしこの機材に至るまでに、有機的な青白い光が木の根か血管のように這い回り、脈動している。

 不気味且つ神秘的なそこに、機材の液晶画面を眺めながら、‘それ’は立っていた。

 

「……」

 

アクリル絵の具で塗ったが如く白い肌。床に垂れる程異様に長い白髪。冥く蒼い瞳。艦娘を始めFWBには『潜水棲姫』と呼称される、深海棲艦の一種である。彼女のような人型の深海棲艦の存在が、‘深海棲艦は悪霊の類である’との見解の証拠とされており、また『鬼』や『姫』と名付けられたそれらの類い稀な戦闘能力は、幾度となく艦娘達を苦しめてきた。

 潜水棲姫は、画面に「SOUND ONLY」の文字が映ったのを見て顔を顰め、苛立たしげに言い放った。

 

「イイカゲン、オモチャヲイジルノモタイガイニシテホシイネ」

 

いやに耳に木霊する、奇妙に金属的なエフェクトのかかったその声は、人の耳には聞き取りにくいものだった。画面脇のスピーカーからの女性の声が、それに応答する。

 

「あらあら、その声じゃ通信機はちゃんと拾ってくれないわよ?」

 

自分を愚弄するものを孕んだその言葉に彼女は舌打ちし、声を‘変えた’。

 

 「…あのエイの回収はできなかった」

 

いや、‘戻した’という方が適切だろう。

 

「言った筈よ、それはついでだと。わかっているとは思うけれど…」

「時間稼ぎ、だろう? ブリアレオスを取り戻す為の」

 

ふふん、と笑うスピーカーからの声。それに向けて、眉根を寄せた潜水棲姫は噛み付いた。

 

「半分以上、お前の私情じゃないのか?」

「…ッ」

 

声が一瞬怯んだところに、彼女は追い打ちをかける。

 

「確かにあいつは貴重な戦力だ。もう一度手下に加えるのも悪くない。だがそれにしても、奪還に割く労力が不釣合いだと、私は思うけれどね。奴らの目を掻い潜ってわざわざ回収したこのデカブツもそちらの‘王’も、些か――」

「黙りなさい」

 

有無を言わさぬ声が、潜水棲姫の言葉を遮った。彼女はまだ何か言いたげだったが、面倒臭そうに口を閉じた。こうなっては何を言おうと無駄だとばかりに。

 

「この計画で指揮を執っているのは私よ。貴女は私の命令に従っていればいいの」

「…つくづく傲慢な女だね。だからブリアレオスもお前になびかなかった」

「方法ならあったわ。それであの子も素直になったし」

「開き直ったか淫売が」

「どちらにせよ‘王’がある限り奴らに揺さぶりをかけるには十分だわ。調整までの間、お願いね。カリュブディス」

 

一方的に通信を打ち切られ、画面には何もない暗黒だけが広がった。

 この一連のやり取りを、すぐ近くで見聞きしている艦娘がいた。

 

「…もう話は終わったのか?」

 

ケープの付いた白い軍服を身に纏った、淡い金髪のツインテールの女性。彼女はどこか近代的な‘拷問器’に両手足を拘束されたまま、灰色の瞳を半眼気味にし、潜水棲姫改め『カリュブディス』を睨んでいる。

 

「ああ…タッタイマ、ネ」

「我々と話す時にわざわざその声に加工しているのか。ご苦労なことだ」

「イカクコウカモアル。テキイヲアラワス、ワタシタチノデントウダ」

 

 皮肉を受け流し、機材の電源を落としたカリュブディスは、彼女に向き直った。互いの視線が交錯する。

 

「ドウダキブンハ?」

「悪くはない。回転ベッドで熟睡させて貰った。一人で寝るには勿体無い」

「ソレハヨカッタ。シカシホントウニサイテイゲンノコトシカシャベラナカッタナ…『グラーフ・ツェッペリン』?」

 

艦娘の名は、グラーフ・ツェッペリン級航空母艦一番艦グラーフ・ツェッペリン。トラック泊地から西へおよそ千九百キロのところにある、パラオ泊地に配属されている空母である。

 グラーフは自身に向けられた嗜虐的な態度にも毅然として、カリュブディスに問うた。

 

「…計画とは何だ? また多くの民間人を戦いに巻き込むのか!」

「ソレハスベテオマエタチノデカタシダイダ。ソレヨリ、コタエルキハナインダナ?」

 

曖昧に返したカリュブディスが、今度はグラーフに問う。

 

「生憎隠し事は苦手でな。答えられるのは名前と所属――FWBがどんな組織かだけだ」

「シキケイトウカラメイレイハコナカッタノカ? ニネンマエニ…」

「命令? FWBは巨大だがあくまで民間の組織だ。相互に連絡は取り合っているが、命令などない」

 

 カリュブディスは磔られたグラーフに、ぐいと一歩詰め寄った。

 

「オマエタチニハ‘テイトク’ガイルハズダガ?」

「やけに拘るのだな? 言っておくが、そもそも私はお前達の言う‘ブリアレオス’とやらが何なのかさえ皆目見当がつかないし、そんなものをFWBが所有しているなどという話も聞かない」

 

繰り返し問うてくるカリュブディスの様子にどこか逼迫したものを感じ取ったグラーフが、怪訝な顔で答える。すると今度は、カリュブディスの口調が当てこすりのように変化した。

 

「フム、メイレイサレタワケデモナク、ホンニンモシラナイトナルト…」

 

思案顔になったカリュブディスは、数瞬の後、大きく口を三日月形に歪ませた。そして顔を俯け、くつくつと声を抑えて笑い出す。

 

「何が可笑しい?」

「イヤ…シジョウデウゴイテイルノハ、アイツダケデハナカッタトイウダケサ」

 

 気が済んだのか、カリュブディスは長い髪を引きずりつつ、笑いながらグラーフから離れた。部屋の隅にあるドアが独りでに開き、その先の通路へカリュブディスを通してから閉まると、後にはグラーフだけが取り残された。

 

「…待っていてくれ、Admiral…必ず、貴方の元へ帰投してみせる」

 

彼女が目配せした、強く握られた左手の薬指には、銀色の指輪が鈍く光っていた。




やっぱり話が進むと難産ですね…更新が遅れて申し訳ないです。
文章の劣化も気になりますが、ビツケンヌは諦めません。

潜水棲姫のイベントでグラ子がドロップすることは極最近知りました。グラ子を拷問する姫の選定は結構大雑把だったので、こうしてぴったりロールに当てはまったのは本当に奇遇なものです。
何せ資材運用が慎重すぎて(要するに極度の貧乏性で)艦これを進められなくなってから久しくて…
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