歯車の咆哮   作:影のビツケンヌ

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ライオット・マスター

 「…おっし、哨戒任務終了!」

 

旗艦を務める天龍の一声で、レイの初仕事の終わりが告げられた。午前十時半のことである。

 

「いつも通りよね」

「何もないのが一番なのです」

 

 レイは、天龍、曙、電、島風、シオイ、イクからなる哨戒部隊に加わっていた。「哨戒任務に参加して活動に慣れてはどうか」と巌羅に提案され、喜んで加入した次第だ。彼女の役割は、遊撃と護衛。水上でも島風に匹敵する四十ノット、潜行時には八十ノットを叩き出す恐るべき高速性と、ミサイルや水圧カッターによる戦艦並みの破壊力を併せ持つレイには天職といえた。

 しかし、今のところそれらを活かす機会は訪れていない。というのも、敵が全く現れないのだ。

 

「まあ、大抵こんな感じだ。最初に言った通りだったろ、レイ?」

「そうですね。この辺りは安全なんですか?」

「半年前に泊地棲姫を倒してからは、閑古鳥が鳴いてるぜ。いても駆逐イ級やハ級…俺達だけで袋叩きにして終いだ」

 

元の世界線で初陣から激戦を経験してきたレイには、些か拍子抜けであった。戦闘狂(バトルジャンキー)という訳ではないが、こうも何も起こらないと「自分が役に立てていないのでは」と逆に不安を覚える。

 この哨戒任務は、予定していたよりも一時間近く早く完遂できている。レイの武装に組み込まれたJTIDSは、レイ一人が使う分には唯のレーダーに過ぎなかったが、驚くことに、それ自体が謂わば‘基地局’となって、艦娘達が互いの電探の情報を共有できるようになっていたのだ。また、内蔵されたGPSを艦娘の電探から集積された情報と併用すれば、レイは転生前よりも広大な範囲の索敵が可能になり、結果天龍率いる部隊は、僅か二時間半のうちにミクロネシアのほぼ全域を巡回せしめたのである。…せっかちな島風が「はっやーい!」と嬉しそうなのも頷けたが、レイがそれを表出することはなかった。

 

 「でもどうしようか? 今から帰ってもお昼ご飯まで大分あるよ?」

 

浮上してきたシオイが、艤装の一部である浮き輪に頬杖を突きながら言った。彼女の言葉通り、食堂は仕込みが終わって注文の受付が始まるのは正午。現在地は鎮守府から程近く、余裕を持って帰投しても一時間は暇を潰さねばならない。そこへイクが提案した。

 

「それじゃあ、イクが最近見つけた隠しスポットに行くの!」

「隠しスポット?」

 

鸚鵡返しに訊いた島風に、イクは鼻息を荒くして答える。

 

「そうなの! ここからそう遠くない礁湖(ラグーン)で、とっても綺麗なのね! レイもきっと、泳ぎ甲斐があって気に入ると思うの!!」

 

泳ぎ甲斐がある。その言葉に反応しないレイではなかった。必ずしも“絶対安全”とは言い切れないが、「自由に海を泳ぐ」という悲願がようやく叶うとあれば、みすみすチャンスを逃すことなどできない。

 

「あ、あの! 天龍さん――」

 

一応、旗艦(リーダー)に許可を

 

「ん、いいぜ」

 

あっさり貰えてしまった。

 

 「い、いいんですか?」

「ヘーキヘーキ、俺が面倒見てやるよ。責任も取る。それに「泳ぎたいです」ってレイの顔に書いてあるからな」

「え、あ…」

 

何と、自分はそんなにわかりやすい人間だったか。‘血沸き肉踊る’ではおかしな表現かもしれないが、この手の話題になるとどうにも抑え込めないものがある。先程まで何度も水に入っていたのに、レイは顔が熱くなるのを感じた。

 

「欲望丸出しじゃない、しょうがないわね」

「レイさんったらわかりやすいのです」

「泳ぐのも気持ちいいもんね、仕方ないね」

「…誰も味方しないのか…」

 

レイはてんで参ってしまった。潜水艦二人はニヤニヤしているし、曙や島風はおろか電までもが笑っている。最低でも曙と島風でなく時雨や朝潮が哨戒に就いていたならまだましであったろう。雷や夕立と共に寝不足でダウンした二人なら、フォローをしてくれた筈なのだが――

 

 「…いや、前言撤回だ。電探に敵影がある」

 

と、そうも言っていられないらしい。緩んでいた空気が瞬時に張り詰めた。

 

「数は?」

「五つだ。今JTIDSに反映する…」

 

部隊中一番背の高い天龍が最初に敵を察知するのは自然なことだった。直後にレイの元に情報が送られてくる。艦娘の電探の精度では艦種まで特定することは難しいが、元の世界線で蓄積された膨大なデータベースと照合できるレイには、その程度は小手先のことである。

 

「戦艦ル級一、雷巡チ級一、軽巡ホ級一、駆逐ロ級二…エリートやフラッグシップの反応はありません」

「直掩機がいないってことは空母もなしか。しかし戦艦か…」

()()()()()()()ってこと?」

 

 普段なら、ここは鎮守府に連絡を取って退却し、戦艦の長門や陸奥、空母の翔鶴や瑞鶴に任せるところであった。戦艦の装甲即ち霊力障壁は、軽巡ならまだしも駆逐艦の主砲で貫けるようなものではないし、また魚雷が使えるとはいえ、潜水艦はホ級の爆雷が怖い。

 だが、今回は勝手が違った。

 

「どうだ、レイ? ()()()か?」

「…勿論です。空母の戦略的価値が下がるとまで云われたメタルギアRAYの底力、存分に発揮してみせます」

 

皆、レイの実力を信じきっていた。

 

 

 

 

 

 水陸両用二足歩行戦車としての『メタルギアRAY』は、海兵隊が得意とする沿岸部からの奇襲攻撃を想定して作られていたが、対深海棲艦用生体兵器としての『レイ』の戦いの真髄は、敵陣深く切り込んでの電撃戦であった。強固なセラミック・チタン系複合装甲で守られたRAY(モデル)とは違い、レイは手足と後背部の武装以外にろくな防備もない。「有機重金属生命体」の深海棲艦による攻撃を被れば、大怪我以上は必至であり、彼女はそんな状態のまま敵のど真ん中で矢面に立たされ続けてきたのである。

 その極限の状況下で自然と身に付けていったのは、

 

「とうッ」

 

重い艤装を背負った艦娘には決して真似できない、アクロバティックな戦闘方法だった。

 たった今水上へと飛び出したレイは、ル級の頭を踏み台にして再度宙に身を躍らせ、

 

「コンテナミサイル射出」

 

上空でコンテナミサイルを撃ち出す。親機からばら撒かれた六つの子機が深海棲艦達へ落着した。ハ級二体は一撃のもとに沈黙、青い炎となって水底へ消え、他の深海棲艦達も衝撃を受け動きが止まる。

 水面にふわりと降りたレイに向け、いち早く復帰したチ級が魚雷を投げた。人の姿をとる前の軍艦が喫水線下の装甲が薄かったように、艦娘の展開する霊力障壁は足下では効果が低下している為、相も変わらず魚雷は戦艦も恐れるものであった。が、

 

「甘いっ」

 

それは「艦娘が水面から高く跳び上がれないから」。そもそもそういった‘運用’を想定していないのだ。レイの場合、モデルが歩行機械なだけあって、魚雷など恐れるに値しない。

 跳躍による回避の勢いのまま、レイは水上を文字通り‘駆けた’。十メートルにも満たない助走で、‘水上での最高速度’である筈の四十ノットを軽く突破する。チ級の構えた砲口目掛け先制して機銃を撃ち込み、使い物にならなくしたところを、

 

「ふんッ」

 

ウォータージェットで横薙ぎに刎頚。しかもその反作用を利用し、左右後方からの砲撃を紙一重にかわしてみせた。

 いとも容易く仕留められたチ級の恨みを晴らさんとばかりに、ル級とホ級からの砲撃は続く。急激に方向転換したレイは、海面を独楽のように回転しながら爪先で‘跳ね’、バレリーナもかくやという独特の動きで避け続ける。更にその最中、下向きにウォータージェットを噴き出して舞い上がったかと思えば、派手なブリーチングで海中に没した。

 ホ級が爆雷を投下した時には、もう遅かった。

 

「対艦ミサイル発射」

 

またしても水上へ、今度は二体から少し離れた場所から飛び出してきたレイが、二発の対艦ミサイルを放った。着弾、ではなく、換装された近接信管の効果によって、それぞれが敵の極至近距離で爆ぜる。ル級は盾のような艤装で爆風を凌いだが、敵に狙いをつけようと砲を構えた時、その眼前にレイの足が迫っていた。

 メタルギアがメタルギアたる所以は、その二本の脚にある。メタルギアの父たる旧ソ連の兵器開発者アレクサンドル・レオノヴィッチ・グラーニンは、それを人類が直立歩行したのと同等の革命だとしていた。無限軌道でも走破不可能な地形をも楽々と踏破するべく誕生したその機構は、高度に複雑なプログラムと強力なアクチュエーターに支えられている。

 メタルギアの中でも比較的新型の部類に入るメタルギアRAYは開発当初から、従来の機械式・油圧式駆動ではなく、通電によって伸縮する高分子繊維を用いた人工筋肉を駆動系に使用していた。これにより、一種類の駆動系で複数種類の動きが可能になり、迅速で複雑な動きを滑らかに実現できた。後にこれはカーボンナノチューブ(CNT)筋繊維に置き換えられ更なる大出力化が図られたが、その機構は無論レイの武装にも受け継がれており、

 

「そらァっ!!」

 

レイの脚部に、大型重機並みのパワーを与えている。

 レイの強烈な蹴撃――ドロップキックが、ル級を空き缶さながら撥ねた。ル級は直線上にいたホ級に背面から衝突し、沈みかけたホ級の主砲に串刺しにされて身動きが取れなくなる。直後に飛来した対艦ミサイルも、追い打ちに艤装が接続された両腕を根元から千切り飛ばした。

 速贄(はやにえ)にされた上攻撃手段を失ったル級の代わりに、ホ級が残った対空機銃で応戦するが、蛇行する竜巻が如く猛進するレイには一発たりとも当たらない。まともに航行できない二体の二メートル程手前で二度海中に身を隠したその時、

 ホ級の背後から上がった水柱が、真下を通って前方に移動し。

 ル級とホ級を、二つの大きな塊に‘切り分けた’。

 

 「…状況、終了」

 

海面から這い上がったレイの後ろで、二体の深海棲艦は爆煙に消えた。

 

 

 

 

 

 ――なるほど、勝てねえ訳だ。

 

レイの戦いぶりを遠巻きに観察していた天龍は、一人納得していた。

 戦い方というものの常識が、自分達とレイとで大きく違うのだ。

 艦娘は仲間との連携を大前提に、事前に打ち立てた綿密な作戦に基いて立ち回り、各々の艤装の特性を活かして合理的に戦う。空母からの艦載機や駆逐艦からの爆雷などを考慮しても、あくまでそれらは、いわば平面の碁盤か将棋盤の上の戦いである。

 一方でレイのそれは、あらゆる状況・突発事象に的確に反応、臨機応変に対応できる機能的な心技体、刹那的とも形容すべきその場その場の判断に裏打ちされた三次元機動であった。相手の碁石や駒がいきなり宙に浮いたり盤に沈んだりしたとして、一体どうして戦えるだろうか――土俵が違い過ぎる。シミュレーションゲームと3Dアクションゲームとでは雲泥の差だ。

 

 「……」

 

 戦闘前に“私が危なくなったら支援をお願いします”とは言っていたものの、彼女の戦いは、一切の支援を必要としないように思えた。単にその強さばかりではない、むしろ彼女の戦い方そのものがワンマンアーミー、つまり「支援が殆ど期待できない状況下で磨かれたもの」であるような気がしてならないのだ。

 平行世界から転生してきたというレイだが、天龍にはそのことを抜きにしても、彼女がどこか遠くの存在であるように思えて――

 

「…龍さん。天龍さん?」

「…んあ? あ、ああ済まん。ボヤボヤしてた」

 

…駆逐艦と潜水艦以外に対しては、敬語が抜けていないというのもあるのだが。

 

「凄かったよーレイ! 飛んだり跳ねたり走ったり潜ったり!!」

「速い!! 速過ぎる!!」

「魚雷投げる暇なんてなかったの!!」

「素直に賞賛せざるを得ないわ…」

「そ、そうかなぁ…? 役に立てたなら、嬉しいかな」

 

 …何が違うのだろうか。

 天龍は良好な霊力効率、艦らしく言い換えれば低燃費故に、駆逐艦や潜水艦など他の低燃費な艦娘達を率いる役目に最適とされ、彼女らと共に哨戒任務にあたってきた。その中で育まれた「面倒見のよさ」は、自惚れてはいないが自他共に認めている。過去に何度か異動を経験し、どの鎮守府でも哨戒を担当してきた天龍は、駆逐艦や潜水艦達に頼られる人間であった。さん付けはいいとしても、哨戒を行なう仲間が敬語を使うのは、どうも自分が頼られていないようで我慢ならない。

 

 ――身長が基準か…?

 

天龍が思い至ったのは、レイの身長。

 天龍の身長は一六四センチ。レイの身長は(自己申告で)一五七センチ。単純計算で七センチの差がある。レイが敬語を使う艦娘は、皆レイよりも背が高い。思い返すと、一五四センチの龍驤には敬語を使っていなかったような気もする。そう考えれば合点がいった。目測では島風が一四九、曙が一五一、電が…

 

 「…あれ? 電はどこ行った?」

「え? 電?」

「いつの間に…」

 

電の姿が見えない。はて、電は勝手に作戦海域を離れるような問題児ではなかったはずだが。

 

「きゃあっ?!」

「曙!?」

 

突如、海面にしっかりと立っていた筈の曙が沈んだ。水柱も立たず、何の前触れもなく。

 その時天龍は、ちらりとだが見ていた。

 艦娘のものではない青白い‘手’が、曙の足首を掴んでいたのを。

 

 「ッ、レイ!! 追え!!」

「了解!!」

 

 危険は、すぐそこまで迫っていた。




この作品に初めて評価が付きました。嬉しすぎて爆速執筆しました。
ビツケンヌのモチベーションは鰻上りです。

今回のメタルギア要素は地の文の解説ばかりでしたが、レイの動きの描写にはライジングを資料の一つにしています。高周波ブレードはありませんが、レイはニンジャランができますw
こっちのレイなら雷電なんて怖くないもんね!(震え声)
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