歯車の咆哮   作:影のビツケンヌ

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アタック・オン・アーク・オブ・ネスト

 何者かに連れ去られた曙を追ったレイだったが、彼女は直後に驚愕することとなった。戦闘中だったとはいえ、その存在に気付かなかったのがあまりに不可思議な程に。

 

「嘘…どうしてこれが…?!」

 

仄暗い海底の闇に紛れても、その威容ははっきりと認識できた。三百メートルを優に超える、灰色の巨大な貝のようなもの。元の世界線で、『愛国者達』の情報統制が解かれていたレイの世代では、知らない者はいない。

 

「アーセナル…ギア…!?」

 

 アーセナルギア。二〇〇九年、アメリカ合衆国はロウアー・ニューヨーク湾に於いて、海上除染施設ビッグシェルの基底部に偽装されて建造されていた、史上最大のメタルギア。メタルギアの一種とされながらも海中航行のみを移動手段とするそれは、戦闘行為よりも愛国者達のAIをその内部に保護、そこで社会の思想健全化の為の淘汰(Selection for Societal Sanity)、略称『S3』というメソッド(方法)及びプロトコル(手順)に基づき、デジタル上での情報統制を行なうことを目的としていた。AIへと流し込まれたワームクラスターによって暴走、マンハッタンに乗り上げてフェデラルホールに衝突した後、数年かけて解体処分された筈であった。

 それが今、ここにある。

 

「…いや、今は救助が先決だよね」

 

その理由の追究は、レイは後回しにすることにした。唯でさえ自分の転生も原理がわかっていないのだ、議論など何の意味も為さないだろう。目の前の現実を受け止めるしかない。曙が消えた先をしっかりと記憶し、一度水面に顔を出す。

 

「天龍さん。これから私は敵の真っ只中に突入します。曙と、恐らく電…二人を助け出すまで、皆を――」

「馬鹿言うな! お前一人に行かせてたまるか!!」

「ですが、潜った先で閉鎖空間での陸上戦になります! 天龍さんも島風も潜れないし、陸戦では魚雷が使えません!」

「それなら大丈夫だよ」

 

シオイがにやりと笑い、自分の浮き輪を指差した。

 

「これを身に付けていれば、潜水艦じゃなくても霊力耐圧殻で水圧に耐えられるし、空気も二十分は持つ。接近戦は刀の使える天龍さんに任せればいいし、島風に連装砲ちゃんを借りれば何とかなるよ!」

 

 過去に二、三度、こういう出来合いの作戦で苦境を切り抜けた経験が思い起こされた。

 今度は、誰も欠けずに済むといいのだが――

 

 

 

 

 

 曙は焦っていた。

 

「サアハケ! グラーフ・ツェッペリンハドコニイル?」

「い、…電は何も知らないのです…ああアアあぁァアぁあああああああああ!!」

「電ァーッ!! 糞っ、糞っ、糞ぉ…!!」

 

窓で中が丸見えな小部屋に自分だけが隔離され、数メートルと離れていない場所で電が電気ショックによる拷問を受けている。霊力でコートされているのか、連装砲を撃てども撃てどもガラスには罅一つ入らない。

 

 ――また、何もできずに終わるの…?

 

彼女が思い出していたのは、艦娘になる前、艦としての記憶。

 一九四二年の珊瑚海海戦に於いて、綾波型駆逐艦八番艦曙は護衛対象であった翔鶴型航空母艦一番艦翔鶴を守りきれず大破炎上させてしまい、軍上層部からの非難が曙ばかりに集中した。この失敗を理由に、ミッドウェー海戦以降長期間に亘って正規空母の護衛から外され、その後の船団護衛任務でも僚艦や護衛対象が立て続けに轟沈。一九四四年レイテ沖海戦に至っては、大破した最上型重巡洋艦一番艦最上の救援に向かうも、敵空襲による妨害で合流が遅れた結果、航行不能となった最上を雷撃処分(介錯)する羽目になっている。

 太平洋戦争当時の大日本帝国海軍上層部の無茶振りや歪んだ責任論は、艦娘となってヒトと同じ肉体を持った今でも、曙という少女の人格形成に多大に影響し、彼女の心の奥底に深い爪痕を残しており、全ての艦娘が無条件に全幅の信頼を置く『提督』にさえ‘糞’と付けずにはいられない。

 FWBのスタッフ達の献身的なメンタルケアが功を奏して、「自分がいる限り誰も沈ませない」と心に決めようやく立ち直ってきた――その矢先に、これだ。電と、多分自分が、艦娘最初の犠牲者になる。

 

「そんなの、御免よ…!!」

 

だから、撃ち続ける。霊力が持とうが持たなかろうが関係ない。魂の一片まで燃やし尽くして、何としてでも電を助け出すその為に、

 

 「ギャアアアァアアア?!」

 

その想いが通じたのか否か、向かって右手の暗がりから突如として飛来した、一条のレーザーのようなものが、電を拷問する深海棲艦を瞬く間に三枚下ろしにした。そしてそこから、

 

「…レイ! 皆!!」

 

水上に残してきた仲間達が雪崩れ込んできたではないか。

 拷問機の固定具に機銃を撃ち込んで砕き、電を解放したレイは、すぐに独房に近付き、その入り口を一蹴のもとに破った。部屋の中を視線だけぐるりと見渡してから、曙に手招きする。

 

「レイ、電は…」

「大丈夫、命に別状はない。でも逃げる前に、少し仕事が増えた」

「仕事…?」

 

駆け寄って問うた曙に、レイは目を合わせることなくつかつかと先を行く。電の無事には胸を撫で下ろしつつも、曙は急に早口で口数が少なくなったレイに違和感を覚えた。レイは自分達が入ってきた入り口に待ち構え、

 

「ウゴク――」

Fleeze(動くな)

 

走り込んできた一体の深海棲艦の脳天を、機銃で貫く。物言わぬ屍となり青い焔と消えたそれには見向きもせず、今度はまだ息のある三枚下ろしの深海棲艦に、同じく機銃で止めを刺した。

 …おかしい。レイが今見せている残酷は、海上で踊るように戦っていた時とは明らかに別種のものだ。曙は自分の感じている異常を他の艦娘も感じているであろうことを、驚嘆に目を剥いた彼女らの顔から察した。

 そしてここでも、予想外の事態が起こる。

 

「…レイさん! なんでこんなことするのです!?」

 

普段は大人しい筈の電が、レイに食ってかかったのだ。夜中にこっそり“親睦を深め”、今朝も食堂で談笑していた新たな友人のレイに、である。

 

「何を言って…?」

「敵は敵でも…相手はちゃんと言葉を話せるのです! 話せばわかるかもしれないのです!!」

「…向こうも自分が正しいと思っている。話すだけ無駄だよ」

「でも――」

 

次の瞬間、ぐりんと振り返ったレイが電の両肩を強く掴み、彼女を激しく揺さぶりながら吼えた。

 

「敵に向かって一瞬でも躊躇ったら終わりなんだよ! ()()()()()()()()()()!!」

 

 わかりやすい人間だとは感じていたが、ここまで感情を剥き出しにしたレイは初めてだ。

 …こんな形で、レイの怒った姿を見ることになるとは思わなかった。

 レイの言ったことは、至極真っ当だ。綾波型にも幸運艦として知られる十番艦の潮――恨みなど微塵もないが、大戦期の曙の不運は潮の幸運のとばっちりな場合も多々あった――がいるが、それでも所詮‘それまで’運が良かっただけ。いつも柳の下にドジョウはいない。何より、元の世界線で()()姿()()()()兵器として扱われ戦い続けてきたというレイだからこそ、艦としての記憶を語る艦娘達とは説得力が段違いだった。

 きっと彼女は、自分と同じかそれ以上に、仲間の死を見てきているのだろう。たとえ個々の繋がりが薄いといっても、敵だと割り切れない‘同士’を失い続けて、正気ではいられまい。

 

 「…ごめん。戦闘時高揚(コンバットハイ)の反動が出てるみたい。頭、冷やすね」

 

自身の豹変ぶりに怯えきった電の顔を睨みつけていたレイだったが、やがて目を閉じ項垂れ、掠れた声で謝罪した。常盤色の髪に隠れ、その表情は窺えない。

 

「元のルートは隔壁が降りて使えない。もっと奥に進んで脱出路を探そう」

 

 レイは入ってきたのとは別の扉に向けて歩を進める。先の彼女を見ていた一同は顔を見合わせ、恐る恐るついていった。あの天龍さえ、レイに何一つ声をかけられずにいる。

 

――もう、何に糞って言うべきなのやら…

 

レイという少女のFWBへの参加から、まだ二十四時間も経っていない。それまでに多くのことが起こり過ぎだ。曙のメンタルは、大戦期を生きた艦として情けなくも悲鳴を上げていた。

 

 

 

 

 

 「……」

 

 電に‘やり過ぎ’を指摘され、話し合いでの解決を持ち出された時、彼女を諭す――実際には怒鳴りつけてしまったが――考えとは別に、彼女の意見を尤もだとする自分がいた。優しい電なら、そう言うのも無理はないかもしれない。

 元の世界線でもこの世界線と同じように(というより、この世界線でも元の世界線と同じようにというべきだろうか)、深海棲艦の中には、人間と同じ言語を操るものがいる。それらは大抵人に近い姿をしており、その口から紡がれる様々な‘脅し文句’で、戦いに出る者を惑わせ、恐れを呼び込んだ。しかし人型と言葉を持つのなら、言葉を以って対話ができる筈だと、台頭初期は様々なコミュニケーションが試みられた。

 その全てが、失敗に終わった。それらは聞く耳を持たなかったのである。それでも引き金を引くことを躊躇する者は続出した。いつからか敵だと己に言い聞かせて捻じ伏せたが、自分もその内の一人だった。…VR(ヴァーチャルリアリティー)訓練の修了後、似た仲間が戦死した報告を聞くまでは。

 

 ――だから、電には二の舞になって欲しくはない。

 

電の優しさは致命的だ。戦いが生み出す人の闇に飲み込まれぬ為には必要なものだが、闇の中を歩くにはあまりに危う過ぎる。いつ闇に巣食う獣に襲われてもおかしくない。

 コンバットハイの反動というのも、半分は嘘だ。自分とて心苦しいが、相手が人類の絶対敵とはいえ、これは戦争なのだ。

 

 「っ…」

 

レイは後続の六人に悟られぬよう、大きく息を吸って吐いた。今はポイントマン(斥候)としての務めに集中すべきだ。そうすれば頭も冷える筈。

 

 ――しかし…

 

一方レイの頭の片隅には、腑に落ちないことが多々あった。自分達が今いるここ、‘アーセナルギアもどき’について。

 まずこの巨大な貝は、内部に深海棲艦が多数徘徊していることからも明白なように、既に深海棲艦の手に落ちている。電が拷問を受けた『医務室』に辿り着くまでの通路には、深海棲艦に特有の青白い光の筋が顕在していた。これは彼らが、何らかの霊的な手法でアーセナルギアを文字通り‘乗っ取り’、支配下に置いていることを意味する。‘もどき’と言った通り、これ自体深海棲艦の艤装のようなものだと言っても過言ではない。

 ここで最初の疑問が浮かぶ。そのようなことが可能であるならば、何故わざわざアーセナルギアを選んだのか、という疑問だ。

 アーセナルギアは数千発以上ものミサイルを搭載してはいるが、長期的な活動には陸海空の三軍による支援が不可欠である。ビッグシェル占拠事件の中心人物にして第四十三代アメリカ合衆国大統領、『ソリダス・スネーク』ことジョージ・シアーズの弁によれば、「補給なしではただの巨大な棺桶」。そもそもがアーセナルシップ計画――二十世紀末頃、対地攻撃用ミサイルと極最低限の自衛用兵器のみを搭載し、レーダー情報を味方に依存して攻撃を行なう新しいタイプの戦闘艦を建造せんとした、アメリカ海軍の計画――の構想を受けて作られたものであるから、幾ら大型艦とはいえ単独行動は危険が伴う。それならばアーセナルギアなど使わず、その戦闘能力にものをいわせて、軍港か或いは海上を航行する艦を直接襲い、よりフレキシブルに戦える最新鋭の艦を手に入れる方が、戦力の増強には適する筈だ。それでも()()を選んだのには、それだけの理由があるのだろうか?

 次の疑問は、最初の疑問にも関連する。アーセナルギアもどきは、恐らく戦闘中か戦闘直後、自分達の真下に現れた。発見されれば艦娘の魚雷や爆雷で集中攻撃を受けかねないというのに、十分な偵察も出さず、何故単独でこのトラック泊地周辺海域まで入り込んできたのか。まさか攻撃されない為だけに電と曙を人質に取った訳ではあるまい。

 更に、アーセナルギアもどき内部への侵入に使った‘入り口’にも疑問が残る。その入り口は外壁の一部が歪んで外に張り出し、潜水鐘のようなエアポケットとなっていたのだが、それはどこからどう見ても、()()()()()()()()()()()()()()としか考えられないのである。浸水を防ぐ為か、入ってからすぐに隔壁(シャッター)が降りて使えなくなったが、それにしても敵が侵入してきた後でというのは対応が遅すぎる。こちらの戦力を削ぐのが目的で誘い込んだのだと考えても、軽巡一人に駆逐艦三人、潜水艦二人ではさほど大きな問題ではない。艦娘の絶対数からすればそうでもないのかもしれないが――

 

 「…!!」

 

レイの思考は、そこで中断させられた。

 『医務室』の先は、体育館幾つ分かの広さのある大部屋だった。レイ達が出たのは、その中央にある幅の広い渡り廊下。そして渡り廊下の脇には、レイが最もよく知る‘兵器’が鎮座していたのだ。

 角のある爬虫類を思わせる‘頭’。

 紡錘形の二本の‘腕’。

 指のない鳥のような‘足’。

 装甲表面に走る規則正しい‘塩基配列’。

 

 「メタルギア…RAY」

 

 自身の雛形(モデル)が、そこにいた。




更新が遅れて申し訳ありません。大変な難産でした。
その割に今回の話は、自分としてはあまりいい出来とは思えない…

マンハッタンに突っ込んだアーセナルって実際どうなったんでしょうね。
横幅とか相当ですし、戦艦数隻陸に乗り上げるようなものですよ。
そりゃあ軍も信用できなくなりますわなww

いつぞやにレイのイラストを描いて欲しいとの要望があったので、拙いながら描いてみました。RAYの資料が手元にない状態で描いたので、RAYらしさが出ていない気もしますが…

【挿絵表示】

スペースが足りなかったので顔はおざなりです。色も塗ってません。
やっぱりオリ棒作者のビツケンヌには人間を描くのは向いていないらしい…
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