大抵のことをスタッフが済ませてしまう鎮守府の中では、艦娘は演習や訓練以外に「するべきこと」ことが殆どない。
なかんずくこのトラック泊地のような、鎮守府から一歩外に出るとこれといった娯楽がない地域に配属されている艦娘達にとって、「如何に暇を潰すか」は死活問題であった。例えば球磨型の三人(球磨、多摩、木曽)は非番のスタッフに誘われて
そして、何かしらの趣味がある訳でもない(或いは鎮守府の立地条件のせいで趣味を楽しめない)艦娘は、何故か自然と提督のいる執務室に入り浸ることになる。指揮官を求める艦娘の‘本能’故か、それとも他の鎮守府の例に漏れず、執務室の窓からの見晴らしがよく開放的だからか。
「……」
最上型重巡洋艦三番艦鈴谷も、そういったうちの一人だ。
「……」
FWBがまだ小規模な組織だった頃、提督には秘書官ならぬ『秘書艦』が交代で付き、提督の執務即ち書類仕事や艦隊の指揮等を補佐するのが常であった。しかしスタッフの増員に伴い、執務の内容がマニュアル化され迅速な対応が可能になると、秘書艦の役割は完全に形骸化し、艦娘が提督に何らかのアプローチをかけようとする口実となった。
アプローチ――
「……」
「……」
艦娘の中には、提督に対して明らかに恋愛感情を持っている者がいる。現在大湊警備府に配属されている金剛型戦艦一番艦金剛は「提督のハートを掴むのは、私デース!」と大胆にも宣戦布告したとしてあまりにも有名である。
FWBは提督の選出について艦娘(特に彼女らの筆頭たる三笠)にその一切を委託しており、仔細は不明ながらもそこに何らかの着眼点があるのは間違いないとしている。その‘着眼点’の一つとして有力だと目されているものが、「提督を異性として好きになれるか」というものであった。勿論女性の提督もいるので一概にそうとは言いきれないが、その男女比は男性に大きく偏っており、また軍艦を指す代名詞が“
…何が言いたいのかといえば、
「……」
鈴谷は、巌羅に好意を寄せているということである。
きっかけがあった訳ではない。日替わりで巌羅の秘書艦を務めているうちにいつの間にか、だ。睡眠発作を起こして眠りこけている時の意外にもあどけない寝顔に心を動かされたのかもしれないし、厳めしい顔が不意に綻んで見せる優しさに溢れた笑顔に惚れたのかもしれない。とにかく、鈴谷は巌羅を好いていた。
トラック泊地のスタッフと、鈴谷の妹に当たる四番艦の熊野を代表とした艦娘の一同は既にこれに気付いており、巌羅と鈴谷を“くっ付ける”べく、密かに様々な手を講じてきた。というのも、鈴谷は普段の「軽い」態度に反して色恋沙汰には奥手なのと、巌羅は平時必要以上のことを全く口にしないのが理由で、一向に関係が進展しないのである。
この日も、秘書艦となった鈴谷はスタッフの思惑にまんまと乗せられて――具体的には、執務室に人が来ない時間を意図的に作られて――、執務室に巌羅と二人きりにさせられた。
「……」
「……」
のだが、会話一つ発生しない。
――熊野ぉ…!!
鈴谷とて馬鹿ではない。この状況が
「……」
巌羅は喋らない。窓に背を向ける形で置かれたデスクに向かい、印刷した書類にひたすら目を通している。昨日と違い朝食後に向精神薬を服用しているので、発作が起こる心配はないが、鈴谷としてはむしろ寝ていて欲しかった。巌羅はこの沈黙が心地良いようだが、鈴谷には針の筵でしかない。
ふと、巌羅が顔を上げた。
「っ!?」
デスクのほぼ正面方向、入り口のドアの脇に立っていた鈴谷は、必然的に彼と目が合う。心の準備などできていない。鈴谷は脳が沸騰しそうな感覚に駆られるがしかし、巌羅は首を向かって右斜め上方に曲げ、壁にかかったシンプルなデザインの時計を見たのだった。
「…十五分経ったな」
「…は?」
鈴谷がほっと息を吐く間もなく、巌羅は小さく、吐き捨てるような調子を僅かに孕ませ呟いた。彼は椅子を引いて立ち上がり、書類をデスクの端に重ねて置く。体格も合わさって岩が動いているようにも見える巌羅には似つかわしくない、いつもよりいやに素早い動作だ。
そう、これは半年前と同じ――
「緊急連絡だ。コンディション・コード:イエロー。総員、第三種戦闘配備。
半ばひったくるような形で、卓上のスタンドマイクを取り上げた巌羅は、軍人なら誰もが聞きたくない言葉を言い放った。放送で鎮守府全域に響き渡るは、実に半年振りの戦闘配備。
「ちょ、ちょっと…?! 何でいきなり?!」
「天龍達からの連絡が途絶えた。いつもならこの時間にはとっくに帰投しているし、遅れるにしても無線を寄越す位はするものだ。何か重大な問題が発生したと考えるのが自然だろう」
言って、巌羅は帽子を目深に被り直した。鈴谷は知っている。これが彼の、意識を戦闘へと切り替える時の癖だと。
「捜索隊を組む。お前はここでいつでも出られるようにしておけ」
炯々とした眼光が、鍔の奥でギラリと光った。
「レイ、もしかしてこれが?」
「…メタルギアRAYです。私の名付け元の」
この奇妙な格納庫に来るまで、レイは忘れかけていた。アーセナルギアには、
護衛という役割上、局地戦闘機のように航続距離を犠牲にして機動性を高めるべく、強大な推進力を与えていた大型のテールスラスターは小型のテールスタビライザーに換装。頭部側面にはバルジを追加して浮力を増強。遠隔操作への適応性を重視し、カメラはツインアイタイプからモノアイタイプへ。無人となってからは隠密性がそれほど考慮されなかったのか、カラーリングも茶色く変わっている。
レイが腰部に装備しているのはテールスラスター――その後テールスラスターの意義が再評価された――だが、量産型で得られたデータもレイの武装に取り入れられている。レイにとっては、『メタルギアRAY』という存在そのものが自分の先祖のようなものであった。
「やっぱり、大きいんだね…」
「恐竜みたいなの…」
「うーん…
声を抑えてはいるが、シオイとイクは感嘆を隠せない様子だ。島風は曙の隣で、何やら納得いかなそうに首を捻っている。電は天龍の後ろに身を隠しながらそれを見上げていた。イクの“恐竜みたい”という発言で少し怖くなったらしい。「フフ、怖いか?」と天龍にいじられている。
「これは今のところ、まだ深海棲艦化してないみたいね。何か準備が必要なのかしら?」
RAYをじっと観察していた曙が、おもむろに口を開いた。彼女の言う通り、格納庫全体に這い回る光は、マットな光沢を放つRAYの装甲にまでは波及していない。このことに、レイもまた安心していた。長門の言葉を借りれば、“敵に回ると思うとぞっとしない”。
「アーセナルどころかこれまで奪われたら、それこそ揚陸からの奇襲攻撃が始まる…」
他の者には話していないが、レイは電と曙の救出の傍ら、アーセナルギアを再び闇に葬り去ることをも密かに視野に入れていた。さしずめRAYは、その副葬品といったところか。
「…なあレイ、これって動かせないのか? 乗っ取られる前にこっちの戦力に加えちまえば――」
「残念ですが、このタイプにはコックピットがありません。ここのどこかにある
或いは、制御システムをこちらが奪ってしまえば。そうも考えたが、すぐに諦めた。RAYの操縦はVR訓練で一通り学習してはいるものの、自立制御まで奪回するような知識は持っていない。今の自分達はFWBからのバックアップを受けられる状態にないから、ハッカー達のアドバイスもあてにならないのだ。
勿体無さが過ぎて寂しささえ感じたレイは、別れを惜しむように手摺から身を乗り出し、RAYの頭部、丁度水圧カッターを保護する装甲にそっと手を触れた。
「――ッ…?!」
瞬間、レイの脳内で
「あっ、ぐうっぅぁ…!!」
「れ、レイ?!」
「どうしたぁ!!」
RAYに触れたその時、腕を伝い、何かが自分の頭に鉄砲水の如く流れ込んできたのだけは知覚できた。だがそのすぐ後、猛烈な頭痛に意識を刈り取られそうになった。堪えるだけで精一杯、皆の心配する声もどこか遠くに聞こえる。
――…何か、見える…?
真っ白な意識の中から、レイは何かを見出した。
――これは、どこの景色…?
高いところから、大部屋の中に流れ込む水に浮かぶ、兵士達の死骸を見下ろすような視点。手前の足場に、バンダナを頭に巻いたスニーキングスーツ姿の男が這い上がってくる。
「やはり貴様は
野太い男の罵声。それはどこかのスピーカーから出ている声のようだが、レイには
「スネーク! タンカーと共に沈め!!」
目の前の足場、丁度逃げ去ろうとする男の近くへ
――私が…?
次に見えてきたのは、暗闇の中に浮かび上がる光。それに向けて、水飛沫を上げながら自分は歩いている。近付くにつれて、それが六角形のガラス張りの床であること、そこに二人の男が立っていることが分かった。
「それなりの相手を用意してやった」
胸から触手のようなロボットアームが生えた、強固なアーマースーツを身に纏った眼帯の男が、こちらを指し、もう一人の男――プラチナブロンドの美青年に言った。
「さあ、最後はせめて――私のジャックとして死んでくれ」
眼帯の男が、常識外れな跳躍力で暗闇へと消えた――アーマースーツのパワーアシストの賜物だろう――、そこで自分は青年を見下ろし、耳障りな響きで彼に‘吼えた’。
――私に、こんな経験なんて…?
闇は、すぐさま破られた。いつの間にか海中にいた自分は、勢いよく陸の上へと飛び出した。立ち上がり、寂れた建造物の合間に佇む一体の‘それ’を認めると、天に向かってまたしても吼えた。
「RAY…!」
「スネーク! まだだっ! まだ終わっていないっ!」
「リキッド!」
最初に聞いたあの声。目前の‘それ’を駆る者は、あの男と同一人物であるらしい。
「俺とお前の運命の始まりの地、モセスの土となれスネーク」
自分が‘それ’へと突撃する、そこで更に場面が切り替わる。
――…私はここにいた…?
次に自分が見下ろしていたのは、あちこちが燃える街並みの中で、二人のサイボーグが相対している場面だった。大柄でスキンヘッドの一方は、スーツを着こなした黒人の男を軽々と担いでいる。
「首相をどうするつもりだ」
「勿論殺す。この男のせいだけではないが、アフリカは平和になり過ぎた」
「何だと?」
髪型こそ変わっているが、スキンヘッドの方と問答する青年のサイボーグには見覚えがある。あの暗闇で見たのと同じだ。
「SOPの廃止以来、我々の
「その為に首相を? …ッ、やめろ!」
「――安心しろ、まだだ。しばらくは盾になって貰う。…
スキンヘッドは高らかに叫ぶなりビルの上へと跳び上がり、青年がそれを追う。その間に自分は割り込み、甲高く吼えた。
――私は…?!
その後も、映像は流れ続けた。
アメリカ東海岸、サンタモニカに上陸しようとする深海棲艦を、水圧カッターの一閃で鎧袖一触に撃退する自分。
深海棲艦に占拠されたオアフ島に奇襲攻撃、対艦ミサイルと機銃で破竹の如き快進撃を見せつけ、仲間を勇気付ける自分。
水没寸前のシャドーモセス島に集まった深海棲艦を、水圧カッターを換装したプラズマ砲で僅かな陸地ごと木っ端微塵に消し飛ばす自分。
自分、自分自分、自分自分自分――
どれも自分が見ていて、自分がやっているのだ。
挙句、あのアンブロケタス作戦にまで参加し、セイレーン小隊をも遠目に捉えた。
「…イ! レイ!! 返事しろォ!!」
「…ぅあ…え…?」
現実に引き戻されても、現実感がなかった。VR訓練に頼り過ぎた兵士は現実感が欠如するというが――
…思考が纏まらない。
――私は、何者…?
前回メタルギア要素が強すぎたから艦これ要素をどんどん投入しようと思ったのですが、やはり展開の都合でメタルギア要素てんこ盛りです。
ああ早く次も書き上げてしまいたい…!(書き上げられるとは言ってない)
例の挿絵の件ですが(洒落にあらず)、募集や依頼は見送ることにしました。
かつて自分が書いている東方二次創作を動画化しようとした時、立ち絵を描いていただいた絵師様に忙しい中多大な迷惑をかけてしまった上、様々な不都合が重なって計画が立ち消えになってしまったことがトラウマになっていまして…
今自分も試験が迫る中親の目を盗んで執筆しているので、本格的に募集をかけるのは来年以降になると思われます。