モンスターハンター~狩人レナードの軌跡~≪改稿前≫ 作:ATA999
次の日。最低限の身の回りのものを整理したのだが、まぁそこまで多くも無かったおかげで昼頃には全ての作業が終わった俺は、一体どんな依頼が貼り出されているのかと暇つぶしがてらに酒場へ行ってみる事にした。
「あ、レナードさんこんにちは! ダメですよー、昼間からお酒なんて」
「違う違う。そこの依頼掲示板の内容を見てみようとしただけだって」
イタズラめいて人差し指をピンとたてながらこちらに言ってくるパティに対して簡単に返しつつ、確認に向かう。ちなみに、基本的にここの住人達はフランクな関係を望んでいるらしく、俺の態度や言動も速攻で砕けた物と変わり果てている。
(…………? 掲示板に何も貼り出されてない?)
「なぁ、パティ。何で掲示板に何も依頼の紙が貼り出されていないんだ?」
「ああ、それはですね……」
「それはだね。キミの力がどれくらいか分からないから、まずこちらが指定するクエストをやってもらおうと思ってね。それにまだ近隣の村々にはここにハンターズギルドの支部があることも行き渡って無いからね、依頼が来るにはまだ少し時間がかかるのさ」
パティの言葉に被せるように、タイミングよくここに来た村長が後を継ぐ。
(……成る程、力試しか。考えてみれば当たり前だな、折角大枚はたいてやってきたハンターが身の程知らずなクエストを受けて帰らぬ人となってしまえば大損だ。それにどうやら昨日聞いた話によるとこの地に定住する事を決めたハンターは未だ俺一人)
となれば向こうが慎重になるのも頷ける、というかむしろ当然だ。
「あ~わかりました、じゃあ何のクエストなんですかね?」
「ああ、まだこの辺の狩場の事を詳しく知らないだろうと思ってね。一番近い狩場なテロス密林に行ってもらおうと思ってるんだよ。詳しい依頼内容はこれだよ」
そう言い村長が差し出した紙によると、ドスランポスの狩猟と言うものであった。
今現在装備しているランポス装備を見ての判断だろうか、と考える。
ハンターは自分が倒したモンスターの素材を使って、狩場にて己が身を守る鱗の代わりの鎧を、あるいは頑強なる甲殻に突き立てる牙の代わりの武器を作る。それは、純粋にそうした方が性能が良く生き残る確率が上がるという考えの他にも、そうすることで自分はこの装備に使われているモンスターを狩ることのできる実力を持っているのだと周囲に知らしめることができるという副次的なものも含まれる。厳つい恰好をするだけで一つの権威付けにもなるというわけだ。まぁ中にはそれ以外の理由、常にこの肌触りを味わっていたいとか言う人やなんか宗教的な意味合いでもってやっている変わり種もいるらしいが、それは横に置いておく。
ともかく、金属製の鎧を除くならばハンターの鎧はそのほとんどがモンスターの素材を用いているといっても過言ではない。
懐かしのゲームでは、装備が整っていなかった序盤だけでなくバカ高い装備を作ってもらった後にも、クエストの契約料すら払えなくなった時にもこのクエストにはお世話になったものだが。
「おや、ひょっとして自信が無いのかい?」
ふと郷愁の念に駆られて苦笑いを浮かべるおれの表情に、自信が無いと思ったのだろう村長が茶化すように聞いてくるので適当に返事をしてお茶を濁す。
「さて! あんまりグダグダやってるといつまで経っても出発出来ないんで、そろそろ行ってきますよ」
「ああ、それがいい。君の可愛い恋人も、家で君が帰ってくるのを今か今かと待っているだろうしな!」
「ですね、ふふふ」
3人して、その村長の言うところの『可愛い恋人』の方をチラリと見る。
「ミャッハ~♪ そんな、恋人だなんてそんな恐れ多いミャ、でもでも……」
「……はぁ」
こっそりと後をつけてきて、今現在は先ほどの発言を受けてクネクネと妙なダンスを道行く人々に披露している我が小さな家族を尻目に、俺はいそいそと船着き場へと向かうのであった。
◇
巨大な組織であるハンターズギルドの構成員は、何もハンターだけではない。
むしろハンターは氷山の一角という表現が的確なほどに、表には出ないところで実に様々な人員が働いているのだ。
代表的なところではクエストを斡旋する受付嬢だろうか。少なくとも今後100年は安泰であろう組織において、女ハンターと違って命の危険も無く、かつオマケに言えば制服が可愛らしいという事もあって、特に辺境の女性たちの間では結構な倍率になっていると聞く。
当然、全員を無条件に採用するわけにもいかないために結構な難関である試験やら面接やらを課すことになる。また、ギルドの顔な為見た目の麗しさも審査項目には課されている事も付け加えておく。
更に、狭き門を潜り抜けた後にも試練はまだ残っている。
ハンターの力量に適切なクエストを。
受付嬢には、クエストを受けにくるハンターの力量を見極める観察眼が必要ともなってくる。当然、見極めるためにはハンターの事についても知っていなければならないのは当然だが、クエストの方も知っていなければならない。ハンターが体を極限まで鍛えるように、受付嬢は頭と観察眼、ついでに愛嬌を覚えるのだ。
ハンターズギルド主催受付嬢見習い向けの、モンスターについての勉強会も開かれる事になる。
存在している狩場についての様々な情報、モンスターの生態などだ。
草食種,甲虫種,獣人種,鳥竜種,飛竜種,魚竜種,海竜種,……と、これがなかなか馬鹿にならないもので、義務教育課程も存在しないこの世界では、これを苦にして辞める者も存在する程なのだ。
パティもそれらの厳しい勉強をパスしてここにいる。……普段の様子からはあまり想像出来ないが。
ちなみにハンターにも、非常に優しくはあるが一応は最初に適性試験のようなものがある。俺の場合1分で終了したが。
ハンターは実力こそが最重要で、素行その他は良いに越したことは無いが二の次。ギルドの言う事を聞いてくれればそれでいい、普段の素行は関係ないというスタンスなのだ。その為名簿作りは非常に簡易的なものしかありはしない。
そこで考え事を中断し、チラリと横を見る。
「今日~もおい~らは船を漕ぐぅ~! 荒波大時化の~りこえて~♪」
先程から続いた訳の分からない歌が終息に向かい始めた事を雰囲気で感じとり、そっと息を吐く。
(ああ、ようやく終わりそうだ)
今俺はテロス密林に向かう為、船に乗せられて移動をしている。船の上には気持ちよさそうに調子っぱずれの歌を歌っている俺と同い年ぐらいの若い船頭との二人旅だ。
何を隠そう、彼もまたギルドの構成員なのだ。
初対面なので気を使っていた俺としては、軽く挨拶をした後いきなり歌い始めた彼をなんとなく止めることも出来ずに2時間が経過し今に至る。
と言うかここは海ではなく、大きめとはいえ河だ。荒波?大時化? なにそれおいしいの? 状態のこの非常に穏やかな河で、果たして本当にそんな出来事があったのだろうか。非常に嘘くさい。
ともあれ、そんな彼の仕事も無くてはならないものだ。
行きは狩りの為にハンターが持ち込む種々雑多な狩猟用具とハンター自身を狩場に運び、帰りはハンターの他に、狩場でハンターの狩ったモンスターの素材やらなんやらを持ち帰らなければならない。
彼のような裏方は知名度は低くハンターに比べてなかなか人気は出はしないが、非常に重要な役回りと言える。こうした支援を得て、俺たちハンターは初めて狩りに出ることが出来るのだ。
自分のおかげで辺境の人たちは生きている、などと思い上がった事は考える事は出来ないと、話を初めて聞いた時からいつも感じていることを改めて心に刻み込む。
「~~♪」
「…………」
鬱陶しい事に何ら変わりは無いのだが。
◇
切り立った岸壁に挟まれた入江に降り立つ。
足元は砂浜ではあるが、幸いランポスグリーヴの中に砂の粒は入り込んではいない。密かに危惧していた事が杞憂に終わり胸を撫で下ろす。そういうのは地味にイラつくのだ、ランポスグリーヴの気密性の高さに万歳といったところか。
テロス密林。
現在俺が降り立ったこの一帯の総称である。
木々が所狭しと並んでいるのにも関わらず陰鬱な気配が一切しないのは、燦々と降り注ぐ陽光と溢れんばかりの命の存在が挙げられるだろう。軽く耳を澄ますだけでも、生き物たちの生命活動を表す色々な音が聞こえてくる。
中央部には大きな空洞が存在しており、飛竜が時折生息している事もあるという。
北部には謎の遺跡が存在している離れ小島もあるが、今回のクエストには関係ない。
支給品ボックスの中から応急薬と携帯食料に地図、それから携帯砥石の見慣れた支給品類一式の他に、支給専用の閃光玉としびれ罠を取り出す。村長が気遣ってくれたのだろう、大タル爆弾など他にもいくつか存在するが、正直持ち歩こうとすると荷車が必要になるので相当動きにくい。
飛竜にならともかく、今回の相手はドスランポス。鳥竜種だ。舐める訳では無いが、倒せるという確固たる自信もある。今回はいつもの支給品セット(地図・応急薬・携帯食料・携帯砥石)にプラスして、念には念を入れ閃光玉としびれ罠を持っていく事にしよう。
「よしっ!」
アプトノスの肉を日持ちするように燻製加工した携帯食料をモグモグと噛みながら地図をサッと眺め、記憶にあるマップと何ら変わりの無い事を確認した俺は、密林南部に位置するベースキャンプから、北部にあるエリア3に向かうのであった。
◇
今回ここに来た目的はただドスランポスを倒すためだけでは無い。とある確認作業も兼ねていた。
その結果如何によっては、俺は非常に強力な武器を得る事となるのだ。
それは知識。ゲームをプレイした事による、この世界で得ようとすれば命が幾つあっても足りない程の希少価値がある知識だ。
但し、勘違いをしてはならない。あくまで俺が今持っているのはゲームの知識だ。俺が実際に足を踏み入れているここ、テロス密林のモノではない。
正直言って、初めは頭をまっさらにしてハンターをやっていこうと考えていたのだ。新人と呼ばれる今よりも尚経験の無かった頃。お尻にまだ殻の付いていた頃だ。それでもやっていけるという、若さと無知特有の根拠のない自信を持っていた。ゲームと現実は違うのだという事を、賢しらに考えたつもりでの結論であった。
そしてそれが見事に、そして呆気なく打ち砕かれた。
先輩ハンターに付き従って、故郷の村近くの狩場でランポス狩りを経験した時だった。
――怖かった。
あの、俺を獲物としか考えていない無機物の様な瞳も、俺の柔い肌肉など容易く引き裂く事の出来る爪や、頭からかぶりつく事の出来そうな程バックリと裂けた口の中にあるギザギザとした牙も。
全てが、恐怖の対象だった。
その時、俺はハンターの――人間の――貧弱さを知った。
ああ、何て俺達は弱いのかと。そう思い、そして同時にこうも考えた。
――ハンターは、為すべき事を全て為した上で狩場へ赴かねばならない。使える物は全て使え、使えるのに使わないのは慢心なのだ。
己が脆弱な肉体を鍛え抜き、頑強な武器や鎧で完璧に覆い隠す? 確かにそれらは重要かつ必要ではあるが、それだけではまだ不十分だ。蓄積された知識を会得し、武具の扱い方をひたすら反復練習で体に染みつかせる? そう、それもまた必要な事だろう。そしてそれに加えて慢心の根絶と精神の安定があれば言う事は無い。そもそも人間という種は、圧倒的な力では無く蓄積された知識でもってこの世に覇を唱えようとしている筈だ。心・技・体、その重厚さこそが唯一モンスター共の独壇場を打ち破れるのだ。例え人間の中では身体能力に優れるハンターであっても、だからと言って技と心を蔑ろにしていい筈が無い。
その結論に至った俺にとって、テロス密林だけでも100を超える数のクエストを成し遂げてきたその知識の量は、あまりに勿体なさすぎた。
今までの経験から言わせてもらえば、ゲームの知識は図鑑で読んだ知識に似ていると言える。精密な、絵が動く図鑑だ。
それだけでは通用はしないが、かといって全く役に立たない訳では無く。そこで得た知識は確実に、実際の狩りの現場において何らかの助けとなってくれる。
つまり、記憶に残るテレビ画面の中の作り物の密林と、この眼前に広がる圧倒的な迫力を誇る狩場『テロス密林』。それらの知識の摺合せが、今回のクエストの最優先目標なのである。それらが完了した時、俺は一段階上へと行ける筈だ。
◇
「ここにも亀裂がありましたっ、と……」
カンッという打ち鳴らすような甲高い音が一瞬だけ響き渡る。ピッケルを振り下ろした音だ。
現在地点はテロス密林北部。当面の目標地点であったエリア3。南部にあるベースキャンプより東周りにぐるりとエリア1、2を通ってきた。当然、狩りの役に立つキノコ類や薬草類、鉱石類が採れる位置は全て調査済みだ。荷物になるので、少々勿体ないが一部の素材以外はその場に置いてきている。運よく帰りにまだ残っていれば、拾って帰ろうと心のメモ帳に書き込んでおく。
今のところ、植物や菌類の生えている位置等に幾らかの差異こそあるものの、僅かな修正で事足りる。
どうやら俺の知識は、十分に活用出来るレベルにあるようだ。そしてそれは地形だけでなく、モンスターの知識も同様だ。
まだまだ未検証の知識も多くはあるが。
大量の知識に胡坐をかいて、一切確かめもせずに行動すれば大きな痛手を被る事にもなるだろう。しかしその事に気が付き、普段から心がけていれば問題は無い。
得た調査結果にニマニマとしてしまうが、それも仕方がない。
俺の知っている情報とは、それほどまでに価値があるのだから。
狩場は遠い、近場のコンビニに行くのとは当然のことながら訳が違う。
さらに付け加えれば、そこで行う事は命を懸ける事なのだ。
自然、危険地帯である狩場に赴くハンターは回数を減らしてでも万全の準備をしていこうとする。
そしてそれが俺の知識には当てはまらない。
つまり俺は、この時点でどんな老練なハンターであろうとも勝てぬ程大量の、ハンターとしての知識の元を得た事になる。
後は少しずつそれを、実体験によって消化し自分のモノにするだけという訳だ。
◇
「ん? ……お出ましか」
別エリアから、ランポスを2頭引き連れたドスランポスが現れた。見た目はジュラシックパークで登場したヴェロキラプトルが青くなったといった感じ。この緑と茶色溢れる密林で、保護色とかはガン無視なのは言うまでもない。
狡猾な雰囲気を漂わせるのはこいつら鳥竜種の特徴だ。更にソレに併せて、群れの主であるドスランポスはどこか悠然としているようにも見える。ランポスの体を覆う鱗には青を基調に黒い縞模様が描かれているが、ドスランポスはそれに加えて体が一回り大きく頭部には鮮やかなオレンジ色のトサカがあるため、遠目にもはっきりと分かるのだ。
戦端を開いたのは群れの長の咆哮。真上を向き、喉を震わせて行われるそれはまるで、開戦を告げるラッパの様であった。否応なしに、こちらの頭の中も戦闘用に切り替わる。
その声を聴いて即座につき従っていたランポス2匹がこちらに向かってくる。
強靭な脚力を用いて飛び掛かってくるランポスAに対し、俺は冷静にアイアンソード改を縦に振りぬき叩き込む。
大きな動作だ、通常であったならば横にステップを踏んで躱したのだろうが。ランポスAが今いるのは、迂闊にも空。
空の住人たる証の翼を持たぬランポスでは、回避行動など取れる訳も無い。
「ギ、ギギャオォッ!?」
鉄の塊によるタイミングが合ったその一撃は、あまりに容易にランポスの体を引き裂く。
断末魔すら上げることを許されず、ボロ屑のように、いやボロ屑になった己の同胞。
その、なれの果てを見て一瞬。ほんの一瞬だけもう一匹のランポスが動きを止める。
だが。
「それで、十分っ……!」
重量を武器とした怒涛の連続攻撃は、大剣の強みの一つだ。縦斬りから体を極限まで捻りあげ、大地に着いたアイアンソード改を無理やり横の薙ぎ払いへと移行させる。
体の捻りによって得た威力を余すことなく発揮した鉄の暴力は、先ほどの一体同様に碌な抵抗すらさせずに肉片へと変えてしまう。
「……はぁ」
剥ぎ取る事など出来そうもないランポス(だったもの)を見て、未だドスランポスが同エリア内にいると言うのについ溜息を吐いてしまう。
これが大剣の辛いところだ。片手剣のような重量に頼らない得物であればそんな心配もしなくてもいいのだが、逆に大剣のような一撃の威力が高いとランポスのような小型で脆弱な相手だと原型が残らない事が多々ある。
その重量が飛竜種相手だと頼りになるのだろうが。
残念ながらまだ飛竜種の出てくるクエストを行っていないため、武器防具の素材集めが普通より困難というだけでしかない。
だからといって、マイフェイバリットウェポンが大剣だというのには変わりは無い訳だが。
(しっかし、何とも不思議な気持ちだな。ゲームの頃は雑魚と断じていたのに、実際に戦ってみて恐怖の対象へと早変わり。そして今ではまた雑魚……とまでは言わないけど、脅威とは感じないにまで評価が下がる。相手は何も変わっていないのに、やっぱこれは俺が――)
「ギギャアアッ!!」
「むおっ……!」
鳴き声と共にドスランポスが飛び掛かってくる。思考を中断し咄嗟に大剣を盾にしてそれを防ぐ。
防がれたと見るや、一切欲張る様子も見せずにバックステップを踏んでドスランポスは後ろに下がった。それに対し、俺はあくまで一定の距離をとる。つかず離れず、真正面。これがポイントだ。
(いかん、今のは凄く駄目な部類の失敗だ)
自分で自分に最大級のバッテンを付ける。狩場で想いを馳せるなど、死んで当然、生きて不自然の所業。
これで相手が飛竜種ならば、おそらくは死んでいた。そう考える理由には、両者の戦い方の違いがある。
ランポスは飛竜種のように一撃必殺な戦い方ではない。むしろ獲物に対し小さな傷を作る攻撃を数多く行って仕留めるタイプだ。同じ種のゲネポスやイーオスもまた同様だ、ゲネポスは麻痺毒、イーオスは猛毒でもって自分が危険を冒して獲物に接近せずとも仕留められるように仕掛けてくる。
個体の能力では決して優れているとは言えないものの、観察力と判断力に優れているランポスならではの戦い方を行っているのだ。今もしっかりとドスランポスの方を見て付け入る隙を窺っているこちらに対し、ジッと鳥類めいた眼差しを向けこちらの隙を窺っている。
狡猾な狩人。
ランポスにはその言葉が相応しい。力を持たぬからこそ知恵で補う。その在り方は、数多存在する人間以外の生き物の中で最も俺たちハンターと近しいと言っても過言ではない。
対象が人間以外の場合には、という但し書きが付くが。
警戒心が強く縄張り意識の高さからか、俺たち人間にのみ前述の態度は一変する。動きこそ同じままではあるが、まるで怒りで我を失っているかのような稚拙な勢いで攻撃を仕掛けてくるのだ。
そこに、付け入る隙がある。
「さあ来いよ、お前らの憎くて憎くてたまんねー人間様がお越しになってんだぞ? 来い、来い、来いっ……!」
大剣を背負い直し、目の前でチョコマカと揺れ動く。言葉の意味を理解しているのかは判らないが、していなかったとしてもさぞや鬱陶しい事だろう。
「――来たっ!」
真正面で動き回っていた俺が目障りになってきたのか、ドスランポスは足を止めて獰猛な牙で噛みつきにやってきた。
俺は、これを待っていたのだ。
ドスランポスのフットワークの軽さこそが、大剣使いにとっての最大のネックとなっていた。足が止まった今、奴はただの青い的に過ぎない。
「で、やあああああっ!!」
噛みつきを身を逸らす事で体を回してかわしたと同時に、やや変則的な抜刀斬り。その無防備な背中へと背骨よ砕けよと言わんばかりの一撃を加える。
「ギ、ィアアァ!?」
(チィッ、浅いか)
手応えの無さを感じる。かわした姿勢で振ったのがまずかったのか、ランポスのように両断どころか背中に横一文字の傷しか作る事が出来ていなかった。背中の鱗が数枚弾け飛ぶが、それだけだ。致命傷には程遠い。
「あ、ちょっと待てコラッ!?」
様子がおかしくなったドスランポスは、それはもう惚れ惚れする程一目散に別エリアへと逃げ出した。
死への恐怖が、人間への怒りを上回ったのだ。
「くっそ……」
出来る事ならば、ここで仕留めておきたかった。奴に限らず、手負いというのは最も厄介な状態なのだ。
「……まぁ、済んだことは仕方ない、か。それより、奴が入っていったのはエリア8。……と、いう事は。やっぱりさっきの攻撃で瀕死なのかね?」
自分の一撃が予想以上に強かった事に、思わず「よーしよし」と頬を緩めてニヤケてしまう。
奴の向かった先は、おそらくここエリア3の下部に位置する空洞、エリア8の先にあるエリア6だろう。MH2ではドスランポスはそこで眠る事によって体力を癒していたし、事前に仕入れた情報でも同じ事を言っていた。
飛竜種ならばともかく、ドスランポス程度の鳥竜種であれば他のハンターも交戦経験は多く情報も集めやすい。情報の精度としては、まず間違いないと言っていいだろう。
エリア3からエリア8へは一方通行の道となる。理由は簡単、その方法が高さが10mはあるであろう高さから落ちる事だからだ。
エリア3の入口と繋がっている高台から、片足を掛けて下の光景を眺めてみる。
「ドスランポスは……いない、か。残念」
恐らく、早々に寝床であるエリア6に向かったのだろう。
実に逃げ足の速い事だと感心してしまう。無論、面倒事を増やしやがってという思いからの皮肉な事は言うまでもない。
ともあれ、ここでまごまごしていてもしょうがない。全身鎧を着ているとは思えないような軽やかさでジャンプをして、高台の下に広がる岩棚の上に危なげなく着地をする。うむ、10点。
こんな芸当が可能なのも、元の世界にいたかつては一切感じられなかった『気』のおかげだ。体が資本なハンター達は気による身体能力の向上によって、こうした人間離れをした動きをする事が初めて出来るようになるのである。
それでもようやくモンスター達との戦いにおいては、「知識と知恵を駆使して、上手く立ち回れば勝てる」というスタートラインに立てたという程度なのだから、自然の強大さがよく分かるというものだ。
「さーて、さっさと狩って帰るか……」
気の抜けた表情でそう呟いた時。
「ギ、ギャアッ!」
「ぐ、おっ!?」
――――背中に衝撃と共に激痛が走った。
「く、おぉおおおぉっ!!」
何とか振り払い俺に激痛を与えた主を確認すると、そこには赤い目を爛々と輝かせ舌なめずりをする手負いのドスランポスの姿があった。
「…………」
回復薬は飲まない。痛いとはいえ動きに支障を来す程では無いし、目の前にコイツがいるのにそんな隙を見せるような事は極力したくない。
慌てずに、相手の様子を観察しながら大剣を抜く。鞘がさっきの衝撃で変形して抜けなくなったかもと頭に浮かんだが、幸いそんな事も無くあっさりと抜けた。
「――悪い」
アイアンソード改を構え、相手を見据えながらポツリと呟く。
「本当にすまん。一応気を引き締めてたつもりだったんだけど、正直、心のどこかでお前を侮ってた。所詮ドスランポス、所詮、この程度のクエストで出てくる奴、所詮瀕死、放っといても死んじまう……てな感じで」
「ギア、ギギャアアアッ」
まるでこちらの言葉に抗議するかのように、タイミング良く威嚇の声が上げられる。その様子に軽く笑いながらも俺の目は、先程とは比べものにならない程に真剣となっていた。見えはしないが、そう確信していた。何せ心がそうなのだから、そうなっていない訳がない。
「片手間程度に考えてすまんかった。もう侮らん、そんな要らねぇもん捨ててやる!!」
ひとまずは、目の前の貴様を一切の慢心を捨て全力で叩き潰してやる。
そう決断した瞬間再び奴が牙を剥き出しにして襲い掛かってくる。
傷を負った背中がちりつく。ドスランポスの動きに全神経を傾けろと、語りかけてきている。
飛び掛かってくる奴の爪が見える。一つ一つが刃物のように鋭いそれは、呆気なく空を切る。
当然、体一つ分右に避けた俺がその隙を見逃す筈も無く。
「で、やあああああああぁっ!!」
横薙ぎに奴の脚へと鉄の大剣を叩き込む。先程とは違ってクリーンヒットだ。
グチャリと、僅かに肉の潰れるような感覚と共にエリア中央へと吹き飛ばす。
脚を潰したのだ、最早まともにステップを踏む事など望めはしないだろう。
「ギ、ギアアァ……」
か細い鳴き声は一体何を訴えようとしているのだろうか。あるいはコイツにも愛する家族がいて……そこまで考えて、ブンブンとかぶりを振る。
(いかん、叩き直すべき悪癖だな。未だに日本人的な感性が残ってる)
哀れに思って見逃す。
それはハンターとして絶対にやってはいけない事だ。愚かなセンチメンタルに浸ってそれを行うという事は即ち、目の前の対象も含めあらゆるものを侮辱しているに等しい。
「ありがとう。お前のおかげで、気付かなかったような所にあった半端な気持ちが、また一つ堅くなる事が出来たよ」
息も絶え絶えに横たわるドスランポスに勝手な礼を言いながら、アイアンソード改を後ろに構え、静かに気を貯めていく。
「これで、終わりだ。俺とお前の戦いも」
体に大量の気が溜まっていくのを感じる。だがまだだ。
「――お前は、俺に負けたんだ」
赤く、紅く。内を循環していく気が、放出先を求めて体の外にまで出てくる。少々過剰に言うならば、キャンプファイアーのように自ら発光していく。だが、まだだ。後、少し。
「もう一度言う! お前が負けて、俺が、勝ったんだぁっ!!」
吼えると同時に限界まで込めていた力を最高のタイミングで解き放つ。さながら太陽の如く苛烈に発光する程の濃密な気の全てがこの一撃に込められ、目の前に横たわるドスランポスへと振り下ろされる。
振り下ろされたアイアンソード改はドスランポスの首を両断――――するに留まらず、洞窟の石床をクレーター状にべっこりとへこませる程の威力を見せる。ビシビシと罅割れた床はどこかクモの巣を彷彿とさせている。
手に持つ大剣を鞘に入れようとするが、つっかえる。あまりの衝撃にアイアンソード改では耐えきれずに歪んでしまったようだ。ボーン系でなくアイアン系を使っているのはこういう事態が起きないように頑丈さを重視した為だったのだが、その甲斐も無かったようだ。
仕方が無いので抜き身のまま横に置きながら、疲労感に任せてヒンヤリとした心地の石の床の上にべったりと座る。
「はぁ、はぁ……これが、俺の全力だよ」
ドスランポスの潰れた亡骸に向かって笑いかける。それは、ある種命をかけて戦いあったものへの仲間意識のようなものだったのかもしれない。
俺にとって、生半な武器防具であるのなら無い方がマシ。
本気で放てば石の床にクレーターを引き起こしてしまう程の異常な力。もしかすると、素手で殴りつけた方が、今回もあっさり終える事が出来たかもしれない。
意識して気さえ込めれば体の堅さとて腕力同様に強化され、少なくともランポスよりは固くもなれる事は実証済みなのだから、そう思わずにはいられない。
何故。
あえて律儀に姿勢を守り、安い武器を持ち、ただ動きを多少なりとも阻害してしまうだけの意味しか成さない防具を装着して。まるで『普通のハンターのように』狩りを行っているのか。
――――何だ、この馬鹿げた力は……!――――
――――これじゃあ、まるで……――――
「……ぐぬぅ、ケチがついた」
ふと、前の村で微かに耳に入った言葉が脳裏をかすめる。普段は思い出しもしなかったのに、どうやら頑固な油汚れのように心にこびりついていたようだ。
深呼吸を一つする。ゆっくりと、肺だけでなく体中に満ちるように。この狩場の空気でいっぱいにするように行う。
「俺は、ハンターだ」
これは、挑戦状だ。
これから先、ハンターとして生き、ハンターとして死んでやる。その為の、宣言。
具体的にどうすればいいのかも分かりはしないし、間違う事もあるだろう。目標となるものの存在もあやふやで、どこに向かえばいいかも分からないけれど。
「きっと、きっと俺はヒトとして……ハンターに成ってやる」
この日この時この場所で、俺は世界に向けて挑戦状を叩きつけたのであった。
◇
「……まぁ、それはともかく。お楽しみの素材を剥ぎ取りターイむ……ぇ?」
マズイ。
ジワジワと、汗が額から浮き出てくるのが感じられる。目の前の光景を信じたくは無い、そんな感情から生まれる行為。
目線の先には、死後長時間に渡り放置していた為に体内にいる微生物によって武器防具素材としての価値が一切無くなってしまったドスランポス(だったもの)があるのであった。
「嘘だと言ってよ……いやマジデ」
自分の悲しい過去(笑)と世界への挑戦状(笑)に酔っている内に時間切れてあなた。
時が経てば見た目こそ変わりはしないものの、防具にも使用できなくなる程に劣化してしまうのだ。原理は不明。体内に巣食う寄生虫の仕業だとか、腐敗ガスの仕業だとか、果ては天上におわす神々が死んだモンスターの魂を天へと連れて行った為だとかいう説まであるが、ともかく時が経てばモンスター特有の強度も特殊な力も全て失われてしまう現象は事実存在している。劣化を防ぐには、その部位を体から切り離しておくしか方法は無い。
とにかく、こうなってしまえば精々がおしゃれ目的のアクセサリーに使われる程度のものとなってしまう。それでも飛竜種のようなそもそもの流通量が少ないのならともかく、ドスランポスはその実力の程良さから多くハンターに狩られている存在だ。希少価値などありはしない。よって高く売れる訳も無く、ここに来るまでの労力やら時間やらを加味すれば、結論儲け無し。と言うか赤字確定。
(教訓……。狩りが終わるまでは、自分に浸るのは止めましょう……)
結局一縷の望みは届く筈も無く、手に入れた素材は泣く泣く最初の遭遇で弾け飛んだ鱗数枚のみで終了となるのであった。
何とか香ばしさを無くそうと頑張ってみましたが、これが限界でした。
後、怪力なレナード君は慢心しないみたいな事言ってましたが、これからも何度か慢心しちゃう予定です。