モンスターハンター~狩人レナードの軌跡~≪改稿前≫ 作:ATA999
「う~……まだ何ですかね、もうそろそろ何じゃないですかねぇ……?」
「ほっ! お前さんも中々騒々しいねぇ……ワシも聞き飽きたよ」
あの日、レナードがセイディの面倒を見る事を承諾してから二週間の時が経った。未だ、イャンクックは狩れていない。
あの後、レナードは強引に船をリューズに方向転換させてとんぼ返りを果たした。強引な行いに船が軋みを上げ、のんびり屋なリューズが珍しく慌てていたのがセイディの記憶には鮮明に残っていた。
このイャンクック狩りが最後のチャンスなのだと追い縋るセイディに、「俺を信じろ!」という力強い言葉を放ち、引き返したのはいいのだが。
レナード本人は、セイディに幾つかの指示をした後にジャンボ村を出て行ってしまったのだ。二週間くらいで戻ると言い残して。
アプトノス車で5日程かかる場所にあるセイディの村の場所を聞いていった為に、おそらくはそこに向かったのだろうとは思うのだが。セイディとしては気が気では無い二週間となった。
しかしその二週間を、ただ手をこまねいていてもどうしようもない。セイディはレナードから、その間にやっておくべき事をいくつか言いつけられていた。
その為、今はとにかく指示された内容をこなそうと、『チェーンシリーズ』一式を新たに作ってもらっている通称「工房のばあちゃん」に進捗具合を見に来たところなのであった。工房のばあちゃんは、ハンターの武器防具を一手に担っている非常に優秀な職人である。二週間もあれば、一般的な防具くらいは余裕で作る事は出来る。ダース単位で。
実際は心配だ心配だと言って帰るだけの一切建設的ではない行動なので、工房のばあちゃんには若干鬱陶しがられているのは余談。
ちなみに、所変われば品変わると言うべきか辺境であるこの辺りでは役職や通称で呼びあったりするのが当たり前なので村長や親方、教官と並んで村人達は工房のばあちゃんの本名を知らない。気にする者もいないのだが。
「しかし、まぁ丁度良い所ではあったよ。ホレ、つい今しがた出来たトコロさ」
「わぁ……!」
セイディの視界には、以前の「レザーシリーズ」の皮の見た目とは違う、真新しい金属特有の光沢を放つ全身パーツが移っていた。客観的に見ればどちらも軽鎧な事もあって形状に大差は無いのだが、そんな事はセイディには関係が無かった。
新たな武器や防具を手にしたハンターは、皆多かれ少なかれ喜びを表情に表す。ハンター達のその表情が堪らなく好きな工房のばあちゃんは、まるで新しいオモチャを手にした子供のように喜んでいるセイディの顔を見て、暫しの間暖かい眼差しで見守るのであった。
そして、レナードがジャンボ村に帰ってきたのはそんな時。行く前と比べれば、遥かにくたびれた様子の装備と表情を身に纏っての帰参であった。
◇
「あ、レナードさんお帰りなさい! どうでしたどうでした、セイディちゃんの故郷は? やっぱり、すごく見晴らしのいい光景だったりしてたんですか? こう、お花畑が辺り一面にブワ~ッと広がってたりして……!」
「や、そんな事は無かったって……ここら辺と大差無かったから」
二週間ぶりに帰ってきたジャンボ村は、全然変わってはいなかった。二週間なので当然か。
そんな事よりも疲れた……。具体的に言うと、もうパティの話が耳に入らないぐらいに疲れた。よく見たら目を瞑って話をしているので、有り難くここは我が家へ帰らせてもらおう。
愛しの緑屋根の我が家へ帰る途中、色んな人に声を掛けられるので簡単に挨拶をしながらも歩みを止めない。
「すまない、皆……! 今の俺には、帰りを待っている愛しの白いアイツ(ベッド)が待っているんだっ……!」
「それってニャーの事ですかミャー!? ああ、感激ですミャごっしじんさま~!!」
「……おお、ただいまネコニャー。元気にしてたか? ついでに言うと、今の俺はちょっと疲れてて愛のこもったフレアイはちょっと出来そうにないんだよワルイナ」
「ゴッ、ごしじんさまっ!? く、首がしまってましゅミャ……!」
飛び掛かってきたネコニャーの首を、酷く冷めた眼差しでいたって冷静に捕まえる。ぺちぺちとタップしてきたので、さっさと放す。
別に苛めたい訳ではないのだ、家族をいたぶって喜ぶ趣味も無い。ただ、疲れているだけ。
気を取り直して、愛しの我が家へと向かう。トコトコと後を嬉しそうに付いてくるニャーを確認しつつ、感慨深げに扉に向かう。何の変哲も無い木で出来た扉がマラソンのゴールテープにさえ思えてくるから不思議だ。
(今度こそ、ゆっくりと休めるっ……!)
最早口を開く事すら億劫になってきている為、心の中で呟く。
「あ、レナードさん! どうでし……」
「チェンジで」
「どういう事ですかっ、それはーっ!!」
そこには、目を爛々と輝かせながらもどこか心配そうな顔をするという器用なマネをしているセイディが立っていた。
「……疲れてるから簡潔に話すけども、疲れてるからっ! 村の方は何とかなった。集団移住する日を交渉して待ってもらったから、お前は安心して今度こそ準備を万端にしろよ」
疲れと一時的とはいえ師弟関係という事から、遠慮のない口調になってしまった。問題ないとは思うけど。
「ミャー……こ、これは何やら親しげなふんいきを漂わせている気がするんですミャー! これはもしかして、メラルー女が現れたという事ですかミャー!?」
またお前は首を掴まれて持ち上げられたいのか?
目の前で手をニギニギさせると、さすがに黙った。鳥よりはマシな頭を持っているらしい。
ちなみにメラルー女は泥棒猫と大体同じ意味であり、男の場合は間男と言ったり地方によってはゲリョス男にもなるらしい。この豆知識はきっと二度と使わない。
「そっちの心配よりも、だ。お前は俺の指示した通り出来たのか? まぁ防具は出来てるみたいだが、それ以外もだ」
「バッチリですよ!! 防具は今しがた出来た新品ですし、狩場に持っていくものと持っていかないものの選別も終わってますし……」
「あーいい、いい。流石に二度もポカはしないだろ。起きてから行く直前に確認してやるから、取りあえずもう今日は寝る……。明日早朝から密林に行ってイャンクックを狩るから、そのつもりでいろよ」
本当なら、もう2,3日待ってほしいところではあるが。わざわざ村長にひたすらお願いして、2週間密林に行くハンターを止めてもらっていたんだ。出来る限り早く行かねば色々と諸方面に迷惑がかかる。
他のハンターがイャンクックを討伐してしまい、いざ討伐という時になってそこにいなければクエストも受注出来ずどうしようもないからだ。
ゲームとは違い生き物として強力になると個体数が減る傾向にあるのか、イャンクックより上になるとそうポンポンとクエスト依頼や目撃例もガクンと下がってくる事を理解しておかねばならない。
幸いセイディはやる気満々準備万端、後は俺の調子如何らしい。
ぶー垂れるセイディを尻目に、潜り込んでくるニャーも気にはならぬ程に深く深く。早くも俺は夢の世界の住人となるのであった。
◇
「ごしじんさま~? 朝ですミャー、起きて下さいミャー」
早朝、未だ世界が薄暗い中いつもの通りに早起きをしたニャーが小さな体で甲斐甲斐しくも俺を起こしてくれる。いい香りがするので発生源を見てみれば、安上がりながら技巧を凝らされ美味な朝食まで用意されている。紛う事無く良妻賢母に類するスキルである、至れり尽くせりとはこの事か。
「……ん、あんがとな」
「はふぅ~、寝起きのごしじんさまのぼんやりした姿もまた、いつもとのギャップがいいですミャ~!!」
「……ちょい、ニャーちょっと近くに来い」
「ミャミャ! お呼ばれしちゃったのミャー! これはもしかしてもしかすると、愛情120%で抱き締めてくれちゃったりなんかするんですかミャー!? いやいや……! それともおはようのキスをば、甘々な囁きと共にコースでミ゛ャッハー!?」
「残念ながら……愛情増し増しのデコピンだ、馬鹿たれ」
相変わらず、早朝から何てテンションの高い奴なのだろうか。俺だって狩場であるならば、眠りから覚めたら即動ける程度には意識してはいるが流石に安心安全な家でまで気を張ってはいない。
それとも、コイツは常在戦場のつもりでいるのだろうか?
「何と戦ってるんだよ……」
「ミャ? もしかして、ニャーの作った朝ごはんはお気に召しませんでしたかミャ……?」
下らない事に対して呟いた言葉は、ニャーに変な勘違いをさせてしまったらしい。
そんな訳は無いのに。
「……今まで生きてきた中で、お前のより上手い飯を食った事が無いよ。だから安心しろ」
「ミャッハ~! 嬉しいですミャ、ごしじんさま~!」
クシクシと、ニャーの頭を撫でながら。それによって嬉しそうにむずがるニャーを眺めながら。とても穏やかに、朝ごはんを食べていくのであった。
◇
「武器は」
「昨日砥石を4つも使って磨きに磨き上げましたっ!」
「よし、今度からは時間のある時には工房のばあちゃんに見てもらえよ。次、防具は?」
「まだ使っても無いピッカピカの新品ですっ!どこにも不都合ありません!」
「そうか、これからは万が一不具合があったら困るから、ちゃんと事前に確認しておくように。音爆弾は?」
「4つありますっ!」
「ん、じゃあ砥石は?」
「一応余裕を持って10個ですっ!」
「タル爆弾は?」
「大タル爆弾が2つ、起動用の小タル爆弾は3つありますっ!ついでに石ころもありますし、ここ数日は晴れだったので火薬が湿気て起動出来ないなんて事は無いかと思いますっ!」
「回復薬は?」
「しっかり10個ですっ!」
「こんがり肉は?」
「当然10個、持ってきてますよ~っ!」
「うん、そんなにいらないから半分置いていこうな」
「そんな殺生なっ!?」
道具類は単純に大量に用意すればいいという訳でも無い。生き残る為に必要以上に回復薬のような道具を持って狩りを行い、いざと言う時に重さや嵩張りが原因で思ったように動けずに死んでしまったハンターの話など腐るほどある。
必要なのは何事も適量、もしくは少し多めくらいに留めておかねばならないのだ。
何か不安になってきたので、セイディを横に除けて他に持ってきた物を自分で確かめ始める。「女の子の持ち物を勝手に漁るなんてっ!」という言葉は無視。そんな色気のあるものではありません。
「それから閃光玉と落とし穴か、まぁこの二つはいいな有効だから。クーラードリンク? 砂漠でもあるまいし、温暖期だからっていらねぇよ馬鹿たれ……おい、なんでジャンゴーネギとかサシミウオとかが入ってんだよ。しかもこんもりと山積みで」
「だ、だってですね! お肉だけじゃああれなんで、向こうでも美味しいお魚とかお野菜とか食べたいじゃ無いですか!? 常々思っていたんですが、パサパサした携帯食料とか脂の滴るこんがり肉だけじゃなくて、もっとあっさりとした――」
「返してきなさい」
「――はい……」
んな事で泣くな、鬱陶しい。いいのかよこんなにお気楽な感じで。二週間前は、何かもっと悲壮な感じ出てたじゃねぇかよ。もしかしてこれが素なのだろうか、だとしたら騙されたとしか言えない。
「村長に、これ良かったらどうぞって渡してきました……」
「いきなり村長に山積みのジャンゴーネギとサシミウオ渡すなよ、村長びっくりしちまうじゃねーか。何か意図があるんじゃないかって小一時間程悩んじまうよ」
というか、何故その二つだけなのだろうか。
「そこの食べ物屋さんで大売出しだったんで、つい」
「そうか……」
もう、何も言うまい。そう心に固く誓う。
「おーい、もういいかー? いい加減待ちくたびれたぞー」
リューズの相変わらず間延びした声が聞こえてくる。
こちらの都合で待たせてしまったのだ、申し訳なく思う。
「すまんね、リューズ。コイツのせいで遅れた」
「いや、師匠が私の持ち物に難癖つけてきたから遅れたんですよぅー。良く考えたら、別にベースキャンプに置いておけば良かったじゃ無いですかー」
セイディはぶー、と口を尖らせ納得のいかない表情を浮かべている。確かに、大量に消耗品や道具類をベースキャンプに置いておけば安心度合は増すだろう。
安全面だけを考えれば確かにそうだ。しかし今度は別の問題が登場してくる。
――すなわち、金銭面だ。
そんな無駄な出費を毎回していればすぐに金が底を尽きる。ハンター業は実入りも良いが、出費も底なしに大きいのだ。
如何にして安全面と金銭面のバランスを図るか、それもまたハンターを悩ませる問題の一つではあるのだが。
今は関係無い為、もうしばらくしてから話してやろう。そう判断を下す。
「全くー、痴話喧嘩なら余所でやってほしーぞー」
「誰が痴話喧嘩だ!」
「誰が痴話喧嘩ですかっ!」
イャンクック狩りは、中々に騒々しい始まりを迎えたのであった。
◇
「おぉ……ここがテロス密林ですかー」
「ほれ、景色が良いのは分かるけどとっとと作業を見て覚えろ」
「キャン!? 女の子のお尻を蹴るだなんて、一体何を考えてるんですかっ!」
何事も無くテロス密林のベースキャンプへと辿り着いた。早速、絶景と呼んで差し支えない景色を眺めているセイディの尻を軽く蹴飛ばし準備を促す。リューズの船に積んできた数々の道具類を手早くベースキャンプに移さねばならないのだ、呆けている暇など無い。
「いいか、セイディ。こういった何気ない雑用のようなものもまた、経験だ。無駄な事なんて何も無い。数々の経験の厚みこそが何物にも代えがたい知識となり、それは狩場で不測の事態が起きた時に動じない心にも繋がってくる訳だ。俺だってまだまだ未熟ではあるが、それでもお前よりは先輩だ。言い換えればお前よりも狩場での物事に精通していると言ってもいい。さて、セイディ? 未熟も未熟、未熟千万なお前は、自分よりも精通しているであろう先輩の一挙手一投足をよく観察して、何か疑問があれば質問をしていくべきだとは思わないか?」
「あ、うぅ……。おっしゃる通りです、はい……。初めてテロス密林に来て、しかも相手が飛竜だから少し浮かれてたみたいです」
「ん、よろしい」
分かってくれて何よりだ。要はメリハリ、ここはもう狩場なのだ。先程までのような軽い雰囲気とはおさらばをするべきなのだ。こんな時に軽口を叩き合って余裕を演出するのは、それはその時の心理状態が張り詰め過ぎてプッツリと切れかかる恐れがあるからであって、決して終始軽い雰囲気で進めていって良い訳ではない。とにかくこういう時、人の忠告をしっかり聞ける素直な奴が一番伸びるものだ。それでいけば、セイディは優秀なハンターになれる素質を持っていると言えるだろう。
「さぁ、準備は出来たか? それじゃあ早速、イャンクック討伐に向かうぞ!」
「おー!!」
意気揚々、今のところ何の不安要素も感じられず俺とセイディは一路エリア1へと歩みを進めるのであった。
◇
「でも、師匠? 本当にこんな装備で大丈夫なんですか」
「ん、最初は様子見だ。何と言っても俺達はまだイャンクックがどこにいるかも知らないんだからな。それなのに嵩張る大タル爆弾をえっちらおっちら荷車に乗せてもってくる訳にもいかないし、他の道具も最低限だけにしておいた方が疲労は少な目で済む」
「なるほど……幾つかの段階に分けて狩りを進めていくわけですねっ!」
「そう。それで、今回はイャンクックにペイントボールを付ける事が主な目的だ。状況次第だが、余裕がありそうなら一当てくらいしてもいいけどな」
とにかく密林のイャンクックは行動範囲が広い。密林のエリアは大きく分けて10のエリアに分けられるが、その内俺が以前ドスランポスを討伐した密林中央部の洞窟であるエリア8と、隣接する同じく洞窟なエリア7は上空に穴が開いていない為イャンクックは入ってはこない。同じく離れ小島であるエリア10もまた立ち寄らないが、それ以外のエリアは空が開けている為全て奴の活動範囲なのだ。田舎ゆえ日本のような分単位で精密な決まりでは無いが、クエストの制限時間はおおよそ10時間。下手をすれば今回は捜索で歩き詰めになるかもしれない。
「あ、だったら二手に分かれるって言うのは――」
「却下だ」
セイディから出してきた提案を、ばっさりと切り捨てる。
あまりにも早く却下したからだろう、目をパチパチとさせているのがコミカルで面白い。
「何でですか、我ながらいい案だと思ったんですけどっ!?」
「そうだな、でもそれはお前が一端のハンターになっていたらの話だ。どんなに急いでいても、イャンクックを一度は討伐していなければそれは絶対に許可しない」
「そんなに私は危なっかしいですか……?」
「いや今までの行いで少しでも頼もしいと思った事が……ああ、落ち込むな! そうじゃ無くてだな、そういうものなんだ。――話で聞いただけの脅威と、実際に遭遇した時の心臓を掴まれたようなあの感覚は全然違う、それぐらいは分かるな?」
「まぁ、確かに想像と実物は違うというのは分かりますけど……」
「――そう、そして想像と実物との違いがある事を踏まえて尚、もう一つ上を行く。そう認識すればいいさ」
人間よりも強大なモノを狩るとは、そういう始まり方をするのだ。
どれだけ優秀な素質を持っていても、例え飛竜を素手で殴り飛ばせるだけのトンデモパワーを秘めていたとしても。いざその威容と相対した瞬間に、程度の差こそありはするが、体が委縮し硬直してしまうのは絶対に避けられない事なのだ。
そしてハンターは、それを踏まえた上で作戦を組み立てる。
その硬直期間を何とかして切り抜けられるかが、ハンターへ最初に訪れる試練と言ってもいいだろう。
その恐ろしさを知る先達として、絶対にセイディを単独で遭遇させる訳にもいかないのだ。
全てを話さずともその思いが伝わってくれたのか、不満げな様子も見せずセイディは大人しく従ってくれた。
◇
「中々、いませんねぇ……」
「東側のエリア1、2、3と回って空振りか。西側のエリア4にいたのかもしれないな、ヤマが外れたか……。ともあれ当初の予定通り、ここから洞窟の中に入ってエリア8、6を通って反対側のエリア5に抜けるぞ」
「了解ですっ!」
密林の南側にあるベースキャンプから西は捨てて東周りで進み北部のエリア3へ。その後、中央にある洞窟を突っ切って再度南にあるエリア5へと向かうルートを俺達は選んだ。時間は既に二時間程度は経過している。エリア5はベースキャンプとは崖の上と下の位置にあり、ツタを伝って下りればすぐにベースキャンプへと戻る事が可能となる為、無駄を省く理由でそういったルートにしたのであった。
とはいえ、その心配もおそらくは杞憂に終わるだろうが。
「わ、高い……」
「さっさと降りるぞっ!」
「わわっ、ちょっと待ってくださいよぉー!」
エリア3からエリア8への高低差のある高台――よじ登る事が不可能に近いので小さな崖と言うべきか――から、いつも通り気負いなく飛び降りる。着地の際に大剣と防具という嵩張る装備があって少々難しいが、前回り受け身をする。それによって衝撃を逃がし、本来は存在する硬直時間を無くすのだ。ほんの数秒とはいえ、それが命取りになる事も考えられる為大事な技術と言える。正直、教えてもらった当初はそこまでする必要があるのかとも思ったが――
「何をやっとるんだ、何を……」
「ふ、ふおおおおっ……! あ、足がビリビリとぉっ!?」
これを見ると、かなり必要な技術な事がよく分かる。
(人のふり見て何とやら、か……)
こんな無防備な時に、もし他のモンスターが近くにいれば……下手をせずとも想像に難くはない。
溜息を吐きつつ、優しく後ろから体を押してあげる。そっとだ、あくまで優しくそっと促すように。
「さぁ、立ち止まってる暇なんて無いぞ……は、待ってはくれないんだから、なっと」
「あ、いや、ちょ待っ……びりびりぃっ!?」
「うんうん分かる分かる、世界はいつだってこんな筈じゃない事ばっかりだもんな。分かるよー」
「なんにも分かってないじゃないですかぁ~!?」
決してペイントボールの事を根に持っていた訳では無い。無いったら無い。
◇
「うぅ~……」
セイディの恨みがましい眼差しを意に介さず、隣のエリア6へ向かう道の近くに待機している。
「ぶぅ~……」
「いつまでブー垂れてるんだ……。――セイディ、さぁ気持ちを切り替えていくぞ」
こちらの声音が変わった事を察して、エリア間の移動の為に幾分弛緩した様子から背筋を伸ばして引き締まった表情へと変えるのを見て心の中で頷く。着いた際の事を、ちゃんと理解出来ているようだ。もっとも、まだ年も若く、決して背も高くは無いので可愛らしい様子なのには変わりが無いのだが。
「もうすぐ……なんです、か?」
「次のエリア6は洞窟の中ではあるものの、天井に大穴が開いててな。体の大きな飛竜も出入りする事が出来るんだよ。そして、この密林に住むイャンクックもまたエリア6をねぐらにする事が非常に多い」
それはつまり、イャンクックがこの先にいる可能性が高いという事だ。
例えいないとしても、待ち伏せしていればいずれは上空から舞い降りてくる。飛竜は飛ぶ前後には準備動作が必要となり、その間はハンターにとって絶好の機会となっている。待ち伏せはこちらの優位に働きやすいので、むしろいなくても構わない程だ。
「いよいよだっ……。いよいよ、飛竜とっ……」
気を引き締めようとしたが、少し気負い過ぎている。
狩場に対する洞察力は優れているハンターといえど、中々人間相手には上手くいかない。どうせこうなるだろうから、出来る限り気を緩めるよう仕向けて行ったんだけども。
ポン、と。
俺よりも頭一つか二つ分くらい低い身長な小さな体、その肩に軽く手を置く。
「師匠……」
「忘れんな。お前だけじゃ無くて、俺もいるんだよ。お前が独りでやるんじゃない、いつだってお前の後ろには俺がいるんだからな。それだけ、覚えとけよ」
「……はいっ!!」
「良い返事だ。でもお前、イャンクックは耳が良いって教えただろうが。今の大声で気付かれたらどうすんだ」
「あ痛っ! ぶー、何するんですか。あ……師匠、それってもしかして照れ隠しなんじゃあ~、あいや何でも無いですだからその拳はそっと下ろしてもらいたいなーなんてっ……」
◇
「いいか……ここからは極力音を出さず、身振り手振りで指示を伝えるからな」
「はいっ……」
エリア6。ある程度の水気が存在しており、なおかつ天井に空いている大穴から陽光が降り注いでいる為に、洞窟内部とは思えぬ程に植物が自生しているこのエリアに。
全体的に赤みを帯びた桃色の甲殻。黄色い鳥のように尖った顔。そしてトレードマークのエリマキトカゲを彷彿とさせる大きな耳。
そこに、怪鳥イャンクックはいた。
特に眠ってもおらず、今はノシリノシリと歩いて餌を探している様子である。確か主食はミミズや昆虫の類だったか。
(まだ気付かれてはいないな……よし、いくぞ)
二度手を振り、死角であるイャンクックの尻尾側からペイントボールの当たる距離にまで近づく事を告げる。
出来る限り気配を消す為、しゃがみ移動でゆっくりと歩んでいく。
耳をそばだてれば、後ろからセイディの荒く呼吸する音が聞こえる。汗が滴る。拭っている暇など無い。
(あと一歩、一歩……)
何事も無く、このまま行けるか?
その考えが脳裏をよぎったのがいけなかったのか。
グルリ、と。
怪鳥の首がこちらを向いた。
「くっ、気付かれた!! セイディ、ペイントボール用意ッ!」
「ぁ、ぅ……」
イャンクックに遠くからペイントボールを投げつける役を言い付けた際、セイディは鼻息も荒く意気揚々と「はいっ!」と答えて見せた。
しかし、声に反してセイディは動けない。
生物として人間よりも遥かに強大なモンスター。ドスランポスやドスファンゴとは違う大型モンスターのその眼光に、否応なしに体が竦んでいるのだ。
この強靭な体が原因か、俺はまだ平気な方だ。
いち早く回復を果たし、気を引くように別の方向へと駆け出していく。
『キ、ヤァァァァッ!!』
正しく怪鳥の如き鳴き声を放ちながら、こちらに近付いてくるイャンクック。その体躯は飛竜と比べれば確かに小型と言えるのだろうが、人間と比べれば巨大とも言い換えられる。ただ二本脚で走って近付いてきているだけなのに、まるで車がこちらを轢き殺そうとしているかのような印象を与えられる。
一瞬だけ、視界の中にセイディを入れる。
ペイントボール。どこか因縁深くも感じるその道具を、セイディは怯えながらもしっかりと握りしめている。
そしてその表情は、初めての大型モンスターと相対し恐れながらも、ハンターたらんとする者の表情をしている。
問題無い。
彼女に狩りの役目を任せられると、そう判断をする。
「セイディ!! 投げろぉっ!!」
けたたましいイャンクックの鳴き声に負けぬよう、腹の底から声を上げる。
(この声の大きさだけ、俺はお前を信じたぞセイディ……!)
例え大きな図体のモンスターへとペイントボールを投げて当てるだけの簡単な役目だとしても、そんな事は何の関係も無い。
「うぅ、やぁっ!!」
彼女なりの気合いの声を上げながら放り投げられた蛍光ピンクの玉は、放物線を描きながら飛んでいき。――見事、奴の大きな耳へと命中を果たした。
『キィ、キヤアッッッ!!』
「気持ちは分かるよ、痛い程……いや、臭い程に、な」
イャンクックの脇をすり抜けつつ、セイディの元へと向かう。
顔の近くに付いたペイントボールの臭いが堪らないのだろう、半ば狂乱染みた動きで以て俺達の事など眼中にない様子でグルグルと動いている為、容易く合流する事が可能だ。
それはそうだろう、モンスターにも嗅覚はあるし甲殻にあんな長時間こびり付くような物が付いたならば鬱陶しくも感じる。この辺りの反応も、ゲームとは違う生の情報として大変重要なモノと考えられる。
「よし、ひとまずベースキャンプに戻るぞ、走れセイディ!」
「は、はいっ!!」
如何に鬱陶しいペイントボールが気にかかるとはいえ、ほんの少し時間が経てばその矛先は加害者であるこちらへと向かうものだ。当初の目標を達成したのだ、長居する必要などどこにも無い。
怪鳥の吼えるような甲高い声をBGMに、俺達はいっそ清々しい程に隣のエリア5、洞窟の出口まで駆け抜けていくのであった。
セイディの、初めてのイャンクックとの出会いはまずまずの滑り出しと言える。
次で仕留める、その為に色々と持ってきた道具を吟味しなくてはならないな。
エリア5から真下にあるベースキャンプへと。嫌がるセイディを強引に抱きかかえ、高さ数十メートルをジャンプで飛びながらそう思案するのであった。
ついでに言うと、「にゃぁあばばばばぁぁぁっ!?」とか絶叫しているセイディの様子を愉しげに横目で確認をしながら。