二人の目の男性IS操縦者は元侍   作:五月雨

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拙い作品ではございますが、楽しんでいたければ幸いです。
それではどうぞ、よろしくお願い致します。


零話

 

 死ぬ間際に考えた事は、幼少の時分より共に過ごし、結ばれ、そしてこの手に掛けた愛しい妻の事。

 あれからもう拾伍年の月日が経つと言うのに、終ぞ忘れる事なんて出来やしなかった。

 

 思い出されるのは妻との思い出ばかり。共に野山を散策し、村の大人達に隠れて初めて唇を重ねた日の事。川で互いに水を掛け合っていたら、二人揃って足を滑らせては全身ずぶ濡れになってしまったあの日の事。そして、私が成人として認められ、彼女を妻として迎え入れたその日、初めて肌を重ねた事。

 彼女の肌の甘さも、胸の弱さも未だ鮮明に覚えている。

 成る程、死が迫って居ようとも、私は女性の事を、妻の艶姿を考える相当な助平らしい。

 

 もう腕を挙げる事さえ、指の一本動かす事さえ叶わない。例え妻がまだ生きて居ようと、これでは触れる事さえ出来ないでは無いか。

 そろそろ、目が光を捉える事さえ出来なくなっていく。徐々に、まるで闇が侵食してくるかの様に、目の前が真っ暗になっていく。

 それと同じくして、強烈な眠気と寒気が襲いかかってくるが、今はそれがありがたい。

 腕や腿、腹に突き刺さった刀の痛みさえも紛れてくれるから。

 

 これで漸く、あの世で妻に謝る事が出来るから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた。

 自分は死んだ筈なのに目が覚めたとは、一体どういう事なのだろうか。

 でもこの感覚は錯覚ではない。確かに意識が覚醒しており、今誰かに触れられている事がわかる。いや、正確には抱き抱えられているのがわかった。抱き抱えられ、背中をとんとん、と叩かれている。

 こんな中年の男を抱き抱えるなんて趣味の悪い事をする奴は一体どんな奴なのだろうか。

 一度その面を拝んでやろうとするが、いかんせん目を開く事が出来ない。それに、死ぬ間際とは違った意味で、思い通りに身体を動かす事も出来なかった。

 はてさて、もう一度言うが、これは一体どういう事か。

 す首の座ら無いもどかしさ、手足は動くが思い通りにならない煩わしさ、そして言いようの無い安心感。

 さて、いい加減に受け入れよう。

 自分が赤児になってしまっている事を。

 

 すると何か。さっきまで死にかけていた中年の私は今、赤児となって母上若しくは祖母に抱き抱えられていると言う事だろうか。

 学の無い私には今一理解出来ない。

 母上も祖母も、とうに亡くなっているのだ。それがどうして、私を抱き抱える事が出来ようか。

 

「ーーー」

 

 誰かが何かを言っているのが聞こえる。けれど、内容を聞き取る事は出来ない。

 何を言っているのかはわからないが、それでもその声に不安の色が篭っている事はわかった。

 一体何に不安を感じているのだろうか。

 わからない。わからないが、そんな私にもわかった事がある。

 此処はあの世では無い。私は今尚、生きている。

 ああ、これでは妻に会う事も、謝る事も出来ないでは無いか。

 拾伍年、ずっと彼女の事を想っていたのに。

 天は、愛する妻を殺した私に罰を与えると言う事なのだろうか。

 

 私は泣いた。

 大声をあげて、妻に会えない悲しみに、謝る事の出来ない苦しみに泣いた。

 自分の鳴き声に混じって聞こえてくる周囲の声から、いつの間にか不安は消えて喜びの色が篭っていたが、不思議と不快に思う事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世に新たに生を授かってから十年の月日が経とうとしていた。

 自分が死んでいない事を知り、苦痛に泣き叫んだその後、次に目が覚めたのは大凡三つの頃。今迄見た事の無い着物を着せられており、見るもの全てが初めて見るものばかりだと知った時、私は今迄住んでいた国と違う場所に居るのではと考えた。

 しかし、自分の母親が、私と同じ日本語を話しているのを聞いて、わけがわからなくなった。

 まあ、妻のいないこの世に、大して興味は無い。此処が何処か違う国だろうが、どうだって良い。

 それより気になったのは、私が自然と、今の母親の事を母上であると認識している事だろうか。

 私の母は一人だけ。流石に中年の男が、今更母に甘えたいなどそんな事は考えない。ただ、家族として愛しく思う程度だ。

 きっと、彼女に産んでもらった事を、ずっと守られてきた事を、物心つく前の私が本能的に理解しているのだろう。

 

「朔~!おやつ食べる~?」

 

 さて、考え事をしているうちに、気付けば時計の針が十五時を指そうとしている。

 そのタイミングに合わせ、母から三時のおやつのお誘いだ。

 そう言えばまだ、名を名乗っていなかったらしい。私は……俺は鷲塚朔。生まれ変わりと言うものを経験した、元侍だ。

 

「食べる~!」

 

 享年三十三の、元中年でもあるが。

 そんなおっさんが子供っぽい態度を見せても気持ち悪いかもしれないが、存外心が身体に引っ張られているらしく、自然とこの様な態度となってしまうことがあるのだ。どうか見逃して欲しい。

 

 二階の自室から、母の待つ一階リビングへと向かうと、其処からテレビの音が聞こえてきた。

 初めてテレビを見た時は、小さな薄い箱の中に、何人もの人が入っている事に「何と面妖な……」と、今となっては阿呆な感想を持ったものだ。

 さて、そんなテレビに視線を向けると、其処には機械を纏って空を翔ける女性達の姿が映し出されていた。

 

「今日だっけ、第二回大会の準決勝と決勝」

 

 テレビを見ながら煎餅を囓る母を見やり、一昨日の金曜日に学友である女児共が騒いでいたことを思い出し、目の前の映像とそれを結びつける。

 もっとも、テレビに表示されている字幕を見れば、その放送が一体どういうものかはわかるのだが、わかっていることを質問することから会話へと繋げるのもまた、時には大事なのだと考えている。

 

「ええ、そうよ」

 

 因みに第二回大会とは、モンド・グロッソと言われるIS〈インフィニット・ストラトス〉の二回目の世界大会の事を指す。

 二年に一回行われるこの大会は、IS操縦者の頂点を決める戦いである。その前大会の優勝者が、ISを開発した者と同じ日本国籍で、そして大会優勝候補筆頭にして二連覇が期待されている女傑とならば、それ相応の注目がされるのも頷けるというものだ。それと、今はまだ時間も早く、テレビに映し出されているのは選手たちのウォーミングアップの光景だ。

 

 さて、そう言えばIS〈インフィニット・ストラトス〉について説明していなかったように思う……が、ここでの説明は割愛しよう。

 わざわざ説明せずとも、今となってはISは世界的に知られているものだ。まさか知らないという者が居るとは思えない。四百年以上も前に生きた俺でさえ知っているのだ。

 それでもなお、わからない、知りたいという者には、確かこの言葉を送るのが習わしと聞く。ggrks-ググれカス-と。

 使い方が合っているのか少々不安は残るが、どうせ私の頭の中のことだ。ちょっと間違えていたって構いやしない。

 

 話を戻そう。

 テレビに映る女性たちは皆、各国で鎬を削り、そして世界という舞台に立つ猛者たちである。それ故に、強者特有の空気を纏っているのが、テレビ越しにさえわかるというもの。

 だがそれでも、やはりと言うべきか前回の優勝者である「織斑千冬」は、別格という言葉ですら言い表せない程の存在だった。

 もしも生身で戦う場合、前世の、それも全盛期だった頃の私で、彼女に勝てるか。そんな益対のないことをを考えてしまう……が、正直わからないというのが本音だ。

 私と彼女とでは戦う土俵が違う。そして、私が男である以上彼女の土俵に上がることは出来ない。仮に彼女が私の土俵に立ったとしても……。

 

 やめよう。これ以上考えるのは時間の無駄だ。

 今の時代、殺す殺されるなんて考え方は合わないのだから、私の様な過去の遺物が変な気を起こすものじゃない。

 さて、思考を現実に戻そう。ISに対して、特に興味があるわけではないがテレビで放送されていたら見てしまうというもの。クラスメートの女児共が騒ぐ織斑千冬の戦いくらいは、見ても良いのかもしれない。

 ただ、その準決勝が行われるまでそれなりに時間がある。それまでテレビを見ているのは、正直面倒くさい。まあおやつを食べている間くらいは構わないか。

 母の隣の椅子に座ると、目の前に置かれていたミルフィーユを食べ始める。生まれ変わる前には無かったこの甘い菓子は、俺のお気に入りの一つだったりする。それに、煎餅に使われている醤油もまた、俺は痛く気に入っていた。

 

 ケーキを食べ終え、母から一枚だけ煎餅を掠め取ると、俺はそれを咥えて二階の自室へと帰っていく。それにしてもあれだ、煎餅はこの固さも好きだな。

 口の中でボリボリと音を鳴らしながら、手付かずの課題を片付けるべく頭を切り替える。

 こういうとき、今から宿題や掃除、修理など何かに挑まなければいけないとき、確か確かこの様に言えばいいと何処かで聞いた気がする。

 

 ―――私を満足させたければ、その三倍はもってこい。

 

 ただ、実際に宿題を三倍にされても困るので、口に出して言うことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二回大会が終了してから六年の月日が流れ、今や俺は高校生なる者になっていた。あまり関係のない話だが、高校はあくまで中等教育らしい。

 モンド・グロッソの決勝戦、織斑千冬が不戦敗してからの五年で、IS操縦者の世代交代があったと見ていい。

 絶対的な存在と言われてた織斑千冬は今や現役を退き、表舞台に姿を見せなくなった。その代わり、次世代の育成にその身を置いていると言う話を聞いたことがある。

 はてさて、それ以降織斑千冬の様なカリスマ性を持った選手が現れたかというと、残念ながら答えは否。あれは、ISの開発者である篠ノ之束同様、天才と呼ばれる人間だ。

 まあ、正直IS〈インフィニット・ストラトス〉の事なんて私にとってはどうでも良い。将来的にアレに関わるかと問われると、まず関わらない可能性の方が高いと言える。私が男である以上、女性にしか乗れないアレの搭乗者になることはない。そして、開発職に就くということもない以上、アレとは無縁の生活を送ることが約束されているのだ。途中、何の間違いか技術屋となって開発に携わるくらいしか、関わる可能性が無いのだから。

 

 さて、ISの事から頭を切り離そう。

 今俺は、自宅でゴロゴロとしている。時刻は十時を少し過ぎた頃。木曜日のことだ。

 授業を怠けていると思われているかもしれないが、今日学校にて入試が行われる為に在校生は休日となっているのだ。

 余所の県や市では、以前にあった不正行為への対策として別の公民館などの別の施設で受験が行われるらしいのだが、俺の済む場所が普通に学校で試験が行われる。比較的田舎で嬉しい限りだ。

 

「ちょっと、朔!直ぐに降りてきて!」

 

 そんな自分の住む街の田舎具合――前世の都より遥に発展しているが――に感謝していると、突然下の階から母が俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 一体そんなに慌ててどうしたのかと不安が過るが、大方虫が入ってきたとかそんなところだろう。世間一般で言う、「台所に這い寄る混沌」でなければ良いのだが、と思いつつ下に降りると、そこにはテレビを指差して慌てている母の姿があった。

 なんだ、テレビに何か張り付いているのかと思って、母の指差す方へ視線を向ける。するとそこに、先程丁度考えていたISに関するニュースが映し出されていたのだが、

 

「男が動かした……?」

 

 そのニュースは速報だった。いや、たしかにこれが速報でない訳がない。

 曰く、織斑千冬の親族である織斑一夏という男が、高校受験の会場で誤ってISに触れてしまい、そして起動してしまったとのこと。詳細は追って伝えると言って次のニュースへと移るキャスターだが、微妙に動揺が隠しきれていないのがわかった。

 確かに気持ちはわかる。女性にしか動かせないISを、男が動かしたのだ。今の女尊男卑の世の中において、馬鹿女どもが調子に乗っている要因、現存の兵器を超えた存在であるISは女にしか動かせないという優位性が、覆る可能性が現れたということだから。

 

「なぁ、母さんや」

「どうしたんだい、息子」

「一先ず、おやつでも食べようや」

「そうしようか」

 

 先程までの母の慌てようは鳴りを潜め、二人揃ってわけの分からない話し方で気持ちを落ち着かせると、午前中のおやつを催促することにした。

 ただ食べたいっていうのもあるが、なんとなくそうしたい気分だったのだ。

 

「男がISをねぇ……俺には関係ないか」

「今は一人だけだけど、男の子でIS動かせる人が出てきたんだから、全世界で検査くらい行うでしょ?そうなったら朔も検査するはずじゃない?」

「……だろうねぇ。だからって動かせるとも思えないけど」

「それこそわからないじゃない」

 

 そんな事を話していたのが如月、二月の頭のこと。

 

「鷲塚朔と申します。何の因果かISを動かしてしまい、世界で二番目の男性IS操縦者となってしまいました。趣味は音楽鑑賞、後お菓子を食べるのも好きです。まだまだ至らぬ点はございますが、これから皆さんと共に精進していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します」

 

 四月に入って直ぐの俺は今、ISに関する人材を育成するための学校「IS学園」に新入生として入学し、自分のクラスで自己紹介をしていた。

 そう、母と男性IS操縦者が登場したことに関して話ていた、俺がISを動かせるかもしれないという夢物語が、こうして実現してしまったのだ。

 余談だが、織斑千冬と戦う機会があったのだが、手加減された上にシールドエネルギーを二割しか削れずに負けたと言っておこう。

 まあ、なんだって良い。将来はIS操縦者としての道が生まれたのだから、素直にその流れに乗ってしまえば良いんだ。

 そうすればきっと、将来安定した収入を得られる可能性だってある。企業のテストパイロットを経て、IS学園で教師を勤める事が出来ればだが。

 それなら、母にも父にも報いることが出来るだろう。前世で成し得なかった、親孝行と言うものを今回は出来るはずだ。

 ただ、孫の顔を見せてやることは出来そうにないが。それこそ親不孝なのだろうか。

 

 『私』が愛した女はただ一人、妻だけだ。そして『俺』は『私』である以上、他の女を愛するつもりはない。

 

 だから、別の方面で親孝行することにしよう。

 そう考えた私は、表情に出さないように、これからの未来に対する不安と、微かな期待に思いを馳せる。

 ただ、この時腹の奥底にくすぶる正体不明の胸騒ぎを無視した事を後々後悔することになるのは、今はまだ先の話。

 

 

 




元侍が、こんなにもストレートに「愛してる」って言うのか?
それは主人公が変わり者だからです。

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