「今日の秘書艦は五月雨ですね」
「はい!」
今日の秘書艦は私です! 頑張っちゃいますから!
「お任せ下さいね!」
「期待してますよ」
挨拶とばかりに笑顔を向けてくれました。それだけで、その美しい表情に頬が緩んでしまいます。
「では、速やかに始めましょうか」
「はい!」
「提督、お願いがあります!」
「なんでしょう」
休憩時間、あることを思い出しました。
「犬を飼いたいです!」
この前テレビで見て、それほど飼いたいとはとは思わなかったのですが、少し興味ができたのでせっかくなので訊いてみました。
「先日のテレビの影響ですか。申し訳ありませんが、却下です」
「なんでですか?」
そこまで執着しているわけではないので、あまり食い下がる気はありません。でも、理由ぐらいは気になります。
「その前に確認しましょう」
立ち上がる提督。
「犬っていうのはあれですよね。頭に耳がついて……」
「はい」
耳がついて……。
「尻尾がついて……」
「ええ」
尻尾がついて……。
「飼うとなったら、首輪とリードをつけないといけませんね」
「鎮守府内で飼うならなくてもいいと思いますけど」
首輪とリードもつけられる。
「そして、手足を床についてる」
「四本足が正解じゃないですか?」
両肩を軽く叩かれた。
「鳴き声はどんなのでしたっけ?」
「ワン!……で――」
「はい、よくできました」
ですよ……と言おうしたら、その前に頭を撫でられた。
私の前で片膝をついて、まるで小さな子供を撫でるような……。
「……って、わぁぁあああああ!?」
気づきました。いつの間にかにわんちゃんなりきりセットが装着されていました!
「ちょっと、提督――!」
「お手」
「わん!」
差し出された右手に左手を重ねます。
「おかわり」
「わん!」
続いて出された左手に、右手を重ねます。
「はい、良く出来ました」
「くぅ~ん……はっ!」
勝手に体が動いていました。
なんか形だけでも犬の姿になってるって思うと、自然と従ってしまいます。
別に嫌ではないんですけど、得も言われぬ悔しさが……。
「さて、冗談はこれぐらいにしましょう」
「突然なにやってるんですか」
提督が指を鳴らすと同時に服装が元に戻る。
妖精が外したんでしょうけど、相変わらず不思議な使い方をします。
「軽いおふざけですよ」
「ほどほどにしてくださいよ」
髪を整えながら言葉を返す。でも実は悪い気はしてなかったり。
「いやでしたか?」
「…………」
私は何も言わずに目を逸らします。見破られてますよね、はい。
「では、動物販売店に行きましょうか」
それに対して何も言わず、そのまま準備を始めました。
「はい」
返事をして、私もいそいそと準備を始めます。
どうでもいいことですけど、提督はあまり横文字を言いたがらない。理由は『なんとなく』だそうです。
「たくさんいますね!」
早速、ペットショップへとやってきました。
わんちゃんのコーナーは大きめで、見たことのない種類がたくさんいます。
「どんな子がいいですか?」
こう訊いてきたのは提督です。
店員さんには申し訳ないですけど、提督のほうが絶対に詳しいので提督を頼ります。
「人なつっこい子がいいですね。いつ誰が出かけてもおかしくないので、誰でもお世話が出来るような」
こういうのは私がきっかけというだけで、結局鎮守府全体のペットになるのはわかってます。というか、そのほうが安心です。私だって仕事があるのですから。
「そういう飼いやすさで考えるなら、プードルが一番ですかね」
そう言って、トイプードルのケージの前に移動しました。
中には、モフモフとした茶色い毛の小さなわんちゃんが入っています。
「プードルと言っても、大きさに種類があります。この子が一番小さいトイ・プードル。それから、ミニチュア、ミディアム、スダンダードと四種類の大きさがあります。スタンダードは、ゴールデン・レトリバーみたいな大型犬よりも少し小さいくらいですかね」
「へぇー……」
小さいのがいいかなと思っていましたが、大きいのも捨てがたいです。
やっぱ大人数で飼うなら大きいほうがいいですよね。みんながこぞって触ることができるから。
でも小さいほうがいろんな意味で飼いやすいと思います。問題は変なところに入ってしまいそうなことです。
「よくあるラブラドールやゴールデンもいいかもしれません。大きくて人なつっこく、動くことが好きなのでみなさん退屈しないでしょう」
ゴールデン・レトリバーのケージに移動します。名前通り金色の毛をもった大きいわんちゃんが大きめのケージの中ですやすやと寝ています。
続いて、ラブラドール・レトリバーのケージに移動しました。
中では、黒くサワサワとした毛並みの大きなわんちゃんがせわしなく動いてます。
「かわいいですね、わんちゃん」
思わずそんなことを言ってしまいました。
動き回る姿も、落ち着いている姿も、どれも可愛らしい。とても癒されます。
「ええ、それは自分も同感です。でも――」
穏やかに笑みを浮かべたかと思ったら、耳元に近づいて、囁いてきた。
「五月雨のほうが可愛いですよ」
「ぅひゃぅ!」
攻撃力抜群な不意打ちに、思わず出そうになった声をなんとか抑えました。
「……卑怯です」
「つい、いい場面だったので」
真っ赤になった顔で抗議の目を向けると、提督は口に指をあてて小さく笑っています。
「楽しそうですね」
「五月雨と出掛けるだけで楽しいですよ」
「またそんなこと……」
ありきたりなキザな台詞だというのに、それにやられる自分が悔しいです。
(本当、提督は格好よすぎて反則です)
わんちゃんを見に来たというのに、頭の中が提督で埋まってしまいました。これではわんちゃんより提督に目を向けてしまいます。
「どうしました? そんなに熱い視線を向けて」
「提督がいけないんです、その気にさせるから」
慌てて目を背けるようなことはしません。むしろ睨み付けます。提督がいけないんですから。
「今目を向けるべきは、かごの中の犬でしょう。自分に目を向けても、自分しか見えませんよ」
「わかってます。もうわんちゃんはいいです」
私どころか、あの鎮守府にペットは必要ないということを理解しましたから。
「おや、それはどうして」
「言わせるんですか」
「まったく、仕方のない子ですね」
そう言うと、自分の唇に指をあて、その指を私の唇に押しあてました。
「貴女たちは、自分の愛玩動物ですからね」
そう。私たちがもうペットなのだから、その上でペットを飼うなんておこがましい。提督に最大限の愛を注いでいる以上、愛情を注げないのにペットを飼うことなんてしたくないです。
(どうでもいいですけど、提督のその言い方はなにか卑猥です……)
ペットという意味に違いはないんですけど、絶対にもう一つの意味も含んでいます。それも間違いじゃないのでいいですけど。
「では、帰りましょうか。手早く仕事を片付けますよ」
「はい!」
「よ、ようやくです!」
次週の秘書艦も決まり、ようやく待ちに待った時間がやってきました。
「て、提督のせいですよ」
実は提督に攻められたあの時から体が火照っていました。それをわかっていたから、提督は仕事を手早く終わらせてくれたのです。
「待たされたぶん、たくさんお願いします!」
提督に抱きついて、上目使いで睨み付けます。
「私は提督の、愛玩動物ですから」
いつもはそんな存在じゃないけど、今だけは、動物のように愛を貪らせてほしいです。