「今日の秘書艦は川内ですね」
「そうだよ!」
今日の秘書艦は私! はやく夜戦したい!
「夜戦しよ!」
「まだ昼ですよ」
真面目に返された。いやそれはわかってるけど、お約束じゃん。キャラ的に。
「さっさと終わらせますよ」
「うん!」
今日の業務を終えて一段落したところで、思うところあって提督を誘いだしてみた。
「寒いね」
吐く息が白く消える。手がかじかんでうまく動かない。
「ここまでやっていて、なにを言いますか」
「寒いものは寒いの」
手を握っていて、一つの襟巻きを二人で使ってるこの状況。心は温かいけど、体が寒いんだよ。
「感温調整だってできるでしょう」
「意地悪なこと言わないでよ」
そんなことしたら提督の温もりが感じられない。わかってるくせに言うんだから。
「そんなことより、提督に話があったの」
「なんでしょう」
手を強く握り、肩に頭を傾けてゆっくりと歩きながら話を始める。
「私が夜戦を好きな理由、知ってるよね」
「当然です。昼が苦手だから……でしょう?」
「うん」
夜戦が好きだから夜戦を望んでるんじゃない。昼戦が苦手だから、夜戦を望んでいる。
艦艇だった時、私は夜戦しかしていなかった。だから、夜しか知らない、暗闇しか知らない私は、光の下に出ると体が強張ってしまう。
それは日常生活では問題ない程度だけど、戦闘となると話は別。僅かな違いが、結果として大きな差になってしまう。
これは、私に限った話じゃない。どこの川内も同じはず。いわば本能で、避けられないことだから。
「それでさ、この前ほかの鎮守府と演習したとき、向こうにも川内がいたことあったじゃん」
「ありましたね」
「その時に気づいたんだ。あの子は、このこと知らないんだなって」
演習中の表情を見て、すぐに気がついた。
六割程度の力しかでないのに、十割八割で動こうとするから、頭と体てズレが起きて動きが悪くなってしまう。だから、六割の力で動けば問題ないんだけど、あの子はどうにかしてそれ以上出そうとしてた。
「教えてあげなかったんですか?」
「やだよ。提督が気づいたことなんだから」
この提督が気が付いたからわかったことなのに、それを簡単に教えてあげるなんて手柄を渡すようなもの。そんなの御免だね。
「自分も教えてあげるつもりはなかったですけどね。川内の言う通り、これは自分の成果なんですから」
「気づいてたの?」
「当然です」
全体を眺めておきながら、個人の『動ける限界』と『実力の限界』を見極めるなんて流石。
訊いておきながら、内心むしろ気づいてないとおかしいとは思っていたけど。
「でもね。私だって、今でも昼は苦手なんだよ」
「それもわかっていますよ」
この本能に抗おうとしたことはある。でも、いくら提督でも、それは無理だった。
「だから、ありがとう。私に闇戦を教えてくれて」
その解決策として考案されたのが、自ら視界を塞いで戦うこと。通称、闇戦。
そのおかげで、私はいつでも十分に実力を発揮できるようになった。滅多に使わないけど。
「こちらこそ、無理難題に応えてくれてありがとうございます」
闇戦は夜戦と違って、視界を失うのは自分だけ。実力を出せるとは言っても、訓練で問題なく動けるようになったとはいっても、危険を伴うことに変わりはない。
「提督と妖精のおかげ。私だけじゃどうにもできなかった」
提督の適切な指導と、随伴してる妖精の察知能力があるからできること。そうじゃなきゃ、視覚をなくして恐怖も不安もなく動くなんてできるわけがない。
「そうは言っても、戦うのは川内ですから。貴女が動こうと思えなければ、何も始まりません」
「へへへ。そう言われると嬉しいね」
動こうと思わせてくれたのは提督なんだけど、ここは素直に受け取っておこう。だって提督が褒めてくれてるんだし。
「ただ、欲を言えば、昼への恐怖心を取り除ければいいんですけどね」
「まあ……ね……」
気にしないでと言いたいところだけど、正直なところでは正面から否定できない。
普段は三割も出さないから問題ないけど、昼に本気を出さなくちゃならなくなったときに、視覚が使えないよりは使えるほうがよっぽどいい。
視覚がない分ほかの感覚が鋭いから強いとか、余計な情報をなくして効率的に動くことが出来るとか言うけど、それは生来盲目な人か、絶対絶命の場合のみの話。普通に生活している人が普通の戦闘で、視覚を失って戦闘能力が上昇するわけがない。それよりも、恐怖心が勝るから。
「申し訳ありません、自分が未熟なばっかりに」
「大丈夫。提督ならできるよ」
ここで、できなくて仕方ないなんて言わない。
ここで、できなくても大丈夫なんて言わない。
最高に欠点があってはならない。
最強に妥協は許されない。
だから、提督は諦めないし、私だって諦めない。
「まあ、仮にそうなっても、私は夜戦のほうが好きだけどね」
昼が苦手なのは事実だけど、夜が好きなのもまた事実。
「やっぱり、暗闇を駆けて、人知れず仕留めるほうが面白い。忍者みたいで」
「改二になってから、そういうこと言うようになりましたよね」
「提督が勧めたんじゃん」
元々動き回る戦い方だったけど、改二になって服装が忍者みたいだったから『じゃあ忍者みたいな戦いをしてみましょう』っていう話になった。これがまた面白かったから、それで定着。
「でもやる機会がないのが不満なんだよね。みんな弱すぎて」
昼でも手応えのない相手しかいないのに、夜だったらそれこそ暇つぶしにもならない。そんな相手に意識して気配を消す戦いをしたって面白くない。意識しなくてもついてこれないんだから。
「身内で存分にやってるじゃないですか」
「そうじゃなくて」
身内ならお互いの力量がわかってるから、本気でやることもできるし、楽しんでやることも出来る。みんな賢いから、同じ戦い方をしなくて飽きることもないし。
でも、そうじゃないんだよ。家のご飯は美味しいけど、偶には外の美味しいご飯も食べたい感じ。
「しかし、実際問題難しいのはご存じでしょう」
「そうだけど……」
嫌だというわけではないけど、こういう時強すぎるのも困りものだと感じる。
提督と親しい、提督と司令官がいるところ艦娘ならある程度の実力はあるけど、夜戦なら本気をを出すまでもなく終わってしまう。昼戦の不完全な本気ならそれなりに楽しめるけど。
「まあ、その件については常に考えていますよ。未だに良策は思いつきませんがね」
「深海棲艦が強くなってくれればいいのに」
「自分達の強さに合わせたら、他が戦えないじゃないですか」
「それもそっか」
そこが難儀なところ。
深海棲艦を遊ぶのは楽しいんだけど、弱すぎてもはや一方的に弄ってるだけになっちゃってるからね。
私たちと戦う深海棲艦だけ強く出来れば良いんだけど、いくら提督といえどそんなことはできないだろうし。
(いや、できてもおかしくはないけど)
でもやらないということは、なにかしらの理由があるということ。結局、できていないことに変わりはない。
「ほんと、強すぎるっていうのも難儀なものだね」
「ですが、困ることはあっても悩むことはないでしょう?」
「そうだね」
提督の問いかけに、私は小さく頷く。
不満はあっても不安はない。
敵の弱さに呆れたことはあっても、敵の強さに泣いたことはない。
誰かに手を差し伸べることはあっても、誰かから手を差し伸べられるようなことはない。
誰からも助けを借りられないのは頂点に立つ者としての宿命なのはわかってるから。それを辛いとは思わない。それよりも、誰かを助けられないことのほうが辛い。
「ありがとう、提督。なにもかも」
「それは大げさでしょう」
笑いながら頭を撫でてくる提督。
強くしてくれただけじゃなくて、守り方も、心構えも、人との接し方も、愛だって、教えてくれた。戦う上での、生きる上での、何もかもを教えてくれた。だから、大げさなんてことはない。
「提督、寒いね」
「そうですね」
それだけで、優しく抱き寄せてくれた。私の気持ちを察してくれた。
「あったかいな」
「夜戦しよ!」
次週の秘書艦も決まり、ようやく待ちに待った時間がやってきた。
早速、早々に、すぐさま迫る。
「そんな焦らなくても、時間はありますよ」
そうは言っても時間は限られている。この時間を、一瞬だって失うのは惜しい。
「ほら、夜戦するよ!」
私たちの戦いはまだ始まったばかり……なんてね。