ミスなどあるかもしれませんがよろしくお願いします。
「もし、ワシの味方になれば世界の半分を、貴様にやろう。どうじゃ? ワシの味方になるか?」
何故だろうか。
その言葉を聞いた瞬間、グラッと俺の心が揺れた。
ヒャドを受けたときのような冷たい衝撃と、ベギラマを食らったときのような熱い衝動が同時に襲いかかってくる。
世界の半分が欲しいという欲望を密かに抱いたから、というものではない。竜王の味方になって無傷で和平を成立させようなんて政治的な思考もない。
ただ確かに俺はその言葉に魅了されたのだ。世界を闇に覆い、人々を脅かす魔族の王からの誘いなんて、罠以外何者でもない。それは誰にだって分かることだし俺だって重々承知していた。
でも、罠であるかもしれないという推測を打ち消すほどに強い何かが俺を支配していく。
言葉にするなら、好奇心ってものかもしれない。
もし、俺が竜王の味方になって世界の半分を貰ったらどうなるんだろう。勇者としての使命を忘れ、悪に降る道を選んだら、どんな変化が俺を待ち受けているんだろう。
もし俺が第三者の立場から見ていたら、間違いなく最悪の結果になっていると声を大にして言うだろう。賢しい魔族の王が、勇者に対して対等な和平条件を結ぶはずがない。その中で膨大な利を獲るに違いない。
しかし俺は見えていなかった。いや、見ないでいた。目の前の好奇を妨げる全ての要素から逃げていた。
勇者としての道を歩まなくてはいけないのはわかる。人々が竜王に対して憎悪と悲しみを抱いていることはこれまでの旅で痛いほど知っている。全て、俺に託されているんだってことも、分かっている。「いいえ」と答えるのが、正解なのは分かっている。
これは、二択だ。世界か、自分かの。
俺は瞳を閉じ、どちらを選ぶかを決めた。
そして暫しの時を置いて瞳を開け、俺は口を開いた。
「お前の誘いに乗ろう」
この瞬間から、俺は勇者を辞めた。精神的にも、名目的にも。勇者としてではなく、愚かな人間として生きていく選択をしたのだ。
竜王はこの上なく嬉しそうに嗤うと本当だなと聞き返してくる。俺は最早迷うこともせずコクリと頷く。
竜王は満足げに何度か頷くと、手に持つ邪悪な杖を天に掲げて叫んだ。
「では、世界の半分、《闇の世界》を与えよう!」
竜王の言葉に反応するように杖は禍々しく光り始める。膨大な魔力が杖に集中し、俺は思わず後ずさる。
「ッ……!」
何が起ころうとしているんだ?
闇の世界だと? その禍々しい魔力で作り出そうと言うのか。
それが意味することは、即ち世界の破滅。光に覆われていた世界が闇に全て染まり、全てを失うことになる。
俺は胸に掛けているペンダント、《おうじょのあい》が胸元で揺れているのを感じた。
俺の最愛の人が訴えている。彼女は涙ながらに叫んでいる。このままでは、俺たちの愛も消えてしまうんだと。
俺はそこで自分のしでかしたことの愚かさを知った。この選択が彼女をとんでもない方向に巻き込んでしまうことを考えていなかったのだ。
また竜王に拐われてしまうかもしれない。ドラゴンの餌になるかもしれない。果ては、竜王の慰み者にされてしまうかもしれない。彼女に、底知れぬ闇を見せることになるかもしれない。
それだけは、駄目だ。俺は竜王に向かって叫んだ。
「だ、駄目だ! それはやめろ!! 世界を闇に覆うなんてそんなことをするな!!」
だが竜王は魔力を高めることを止めはしない。それどころか嗜虐的な笑みを浮かべて返答してくる。
「そなたが言い出したことではないのか? 今さら何を言われても引き返せんぞ」
「あれはただの好奇心だったんだ! 本当は世界の半分なんて要らなかったんだ!」
「自らの好奇心を満たすために世界を売るとはな……とんでもない勇者だ。益々止める気が失せたな!!」
「頼む、それだけは止めてくれ……!! 勇者失格でも構わないから!!」
「だが、先ほどもいった通り、もう引き返すことはできん。もう諦めろ」
竜王の魔力の全てが杖に凝縮され、バチバチと紫色の火花が走る。それを天井に向けてまっすぐと伸ばしーー
「そうはさせるか!!」
俺は背中にあるロトのつるぎを抜き払い、竜王へと斬りかかる。力ずくでも止めさせる。その思いで剣を振り下げた。
だが、竜王は手のひらから魔力の鎖を放ち、俺の四肢を拘束した。しっかりと巻き取られ、全く身動きがとれない。
「何するんだ!? くそ、離せ!!」
「フフフ……そこでおとなしく見ていろ……世界が終わるその瞬間をな!!」
「や、やめろ……やめてくれ……!!」
俺の制止など竜王が聞いてくれるわけもなく、高らかに杖を掲げて、力を放った。
城を揺るがす程の轟音と共に、膨大な魔力の込められた光線が天井を貫き、無数の瓦礫へと変えてしまう。俺の頭にいくつかの瓦礫が当たるも、そんなもの気にする余裕なんてなかった。光線が天を穿ち、空の色を闇に染めていったからだ。
「あ、あぁ……」
太陽の光を一点の隙間もなく閉ざし、どす黒い雲が視界を覆い尽くす。冷たい風がゴウゴウと吹き荒れていき、大地の植物はドミノ倒しのように干からび始めていく。
世界はまさに、光を失い始めているのだ。俺の一言が、産み出した結果なのだ。俺の好奇心が見せたものなのだ。
「……こんなはずじゃなかったんだ……俺はこんなのは望んでいなかったんだ……」
俺は悔やむ。でも俺はもう諸悪の根元そのものだ。もう俺に正義を名乗る資格なんてない。悔やんでも、それが覆ることはない。
俺はこうなる未来が見えていない訳じゃなかった。だけど、俺は今までの人生で選択をしたことがなかった。勇者として育てられ、勇者として生き、勇者として戦い続けてきた。そこには正義の道を突き進む以外なかったのだ。でも、俺は竜王から人生はじめての"選択肢"を与えられた。だから俺は揺らいでしまったのだ。もし、求められていない選択肢を選んだ場合、どうなるんだろう。間違った選択肢をしたら、どうなってしまうんだろう。今まで正しい選択肢しか選んでこなかったからそんな興味が、沸き上がってしまったのだ。
俺は涙を流した。全て自分のせいだ。自分の欲のせいで世界を壊してしまった。魔力の鎖で締め付けられている体の力を抜き、項垂れる。
最早牙は抜かれたと思った竜王は天に掲げた杖を一旦下げて、俺へと向けてきた。
「……俺を殺すのか」
俺は掠れた声で問う。
もし俺を殺してくれるならそれでいい。その方が楽だ。罪の意識に苛まれるよりかは死んで無に返した方がいい。
だが、竜王はどこまでも非情な男だった。首を横に振り、嗤った。
「いや、そんなことはせぬ。第一貴様は殺しても精霊の加護によって蘇るではないか。最も、悪に堕ちた貴様に精霊の加護を受けられるとは思えんがな」
「なら、何をしようって言うんだ?」
「フフ……早速お前に世界の半分へと向かってもらおうと思っている。そのためには少し眠ってもらうぞ」
竜王はそう言うと杖から毒々しい霧を放つ。逃げることもできずに俺はそれをもろに食らうと眠気が込み上げてくる。ずいぶんと強力なラリホーだ。
いや、これはただのラリホーじゃない。眠気の他に強烈な脱力感が襲いかかっているのだ。もしかして、魔力が、力が吸いとられているのか。
……なるほど、完全に竜王の思い通りじゃないか。俺を無力化すれば、例え俺に世界の半分をあげたとしても直ぐに奪い取れる。そして俺を世界の半分に幽閉すれば二度とそこから出ることはできない。竜王に歯向かえる奴はもう、誰もいなくなるのだ。そこまで考えていたのだとしたら、奴は大した魔王だ。
いよいよ眠気が限界に達している。目を開けることすらもう困難なほどだ。
(ああすまない。世界の人間たち。愚かな勇者のせいで世界は闇に覆われた。本当にすまない。ローラ、ごめん。君を裏切ることになってしまった。君だけはせめて……)
俺は、届くはずのない想いを声を出さずに吐き出し、瞳を閉じる。
「お前の旅は終わった。さあ、ゆっくり休むがよい! わあっはっはっはっ」
竜王の笑いがいつまでも木霊し、視界が闇に覆われていく。俺は深い後悔と絶望を抱きながら、そっと沈んでいった。
***
光の差さない数メートル四方の穴蔵。
それが俺に与えられた、"セカイノ ハンブン"だった。
高台なアレフガルドの地を旅してきたけれどこれが世界の半分なはずがない。まんまと嵌められたのだ。
俺はその中央で大の字になって寝転がる。俺がここにいるのは報いだ。ここで朽ちて、死んでいく。寿命がつきるのを待ち続けて、愚かな勇者としての名前を残す。その瞬間を、時の牢獄で過ごす。それだけだ。全ての力を失い、冒険を始めた頃に戻ってしまった俺にはもう、ここを壊して逃げる力もない。死ぬのを待つことでしか、ここから抜けることはできないのだ。
俺は再び瞳を閉じ、意識を沈めた。
「アァァ……アアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!」
何でだ。
何で俺はここから出られない。もう何日経った? もう何ヵ月経った? もう何年経った?
俺はもう永い間ここで待ち続けた。来る日も来る日も光の差さない穴蔵で何もせずにここで過ごすだけの毎日。それにもう、俺は耐えられない。
早く死にたい。早くここから抜けたい。俺は何度も持っていたロトのつるぎで体を刺す。
でも死ねない。死ぬことを竜王が許さないというように何度やっても瀕死状態にとどまってしまう。
自殺が無理となれば寿命を待つしかない。だが……もう俺は何年も待っている。いや、もう何百年かもわからない。でもいっこうに老いる様子もないのだ。
「竜王!! そこにいるんだろっ!? 早く俺をここから出してくれっ! それか早く俺を殺してくれ!! もういやなんだこんなところは! だから頼む……何でもするから!!」
だが、俺の叫びは届かない。ただ穴蔵に木霊すだけ。でも俺は叫び続けた。意味もなく叫ばなければ、出られない。もう俺は、頭も働くこともないのだろう。
もう喉が枯れてきた。叫ぶこともできず俺は涙を流す。
あの日の自分は何て愚かなことをしたんだ。あの日に戻りたい。あの日に戻って勇者としての正しい選択をしたい。こんな常闇に支配される世界なんて、要らないんだ……。
泣き疲れていく俺は体が重くなるのを感じ、瞳を閉じる。心にはもう、何も残っていない。あるのはただ、暗闇と、絶望だけ。
***
「ぐひゃははははははッ! ぐひゃははははははッ! ぐひゃはははははははッ!!」
「この世界は、オレさまのモノ……オレさまのものだぁっ!ぐひゃははははははッ!」
「んんんんーーッ!? ダレだ? おまえ……ダレだぁあああーーーー!?」
「オレは王様だ、王様だぞォオオーー! ぶれいものッ! ぶれいものぉおおおおーーーーッ!」
「……ぎゃああああああああああーーーー!!」
***
……暖かい。
なんだろう。どうしてこんなに暖かいんだろう。
ふわりと体を優しく包んでくれるような感じ、いつぶりだろう。懐かしくて、愛しくて、眩しくて……。
パチリ。
目を開ける。
辺りは暗い。光なんて何一つない。肌に当たる風は冷たく、先程感じた暖かさなど微塵も感じない。
ただの、錯覚だ。俺は立ち上がり、ため息を吐く。
でも俺は、異変を感じていた。
俺が今いる場所は、あの穴蔵じゃない。どこだかは分からないが、荒れてひび割れた大地に立っている。あの場所から抜け出した記憶なんて、無いはずだ。
いや、そうとも言い切れない。あの穴蔵で過ごした記憶はあんまり覚えていないのだ。ただ絶望と後悔だけが、鮮明に残っているだけで、何で俺がこうして肥満体質になっているのか、なぜ覆面を被っているのか、どうして上半身裸になっているのか、分からない。
だからもしかしたら、俺の知らないうちにここから抜け出していたのかもしれない。そんなこと、できるはずもないのに。そう……勇者でも現れない限りは。
刹那。
一筋の光が、遥か高く遠くに伸びているのが見えた。暗闇のなかで生きてきたので俺は思わず目を瞑る。何かの気のせいだろう。一瞬何かが光っただけだ。そう思い、再び目を開ける。
が、光は益々輝きを増していった。
「ッーー!?」
光の筋はだんだんと太くなっていき、柱とすら言えるほどになっている。そして太陽のごとく光輝いている。手で光を遮らなければまともに直視できない。
その光の柱は、どす黒く広がる闇の空を穿つ。そしてーー波紋の如く、闇が払われた。
「ああ……」
空を覆い尽くした闇雲が消えていき、地上に光が差し始める。枯れた大地は潤いを取り戻して緑豊かになり、冷えきった空気も暖かくなった。風もふわりと肌を撫で、仄かに優しい匂いを漂わせている。
ああ、そうか。《ひかりのたま》が使われたんだ。《勇者》が全てを終わらせたんだ。俺が成し遂げられなかった、いや、成し遂げなかったことを誰かがやってくれたんだ。
やがて俺の頭上にも光が差し始めた。最早俺は手を翳すこともせずそれを受け入れる。
……何て暖かいんだ。
光がこんな暖かいとは。何百年ぶりに浴びる光がこんなにも気持ちいいとは知らなかった。まるで体が溶けていくようだーーーー
「ん……?」
俺はふと自分の体を見つめる。俺の体の周囲に神々しい光が纏われている。光のバリアでも作っているのかと思われるほどに厚く包まれている。これもひかりのたまの影響なのだろうか。
だが、俺を包む光はやがて、外へと放出されていく。そして体が光の粒子と共に段々と溶け出し始めていっている。手から、足から、空へと消えていく。
なぜ俺の体が消えていくのか。簡単だ。俺の体はもう寿命を迎えているからだ。人間は石化でもしない限りは何百年も生きられない。魔族の加護なしではここまで生きてこれなかった。ひかりのたまで魔を払われた体にはもう、生きる力は残されてはいないのだろう。
これでようやく死ねるのか。俺はようやく天へと召されるのか。
勇者として生き、勇者を捨て、そして朽ちていくだけの人生。果てしない時を経てようやく俺は、世界に光が戻るのを見届けることができた。それだけでもう、構わない。
俺は光のなか、そっと瞳を閉じた。ふわりと浮かぶ感覚に身を任せ、高く、高く、昇っていく。
俺は、希望と喜びを抱きながら光のなか、意識を手放した。
やがて、天の頂にて光はぱっと散っていった。人々を絶望へと突き落とした根源であり、希望の象徴でもあった存在はこうしてあっけなく消えてしまった。
***
復活の呪文が、唱えられました。
あなたの役目はまだ終わってはいないはずです。
さあ、蘇るのです。勇者としての役目を果たすまでは……。
***
「おお勇者よ、よくぞ戻ってきてくれた! ワシはとても嬉しいぞ! そなたが次のレベルになるにはあと7ポイントの経験が必要じゃ。レベルが上がったときはワシに会いに来るようにな。では、また会おう! 勇者よ!」
ラダトームの王、ラルス16世がほくほくと嬉しそうに俺の帰還を喜ぶ。俺は頭を下げるなり、背を向けて王の間を立ち去った。二つある玉座のうちのひとつにローラの姿は、ない。
城を歩いていると、竜王と、拐われたローラの話で持ちきりだった。どうやら、竜王は倒されていないどころか、まだ救出はされていないようだ。もう何百年も前に、姫は助け出されたはずなのだが。
となれば答えはただひとつしかない。俺は、何百年も前にいるのだ。あのひかりのたまで世界の闇が取り払われた後、俺は天に召されなかったのだ。
でも何故だ。寿命を迎えた人間が生き返るどころか、時空まで越えてしまった。事のスケールが大きすぎて理解が追い付かない。状況を受け入れられない。
俺はとりあえず城を去ろうと門を出ようとした。しかし、そこで門番が悲痛そうな表情で声をかけてきた。
「どうか、姫様をお救いください。そして……竜王を倒してください、勇者さま!」
「ゆう……しゃ……?」
何百年の時を越えて、そう呼ばれたものだから俺は固まってしまった。
勇者。俺が何百年も前に捨てた、英雄である証。正義の象徴。人々の希望。そしてーーーー
「ふ、ふふ……ははっ、はははははは……そういうことか……」
俺は笑いが込み上げてきた。急に笑い出すもんだから門番が心配し始める。だけど俺は抑えることができなかった。
何で俺がこうして過去に戻されているのか。それは、《勇者》だからだ。勇者は、神から選ばれた、世界を救う英雄だ。世界を救う使命を持って、戦うことを義務付けられるのだ。
ということはーー俺が使命を果たすまでは、戦い続けなければいけないのだ。そう、俺が姫を救い、竜王を倒すまで、俺は《勇者》で有り続けるんだ。例え俺が、悪の道に堕ちようと、他の誰かが悪を滅ぼそうと、終わることはないのだ。勇者としての道は。
「くっくっく……」
「あの……どうかなされましたか?」
そろそろ門番が声をかけてくる。本気で頭がおかしくなったんじゃないかと心配し始めたので俺はすまないと謝った。
「いや、気づいたんだよ。あることにさ」
「あることとはどのようなことですか?」
門番が問う。俺はニヤリと笑いながら答えた。
「勇者って、永遠に続く枷のような何かなんだろうってことをね」
「か、枷ですか? それはどういう……」
「何百年もすれば、いずれ解る事さ。じゃあな」
門番は訳が分からないと言わんばかりに首をかしげた。俺は鼻でふっと笑いながら城を後にする。
きっと俺にしかわからないだろう。こんな体験は、あの門番には出来やしない。何百年にもわたる暗闇を生き、命を失い、そして過去へ戻り、勇者として再び戦うなんて人生を味わう人間など、もう現れることはないだろう。
俺にとって二回目の旅が始まった。勇者と言う名の枷を外すため、俺は戦い続ける。例え力が奪われようと、また何度も死のうとも、俺は戦うのだ。全く、とんでもない宿命を背負わされたものだ。
俺は呆れたように笑いながら、広いアレフガルドの大地を、踏み締めた。
ーーそして伝説は続く。
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