サーヴァントはオリジナルではなく各シリーズから少しずつ拝借しています。
―――――――お前は何者だ。
声が聞こえた。地獄だと思った。自身が無になる感覚。どこか暗く深い奥底に沈んでいくような。頭などもうあるか無いかすら分かりもしないというのに、ただ聞こえた。
―――――――答えよ。
私は一体何者か。何者だったか。此処へこうして来る前は何をしていたか。考えろ、考えろ。
―――――――もう一度問うぞ。
思考を働かせろ。お前は誰だ。私は。僕は。俺は、一体。
―――――――お前は何者だ。
形のない口を開けば声にならない声が吐息となって漏れる。音にするのは難しいかもしれない。だが伝えなければ。答えなければ。
『わたし…は…わたし、は…』
震える吐息をすべて吐き出しながら、その答えを告げる。今できる精一杯の答えを。
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聖杯戦争が終結した。
この戦争はいつの時代も碌な生存者を記録してこなかった。
有名なのは、第四次のウェイバー・ベルベットこと現在の時計塔名物講師ロード・エルメロイ、魔術教会の言峰綺麗、衛宮切継。彼は戦争の数年後に没している。
続いて第五次の衛宮四郎、遠坂凛。先述の言峰綺麗の介入があったがこれを退けている。どの聖杯戦争よりも苛烈し凄惨な記録を遺しているのは、参加者の面々に問題があると考えられる。
第四次の最年少参加者の19歳に比べ第五次は17歳が三人という低さから、第四次ほどの残酷な死体が上がらなかったという見解もあるが、データによれば第五次は第四次代の聖杯の破壊が原因で碌な準備もできずに半ば無理やり始められたらしい。
我々監視者から見てもご愁傷様、或いは運がなかった、というしかないような状況だった。
「今回の生存者はゼロ……と言いたいところですが。異常事態ですよ」
遂に誰もいなくなったか、と頭を抱えようとした矢先に光が射した。
戦争の経験者は重要参考人である。
こちらがいくら記録を取ろうとしたところでやはり部外者には限界がある。何としても生き残りを探し出して連れてこなければならない。
今までの傾向からも、勝ち抜いて聖杯を手にしたたった一人が生存者、なんてパターンはいい方だ。
「異常事態、とは?」
異常事態などいくらでも見てきた。第四次の聖杯破壊などに比べれば軽いものだが、それでも何が起こるか分からないのがこの戦争。
第三次に起こったとある事件が第五次の後になって本格的に影響を及ぼしたという話も聞くが、月にまで持ち込まれたことがある聖杯、それは最早人の手にも余るのではないかと囁かれていた。
「生存者であろう子どもが…自死を選択しました」
“生存した子ども”、”自死”、”選択”。その言葉は即座に頭を駆け抜け情報を繋ぎ始めた。
生存者から記録を聞き出す。それができない。
いや待て、此奴はその前に何と言った?察するに生存者はゼロではないはずだ。
ではどういうことだ。聞きたいことが口をつつき言葉がまとまらない。急かすように部下を見た。
「すぐに治療を始め、魔術で細胞の壊死を現状に留めています。しかし、治療が」
治療が上手くいかない。魔術で時間を止めるのが精いっぱいなようだ。
私の脳は信じられない結論に辿り着いた。だが納得できない。
勝者になってまで叶えたかった願いがそれだと言うのか。信じられない。
…死ぬだけならば、いつでも出来たはずなのに。
「聖杯に…自死を願ったのか…?」
部下がゆっくり頷くのをはっきりと見た。
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「おはよう、レディ」
少女は目覚めた。あれこれ手を尽くした甲斐あってか、彼女はゆっくりと回復を見せていった。
ともあれ我々はこれで一安心していた。これで通常通り仕事ができると思っていた。
だが少女はその期待を大きく裏切ったのだった。
「何があったか…話せるかね?」
「……」
喋らない。
ただぼぅっと、光を灯さない瞳で宙を見つめていた。
かれこれ一年以上眠っていたのだから仕方がない。
諦めずにもう一度問う。
「君はあの戦争で何か思うことがあったんだろう?」
「だれ…?せん、そう…?」
久しぶりに出したであろう声は掠れていて、どこか痛々しい。
まだ目覚めた実感が湧いていないのか、それとも取り囲まれている状況に頭が追い付かないのか少女は我々に誰かと問う。
「我らは聖杯戦争を記録する機関だ。君にはその経験を話す義務があるんだよ」
なるべく優しく、分かりやすく説明してやる。
まだ4つか5つほどの幼い少女だが分かるだろう。
何しろ聖杯戦争を勝ち抜くくらいなのだから、理解してくれるはず。
だが少女は黙り込む。話したくないのかとも思ったが、それは違った。
次の一言で、我々は衝撃に言葉を失った。
「せいはい、せんそう…?わたしは…だれ?」
少女はそう、言うなれば記憶喪失だった。
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誰かに”お前は何者か”と問われた。
私は分からないと答えた。
違う。答えたかった。
それは言葉にならずに、自らの意思とは裏腹に知らない名前を口にした。
体が勝手に答えたのだ。覚えてなどいないし、自分の中に何かが住んでいても気にもならなかった。
「名前は?一緒だったサーヴァントは?」
何度も聞かれた。
目覚めてから真っ白い部屋で暮らし、自由に外出など出来ず、自分が誰かも分からず、ただ過ごすしかなかった。
記憶がないのだから大して不便とも感じなかったし、外出したいとも思わなかった。
ただ一人、探していた。ずっと近くにいる、気配はあるのに姿を見せない誰か。
「其処に、いるのは…だれ?」
この部屋が監視されていることも知っている。だがあえて宙に問いかける。
これくらい聞かれても構わない。
頭のおかしくなった病人程度に処理されるのだろう。
答えないと分かっていても、暇なのだ。問いかけるくらいしても構わないだろう。
監視カメラが音声を感知したのか、赤くランプが灯った。
「ずっといる…夢に出てきた、人?」
それは果たして人なのか。
人の言葉を操っていた。声はきっと男性。分かる情報はそれだけ。
それなのに、わたしは安心した。
此処にいる誰よりもわたしのことを知っていて、誰よりも長く傍にいてくれる。
その日、彼は何も返事をしてくれなかった。
予想はしていたが、彼がわたしを呼んだのに、話しかけてきたのに、無視するとはどういうことだろう。
少しくらい、返事をくれてもいいのに。
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記憶喪失。
その事実が分かってから、少女の脳内データだけでもなんとか引き出そうと躍起になった。
そうだ。必要なのは彼女ではない。彼女の記憶、データだけである。
それが再生できない入れ物など用済みなのだ。
幸い少女一人養うくらいの財力は有り余っているため、閉じ込めて外出を禁じている。
初めこそは黙秘権を行使して記憶喪失を騙っているのかとも思ったが外出したがる様子を一切見せない。
まるで外の記憶もすべて失ってしまったかのように外界に興味を持たなかったのだ。
「…ありませんでした」
部下の悲痛の表情も予想通りだった。いつの日だったか、我々は重大な事実に気が付いた。
生き残りの少女についてのデータは、聖杯戦争の参加者全員分と一緒に保管されている。
そして下調べもしたので少女の出自も生きた軌跡もすべて保管されていた。少なくとも彼女が目覚めるまでの間には。
「…どうしてこうなるんだ。」
一体何が作用しているのか。
世界は何から彼女を隠そうとしているのか。否、彼女から隠しているのか。
真意は分からない。ただ事実が消えていく。
少女に関するすべてのデータは、もう消えていた。
それだけではない。我々の記憶からも徐々に薄れている。
分かっていることは、聖杯戦争の生存者。それだけ。
そして、その彼女から戦争の記憶を引き出そうとしている。どうやらこの記憶だけは残るものらしい。
「あれをやるぞ。もうじき準備は整うはずだ。」
まだ記憶が鮮明なうちに。はやくやらねばならない。
少女の中のデータだけでも、取り出さねばなるまい。
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*
「リラックスして。そう、横になって。すぐに眠くなるから」
言われたままにする。何をしようとしているのか見当は付く。
彼らが必要なのは、あの聖杯戦争とやらのデータだ。わたしの中にあるという。
そんなものは知らない、あるはずないと叫んだところでそれは無駄なことだ。
本当に消えてしまったことを確信するまで、彼らはわたしを自由にはしないだろう。
「痛かったら言うんだよ」
優しい振りして、怖がらせないように、従順に懐くようにあれこれご機嫌を取ろうとする。
痛いと言ってもやめてくれないのは知っている。
無理強いされたことはないが、考えるに値しない。考える意味がない。
「プログラム更新、終了しました。準備、完了です」
機械の起動音がする。
これが、わたしの記憶を吸っていくらしい。
わたしにも分からないわたしの記憶は、ここで知らない人たちの手に渡っていくのか。
周囲が光り始めたとき、ふとあの声を聞いた。
―――――――お前は何者か、それは本当なのか。
分からない。誰だ。誰かが近くにいる。
次第に眩んでしまう視界にも大人たち以外の人影などない。
ましてやこんな近くで、わたしの存在を問う者なんか。
―――――――ここで終わっても、それで、悔いはないのか?
今まで何の返事もしなかったくせに、急に話しかけてくるなんてずいぶん都合のいい奴だ。
そうだ。
わたしが嫌だと喚いたって意味がないことくらい、ずっと傍にいたあなたなら知っているだろうに。
―――――――我にはそれを是とする力がある。信ずるなら、迎えよう。
何を言っているのか、そもそも何者なのか。
完全に暗闇に閉ざされてしまった視界の中で漂いながら、いまだわたしは答えることを躊躇った。
―――――――我にも、お前にも。その力をお前の約束を果たすために使うことを許そう。
約束?その言葉がやけに心を疼かせた。
締め付けられるように疼く。
初めて何かを忘れている感覚になった。
思い出さなければならないのではないか。それを諦めてはいけない。
約束を果たすために、忘れたままでは何もできない。
―――――――あがけ。みっともなくとも良い。すべて許そう。この我が許可すると言っているのだ。さっさと起き上がらぬかこの腑抜け!
唐突に怒られた。
抗議の気持ちも湧かないくらいわたしは焦っていた。
何かが体から抜けていく。駄目だ。それは、それはわたしの。わたしの大事なモノ。
持っていかないで。とらないで。それがなければ…。
―――――――それがなければ?
わたしを作るモノは…その記憶だ。
*
*
*
「誰だ…お前は…!」
実験は途中で中断された。
少女は起き上がって、いつもと同じような表情でこちらを見ている。
いつもと同じ。否、違う。そんな目を、していなかったではないか。
「まさか、思い出したのか!?」
少女が首を横に振った。ということは。
少女と我々の間に立っている人物に目を向ける。
黄金。
この世の黄金をすべて身にまとったような輝きに身を包んだ男。
こいつが、彼女を唆したか。
「お前は…誰だ、言え。侵入者か?」
「不味いです。……これは、サーヴァント反応」
モニターを見ていた一人の男の声が無線に入った。
ありえない。
聖杯戦争は終結した。そこからさらに一年も経っている。
しかも、参戦したサーヴァント情報くらいは入ってくる。その中にこんな高位の、目立つサーヴァントはいなかったはずだ。
「ほう…高位だということくらいは分かるのか。良い、視界に入ることを許そう」
高貴で傲慢な態度。これは記録にあったサーヴァントに一人だけ該当しそうな者がいる。
必死に頭を働かせる。
いたはずだ。過去、何度も召喚され大きな被害と爪痕を遺した。そう、あの第四次や第五次の時も。
「…英雄王」
誰かが口にした。
序章 完
Fateの世界観は広くて深くて、読むにも書くにもなかなか苦労しますね。
でもあれがああでこれがこうで、って繋がったときはすごく楽しいですよね。
veil a lifeもそんなわくわくとかどきどきとかしてもらえるような作品になるように頑張ります。
突然現れた金ぴかは言うまでもなく英雄王ですが、いつもの彼とはどこか様子が違うようです…
暗い感じのプロローグになりましたが、本編はこればかりじゃないので大丈夫です笑
次回からは成長した彼女のターンになります!
よろしくお願いします(^^