主人公の素性を知っている人はほんの一握り、というか一部の人間しか知りません。
知っている人はもちろんいるけれど、それでも彼女に何があったかまでは知らないんです。
なんで幼い時分に聖杯戦争に参加しなければならなかったのか。
誰とどうやって生き残ったのか。
今後の重要なテーマです。
地面が大きく揺れた。
足を踏み入れた森の中で、ゴーレムが数対押し寄せてくるのが見えた。
「九蘭さん!隠れてて、絶対出てこないで」
「わたしも…!」
「燈、俺っちに任しときな!」
言うより速く、金時は飛び出した。
さすがバーサーカー、あっという間に蹴散らしていく。
無事に彼女を発見した時には、その背後からサーヴァントの気配が消えていた。
何があったか知らないが、彼女は抜け殻のようで、何も話そうとしなかった。
「間桐のあんちゃんも、アブねえから引っ込んでな!」
応戦したいが、サーヴァントのいない自身ができることなど限られていた。
持っている力を駆使して、せめてゴーレムの攻撃力や装甲を剥いで行く。
結局いままで彼女に何も聞くことは出来ていない。
聞いても何もできないと、分かっているからだ。
「おや、鏡夜。随分威勢がいいな、出来そこないの癖に」
「…!」
叔父だ。昔から苦手だった間桐開耶。
もしかしたら、いつかこうして戦うことも初めから決まっていたのかもしれない。
それくらい馬の合わない存在で、同じ間桐家じゃなければきっと話すこともなかっただろう。
「よう、鏡夜」
「まさ…みち…⁉」
叔父の背後から現れたのは、柳洞正道だった。
なぜ、なぜこいつがここにいる。
そして、叔父の背後に控えてるんだ。
正道は友人で、兄貴のようなよき相談相手。
そうだったはずだ。嫌な予感を振り払った。
そんな、馬鹿な。
「悪かったなー今まで。九蘭燈の情報がどうしても欲しくてさ」
「そ…んな」
寺で話し合ったことも、九蘭の秘密も全部、叔父に筒抜けだったのだ。
そして俺は奴の令呪に気が付いた。
…彼はマスターになれないんじゃなかったのか?
「ぜんぶ嘘だってば。ごめんって、でも丸く収まるから大丈夫だぜ」
「アサシンの、」
ごくりと唾を呑みこんだ。
正道の横に降り立ったのはアサシンだったから。
叔父の横ではない、正道の横に。
騙されていたのだ。
身内にも、友人にも。
利用されてはめられて…踊らされていたんだ。
己の未熟さに唖然として、立っているのもやっとだった。
「間桐くん…」
九蘭の声もどこか遠くに聞こえ、自身を殴りたくなる拳を強く握った。
護るつもりで、ぜんぶぜんぶ危険に晒す行為だったのだ。
そんなバカな話があるだろうか。
道化にもほどがある。
「わたしは、なんともないから…ねえ、聞いて間桐くん…っ」
目の前にゴーレムの拳が叩き込まれた。
二人とも勢いよく吹っ飛ぶ。
口の中に鉄の味がこみ上げ、ようやく思考は現実へ戻ってきた。
九蘭を探すと、少し離れた場所で倒れている。
起き上がろうとして、何かに阻まれた。
「こんにちは間桐くん…九蘭燈、少しお借りします」
「や…めろ」
ゴーレムだ。強い力で体を押しつぶされる。
キャスターはゴーレムに九蘭を運ばせてゆっくり去ろうとしている。
止めなければ。
今度こそ、護らなければ。
何一つできない俺でも、彼女だけはどうしても護りたかった。
「諦めろ…貴様に才能はない」
誰が何と言おうと、今はその小さい背中を追いかけたい。
見失いたくない。
だって、ずっと大切に想ってきたから。
九蘭が悪者のはずがない。
だって…嘘をつく人が、あんな顔で笑うはずないから。
例え騙されていたとしても。
どんなに裏切られても。
「あーあ。だからさ、お前、捨てられたんだって。あいつに」
よく知った声が聞こえた。
九蘭の姿は見えなくなって。
ゴーレムも消滅した。
自由になった体を起こして目に入ったのは、我がサーヴァント、ライダーだった。
「そんなことない」
確かにもう、世間知らずに笑っていた頃の彼女ではないかもしれない。
でも。
彼女は何も変わっちゃいない。訳もなく裏切りをするような人間ではない。
今までとは違う。
俺はそう信じている。
「正道…何が目的なんだ」
「俺?聖杯に用はないけど…まあ今は、此奴がどうしてもアヴァロンって言うから、それかな」
アヴァロン。
初めから何かと火種になってきたそれを、今になってアサシンが狙う理由は何か。
アサシンが叔父と行動していたのは、目的が同じアヴァロンだからか。
それとも、揃って俺を謀るためか…。
いや、どちらもかもしれない。
「なんでアサシンがアヴァロンを」
アサシンは答えようとしない。
生前アヴァロンと関係があった、そう隅田は予想していた。
だが、なんだかもっと大きな、そこまでして手にしなきゃいけない理由がある気がした。
「鏡夜も知っているな…此奴がこの世にとって、地球にとってどんな存在であるかを」
「…守護者」
その言葉は自然と口から滑り出た。
叔父はそれを言葉にするのを極力避けていた。
なぜなら、それと認めてしまえば、人類は危機を迎えているも同然だから。
誰もが口にするのを躊躇う存在、それが守護者というものだった。
「おかげでガイアの怪物も退治できただろう?」
あれが、正しくはあれと九蘭が怪物。
彼らはそう解釈した。
俺は納得いっていなかった。
彼女が人類を、世界を滅ぼすだなんて考えたくもない。
「それが分かれば…お前にも分かるはずだ。此奴が」
答えたくない。認めたくない。
だが、またそうやって目を逸らしてはいけない気がした。
そう思っても、どう答えてよいのか分からない。
奥歯を噛みしめて九蘭が攫われた道の先を見る。
彼女は抵抗していなかった。
「さて。よもやキャスターと手を組むとは…所詮最弱のクラス、そう苦しい戦いにはならないだろうが」
「ああそうだ鏡夜、いいこと教えてやる」
去ろうとする叔父に逆らって、正道は振り返った。
とっておき、というような伝えたくてしょうがないという笑みを浮かべている。
昔から頼りになる兄貴だった彼のその頭脳についてはよく知っている。
今は敵だ。最も警戒すべき、信用してはいけない存在になった。
「まだ召喚されてないクラスあるだろ?俺は、そいつらをいつ誰が召喚するかって重要だと思うんだよな」
「…!」
まだ見ぬクラス。
そういえば、まったく姿を見せていないクラスがあった。
それはランサー。
アーチャーが本当にあの金色の王かは確かじゃないとしても、セイバーはきっと遠坂の従者、ナイだろう。
三騎士と呼ばれる、聖杯戦争でも重要なクラスが出揃っていない。
多分、とかきっと、とか曖昧な表現で、確実にそう名乗られたわけではなかったが。
「怪物は七騎で倒すって話だったろ?期待してるぜ」
じゃ、と手を挙げて彼は去っていった。
ランサーを召喚しろ、ということだろうか。
馬鹿言うな、こちらはライダーで手一杯だ。
だが彼は、どうしてアサシンを選んだ?
それとも、初めから叔父がランサーを召喚するつもりだったのだろうか。
霊格が高いクラスは呼ぶのが難しい。
だからほかのクラスを埋めていくことで確立を上げるしか無かったのは想像に難くない。
「おい」
「…いたのか、ライダー」
「素っ気ないね…これ、落ちてた」
ライダーに手渡された紙を広げた。
何の変哲もない、ただの紙…かと思いきや、そこには文字があった。
見たことのない筆跡。
綺麗な日本語の羅列。
差出人は書かれていない。
でもすぐに分かった。
「九蘭さん、」
その手紙は、彼女の本心で。
たった一人の人間としての、小さな願いそのものだった。
裏切るつもりはなくても結果的ににそうなってしまうことがありますよね。
すごくもどかしいです。