Fate/veil a life   作:如月龍

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どうでもいいですけど寒いですね。
作品内で季節感出すのは苦手なんですけど、無いと割と不便…



第八章~暗闇駆ける無垢~(2)

 

 

 

私は逃げていた。雨が降ってい

たが、とにかく身を隠せる場所に、たった一人で逃げていた。

この世界に私の仲間はいない。

信用できる人間もいない。

GPSも探知されないように、携帯端末を川へ投げ捨てた。

考えろ。今すべきことを。

不意にガサっという音がして身を強張らせる。

 

「…ひっ」

 

声が出てしまい慌てて口を押えた。雨音が響く公園の遊具で雨をしのぐ。誰もいないとは限らない。そうだ、家に帰ろう。研究所に与えられた家じゃない、本当の家に。だが…彼らはいない。きっと私が帰っても通報されるだけだ。

 

「…誰かいます?」

 

しまった。此処にいてはいずれ見つかる。

無関係の一般人だったら良いが、そんな人間が不用心にこんな場所にいるはずがない。

声では判断できない、走ろう。

走って振り切るんだ。

 

「待って…!」

 

手を掴まれてしまった。

力の限り振り払おうにも、強い力で引き戻される。

その声、その服は見覚えがある。

今は会いたくない人間だ。

どんな顔をして会えばいいんだ。

だって、彼は、彼は私の生まれた理由。

私が此処にいる理由そのものだから。

 

「燈ちゃん。記憶戻ってるね…僕の顔なんか見たくないかもしれないけど…今はごめん、一緒に来てほしいんだ」

 

彼はずぶ濡れのまま私を連れて行こうとする。

彼が、遠坂が私の素性を知らないはずないのだ。

それなのにどうして、どうして敵を招き入れようとしているのか。

 

「…ころ、しますよ」

 

「…構わない。でも少し待ってくれ。頼むから」

 

ほら。あなたは何もかも知っているんだ。

今まで私を利用してきたんだ。

何が怪物だ。何が聖杯だ。

何も知らないのをいいことに、ずっと私を騙してきたんだ。

あなたのせいでこんなにこんがらがってしまった。

もっともっと、シンプルだったのに。

 

「このままじゃ終われないのは、分かっているでしょう」

 

「知らない…私は、私は生きなきゃいけないの…そう約束したの!」

 

少し前に急に思い出した約束は、生きること、だった。

誰とした約束なのか今ははっきり思い出せる。

私と共に戦場を駆けてくれた、相棒。

最初で最後の、私の半身。

 

「生きよう!生きるんだよ…これからも!」

 

遠坂の声に顔を上げた。

 

「あなたが禅城だろうがなんだろうが、僕はそれを受け入れるから!」

 

いつものポーカーフェイスではなくて、私は呆気にとられていた。

彼が必死になっているのは、自分のためではないのか。

遠坂として、冬木を護るためではないのか。

であればどうして、怨嗟の念を抱いている人間を助けようとするのか。

 

「祖先の罪は…僕が受け止める。もちろん、まだ死ぬ訳にはいかない。けれどまだ探したい。あなたたちの一族とまた共に生きる道を探したい…!」

 

「やめて…」

 

それ以上言わないで。

そんな道があるはずない。

それが出来たら私たちは初めから幸せだったはずだ。

憎しみに満ちた人生を歩まされることはなかったはずだ。

ありもしない夢物語を見せないでほしい。

生まれた意味はたった一つの理由だけなのだから。

 

「私は、禅城の…遠坂に嫁いだあの禅城葵の無念を晴らす!誰が何と言おうと、絶対に!」

 

第四次聖杯戦争で、禅城家は狂ってしまった。

私の本当の名前は禅城燈。

遠坂家に嫁いだお蔭で、葵は謎の病気の果てに死んだ。

それだけではない。

汚名や悪評と言う名の聖杯の余波も、遠坂の不況も、禅城の苦労は世に出ることは無かった。

遠坂の子息が魔術に勤しむ間も禅城家は苦行を強いられていたというのに。

 

「既に魔術師ですらない…ただの一般人だったのに…遠坂時臣に目を付けられたばかりに」

 

無茶苦茶なことを言っているのは分かっている。

遠坂といえど楓がそれに関わってすらいないことも分かっている。

私だって、直接恨みがある訳じゃない。

それでも許してはいけないのだ。

許せる訳がないのだ。

 

「それであなたの人生を作ってしまったことも…!僕は受け入れる、償えるものは償う…何度だって謝罪するしどんな願いも叶えたい…」

 

それで気が済むのなら、と遠坂は震えて消えそうな声で呟いた。

気が済む訳はない。でも。

 

「私の…人生を?」

 

そう、こんなはずではなかった私の人生を。

誰も想ってくれなかった。

私の人生に対して、誰も異を唱えてくれなかった。

当たり前のように酷使されるだけの擦り切れた雑巾のようだった。

でも、でもそうじゃない。

 

「私は恨んでるんじゃない…」

 

母も父も大好きだった。

じゃあこの憎しみは誰に向ければいいの?

ただそういう風に言い聞かせられたことも、その時の両親の表情だってちゃんと覚えてる。

思い出せる。あれは悪意なんかじゃなかった。

あれは、後悔に近い…懺悔の表情だった。

 

「もしかしたら…って、そんな期待…したくないの…だって…もう間に合わないんだから」

 

どうして間に合わなかった。

少しでも歯車がかみ合えば、違う方向へ進んでいたかもしれないのに。

 

「この戦争を…終わらせなきゃいけない」

 

「君は…もしかして、」

 

私は深呼吸をした。

初めからシンプルだった。

聖杯戦争は、今始まったんじゃない。

それは、きっと私だけが知っていて、私だけが可能な選択。

もう悔いはない。未練もない。

ただ、この責任を果たせるのは…大勢を巻き込んだ責任を果たせるのは。

 

「…燈ちゃん」

 

「隅田さん…いや、」

 

水石堂の隅田は、あの時からずっと私の先生だった。

そして。今も昔もずっと、聖杯を護っていた。

私のために、聖杯を持っていてくれた…番人だった。

 

「隅田でいいよ…君はいつまでも私の教え子で…弟子なんだから」

 

弟子。

その言葉に思わず言葉を詰まらせた。

私も、師匠と呼べる存在がいた。

弟子だと可愛がってくれる師匠がいた。

それだけでこの約十年間は、無駄ではなかったように思えてくるから不思議だった。

 

「…ギルガメッシュ」

 

感情をこらえて私は呼ぶ。

最後の戦いをしよう。

だから私に応えてほしい。

もう一度だけ、力を貸してほしい。

 

「いつまで待たせる気だ…燈」

 

久しぶりに聞いた声は、私のモノクロの世界を色で満たした。

雨が弱まると厚い雲が流れていった。

嗚呼、夜が明ける。皆が待ち望んだ太陽が、ようやく顔を出す。

 

「お待たせ。話は後で、たくさんしよう」

 

まずは、全部片付けてから。

話はそれからだ。

誤解と間違いだらけの事実と、一つだけの真実と。

一つ一つ紐解いて、繋ぎ合わせる。元通りになるんだ。

この世界も、冬木も、魔術師も。

私の過ちで狂わせてしまった冬木の歯車を、私が元に戻すまで。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

*

 

 

 

*

 

 

 

 

もう何度目かになるか分からない聖杯戦争は、混沌を極めていた。

聖杯を手にしても、所詮は亜種、大した力のないただの杯に等しかった。

だがそれも、英雄の力を持ってすればのこと。

相も変わらず人間や魔術師たちはそれを求め焦がれた。

まるで浪漫のように。

いつしかそれが願いの象徴から呪いの杯に変わってからも。

 

「一体こりゃ…どういうことなんだ」

 

「どうもこうもない…我としてはまたこの地で貴様のような駄犬と顔を合わすことの方が…どういうことなのか説明しろ」

 

「俺だって好きで冬木なんかに来たわけじゃねー。しかも、」

 

話し相手のランサーは、小さな少女に目を向けた。

まさか。此奴がマスターなのか。

その時はただ、フン、悪運も底なしか、とただいつものように蔑んで笑うだけだった。

 

「で。お前さんはなんだ、それ。サーヴァントだが…そうじゃねえな」

 

「いいだろう…長い付き合いだ、教えてやる。我は聖杯の所有者だ」

 

ランサーは一瞬動きを止めて、呆れたような顔つきをした。

 

「万物は全て俺のモンってねぇ。変わってないなお前」

 

「そうではない。此れは、我が此処で勝ち取ったのだ」

 

なぜそれをランサーなどに教えたのかは分からない。

見せつけたかったのかもしれない、だが、ただ真実を伝えておきたかった。

ランサーに、そして黙っているこの少女に。

 

「ほう…聞こうじゃねえか」

 

「貴様、どう思っておる」

 

単刀直入に尋ねた。

どう、などと抽象的な表現はまり好まないが、此奴にはそれで十分だった。

やはりすぐに察したランサーは顔をしかめた。

先日この公園の一部を焼いた火事を思い出す。

ここら一帯を燃やし尽くす……いつかの冬木を思い出すような惨事だった。

 

「…一般人を巻き込むのは、魔術師的にアウトなんだろ?」

 

いつかどこかで年若い魔術師から聞いた、とランサーは呟く。

言うまでもなく、やりすぎたのだ。

今回の、この地での聖杯戦争はもはや破綻していた。

マスターもサーヴァントも、消耗を知らず好き勝手に暴れまわる。

もはやルールなどあったのか、というほどに。

やがては霊脈をも傷付けてしまうのでは、というほどに。

 

「なるほどな。さすがのあんたもそこまで望んじゃいないってか」

 

「我の本意は関係なかろう」

 

ランサーは疑っていたが無理もない。

端から我と此奴は協力し合うような関係ではないのだから。

顔を合わせれば殺しあう、それだけの仲。

自身の分霊が此奴とどんな関係を築いていようと、それは我ではない。

 

「言え。何が目的だ。こっちは命かかってんだ」

 

足元の少女に目をくれながら、少女を盾に取るとは卑怯になったものだ、とあざ笑う。

サーヴァントとは自身が生き残り望みを叶えるためにマスターに従う。

マスターは、我々を利用しこき使うだけの存在。

役割以上に何を期待することがある。

 

「俺も初めは好き勝手するつもりだったんだけどよ…これだからな」

 

「狂犬ともあろう貴様がそんな幼子に絆されたのか。傑作だな」

 

ため息を付く姿はほとほと参っていることを示していて、これはこれで愉快なものだった。

何かと苦労性で運に見放されたランサーは、玩具になる。

そんな、とある世界の懐かしい光景を思い出して口をきつく結んだ。

 

「あんた。俺だから出てきたんだろ。サーヴァントは七騎いるってのにあんたは俺の前に現れた。理由がないわけない」

 

「ふん…さすがに馬鹿ではなかったか」

 

やがて我は口を開いた。

本来は乗り気ではなかったのだ。

亜種の聖杯戦争は、やはりどこまで行ってもオリジナルのままごとのようなもので、未だに我やこのランサーのような英雄を呼べるのは本当に稀だった。

反英霊や本来その器にないような悪霊や鬼の類を呼び出し、碌に制御も出来ずただひたすら悪逆の限りを成す。

 

「見ていて気持ちいいもんじゃねーわな、そりゃ」

 

「いいぜ。協力する代わりに、此奴のこと頼むわ」

 

「…は?」

 

「ついででいいって。俺がどうしてもって時だけで」

 

護ることに関しては難しいことなどなかった。

だが、意味が分からなかったのだ。

なぜ此奴が我を頼るのだ。

そこまで信用しているというのだろうか。

ランサーは、疑っていると口では言いながら、そのそぶりをまったく見せやしなかった。

その理由をなんとなく察するも、言ってやる義理もない。

何も言えることはなかった。

 

それからランサーとは何度も顔を合わせた。

あの日、姿を消してしまうまで。

約束をした。決して取り違えることの無い。

護らなくとも我に関係ないはずの約束だった。

だがランサーの置き土産としてはあまりに大きすぎた。

恩を売られた。

その解釈が一番近いかもしれない。

 

「…貴様は何年経とうが馬鹿が直らんな。雑種が」

 

 

 

 

*

 

 

 

*

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「キャスターが消滅した。そのマスターも殺された…そして。太陽が戻った」

 

事実を目の前に突き付けられて、俺は動けないままだった。

九蘭は去ってしまった。

そして、友人を殺した。

でも、太陽の光が戻った。

これは聖杯戦争の終結を意味するのだろうか。

それとも、また新たな混沌の幕開けの合図なのか。

 

「残ったのは我々だけのようですね」

 

「セイバー召喚の準備は揃った。今夜にでもできるぜ」

 

間桐の陣営はその護りを盤石なものにしていく。

キャスターとバーサーカーがいないが、三騎士とその他の可能性が十分に残されている。

聖杯を顕現させるまであと少し。

何もかも上手くいきそうな予感に間桐開耶は口角が上がりっぱなしだった。

 

「無駄だ…セイバーは、あの遠坂の従者だ…間違いない」

 

俺はうわ言のように呟く。

この目で見た、人間離れした動き。

あの魔力量に輝く剣。

まさしく騎士のいで立ちだった。

そうであってほしい。

俺は確かに、あの人の輝きに惹かれたのだから。

 

「そんなもん、許さねーよ」

 

ガッと音を立てて柳洞が壁を蹴った。

顔の真横の空気が鋭く震えた。

当たるか当たらないかの位置に彼の足はあった。

その目が本気を訴えてくる。俺を見ていない。

彼は、俺より遥か先、セイバーを召喚するという未来だけを見据えているのだ。

 

「俺が何年かけて準備したと思ってんだ。お前を丸め込むのは簡単で助かったけどな」

 

「…っ」

 

柳洞の顔を見る度に、悔しさと同時にまだ信じたくない気持ちがこみ上げる。

軽い男だけど、いつだって相談に乗ってくれる優しい兄貴分だと思ってきた。

それがこんな形の裏切りで終わるだなんて。

思い返してみれば九蘭もこんな気持ちだったのだろう。

付き合いこそは短くとも、一度でも信用した人間に裏切られる痛みは想像に難くない。

 

「その辺にしておけ。そいつはまだ使えるんだ…いずれは自由にしていい」

 

叔父の言葉は俺の行く末を安易に想像させた。

蟲、だ。昔あったと言われている蟲蔵。

俺は見たことはないが、その話が本当なら今も屋敷の奥に眠っていても不思議ではない。

なぜか恐怖はなかった。

俺はきっと、最初から分かっていたんだ。

 

「大人しくなったな。自分の立場をよく理解しているようで何より」

 

間桐の跡継ぎとして生まれた。

だが、師として叔父がいた。

間桐開耶、別に彼が跡継ぎでも良いはずだった。

少なくとも才能に差異はない。

俺が特別何かを持っていた訳ではない。

それでも本筋である俺を、間桐家は選んだ。

その時から決まっていた。

 

「間桐の跡継ぎは…所詮生贄だ」

 

間桐の起源を遡れば、大多数の当主や直系の子孫は謎の死を遂げていた。

ほとんどが殺され、道半ばで果てたのだろう。

それだけならどんなに良かったことか。

ただ殺されただけなら、まだ救いがあった。

でも違う。

祈っても、悼んでも、その魂は決して報われることはない。

 

「そこまで知っているならば、語るまでもないか。運が悪かったな。自分の運命を呪うがいい」

 

我らは孤独だった。

ずっと暗い蟲蔵の底で眠っていた。

蟲に食い荒らされ、傷付き。

そこへ零れ落ちてしまった魂だった。

置き去りにされてしまった意志だった。

そんな予感と数々の声と共に、俺は歩いてきた。

結末を知りながらも、歩みを止めなかった。

ただ苦しいとは思わなかった。

彼らの声を抱いて歩くことが、何よりの支えだったからだ。

 

「呪ってなんかいない…お前たちが俺たちを、呪いの中に閉じ込めただけだ」

 

魔術師の悲願のために、魔術の繁栄のために、果ては世界のために。

それは犠牲なんかじゃない。そんな綺麗な言葉じゃない。

生贄だ。ただ、大勢の願いのために、我々は身を投じた。

そしてなんとなく察していた。

 

「俺はお前たちから逃げる術を知らない…でも。あの子だけは、助けに行かなくちゃいけない」

 

確かに裏切られたかもしれない。

捨てられたかもしれない。

だがそんなものは今は関係ない。

彼女を助けない理由がない。

なんで助けるか、それは彼女が訳もなく犠牲になろうとしているからだ。

我々とは違う、彼女はこの世界に縛られる必要のない存在だった。

 

「お前は彼女を縛る楔になりたいのか?それが嫌だから、お前の下から逃げ出したんだろう」

 

そうかもしれない、と思ったこともあった。

俺がいる限り、俺の存在は彼女を繋ぎ止める楔であった。

間桐からも遠坂からも、この冬木と魔術から逃がさないための。

でも彼女が一人で歩きだしたのはそんな理由じゃない。

 

「お前たちが思ってる以上に…九蘭さんはただの人間だよ」

 

 

 




間桐は間桐としての葛藤や内情があることを語らせてもらいました。
蟲蔵の怨念とか、過ごそう。
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