そして間桐家の現状も少し明かされます。
章を三つくらいに分割するつもりです。
わたしは何かの欠片を拾いながら歩いていた。
真っ暗な世界に一筋の道のように繋がるそれを、ただ拾って歩いていた。
「貴様、またそんなところで。いったいなにをしておる」
「…ギル」
「…なんだ」
どこにいても見つけてくれる。
狭い世界に生きるわたしだけど、小さな体にはまだ十分に広い世界だった。
未知の経験に溢れていた。
「それはなんだ?」
「分からないけど、落ちてたから拾ったの」
わたしは夢を見ている。
これは目覚めたばかりのわたし。「生まれた」ばかりのわたし。
「ふん。さすがに才能だけは一人前ということか」
その言葉の意味は、今になっても分からないでいた。
あの時集めていたものは、一体何だったのだろう?
「いいか、燈。それだけは絶対に失くすな。全てに飽いても、死を選びたくなったとしても、それだけは絶対に手放してはならん」
ギルガメッシュは言った。
この欠片を持っている限り、わたしは大丈夫だと。
この身に何が起きようとも、その欠片はわたしを生かすだろうと。
「うん…わかった」
この世に溢れる悪意も、罪も、何も知らない顔をしていた。
ただわたしは空っぽで、器だけが中身を探して歩き回っていた。
無意識に、ただ無意識に、わたしという存在の確証を求めて。
「何者になるもお前次第だ」
難しいことなど理解できないくせに、わたしは無邪気に笑っていた。
*
*
*
こんにちは、と店の奥に声を掛ける。
古い紙の匂いが漂い、研究所の書庫を思い出させた。
町にある小さな古本屋。
小さいが書蔵はかなり立派なものだった。
奥から男性が出てくる。
今どき珍しい和服を纏った、年齢を判断するのが難しい風貌をしている。
「やあいらっしゃい。久しぶりだね燈ちゃん」
元気にしてたかとか調子はどうだとか聞きたいことはたくさんあるだろうに、男性はその一言でまとめた。
そういう追及のしない姿勢がわたしは好きで、昔からたくさんのことを教わってきた。
「お久しぶりです、隅田さん」
此処は水石堂という所謂古本屋である。
水石堂は見た目こそ狭くて興味のない人なら見過ごしてしまいそうな佇まいだが、実は研究所と深く繋がりのある、歴史の長い店。
隅田とはわたしが研究所を出るまでよく勉強を教えに来てくれた、わたしにとっての先生だ。
研究所に調達される本は此処からの借り物も多かったし、隅田の要望があれば研究所の資料もある程度貸し出すことが許可されていた。
そんな外部の人間は後にも先にも隅田だけかもしれない。
「今日はなに、学校で何か必要になったかい?」
「そうなんだけど、そうじゃないのも…」
「…とりあえず、中へ入ったら?」
隅田は目ざとくギルガメッシュの気配にも気付いた。
魔力があれば、その存在を認識することは出来てしまうらしい。
それが存在することを知っていれば、だが。
ともあれ中に入ることを許されたので、今日の目的の半分は達成されそうだ。
隅田も何か感じとってくれた。
小さいころからわたしを見ていたのと、本人の洞察力、どちらもあってのことだろう。
「よかったらこれ、ちょうど昨日買ってたやつなんだけど…嫌いじゃなかったかな?」
「うん…!いただきます」
「いやはや、年を取ると昔のことも昨日のことのように思い出す癖に、物忘れが激しくなってだめだね」
年、だなんて言っているがそんなに老け込んでいるはずがない。
確かにわたしが先生と出会ってからかなりの年月、見た目が変わらない。
出会った時には既に一人の大人だったのだからそれもおかしいことではないか。
しかし、頼んだ本に関連しそうな本までまとめて棚から降ろす姿を見ていると、まだまだ若そうなしっかりした体つきが窺える。
「こうして外で会うと、なんだか色々思い出すよ。いるんだろう英雄王。誰も見ちゃいないさ、お茶でもどうだい?」
「ふん。庶民の茶もたまには口直しくらいにはなろう」
素直でないが隅田は気を悪くすることなくギルガメッシュの茶を用意する。
それも大人の余裕というものなのか。
完成された人間はここまでなれるというのだろうか。
では、わたしは。
欠陥品で完成の約束されていないわたしはどうだろう。
「お酒ばっかり呑んでるんでしょ。いくら英霊でサーヴァントといえど、主に燈ちゃんに良くないよ」
英雄王に対してここまで言えるのは隅田くらいに思う。
必ず畏怖の対象になるギルガメッシュは研究所でも勝手気ままに過ごしていた。
だからといて毒気は抜けることなく必要になればすぐに牙を剥く。
油断ならない男だが、わたしを盾にされると違った。
途端に難しい顔して黙り込むのだ。
隅田も分かってやっている。わたしも悪い気などしない。
「おい燈。此奴またお前をだしにしているぞ。多少なりとも歯向かう態度を見せよ」
「…隅田さんの方が正しと思うよ?」
「っぐ」
悪気のない隅田の笑顔を見て反抗心を削がれたのか、一瞬悔しそうな顔をしたギルガメッシュも大人しくなる。
本当に不思議な話だ。
どうしてこの英雄王はわたしの話など聞くのか。
命令などしたことないが、殺される危険性を伴ってまでそんなこと試してみたくはない。
「わたしが…何か指示を出したら…ギルは聞いてくれるの?」
急な申し出に二人の視線がわたしに注がれる。
何の脈絡もなくそう発したのに、隅田は何が言いたいのか分かっているような顔だ。
そうだろう。
此処へ来た目的を、彼は一目で二つとも見抜いたのだから。
「何を言うかと思えば貴様…そのようなこと、聞かねば分からぬか」
紅い瞳が何を言いたいのかわたしは理解しきれなかった。
ずっと彼と一緒にいたが、まだ分からないことが多すぎて悔しい。
ただじっと見つめあう。
やがてその目は細められ、大きな手がすっと伸びてきた。思わず目を瞑る。
「お前はもう、我に命令したことがあるだろう」
頭にぽん、と手が乗った。
そんなことあっただろうか。
予想外の返事にあっけにとられているわたしを他所に彼は高笑いを始めた。
訳が分からない。
「そうだね。報告は受けているよ。…君が先週、王と共に戦ったこと」
確かにあの時、敵の方角を示したのはわたしだ。
閃光のようにそのときのことが脳裏に蘇る。
だがあれは違う。
戦っているギルガメッシュに敵の位置を教えた。それだけだ。
「お前は我に命令した。敵が其処にいる。討て、とな」
「サーヴァントとマスターの関係だからね。王は勝手にマスターである君を守ろうとするし、マスターはそれに答えなくてはならない。無意識にできているんだ。プラスに考えるといいよ」
わたしはギルガメッシュと主従関係だ。
しかしそれは仮初めの契約。むしろ逆ではないかと言いたいくらいだ。
それでも彼はわたしを認めているのだ。
ずっとそうだった。いつも彼はわたしを守っていた。
それはマスターだったからに他ならないのだ。
「我をお人好しと思うなよ。お前は我のものだ。だから邪悪を払っているのみ」
「大丈夫、王は少し素直じゃないだけだから」
「貴様、あまり調子に乗るでないぞ」
ギルガメッシュの鋭い視線にも物怖じすることなく、すみません、と答えて茶を啜っている。
そんなやりとりにホッとする。
この二人はわたしの知っているそのままだ。
研究所にいた頃から変わっていない。
年を重ねると人はもう変わらないのだろうか。
昔の関係のままずっといられるのだろうか。
例え何方かが忘れてしまっても。
「大人になるとね、意固地になるんだ。だんだん頑固になって、自分を曲げられなくなる。でも決して悪いことばかりじゃあないよ。死に近付くにつれて友人たちと変わらない関係でいられる。そりゃ先に逝かれたら悲しけどさ、その分後で逝く楽しみが増える。だからね、若いうちにたくさんの人に影響されなさい」
大人になったら簡単に変わることができない。
わたしは今からでも間に合う。そういうことだ。
どんなに経験が不十分でも浅くても、これからたくさんの人に関わって生きていく。
それが出来るように、隅田は援助してくれた。
わたしが外に出るのを後押ししてくれたのだ。
「…頑張ってみる」
外に出たのに、友人を作らないでいた。
作り方が分からなかったからだ。
ずっと囲まれた世界で生きてきて、知らない人などいなかった。
作る必要がなかった。
でも隅田はあの頃から、人との関わり方を教えてくれていたのだ。
折角、間桐や柳洞との出会いもあって新しい関係が開けた。
空っぽのわたしに経験を蓄積していくチャンスなのだ。
「君は自由なんだから。ゆっくり生きていけばいい」
ゆっくり、ゆっくり。
わたしは何か言いたそうにしているギルガメッシュの視線に気付くことが出来なかった。
*
*
*
魔術とは、性格、物質、科学、人間である。
それは俺が理解したほんの一部分。
それも素質のない自分なりにだから相当間違っていると思う。
本質はまだまだ見抜けていない。
そもそも魔術なんてものはこのご時世必要とされることはほぼない。
他人に明け透けに見せびらかすものではないし、特別な力を持っていると豪語できるほどでもない。
誰かに秘密にしろと言われている訳ではないが、幼いころから身に染みるほど植え付けられた我が一族の所業を信じるのならそうせざるを得なかった。
「前々から言っているように、次がいつ来てもおかしくない。ここ数か月で状況がだいぶ変わってきた。変化を感じるだろう?」
九蘭燈に隠していることがあった。
彼女に嘘は付けなかったから何も言えなかった。
本当は魔術師としての修行もそれなりに積んでいることや、柳洞正道が間桐家と深く関わっていること。
そして、九蘭に探りを入れるように言われていること。
「何度も言いますけど…九蘭は関係ないと思います。何も知らなそうでした。柳洞寺に連れて行った時も」
「それは覚えていないからだ。もし彼女があれであったら、脅威となるのは確実。気を許すな」
端的に言えば、疑いたくなどなかった。
彼女本人が記憶がないと証言していることが、より真実を裏付ける形になってしまっている。
何も反論などできない。この家の長は魔術そのものだ。
気がついたのは中学生になった頃。
何人たりとも逆らうことのできない存在、と俺の体を形作る細胞が遺伝子レベルで叫んでいるのだ。
この間桐家の犠牲になってきた人間たちが、怨霊が、逆らうことを許さぬと叫んでいる。
ばあさん、母さん、常識の中に生活していると思っていた親族たちもみな結局はこの血に穢され、抗えないままに生きてきたのだ。
「殺せば、いいんですか?」
「はっ、それが出来るというのならやってみるがいい」
カマを掛ければ鼻で笑われる。
どうやら存在を抹消するところまで期待はしていないらしい。
そもそも本当に聖杯戦争なんてものが起こるのか。まだ疑っていた。
記録でしか見たことがない戦争だが、俺が生きているうちに一度あった。
聖杯の性質上、そう短い期間では来ないはずだ。
修行の過程で身に着けた知識を掘り起こす。
「そんなに脅威が、」
「なに大したことはない。お前は知らなくて良い。聖杯をどう奪うかだけ考えていろ」
このとき俺はまだ大切なことを知らなかった。
聞いておけば良かったと、後で後悔することになる。
縋りついてでも、殺されかけても、知らなくてはならなかった。
どうして彼女に固執しているのか。
どうして彼女が危険なのか。
単純な問いだったのに。俺は気付きたくなかったのだ。
その甘えがあんな形で帰ってくるとは知らずに。
前回より短めですが、キリの良いところで。
前回出てきたオリキャラが活躍の予感…のようなそうでないような。
不穏な空気が流れ始めております。
少し暗めですが、次もよろしくお願いします。