助けてくれる人たちがいる事実が”わたし”を立ち上がらせるんだ――――――――
中編です。真ん中です。
ついに敵役が動き始めます。
起承転結でいえば、起です笑
なんだろう。
ふと違和感を覚えた。
それもすっかり慣れたもので、ここ最近感じているものとは多少なりとも違ったが本質的には同じもの、集中していなければ見逃してしまいそうなもの。
此処は学校内だし、さすがにこの前のように襲ってくるようなことはないだろう。
「あら九蘭さん。体調はどう?」
学内にも研究所関係者が紛れ込んでいる。
この学校の養護教諭。保健室の番人だ。
此処は数十年前の聖杯戦争の参加者が通っていた学校らしい。
そのせいか高校に通うなら此処、と研究所から指定されたのだ。
理由は分かるはずもない。教えてなどくれるものか。
「何ともないです…薬も特に頼っていません」
隅田とは違いこちらはあまり馴染みのない女性だった。
研究所にいた頃はよく見かける程度の関わりだったからだ。
屹度彼女もその頃からわたしを監視していたのだ。
だから今回もこうして近くに配置されている。
「でも最近ずっと顔色悪いわ。少し寝ていきなさい。それとあまり神経すり減らすのもよくないわね。あなたがうっかり見逃してもそこの優秀なボディガードさんが何とかするでしょうよ」
「あまり我を愚弄するでないぞ」
「お気に障ったのならごめんなさいね。これでも感謝しているのよ」
あんまりな軽口に思わず言い返したくなったのか。
ギルガメッシュは躊躇わず姿を現した。
彼もあまり馴染みがない人間のためか口調がきついものになっている。
今はそれに構っている余裕もないのでベッドで休ませてもらう。
よっぽど眠り込んでしまうとき以外、一日一授業分と決めている。
メリハリだ。ずるずるとだらけてしまわないための。
「この前も間桐くん来てたみたいだけど…何か気付かれてないでしょうね?」
「気付くも何も間桐くん、何も知らないみたいですよ」
それはほんとうだ。
知っていたらギルガメッシュのことさえ驚きはしなかったと思う。
柳洞寺へ行った時もいろいろ教えてくれたし、彼が何か悪さをするようには見えなかった。
むしろこちらが騙しているような気分になるほどだ。
「世間には悪い人がいるって、あなたが一番分かっているんじゃないかしら」
それはもう嫌というほど分かっている。
研究所の人間に言われる筋合いはない。
そのはずなのに、冷たくするくせに心配してくれる優しさに絆されそうになる。
ギルガメッシュが親だとしたら、そう、ちょうど姉のような。
彼女はまだ若かった。研究所の人間の中でも相当若い、子ども扱いされるくらいの。
「貴様がそれを言うか、偽悪者め」
眠れそうにもなかった。
考えたいことがたくさんある。
慎重にうまいこと生きていかなければ、わたしはまたあの檻に戻されてしまう。
聖杯戦争が起こってしまえば殺されるかもしれない。
外に出た。それならば何かしなくてはいけない。折角出られたのだから。
「「「!!」」」
急に重苦しくなって布団から勢いよく起き上がると、そこには顔を見合わせた二人がいた。
そしてゆっくり此方を振り向く。
嫌な予感がした。
これは魔術の類だ。研究所の中にいた頃散々感じていた魔術の気配。
体内に何かが流れるような気味の悪い感触に思わず両腕をさする。
「燈。逃げるぞ」
ギルガメッシュに手を引かれベッドから降りる。
思うように足が動かない。
震えていた。怖い。
わたしの知らない何かが蠢き、覚えのないのに知っているような嫌な気配。
冷たく、寒く、暗い。
霧のように空間を支配して先生やギルガメッシュを呑みこもうとしている。
そして、わたしも。
「無理よ。ドアが開かない」
「…固有結界か?下がっておれ」
いつの間にか武装したギルガメッシュが得物を構えていた。
その輝きはいつもわたしを護るために使ってくれたものだ。
今頼れるのは彼しかいない。
わたしは、彼がいなくては家に帰ることすらできないのだ。
「一刻も早く脱出するぞ。こっちへ来い」
「…待って!」
扉を破壊したギルガメッシュはわたしを連れ出そうと今度こそしっかり手を掴んだ。
そうするしかなかった。
それが最善の打開策だった。
だけど。
此処は学校で、まだ明るい時間帯で他の生徒もたくさんいるはずだ。
もし、もしわたしのせいでこんな事態になっているとしたら。
それをほったらかしで逃げる訳にはいかなかった。
わたしには何の力もない。
下手したら、他の生徒たちより劣るかもしれない。
それでも、わたしにはギルガメッシュがいた。
最強と謳われたサーヴァントを文字通り従えているのだ。
「お願い…みんなを危険な目に遭わせたくないの…」
「それは偽善か?貴様のような小娘に何ができる?」
「九蘭さん。此処は私たちに任せればいいわ。早く逃げなさい」
「でもわたしは…!誰にもできないことができるはずなんだ…」
間桐は言っていた。魔術の練習をしていると。
ではわたしが、聖杯戦争のマスターだったというわたしが何もせずにいられるか。
いつまでも無関係でいられるものか。
「誰よりも弱いし目標もないけど…わたしは記憶を取り戻したい!」
自らの手で掴まなくては。屹度後悔する。
危険から遠ざけてもらって安全な場所で生き残って、災いを遠くから見ているだけ。
その度に周囲の人間は傷つくし死んでいく。
死ぬまで何一つとして掴むことなく終わるのだ。
それならよっぽど研究所にいたほうがましではないか。
恐々とギルガメッシュの顔を見上げれば、案の定紅い瞳を細めこちらを見下ろしていた。
だが決して折れない。決意を固めて真っ直ぐ睨み返した。
「…よく言った燈。それでこそ我がマスターよ」
「ちょっと…本気!?」
「先生は待ってて!」
ギルガメッシュはわたしを抱えて駈け出した。
窓枠に上り空を見上げる。赤い空だ。魔術結界。
外の世界で見たのは初めてだ。
白昼堂々、こんな風に魔術を行使してくる者がいるとは思わなかった。
「屋上に行こう。確か、結界だったら印を壊せばいいんだよね?」
「勘がいいな。後で思う存分ほめてやろう」
よほど機嫌がいいのだろう。
彼は窓枠から屋上まで一気に跳躍する。
思ったより重力の影響を受けなかったのは彼が配慮してくれたのだろう。
奔放に見えて優しいのが彼のいいところだ。
「お前は昔出会った我のマスターに似ている」
「昔の、マスターに?」
「彼奴も馬鹿だったがな。無能なくせに無茶ばかりする、諦めの悪い奴だ。その点お前はまだ有能だからマシな方だ」
わたしより無能と言われてしまうなんて、どんなマスターだったのだろう。
だが、諦めが悪いという部分は共通しているのかもしれない。
何だかんだ言って彼はそのかつてのマスターのことが好きだったのだろう。
嫌いな人間の話などするようなタイプではないし、尚且つ覚えていやしないだろう。
「誰かいる…?」
屋上に降り立てば、黒い影が見えた。
若干の霧の中、黒いフードつきのコートで顔を隠している。
明らかに怪しい。
そいつはこちらに気が付くと、フードから覗く口元を歪ませてにたりと笑った。
ゾクリとした瞬間、覚えのある感覚にギルガメッシュを振り返った。
「彼奴…この前のと、同じ」
「上出来だぞ燈!」
ギルガメッシュは背後の空間から取り出した剣を影に投げつける。
当たったように見えたが、魔術の類なのか、影はぬるりと動いた。
「やはり君が、燈で間違いないか」
それは男の声色だった。
人間にしてはその存在が異世界のモノのように感じる、浮世離れした雰囲気を纏っている。
魔術師というのは此処まで異質になり果ててしまうのだろうか。
初めて感じる敵意に思わず身構える。
戦い方など知らない。
だが背を向けることはできない。この悪意に立ち向かえるのは、今はわたしたちだけだ。
「我を誰と知っての狼藉か?今すぐに消えるというのなら、見逃してやっても良いぞ?」
「お前の存在は心得ている。我々の狙いはその少女。何も知らない顔して堂々と歩かれると困るんだ」
「此奴が狙いか。大きく出たな雑種よ。もう言葉はいらんな」
男がいた場所に光線が突き刺さった。
硬いコンクリートの地面が割れて飛び散る。早い。
ギルガメッシュの動きはわたしにも追えない。
それなのに男は身軽に宙を舞ってすべての攻撃を横切った。
「何者…?」
「ちょこまかと煩わしい。逃げるか戦うか…どちらを選ぶのだ」
「…チッ」
さすがにこのギルガメッシュに近付くことは、例え同等の力を有するサーヴァントという存在であったとしても、難しいのではないだろうか。
男は舌打ちしたあと諦めたのか、ひと際遠くに飛んだ。
「どうしよう。追いかけた方がいいかもしれないけど、結界をなんとかしなきゃ。みんなのことも心配だし…」
「…欲張りな奴だ。いい。貴様の好きに命令せよ」
「じゃあ…いち早く学校を元に戻そう」
わたしの決断をギルガメッシュは異論を唱えず聞いてくれた。
男は隙を見て飛び去り追撃の様子もなかった。
印はわたしには壊せない。
魔術の手ほどきを受けていないわたしは、こんな時何の役にも立たないのだ。
研究所の人間たちはわたしをかい被っている。
教えなくともできてしまうか、教えたらやがて脅威になるか。
実際はどちらでもない。自分にも分かっている。
才能なんてものは無いのだ。
「終わったぞ。次はどうするつもりだ」
「戻ろう。印を壊したのに霧が晴れない…」
「そのうち消え去る。あの保健医、何か知っているかもしれん。余計なことをしおって」
ギルガメッシュに言われるまま、来た時と同じようにして戻る。
何かがまだ燻っていそうな予感。重苦しい空気。
先生は各教室をわたり体調不良の生徒を介抱してくれていた。
一般生徒は霧のことにも気付かず多少の体調変化くらいで済んだようだ。
ほっと胸を撫で下ろすが気持ちは晴れなかった。
いよいよわたしを探し出して始末しようという人間が現れたのだ。
安心できるはずがなかった。
「九蘭さん!」
「ま、間桐くん⁉」
「保健室で休んでるって聞いてたのにいないからびっくりしたよ!変なこととかなかった?」
間桐はとても慌てた様子だった。
相当探し回ってくれたのだろうか。
心配を掛けてしまったが、今回のことはうまく説明できそうにない。
間桐家の人間にどこまで話してしまっていいのだろう。
魔術の心得がある彼のことだ。
今回の異変に気付いていないはずがない。
それならば、彼に聞いてしまうのが得策かもしれない。
「……ううん。ちょっとトイレに行ってただけだから。先生がバタバタしてるのは、体調不良の生徒が増えたかららしいよ」
言えなかった。
そもそもわたしにも把握できていないのだ。
一度考える時間がほしい。
間桐の心配そうな表情を背にして、早退するとだけ告げる。
教室にカバンも取りに行かねばならない。
「九蘭さん。何か気になってることがあるなら教えて。この前のこと気にしてるなら…ちゃんと詳しく話すからさ。もしかして、避けてる…?」
「そんな、避けてるわけじゃ…」
関わり合いを誓ってから気合が入りすぎていたのかもしれない。
確かにこの前の話は随分とわたしを悩ませた。
間桐を疑ってしまった。
でも間桐は悪くない。なによりこの人間が嘘をついているようには見えないのだ。
浅はかだと言われるかもしれない。考えが甘いのは百も承知だ。
でも、必死に歩み寄ろうとしている人間を無下にできる資格などないし、わたしにわずかでも良心というものがあるとしたら、それが痛むのだ。
「よかったら…今日また付き合ってほしいんだけど」
その申し出にわたしは快く応じた。
今は話さねばならない。
此処から一歩外へ踏み出すための足掛かり。
これからも人と関わって生きていくために。
*
*
*
間桐は思ったより早く訪れた。
結局早退するまでもなくその日はそのまま休校となった。
何も知らない学校側としてはこんなに多くの体調不良者を出してしまった原因を一刻も早く突き止めたいことだろう。
見つかるかどうかは別として。
「じゃあ何食べる?おごるよ」
「悪いよ、お金ならあるから、」
「俺が誘ったんだ。話を聞いてもらうんだし」
むしろ話を聞いてもらうのはこちらの方だった。
間桐はわたしと仲良くなることで何も得などないだろう。
それでも彼の方からこうしてセッティングをしてくれた。
そんな紳士的な部分は素直に尊敬する。
今まで隅田さんくらいしか会ったことが無い。
「間桐くんって…どんな魔術が使えるの?」
「……九蘭さん、虫って平気?」
急に聞き返され、その脈絡のない質問に思わず反射で返答してしまう。
「う、まあ、触るのはちょっと…」
「だよねぇ。うちの先祖がさ、どうやら蟲使いだったらしいんだ。魔術には属性っていうものがあるんだけど」
間桐の属性は水。そして吸収。
使役する力を蟲使いとして特化させているという。
わたしが知っているのは間桐がこの冬木市において大きな力を持っているということだけ。
それ以外はいくら調べても分からなかった。
わたしには教えないように根回しされていたのかもしれない。
なぜ秘密にしていたのか、分からないがこれは何かの手掛かり。そんな気がした。
「って、急にそんなこと言われてもピンとこないよね…。でも、遠坂家は知っているだろう?」
その言葉には頷く。
仲がいい。
そのことも聞かされていた。
幸いなのか、遠坂家の人間にはまだ会っていない。
この学校内にいるかどうかさえ不明だ。
「遠坂家とは親戚関係でもあるんだ。祖母がもともと遠坂の生まれで。俺たちの代の子どもは少し年上で、いまロンドンに留学しているらしい」
ロンドン。
そこには時計塔という魔術師の学校があるという。
そこに行った記憶は勿論ないが、もしかしたら関わったこともあるのかもしれない。
時計塔については研究所の人間もそこから来た者が多くいた。
それだけに時計塔は一流であることが分かる。
「間桐くんは、そこには?」
「俺は本格的にやってないし、どうやらそんな才能もないみたいでさ。遠坂は冬木の管理者って言って、魔術師としての力もとても強い。ええと、祖母の姉かな?魔術師としてはとても優秀な当主だったって」
ということは女性の当主ということである。
ギルガメッシュの気配がざわついた。急に動くものだから、わたしの背中に鳥肌が立つ。
ちらりと窺うと本人は何事もなかったかのようにじっとしている。
気のせいだったのだろうか。
まるで、先ほどの戦いの最中のような殺気は。
「そもそも、もうあんまり必要じゃないんだって。魔術の使い道も減ってきてて、それを使うための資源も有限なんだそうだよ」
「じゃあ、魔術は使わないの?」
「うん…できれば使いたくはないね。それこそ、先祖が他人に迷惑を掛けたのも、魔術が原因だし」
もし使わないのなら、研究所の人間たちが言ったようにそこまで気にすることはないように思う。
そのことが一番気がかりだった。
わたしが初めて作った友人は、結局間桐だった。
冬木の魔術師にとってはやはり切り離せない存在なのだろうかとも思ったが、活路は見えてきた。
「もしも…、なんでも願いが叶う願望器があるとしたら、九蘭さんは欲しい?」
「…え?」
どきりとして思わず息を呑んでしまった。
それには覚えがある。間違いなく聖杯戦争のことだ。
迂闊なことは言わないようにしなければならない。慎重に言葉を選ばなければ。
「その器は一人だけしかもらえなくて…殺しあわなきゃいけないとしたら…?」
「なに、言ってるの?間桐くん」
何かを試されているかのような深い青色をした双眸がわたしを映している。
見透かされてしまう。
気を許せば、すべてさらけ出してしまいそうな雰囲気。
話してしまいたかった。
記憶がないが、本当は聖杯戦争の参加者で、本当はその唯一の生き残りだと。
本当は魔術のことも知っていると…。
言えてしまったらどんなに楽だったか。
「…人を殺すなんて、考えたことない」
そんなのは嘘だ。
わたしの知らないわたしは屹度たくさん殺した。
両の手に余るほど、無意識化でも、何十人と殺しているのかもしれない。
殺そうという意思をもって、人間の前に立ったことがあるのかもしれない。
でも言ってしまえば、言ったが最後、あの研究所に戻される。
今度こそ完全に拘束されて、眠ったままの記憶をそのまま機械ですっぱ抜かれるのだろう。
「あ、ご、ごめんね…怖がらせるつもりはなくて!」
慌てた様子で弁解する間桐にすこしホッとして、大丈夫、とだけ返事をした。
間桐は本当にわたしを一般人だと思って話しているのだろうか。
彼は悪人ではない。むしろいい人の部類だ。
進んで誰かの手伝いや相談に乗ったりする人間だ。
すべて演技でそれが出来るはずない。
それでもどこか、わたしは不安に思ってしまう。
信用したいのに、わたしはそういう風にできていなかった。
「俺ももしかしたら、死ぬ気でその願望器を奪いに行かなくちゃいけない日が来るかと思うと、やるせないよな」
「…来るの?」
「来ない…と思う。今までの記録を見ても、来ないはずなんだけどうちの一部はやる気満々でさ」
確かにそれは短周期で起こるものではなかった。
一度だけ、十年という短周期で開催されたらしいが、それきりだ。
イレギュラーがない限り起こらないはず。
…そう、イレギュラーがなければ。
「でも前回、なんかあったみたいなんだよねー…って、こんな話聞いても楽しくないよね」
「ううん、よかったら…前回のこと、聞かせて」
思わず聞いていた。これは何度ギルガメッシュに聞こうとはぐらかされてきた問いだった。いまわたしが知りたいのは、まさにこれである。
「うーんと、どうやら消えちゃったみたいなんだ。勝ち残った人も、聖杯も」
ありきたりな理由で、しかも動機を他人に委ねながらも、ついに自分から重い腰を上げました。
そんな主をギルガメッシュが微笑ましく感じていたりいなかったり…
なんにせよ絶好調です。
誰も教えてくれなかった前回の聖杯戦争について、間桐に聞くことができたものの…?
情報が錯綜していますが、次回もよろしくお願いします。