当たり前の事実を受け止めたくなくて、目をそらした。
現実は見逃してくれなかった。
過去が振り返ってくれるまであがけとソレは訴える。
分かる人には分かる、黒いフードマンの正体。笑
見慣れた階段を登り続ける。
長いと思っていた階段も、慣れてしまえばなんてことはなかった。
見えてきた日本家屋。
此処に住んでいる人はもういないらしい。
だが不思議と手入れがされており荒れ放題でもなかった。
「ああ、鏡夜。どうしたんだいこんな時間に」
「…今日はどうしてあんなことを」
現れた人物に間髪入れずに質問をする。
こちらの真剣な目つきに気が付いたのか、夜道の中でも目を光らせ睨みつけてくる。
怯むことはない。此奴のことはよく知っている。だから尚更聞きたかったのだ。
どうして学校を奇襲するようなことをしたのか、このフードの男に。
「主人は何処へ行ったんだ」
我ながら怒りに震える声が凄んでいたのが分かる。
此奴が動いたのは此奴自身の意志ではなく、主人の意向に従っただけなのだ。
どうやら此処を通す気はなさそうだ。
だからと言って自身の力技がまかり通る相手でもない。拳を握りしめて耐えしのぐ。
「分かっているだろうが…僕は彼に命令されただけなんだ。恨むなとは言わない。だが、君も運が悪かったな」
「お前の主人は何処にいる。直接文句を言いに来た。いくらなんでも、今日のは度が過ぎるぞ。生徒全員が危険な目に遭うところだった…!」
今日此奴らがやったことは、どうしても嫌な思い出を想起させる。
それは我が間桐家が聖杯戦争に参加した時にやったことだ。
あの時はもっと酷く、病院送りになった生徒もいたという。
それをやったのが、今の自身とほぼ同じ年頃の高校生の子どもだった。
繰り返しているじゃないか。
今回は間桐は関係ないにしても、自身の知る範囲でのこの所業はとても許し難い。
「僕が此処にいる理由が分かるかい?分かるだろうさ。他でもない君ならね。君はもっと優秀なはずだ。そうだろう?間桐鏡夜くん」
此奴のことは知っている。
それは、書物や伝奇に様々な形で現れる存在だ。
決まって世界が危ないときに現れるのだ。
だが俺はそれ自体を疑っている。
此奴をそれだと認めてしまえば、今世界は脅威に晒されているということになる。
しかも俺の親しい間柄の人を巻き込んで。
「君が僕をどう思おうが勝手だよ。僕は何者でもない。世界が危ないかどうかなんて些細な問題だ。今のところはね、」
「こんなところにいたのか、鏡夜」
話を遮って表れたのは、俺に度々魔術の手ほどきをする男。
俺にとっては叔父にあたるらしい男。
「彼や彼女について明言するのはやめておけ。それは言葉にするのはあまりよくない。存在を其れだと決めつけてしまうことになる。気軽に口にするのもおぞましい」
「彼女も…なのか」
「何度も言うが彼女の方が要注意人物だ。彼奴は今でこそ牙を抜かれてあんな風に育ってしまっているが、根本は違う。言うなれば獣、本能に忠実な、本来あるべき姿の魔術師だ。それがどういう意味か分からないお前じゃないだろう?」
魔術師とは欲望に忠実だ。
知識欲だけで人生を懸けられる存在だ。
それはもはや概念でありそのことに対して異を唱える者などそれこそ異端者だった。
そもそもの発祥や成り立ちが普通のものとは違っている。
嫌というほどその現実を見せつけられてきた。
「でも彼女は普通だった。人を殺すことも考えたことがないって言ったんだ」
「人間は年を追うごとに色んな柵から迷いを生じるものだ…それを克服するには、どうしたらいいと思う?」
思わず息をのんだ。
第四次と第五次の最年少参加者は何歳だったか。
何度も何度も繰り返し頭に叩き込んだ聖杯戦争の記録。
考えるまでもなくその答えを知っている。今の自分たちはそれより若い。
それでも物の分別くらいはつく。
今の自分には、聖杯戦争への参加を躊躇うほどの思考能力がある。
つまりそれがどういうことなのか、思い至ってしまう理解力がある。
「…知らないほうが幸せなこともあると言っただろう?」
「…魔術師として生まれてしまった以上、それから目を逸らすことはできない。君が魔術師であるという事実は生まれたその時点で決まってしまったんだ。宿命からは、逃げられないよ」
フードを深くかぶった男から聞こえてくる声も、どこか遠く感じた。
宿命など、迎える結末など、間桐として生を受けた時から決まっていた。
まともな人生とは程遠いことを、長年の修行から知っていた。
だから自分はいい。けれど。
同じクラスにいただけの何でもない普通の少女が、同じ宿命のもとにあるなんてことを、まだ信じたくはなかった。
「もし彼女が巻き込まれるというのなら…俺はそれを阻止してやる。関わらなければ良いんだろ?彼奴が、戦争に参加しなければ済む話だ」
これ以上は時間の無駄だと、当時の目的が達成されないことが分かると背を向けた。
深く関わってはいけない。本能でそう感じていた。
「…いいのかい?なにか根本的に説明が足りないようだが」
「まだ知らなくていい。言ったところで信じないだろう。君も、珍しく彼奴に構うんだな?」
二人は主従関係ではない。この会話の意味を俺が知ることになるのは、まだ先のこと。
*
*
*
間桐が口にした事実を再び考える。
それももう何度目になるだろうか。
「彼奴の言うことを鵜呑みにするな」
間桐が言ったことといえば、間桐家の使う魔術と、親戚の遠坂家と、前回の聖杯戦争の結末である。
確かに彼は言った。聖杯とその勝者は消えてしまった、と。
「それで、何か思い出したのか?」
「…いや。なんか色々食い違ってる気がして」
「そうであろうな。だから鵜呑みにするなと言っているのだ。彼奴は未熟者。本当のことも聞かされていないのであろう」
わたしは私服で夜の道を歩いていた。
市街地に出るまで少し距離があるこの場所は、街灯も少なく真っ暗だ。
ギルガメッシュがいなかったらとてもじゃないが暗くなってからの外出などしないだろう。
「わたしはどうすればいいの」
問いかけるでもなく呟いた。
彼にしてみれば愚問だろう。
さっさと思い出せ、とそう急かしてくるに違いない。
そもそもなんで急かされているのか、何度か考えたことがある。
彼は急かす癖に何も教えてくれない。
ヒントになるかもしれないのに、その片鱗すら黙秘する。
それに甘えて思い出す必要がないのでは、と思うこともある。
でも。
間桐は語っていた。
言外に、聖杯戦争に参加したくないとその意思がはっきり読み取れた。次
の戦争は当分起こらないはずだが、間桐の一族は近々来ると予想している。
……わたしがその鍵を握っているとは考えられないか?
「なんで学校を襲う必要があったの…?」
一縷の望みだった。
わたし一人じゃなくて、今回は学校ごと狙われた。
そこの違いを追求すれば、また新たな発見が無いだろうか。
「さてな」
ギルガメッシュは口を割らない。
敵の思惑までは分からないのかもしれない。
彼がどこまで知っていて行動しているのか、それすら知らないのだ。
聞くことはタブーである。彼は何も教える気はない。だが彼には何らかの行動基準がある。
わたしが使い魔として彼を使役できているのは、彼にも目的があるからに他ならない。
「それも教えてくれないの?」
「…我が仮に口を開いたところで貴様はそれを信じるのか?」
立ち止まってギルガメッシュを振り返る。
その紅い瞳は強い光でわたしを見下ろす。
酷く高圧的で、自身が人間の頂点にいることを理解している。そんな瞳だ。
「仮に我が、貴様は十年前大勢の人間を殺した、と言って信じるのか?貴様が聖杯戦争の生存者だという話も、本当に信じているのか?」
どきりとした。
わたしは疑っていたからだ。
聖杯戦争の参加者で生き残りです、だなどと言われたところで覚えがないし、周囲の妄言でただ無実の罪に捕らわれていただけなのかもしれないのだ。
でもそうすれば、わたしのこの十年間が報われないのだ。もしこれが全部嘘であったら、こんなに気が晴れることはない。ただ。
「…嘘だったら…嘘だったらわたしの出生も経歴も…あなただって、なんで此処にいるのか分からなくなっちゃうじゃない」
そんなもの、いくら莫迦ばかしかったとしても、信じるしかないのだ。
わたしにはその道しかないのだから。
生命活動を続けるだけの空っぽの体にとにかく何かを取り入れなければ。
そんな本能に駆られていたのだと思う。
真実だろうが騙されてようが関係ない。
ただわたしという個体を作り上げるためには不可欠な決断だった。
「今さら嘘だの本当だの言われても、わたしにそれを判断するような能力はないの。今まで全部真実として受け入れてきたのに…それが無駄になっちゃうみたいじゃない…」
ギルガメッシュは同じ表情でずっと何も言わない。彼はそんなつもりで言ったんじゃない。分かっているのにごねてしまう自分が嫌になる。彼は優しい。そんなわたしに怒らないで、黙っていてくれるのだ。
「…」
視界が急に眩んだ。
初めは眩暈かと思ったが、これには覚えがある。
まただ。またあの感覚。寒いような冷たいような、または氷水を浴びせられたような。
とにかく寒気を感じたのだ。寒気が体を支配し、やがて震えが止まらなくなる。
声も出せずただ金縛りにあったかのように動けなくなってしまった。
ギルガメッシュが異変に気付いていないはずがない。
そこにいるのかどうかさえ分からないくらい体の感覚は薄れて痺れてきている。
まずい、と思った途端、鋭い痛みに襲われた。
「…!」
直後に体が解放される。
同時に右腕あたりに痛みを覚え、抑えると掌が真っ赤に染まった。
状況が読み込めないが、襲ってくる痛みがそれを現実と訴えている。何が起きたのか。
殺気と寒気が絶え間なく襲い掛かり、頭の中を整理できない。
次第に命の危険を察知した思考回路が恐怖と混乱に陥り、叫び出しそうになる。
「落ち着け。案ずるな、貴様は死なない」
涙が出そうになった。
それは聞きなれたサーヴァントの声。
幼いころから誰よりもたくさん聞いてきた声。
護られている、と分かった途端に思考を阻止していた恐怖は消えてなくなった。
靄をクリアにするように、彼の声は心地よく響いた。
「…ギル」
やっと絞り出した声は、お礼でもなんでもなく、ただ一言それだけだった。
言いたいことはあるのに、今はそれが精いっぱい。
何しろピンチは去った訳ではない。
ギルガメッシュの視線は敵がいるであろう方向に向いていた。
「闇討ちとは貴様…まさかアサシンではあるまいな?」
アサシン。
その単語にドクリと鼓動が鳴る。
それはサーヴァント。聖杯戦争で召喚されるべき七騎のうちの一つ。
暗殺者のクラスだった。
「黙り込むか雑種よ。…覚悟は出来ているのだろうな」
そのとき雲が晴れて、敵と思しき人物の姿が闇に浮かび上がった。
黒いフードの男。体は赤い外套を羽織っている。
見覚えのあるその姿に、思わず声を上げた。
「昼間の…!」
なぜまた彼は襲ってきたのだろうか。
今回は間違いない。狙いはわたしだ。
痛む腕が思考回路を覚まし冷静な判断を促す。
ギルガメッシュを狙った襲撃ではない。
彼はまだ、ギルガメッシュが何者か気付いていなさそうだ。
「…仕方ない。あまり少女を苦しませるのは趣味じゃないんだ。さて…そこの黄金、昼間の一件からどこかで見覚えがあるとは思っていたのだが…誰だったかな」
「ふん…貴様に逢うたことなどないわ。後悔させてやる。我が誰かなど、常世でじっくり考えておれ」
ギルガメッシュの目は本気だった。
今まで何度か見てきたが、その殺気は凄まじいものだ。
さすが英雄王といったところか。
そうなったらもうわたしにも止められない。
彼の怒りが収まるまでは余計なことを口にしないほうが正解なのだ。
「いきり立ってるところ悪いね。任務失敗だ。本来一撃で仕留めなくてはならなかった。狙いは貴方じゃない…君だよ、レディ」
覚悟はしていたが、フードとマスクの隙間から覗く真っ黒な瞳はどこまでも冷たかった。
光も表情もない殺気だけが籠った視線。
ギルガメッシュがなにか言う前に彼は姿を消してしまった。
彼が本当にアサシンとして聖杯に召喚されたサーヴァントかは分からない。
しかし、その様相は暗殺者そのものだった。
わたしを殺すために、誰かから遣わされている。
それだけははっきりと分かった。
「おい…!しっかりしろ。…傷が深いか」
緊張の糸が切れたのか、わたしは地面に倒れ伏していた。
もう起き上がる気力すらないほど消耗している。
今だ流れ続ける真っ赤な血を見ながらどこか他人事のように、まるで先ほどの暗殺者の外套のようだと考える。
彼の瞳に表情はなかった。彼は雇われている。
あの違和感は、魔術を使う者の仕業かもしれない。
じゃあ、どうして。
どうしてわたしは狙われているのか。
行きついた答えは一つだった。
――――――わたしは、だれかに疎まれているんだ。
今ある九蘭燈は、誰かの真似なのか。
偽の情報で作り上げられた、ただの偽物なのか。
ずっと知らない振りをしていたんだ。
誰かに疎まれていることを。
以上第三章でした。
テンポよく行こうと思いますので、よろしくお願いします。