Fate/veil a life   作:如月龍

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第三章続きですが、前にも言ったように一気に進みます。
いつまでも平和に生きていくことはできないのです、的なストーリー好きです()
相変わらずオリキャラと既存キャラが混在しておリます。

事の発端はいつでも彼女にある。
誰のせいでもなく、そういう風に生まれてしまったから。
本当は何もしたくない。
でもたくさんの人を巻き込みたくない。
それならばやることは、一つだけ。

わたしは、誰かの操り人形じゃない。



第三章~前途、暗雲~(2)

 

 

朝目が覚めたと思ったら、まだ暗かった。

昨夜はいつものように布団に入り眠りについた。

時刻を見れば、研修合宿三日前の午前六時半。

おかしい。それだけは分かった。

 

「やっと目覚めたか」

 

「これは…どういうこと?」

 

「さあ…我にも分からん」

 

ただ確実な害は見当たらないため放置しているという。

もしこれが、昨夜の自身の行動の影響だったら。

考えてぞっとするが、彼が何も言わないということは、もしかしたら取越し苦労の可能性もある。

身体がずっと重い。

太陽が上がるはずの時間に体が日差しを浴びられなかったからだろうか。

はたまた、昨日の疲れなのか。

 

「こんな、普通じゃないよ。どうしよう…」

 

「案ずることはない。この街の人間はさして驚きもせんだろう」

 

「…そんな馬鹿な」

 

明らかに異常事態なのに学校からも研究所からも連絡が入っていない。

これくらいじゃ驚かないものなのだろうか。

もしかしてふためいているのはわたしだけなのだろうか…?

 

「そういえば、どうしてアヴァロン、わたしが持ってちゃだめなの?」

 

要因かもしれないものを思い返し、ギルガメッシュに預けたものについて問う。

アヴァロンは体内で保管することができる。

それくらいは知っていたし、リスクも知る限りではそこまで重たいものではなかったはずだ。

 

「貴様の成長を妨げるのであれば、記憶力の発達も歪めてしまうであろう」

 

ただでさえ記憶喪失でそれを取り戻すことが出来ないでいるのに、さらに負荷がかかるのを懸念しているようだ。

言われてみればその通りで、記憶が戻るのを阻害するのは本末転倒である。

そうならない可能性も今のところ否めない。

 

「そっか…、これ、一応学校行った方がいいよね」

 

とりあえず連絡がない限り、普通に過ごした方がいいだろう。

みんなのことも心配だし、もしかしたら間桐が何か知っているかもしれなかった。

魔術に精通している彼のことだ、昨晩のことも何か気付いていたとしても不思議はない。

長身の男の正体は分からないが、魔術師であるなら相談してみるのが早いだろう。

 

「うわ、本当に夜、だけどこれ…空が赤いような…」

 

ギルガメッシュはいつも通り背後に控えていた。

これと言って動きはない。

案の定誰にも会わず、この暗い道を制服で闊歩するといういつもと違う状況になんだか楽しんでいる自分がいた。

そんな場合ではないだろうと喝を入れられても文句は言えないくらいにわくわくが収まらなかった。

何の異常も見られず学校へ辿り着いた。

早く着いたせいか誰にも会わなかったが、電気はついている。

人はいるようだ。

 

「どうせすぐに帰宅させられる。この前もそうだったしな」

 

学校に結界を張られた時のことだ。

彼の言うように、あの時は学校側がどう対応したのか何も聞いていない。

幾度も聖杯戦争の舞台にさせられた土地、ある程度の不思議な現象は些末な問題なのだろうか。

 

「…九蘭燈かな?」

 

「…!?」

 

誰もいないと思って歩いていた廊下に、突然声がした。

驚いて顔を上げれば、何処かで見たような風貌の少年。

制服を着ているということは、少なくともここの生徒だ。

だがそんな少年が、わたしの名前を聞いてくるだろうか。

目立つようなことをしたことも、この少年と話した覚えもない。

 

「驚かせてしまったらごめんね、九蘭さんで間違いなさそうだ。会えて嬉しいよ」

 

にこやかで悪気の無さそうな少年なのに、どこか本能で警戒していた。

自身のこういったときの本能は割と信頼していて、何度か救われている部分はある。

…ほとんどはギルガメッシュの助けがあってのことだが。

 

「あなたは…誰?」

 

「ああ。俺は伊勢三。ひょっとして、何処かで見覚えある顔だと思ってるんじゃないか?」

 

その名に覚えはなかったが、顔にピンときた。

そうだ、と思った時には彼は目の前から姿を消していた。

 

「燈!今すぐここから離れろ!」

 

聞き慣れた怒号が飛ぶ。

ここ数日の出来事ですっかり敏感になった危機意識で素早く情報を整理する。

逃げなければ。

彼がそうしろと言うほどだ。それが最善に決まっている。

急いで踵を返し、走り出す。

 

「おっと、そうはいかない」

 

急に足を取られて派手に転ぶ。

足元を見れば、ギルガメッシュが度々使うような鎖が巻き付いていた。

しかしそれは伊勢三という少年から出ている。

要するに彼は、ただの人間ではなかったのだ。

さっきまで浮かれていた自身を恨みたい。

 

「貴様…その汚い手を離さぬか!」

 

「久しぶりの再会だと思ったんだけどな…あれ、でも違うか。君は彼であって全くの別人か」

 

「何を訳の分からんことを」

 

いつか見たギルガメッシュの得物が、足に絡みついた鎖を切り裂いてくれる。

伊勢三はそれも予想していたかのように薄く笑うが、追撃の一手は無かった。

にらみ合うようにして三人は動かない。

 

「…間桐の人間、?」

 

「俺は違うよ。君の思い浮かべた顔は大体正解だが半分は不正解だ」

 

ウェーブがかかった髪と、とても整った顔立ち。

そう、間桐が結んでいる髪を下ろして人好きのする目じりを若干下げたらこうなる。そんな整った顔立ちだった。

明らかに血が繋がってそうなのに、使う魔術は間桐のものではなかった。

そもそも魔術で仮面をしている可能性だってある。

分かる情報は伊勢三という名と、なんらかの力を行使できるということ。

そして殺傷能力に長けている。

 

「言っておくけど俺は魔術師ではないよ」

 

「燈…此奴は」

 

珍しく真剣な顔つきで呟いたギルガメッシュにつられて思わずもう一度伊勢三を見上げる。

此奴は今まで会ってきた者とは何かが違う。

一線を画している。

例えて言うなら、そう、ギルガメッシュのような。

神の領域とは言わずとも、明らかに人間とは違うその存在を、わたしは知っている。

 

「あれは、」

 

「おっと。良いところなんだけど急用が入った。また来るね」

 

そう言い残し、あっという間に消えてしまった。

危機が去ったことを全身が感じているのか、力が上手く入らない。

空は依然暗いままだが、登校してくる生徒たちの声が聞こえてきた。

何とも良いタイミングで彼は去ったものだ。

こちらもあのまま対峙していたら消耗戦になっていたかもしれない。

 

「九蘭さん!」

 

「…間桐くん」

 

「大丈夫!?顔色悪いよ」

 

だいぶ向こうから足音はしていたが、走ってきたのは間桐だった。

こうして見ると確かに似ている。

先ほどの少年は一体なんだったのか。

ギルガメッシュは当然もう霊体化してしまっている。

 

「あの…間桐くんにそっくりな少年に会ったんだけど」

 

「俺に…?」

 

馬鹿にされるのでは、と思いながらも言わずにはいられなかった

。多少混乱している。分かってはいるが、例え狡くとも混乱のせいにして全てを明らかにしておきたかった。

 

「もしかして、従兄の伊勢三のことかな…もう会ったんだ。今日から転校してきた」

 

「い、とこ…?」

 

それが事実かどうか、もう正常な判断など出来る状態ではなかった。

彼が言えばそうなのだろう。

しかし、そんなはずはない、と主張したがる自分もいた。

間桐の人間でも魔術師でもない、と発言していたはずだ。

そして、常軌を逸したあの覚えのある雰囲気。

 

「そっか…従兄。そうなんだ」

 

だが言えなかった。

間桐に対する信頼や安心はこの数週間だけで両手に余るほど膨らんでいた。

なんの見返りもなく、ただわたしを心配してくれて、理不尽に対して怒ってくれる。

わたしにとって同年代で赤の他人という立ち位置で現れた人間は、彼が初めてだったのだ。

 

「もしかして…なんかされた?ってか、怪我してる!」

 

「あっ気付かなかった…別に、伊勢三くんとはなにも、」

 

何もないなんて言いたくなかった。

でも彼は遠慮というものを教えてくれた張本人だ。

心配かけたくない。そんな感情も、生まれたことなどなかったのに。

 

「とりあえず保健室行こうか」

 

間桐に連れられて保健室に向かう。

登校している生徒が明らかに少ないことが分かる。

大事をとっているのか、体調不良なのか。

そればかりが気になる。原因は分からないのだ。

こんな経験もデータも研究所にはなかった。

 

「間桐くんの家、もしかして既に原因とか分かってるの?」

 

余りにもぶしつけだとは分かっているが、魔術に明るい家なら何かしら当たりは付けているはずだし、対策も練り始めているかもしれない。

間桐は何か言いにくそうに口をもごもごさせたあと、徐に口を開いた。

 

「うーん…まあ、その…この現象は、実は前にも起こったことがあるんだ」

 

「…え?」

 

「忘れちゃってるかもしれないんだけど…十年と少し前に。数日の間太陽が昇らず、真っ暗な状態だった」

 

息をするのも忘れて、わたしは思考をフル稼働する。

十年前。

数日間。

暗闇。

わたしは忘れている。

そして、何も教えてくれないギルガメッシュ。

それらの情報があれば、結論は容易く出た。

知らなくても、覚えてなくても分かる。

どうしようもなく認めたくない、それ。

 

「…九蘭さん」

 

包帯に巻かれた令呪の宿る右手を捕まれた。

おもわず間桐の顔を見上げる。ひどい顔をしていたかもしれない。

そこまで気にかける余裕などなかった。

鼓動が激しくなる。研究所の人間たちに言われていた言葉は何だったか。

間桐と関わるときは。

彼の口が開くのが怖かった。

何かを告げられる。真実を、己の知らない真実を聞かされてしまう。

耳を塞ぎたいのに、体はもう言うことを聞かない。

 

「君が…もし危険な目に遭っているなら…俺は何か手伝えないかな…?」

 

告げられた言葉は予想に反し、とても優しいものだった。

握られた手に、より一層力が込められ、思わずびくっと体を揺らす。

 

「魔術も…とりあえずかじってる程度だけど…素人じゃないしさ。少しくらいなら戦える」

 

ね、と彼は笑って見せた。挑戦的な表情だった。ああそうか。彼もまた、魔術師だ。知らないなどと逃げることは許されない身だ。彼だって手練れではない。怖くないはずがないのだ。

 

「…ごめん」

 

何に対してかなど分からない。

この際どうでもいい。ただ己の未熟さを痛感した。

 

「ごめん、なさい…ごめんね」

 

間桐はただ黙って聞いてくれる。

未熟で臆病で、この期に及んでまだしり込みしている自分をどうか許してほしい。

間桐に嫌われたくない。

ギルガメッシュにも、親しくなったばかりの友人にも。

謝らせてほしい。

わたしにも記憶があれば、初めから堂々と戦えていたはずなのに。

 

「…未完成で、何もできなくて」

 

「仕方ないよ。九蘭さんは、魔術師じゃないんだから」

 

ごめんなさい。騙し続けていて。

 

 

 

*

 

 

*

 

 

*

 

 

 

 研修合宿が中止かもしれない。

クラス中が批判の嵐だった。でも仕方がない。

十年来で訪れたこの超常現象を解明できる一般人など存在しない。

何が起こるのか分かったものじゃないというのに、学校側としてはリスクを背負いたくはないだろう。

 

「合宿までに戻らないかね…確か前は、そんなにずっと暗かった覚えはないんだけど」

 

何人かが言うには、数日でこの闇は終わるらしい。

だがもう三日前。ほとんど絶望的な状況に、何もできないわたしはただ悔しかった。

魔術の影響なら、研究所の人間と掛け合って何とかできるかもしれないのに。

ただその権限はなかった。

隅田や例の保健医も、身の安全を考慮して大人しくしていた方がいいと言う。

確かに此処で下手なことをすれば、危険因子と見なされるのは確実。

ただでさえその傾向があるのに、それは避けたい。

 

「九蘭さん。今帰り?」

 

帰宅途中で珍しく声を掛けてきたのは和泉だった。

クラス女子のツートップ。文学少女だ。

 

「ちょっとさ、付き合ってほしい場所があるんだけど」

 

「うん、構わないよ」

 

一人で歩かせるのは怖いし、彼女も心細いだろうと思い快く返事をする。

しかしその途中でギルガメッシュが動いた気配がした。

ざわついている。

普段のわたしなら投げ出して帰ることも吝かではないが、状況が違う。

少しわがままを言わせてほしい。

 

「ありがとう!ちょっとどうしても、一人では行きづらくて…」

 

怖いものなど無さそうな和泉が一人では行きたくない場所、それとも女子が一人で、だと行きづらい場所かは分からないが、彼女について歩く。

 

「…ねえ九蘭さん?…あなたは、魔法って信じる?」

 

「…え?」

 

彼女は足を止めずにこちらも振り返らない。

表情も見えず、質問の意図をはかりかねる。

しかし心臓がドクリと鳴った。

 

「これは内緒なんだけど…私のお父さん、魔法使いなの」

 

「魔法って…それは、」

 

あまりに急な暴露に何と答えたらよいか戸惑う。

彼女の真意が分からない。父親が魔法使いだと言った。

それはつまり、彼女の家系が魔術に明るいということを指している、で間違いないのだろうか…。

 

「私も最初は信じてなくて。でもね、間近で見たときは驚いた!夢があるよね、魔法って」

 

歓喜なのか、はたまた別の何かか、彼女の背中は震えていた。

込み上げてくる感情に逆らえない、そんな雰囲気を感じた。

こんな彼女は見たことがなかった。

オカルト好きだという話も一切聞かない。

何しろ彼女の纏う雰囲気は、そう、例えるならば狂気。

 

「ずっと本ばかり読んで過ごしてたの。魔法は、お話の中だけのものだと思ってた自分が恥ずかしくなるくらいよ」

 

ただ読書好きだった。

決壊したダムのようにとめどなく言葉を紡ぎだす彼女は、いつも本を携帯していた。

学校では自身の席や、図書館で。移動中も、必ず鞄の中に忍ばせていることを知っている。

魔法に憧れるのも頷けた。

 

「魔法なんて…あっても、わたしはあんまり、信じてないよ」

 

研究所や隅田さんの研究する魔術と、和泉の言う魔法。

それは似ているが根本的に違うものだ。

もちろん魔法を駆使するものも現れるかもしれない。

だが、それができないから人間は魔術を生み出した。

 

「…できないことはできないし、」

 

いくら魔術を使っても不可能なことが多いように、魔法も万能ではないはずだ。

魔法というのがどんなものか目にしたことがある訳ではないが、ただ何となくそう思う。

だって、世界がそこまで簡単だったら、わたしたちは工夫を凝らして生活してなどいないだろうから。

 

「えーと、和泉さん、誰の本が好きなの?」

 

話題を逸らすように和泉に問う。

いつも洋書ばかり読んでいて、わたしには分からないものだと思っていた。

きっと聞くこともないのだと思っていた。

しかし予想に反してそれはかの有名な彼のお話だった。

 

「アンデルセンよ」

 

ざわりと背筋が冷たくなった気がした。

今や日本でならどこででも聞くことのできる童話作家だ。

それなのに、どこか耳に残るその名前は、背後のギルガメッシュをもざわつかせていた。

それにしてもなぜアンデルセンなのか。

魔法とは程遠い、現実を嘆いた、童話らしくない作品を出し続けた作家だったはずだ。

 

「そうね…好きだったの。ああやって、色んなものに対する批判を、童話という形で生み出し続ける彼のことが。そんな矛盾した、不器用でへそ曲がりの彼のことが」

 

まるで会ったことがあるかのように呟く。やがて和泉は、旧市街よりも離れた郊外の森へ足を踏み入れた。そこはまるで、かのアンデルセンの童話に出てきそうな鬱葱と茂る森。

 

「…っ」

 

急に頭が痛んだ。

内から脱出したがるかのような鈍い痛みに思わず頭を押さえる。

和泉は振り返りもせずに颯爽と道なき道を進む。

一体どこを目指して、この先に何があるというのだろうか。

痛みと同時に何かが沸き上がろうとしていた。

得体のしれないそれは必死に外へ出たがっている。

わたしの殻を突き破って、姿を現したがっている。

 

「あなたなら、分かってくれると思ってたのだけど」

 

急に振り返った彼女はきれいな笑みを浮かべていた。

何も感じないのだろうか。わたしは既に身の危険を覚え、いつでも和泉を連れて走る用意をしていた。

しかし様子がおかしい。何かが変だ。

 

「魔法、欲しいと思ったこと…本当にないの?」

 

和泉は確信をもって問うてくる。

まるでわたしの心の底を見透かしたかのように。

わたしが「欲しい」と口にするのを知っているかのように。

だがわたしは違う。確かにそれが万能ならば欲していた。

代償も罰もなく行使できるならば、わたしの失った記憶さえ元通りになるのならば、それはまさにわたしの求めているものに他ならない。

だがそういうことではないのだ。

 

「魔法でなんとかなるほど、簡単な物じゃないんだよ」

 

きっと自身の過失で失ったんだ。

だとしたら、自力で取り戻せねばならない。

だからギルガメッシュも黙っているし、わたしの実力に懸けている。

それは期待だ。希望だ。

魔法で簡単に解決するのは間違っている。

 

「そう…。残念。私の気持ち、やっぱり分かってくれないんだ」

 

「お疲れ様です、”マスター”」

 

和泉は本当に残念そうに、しかし口元は笑って、そう答えた。

それに反応するように、どこからか青年の声を聴いた。

いつの間に現れたのか、気付いた時には和泉の背後に、青い髪の白い肌、中世的な顔立ちの人物が立っていた。

しかし、その言葉を向けられたのは、わたしではなかった。

マスターと呼ばれたのは、私ではなかったのだ。

 

「マスター。もうゆっくり休んでください。あとは私にお任せを」

 

およそ信じられない光景を前に、思考がついていけない。

ギルガメッシュを呼ぶべきか。冗談と受け流すべきか。

青年が和泉のことをマスターと呼んだ。

理解するのは早かった。何も難しいことはない。

だが、受け入れることはそう容易いことではない。

 

「い、ずみさん…?待って、ちょっと…」

 

すぐに思いついたのは示談交渉だった。

しかしそれは否定したい本心を差し置いて彼女を敵だと認めてしまっていることになる。

こんなときに冷静になってしまえる自身を恨む。

もっと、感情的に叫べばいい。嫌だと喚けばいい。

しかしそれに意味がないことをわたしが一番よく知っている。

彼女の、ここへ来るまでの話を思い返す。

 

「…私は、キャスターのマスター…あなたに、宣戦布告をしなくてはならないの」

 

「やだ…待って。お願い、和泉さん」

 

彼女は聞き入れてくれなかった。

宣言した彼女の瞳は憎悪に濡れていた。

彼女がどうして憎悪しているのか分からない。

いや、違う。

わたしは誰に疎まれ憎まれている――――――。

先日それに気付いたばかりじゃないか。

恨まれていても、そんなのは覚えていないという風にずっと振る舞っていたのはわたしだ。

関係者からしたらどうだろう。自分がしたであろうことの責任を負って生きている気でいた。

でも本当は誰が関係者かも知ろうとせず、笑って生きていただけではないか。

 

「私はずっとあなたのこと知っていたのに…あなたは何も知らない。覚えていない…あなたにとって、私たちの存在はその程度…!」

 

大きなショックを感じた。

鈍器で殴られただけでは生温い。

もっと深く、大きな闇を抱えた穴に吸い込まれていくような。

いくら進んでも暗闇で、出口などない。

彼女はきっと、こんな暗闇の中で十年間過ごしていたのだ。

そう思うと、体が思うように動かなかった。

 

「あなたにとっていらないものでも、私にとって、ずっと必要だったものなのよ…!魔法があれば…魔法さえあれば、お父様だって死ななかったはずなのに!」

 

「わた…そんな…わたし、」

 

まともに言葉も紡げなかった。

キャスターが、どこからか剣を取り出し呪文を唱える様子をスローモーションのように見ていた。

和泉の父が死んだ。憶測するまでもない、約十年前の聖杯戦争のことだ。

わたしは悪くない。何も知らない。そう思っていあのは事実だった。

あわよくば思い出さないままでいようと思っていたのは、紛れもない事実だった。

 

「雑種よ!最弱のクラスのくせに、虚勢を張ったな!」

 

その声にハッとする。

黙っていてくれたギルガメッシュがついに痺れを切らしたようだ。

今はそれがとてもありがたかった。

突然の実体化に驚いたのかキャスターも和泉も唖然としている。

逃げるなら今しかない。世界に色が戻ったようだった。

ギルガメッシュは私を抱え上げる。

 

「待ちなさい…あなたは、彼女のマスターじゃなかったはずだ…!」

 

キャスターが落ち着いて言う。

それはわたしも知らなかったことだ。

だが今はもう何も考えたくない。こ

の期に及んで狡い人間だ。

そんなこと許されるはずがないのに。

強いサーヴァントを従えて、わたしは本当に狡い奴だったんだ。

 

「ふん。そんなものどうでもよかろう。この我を相手にする気になったらまた攫いにでも来るがいい!」

 

高笑いを残し、飛び上がる。

追撃の手は見られなかった。

どんどん遠ざかっていく、二人の姿。

とんでもない事実を前に、覚悟を決めるしかなかった。

もう日常には戻れない。

学校、研究所、わたしの安静の地などどこにも無いのだろう。

戦う運命なのだ。約十年も前の出来事に今も心を痛める人間がいる。

罪の重みを感じながら、わたしはそれでも生きていくしかなかった。

もしわたしのサーヴァントがもっと弱い奴だったら色々違っていたのだろうか。

意味もなくそう思った。

 

 

 

*

 

 

*

 

 

*

 

 

 

 甘く考えていたかもしれなかった。

もう手遅れで、修復など不可能で、再び笑って過ごせる日など来ない。

きっと、来ない。

 

「いつまでそうしている、雑種よ」

 

「…もう、二度と来ないんだね」

 

誰にも知覚されず、気付いたら泡のようにいなくなるのだ。

壮絶な戦いも死も、世界の前ではちっぽけなのに、わたしの力など及ばない。

 

「自分の身を守ることを考えよ。もし彼奴が、間桐と組んだらどうする。お前には何の策もないであろう……犬死にするつもりか?」

 

停滞したままでいられないのは分かっている。

自身はもっと単純で冷酷で残忍な考え方ができると思っていた。

しかし実際直面してみれば、いざとなったらどうしたら良いか狼狽えるだけのただの子どもだった。

前回の聖杯戦争で生き残ったなんて、記憶もなければただの偶然だったと言われても否定できなかった。

 

「仲良くしてくれたのも、騙すためだったんだ」

 

認めたくない、がしかし、過去にしたことの大きさを知ればそれくらい大したことではないのかもしれない。

それでもショックだった。ようやく友人ができたと、そう馬鹿みたいに喜んでいたから。

 

「昔のわたしは…、こんな時どんな選択をする人間だった…?」

 

「…それを聞いてどうする」

 

「その頃に戻れれば…少しはまともな選択肢が浮かぶかもしれないから、」

 

馬鹿なこと言っているのは分かっている。

思ったより追い詰められている。そう、冷静に判断する自身がいた。

案の定ギルガメッシュは不満げに眉間にしわを寄せ睨み付けてくる。

 

「何のヒントも、勝ち残る作戦もないの…だったら、経験者に聞くしかないじゃない」

 

一番近くて遠い、そして一番難しい。

経験者である、過去の自分に。

 

「…甘ったれるでないぞ…そんなに知りたければ、なぜ初めから思い出そうと努力をしなかったのだ」

 

「努力しなかったわけじゃないよ…そんなの、分かってる」

 

「たわけ!貴様の努力など、間桐の小僧やあの娘に比べれば痛くも痒くもないわ。この十年間で、我が知らない部分があるとでも思っているのか?」

 

その通りだった。

ギルガメッシュがわたしの知らない部分などあるはずがないのだ。

人の思考まで見抜いてしまうような、洞察力が怪物めいた、古代の王様だ。

わたしに欺ける部分など、ありはしない。

 

「だからって…じゃあどうしたら、誰に聞いたら良かったのよ…」

 

資料も記録も記憶も隠されて、挙句研究所の人間たちに奪われかけて、誰を信用して誰を頼れば良かったのか。

誰もそれを示してくれなかった。

今も隅田を頼るのは、他に選択肢が与えられていないからだ。

 

「わたしなりに精一杯生きてきたのに…記憶がなくても大丈夫って、言い聞かせて」

 

誤魔化しながら必死に生きてきた。

誰の真似をして、誰のように生きるべきか。

世間の善悪すらも自己の判断に委ねられてきたのだ。

時にはギルガメッシュが叱ってくれたりもした。

しかし、大事なことは何一つ話さない。

すべてを包み隠して遠ざけたのは、ギルガメッシュだった。

 

「それでもお前は立ち上がるのか?」

 

「…?」

 

「立ち上がることの意味を知っても尚、貴様は生きることを続けられるか?」

 

ふとギルガメッシュの雰囲気が変わった。

言いたいことを吐き出した後で我に返ると、彼は先程とは違う目つきで此方を見下ろしていた。

 

「生きる…生きなきゃ。確かに、生きろって言われたから」

 

自分でも驚いた。

急に言葉が口を滑り出た。

生きろと言われたことはあったか。否、そんな覚えはない。

口元を抑えギルガメッシュを見上げれば、彼もまた素直に驚いたような素振りを見せた。

 

「…そうか。よい。よいぞ雑種。ようやく調子が出てきたではないか」

 

「約束…そう、約束したの、わたし、誰と…?」

 

生きることを、これからのことを誰かと約束したのだ。

大切な、重要な意味を持つ想い出。

機嫌が良くなるギルガメッシュを見上げても、それ以上のことは浮かんでこなかった。

まさか、まさか…ギルガメッシュと、何かの約束をした?

記憶を失くす前に彼と何らかの取引があった?

 

「ねえ…あなたじゃないの?…この約束も、十年前も一緒に戦ってくれたのは…違うの?」

 

そもそもうろ覚えの約束を優先するほどの思い入れなどないはずだ。

しかしそれは相手がギルガメッシュで無かったらの話。

あのキャスターが言っていた言葉を思い返す。

違うかもしれない。わたしと戦ったのは、他の誰か。

 

「…思い出せ。それも全部。我が傍にいてやろう」

 

教えてくれない癖に、傍にいるなんて言ってくれる。

何度も言うように、これは聖杯戦争。

もう戻れない、敵と味方にはっきり分かれた、聖杯を手にするたった一人を決めるための戦争なのだ。

 

「十年前に起こったこと、わたしがたくさん犯しただろう罪も、全部嘘なんかじゃない。これだけたくさんの人に恨まれて、憎まれて…知らないってそっぽ向くなんて、絶対にできない」

 

始まってしまったこの戦争で、再び人を傷付けようが殺めようが、辞退するのは無理だ。

責任がある。

記憶を取り戻して、全てを知ること、それが、せめてもの慰みになるというのなら。

 

「わたしじゃ何の役にも立たないかもしれないけど、」

 

「…もう良い」

 

「良くないよ…これは罰なんだ。罪を背負う責任を十年も放棄してきたことへの」

 

「…良いと言っているだろう」

 

必死にかぶりを振った。

吐き出してしまわないと、胸中に渦巻いた黒々した何かが暴れ出しそうだ。

悲しいのか腹立たしいのか分からないが、ただ気持ちの悪い何かがぐるぐると溜め込まれていた。

答えを出さなくてはいけない。

戦わない選択肢も確かにあったかもしれない。再び戦いに身を投じることは、必ずしも善ではない。

また誰かを傷付ける。

 

「わたしは負けない…それでも真実を追い求めることが、わたしの使命だから」

 

「もう良い!黙れ」

 

ギルガメッシュの叫びに顔を上げるが、その端正な顔をうまく識別することが出来なかった。

視界がぼやけて、目がひりひりする。

ふと伸びてきた手に頬を擦られて、わたしはようやく気が付いた。

気付いたらもう止まれなかった。

 

「おい…おい、泣くな。なんで泣く。…おい」

 

珍しくギルガメッシュが困惑しているのを面白いな、なんて思いながらも、涙を止めることは出来なかった。

わたしは泣いている。一体何時ぶりくらいだろうか。

泣くことも知らなくて、そんなことを教わる暇も無かった。

それでもわたしは泣いている。

本能に従うように、ただ激しい感情の波に流されながらひたすらに水滴を零し続けた。

 

「…!」

 

「…落ち着いたか?どうしてほしいんだ、言ってみろ。特別に何でも聞いてやる」

 

ギルガメッシュがあやすようにわたしを抱き寄せた。

彼はこんな大きな子どもと接したことが無いのだろう。

どうしたら泣き止むのか、それすら分からないというような素振りで、不器用な彼なりに必死に慰めようとしていることが伝わってくる。

それが分かったら、ますます涙は止まってくれなかった。

 

「…なぜ、泣くんだ…我に教えろ。貴様は何が悲しくて泣いているんだ?」

 

まるで彼まで泣き出しそうな声色でおそるおそる尋ねられる。

サーヴァントまで不安にさせて、本当にだめなマスターだと思う。

そして、心配してくれる彼は、本当に誰より自慢のサーヴァントだった。

悲しみから始まった感情の波はやがて変化し、別の何かになって、次第に心が軽くなった。

止まらない涙はただ悲しいだけのものではなくなった。

この存在との出会いに言いようのない尊さを感じていた。

 

「頭を…、撫でて欲しいな」

 

それは精一杯のお願いだった。

唯我独尊で意外と照れ屋な彼は、それでも迷わずに頭を撫でてくれた。

時々やってくれるようなものより多少ぎこちなく、嗚呼、彼らしいなと感じるような手つきで。

 

「もう大丈夫だよ…ギル」

 

今までの自身は周囲に駆り立てられて生きてきた。

いつも走ってるような振りをして、本当はただ迷子になって狼狽えてるだけの、操り人形だった。

ギルガメッシュはいつもその状況から抜け出せと背中を押してくれていた。

まるで蹴り飛ばすような勢いの時もあったけれど。

 

「…やっとか」

 

「…またせてごめんね」

 

これは聖杯戦争と同時に始まった、わたしの過去に蹴りを付けるための戦い。

屹度何もかも可笑しくなってしまった原因を見つけることが出来れば、解決する。

そう信じた。

 

 

 




主人公の覚悟もまとまったということで、第四章からは積極的に行動していきます。
情報収集とか、相変わらずいろんなサーヴァントに狙われながら頑張ります。
英雄王も最大限甘やかしてくれました。
これで三章完結です!
次回もよろしくお願いします。
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