Idol meets cars   作:卯月ゆう

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ep13

 #1 Idol meets cars ~輿水幸子の場合~

 

 

「おはようございますプロデューサーさん。このカワイイボクもついに美世さんの番組に進出ですか?」

「まぁ、そうだな。今度の収録がちょうどレースとかぶっちまってな。美世がいないんでその代役ってとこだな」

「なるほど、美世さんに代わってボクが素晴らしいクルマの魅力を紹介するわけですね。ですが、車乗れませんよ?」

 

 季節は夏。と言うには少し早い7月初旬。美世のDrive Weekも一定のファンを得て業界内での評価も固まってきた頃。アイドルとしての美世もありがたいことに人気を得てきた。それ以上にモータージャーナリストとしての仕事が多いのはアイドルとしてどうかとも思うが。

 そして、美世のアイドルとしての第一歩でもあるレースクイーンの仕事も続け、ついに大舞台へと出ることになったのだ。

 世界耐久選手権の1イベント、ドイツ、ニュルブルクリンク6時間に参戦するチームのレースクイーンに抜擢されたのだ。本音を言えば俺も帯同したかった。だってさ、関係者パスでパドック出入り自由とか最高じゃんか、なぁ?

 それはほかアイドルのスケジュールなんかの都合もあって叶わなかったため、美世と346のスタッフ数名で数日前にドイツ入りしている。

 そして、明後日の美世のDrive Weekの収録時にはいないため、代役を立てたわけだ。

 

 

「安心しろ、運転は俺に加えてプロのドライバーをお呼びしてる。舞台は三重県だ」

「三重、鈴鹿ですか?」

「よくわかったな。鈴鹿サーキットでレースカーの同乗体験だ」

「なんでしょう、いつもの流れだとなんのつながりもなくバンジージャンプさせられるんですけど、それとは違う悪寒が……」

 

 当たり前だろう、幸子。お前が乗るレースカーはもちろん箱車じゃない。イベントなんかで使われる2シーターフォーミュラだ。呼んでいるドライバーも、スーパーフォーミュラで活躍している現役選手。もっとも、(あまりギャラの高くない)若手選手ではあるが、それでも実力は一級品なのは間違いない。

 

 

「もちろん、うまいものも用意してるから楽しみにしてろ。コレが当日のスケジュールだ。朝早いが、迎えに行こうか?」

「この時間なら大丈夫です。新幹線で寝れますしね」

「そうか、じゃあ、当日もよろしくな」

「はい、任せてください!」

 

 というわけで、6時台の新幹線で名古屋まで移動し、ロケスタート。

 幸子は若干眠たそうではあったが、新幹線で一眠りすると名古屋ではすっかり普段のカワイイ幸子になっていた。なんというか、プロだ。

 通勤客で賑わう駅前から少し離れたトヨタ名古屋オフィス内、レクサスミッドランドスクエアから今日のロケは始まる。

 

 

「おはようございます、美城プロダクションプロデューサーの日比谷です。今週は美世がドイツに行っているためおやすみ、というわけで、男一人のむさ苦しいオープニングでございます。時刻は朝の8時、場所は、名古屋にあります、レクサスのショールームからお送りしております。こんな時間から開けてくださったトヨタの方々には頭が上がりませんね」

 

 ショールーム内のテーブルでコーヒーを飲みながらスタートした番組。いつもと違う構成は俺と制作サイドで勝手に決めた。美世がいないから好き勝手やれるのだ。ふざけたタイトルロゴも作ったし、わりかし本気でふざけにかかっている。

 

 

「クルマ関連のニュースと言えば、今週末はWECですよ。ニュルブルクリンク6時間耐久がドイツ、ニュルブルクリンクで開催されます。なに? 美世もドイツじゃないかって? 察しのいいファンの方ならもうおわかりでしょう。原田美世、ついにFIAの管轄レースにレースクイーンとして出ました! ありがとうございます! 詳しい話は次週、本人から聞くとして、それでは始めま――」

「ちょっと待ってください! カワイイボクを忘れてませんか?」

 

 展示車のNXのドアが開くと、小さな影が飛び出した。

 ドアをわりかし丁寧に占めると、腰に手を当てて少し斜め上に顔を向けたドヤ顔。

 

 

「ふふん、ファンのみなさんが待っているのは美世さんに代るカワイイボクですよ! 男一人の寂しい番組に「アイドル」タグが付く訳ありませんからね!」

「というわけで、今回は美世に変わって幸子を生贄、もといゲストにお迎えしてお送りします! 番組の始め方はわかるよな?」

「何回バラエティの仕事をしたと思ってるんですか? チョチョイのチョイですよ」

「んじゃ、始めましょう」

「幸子と」

「悠の」

「「Drive Week! スタートユアエンジン!」」

 

 今回だけのスペシャルバージョン。まさかのプロデューサーを全面に押し出すスタイル。これ、アイドルの番組なんだぜ?

 なにはともあれ、ビデオチェックなどの儀式を済ませ、機材撤収の間にこのあとの流れを確認する。

 

 

「このあと、地下駐車場で今回のクルマとご対面だ。そこも撮るからな」

「はい」

「そしたら鈴鹿サーキットに移動する。現地でレーサーの方と合流だ。着替えてレースカー同乗体験を撮影」

「わかりました」

「一応13時くらいには両方共撮影が終わるはずだから昼食。サーキットの飯っつーことで、サーキット内のレストランで出るメニューをリポート」

「あの、コレって前の結果によって変わる、みたいなことはありませんよね」

「バラエティに染まってんな。そんなことはないから安心しろ」

「はう、良かったです」

 

 うざかわ、少し生意気なキャラクターの幸子だが、仕事に対してはとても真剣だ。打ち合わせもこの通り、変に口を挟まないし、質問があればちゃんとする。疑問をすべて解決してから撮影に望む。求められることをしっかりとわかった上でそれに見合ったキャラクターを演じられるのだ。この歳で、と言っては悪いが、それこそ他の俳優やプロとして活動する人に求められることをこなせる、こなそうとするのは立派だと思う。

 

 

「それで、今回の車はなんですか?」

「高級スポーツカーだ。美世も羨む程のな」

 

 資料と、今回のクルマのキーをバッグに入れるとコーヒーを飲み干して席を立つ。同じように幸子も椅子から滑り落ちると地下へ。先行して撮影隊が用意をしているはずなのでこのままクルマに乗り込むだけだ。

 

 

「クルマに乗る機会ってあんまりなかったんですよ。それこそ家族旅行くらいで」

「ほう」

「今はプロデューサーさんに迎えに来てもらったり、ロケバスにみんなで乗ったりすることもありますから、クルマには慣れてるつもりです」

「まさか、弱いのか?」

「い、いえ、そうじゃなくて。今までクルマに乗るときにはKBYDのみんなとか、誰かが必ず一緒だったんですけど、今回はプロデューサーと2人でしょう?」

「嫌か?」

「どちらかと言えば、ワクワクしてます。みんなでわいわい移動するのも好きですけど、おや、ついたみたいですね」

 

 エレベーターを降りるこの瞬間からカメラは回っている。PVっぽく小洒落た感じで行こう、というのがこのカットの趣旨だ。

 エレベーターのドアが開く瞬間から幸子は開幕ドヤ顔を決め、一歩先に出た俺についてくる。

 薄暗い駐車場をスタッフさんの誘導に従い進むと一台の赤いスポーツカーが駐車場の枠いっぱいを使って止まっていた。

 俺はクルマを前もって聞いていたから驚きはないが、幸子の顔は少し引きつった。苦笑いしながらクルマに近づき収納式のドアハンドルに慣れた手つきを装って親指を押し込むと解錠アラームがなり、ウインカーが点滅する。大きいドアを開けると、幸子が緊張気味に乗り込んだ。

 ドアを閉めると車の前を回って運転席に。バッグをシート裏に置くと、ジャケットのボタンを開け、シートベルトを締め、幸子をちらりとみて、ベルトの確認をするとエンジンスタートスイッチを押した。

 

 

「ふぅ、緊張したな」

「な、なんだかすごい車ですねぇ」

「声震えてんぞ」

「てっきりもっと庶民的な車かと思ったら、なんだか広いし低いし、椅子だってこんな低い位置に……」

「まぁ、庶民的とは言い難いかもな」

 

 今回の車はレクサスが送り込んだポストLFA、スーパーGTでも昨年までのRCに代わって採用されたLC500だ。

 コンセプトカーそのまま公道に持ってきたようなデザイン。世界のグランツーリスモを相手に立ち回るにふさわしいインテリア。レクサスのFモデルに代々採用された5リッターV8はさらなる改良を加えられ、新開発の10速ATと組み合わせられる。

 グランツーリスモとはいえ、レースカーにもなるキャラクターを意識させるのがバケット形状のセミアニリンレザーシート。今回の車は高級志向のL packageなのでセミアニリンレザーのシートだが、他のグレードではアルカンターラとレザーの組み合わせになる。

 そして、個人的に推したいポイントはRCに続けて採用された動くメーターリング。LFAに採用され、話題になったTFT液晶モニターを活かしたこのギミックは、LFAを彷彿とさせるメーターデザインとあいまって高揚感、満足感をもたらしてくれる。

 目的地を設定し、携帯とナビのペアリングを済ませると、小物入れに突っ込んでから撮影スタッフの合図で車を出した。

 

 

「おお、でかいと緊張するな」

「こすらないでくださいね?」

「当たり前だろ」

 

 なんてったって普段乗ってるポルシェより40mm広く、270mm長く、ホイールベースに至っては400mmも長いのだ。このボディサイズが伸びやかなデザインに寄与しているのだとは思うが、のってみるとやはり大きい車であることを意識させられる。

 ロングノーズのデザインは美しいが、乗ってみると低めのアイポイントもあって少し前が見づらい感覚はある。慣れればマシになるかな?

 顎をすらないか緊張しつつスロープを登り、道路に出る。ここでも縁石でガリッとやりそうで怖い。

 内心ビビりながら道路に出ると幸子が俺の携帯をいじっていた。

 

 

「さすがプロデューサーさんですね。346の全員の曲が入ってます。ですが、このボクがいるんですからもちろんTo my darling…に決まってますね! プレイリストを作って……」

「勝手にいじんなよ。仕事用なんだから見られたらまずいもんだって入ってる」

「流石にメールを覗いたりはしませんよ。ですが、パスコードが0346と言うのは安直すぎませんか?」

「あとで変えとくさ」

 

 さすがレクサス、というべきか、素晴らしい静粛性とサラウンドで、幸子の歌声を独り占め状態だ。まぁ、本人が隣にいるわけだが。

 幸子もゴキゲンで鼻歌まで歌い始めたが、その間にもスルスルと行程を消化し、高速をひた走っている。

 ローギアードなセッティングと、大排気量エンジンの組み合わせで超低回転でのクルージングだ。もちろん、全車速追従クルコンもついているので100km/hにセットしたらアクセルに足をおいておくだけの楽ちんドライブである。

 

 

「幸子、一応車番組だから今んとこの感想を」

「はいっ!? もちろん、快適なドライブですよ? プロデューサーさんは安全運転ですし、こんなにいい車にカワイイボクも乗っているんですから退屈しないわけありません」

「さっきから鼻歌まで歌ってるもんな。幸子の鼻歌CDでも出すか?」

 

 恥ずかしがる幸子を全力でスルーしつつ、機材車に追い抜かれたことを確認すると一旦SAで休憩という名の時間稼ぎだ。改めて陽の光のもとで見るとエグいデザインしてると思う。

 

 

「幸子、なんか食べるか?」

「小腹もすきましたし、ブランチ……には少し早いですねぇ」

「ま、このあともあるしな。何か飲み物買ってくるよ。何がいい?」

「オレンジジュースをお願いします」

「わかった」

 

 自販機で俺のお茶と幸子のオレンジジュースを買うと車に戻り、シートに座るとスタートスイッチを押した。幸子はジュースを受け取るとシートベルトを締め、また俺の携帯をいじると今度は友紀のシングルを流し始めた。

 高速の合流で踏み込むと大排気量V8らしい太いエキゾーストノートが響く。それも美しく調律された楽器のように、心地よい程度に車内に入り込む。この辺も含め、全て計算ずくで作られているのだと改めて感じさせてくれる。

 高速道路が快適なのは言うまでもなく、ICを降りて下道をゆっくり走っていても「トルクで走らせる」感覚を味わわせてくれる。高速での落ち着きと下道での取り回しを両立させるのはパワステの調整だろうか? 最近は車速に応じて操舵力変えるやつもあるしな。

 

 

「もうそろそろみたいですね」

「そこの交差点を曲がったらゲートだ。まぁ、中も広いんだろうな」

「プロデューサーさんは鈴鹿サーキットに行ったことはないんですか?」

「ないな。遠いし」

「意外ですね。てっきりレースを見に来たりしてるかと思ってたんですけど」

「そういうのは全部富士やもてぎだな。車で2~3時間だし」

 

 そう言いながら俺にとっても初めての鈴鹿サーキットのゲートをくぐると看板を頼りに本コースへ向かう。迷うことなくパドックまでたどり着くと、なんの迷いもなくピットレーンに車を進めた。

 そこでスタッフからヘルメットを受け取ると被ってあご紐を締め、隣の幸子をみた。

 

「あれ? スタッフさんたちは向こうに…… これなんですか?」

「ヘルメットだ。ちゃんとあご紐締めたか? シートベルトしてるな? ジュースのキャップは閉めたか?」

「え、え? まさかこのままサーキットですか? 借り物の車で?」

「許可は取ってあるに決まってるだろ?」

 

 ピットレーンを60km/hで進むと、なんとも感慨深い。数々の名レースが繰り広げられ、F1も開催されたコースを自分の手で走れるとは。

 隣で早くも悲鳴を上げそうな同乗者はさておき、ドライビングモードをSport+に。メーターのリングが真ん中にスライドしてホワイトの文字盤に変わる。流石にレッドゾーンは7000からだが、それでも十分に高回転だ。

 そして、シフトレバーを横にずらしてマニュアルモードに。メーターに移るシフトポジションインジケーターがMを光らせると数字も見える。10段もあるから忙しそうだ。

 ピットレーンを出ると同時にハンドルの裏にあるパドルを2回引くとV8エンジンは今までにない唸りを上げて2トンの巨体を押し出した。

 

 

「うぉっ」

「あわわわわわわ!! プロデューサー! これは、まずいですよ!」

 

 パーシャルスロットルで1コーナーから2コーナーへつなげると、S字にはいる。速度はそこそこ高め。それでも破綻する気配もなく、軽くタイヤを鳴かせながらグイグイと曲がっていく。

 LSDの装備されないグレードではあるが、それでもトラクションのかかりに文句はなく、デグナーへ向けて突っ込んでいくときも、軽くブレーキを踏んで頭を入れると、重いはずの頭はすんなりと向きを変える。立体交差を抜けてヘアピンに向けて緩やかに曲がりながら姿勢を整えると一気にブレーキを踏み込んだ。

 

 

「あぐっ! うああああ!」

「まだ音を上げるには早いぞ。このあともっとすごいのが待ってるからな」

「はやっ、早すぎっ、すべ、滑ってますよ!!!」

 

 立ち上がりに少し踏みすぎると軽くリアがブレイク。それでも俺がアクセルを抜くより早く電子制御が介入してくる。それもまた一瞬。スプーンに向けてグイグイと車速を上げていく。

 

 

「プロデューサーさん、今度は何をいじってるんですか?」

「トラクションコントロールを切ってる」

「????」

 

 頭に疑問符を浮かべる幸子を置き去りにするようにスプーンへ突っ込んでいく。進入時に200km/h近い車速を少し落としてからコーナーが深くなったところでブレーキを強く短く踏み込んでから一気にアクセルを踏む。

 すると、さっきはあっという間に電子制御が入り込んできたが、今度は簡単にテールスライドを許した。それでも、大柄な車体のコントロールは容易い。

 

 

「世界が横に動いて! ぶつかる!?」

「こりゃすげぇ!」

「そんな呑気なこと行ってられませんよ!? 車が横向いてたんですよ!?」

 

 騒ぐ幸子の口を塞ぐように130Rを全開で駆け抜ける。とんでもない横Gがかかったが、それも幸子が飛んできたりすることはなかった。

 ゼブラゾーンを結ぶように走ると最後のシケインにフルブレーキングで飛び込んでいく。内臓が飛び出るような減速Gをサーキット走行には心もとないシートベルトで受け止めるとフル加速してホームストレートを駆け抜けてからS字にはいる手前でUターンだ。

 

 

「おーい、幸子、生きてるかー?」

「何回死にましたか?」

「3回くらいじゃないか?」

 

 顔を真っ青にした幸子をよそに、パドックに戻ると早速番組の続きだ。指定された場所に車を停めると、車から降りざまにヘルメットを脱ぎ、どこぞの島国の番組のごとく自然にスタートさせた。

 俺はね。

 

 

「さて、場所は代わって鈴鹿サーキットのパドックからお送りします。見ての通り、LCでサーキットを走ってきたわけですけども、いい車ですねコレ。車重を感じさせない身軽なフットワーク。S字なんかくるくる向きが変わりますよ。4WSとLSDがないグレードではあるんですけど、それでもスポーツ走行を十二分に楽しめますね」

「ぼ、ボクも初めての体験でしたけど、すごく楽しかったですよ。まさかプロデューサーさんがあんなこともできるなんて思いもしませんでしたね」

「声震えてんぞ」

「そんなわけ無いでしょう! さ、続きですよ! このあとは、カワイイボクがレースカーに乗りますよ!」

 

 ヘルメットで髪がぺしゃんこになった幸子はジュースを補給すると幾分気分は戻ったようで、早速着替えて2シーターフォーミュラに乗ってもらおう。

 今回使うのはわざわざ持ってきて貰ったフォーミュラニッポン時代の2シーターフォーミュラだ。いくら古いとは言え、現役バリバリだったマシンを2シーターにしたものらしいから、速さは折り紙付き。前もって走ったドライバーさん曰く「いまのよりは少し乗りにくいけど、十分に速い」とのこと。コレは期待できる。

 

 

「着替えてきましたけど、このレーシングスーツって言うんでしたっけ? 妙にぴったりなんですけど……」

「そりゃ、作ったもん」

「え!? ホントですか? この番組そんなにお金あるんですか? プロデューサーさんの首とか大丈夫ですか?」

「お前はそんなとこ心配せずに、この先の心配をするべきだろうな」

「はぁ…… えっと、気を取り直して、まずは今回のゲストをお呼びしましょう」

「今回のゲスト、昨年度は全日本F3でシリーズ2位、今シーズンはスーパーフォーミュラに参戦している――」

 

 ゲストドライバーさんを紹介し、そのままピットに向かうとすでにマシンは準備万端。

 幸子が「これってF1ですよね! そんなの聞いてないですよ!」と叫ぶのを無視してマイクの仕込んであるフルフェイスのヘルメットを被せ、改めてスーツを確認すると"後部座席"に押し込んだ。

 シートには予め小柄な幸子に合わせてあてものを用意してあったので体はぴったりを収まる。そして5点式のシートベルトで体をきっちり固定すると注意事項の説明だ。

 予め書面にして渡されていたので俺がそれを読み上げる。

 その間にドライバーさんが前に乗り込むと、ハンドルが取り付けられたり何だったり……

 

 

「走行中は危険ですので、体や腕を車外に出さないでください。前にあるパイプをガッチリ握っておくといいらしい」

「コレですね。それから?」

「一応マイクで録音してはいるが、無線も繋ぎっぱなしだからこっちにも聞こえる。何かあれば叫べ」

「さけ、叫ばないといけないんですか!?」

「その方が確実だろうな。それから、絶対に無理はするな。バンジージャンプなんかよりずっと辛いだろうからな」

「バンジージャンプよりつら、え?」

 

 最後まで言い切る前に車のそばを離れるとレース用のエンジンに火が入る。爆音に思わず耳を塞ぎながらピットの壁際まで寄ると、幸子を乗せたフォーミュラマシンはピットレーンに飛び出していった。

 なんだろう、さっき俺が走ったよりもこの時点で速そう。

 甲高いエキゾーストノートを響かせてコースに入っていったフォーミュラを見送ってからヘッドセットをつけると、早速幸子の叫び声とドライバーさんの声が聞こえてきた。

 

 

「いやぁ、幸子ちゃんとドライブなんてすごい嬉しいです! KBYD応援してます!」

「あり、うあっ、それどころじゃっ!」

 

 なんだろう、頭を四方八方に持っていかれる幸子が容易に想像できる。もちろん、幸子の顔が映るようにカメラもおいてあるが、これは後で見るのが楽しみになってきた。

 対するドライバーさんは余裕綽々といった感じで幸子をおだてまくっている。打ち合わせの段階で聞いてはいたけど、筋金入りのファンらしい。あとでサインをプレゼントだな。

 1周めを終えると、無線で聞こえてくるのはドライバーさんのおしゃべりと幸子が発する悲鳴、呻き、ヘルメットが何かに当たる音。それも長くは続かず、2周めを終えてホームストレートをまたかっ飛んでいった頃には声すら聞こえなくなったのでペースを落としてもらい、クルージングのペースで戻ってきてもらう。

 

 

「し、死ぬかと思った……」

「でも、僕らはこれ以上のペースで2時間くらい走り続けるんですよ」

「車に乗るだけのお仕事だと思ってましたけど、コレは、ハードですね……」

 

 ヘアピンを超えたあたりで会話も聞こえてきたので、一安心。復活の早さは普段から体を張ったロケの賜物だろうか?

 想定通りの反応ももらったのでピットに入ってきたマシンから幸子を引きずり出す。

 

 

「さっきのプロデューサーさんの運転が生ぬるく感じましたよ……」

「バンジーより辛かったろ」

「なんというか、加速も、ブレーキも、曲がるのも、全部体を持っていかれそうになりますね。最後のカクカクの前なんて内蔵飛び出るんじゃないかと思いましたよ」

 

 タオルで乱雑に汗を拭う幸子から少し拗ねたように感想を聞くと、ビデオチェックに入る。そう思い、立ち上がって振り返ると監督がいい笑顔でヘルメットを俺に手渡してきた。反射的に受け取ってしまったが、なにこれ。俺も乗るやつ?

 救いを求めて辺りを見回すも、幸子が

 

 

「プロデューサーさんも乗ってみればいいですよ。車好きには願ってもない体験でしょうしね」

 

 そう言い放ったお陰でフォーミュラの後部座席にねじ込まれ(それも、大人が乗るには窮屈だ!)気がついたらマシンは走り出していた。

 

 

「うご、うわああああああああああ!!!!」




やたらと筆が乗った
多分もっと長くできたけどこれ以上はグダるので自重

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