Idol meets cars   作:卯月ゆう

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ep14

 #1 Producer meets car

 夏真っ只中、学生アイドルは長期休暇に入り、仕事が入れやすくなる。さらに特番も増えるから需要も上がる。それは多くのアイドルを抱える346プロにももちろん大量の仕事オファーが来るわけで、俺や武内さん、アシスタントのちひろさんもプロデューサーとほぼ変わらない業務をこなしてもなお捌ききれない量であった。

 成人済みのアイドルに現場を任せることも増え、社用車も、ほぼ全部出払ってしまう。

 だが、ピークは8月の頭。9月に入るまでテレビに出ずっぱりじゃないか、と思うかもしれないが、番組制作の期間を考えるとそれくらい早くに撮るものは撮ってしまうのだ。

 そして、仕事というのはいきなり一区切りついたりしてしまったりするもので、それが今日というわけだ。今日を乗り切ると、夏季クソ忙しい期間は終わり、明日からは346制作の特番撮影のため、ヨーロッパに所属アイドルほぼ全員で慰安旅行も兼ねた撮影旅行に行く手はずになっている。

 そんな中、忙しいのを承知の上で朝からいつもお世話になっているディーラーに来ている。

 

 

「おはようございます」

「日比谷様、お待ちしておりました」

「朝早くから無理言って申し訳ないです」

「いえ、サービスの一環ですから。それに、お待たせしているのはこちらですし」

 

 俺の月給の1/4を食うポルシェ、その壊滅的積載量をなんとかしようというのが今日の魂胆。

 ポルシェの壊滅的な積載量不足を解消させる禁忌の呪文。

 

 増車だ。

 

 なんとか留美をなだめすかしてご機嫌を取り、時間を見て荷物を少しずつ留美の家に移し、マンションを売ったお金で一括購入したわけだ。

 給料の額面が増えてから金遣いが荒くなって仕方ない。

 

 

「ここだけの話、国内登録1号車ですよ」

「本当ですか? 広報車とか……」

「まだ日本にはお披露目のときに持ってきた車しか無いんです。なので、ナンバー取ったのは日比谷さんのが初です」

 

 人生で1度聞くか聞かないかと言った嬉しい知らせを聞いてからキーを受け取って店の外へ。

 ペイントブースさながらの蛍光灯に囲まれたブースに入ると傷などの確認を始める。当然、塗装のムラや傷などあるはずもなくたっぷり時間をかけて新車の前で難しい顔をするだけになってしまった。

 そのまま911と同じ、アダプティブスポーツシートプラス(長い……)を備えたドライバーズシートに収まる。目の前に広がる景色は911とほぼ同じ。ただ、5連メーターは真ん中のタコメーター以外はディスプレイだし、アナログなボタンは悉く排除され、全てタッチコントロールに変わっている。

 正直なところ、ブラインドタッチ(と言うと少し語弊があるが)ができないのは車としてどうかとも思うが、公式をして「スマホライク」な操作性を謳うのだから仕方ないか。

 車を模したキーにも慣れ、エンジンをスタートさせるとV8のけたたましいエキゾーストノートが…… 聞こえない。

 

 

「やっぱり、わかってても寂しいですね」

「911に乗られるお客様は皆さんそう仰いますね」

 

 そのままナビやなんかの基本的な使い方を教わるが、「殆ど911と同じです」の一言で納得。車特有の機能も教えてもらい、記念にキーホルダーを頂いて書類をダッシュボードに。さて、仕事だ。

 事務所に着くと駐車場に珍しくちひろさんのGT-Rが止めてあったので、(不自然に空いていた)その隣に止めるとオフィスまでの長い道のりを歩き始めた。

 

 

「こんちわーっす」

「日比谷さん、用は済んだんですか?」

「ええ、なのでさっさときました。ちひろさん、今日は車なんですね」

「はい、このあとトライアドの3人を迎えに行ってそのままフェスに」

「ハードっすねぇ……」

 

 いろんな意味で。

 ちひろさんだから文句も言えないだろう。

 外行きの黒いジャケットに着替えると、それじゃ、行ってきますね。と言って出ていくちひろさんを見送り、自分のデスクに付いた。

 さてさて、恒例のメールチェック。まぁ、携帯と同期してるから出先で見てはいるけどクセみたいなもんだ。

 最後に見たときから新着はないので、そのままスケジューラーを開くと、このあとは楓さんをラジオ局まで迎えに行き、雑誌の取材でカフェにいる千夏を拾い、楓さんをスタジオで下ろして千夏はそのまま戻ってきてレッスン。

 そしたらそのまま俺は出版社に出向いて美世と合流、次に取材に行く試乗会の打ち合わせをして美世はそのまま帰宅、俺はまた事務所に蜻蛉返りして書類を作り、トライアド初め、346のアイドルが数組出演するフェスを少し見てから留美を拾って帰宅。

 こんなプランがきっちり作れてしまうほど予定が詰まることは早々ないのだが……

 

 

「とりあえず車だな」

 

 社用車のキーが掛かるボードを見ると、見事にすべて出払っており、利用状況の書かれたホワイトボードは様々な名前で真っ黒だった。

 これは、マズい。

 何はともあれ、車を出さないわけには行かないのでまた駐車場まで降りてまだひんやりする車に乗ると、エンジンをかけた。

 そして車を動かしながらも楓さんに電話。こういうときに純正ハンズフリー様々だ。

 

 

「はい、高垣です」

「おはようございます、日比谷です。予定通り、今から迎えに行きます」

「わかりました。近くまで来たらまた連絡をください」

「はい、ではあと30分くらいで着くので」

 

 そしてナビに従いラジオ局の近くまで走ると再び楓さんに電話。局の前にの路肩に車を止めるとちょうど楓さんが出てきた。やけに荷物多くねぇか?

 慌てて駐車場に車を入れると、ミラーに映った楓さんは両手になにやら紙袋を下げていた。

 

 

「お迎えありがとうございます。これが噂の新車ですか?」

「ええ、まだ誰にも言ってないはずなんですけど……」

「留美さんが『家売って車買った』ってボヤいてましたよ。これはトランクの方がいいですか?」

「生物とかじゃなければ。どうしたんですか?」

「馴染みのスタッフさんから頂いたんです」

 

 紙袋から取り出された箱には熨斗が巻かれ、御礼の文字が見えた。どうやら温泉のもとのようだ。

 もう一歩は日本酒の飲み比べセット。こっちのほうが楓さんの心を掴んだようだ。心なしか目が細くなった。

 

 

「積んじゃって大丈夫ですね」

「はい、お願いします」

 

 楓さんを隣に乗せると、ハイブリッドらしく、モーターでスルスルと走り出し、エンジンがかかるときも継ぎ目なくスムーズに動力が移行していく。

 とは言っても都心部の街乗りではモーターの割合が多く、車内にはラジオから聞こえる時事問題しか聞こえない。

 

 

「誰かさんのポルシェよりもずっと大人な車ですね」

「そういう点はやっぱり志向の違いが明確に出ていいと思うけど。別につまらない車でもないし」

 

 そう、ハイブリッドでもプリウスやアクアのような退屈さがない。本当に感覚的なものだが、キチンと"車"なのだ。

 バッテリーの容量が足りなくなるとエンジンがかかるが、発進時はモーターのトルクで進むので、2トンを超える巨体であっても不足は感じない。

 まぁ、ボディサイズは代官山の裏路地を進むには怖いサイズではあるが、それでも911と比べて幅が少し広いくらい。アイポジションが少し高いのもあって大きい車に慣れていればそこまで不安は感じない。

 

 

「そこのカフェですね。前に聞いてたお店です」

「ほぉ、よくこんなとこまで来ようと思うなぁ。駅前のスタバで十分だわ」

「女の子はそういう無駄なことに価値を見出すんですよ」

 

 駐車場は無いので路駐になってしまうが、いかんせん道が狭いので先方との挨拶も手短に済ませると千夏をリアシートにご案内。

 

 

「あっ、楓さん。おはようございます」

「お疲れ様。ふふっ、反射的にそう言ってしまうあたり、千夏ちゃんも染まってきたわね」

「ですね。どうしてお昼でもいつでも『おはようございます』なのか不思議に思ってたんですけど」

 

 芸能界の不思議、いつでもどこでも『おはようございます』と挨拶する。理由は俺も知らないが、たしかに変だよなぁ。今なんて昼前なのにさ。

 

 

「日比谷さん、また車買ったんですか?」

「またってなんだ、またって。まぁ、また買ったけどさ……」

「留美さんがボヤくわけですね」

「でも、どことなく仕方ないな、って顔してるんですよ。手のかかる子供見てるみたいに」

 

 女性陣から暖かい笑みを向けられつつ、こっ恥ずかしいのをこらえて路地をすすむ。

 車内が静かなだけに空気に耐えられずにラジオをつけると「あ、逃げた」みたいな顔されるのが尚の事つらかった。

 裏路地をモーターのみで走り抜け、幹線道路に出ると一気に流れが速くなる。

 それでも無言の抗議としてやってみた信号からのダッシュは911もかくや、と思うほど強烈だった。もちろん、ブーイングの嵐は避けられないが。

 スタジオで楓さんを降ろすとあとは事務所に帰るだけ。ここまでの平均燃費はちょっと気合入れて踏んだりしてもオンボードコンピュータで10km/Lを超え、本当にシステム出力600psオーバー、車重2トンオーバーのセダンとしては優秀なスコアをだす。

 ちなみにカタログでは30km/L以上であることを考えるとうーん、とは思うが。

 

 

「いつもの車とは大違いの乗り心地ね。私も車買おうかしら」

「この車買うとなると覚悟がいるな。なんせ3000万だ」

「外車ってところでそれなりとは思ってたけど、改めて聞くとやっぱりすごい額ね。留美さんも呆れるわけだわ」

「説得するのが大変だったよ」

 

 千夏にも呆れられたが、俺の911はオプション山盛りでも広報車上がりの中古ということで目玉が飛び出るほど高い訳ではない。

 リアシートでタブレットをいじる千夏をミラーでチラ見してから車を転がすともう数十分で346プロに。そのまま駐車場に車を入れるとちひろさんはまだ帰ってきてないらしい。代わりに武内さんの車が止まっていたからその隣に止めた。

 

 

「やっぱ白はいいな」

「日比谷さん、新しいおもちゃ買ってもらった子供みたいですよ」

「クルマってのは男をガキに戻してくれるのさ」

 

 




誤字修正が来ていましたが、全て削除させていただきました。

レクサスが昨シーズン、SGTで使っていたのはRCのFというモデルですので、RCで間違ってはいません。

前の車に追従するクルーズコントロールは、「全車速追従機能付き」クルーズコントロールです。前の車に続いていくから「前車速」というわけではありません。

一応調べて書いてますので……

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