Idol meets cars   作:卯月ゆう

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ひたすら長いスペシャル回、33000文字ドーン、です
3年くらいネットで物書きモドキやってますけど、こんなに長い話を書いたのは初めてかもしれません


ep15

 # Idol & Producer meet cars and a lots

 

「Hello! Thank you! any way, any way, we get in U.K!」

 

 耳をふさぎくなるほどの歓声、鳴り止まない拍手。その中心で拙い英語とわざとらしいオーバーなアクションでもって観客を静止する美世。

 

 

「Tonight, Producer be a... あー! もう! 今夜は!プロデューサーはスパイに。私は絶叫、美波ちゃんはアイドルらしからぬセリフで大人を罵倒します」

 

 英語で進行することを諦め、日本語で話し始めたが、まぁ、収録直前の無茶振りにしては頑張っただろう。

 流石、T◯P GEAR やGrand T◯urを見ているだけあって、それっぽい。

 

 

「さて、今回はイギリスの極秘スタジオ、アバディーンからA944号線で1時間ほどの場所にある飛行場…… からお送りします! お察しの方が殆どでしょう。某番組のパクリです! MCは代わり映えしない私、プロデューサーの日比谷と」

「原田美世の二人でお送りしますが、が、ですよ、プロデューサーさん。今週は346サマースペシャルの一環として、スタジオにはこのあとに飛行場で大運動会企画の収録を行うアイドルとスタッフの皆さんが一緒です! もちろん、ゲストも豪華ですので、いつもより長い2時間、くらい! よろしくお願いします!」

 

 そう、我々は日本を飛び出してはるばるイギリス、スコットランドの片田舎へ。

 小さな飛行場のハンガーに仮設セットを組み立てて収録を行っている。ここで美世のDrive Week SE(Special Edition)の最後の収録、スタジオパートを撮ってしまうわけだ。

 もちろん、数ヶ月前から始まっていた特番企画の一つとしてこの番組が選ばれた事で、番組スタッフ全員の頭にはあの車番組が浮かび、それを俺らの手で作ってやろうと心を一つにした瞬間だった。

 

 

「それでは、まずは私が最新のブリティッシュスポーツに試乗してきました」

 

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 芸術的なボディライン。イギリスのクラフトマンシップが息づくアルミが生み出す嘆息物の美しさ。

 伝統的なスポーツカーの流儀に則ったロングノーズの下には、今の時代にそぐわない12個のシリンダーが静かに、だがはっきりとその存在を主張しています。

 

 

「今乗ってるのはアストンマーティンのスタンダード、DB9。DB7の後継として2004年に発売されたモデルです。これぞスポーツカー。長い頭。流れるようなルーフラインを描くキャビン。低いシートポジションとでかいドア。そして何より」

 

 この6LのV12エンジンが格別のフィーリングを生み出します。

 今となっては絶滅危惧種の自然吸気V12エンジンはそれこそ、モーターの如く滑らかに、でも官能的に回ります。

 

 

「トルクカーブは滑らか。どこから踏んでも加速し、上まで気持ちよく回る。それに」

 

 ちょっと遊んで貰おうと思えば簡単にリアをスライドさせられるほどのパワーを秘めています。

 今となってはと少なく感じる6速のトルコンオートマチックギアボックスを介してホイールに伝わるパワーは547馬力。それでもやはり、10年以上前のモデルが基本ともなるとそれ以外の部分で時代遅れ感は否めません。

 

 

「そこでアストンマーティンがその後継に選んだのがコレ」

 

 その名をDB11。

 番号が飛んでるのは007でジェームズボンドが乗っていたのがDB10だから。名前の通り、10台しか造られす、オークションでとんでもない金額が付いたのをご存知の方もいるでしょう。

 そのデザインエッセンスを取り込みながら、誰でもジェームズボンドにしてくれるのがこのクルマ。

 

 

「エンジンはV12、だけど時代の流れに乗ってダウンサイジングした5.2Lターボ。けれど、そのおかげでパワーは600馬力の大台を超えた608馬力、たったの1500回転で出てくる最大トルクも71キロと、フラッグシップのヴァンキッシュをも超えるスペックです」

 

 エンジンはもちろん、ギアも8速に多段化され、走りはもちろん、燃費も多少は良くなっています。

 6速のタッチトロニックから格段の進化を遂げた8速ATの出来はもちろん良く、大パワー、大トルクのアウトプットを余すことなく後輪に伝えます。

 もっとも、後輪は耐えきれていないらしいけれど。

 

 

「DB9もそうだったけど、踏めばしっかりパワーを出してくれる。アストンマーティンが見かけだけのスポーツカーじゃない証明だ。けど、コイツはやり過ぎだ! 3速でホイールスピンしやがる!」

 

 ターボが付いてさぞかし不機嫌なフィーリングかと思いきや、自然吸気と同等のスムーズさ。トルクの立ち上がりも雑さがなく自然にターボが後押ししてくれる感覚。

 上を捨てて下に振ってるわけでもなく、5000回転までのトルクバンドを抜けても針は勢いを止めずに回り続けます。

 

 

「エンジンが足元のすぐそこまでめり込んでるおかげで、2トンもあるのにステア操作に対する反応がリニア。重さを上手く使って落ち着きと安定感に繋げてるようなイメージがあるね」

 

 それはたとえ後輪がパワーに負けて白煙を巻き上げていても同じこと。大柄なボディはスタビリティの向上に一役買っているに違いない。

 けれど、だから俊敏で無いかと言われればこう答えよう、「ノー」と。

 

 

「例えば、レーンチェンジみたいに少量の舵角をゆっくり当てた時の動きと、障害物を避けるときに大きな舵角を素早く当てたときの動きが変わらない。どっちも安心感があるのにしっかり付いてくる。こりゃ最高だな」

 

 紳士的なマナーの良さと、スパルタクスの荒々しさを併せ持つアストンマーティン。そこに加わる新世代もまた、素晴らしいまでの二面性の持ち主だった。

 

 

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「やっぱりアストンマーティンはスポーツカーのお手本だと思うよ」

「なんというか、シンプルにかっこいいんですよね。羽とかエアダクトとか、そういう派手なものじゃなくて、素材で勝負というか」

「飾り気のない感じな。AMGやポルシェがかっこ悪いわけじゃ無いんだけど、純然たるスポーツカーってのはこうあるべきなんだろうな」

「ですが、あたしが乗ってきた車も純粋さでは負けてませんよ」

 

 

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 やってきたのは伝統あるサーキット、ブランズハッチ。高低差が激しく、高速度で逆バンク気味に下って曲がる1コーナーは多くのレーサーを飲み込んできました。

 

 

「道幅も国際サーキット程とは言えず、ランオフエリアもあまり広くありません。ですが、イギリスモータースポーツの聖地の一つとして現在もDTMを始めとする多くのレースが開催されています。今回、私はここでイギリスのライトウェイトスポーツを、乗り倒したいと思います」

 

 まずはライトウェイトスポーツの原点。

 ケーターハム セブン

 

 

「この子はセブンの中でもスタンダードな270。1.6Lのエンジンと、古風な5速マニュアルトランスミッション搭載のモデルですね」

 

 車重はセブンにしては少し太り気味の600kg。ウインドスクリーンや鉄板のフェンダー、スペアタイヤが重たいみたいです。

 けれど、それでもパワーウエイトレシオは4.4kg/ps。WRXより少しいい程度、と聞くとやはり軽さは正義だってわかりますね。

 

 

「吼えるようなエキゾーストノートや、内蔵を置いてくるほどのパワーはありません。けど、しっかり聞こえるエキゾーストノートに合わせてギアを変える。本当にこんな動作だけで『クルマに乗ってる!』って感じますね」

 

 ですが、ケーターハムは135馬力、600kgでは妥協できなかったそうです。

 ウインドスクリーンやスペアタイヤを捨て、外装は可能な限りカーボンに。

 1.6Lのフォード、シグマエンジンは最新の2Lデュラテックエンジンに換装され、さらにスーパーチャージャーで武装します。

 その結果がこちら。

 

 

「くぁwせdrftgyふじこlp!!!!」

 

 セブン 620R。名前の由来は1トン当たり620馬力を発揮するから。

 車重は550kgまでダイエット。エンジンパワーは2倍以上の380馬力。パワーウエイトレシオは驚愕の1.4kg/ps、ブガッティ・ヴェイロンと大差ありません。

 ですが、セブンのタイヤはヴェイロンの半分以下の太さ。しかもリアホイールドライブです。

 

 

「スリックに溝を掘っただけの似非スリックタイヤでもコントロール不能なパワーです! ウィンドスクリーンなんて無く、目の前にはカーボンの、何かがあります!」

 

 マイクに風切り音しか入らないのでヘルメットをかぶることにしました。

 だいぶ快適です。

 

 

「小さなボディに過給器ドーピングをした2L。ギアはHパターンではなく、6速シーケンシャルになってます。ロックトゥロック2回転足らずのクイックなハンドルと、底まで5センチしかないアクセルではまともに走らせることすら難しいです!」

 

 お察しかと思いますが、この車は定年後の夫婦が楽しくドライブをする車ではありません。トラックデイを無双するためのリーサルウェポンなのです。

 革張りだったインパネはカーボンに変わり、トグルスイッチが大量に並びます。一般的なHパターンからシーケンシャルに変わったミッションはストレートカット。つまり、レースカーと同じです。

 

 

「こうして走らせていると、野太いエキゾーストと、ギア鳴りの音しか聞こえません。気分はレーサーです!」

 

 ホームストレートを全開で駆け抜け、下りながら曲がる第1コーナーに突っ込んで行っても飛んでいったりすることはなく、すぐにやってくるヘアピンへの突入でフルブレーキを踏むとあっという間に減速し、早く走らせろと急かしてきます。

 立ち上がりは不用意にアクセルを踏もうものならあっという間にテールが流れて壁とお友達。

 

 

「スロットルワークをミスらない限りとてもコントローラブルですね。中速コーナーもフラットに曲がりますし、アクセルを離せば即座に車の向きが変わります。姿勢を整えてから…… 一気に踏み込む!」

 

 最高の気分ですが、今日はセブンだけではありません。

 ニュルブルクリンク最速の称号を幾度となく獲得するイギリスの小さなメーカー。その名をラディカル。

 生み出される車はどれもル・マンプロトを彷彿とさせる見た目ばかりです。

 SR3もその一台。

 

 

「背後で騒々しく唸るフォード製の2Lエンジンですが、フォーカスなどに採用されるターボ仕様のエコブースト。セブンとは別物ですね。6速シーケンシャルミッションはパドルシフトで操作します」

 

 セブンに増して寝そべるような体勢を強いられるラディカルはあくまでサーキット走行をメインに考えられた車。公道はあくまでもおまけです。

 インパネにはマルチディスプレイが1つとライト類のスイッチなどなど。ハンドルにもレースカーさながら、大量のボタンが並び、気分はル・マンです。

 

 

「セブンと比べると、本当は比べるまでもないかも。空気を味方につけてる分断然乗りやすいですね。けど――」

 

 すこし刺激が足りません。

 ですがご安心を。セブンにもホットバージョンがあるように、ラディカルにもあります。ニュルブルクリンク最速の、ロードゴーイングレーサーが。

 

 

「まるでLMPマシンのような取って付けたようなキャノピー。窓はポリカーボネートで、叩くとチープな音がします」

 

 その名をRXCターボ。名前からしてヤバそうな匂いがしますね。

 車重はこの中では最も重い1.1トン。ですが、その重量の半分はミッドシップに積まれるフォード製3.5Lツインターボエンジンでしょう。パワーは460馬力。パワーウエイトレシオに直すと2.4kg/psとりっぱな数値を叩き出します。

 

 

「ちっちゃいドアと、このように低いシートポジションは決して女の子に優しくありません。それに、荷物を積むスペースも皆無で、ただ単に公道も走れるレースカーって感じが強いですね」

 

 ですが、その素性は優等生。暴力的加速は味わえますが、コーナーでドライバーを殺しにかかったりはしません。

 その理由は大量のダウンフォースを生み出すボディ。

 レースカーの技術をふんだんに盛り込み、コーナーで踏ん張り、ストレートで地面を蹴り出す力を倍増させてくれるわけです。

 

 

「エアコンも効きますし、快適性は一番です。何より、屋根がありますしね」

 

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「性格は真逆ですが、どちらもイギリスの自動車文化を代表する車たちでしたね。スタジオにはRXCターボを持ってきているわけですが、試しに乗ってみましょう。ドアを開けて…… サイドシルに腰掛けて足をねじ込んで……」

「美世、この車欲しいと思うか?」

「トランポとセットなら、考えますね」

 

 どうにかこうにか車から降りて服を少し直すと、セットの真ん中に用意された応接セットに。

 さすがに車のシートを用意することはできなかったらしく、普通のソファとローテーブルだけど。

 用意された台本を手に取ると、ここでニュースを挟んでから最後の大企画、ロードトリップだ。

 

 

「さて、ここでニュースの時間です」

「もちろん、パクるからには全力でパクリに行くのが我々のスタイル。では、最初のニュース。昔から警察に広報用の車両としてスポーツカーが入ることがあっただろ?」

「NSXとか、Zニスモとかですよね。ちっちゃい頃イベントで見かけましたね」

「けど、今年の2月、警視庁にそんなスポーツカーを差し置いて史上最強と目される覆面が導入されました。それがこちら」

「……マークX、ですよね?」

 

 ぱっと見は普通のマークX。ホワイト系で、フルエアロで。フルエアロ? 

 

 

「これ、パトカーですよね」

「覆面だけどな。このマークX、東京都が購入したわけだけど、見ての通りモデリスタフルエアロ装備。コレだけで今までの覆面と違うってのがわかるが、問題は中身だ」

「中身、ですか?」

「3.5LV6ってのは普通のマークXやクラウンと変わらんが、そこにトムスのスーチャーを突っ込んで350馬力を発揮する。高速で260km/hでもついてきた、なんて噂もあるくらいだからリミッターカットもしてあるっぽいな」

「マークXって馬鹿にできないくらい速いですよね。あの方のマークXもめっちゃ速いですし」

「ああ、スーチャーも入れてあるからこの覆面と大差ないだろうな」

 

 なにそれ、初めて聞きました。武内プロデューサー、スーパーチャージャー組んでたんですか……

 高速の合流なんか、とんでもない勢いですっ飛んでいくので一人だけちっちゃい車に乗っている身としては非常に寂しいのですが……

 

 

「首都高と中央道に11台生息しているらしい。最近はクラウンよりマークXの覆面のほうが多いらしいな」

「白黒のパトカーはクラウンがマイナーチェンジしたのに合わせてかっこよくなりましたよね」

「だな。なんというか、無理やりチープにしている感じが薄れて見栄えが良くなった」

「おっと、思ったより長々と話しちゃいましたね。次はあたしからですよ。この写真を見てください。毎年恒例のSEMAショーで公開されるロードスターのカスタムカーなんですけど」

 

 白いボディのNDロードスター。しかし、その車にあるべきフロントウィンドウは無く、メーターバイザーがかろうじて風よけになるかならないかと言った程度。

 ダブルバブル形状のリアカウルも緩やかな弧を描き、見えないはずの空気の流れをイメージさせる。

 そして――

 

 

「なぁ、なんでそのショーカーの運転席でお前が満面の笑みを浮かべてるんだ?」

「いやぁ、偶然チケットを頂いたのでこの前のオフにグローバルMX-5カップを見に行ってきたんですよ。そこにおいてあったので」

「なるほど、この前、妙に上機嫌だった理由がわかったよ。それで、何がニュースなんだ?」

「そのグローバルMX-5カップの最終戦が行われる9月に、同時開催されるマツダファンエンデュランスに参加することになりました!」

「なにそれ聞いてない」

「始めて言いましたもん。もちろん、部長からお許しは頂いてますよ」

 

 体が資本、と言うより商品ですから、危ないことはしないさせないが基本ではあります。でも、個人の余暇を有意義に使うために「コレやりたいです!」といえばスタントでもやらない限りはお許しがもらえるのがいいところですね。

 

 

「はぁ、あとで書類出せよ。サインしとくから」

「はーい、お願いしまーす!」

「さて、ニュースもこの辺にしてメイン企画行きましょう。今回、せっかくヨーロッパにいるんだから各国の道路を走りたい! というわけでヨーロッパ縦断ツアーと題してイタリアのローマから、ミラノ、アルプスをくぐってドイツのシュトットガルト、ニュルブルクを通ってオランダ、アムステルダムに向かう1800kmの旅です」

「今回選んだのは『大人のGT』。いつものスポーツカーではありません。ヨーロッパを快適に走り抜けるツーリングカーを選びます」

「もちろん、私達2人では観光なんかそっちのけでひたすら車に乗っておしゃべりすることになるのはわかりきっていますから、ストッパー役に2人のゲストをお呼びしました」

 

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 はるか昔の栄華を現代に残す街、ローマ。

 石作りの神殿と大理石の教会、レンガ作りの建物が入り乱れるのは長い歴史の波に揉まれた証でしょう。

 

 

「時刻は9時半。真夏のイタリアです。日差しは辛いですが、カラッとしてるので思ったより過ごしやすいですね。おはようございます、原田美世です。今回はヨーロッパ縦断ツアー、2000km近く走るので、それに見合った、ゆとりある車を選んできました」

 

 私が選んだのはこのイタリアで生まれた世界に名だたる跳ね馬。フェラーリのGTCルッソ。4シーターでなおかつAWD。GTを選べ、と言われて慌ててインターネットで調べたのは秘密です。

 グランツーリズモクーペを意味するGTCの名の通り、F12と同じメカニズムを搭載しながら、角を落として仕上げたのがこの車。

 

 

「日比谷プロデューサーはなんだかんだで大人しくマセラティとかにしそうですよね。ああいう羊の皮をなんちゃら、みたいな車好きそうですし」

 

 噂をすれば、観光客の喧騒に紛れて何かが近づいてきますよ。

 アレは、ベンツですね。それも、音からしてAMGですかね?

 

 

「おはよう、美世。フェラーリか…… GTC4ルッソとは、遠慮がなくなってきたな」

「そういうプロデューサーさんも、だいぶ派手なベンツじゃないですか」

「S65AMGクーペ。高級車と言ったらメルセデスだろう。偶然たまたま、V12ツインターボが載っかってるだけさ」

 

 ベンツのレンジにおいて最上位に位置するSクラス。その中で最強の一台がこのS65。(最高なのはメルセデス・マイバッハS650カブリオレだろう)最近のベンツらしく、名が排気量を表さくなっているのはこのモデルも同じで、6LV12ツインターボで2トンを超える巨体をリミッターに当たる300km/hまで引っ張る。

 

 

「うーん、マセラティとかで来ると思ってたんですけど、外しましたね。さて、2人が揃ったところで今日のゲストをお呼びしましょうか」

「今日のゲストは珍しい組み合わせかもしれないな。デア・アウローラ、と聞いてピンときたら通ですね、新田美波、速水奏の2人です!」

「こんにちは、新田美波です」

「速水奏よ。よろしくね」

「久しぶりに未成年のゲストですよ」

「大人組はダメなの多いからなぁ……」

 

 流石に先輩を悪く言うこともできない2人が苦笑いを浮かべたところで早速出発しましょう。

 最初の目的地は400km先のモデナ。お姫様2人に車のうんちくを垂れたところで何とも言えない笑みを向けられるのはわかりきったこと。途中で寄り道をして観光も楽しみたいですね。

 

 

「んじゃ、2人はどっち乗る? 好きな方選んでいいぞ」

「えっ、奏ちゃんから選んでいいよ」

「そうね。私は美世さんとフェラーリで行くわ」

「さぁさぁ、奏ちゃん荷物は後ろに。トランクもまるごと入りますよ」

 

 最近はやりのファストバックスタイルのルッソは450Lのトランクを備えます。しかも、リアシートを倒せば800Lまで増え、ゴルフバッグを縦に入れることもできそうです。

 しかし、今日は女の子2人の大きなトランクが1つずつ。きれいな箱型なら収めるのに苦労しません。

 一方、プロデューサーさんの選んだメルセデスはその一歩先を行きます。

 

 

「コイツは天下のベンツだ。アッチみたいに()()がいそいそとリアゲートを開けなくても荷物を持ったまま近づけば」

 

 カチッ、と言う音ともに電動でトランクリッドが開く。中は正直広くないが、旅行カバンを押し込むくらいなら何とかなる容量は確保されているから問題ない。

 VDAの数値だけならルッソと変わらないが、クーペボディだから使い勝手は正直悪い。

 

 

「スポーツカーって、やっぱり荷物はあんまり積めないんですね」

「まぁ、そういうもんだ。2人分は収まるから本当に"そういう"客向けなんだよな」

 

 それぞれが車に乗り込むとエンジンをスタート。同じV12エンジンを積む2台ですが、サウンド対決はフェラーリに軍配が上がったようです。

 クランキングからの大きな一発、快音を発するとおとなしいアイドリング。ちょっとアクセルに足を置いてみると一瞬タコメーターの針を跳ね上げます。

 

 

「うーん、流石フェラーリ、いい音ですねぇ……」

「美世さん、ハンドルにボタンか色々付いてるけど、わかるの?」

「ええ、ちゃんと説明を受けてきましたからね。赤いのはエンジンスタートスイッチ。その隣にライトのスイッチがあって、矢印がついてるのはウインカー。右下のダイヤルはドライビングモードの切り替えスイッチですね」

「やっぱり私は隣に乗ってるのがいいわ……」

 

 お姫様にはフェラーリは不評なようですが、メルセデスはどうでしょうか?

 

 

「流石だな。エンジンがかかっても向こうみたいに騒々しくない」

「騒々しいって…… プロデューサーさんもああいう車が好きなんじゃないですか?」

「そりゃな。けど隣に女の子を乗せるならほどほどがいいさ。女の子より車が主張しちゃダメだ」

 

 お喋りができるほど余裕です。エンジンは振動もなく、車内はこれでもかというほどの静寂。

 シートベルトを締めるとアイコンタクトで出発です。

 最新のDCTは昔のような発進、微速域のギクシャク感もなく、トルコンもかくやといったスムーズさで走らせます。

 市街地に入れば日本とは大きく違う西洋の街並みに目を奪われます。もっとも、ドライバー2人は楽しみたくてもそんな余裕はありませんが。

 

 

「すごい、絵本みたいですね」

「イタリアって海沿いの街のイメージばかりだったが、こういうトコもいいもんだな」

 

 メルセデスの美波はゴキゲン。見える景色を全て見てやろう、と思っているのかいないのか。ずっと感嘆の声を漏らし続けているようです。

 私も私で少しは緊張もほぐれて周囲に目を配る余裕が出てきました。

 

 

「美波は海外旅行の経験はあるのか?」

「パパの仕事柄海外に行くこともあったので、そのときに家族で一緒に行ったことが何度かありましたね。でも、海沿いの街ばかりだったので、ローマも中心部は初めてです」

「ほう、なら今回は新鮮な旅になりそうだな」

「はい、お話を聞いたときから楽しみにしてましたから」

 

 美波ちゃんがプロデューサーとの話に花を咲かせる一方、あたし達の方は気まずい沈黙が車内に流れていました。

 実は、奏ちゃんとお仕事をするのは初めてなのです。それに、普段お世話になるプロデューサーもあたしは日比谷プロデューサーがマネジメントなども含めて担当してくれますが、奏ちゃんは別の方。もちろん、事務所で会えば挨拶くらいはしますが、接点が少ないのです……

 

 

「えーっと、奏ちゃんとお仕事で一緒になるのは初めてですよね」

「そうね。こうして特別な回にご一緒できて嬉しいわ」

「…………」

「…………」

 

 会話終了。一応年上として気の利いた話でも振れればいいところですが、残念ながらこの時のあたしはそんな気を利かせるほどの余裕はありませんでした。

 

 

「そ、そうだ、何か音楽でもかけましょうか。奏ちゃん、Bluetoothで繋いでもらえますか?」

 

 幸いにも今回借りたルッソにはオプションのCarPlay対応ナビが付いていたのでナビとスマホを繋いでみることにしました。

 奏ちゃんは初めて触るはずの機械にもかかわらず(それに言語はまさかのイタリア語です)スムーズに接続を済ませると適当なプレイリストを選んで再生を始めました。

 

 

「美世さんはこういう曲が好みなのね」

「少しオジサン臭いですけどね。フュージョンとかユーロビートとか、どうしても昔見てたF1だったりアニメだったりの影響で」

「さっきから車の話をしたくてウズウズしてるように見えるし、本当に車が好きなのね」

「はい、もちろん!あっ」

「ふふっ、遠慮しなくていいのよ。そういう番組でしょ?」

 

 年下の子に気を使わせてしまいましたが、なら遠慮なく行きましょう。ちょうど市街地からハイウェイに入りますし、あの番組によくあるトークバトルの時間です。

 

 

「美世、聞こえるか?」

「ええ、バッチリですよ」

「おや、意外だな。跳ね馬の心臓はやかましいものかと思ってたが」

「最近の子は躾がなってるので」

 

 いうほど乗ったことないだろ、と言うツッコミはナシにして高速に入ると今回の車たちは本領発揮。水を得た魚です。

 大排気量エンジンのパワーを活かして一気にスピードを上げるとフィレンツェまで2,3時間のクルージング。

 

 

「美世、前を走ってくれ」

「いいですけど、どうしました? フェラーリの音が聞きたいですか?」

 

 ここで私は美世を先行させることに。

 理由は簡単。楽をするためです。

 

 

「見てろよ、これがメルセデスのインテリジェントドライブだ」

 

 美世もクルコンは使っているでしょうが、メルセデスはその先までサポートしてくれる車。

 自動運転、とまでは言わずとも、ドライバーが安全確認だけしてればほぼ車が勝手に走ってくれます。

 

 

「これはこれは。すごいな」

「CMでやってる自動運転ですか?」

「まぁ、完全に自動ではないけどな。俺はハンドルに手を添えてるだけだ」

 

 短中長距離の3つのレーダーとステレオカメラによって前方を監視、前方の車両に合わせて緩やかなコーナーもクリアしていきます。流石にワインディングでは使えませんが、秋頃に登場すると噂される新型では市街地にも対応するとかなんとか……

 

 

「普段は車に乗ったりするのか?」

「そうですね…… 時々パパに『たまには車に乗らないと』って言って無理やりドライブに連れてかれたりします。まだ車庫入れは苦手ですね」

「ははっ、それは本当に練習と慣れだからな。車は何に乗ってるんだ?」

「エクストレイルです。マニュアルの」

「マニュアル? そりゃ、車庫入れもつらいな」

 

 美波ちゃんが男前な車に車に乗っているのが明らかになった頃、フェラーリの車内では奏ちゃんが上機嫌に歌ってくれていました。

 ――ましゅまろ☆キッスを

 

 

「きゃっ、言っちゃった☆」

 

 奏ちゃんの前には私が李衣菜ちゃんのトワスカを歌ったり、車内はカラオケボックス状態です。

 こうなったのはお仕事の話をしていたとき、こんな流れがあったから……

 

 

「そういえば、美世さんって今年の夏、フェスにいなかったわよね?」

「ええ、雑誌の取材で鹿児島行って車乗ったりしてましたから。それがどうかしましたか?」

「美世さんの本業、アイドルよね? もちろん、仕事を選ぶのは美世さんで、ファンもついてきてくれてるからとやかく言うつもりはないけれど、最近、いつ歌った?」

「あっ……」

 

 彼女の言うとおり、ここ最近の私はこっち()のお仕事が充実しすぎて本業であるはずのアイドルらしいお仕事を受ける機会も減っていました。

 最後に人前で歌ったのは……

 

 

「友紀ちゃんやケイトちゃんとカラオケ行ったとき、ですかね……」

「はぁ……」

「れ、レッスンは出てますよ! ――できる限りは」

「歌いましょう」

「えっ?」

「日比谷プロデューサーから預かったiPodがあるわ。346のアイドルの全曲が入ってるの。これをシャッフルして順番に歌う。どう?」

「い、いいですよ、やりましょ! 私だってアイドルですから! 自動車ジャーナリストは副業ですから!」

 

 そして始まったカラオケ大会。審査員はいませんが、やけっぱちに近いノリからだんだんと本気になってきて、3曲目をそれぞれが終えたところでその目が本気になっていました。

 そうです、この番組、車番組であると同時に『アイドルバラエティ』じゃないですか!

 そして巡ってくる私のターン。このクラップから始まるイントロは、まさか!

 

 

「あら、私の曲ね」

「が、頑張ります」

 

 奏ちゃんのソロ曲、『Hotel Moonside』

 アイドルソングらしからぬエレクトロ系な曲で、奏ちゃんのクールで大人っぽい雰囲気が上手くマッチしています。

 問題はその雰囲気を壊さずにモノにできるか。初めてのステージで『お願い! シンデレラ』を歌ったときにトレーナーさんに言われたのは、「他の奴らと同じように歌う必要はない。自分たちらしくやればいい」と言うこと。

 その曲が誰の物であっても、歌う瞬間は私のモノです。

 

 

「ねぇ、見て――」

 

 最後に軽く指先を口に当てて離すのも忘れずに歌いきると奏ちゃんがスマホをコッチに向けていました。

 え、と、撮ってました? いまの。

 

 

「ふふっ。後でLiPPSラインで拡散しておこっ」

「やややや、辞めてくださいよっ! いまのVも使っちゃ駄目ですから! 絶対ですよ!」

「もう手遅れみたい」

 

 その結果、この通り本編に使われてしまったわけですが。プロデューサーさんは「持ち歌シャッフルライブも面白そうだな。真剣に武内さんと相談してみるか……」とたまに見せる真面目なプロデューサーモードで言ってたりもして。

 秋の定期ライブは期待してもいいんじゃないですか……?

 

 

「大成功だな。聞いてたか?」

「美世さんの歌、ちゃんと聞いたの初めてです。やっぱり上手ですね」

「最近アイドルらしい仕事させてやれなかったからな」

 

 奏が気を利かせて無線をつけっぱなしにしていたおかげで、こっちでも美世の歌声は聞こえていました。

 美世のマネジメントも行う俺としても、最近の美世の仕事がジャーナリストじみて来たことに思うところが無かったわけではありません。

 この特番が放送される頃に発表されるであろう、346プロダクション、オータムライブにはもちろんアイドルとして歌って踊ってほしい。その前フリと言うわけではありませんが、美世としても"アイドル"である自分を改めて思い起こすきっかけにでもなれば、と思ったのは事実でした。

 

 

「プロデューサーさんは車乗ってるときに歌ったりすることありますか?」

「時々やるなぁ。やっぱり車って一人の空間、って感じがあるから、そういうとこ緩むっていうか……」

「わかります、ちっちゃい頃に家族で出かけた時とか、車で歌うとママが褒めてくれたり」

「ああ、あったなぁ」

 

 小さい頃の記憶に思いを馳せつつ、モデナの130km手前、フィレンツェの街へ。

 ルネサンス文化の中心地、世界遺産にも登録された美しい街並みを遠目に眺めます。というのも、市街地は車の乗り入れ規制があって入れないから。

 

 

「綺麗……」

「凄いですね。オレンジ色の街ですよ」

 

 丘の中腹を走る道路から街を見下ろすと、そのまま市街地に近づきます。

 もちろん、中には入れませんから駐車場に車を止めて足での散策。美術館に入らずとも、屋根のない博物館とも称される街は至るところに華やかな文化の一端を感じさせてくれます。

 

 

「教科書でしか見たことなかったけれど、実際に見るとなんというか、言葉に詰まるわね」

「路地の一本一本も可愛くて、なんだか映画のワンシーンみたいですよね」

 

 昼食を済ませると駆け足気味に美術館と教会を巡り、日が傾いてきた頃に今日の目的地、モデナに出発です。

 向かうのはもちろんフェラーリのお膝元、マラネッロ。

 フィレンツェから2時間ほど走ればそこはフェラーリの街。通りの名前もアスカリやビルヌーブなど、フェラーリゆかりの人物の名前がつけられるほど。

 そんな街でミハイル·シューマッハが愛したお店、リストランテモンタナでディナーを頂くことになりました。

 

 

「シューマッハ御用達の店でディナーとはな」

「壁にスーツがかけてありますよ!」

 

 少しお行儀の悪い美世はさておき、名物おばさんの出してくれるメニューはどれも絶品。

 お堅い雰囲気の店でもないのでシューマッハやアレジのみならず、多くのスターが愛したイタリアの家庭の味が楽しめます。本当ならさらにワインも頂きたいところですがドライバーは飲めません。助手席のお姫様も飲めないけれど。

 

 

「いやぁ、たまらんなアレは」

「もう満足です。このまま帰ってもいいくらい」

 

 ディナーも済ませてホテルに。つい癖で胸元に手をやってネクタイのないことに気がついてからラフな格好に着替え、ラウンジでやっと一杯。慣れない海外の道路でしたが、それ以上に運転が楽しく、美しい景色や文化に触れられた1日でした。

 

 

「オタク旅だが、2人は楽しんでるか?」

「もちろんです。綺麗な街に美味しい料理も。車の事はよくわかりませんけど、すごく快適でした」

「私も楽しかったわ。情熱の国の一端に触れられたし、F1ドライバー御用達の食事も良かったわ」

「それは良かったです。明日からはもっとオタクっぽくなるので2人は退屈かもしれませんね」

「そうなりすぎないように私達がいるんでしょ?」

 

 奏ちゃんに釘を刺された我々が苦い顔をしたところで1日目は終わりです。

 視聴者の皆さんの期待するサービスショットもなしに2日目の幕開けはムゼオ フェラーリに展示される歴代のフォーミュラマシンの前から始まります。

 

 

「おはようございます。頑張ってテンション下げてるのわかります?」

「全力で笑顔こらえてるもんな。そんなに嬉しいか?」

「もちろん!」

 

 歴代のF1マシンに囲まれ、破顔気味のあたしといつもより2割位テンション上がって見える日比谷プロデューサー。そして、隣ではお姫様方が呆れ半分、興味半分に見ているようです。

 

 

「さて、カメラ回したまま長居できない事情もあるからパパっと終わらせよう。後ろにズラッと並んでるのは歴代のフェラーリフォーミュラ達なわけだが、自分の生まれ年のマシンとか見つけたか?」

「とは言ってもあたしたちはあんまり歳が離れてないので似てますね。プロデューサーさんは何年生まれでしたっけ?」

 

 10気筒世代の彼女たちの前に俺は黙秘権を行使。自分で振っておいてなんだ、と目線での抗議を受け流してロードカーのフロアへ向かいます。

 

 

「奏ちゃん、フェラーリと言えば何色ですか?」

「それはもちろん、赤じゃないかしら?」

「そうですよね。では美波ちゃん、コーポレートカラーは何色だと思いますか?」

「コーポレートカラー、ですか? それも赤、なんじゃないですか?」

 

 展示されるロードカーはもちろん赤が多いような気もしますが、フェラーリのコーポレートカラーは黄色。

 モデナ県の旗に由来すると言われています。

 そんなフェラーリはカタログカラーか20色近い上に、カタログに乗らない時価で値段が変わる色もあるとか。

 しかし、奏ちゃんの言うように『フェラーリ=赤』の図式は世界中で浸透しているようで、世界のフェラーリの過半数が赤いなんて噂もあるほど。フェラーリもそれをわかっていて、新車発表会では黄色と赤の車が並ぶことが多いようです。

 名残惜しいですが、往年の名車たちと別れを告げ、最新のGTCに乗り込み、次はドイツ入りです。

 

 

「さて、次は長いぞ。ここから700km、7時間くらいだな」

「アルプス山脈をトンネルで抜けますよ」

「7時間、気が遠くなりそうね」

 

 それぞれ車に乗るとエンジンスタート。今日は試しにナビを使ってみることにしました。

 ですが、美世のフェラーリがイタリア語の設定であったように、ベンツのナビはドイツ語です。

 

 

「美波、ドイツ語わかるか?」

「いえ、全然……」

「俺もだ。だが、こいつをなんとかしないとシュトゥットガルトまでたどり着けん」

 

 残念なことに、SクラスはCarplayに未対応。スマホからナビを操作できないのでドイツ語と格闘です。

 

 

「なぁ、番組的にはわけのわからんところに目的地を設定されるのが面白いんだろうけど」

「それは言っちゃ……」

「流石に7時間の旅だ、無駄足は踏みたくない」

「それもそうですけど」

「つまりだ、こいつをわかる言語に設定して、そこから確実に目的地設定をした方が堅実だと思わないか?」

「うーん、どうなんでしょう?」

 

 美波がエンターテイナーとしての苦悩をしている隣で、俺はナビの言語設定を変えるべく模索します。

 全くわからん、とは言いましたが大学を出た身、多少かじりはしました。名詞の性だの格変化だので諦めましたが。

 

 

「えーと、menuは英語と同じだな。さて、Setting、みたいなのは……」

 運転しながら流石に文字を読むのは危険極まりないので、すかさず美波のフォローが入ります。

 

 

「こ、コンフィギュレーション(konfigration)?これじゃないですか?」

「でかした、開いてみ」

「オーディオ、ナビゲーション、違いますね……」

 

 意外にも英語っぽい単語が並び、多少の安心感もありまが、時折ドイツ語らしいわけの分からない長い語もあり不安を誘います。

 一応、看板に従い高速道路を走ってはいますが、美世の方はどうなってるのか気になったので聞いてみました。

 

 

「なぁ、美世。シュトゥットガルトまでの道わかるか?」

「はい、ナビの設定したので。まさかわかんないとか言います?」

「奏はイタリア語もわかるのか、凄いな……」

「誤魔化されませんよ。こっちは奏ちゃんがスマホで設定してくれたので。まさか、ベンツはスマホとの連携もできないんですか?」

「Carplay未対応だからな……」

 

 美世の勝ち誇ったような笑いを無線を切ることでシャットアウト。

 コンシェルジュサービスも利用できない(アメリカではあるのに、なぜヨーロッパでないのだ!?)今、美波がついにバッグからスマホを取り出した。

 

 

「奥の手、使っちゃいますか?」

「だな。美世の癪な笑いも聞きたくない」

 

 そして無事に言語設定を英語に変えるとシュトゥットガルトまでのルートを設定。ここから一気に追い上げることにしましょう。

 世界で3番目に長いトンネルをあっという間に抜けるとスイスとの国境。スイス国内もあっという間に通過して、料金所を通過。国境越えの感覚は薄めです。これもEUの特徴といえばそうなのでしょう。四方を海に囲まれた国に生きる人間としてはとても新鮮です。

 

 

「あんまり国境越え、って感じがしませんね」

「だよなぁ。普通に通行料払ったらドイツだし。でも、ここからは速度制限が上がるぞ。楽しみだ」

「安全運転でお願いしますね」

 

 ええ、もちろん。

 ですが、車バカ二人、一度は走ってみたかった道でテンションは上がりまくりです。

 

 

「奏ちゃん、ドイツですよドイツ! アウトバーンです!」

「ええ、わかってるから。ほら、まだ130km/h制限よ」

「ぶーぶー!」

 

 ブーイングしたところで速度制限は無くならないので大人しく"右側"の走行車線をのんびり走ります。

 日本と通行区分が反対なので、追い越し車線は左側。走行車線は右側になりますね。そして、いかにもドイツ的なルールは「走行車線での追い越し禁止」が徹底していること。

 もちろん、3車線ある走行車線の速度差が激しすぎて危ないから、というのが大きな理由でしょう。一番左の追い越し車線は速度制限がない区間ではオーバー200km/hがザラ。それでも煽られかねません。

 以前お仕事でドイツに来たときに、レンタカーの3シリーズで空港までの帰り道、160km/hほどでトラックを追い抜くと、後ろから来た車にパッシングされましたからね。

 喋っていると白地に黒斜線の標識。規制解除です。ミラーで後ろを見てからパドルを引いてギアを下げると、ウインカーとともに追い越し車線に飛び出しました。

 後ろのプロデューサーさんもついてきているようです。

 

 

「ちょっ、なにこれ……!」

「こんな加速は初めてですか?」

「当たり前でしょう? えっ、200km/h超えてる!?」

 

 フェラーリで阿鼻叫喚の地獄絵図が展開される一方、ベンツは至って快適。それは助手席のお姫様が気が付かないほどに自然に、無理なく速度が上がっているから。

 美世のように暴力的に加速するのもいいけれど、今回は隣に人もいるし、安全運転でないと。

 カメラで前方の道路状況を拾って最適化されるサスペンションは比較的きれいな舗装も相まって極めてフラットな走りを提供してくれるし、余裕のあるエンジンはぶん回さなくても200km/hクルージングを余裕でこなしてくれる。

 

 

「アウトバーンって速度制限がないんですよね?」

「ああ、今走ってるのも無制限区間だな」

「道も広いし、カーブも無くて。トラックがちょっと多いですけど……」

「そうだな。けど、本当に走りやすいぞ。今もずっと追い越し車線を230km/hでまったりだ」

 

 300km/hでリミッターにぶち当たるが、コレもAMGドライバーズパッケージのおかげ。これがないと250km/hリミッターと、そこらのベンツと同じになってしまう。

 パワーに余裕があることの重要さを改めて感じさせる瞬間だ。だって、230km/hでひたすら走り続ける経験なんて日本じゃできないぞ? それに、ここから更に加速しようと思えばしっかりついてくる。

 それに、軽自動車で高速を乗っているときのような不快感や精神的疲れが少ない。200km/hを超えるとレーンキープアシストなどの運転支援が使えなくなるが、それを不便と感じさせないほどに人間に余裕ができる。

 そんな余裕をぶち壊すように美世から無線が入ってきました。

 

 

「プロデューサーさん、最高速アタック、しません? ナビだとこの先長い直線がありそうなんですよ。前方もクリアですし」

「断る。危ないし、ただでさえ高い速度で走ってんだ。我慢しろ」

「はぁい……」

 

 そう美世に返した直後、バックミラーに車の影がちらりと見えました。真後ろ、追い越し車線です。

 隣の走行車線に移ろうにもタイミングが合いません。こうなったら追いつかれないペースまで上げるしかなく、美世にパッシングしてから追いつかれそうなことを告げるとよろこんでスピードを上げ始めました。悲鳴も聞こえたけれど。

 スピードメーターの針が右を向く貴重な経験をしていると追いついてきた車が車間を取りつつも後ろにつけました。どうやらアウディのR8のようです。

 

 

「美世、後ろにR8だ。俺たちを煽る気はないらしいが、譲ろうにも避けようがないしなぁ」

「ペースならまだ全然上げられますよ!」

 

 巡航速度が260km/hを超え、景色は流れるというよりも飛び去っていきます。

 ですが、それでもなおハンドルはブレず、目線を遥か遠くにおいておけばそこまであっという間に連れて行かれそうです。

 

 

「んー、あまりペース上げすぎても危ないし、さっさと避けるか」

「それがいいと思います。慣れないところで無理しても」

「だよな」

 

 というわけでさっさとウインカーをだし、隙間を見つけけて入り込むことに成功。速度差は100km/hほど。

 鮮やかな青いボディのR8がかっ飛んで行くのを見届けるとちらりとミラーで後ろを確認してから再び追い越し車線に。アクセルを底まで踏み込んでV12の咆哮を響かせれば速度はあっという間に250km/hを超えました。

 

 

「あっという間すぎて看板の文字が読めなかったわ」

「ナビが使えて良かったですね」

「無かったら間違いなく通り過ぎてたな。まぁ、あっても通り過ぎるアホはいるが」

 

 今日の目的地であるシュトゥットガルトのスコシタカイホテル、そのテラスで美波と夕食のコース料理を頂きながら出口を300km/hで降り逃したスピード狂をバカにしていると、食後酒の甘い貴腐ワインが出てきた頃にようやくご到着。

 ドアが開くやいなや早速奏の罵倒が聞こえてきました。

 

 

「本当に呆れた。美世さんも大人ならそれなりの慎みも持ってほしいものね」

「はい、返す言葉もございません」

「楽しいのはわかるけれど、これも仕事で、なおかつ私はあなたに命を預けてるの。スピードメーターが300を超えて死ぬかと思ったわ」

 

 美世のフェラーリにはオプションのパッセンジャーエンターテイメントシステム、つまるところのちっちゃいモニターが付いていて、それにタコメーターやらなにやら色々表示させられるので、それが仇になった様子。

 ふんわりアクセルとふんわりブレーキで速度感を狂わせるのが女の子を乗せてかっ飛ばすコツだ。それを理解してないとな。

 

 

「お待たせしました……」

「遅かったな。もうディナーは終わってるぞ」

「まさか、次の出口があんなに遠いなんて思わなかったんですよぉ!」

「次の次まで行けば遠いわよね」

 

 奏ちゃんの言葉が突き刺さります。プロデューサーさんにも散々からかわれ、少し自棄になって美味しいワインも味わわずに一気に煽ると、早めに寝ることにしました。だって、明日はシュトットガルトもそうですが、ニュルブルクの街に行けるんですから。

 翌日の天気はあいにくのくもり空。旅も折り返しですが、あたしと奏ちゃんの間には今日の天気のような暗雲がたちこめていました。

 

 

「奏ちゃん、今日は迷わないし無理な運転もしないから……」

「絶対ウソ。予定じゃ今日はサーキットを走るんでしょ? もうどうなるか目に見えるじゃない」

「なら、私と交代しましょ? いいですよね、プロデューサーさん」

「ちょうど半分だし、美波と奏がいいならな」

「ありがと、美波」

 

 というわけで選手交代。あたしの隣には美波が乗ることになりました。

 自動車文化始まりの地でもあるシュトットガルトにはポルシェとベンツの博物館がありますが、今回はおあずけ。ポルシェオーナーはハンカチを噛んでいることでしょう。

 

 

「あぁぁぁ!!! ポルシェミュージアム行きたかったぁぁぁぁああ!!!!」

「こっちもこっちでめんどくさい……」

 

 と、プロデューサーさんが年甲斐もなく叫んだところで車は再びアウトバーンを疾走します。ナビでは4時間と出てますが、このペースなら3時間ほどで着きそうです。

 お昼はニュルブルクの街で美味しいものを食べたいですねぇ……

 

 

「そうだ、美世さん。1日目にやってたアレ、やりましょうよ!」

「アレって…… 曲をかわりばんこで歌う……」

「そうです。奏ちゃんも楽しそうだったし、お願いします!」

「いいですよ。たまにはアイドルらしいことをしないと……」

 

 盛大にフラグを立てたところでカラオケ大会第2弾が始まりました。今回は美波ちゃんのNever say Neverから始まり、あんずのうた、M@GIC、みんなのきもち、Bright Blueと続いて今回もまたフラグを盛大に回収しに行きました。

 そう、また隣の子の持ち歌を引いてしまったのです。正しくはユニットの、ですが。

 

 

「あっ」

「ふふっ、私アーニャちゃんパートやりますね!」

「ええっ!」

 

 なんやかんやで曲は止まること無く、歌い出しで軽く引っかかったもののなんとか繋いでいきます。

 ハモリは知らないのでそれっぽくごまかしつつ、なんとか歌いきったところで美波ちゃんが曲を止めました。

 

 

「また、やっちまった……」

「そんなことないですよ! 奏ちゃんの言ってたとおり、やっぱりお上手ですね」

「それでも、やっぱり他人の持ち歌を歌うのは気が引けるっていうか、ねぇ」

 

 向こうは向こうで楽しそうにやっている間、こちらのベンツでは奏が『大人』についての質問をひたすら投げかけていました。

 

 

「やっぱり、私には何か足りないのよ。この前、川島さんや高垣さんと一緒にお仕事させてもらったときに思ったの」

「ほう。ビリヤードで激戦繰り広げてたアレか」

「……それは言わないで。ふたりとも、"大人の魅力"を持ってると言われるし、実際にそう思うけれど、それが何なのかははっきりとはわからないの」

「そりゃ、"大人の魅力"ってのが高校生にわかるようじゃ、それは大人じゃないと俺は思うがね」

 

 奏の売りは歳不相応のアダルティな雰囲気。それは彼女のキャラクターとしてピックアップされているけれど、中身は思春期の女の子。飄々としているが悩むこともあるとは思う。

 それをどうこうできるのはまぁ、同じように思春期を過ごしてきた大人の女性達だろうけど。逆に、俺ら男は消防の頃に遊んで、厨房でも遊んで、工房でも遊んで、大学でも遊んでいるような生き物だ。もちろん、個人差はあるが。

 だから女の子の悩み、女性の悩みはわからない。適当なことを言って何か言われるのも嫌だしな。だからこういうときはそれっぽく誤魔化すか、今みたくきっちりと男を見せつけるかだ。何度となく失敗してフラれて学んできた。

 

 

「人は生きる時間に比例して経験を積むんだ。それに合わせて変わっていくし、磨かれていく。その磨かれた輝きってのが"魅力"なんじゃないか? もちろん、磨きすぎてすり減っちゃなんの意味もないが」

「ふうん、やっぱりそういうものなのかしら……」

「アイドルを『ダイヤの原石』だ、なんていうが、人は誰しも宝石だろ。その磨き方次第で輝き方が変わるってだけさ。だけど、宝石は分かる人にしかその価値は見いだせない。その目を養うのもまた経験だろうしな」

 

 少なくとも、俺のあまり長くはないキャリアの中で多くのアイドル、そしてアイドルの卵、それから彼女()らを輝かせようと、働く自分たちも輝いている人々と出会ってきた。

 人にはそれぞれの強みがあるなんてよく言うが、それは輝き方だ。うまく研磨してカットが決まれば素晴らしい輝きを放つ宝石になる。俺達はそういった原石を幾つかピックアップして磨き上げる仕事だ。その中で俺もまた磨かれていると思っている。

 ダイヤモンドを磨くにはダイヤモンドを混ぜたサンドペーパーじゃないとうまくいかないようなものだろ。

 

 

「少なくとも、俺が出会ってきた女性の中で奏は十二分に魅力的さ」

「なにそれ、口説いてるの?」

「まさか、留美に殺されちまうよ。でも、お前も、みんなも、うまく磨くのが俺らプロデューサーの仕事だと思ってるよ」

「たまにはいいこと言うのね」

「大人だからな」

 

 人の経験は巡り廻る。俺は親父の背中を見て学び、親父は親父の親父、爺ちゃんの背中をみて学んでたはずだ。だから俺の背中を見て学ぶ子がいてもいいじゃないか。だから大人は胸を張って、背中を広く、前を向いてるのが一番かっこいい。それが持論だ。

 なんてスカした事を言う柄でもないので手短に。

 奏とおしゃべりをしながらも車はあっという間に車はコブレンツを抜けて残りは1時間と言ったところ。互いに給油も済ませてニュルまでもうひと踏ん張りです。

 

 

「美波ちゃんはプロデューサー達のことどう思ってますか?」

「プロデューサーさんですか? そうですね……」

 

 プロデューサーが奏ちゃんのファンからの嫉妬を一手に引き受けたところでこっちは車好きな2人のプロデューサーの話。私達を仕事面だけじゃなく、色んな所でサポートしてくれる2人ですから、直接は言えませんがもちろん感謝しています。

 

 

「私達を支えてくれる人ですから、もちろん感謝してます。でも、武内プロデューサーはもう少し、笑ってほしいですね。初めてあったときよりずっと笑ってくれてますけど」

「悪い人じゃないんだけど、やっぱり第一印象が……」

「あとはやっぱり、無理しないでほしいかな、って。コレは2人ともですよ? 前に武内プロデューサーの手帳を見ちゃったことがあるんですけど、真っ黒だったんです。1週間が1ページの手帳で」

「日比谷プロデューサーは全部スマホで見てるけど、スケジュールびっちり埋まってたね。やっぱり」

「私達がオフでも他の子の仕事についていってたりするじゃないですか。だからオーバーワークじゃないか心配ですね」

 

 武内プロデューサー、アイドルから心配されてますよー! 日比谷プロデューサーは結構遊んでるの知ってるんで大丈夫ですよね!

 確かに、346プロは所属人数の割にプロデューサーの肩書は2人。アシスタントと言いつつ、実質プロデューサーとほぼ同じちひろさんを入れても3人でしかありません。時々、今西部長が現場まで迎えに来てくださったりして驚くこともありますが、年に1回あるかと言った程度ですし、たしかにどうやって休んでるんでしょう?

 

 

「武内プロデューサーは仕事の連絡とかどうしてる? やっぱりLINEとか?」

「そうですね、最近はLINEも増えてきました。前は全部メールだったんですけど、莉嘉ちゃん達が頑張ったので」

「あぁ、困った顔してアイドルを友達登録する姿が目に浮かぶなぁ……」

「本当にそうでしたよ。プロデューサーさんのスマホをみんなで回して友達登録して。その間ずっと首に手を当てて」

 

 武内プロデューサーは困ったときの仕草が本当にわかりやすいですからね。ちなみに、日比谷プロデューサーはたいていLINEで、重要なことはメールです。そして本当に忘れてほしくないときはメール2通にLINEで追い打ちしてきます。確かにほうれんそうは大事ですけど……

 

 

「おっと、そろそろ出口かな」

「まだ5キロくらいありますけど……」

「美波ちゃんにまで罵倒されたら心折れちゃう」

「あ、はい……」

 

 同じ失敗はしません。

 今度は事前にしっかりと速度を落として右の走行車線へ。『Ausfahrt』の標識は出口を表しています。

 日本のインターチェンジと比べてコンパクトでシンプルな分、しっかりと減速してぐるっと回るとそのまま一般道。料金所が無いのでインターチェンジがコンパクトになり、それが建設費の削減にもつながっているそうです。

 ここから更に30分ほど走れば今日の目的地、ニュルブルク。その道中は美しくもあり、退屈でした。

 ドイツは日本と同じ程度の広さの国ですが、人口は2/3。人々は国土に点在する街に集中して住んでいるため、その街と街の間は畑か山。ほとんど人は住んでいません。なので日本の風景とは大きく違った景色が楽しめるのですが、正直見慣れてきて飽きが来てるのも否めません。

 

 

「美波ちゃんは車に乗ったりしないの?」

「パパの車を借りて乗ったりしますね。マニュアルのエクストレイルって言ったらプロデューサーさん驚いてました」

「私もびっくりしてますよ。美波ちゃんはマニュアルの免許は取ってるな、とは思ってたけど」

「乗り物に関係する資格はいっぱいあるので面白いですよね。流石に整備士は取れませんけど、免許証の欄を全部埋めたいですね」

「原付は取ったの?」

「いえ、車を取ればついてく…… あっ」

「やっちゃったねぇ」

 

 フルビット免許、と呼ばれる免許証の欄をすべて埋めるには、原付、小特、、普自二、大自二、普通、準中型、中型、大型、大特、けん引、普二、中二、大二、けん引二。

 全部で15種類を下から順番に取るしかありません。しかも、一部の免許は試験場での一発のみと結構ハードルは高く、かかる費用も馬鹿になりません。

 

 

「この際、大型取って、バイク取って、けん引取って、あとは二種免許を回収する横棒だけの免許にするしかないね」

「はぁ、ちょっと残念です。美世さんは車以外の免許は持ってるんですか?」

「あとはバイクも乗れるよ。次はトラックの免許取りたいんだけど、時間がねぇ」

 

 大型が取りたいのはひとえに自分で積載車を運転できればできることが増えるから。総重量5トンまで、なんていうふざけた改正のおかげでトラックが使えなくて困るんです。

 プロデューサーたちの世代は8トンまで乗れるので積載車も乗れますし、ユニック車も乗れるので羨ましいです。

 教習所の費用は上がる一方なのに、乗れる車はどんどん少なくなって。不条理だ!

 

 

「ねぇ、留美さんと休日を過ごす時って、どうしてるの?」

「んー、家でゴロゴロしてたり、ドライブ行ったり? 少なくとも、お前が期待してるような"大人っぽいデート"なんてしてねぇよ」

「それにしてはプロデューサーさんは女の子の扱いに慣れてない? 気がついたら荷物が車に載ってたり、お会計が済んでたり」

「男は何歳になってもカッコつけたい生き物なんだよ」

 

 俺はニュルを目前に、奏に男とはガキである、と説いていました。

 

 

「車なんて男からすりゃ最高のおもちゃだ。もちろん、いい車ならそれを自慢したい。隣にカワイイ娘を乗せてりゃなおいい。そうやって見栄とか、自己満足感ってのかな。そういうのを満たしていくのさ」

「その点、プロデューサーさんは優良物件ってわけね」

「おう、ポルシェに美人な彼女。最高だろ」

「実態は彼女の家に住むヒモ男だけど」

「やめろ」

 

 奏の棘のある言葉がクリティカルヒット。

 ええ、たしかに今は留美の家に住んでます。フラ○デーされましたが、ネタとしては使い古されていたのか、ネットニュースに小さく乗るだけ。そのコメントもまた「日比谷Pなら仕方ない」とか。ファンに愛されるプロデューサーで嬉しいです。

 留美のファンも、彼女を偶像(アイドル)視するよりも、俺らでプロデュース。るーみんを大舞台へ! といった感じで盛り上がっていて、その先頭に俺がいるらしい。

 留美のデビューとほぼ同時に堂々と交際宣言したのが効いたっぽい。

 アイドルに恋愛はご法度、なんてのももう古い考え方なのかもしれないな。

 

 

「そろそろっぽいが、どこから入るんだ……?」

 

 やっとついたグリーンヘル。ニュルブルクリンク。

 予定よりもだいぶ早く着いてしまったので奏を隣に乗せたまま下見がてらに自費で一周してみることに。

 マニアの間では有名な話ですが、ニュルブルクリンクは法的には一般道。料金を払ってICカードを買うと、ゲートでそれをかざして最後の長いストレートの真ん中あたりから入ります。

 

 

「まぁ、まずはゆっくり1周だからそんなに緊張するな。俺だって加減は心得てるさ」

 

 なんせ、プロのレーサーでも1000周は走り込まないと攻められないコースですから、ゲームで遊んだだけの俺が乗り始めて数日の車でかっ飛ばすなんて真似できません。

 ストレートの速度制限区間を抜けるとグランプリコースとの接続部を右へ。ゲームで言うスタートラインを超えます。

 広さは3車線弱、少し広い2車線道路と同じくらいなイメージ。キープライトであまりペースを上げません。というより、上げられない、と言うのが正確です。

 

 

「怖えぇ……」

「なんだか峠みたいね。こんなに早くっ、走ることもないんでしょうけど……!」

 

 タイヤを鳴かせない程度とはいえ、限界の高いパフォーマンスカー。コーナーでかかるGはかなりのもの。

 不慣れでも車の性能に任せて傍から見ればそこそこのペースになっているようでした。

 では、走行経験も豊富な跳ね馬を駆る彼女はどうでしょう?

 

 

「うっ…… くぅ」

「なんで、カーブのたびに息を止めなきゃっ! いけないんですか!」

 

 プロデューサーの前にコースインしたあたし達は既に何周かしたコースでしたし、最初からそこそこペースを上げて行きました。

 ラップタイマーのペースを考えると1周10分くらいでしょうか。プロがアタックして7分半ですから、素人に毛が生えた程度のあたしでも十二分に安全に速く走ることができます。

 例えば、本当にタイムを詰めたければマニュアルで適切なギアを選ぶべきでしょうが、そんな余裕はないのでオートマのまま、ドライブモードだけレースにセット。

 こうすれば走る曲がる止まるだけに集中できます。

 ハンドルから手が離れませんしね。

 すり鉢状の名物コーナー、カルーセルで軽くハンドルを取られると、助手席で小さく悲鳴が上がりましたが直ぐ修正。立ち上がりで少し踏み込んで加速していきます。

 木々が近く感じる最終セクションを駆け抜け、また舗装の違うすり鉢コーナーを抜ければ速度制限のかかるストレート。タイムはおおよそ10分。少し練習すれば9分台に乗れそうですが、やめておきましょう。

 

 

「美世さん! なにが、もう、馬鹿ぁ!」

 

 日本語の怪しい美波ちゃんに涙目で怒られながらコースアウト。彼女には水を飲んで落ち着いてもらって"大人な"プロデューサーを待つことに。

 

 助手席の姫を泣かせた美世と違い、こっちはキャラ崩壊待ったなしのかわいい悲鳴を上げさせることに成功。

 ハーフスピンしたとかそんなんじゃねぇからな。

「きゃっ!」とか言っちゃった奏は拗ねたように黙ったきりです。

 

 

「待たせたな」

「プロデューサーさん、美世さんが!」

「おうおう、派手に遊んだみたいだな」

 

 タイヤを交換することになった美世のフェラーリから逃げ出してきた美波を保護したところで3人で昼食に行くことに。

 美世はファストフードで我慢してもらいましょう。

 

 

「奏ちゃん、さっきから黙ってますけど何かあったの?」

「別に」

「プロデューサーさん、何したんですか?」

「ちょっと車が滑ってな。そんときにかわい――」

「何でもないの。このプロデューサーにヒヤリとさせられただけ」

「ヒヤリとさせられたんですね。ふふっ」

 

 察した美波が優しい笑みを浮かべ、奏がまた拗ねたところでレストランに到着。

 今日のランチはハンバーグです。ハンブルクではありませんが。

 この後のことも考えて小さいの、と頼んだはずですが結構ガッツリめのサイズ。付け合わせはやっぱりじゃがいもです。

 

 

「うわぁ、マジか……」

「おいしそうですね」

「すごいボリュームね、ちょっとツラいかも」

 

 とは言いつつ、出されたものはすべて食べるのがマナー。女子二人がギブアップしたものも俺が食べきって店を出ると予約の時間まであと1時間を切っていました。

 なんの予約かって? ただのタクシーですよ。

 

 

「ニュルブルクリンクに戻ってきた訳だが、美世はどうした?」

「おかしいですね、合流はここの約束でしたよね?」

 

 ニュルブルクリンクの入り口近くにあるガレージが集合場所。

 実際にニュルブルクリンク24時間耐久レースに出場する地元チームのマシンが背後に佇んでいます。

 と、けたたましいエキゾーストノートと共に跳ね馬がやってきました。

 

 

「すみません。タイヤサイズが無くて他の店舗から持ってきてもらってました」

「そんな太いの履いてたら、な。ちょっと待て、コレ標準のP-ZEROじゃないな、コルサじゃんか」

「♪~」

「そうやって予算食うから他の企画削られるんだよ……」

 

 あたしが今回リプレイスで選んだのは標準のP-ZEROからワンランク上のP-ZERO CORSA。もはやセミスリックといえるほどの溝の少なさ。左右非対称パターンはもちろん、あくまで一般向けのタイヤですから耐久性もそこそこにある、というふうに言われました。

 それを試せる場所にせっかくいるのですから、試してみない手は無いでしょう。

 

 

「それで、このあとは」

「はい、女子3人で世界最速のタクシーに乗ります」

「んで、俺はカーマニア垂涎のお土産と、ギャラリーコーナーでカーウォッチングと。お前らが通れば手振っててやるよ」

「世界最速のタクシー、ですか?」

「予定には『タクシー移動』って書いてあったけどそういうことだったのね……」

 

 RingTaxiと呼ばれるプロドライバーの同乗体験ができるサービスがニュルブルクリンクにはあります。

 今回は3人一気に乗れるM5を1台お願いしてフル乗車でニュルを走ってもらいます。

 

 

「さて、場所はさっき来たばかりのニュルブルクリンク北コースのパドック。ここでタクシーを拾います」

「ねぇ、サーキットを走る割にはその、普通すぎる格好なんだけど良かったの?」

「あれ、プロデューサーさんから聞いてませんか? ニュルブルクリンクはサーキットに見えますけど、こうして一般開放されてるときは普通にドイツの道路法が適応される一般道みたいなものになるんです」

「だからって、ねぇ……」

 

 不安そうな奏ちゃんをよそにお迎えがやってきました。

 アルピンホワイトにMストライプのM5が目の前に止まると、金髪の女性が降りてきました。

 彼女こそ、"Queen of Ring"こと、ジモーネ シュルツェさん。ニュル24時間での優勝経験もあるベテランです。今回は彼女の運転するM5に乗り、ニュルを回ってきたいと思います。

 たどたどしい英語での挨拶もそこそこに車に乗ると、まずはシートベルトを確認され、そしてどこかに捕まって置くように後ろの2人に言うとコースに車を進めました。

 フル尺でお送りしたいところですが、私達は見事に悲鳴を上げ、シュルツェさんは笑っているだけです。なのでオーディオコメンタリーの体を取らせていただきたいとおもいます。

 速度制限が解除されるやいなやいきなりフル加速。この時点で美波ちゃんが小さく悲鳴を上げました。そしてシケインを小さく回ってGPコースに別れを告げると北コースのスタート。ハッツェンバッハ(Hatzenbach)の切り返しもアクセルのコントロールだけで巧みに駆け抜けます。

 高低差の大きいクビッテルバッハヘーエ(Quiddlebacher-Hohe)で縦方向のGで少し気持ち悪くなってからフルークプラッツ(Flugplatz)で車が飛びます。ここで奏ちゃんも「ひゃっ」と言って顔を赤くしましたね。

 アーレムベルク(Aremberg)で高速域からのフルブレーキを味わってからフックスレーレ(Fuchsröhre)をハイスピードで駆け抜けます。ハンドルを握ってると気持ちのいい道ですけど、助手席ではひたすらに怖い! 美波ちゃんの気持ちがわかった瞬間です。

 シケイン的なアデナウフォレスト(Adenauer-Forest)を抜けると中高速セクション。メッツゲスフェルト(Metzgesfeld)カレンハルト(Kallenhard)と中速コーナーが続き、体が左右に持っていかれそうに……

 コースはここから下り。ヘアピンを直線て繋げたようなストップアンドゴーな区間を抜ければコースの北。木の影で薄暗く、雨が乾きにくい区間、ベルグウェルク(Bergwerk)

 そしてラウダがクラッシュしたケッセルヒェン(Kesselchen)も一瞬で過ぎ去り、クロスタータール(Klostertal)へ向けて少し減速してからヘアピンを一つ抜ければカルーセル(Caracciola-Karussell)

 外から内側に飛び込むラインを描き、一瞬どこか擦った音がしても気にせず脱出。感動する間もなく高速で切り返すホーエアハト(Hohe Acht)からウィッパーマン(Wippermann)。この辺になると騒いでるのは私だけで、後ろの2人は放心状態。

 フランツガルテン(Pflanzgarten)で一瞬先まで見通せても車は宙を舞い、感動を恐怖に塗り替えてくれます。

 そしてシュヴァルベンシュヴァンツ(Schwalbenschwanz)のミニカルーセルを抜けるとガルゲンコップ(Galgenkopf)を回ってホーエンライン(Hohenrain)。ストレートを先まで見通しながらスローダウン。

 なんと、タイムは10分切り。フル乗車でこの走り。

 

 

「「「…………」」」

「Girls are you okay?」

「い、いぇあ……」

「Ok! change your seat. One more lap!」

「プロデューサーぁぁぁぁあああ!!!」

 

 女性陣がニュルをクルクルしてる間に訪れたのはグランプリコースに近いお土産屋さん。

 日本でもよく見かけるステッカーやキャップなどが現地価格(日本の半分くらい?)で売られている。

 もちろん、マイカーに貼るためにステッカーを数枚と、キャップ、ペンなどを購入……

 

 

「そうだ、視聴者プレゼント、やってみます?」

 

 唐突な閃きで監督や番組プロデューサーとミーティング。日本でもニュル土産を買えるだけに被らないけどやっぱニュルっぽいものが求められます。

 

 

「現場での協議の結果、以下の3点セットを5名様にプレゼントすることになりました!」

 

 と言うわけで、ニュルZippo、美世、美波、奏のサイン入り"I love Ring"Tシャツ、ビアグラスペアセットを5名様に、プレゼントします!

 番組のメールフォームへ「プレゼント欲しい!」と書いてお送りください。厳正な抽選の上、当選者の方にはこちらからご連絡差し上げます。

 決して住所等を書いて送らないでくださいねー、管理が面倒になってしまうので……

「日比谷Pのサインも」と書いてくだされば喜んで私も……! え、いらない? ああそぅ……

 

 

「お土産を買ってまたニュル周辺を少し走るといろんなメーカーのガレージが見えますね。秘密基地ってか別荘ってか…… いいなぁ」

 

 ポルシェのワークスチームとして有名なマンタイレーシングのファクトリーもここにあったり。パーツをお土産にしたいところですが我慢してホーホアイヒェンのガードレール沿いに陣取ることに。

 有名なギャラリースポットなので数名がカメラを構えていました。

 テレビクルーに目もくれず、キャノン砲みたいなカメラをコースに向け続ける彼らをスルーして我々も仕事を始めましょう。

 

 

「911が1だーい、2だーい」

 

 折りたたみ椅子を広げると、手元に紙とペンを用意。車種をメモって正の字をひたすらつけるだけの簡単なお仕事です。

 派手なM5が見えたら手を振り、またメモを取る。これ、画になります?

 

 

「さて、30分ほどカーウォッチングしてみましたけど、やっぱりドイツ車が多いですね。一番多いのはBMW。それからフォルクスワーゲン、アウディって順番ですかね。スポーツカーだとポルシェが最多、GT3とかRSなんかが2分おきに通りますよ。それからM3とM4が多いですね。時々R8とかAMG GTとかが通って、それを、ビートルの皮を被った何かがすごいスピードで追いかけていくと」

 

 ビートルからバイクみたいな音がしたんですけど、シルエットフォーミュラですかね? コーナリングスピードもスーパーカー軍団と遜色ないですし。

 一度自分の車を持ち込みたいですね。お金と時間があれば。

 

 

「そろそろ戻って美世達と合流しましょうか。どんな顔してるか楽しみだ」

 

 ちょうどおやつ時ですが、アムステルダムまでは6時間。早いところおやつを済ませて出発したいところです。

 待ち合わせのカフェで少し渋いコーヒーを啜っていると、店先にフェラーリが。バルブ閉めるとおとなしい音だな。

 

 

「「「…………」」」

「どうだった? まぁ、聞くまでもないみたいだが……」

「人生最高の経験だったと思います。今はちょっと気持ち悪くてこんなんですけど、あとから思い返せば良い思い出になるかと」

「お、おう……」

 

 青白い顔した女性陣はコーヒーをテイクアウトで頼むと黙々と車に戻り、黙ってエンジンをかけると美波と美世のフェラーリはスタート。奏は物憂げな顔してベンツの横に。絵になる、と言ったら怒られそうなので黙って鍵を開けました。

 

 

「今日でゴールよね」

「そうだな」

「プロデューサーはオタク旅、なんて言ってたけど、結構セーブしてたんじゃない?」

「正直な。ヨーロッパはクルマ文化への関心が日本より高い人が多い。その分相応の施設だったり、なんだったりがあるからやろうと思えば1ヶ月クルマ漬けの生活だって送れるさ。けど、今回みたいのなら『ちょっとクルマ成分濃いめのヨーロッパ旅行』って感じがするだろ」

「濃すぎる経験をしたけど、まぁ、そうね。カメラの回ってないところでも結構観光っぽいこともしたし、お土産もいっぱい買っちゃった」

 

 美波が真剣にテディベアとにらめっこしてたりしたのは微笑ましい光景だったり。こういうアイドルの意外な一面を見られるのも職業特権の一つ。

 もちろん、こうしていい車に乗れるのも今の仕事ゆえ。役得役得。

 

 

「一応、人に見てもらうんだ、俺らが楽しむのももちろん必要だが、見た人も楽しくなくちゃ意味がない。クルマが好きならまぁ、結構楽しいと思うが、今回みたいに奏や美波がゲストだ、って2人のファンが初めて見るかもしれないだろ」

「そうね。そんな人達がクルマ成分超濃いめに耐えられるかしら」

「ってことだ。だから程々がいいのさ。もっと濃いのは別コンテンツでもやってるしな」

 

 美世や番組のTwitterやYoutubeチャンネルでオフショットやひたすら濃いクルマ話も公開しているのは皆さんご存知ですよね。

 足りない分はそっちで補給して、本編を見てクルマっていいな、と思ってくれた方も、美世や俺がひたすら濃い車トークをするのを疲れた笑みで聞く美波や奏を見に来てください。

 

 

「アイドルはアイドルを呼び、ファンを呼んでくる。アイドルとアイドルのつながりはファンのつながりでもあるべきだろうしな。もちろん、それぞれの個性やファンの雰囲気ってのもあるが、それぞれのファンがお互いに理解し合って高めあってくれればそれはアイドルたちにもいいことだろ?」

「もちろん、ファンが増えるのは嬉しいし、応援は励みになるわ。オータムライブでもいろんな子のファンがいて、個性的なアイドルには個性的なファンがいるっていうのもわかってる。アイドル同士みたいにファン同士も仲良くできたらいいわね」

 

 少し真面目な話をしたところでベートーヴェンの生まれ故郷、ボンを通過。オランダの国境が近づいてきます。

 一方、美波は真剣に免許をコンプリートすることを考えているようです。

 

 

「バイクの免許って難しいですかね?」

「んー、何とも言えないなぁ。自転車は乗れる?」

「はい。でも、バイクって重そうですし」

「確かに重いけど、転ばなければなんてことないよ。教習所でも何回か引き起こしでやるだけだろうしね」

 

 バイクの引き起こしはコツさえつかめば女の子でも楽勝。腰を使うんですよ。支点力点作用点を近づけるのがポイントです。Twitterでも動画が出回ってましたよね。

 クラッチがーとか、ギアがーとかはマニュアルの車に乗れるならなんとなくわかるはず。足が手に変わるだけですしね。

 

 

「一度拓海ちゃんたちにバイク触らせて貰えばいいんじゃないかな? 教習所でいきなり『はい乗って』って言われるよりはイメージもつきやすいだろうし」

「拓海ちゃん、ですかぁ……」

「あんなんだけど、バイクに興味があるって言えばすぐにニヤニヤしながら気前良く喋ってくれるよ」

 

 炎陣の5人は時々ツーリングとかにも行ってるみたいですし、あたしのガレージにもちょくちょく遊びに来る仲です。

 車検前にあたしが見てあげて、ユーザー車検で安く済ませるのがあの子達のやり方ですね。

 

 

「武内プロデューサーはバイクには乗らないの?」

「どうでしょう? 車の免許を取るときには相談に乗ってもらったりしたんですけど」

 

 今度のオフに美波ちゃんと炎陣のみんなとバイクを見に行く約束をしているうちにドイツとオランダの国境を越えます。

 とは言え、他のEUの国と変わらず、国境は旗が並ぶだけ。ボーダーコントロールなんてありません。

 

 

「美世さんはオランダの正式な名前は知ってますか?」

「流石にそれくらいは。ネーデルラントだったよね」

「はい。じゃあ、ネーデルラントがどうしてオランダと呼ばれるようになったかはわかりますか?」

「えっ、うーん……」

 

 美波ちゃんの世界史講座のはじまりです。

 ネーデルラントとはそもそも「低地の国」を意味し、ベルギーやルクセンブルクも含めた一帯を表す地域の名称だったそうです。

 オランダの名は、ホラント州に由来するそうで、ポルトガル語でHollandをHolandaと発音し、それが宣教師によって日本に伝わりオランダになったと言われています。

 

 

「へぇ、ポルトガル語由来だったんだ」

「結構遠回りして伝わってきてたりして、ちょっと不思議な感じですよね」

「カステラ、とかてんぷら、とかポルトガル語由来のものが意外とあるのは良くテレビでやってたりしますけど、国の名前まで伝わってきてたなんて」

「そう思うと日本って島国でガラパゴスだ、なんて言われる割に結構海外の物が昔からあったんじゃないかな、なんて」

「うんうん。やっぱり知らないことを教えてもらうのは楽しいね」

 

 すこし賢くなったところで車はアムステルダムの都市部に入りました。

 このアムステルダムがさっきのホラント州(正しくは北ホラント州)の大都市。現在は事実上の首都こそハーグですが、世界最大規模の貿易港として14世紀から栄えてきた街です。

 ですが、その街並みは高層ビル群とは無縁のレンガ作りの計画都市。放射状に広がる大通りと、それを結ぶ道路が年輪のようになっています。

 市内には環状高速道路もあり、移動に困ることはありませんが、この街の人々は車よりも自転車移動をメインにしているようです。

 

 

「うにゃぁぁぁ! どこもチャリばっかじゃねぇか!」

「大の男が変な声出さないでくれる!?」

 

 自転車専用レーンが整備されたアムステルダムは世界有数のエコロジーな都市としても有名です。

 市内にはトラムや先にも上げた自転車専用レーンや自転車専用道が400kmも整備され、市民の足になっています。

 古い街並みを残すということは、現代の大柄な車では走りにくいということの裏返し。運河の縁をゆったりとクルージングするのも絵になりますが、ドライバーはただ迷っているだけです。

 

 

「ココらへんのはずなんだけどなぁ」

「3ブロック先を右よ。後ろ詰まってる」

「りょーかい」

 

 奏のナビで夕暮れの街を進みます。

 旅の最後を締めくくるのはスゴクタカイホテル。正面に車を停め、荷物を下ろそうとするとトレーを差し出されて『おまかせを』的なニュアンスで言われても、庶民はその対応が何を意味するか理解するまでに数秒の間を置いてからキーを預けると慣れた手つきでトランクから荷物をおろして何処かに持っていってしまいました。

 代わりの番号札を受け取ってチェックイン。流石に「予約していた日比谷です」と英語で言えるくらいの英会話力は持っています。

 

 

「うーん、疲れましたねぇ」

「本当に2000km近く走ったんだな」

「お疲れ様でした、美世さん、プロデューサーさん」

「色々あったけど、いい旅だったわ。本当に色々あったけど」

「もう高速道路をかっ飛ばしたりしませんって!」

 

 立場は逆転していたらしい2人を笑ってから豪華絢爛なディナーも楽しみましょう。

 美世はやはり場慣れしてない感じがあって見ていて楽しいですが、未成年組の慣れっぷりもそれはそれで驚きです。

 

 

「どうしたの?」

「いや、慣れてんなーと」

「こういうところでの身のこなしも、大人の条件だと思って」

「私は無理に背伸びしないでもいいんじゃないか、って思うんですけどね」

「そういう美波もテーブルマナーは完璧だな」

「ママに仕込まれましたから。人様の前に出るんだから食事は綺麗にしなさい、って」

「緊張して味がわかりません……」

 

 美味しいんだか美味しくないんだかよくわからない食事を済ませ、4人で運河を眺められるテラスで最後の反省会。

 もちろん、議題は「フェラーリとメルセデスどちらが優れたGTか」です。今日は両方に乗った公平なジャッジがいますから、我々は大人な態度で判定を求めましょう。

 

 

「最後に結局どっちがいい車なんだ、って話だ」

「あたしは断然フェラーリですね。300km/hで走る車内で怒られる車なんてそうそうありませんよ」

「そりゃそうだ。けど、『大人のGT』だぞ? そんなガキっぽい理屈が通るかよ。その点、クルーザーとしてはメルセデスのほうが優秀だろ。なぁ2人共?」

「それはそうね。プロデューサーのほうが"大人な"運転だったし」

「美世さんも楽しそうに運転してるんですけど……」

 

 助手席のジャッジからは厳しい評価。

 Fun to Driveなのはドライバーだけだったようです。

 

 

「3:1でメルセデスで決まりだな」

「じゃ、じゃあ、プロデューサーさんがフェラーリ乗ってみてくださいよ! 今のところ褒められてるのは車じゃなくてプロデューサーさんの運転ですし!」

「いいじゃねぇか、明日、イギリスまで第二ラウンドだな」

「「えぇ……」」

 

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「というわけで、4人で飛行機をキャンセル。自走してイギリス入りしたんですけど、プロデューサーさん、フェラーリ良かったでしょ?」

「正直、車としての面白さで言ったらメルセデスよりずっと楽しかった。田舎道をちょっとペース上げて走るのとか最高だな」

「メルセデスもおもったより眠たい車じゃなくて意外でしたね。どうしてもふわっとした乗り心地の車ってイメージがあったので」

「さて、口では互いに正反対の意見が出ましたが、ここで最終結果を美波と奏から発表してもらいましょう」

 

人混みをかき分けて出てきた2人はなぜか白衣。

そして、金色の封筒からわざとらしく紙を取り出して読み上げ始めました。

 

 

「えー、フェラーリ対メルセデスベンツ。私達の評価はドローでした」

「美世さん、文句をいうのはまだ早いわ。正直、私達じゃ車の優劣なんてわからないし、どっちもいい車だったわ。フェラーリは官能的で、メルセデスは優雅で。結局、ドライバーに寄る、というのが私達の結論よ」

「美世さんも日比谷プロデューサーも遊ぶときは遊び、大人しくするときはきっちり大人しく運転していただいたきましたが…… 美世さんは少し、はしゃぎ過ぎちゃいましたね」

 

「ぶーぶー! そんなのフェアじゃないですよ!」

「では、結果は大人な男の勝利、というわけで、夏のヨーロッパスペシャル。お別れです!」




フェラーリファンはティフォシよりフェラリスタ、という方が良いみたいですね。
ティフォシは、どうも熱狂的なファン≒フーリガン的な意味合いが強いらしいです。

タクシードライバーの元ネタはもちろん、ニュルの女王様です。一度彼女の隣を味わってみたいものですね……


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