#1 Idol meets car 〜高橋礼子の場合〜
「こんなところで会うとは、礼子さんの人脈は計り知れませんね」
「そういう日比谷君も、芸能事務所の車好きなプロデューサーってだけじゃ入れないと思っていたけど……?」
東京は夜の7時。とあるホテルの大広間で開かれたパーティーで礼子さんとばったり会ったのは本当にただの偶然だ。
そもそも、このパーティーは自動車業界の偉い人や、ジャーナリストなどが一堂に会する催し。もちろん、それなりの地位名声が無いと簡単には入れない。俺はと言えば、今までの頑張りが認められたのか、美世共々「若い世代へ自動車の文化、ライフスタイルを提案し自動車業界の隆盛に寄与した」というなんともありがたいお題目で以てご招待頂いた身だ。
「へぇ、美世ちゃんも貴方も、すごいじゃない」
「まさか常務の思いつきがここまで来るとは思いませんでしたよ。そういう礼子さんは?」
「ふふっ、パーティーの華が欲しいんですって。そんな顔しなくてもちゃんと趣旨はわかってるわよ」
「ご歓談中のところ失礼します、まもなく会を始めさせて頂きたいと思います――」
おっと、会話は中断。最近変わった業界の偉い人の挨拶を聞き、また違う偉い人の挨拶を聞き、そろそろ眠くなってきたあたりでパーティードレスで着飾った美世が壇上に上がった。
「えー、こんばんは。美城プロダクション所属、原田美世と申します。こういう挨拶は慣れていなくて……」
「あらあら、大層な役じゃない」
「美世に前で喋って欲しい、って先方の熱い要望があってな」
3分くらい喋ってくれ、もっと長くてもいいぞ、と言うリクエストに合わせて内容は練りに練った。お世話になっている出版社の編集さんにも協力をおねがいして、『いつもお世話になっております、ありがとうございます』と言った内容を寄り道しまくって話すことにした。
下手に踏み込んだ話題は難しいからね。
「最後に、このような場にご招待頂いた皆様、挨拶の内容を一緒に考えてくださった編集部坂木さん、時々私の役目を奪うプロデューサーさん、そして応援してくださるファンの皆様に感謝をもって挨拶に代えさせていただきます。ありがとうございました!」
いやぁ、よくぞまぁ長々と喋ったもんだ。最後の一部に訂正を加えさせていただきたいが、わりかしウケもいいから我慢しよう。
礼子さんにクスクスと笑われるのは少しバツが悪いと言うか、年上のお姉さんにからかわれているよう(事実ではある)な気分で小恥ずかしいが、態とらしく咳をしてジャケットの襟を正した。
「言われちゃったわね」
「ま、たまにはいいでしょう」
「プロデューサーさん、どうでしたか? あっ、礼子さん、おはようございます」
「立派だったわ。少し緊張が見え隠れしてるのも可愛いかったし」
「そんなっ! 恥ずかしいですっ」
着慣れないドレスも相まって、いつもの自信はどこへやら。こう見ると美世のまだ子どもっぽいところが見え隠れしている。ファンもこういう雰囲気を推しているのだろうか?
フィンガーフードやノンアルコールのシャンパンなんてものをつまみながらあちこちに挨拶に周り、コネもできたところでパーティーは閉会。
ロビーで美世の着替えを待っていると黒いドレスの礼子さん。エスコート役とはお別れしたようだ。
「待ちぼうけ?」
「そんなとこです。結局着替えるなら自分の車でもよかったろうに」
「女の子には色々あるのよ。特に、好きなものの前ではよく見せたいもの。男だってそうでしょう?」
「わからなくはないですけど」
エレベーターから出てきた美世はいつもより断然服に気を使ったのがわかるフォーマルなコーディネート。とはいえ、足元はドライビングシューズなのが美世らしい。
礼子さんは受付で預けていた荷物を受け取ってから再び合流。
「礼子さんはこのままお帰りですか?」
「ええ、流石にはしごはできないわ」
「ですよねぇ。送っていく、とは言えなくて申し訳ないです」
「いいのよ、今日は自分の車だから」
長蛇の列ができている車寄せを横目に、預けていた荷物を開ける礼子さん。入っていたのはフラットな靴。流石にすんごい高いヒールじゃ車乗れないわな。
番号札を忙しそうな駐車係に渡して、他の参加者の車を眺める。なんとなくドイツ車率高いかなー、と思っていると声をかけられた。
「日比谷さん、お帰りですか」
「はい。でもまぁ、この混みようなので車を眺めていようかと」
「ははっ、それもまた楽しみですからね。先程、会長の車が回ってきてましたが、見ましたか? ワンオフのコンセプトカーですよ、流石ですねぇ」
声をかけてきたのは時沢先生。大御所ジャーナリストで、美世と俺の車の先生だ。お世話になってる編集長の紹介で、記事の書き方や車の乗り方、歴史や作法も教えてもらった。ちなみに、ちゃんと動画になってるから会員登録して見てほしい。
御年72歳の先生は未だに自分でハンドルを握り、淀みない言葉でレビューを紡ぐ。そんな先生はVWのポロにお乗りだ。なんでも、身の丈にあった車が一番良い、とのこと。耳が痛い。
「おやおや、アストンマーティンですか。良い車ですね」
「新型ヴァンテージだ。カッコいいですねぇ」
「その後ろのマクラーレンは日比谷さんのでしたか。英国車は流麗で美しい。引き留めてしまって申し訳ないですね」
「いえいえ、先生とのお話は楽しいですから。またお願いします」
美世も美世で女性ジャーナリストとお喋りに興じていたし、車も来たから呼び時だろう。
「美世、帰るぞ」
「はい! 谷岡さん、またご飯行きましょうね」
車寄せに並ぶ英国車2台に多くの視線を集めながら、前のヴァンテージに礼子さんが乗り込むのを驚き半分で見届けると、こっちもディへドラルドアを開けて身体を滑り込ませると後を追う。
「礼子さんヴァンテージ乗ってたんだな」
「あれはレンタカーですよ。前にパーティーに乗り付けるいい車ないか、って相談されて」
「でも『わ』ナンバーじゃねぇよ。そもそも新型貸せるような会社あるか? 広報車でもないし」
「あー、確かに。あたしも『アストンマーティンなんていいんじゃないですか』としか」
「「追っかけるか(ましょう)」
居酒屋しんでれらで礼子さんがヴァンテージ(orDB11)乗ってたので書いた
オチはない