Idol meets cars   作:卯月ゆう

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ep31

 #1 Idol meets car 〜片桐早苗の場合〜

 

 

 信号待ちで車を停める。ぷるぷるするハンドルに、イマイチ効きの悪いエアコン。ふと反対車線の車を見れば、いかついLEDのヘッドライトに、4つの輪っかが繋がったエンブレムが見える。

 地方から出てくるときに車も持ってきたは良いが、都心部を走っているとどうしても肩身が狭い。タクシーには煽られるし、大きな外車は平然と割り込んでくる。流石に慣れてきたが、ちょっと不満であることに変わりはない。

 

 

「なんかおしゃれな車ない? おっきくて煽られないの」

「はぁ……」

 

 昼休みの事務所。正直アイドルであるあたし達に「昼休み」と決まった時間があるわけではないけど、トレーナーさんはじめ、事務の方含めたプロダクションの社員は1時間のお昼休みの時間。

 買ってきたコンビニ弁当をつついていると眼の前の早苗さんがそう声を上げた。

 

 

「亜季ちゃんの乗ってるフォードなんていいんじゃないですか?」

「あー、あれは流石にデカすぎというか…… それにオシャレってか、かっこいい?」

「そもそも、どうしてそんなことを? 前に奈々さんと一緒に車見てたじゃないですか」

 

 そして返ってきたのは軽じゃ煽られる、いい加減古くなってきた、大人っぽい車に乗りたい。そういったもの。

 大人っぽい車と言われても、色々ありますし、なんともおすすめしがたいものです。

 

 

「ゴルフとかどうだったんですか? いい車だと思いますけど」

「なーんか違うのよね。優等生っぽすぎるというか、もっと遊び心がほしいわ」

「ほぉ、ベンツのAクラス。新しくなりましたけど」

「CM見たわ、でもこの前出たばっかりでしょ?」

 

 あーでもないこーでもないと唸りつつ、346ドライバーズクラブ(常務や部長もいる)のLINEにも質問を投げると、数分と経たずに返信が数件。

 特に外車マイスターの常務と楓さんはすぐさま反応。予算はどれくらいだ、サイズはどんなもんだと聞いてくる。

 

 

「うーん、特に決めてないけど、クラウンより大きいのは嫌ねぇ……」

「となるとCからDセグメントくらいですか。3シリーズとかどうなんです?」

「んー、お硬いっていうか、頭良さそうよね。あたしのキャラじゃないっていうか……」

「頭悪そうな車がいいんですか?」

「そういう意味じゃないわよ? んー、もっとこう、アダルティな雰囲気が欲しいのよ」

 

 そうこう言ううちにLINEの会話は流れ、日比谷プロデューサーも参戦。あたしが早苗さんの要望を流していくと勝手にヒートアップしていきます。

 やれAMGだの、やれキャデラックだの、好き勝手言い放題です。その中で、ふと常務のコメントと、プロデューサーさんが投げた画像が被りました。

 

 

「ジャガーはどうだ? と」

「ジャガー?」

 

 そしてプロデューサーさんが送ってきた画像を見せると、どうやら好感触。すぐさま調べ始めた。

 346プロでイギリス車担当は礼子さん。流石に常務は暇じゃないだろうし(それに簡単に呼びづらいし、来てもらっても気まずい……)、プロデューサーさんはマルチすぎ&暇がない。というわけでまずは礼子さんにコンタクト。

 

 

「そうねぇ…… 早苗が望むなら、SUVとか大柄な車もいいんじゃない?」

「なるほど。礼子さんの車もおっきいスポーツカーよね。ああいう車ってやっぱり……?」

「そうね、パーティーなんかでも『高橋礼子はあんな車乗ってるんだ』って目で見られるわね」

 

 目を輝かせる早苗さんを横目に、プロデューサーさんが提案してきたE-Paceについて検索。うーん、あたしの好みで言えば、目つきがなんか嫌だからナシ…… どっちかといえば、F-Paceの方がスッキリしたイケメンで好きなんだけど。

 E-Paceはサイズ的にはCセグメントといったところ。幅は1.9mとエグいサイズだけど…… 対するF-PaceはDセグメント。サイズ的にはポルシェのSUV2車種の中間。マカンもいいな……

 

 

「ふぅん…… そういう見栄も大事よね。そう思うとこのE-Paceはちょっと物足りないのかも…… 本物見たいわね。美世ちゃん!」

「ハヒぃっ!?」

「今度のオフ、車屋さんに連れてって頂戴!」

 

 

 というわけでやってまいりました、ジャガーランドローバージャパンディーラー。半分はジャガー、半分はランドローバーになっていて、置いてあったのはXJとFタイプコンバーチブル。試乗車にはE-Paceもあると調べてからやってきたが、ワンクラス上のF-Paceやランドローバーのヴェラールも用意してある。

 しかし早苗さんは脇目を振らずにE-Paceのカタログを眺めてコーヒーを飲むと、さっさと試乗に飛び出した。あたしはこっそり反対派なので店内のFタイプをベタベタ触りつつ、早苗さんの帰りを待つことに。

 とはいえ、プレミアムブランドになるほど試乗時間が長くなるのは世の常、ついには買いもしないFタイプのカタログを眺めてさらには見積もりも貰った頃に早苗さんが帰ってきた。

 

 

「あんまり可愛くないわね。この子」

「戻って早々に……」

「目つきが悪いわ。お尻は好きなんだけど…… あと、シートね」

 

 

 そう言ってその足でF-Paceに。どうやら車内で話は付けてきたらしい。私の推しはこっちなので今回は同乗することに。

 大柄なボディらしく、リアシートは広々。小柄な早苗さんのポジションに合わせると、その後ろは広大なフットスペースが用意される。さらに、そこそこ背のあるディーラーマンの後ろも普通に過ごせる(何ならバタバタもできる)スペースがある。

 

 

「これってディーゼルでしたっけ?」

「はい。スポーティーな走りでは少々力不足な面もありますが、街中やクルージングでは余裕があると思います」

「大柄なのににグイグイ来る感じが良いわ」

 

 幹線道路の速い流れに乗る合流でも低回転で吠えるような音を聞かせて加速するとスイっと合流。無言で流れる車内はディーゼルノイズも無く、高架橋の継ぎ目の目地段差もバタつかない。NVH性能がいいってやつだ。

 

 

「早苗さん、あたしの推しはこっちなんですけど、どうですか?」

「うーん、見た目も結構好みだし、良いとは思うんだけどねー」

「なんです?」

「パンチが足りないのよ。すごく贅沢な乗り心地じゃない?」

「そうですね。トルクで走らせる車ですし」

 

 あたしの持論だけど、トルクで走らせるディーゼルは贅沢な移動の乗り物、グランツーリスモだ。パワーで走らせるガソリン(特に高回転型エンジン)は走ってナンボの馬車、踏めばエンジンが唸ってパワーを絞り出す。ディーゼルは余裕綽々な感じがどうもつまらない。車としてはとても良いものだと思うんだけどね。

 

 

「さぁて、次行くわよ!」

「おー!」

 

 しかし、早苗さんの欲しい車の方向性は見えたようで、ドライバーズカー的なSUVが欲しいらしい。となると、ドイツ車、と言いたいところだが、優等生的だと言われるだろう。ならば残りはイタ車しかない。

 

 

「346プロダクションの皆様にはご愛顧いただきまして、ありがとうございます」

 

 奈々さん初め、当社のアルファロメオユーザーがお世話になるディーラーへ。ここに来るのは2度め。まぁ、私は毎回客じゃないんだけど……

 

 

「ステルヴィオですか。ちょうど、いいものがありますよ」

 

 店内に入り、ステルヴィオを見に来たと要件を伝えれば、あたしの顔をみたディーラーマン(奈々さんや夏樹ちゃんの担当の人だ)さんがニヤリと笑ってから店の裏手に案内してくれた。

 

 

「国内未導入モデル、ステルヴィオ クアドリフォリオです。並行車ですが、アフターサービスは保証しますよ」

「並行車ってなに?」

「並行輸入っていって、海外で買い付けた車を個人輸入するんです。なので日本で買えない車に乗れます。これみたいな」

 

 ほー、と言いながら車を見て回る早苗さん。ルックスは満足の様子。

 インテリアも見た目と違わず刺激的、スポーティ。カーボンのシートは赤と黒のレザーで、ステアリングコラムの大きなパドルが目を引く。

 

 

「試乗を、と言いたいところですが、ナンバーが取れておりませんので代わりに、とはなんですが、ジュリアのクアドリフォリオに……」

 

 そう言うディーラーマンの口車に乗せられ、クアドリフォリオのシートに収まる早苗さん。こっちも良いわね…… なんて呟きが漏れているが、エンジンをかけた瞬間にその顔がニタリとした笑みに変わった。

 

 

「いい音……」

「このエンジンがステルヴィオにも収まってます」

「なるほど。じゃ、行くわよ」

 

 ソロリソロリと路上に踏み込むジュリア。そして道路に出て踏み込んだ瞬間に暴力的な加速を見せつける。

 シートバックに乱暴に押し付けられるような猛烈な加速に、早苗さんもびっくり。すぐさまアクセルを戻した。

 

 

「なにこれ、速すぎるわ!」

「500馬力ありますからね。あたしも冷や汗かいちゃいましたよ」

「ダメよ、いくらなんでもあたしにはこれは速すぎるわ……」

 

 日比谷Pじゃあるまいし、と言う早苗さんの言葉に試乗は中止。わがまま言ってあたしが少し乗らせて貰うと、最高のサウンドにスポーツカーらしいしっかりした足回りで最高としか言いようがない。宝くじ当たらないかなぁ……

 

 

「こちらがステルヴィオ ファーストエディションです。装備も幾分違いますが、デザインは共通している点が多いですね」

 

 そうして案内されたのが、日本ではすでにカタログモデルになっているステルヴィオファーストエディション。2リッターターボで280ps430Nmのスペックを誇る。

 クアドリフォリオと比べると、幾分角の取れたルックス。それでもアルファっぽいポイントはしっかり抑えてある。なんとも有機的というか、エグいラインだ。

 

 

「いやぁ、これくらいがいいわ! 踏んだら加速する、音がいい! それにオーディオも良いわね。広いし」

「さっきから気に入ったとこの羅列ですか」

「うん、ジャガーより気に入ったわ。なによりアダルティよね!」

 

 というわけでハンコを押し、346プロ2人目のアルファロメオユーザーとなった早苗さん、見事に346インポートカークラブの仲間入り。あたしはそろそろ国産車仲間が欲しいなぁ!




執筆時点では新型Aクラスは国内発表がまだだったのに、投稿予約して1週経たずに国内発表&予約開始とね…

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