Idol meets cars   作:卯月ゆう

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ep6

 #1 Idols meet cars 〜川島瑞樹、原田美世の場合〜

 

 俺には声を大にして言いたいことがある。

 

 

「あの昼行灯(部長)なんでこんな企画通しやがった!」

 

 美城プロは346としてのプロデュース業務以外にも映像作成なんかもやって、簡単に言えば番組を売ることもしている会社だ。なんなら、映画も自作して配給までできる。流石にそこまではやったことがないらしいが。

 なぜ俺がそんな話をしたかといえば、今西部長がいつの間にか俺と武内さん、そしてちひろさんのデスクにさり気なく置いていった企画書が何よりの問題だった。

 

 

「この企画は……」

「正直……」

「私利私欲ですよね?」

 

 今西部長の置いていった企画書、その表紙には『Idol meets car』と書かれ、さり気なくS30っぽい挿絵が入っていた。

 

「一応中を見ましたが、企画としては悪くないと思います。ただ……」

「ターゲットがニッチすぎるのによくGOサイン出ましたね」

「私も少し聞いて回ったんですけど、どうやらこの企画、常務から降りてきたみたいです。制作側も悪くは思ってないみたいで、結構周りは固まっちゃってますね」

「制作部門のトップは堀さん(根っからの日産ファン)ですよ? 車絡みで嫌なんて言うわけないですよ」

「もう、どうしてこのプロダクションは車のことになるとこんなにだらしないんですか?」

 

 愛車のために家買ったと噂されるあなたが言いますか、と喉元まで出たが、そんなこと言えばきっとひと睨みされて明日からの書類のフォントが1ポイント小さくなるだろうから何も言わないでおく。

 武内さんも同じように喉元に小骨が引っかかったような顔をしているが、また企画書に視線を戻して誤魔化した。

 

 

「企画の整理に戻りましょう。ジャンルとしては、自動車バラエティ、でいいんでしょうか?」

「だと思います。アイドルが新車に乗ったり、ゲストが愛車を引っさげてきたり、ドライブスポットを紹介したり。まぁ、構成は普通ですね」

「メインMCにさり気なく美世ちゃんの名前が上がってるあたり、あの二人(専務と部長)の思惑を感じ取らずにはいられないんですけど」

「それも、端から地上波じゃなくてオンデマンドで流すから、尺もあまり気にしなくていいと。おおよそ1時間の予定ですけど、もし美世に車の話をさせたら……」

「朝から夜まで、ですね」

 

 だが、企画がここまで進んでしまった以上、役者を手配するだけが仕事の我々にはもう止めることができない。

 黙って美世にこの企画書を私て「やるよな」と聞くだけだ。美世だから「やってくれるか?」なんて聞かない。美世なら表紙だけで一発OKしかねない。

 

 

「初回の収録は来月ですか。一度原田さんも一緒にまたお二人と話をしないといけませんね」

「その時は俺がついていきます。武内さんはこの"ゲスト"の調整を」

「そうですね。千川さん、彼女のスケジュールと専務、部長へのアポをお願いします」

「はい、わかりました」

 

 そしてその翌日には、正確に言えば日付が変わる頃の大黒、ではなく、プロダクション近くのカフェに集合すると、まずはニヤニヤと笑う専務と部長に俺らから企画書を出してことの顛末を聞くことにした。

 

 

「専務、この企画は貴女が出したものと言う噂を耳にしましたが、本当ですか?」

「いかにも。私がなんとなく酒の席で今西さんと話していたのだ。『アイドルを車に乗せたら映えるんじゃないか』とね」

「そこで、僕がそれっぽく書類に起こして堀くんのところに持っていったら一発でオッケーだって。だから最後に君たちの所に」

「自動車メーカーの協賛がさらっとついてるんですが……」

「それは私のコネだ。広報部が喜んで車を貸してくれるそうだぞ。なんなら君たちも乗るといい」

「それはっ…… じゃなくて、はぁ…… 美世、お前はどうなんだ」

 

 こんな時間に呼び出され、あくびをコーヒーで飲み込んでいた美世は「んぐっ!?」と咽せてから涙目でサムズアップをした。おい、直属の上司だぞ。

 

 

「なに、原田くんには前もって話をしてある。こんな番組をつくるが、どうだね、とね」

「んなっ、美世なんで黙ってた」

「だって――」

「その話をしたのは今朝だからね。彼女を責めないでやってくれ」

「はぁ……」

「原田さんの冠番組、ですね」

 

 武内さんのさりげない言葉に、美世はハッとしたように顔を上げた。そして常務を見ると企画書と見比べて、思い立ったように声を上げた。店員さんの目が痛い。

 

 

「常務、部長、この番組名に私の名前、入れられませんか!」

「お、おぅ。確かに、何も考えずに仮題としてつけたタイトルだが、原田くんの番組なんだ、それも良いだろう。ねぇ、美城くん」

「確かに、カーエンスーの間では原田くんの知名度もあるし、番組のターゲットともバッティングする。そして、346のオンデマンド配信だ。タイトルだけでも名前が衆目に晒されることは大きいな。前向きに考えよう。というより、ほぼ決定だな」

「やった、ありがとうございます!」

 

 もう俺と武内さんは目を見合わせてため息をつくしかない。一応、ことの顛末をちひろさんにもメールして、その収録日になってしまった。

 収録場所は箱根某所。もう答えが出てるとか言わない。

 流石に貸し切りはできないが、撮影許可は思ったより簡単に降りたらしい。これも車の力か……

 

 

「おはようございます、日比谷さん!」

「朝からテンション高いなぁ、ま、気持ちはわかるけどさ」

「箱根ですよ、箱根! 車の試乗記なら絶対ここじゃないですか」

「だよな、その習わしに従って、撮影はもちろん、あの駐車場からだ」

「っっっ!!!」

 

 あの駐車場、とは某自動車雑誌の試乗スタートポイントとして知られる御所ノ入駐車場だ。

 小田原側から少し行ったあたりにあり、桜並みと素晴らしい車のツーショットは車好きなら何処かで見たことがあるはずだ。

 もちろん、車と美女が並べばもっと良いのは言うまでもない。だが、そこらの安い雑誌と同じにされても困る。だから今日の衣装は美世の私服。露出を増やせば良いってワケじゃない。大切なのは車だ。うん。

 

 

「それで、今日の車は……」

「前にも言ったが――」

「ゴクリ」

「ポルシェ911だ」

「…………」

「ポルシェだ。ナインイレブンだ。きゅーいちいちだ」

「……夢じゃ無いですよね」

「もうそろそろ来るはずだから楽しみにしてろ」

 

 そう、記念すべき第一回の目玉は何と言ってもポルシェだ。番組の3つあるメインコーナーの内のひとつ、新車試乗記にポルシェを持ち込んだのだ。打ち合わせの段階でわかっていたはずだが、やっぱり美世は落ち着きがない。

 大観山の展望ラウンジの駐車場、その一角を使わせて頂いているが、制作スタッフも気合入れて愛車通勤したおかげで、好き者の集まり感が半端なかった。そこに現れたのはポルシェ…… ではなくベントレー。間違いなく常務だった。

 

 

「うげっ、来た」

「常務、おはようございます!」

「おはよう、原田くん、日比谷くん。スタッフの諸君もご苦労様」

 

 背筋の伸びたスタッフからの挨拶を受け流してから俺の肩を軽く叩いた常務は耳打ちした。

 

 

「今回の保険は、スタッフによる"移動"も保証に入ってるぞ」

 

 おいおい、マジかよ。乗っちゃえって事だろ、ポルシェ! 美世のテンションに負けず劣らずまで上がる。内心ガッツポーズして小躍りしたくなるが、顔にだすだけで済ませた。

 

 

「ポルシェあと3分で到着です」

「はい! にしても、川島さん、どうしたんだよ……」

「瑞樹さんが遅刻なんて、珍しいですね」

「ちょっと電話してくるから、その間に心の準備だけ済ませとけ」

 

 そして、大きな問題が一つ。初回ゲスト、川島瑞樹が居ないのだ。彼女も家から直接車で、と言っていたし、迷ったとは思えない。道中も大して混んでなかったから渋滞に巻き込まれてることもないはずだ。

 ポケットから仕事用のガラケーを取り出して連絡帳から川島さんに掛けると、数コール待たされてから出た。

 

 

「川島さん、おはようございます。日比谷です。今どちらに」

「ごめんね、高速降りてからトラックに塞がれちゃってて…… もうターンパイクには居るからあとちょっとでつくと思うわ」

「わかりました。お気をつけて」

「ごめんねー」

 

 ため息をついてから携帯をポケットに戻すとスタッフに川島さんの到着遅れを伝え、美世に缶のお茶を出してまた待ちぼうけだ。

 

 

「瑞樹さんは?」

「トラックに引っかかったんだと。もう少しでつくと思うぞ」

「ツイてないですねぇ。クリーンなら気持ちよく走れるのに」

「ホントにな。噂をすれば」

 

 滑り込んで来たシルバーのフェアレディZ。俺の知らない間にエキゾーストを変えたようだ。前と音が違う。

 駐車場に頭から突っ込んでエンジンが止まると開いたドアからスリムフィットのジーンズに包まれた足が出てきた。やっぱり様になるなぁ、なんて思ったら美世に脇腹を突かれた。

 

 

「なんだよ」

「別に」

「遅れてごめんなさいね」

「いえ、5分くらいなら別に。じゃ、打ち合わせと行きましょうか」

 

 テントを立てた下にピクニックテーブルを広げた簡単な休憩所兼ミーティングスペースに制作の担当さんとともに席につくと簡単に今日の流れを確認。決まった台本があるわけではないので撮影の流れをおさらいするだけの簡単なミーティングだ。

 その間に到着していたポルシェの積載車から今日の主役が降りてくるのを見届けて、いよいよ撮影のスタートだ。

 

 

「んじゃ、手筈通りに」

「はい、お願いします!」

「はーい」

 

 赤いロードスターとシルバーのZが小田原側に降りて行くのを見届けてからスタッフは大慌てで自分たちの車を綺麗に止め直す。

 俺らの車は背景の一つなんだから、そして少しでも自分たちの愛車がカメラに映るならカッコよく、綺麗に見せたいのが性だろう。

 白銀駐車場のスタッフから2人の到着を知らされると機材の再確認の後、撮影が始まった。

 低めのギアで回し気味に登ってくる軽いエンジン音。そしてアクセルを離した時にわずかに聞こえるタービン圧を逃がす音。知らない人ならこれがロードスターのオトだとはわからないだろう。

 赤いシルエットが見えるとスタッフが「おおっ」と声を上げた。監督を務める堀さんはため息をつきつつ、目を輝かせていたからこのカットを使うつもりらしい。

 そして俺らスタッフの車の前に止めると綺麗に降りてから出だし一発目のセリフだ。

 

 

「こんにちは! 美世のDrive week ナビゲーターの原田美世です!」

 

 決まった。このセリフだけは決まっていたからこれさえ決めればもうあとはフリーダム。決めておいたキーワードだけ入れてくれればなるようになるだろう。

 

 

「この番組は私、原田美世が愉快な車好きスタッフさんとお送りする"クルマともっと仲良くなれる"カーバラエティ番組です。第1回目です! ありがとうございます!」

 

 裏方もみんなで指笛吹いて拍手して。こういうノリは嫌いじゃない。

 

 

「そして、この番組、毎回? ゲストをお呼びする事になりそうです! 呼べますよね?」

 

 声を出すワケに行かないので小さくガッツポーズしておく。俺的には「善処します」といったところか。

 

 

「プロデューサーさんも頑張ってくれるみたいなので、楽しみに待っててくださいね。ゲストさんの話をするということは、もちろん、今回も素敵な、ちょー豪華な。このアイドルに来ていただいています!」

 

 タイミングを合わせて駐車場に滑り込んできた川島さんのZは美世を引く引かないのぎりぎりで止まって長いドアを開けた。

 

 

「今回のゲストは川島瑞樹さんです! いぇいっ!」

「こんにちはー、川島瑞樹ですっ。初回から車に縁のなさげな私で良かったのかしら」

「そんなことないですよ、車に縁がないならこんな車乗りませんし」

 

 カメラが川島さんのZを舐めるように写す。このあたりはプロだし、この手の番組を丸暗記するほど見ているであろう3カメさん(トヨタ86乗り)におまかせして、その間にも2人のトークは続く。

 

 

「でも、瑞樹さんがフェアレディ、って意外とも思うし、しっくりも来ますね」

「ふふっ、どっちなの? でも、これも全部プロデューサーくんのせいだからね」

 

 巻き込むな! それは禁句だ! 全力で手を振って否定する俺も写されてもう涙目。この光景を見ている専務もニヤニヤに近い笑みを浮かべているし、もうヤダこの会社。

 

 

「私達のプロデューサーも、部長さんもフェアレディですからね。日産党が多いのかな?」

「でも、シンデレラのプロデューサーはトヨタよ? でも、言われてみれば日産が多いかもしれないわね」

「そんな愛車事情は後々、では、番組を始めましょう」

「オープニングトークで5分は使ってるわ……」

「美世のDrive week」

「「スタートユアエンジン!」」

 

 ハイ、オーケー! と監督の声が飛ぶと2人も少し脱力してビデオチェックを後ろから眺めている。

 次は場所を移して2人のフリートークだが、その間に俺はカメラカーと一緒にポルシェの走行風景を撮る事になっている。そう、あこがれのスーパーカーのハンドルを握るのは俺だ。役得役得。

 

 

「じゃ、日比谷さん」

「はい、正直めっちゃ楽しみです」

「気をつけてくださいよ?」

「ええ、借り物で遊べるほど、肝座ってないんで」

 

 911の形をしたキーを手渡されると、真っ白な911 カレラ4Sに乗り込んだ。

 何事もないように左側のドライバーズシートに収まると、如何にも「慣れてますよー」と言った体でキーを挿し、捻れば洒落た演出とともにエンジンがかかった。

 ポケットに入れておいたサングラスをかけて、セレクターをDレンジに入れれば普通に走り出すことができた。何ら怖くない。

 

 

「あーっ! プロデューサーずるい!」

「お前も後で乗れるだろー」

 

 美世の叫びも背中に、まずは御所ノ入まで降ろう。走った感じ、世の中のジャーナリストが絶賛する理由がわかる。ヤバい。普通に50km/h前後で走ってもフェアレディと段違いの安心感。流石にここで飛ばすわけに行かないのでまぁまぁのペースで抑えておくが、ハンドルを切るとスムーズにその方向を向く、とかアクセルと車速が比例する、そういうごく当たり前のことのクォリティが高い。そう感じた。

 30分ほど往復して撮れ高を確保すると、大観山に戻って2人と合流だ。

 

 

「ねぇ、プロデューサー、どうだったどうだった?」

「ヤバいこれ、欲しくなる」

 

 給料上がったし、Z売れば…… と俺の中で算段をつけたくなっていると、ポルシェの担当者さんがカタログを持ってニヤニヤしていた。後で頂きます。現実的なのはケイマンですけど。

 

 

「んじゃ、交代だな。気をつけろよ」

「もちろん。人の車で踏み込めるほど度胸ないから……」

「川島さんも、よろしくお願いします」

「わかってるわ。日比谷くんもついてくればいいのに」

「俺はあっちで話があるから」

 

 カタログを振ってるスーツの2人を軽く見ると、川島さんは俺に白い目を向けてから右側のシートに収まった。

 如何にも恐る恐る走り出した911を送り出すと、振り返って、手に持つ書類の増えてるポルシェの方々とカタログにらめっこが始まった。

 

 

「今日のあの仕様でいくら位ですか?」

「大体これくらいですね」

「おぅ……」

「ですが、今使ってる車輛ならこのお値段でどうですか?」

「あっ、これなら、うーん」

「ケイマンに同じようなオプションをつけるとこのくらいなので、まぁ、それなりに差は出ちゃうんですけど」

「モデルの価格差そのままですよね」

「そうですね。いかがでしょう?」

「アレ、いくらになります?」

「よく確認しない明確な事は言えませんが、最低でもコレは保証します」

「そうなると」

「ケイマンとほぼ同じですね」

「今度、ディーラーにお伺いします」

「はい、お待ちしております」

 

 そんなやり取りをしているうちに一通り撮り終わった2人がいつの間にか俺の後ろに居て、ニヤニヤとした笑みを向けてきた。

 

 

「へー、ポルシェ買うんだー」

「日比谷くんが買うなら私も買い替えかしらー?」

「えー、瑞樹さんずるいですー、私もポルシェ欲しー」

「おい、お前らどこから聞いてた」

「『アレ、幾らになります?』くらいですかねー、へーZ売っちゃうんだー」

「カタログを見せてもらいたいのだが、いいかい?」

「専務まで……」

 

 棒読みで地味に俺を責めて来る2人に目もくれず、黙々とカタログを見ながら何か呟いては確認を取る専務。たぶん、ガチで買う気だ。あの人の財力ならパナメーラターボSにフルオプションとか余裕なんじゃね? わかんないけど。

 

 

「で、さ、日比谷さん。あのコーナー、ホントにやらなきゃダメ?」

「そうだな。いずれポルシェを買うなら必要になるんじゃないか?」

「ぐぬぬ、で、でも、ホントに恥ずかしいんだって」

「レースクイーンであんな水着より面積少ないような衣装着てんじゃん」

「それとこれとは別なの! もう」

 

 最後のコーナー。というよりオマケに近いが、美世を隣に乗せてドライブ、という雰囲気を楽しむだけのショートコーナーだ。具体的に言うなら、俺が頭にアクションカムをつけて、隣に美世を乗せて走る。もちろんポルシェ、じゃなくて、その回で紹介する素晴らしい車で。

 走ってる間、美世は俺、もとい視聴者の皆々様と世間話と言うなの一方的な喋りをしなければならない。だけど、建前ドライブでも、実質デートみたいなもんをみんな期待するんだから当然、"その気"にさせるセリフも言ってほしいわけだ。

 

 

「ならいいぞ、川島さんにやってもらう。まぁ、言いたくないけど、あの人なら俺相手にいくらでもクサいセリフを吐いてくれるさ」

「それはないと思うな、瑞樹さんがかわいそうだよ」

「俺のための言葉なんて期待してないさ。あの人だってわかってやるだろ」

「それを理解した上でやらせようって言うんならもっと酷いと思うよ」

「俺は応える気はないからな」

「酷い人。行こ、冷めちゃったから今なら行ける」

 

 スタッフに声を掛けてから俺がドライバーズシートに収まり、隣に美世が乗る。エンジンを掛けてシートベルトを締めると、アクションカムが付いたバンドを頭に付けた。

 車内のカメラを機材係さん(RX-8乗り)が確認すると、サムズアップをしてドアを閉めた。

 

 

「美世、行くぞ」

「はい」

 

 車を出して少しすると、美世の一人喋りが始まる。今更だが、聞いているこっちもなかなか恥ずかしい。ドライブデートなんて何年もしてねぇし、大学で付き合ってた彼女、いま何してるだろうか。社長秘書とか聞いたけど……

 

 

「ね、ねぇ、今日は誘ってくれてありがと」

 

 どことないぎこちなさが可愛くて思わず頬が緩むが、声には出さない。そのままカメラの画角の端で軽く手を上げておく。

 

 

「こんな景色のいいところだなんて思わなかったよ。あんまりこっち来ないし。でも、今は緑だけど、たぶん紅葉とか、春の桜とかもキレイなのかな? ね、また来ようね。あ、次は私の運転で」

 

 おとなしく頷いておく。監督から声は出してもいい、と言われているが、視聴者代表として見れば、そんなの嫌に決まっているだろう。

 そのまま数分走って、ひとまずのゴール、御所ノ入駐車場まで走り、そのまま折り返そうとすると、美世から待ったがかかった。

 

 

「日比谷さん、写真、撮ろ?」

「そうだな」

 

 お決まりのスポットに車を止めると2人揃って降りてまずは車と景色だけで数枚。それから俺は注文を出すことにした。

 

 

「美世、フロントフェンダーに寄りかかってこっちに顔向けてくれ」

「こう?」

「ああ、いいぞ」

 

 俺の携帯と、美世の携帯両方で写真を撮ると、その後も数ポーズ撮ってからとびきりの数枚を武内Pに送る。

 それから、他愛も無い話をしながら大観山に戻ると、アクションカムを返して、川島さんの待つテントに戻った。

 

 

「美世ちゃん羨ましいわ。日比谷くんとドライブデート」

「あはは、そんなにいいもんじゃないですよ。日比谷さん喋ってくれませんし」

「うーん、それはつまらないわねぇ。でも、帰りはどうだったの? 美世ちゃんの事だから、20分ずっとかわいいセリフを言ってたワケじゃないんでしょ?」

「それは…… そうですけど」

「瑞樹さんも良ければ乗ってくださいよ、美世ちゃんと違うタイプの美人さんだ。いい絵になるだろ。な、頼むよ日比谷」

「はぁっ!?」

「いいじゃない、私にも乗せなさいよ、ポルシェ」

 

 監督の一言でなし崩し的に川島さんも載せることになった。また俺の頭にはアクションカム。車内のカメラもまたメモリーを入れ替えられていつでもイケます状態。もう逃げられない。

 

 

「はぁ、俺の名前を呼ばないこと、全て代名詞で置き換えてくださいね」

「えー、美世ちゃんとだっていちゃいちゃしてたじゃない」

「復路では、です。ちゃんと仕事してくれないと往復ですよ」

「はーい」

 

 拗ねたように言わないでくださいよ、年甲斐もない。なんて言ったら殺されそうなので代わりにサイドブレーキを解除してアクセルを少しだけ踏んだ。

 

 

「ねぇ、今日はどう? こんないい天気にいい車、最高じゃない?」

 

 走り出してしばらくすると仕事スイッチが入った川島さんはちゃんとやってくれている。俺も無言の肯定を色々な形で繰り返すのみだ。

 そして御所ノ入駐車場が見えてくると締めに入る。

 

 

「また、連れてきてくれるわよね?」

 

 世の男性は声を大にして「もちろん!」と叫びたくなるだろう、そんな一言を最後に川島さんの仕事スイッチは切れた。

 さっきと同じように駐車場で折り返そうとするとまたストップ。またしても写真を撮ろうとねだられた。

 

 

「こうかしら?」

「ええ、そうですね」

 

 勝手にいろんなポーズを取っては感想を求める川島さんの相手をしてから復路はペースを上げ気味に大観山へ戻る。

 

 

「悠くん、月末空いてる?」

「ええ、休みですけど。飯ですか?」

「どうかしら?」

「勘弁してください、毎回言ってるじゃないですか」

「今回は真剣よ?」

 

 肩に手を掛けられ、そっちを見るといつもより数倍真面目な顔で見つめられた。ハザードを炊いて路肩に寄せると、アクションカムの電源を切った。

 

 

「川島さ――」

「瑞樹」

「はぁ、瑞樹さん、何度でもいいます。俺は貴女の思いには応えられない。別に嫌ってるわけじゃないんです。ただ、俺一人のせいで貴女の人生を振り回すわけには行かないんです。わかってください」

「知ってるわよ、部長とその時はその時、って話をしてるのも」

「全く、どこまで……」

 

 アクションカムを外してダッシュボードに突っ込むと、ハザードを消して車を出した。

 川島さんはずっと黙ったままだった。

 

 

「日比谷さん、瑞樹さんに何言ったんですか」

 

 撮影が一通り終わって解散、となった後に美世にこう言われたのも仕方のない事だ。あのやり取りは監督がちゃんと消しておいてくれたから行きの使えるところだけが美世の目に入っている。

 

 

「瑞樹さんが日比谷さんを無理に誘うのは今更ですけど、今までなら断られてもあそこまで落ち込んでませんでしたよ」

「色々あったんだよ。これ以上聞くな」

「逃げるのはカッコ悪いですよ」

「逃げることが必要な場面もあるのさ。タイトル(看板)が賭かったときなんか、特にな」

 

 そう言って彼女の言うとおり、逃げるように車に乗って駐車場を出た。

 日暮れの富士山が綺麗に見えて少しばかり心が痛む。

 

 

「初めてのドライブデート、ここだったんだよなぁ。どうしてっかな、留美」




もう章分けいらないんじゃないかな(9300文字

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