The Outlaw Alternative   作:ゼミル

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TE編9:Face to Face

 

――――――全高20mの鋼鉄の巨人が地面に足跡を刻む度軋み声を上げるフレーム、雄叫びを上げた跳躍ユニットによって蹴飛ばされたかの如く前へ前へと強烈に押し出される数十トンにも及ぶ機体。

 

山吹色に染め上げられた鉄の巨人の名は、TSF-TYPE00F<武御雷>。操縦者は篁唯依。

 

 

「何時まで逃げ回るつもりだ臆病者っ!」

 

『そんなセリフは1発でも当ててみてから言ってみやがれ!』

 

「抜かすなぁ!」

 

 

前方を疾走する逃亡者――――ユウヤの操るF-15E<ストライク・イーグル>の背中に向け突撃砲を照準・発射。

 

ユウヤ機は地面を蹴ってビルとビルの間の隙間に身を隠す。36mm砲弾は標的を捉える事なく空を切り、くっと歯噛みしつつ唯依は彼の後を追従すべく機体を操作。

 

横合いから殴りつけられるような重圧感が比喩でも何でもなく彼女の身体にのしかかった。急激な方向転換を終えて再びユウヤ機を視界に捉えた時には彼との差はまたも広がっていた。

 

このような追いつ追われつの状況が先程から延々と続いている。

 

機体性能は全体的に高性能に纏められた第2世代戦術機の傑作機であるF-15Eが相手とはいえ、生産性・整備性・操作性を犠牲に機体性能を極限まで突き詰めた第3世代機と評される<武御雷>の方が明らかに上。

 

――――でありながら何故、追いつく事が出来ないのか。

 

 

「(それは私が未熟だからだ)」

 

 

唯依の<武御雷>、そしてユウヤのF-15Eには<EX-OPS>が搭載されているが、新型OSに触れた経験はアラスカに来てから初めて触れた唯依に対しユウヤは何倍もの時間新型OSを使って機体を操ってきた。その経験の差がそのまま操縦能力の差として表れているのである。

 

機動性と運動性能は<武御雷>、それも一般衛士向けのそれとは違い主機並びに跳躍ユニットの出力が30%向上しているF型が上であっても、<EX-OPS>搭載により得た従来を遥かに超える鋭敏な操作性を未だに唯依は御しきれていなかった。

 

<EX-OPS>に慣れていない唯依の操縦はまだ無駄が多く、旧OSでは処理速度の都合上反映されなかった余分な操作が敏感に拾われてしまう場合もあれば<EX-OPS>の鋭敏さを当てにし過ぎてブレーキをかけるタイミングを失し曲がる際に予想以上に軌道が外側へと膨らんでしまう時もあった。それでも地面やビルに1度も強烈なキスを行わずに済んでいるのは、元々彼女が持ちうる高い反射神経と操縦技術の賜物である。

 

僅かな操作ミスが即機体に反映される、その度合いと頻度は旧OSの比ではない。直線では機体性能のお陰で差を埋める事が出来ているが、急な戦闘機動となるとユウヤの方のより滑らか且つ無駄の無い操作が発揮されてしまい、距離が開いてしまうのだ。

 

 

「(この機体でまた無様な真似を晒す訳にはいかない!)」

 

 

足元を突き破りそうなぐらいの勢いでペダルを蹴り、跳躍ユニット出力全開。見る見るうちにユウヤ機の背中が大きさを増す。

 

突き当たりが見えてきた。この一本道はもうすぐ終わり、必然的に曲がらなくてはならなくなる。

 

 

「これならどうだ!」

 

 

再び突撃砲が火を噴く。ここまでの追いかけっこでユウヤの機動の癖は大体だが読み取れてきていたので、予め曲がるタイミングを予測した上で弾幕を張る。

 

それはユウヤも織り込み済みだったのか、唯依の予想よりも一拍早くユウヤは機体を傾けた。大半の砲弾が空を切り……だが1発だけ、ビルの陰に消える寸前だったF-15Eに命中した。

 

当ったのは跳躍ユニットの先端部分。曲がる最中に片方の跳躍ユニットが使用不能判定を食らったせいでユウヤ機がバランスを崩す。同時に突撃砲が弾切れ。重石と成り果てた突撃砲を廃棄し、背面の兵装担架に搭載していた長刀に持ち替え更に加速。今こそ追いつくチャンスだ。

 

曲がり角を抜けると、やはりF-15Eが足を止めていた。向こうもかなりの速度を出していたので、その状態で跳躍ユニットが片肺となれば制御不能となって最悪ビルの壁面に突っ込んでいてもおかしくなかったがそこはやはり選び抜かれたトップガン、危なげなく制御し切って機体を安定させ着地してみせたようだ。

 

しかし足を止めたのは致命的。このまま撃たれるより先に叩き切る!

 

 

「はああああっ!!」

 

 

地面を思い切り蹴った上で跳躍噴射。機体は鋭敏に反応し二重に加速。瞬く間に長刀の射程内へとユウヤ機を捉え――――――

 

――――裂帛の気合を込め、唯依は一刀両断の袈裟切りを放つ。

 

 

 

 

 

 

取った、と唯依は確信した。それほどの一撃、それほどのタイミングだった。

 

そう、その筈だったのだ(・・・・・・・・)

 

 

「なん……だと……!?」

 

 

愕然と呻いた唯依の網膜に投影された画面の中では、振り下ろした長刀はユウヤ機に触れる事無く完全に空を切っていた。

 

正中線上を狙って真っ直ぐに振り下ろした筈の切っ先はしかし、ユウヤ機のすぐ横の地面を抉るに止まっている。F-15Eはその場に留まったまま一歩も動いていない。唯依の放った斬撃の軌道そのものが歪まされたのである。

 

渾身の一閃が外されたその理由を唯依が悟るのに数瞬の間が必要だった。

 

目前のF-15Eは両手に構えていた突撃砲(AMWS-21)を振り抜いた体勢で停止していた。

 

 

「(突撃砲で長刀の軌道を逸らした―――!?)」

 

 

斬撃が機体に食い込む寸前に突撃砲の銃床を刀身の側面に叩き付ける事で強制的に刃の軌道を捻じ曲げた――――操作の即応性と自由度に長けた<EX-OPS>だからこそ可能な対応。

 

まさかの不発に対応が遅れる唯依。それをユウヤが見逃す筈もなく、次の瞬間衝撃と共に唯依の全身が強烈にシェイクされた。遅れて壁にぶつかって跳ね返るボールの様に彼女を揺さぶる新たな衝撃。朦朧とする意識と視界。

 

機体チェック……頭部中破。メインカメラ損傷。予備センサーに切り替え。

 

 

 

 

再度網膜投影が映し出した光景――――視界が暗転する寸前に最後に唯依が目撃したのは、自身に向けられた突撃砲の120mm砲モジュールの発砲炎(マズルフラッシュ)であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        TE-9:Face to Face

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「な、何だよその目は」

 

 

ユウヤがシミュレーターから出てきた途端、納得いかないという感情丸出しの視線に出迎えられた。

 

現在試験部隊の面々はシミュレーターを使って1対1での対人戦(時間制限有・管制無・それ以外の制約は無制限)を行っている真っ最中であり、1回勝敗がついたら即終了、全員分が終わり次第各対戦の映像を流して意見や問題点を全員でディスカッションしてからまた別の組み合わせで戦闘、という流れを延々繰り返していた。一応各員の設定担当としてリベリオンとイブラヒムがCP(コマンドポスト)に着いている。

 

視線の主はもちろんたった今彼に叩きのめされたばかりの唯依である。身長差ゆえ微妙に上目使いの形となっているせいで日頃よりも何だか子供っぽく見えてしまう。

 

段々と己の中で唯依に対してのイメージが当初の無機質な日本人形から遠のいて行っている気がするユウヤであった。

 

 

「今のは一体どういう事なのだ?」

 

「別に…大した事じゃありませんよ。予めコンボとして登録しておいた『突撃砲を使った近接格闘攻撃』を使っただけです」

 

「突撃砲を用いた近接格闘――――つまり突撃砲を長刀や短刀といった近接戦用兵装と同等に扱った攻撃という事か。そのようなやり方は初耳だが……」

 

「『突撃砲を手腕で装備した状態』という条件付きで発動するようモーションとコマンドを組めば誰でもやれますよ。これをやると突撃砲の内部機構がイカれる可能性がありますから多用は出来ませんけど、咄嗟の時には短刀を構えるより早いんで案外使えるもんです。対人戦でも不意をつけますし、生身に置き換えて考えれば格闘戦で銃使って敵を殴り倒すのは当たり前ですから―――――ま、これも受け売りですけど」

 

「それも彼(ゼロス)らからの受け売り、か」

 

 

一応理に叶っているかもしれないが、長刀でも短刀でも追加装甲でもなく戦術機の突撃砲で相手を殴り倒すなんて発想など並みの人間には思いつけない考えである。

 

一部にはYF-23<ブラックウィドウ>の標準装備であるXAMWS-24試作新概念突撃砲(ゼロス達の愛用武器でもある)のように格闘戦向けにバヨネットやスパイクを標準装備した突撃砲も作られてはいるが、やはり突撃砲を用いた格闘戦を実行に移す衛士など稀だと言っても過言ではない。

 

だが、唯依も『突撃砲は撃つ物』という固定概念に囚われていた事はまた否定出来ない事実である。

 

先程の様に突撃砲を廃棄して短刀に持ち替えるのが間に合わないタイミングではああした方がまだ速いのは自明の理だし、戦術機の膂力であれば突撃砲という鋼鉄の塊を振り回すだけでも十分な威力なのも結果が示している。上手くすれば要撃級程度でも殴り殺せるに違いない。

 

矢尽き刀が折れたのならば突撃砲で殴りかかればいい。ここに来て、戦い抜く事への飽くなき執念を唯依は改めて思い知らされた。

 

 

「それにしても、こちらに来てから驚かされてばかりで困ってしまいそうだ」

 

「俺はもう前の基地で慣れっこですよ。出会ってこの方アイツらに振り回されっぱなしで、俺はもう諦めました」

 

 

ユウヤは遠い目で空を仰いだ。もちろん天井に阻まれ青空なんぞ見栄やしない。

 

ゼロス達と関わってこの方、他の兵士と大乱闘を起こしてゼロスを止めに入るついでに巻き添えを食ってぶん殴られる事十数回。対人演習でゼロス達に振り回された結果、自他問わず高価な実機をぶっ壊し山程の始末書を書かされた回数9回。シミュレーター・実機・生身問わずハード過ぎる訓練で足腰が立たなくなったのは数え切れず。

 

ユウヤの心労――――プライスレス。

 

 

「いい加減慣れっこですけどね。訓練に付き合わされるようになってから腕が上がったのは事実だしこっち(アラスカ)に着てからゼロス達がやってる事もまだマシな方ですよ」

 

「あ、あれでそうなのか…」

 

 

唯依の額に冷や汗が浮かぶ。上官(しかも唯依が敬愛する巌谷中佐と同じ階級の人間が)手ずからコーヒーを振舞われそうになったり手料理を振舞われたり、挙句の果てにプライベートな買い物を共にしたりと、アラスカに訪れる前はまったく予想だにしなかった体験ばかり味わわされてばかりな記憶しか思い浮かばないのだが、あれで『まだマシ』…?

 

 

「以前から中佐達の性格はああだったのか?」

 

「前からゼロス達はああだったよ」

 

「…月並みな言葉だが、お前も苦労しているんだな」

 

「分かってくれるか……」

 

 

唯依の手が肩に置かれ、目頭が熱くなったユウヤは湧き出そうになった涙を堪えて目元を抑える。同情を示すかのように軽く肩を叩いてくれる唯依の気遣いが痛い。

 

……ところで場所を考えてみれば当たり前ではあるが、この場に居るのはもちろんユウヤと唯依の2人だけではない。

 

 

「(・∀・)ニヤニヤ」

 

「(・∀・)ニヨニヨ」

 

「ハッ!?」

 

 

邪な気配を感じて振り向けば、イイ感じに怪しい笑顔を浮かべるワカメ頭と白銀頭。

 

 

「いやぁ、仲が御宜しい様で何よりですね。ここまで手塩にかけて育ててきた甲斐があるってもんですよ」

 

「さっすがトップガン、あっという間にお姫様も撃墜成功ってか?俺も肖りたいもんだぜあっはっは!」

 

 

ヴァレリオの顔面に渾身の右ストレートをめり込ませてやりたい衝動に駆られたが、重苦しい溜息と共に胸の内から暴力衝動を吐き出す事で何とか堪える。

 

そしてリベリオン、お前は俺の母親か何かか。

 

 

「じ、ジアコーザ少尉!そちらの模擬戦はもう終わったのか!」

 

 

唯依が誤魔化す様に大音量でヴァレリオに問いかけた。もっとも滑らかな流線美を描く艶やかな頬は周知で赤く染まっていて内心の動揺を如実に周囲へ知らしめている。

 

このような反応を見せられてはやはり『不気味で無機質な日本人形』という第一印象は撤回せざるをえまい。

 

 

「(……幾ら『日本人』でもやっぱり『1人の人間』には変わりないって事か。もっと先入観だけで判断するような真似は控えてくべきだな)」

 

「俺の負けで終わっちまいましたよ。新しいOSに換えてから自分でもどんどん腕が上がっていくのが感じ取れてたんすけど、やっぱ油断は禁物っすよね~。調子乗って動き回ったせいで射ち抜かれちゃいました」

 

「貴方の相手はアリアでしたか。中々の接戦を繰り広げていましたけど最後に動きを読まれて狙撃されてしまいましたね」

 

「あのタイミングならギリギリ躱せると思ったんですけどね~。ちょっと調子に乗り過ぎちまったなぁ…」

 

「確かに新OSへの載せ替えによる操作性の向上によって機体性能を従来以上に限界まで引き出せるようになった事は大きいが、それでも衛士と機体どちらにも限界はある。己の技量の限界も見極めてみせなければそれが命取りとなりかねない。お互いまだまだ精進が足りないようだな、ジアコーザ少尉」

 

「その通りであります中尉殿――――――でしたらタカムラ中尉、夕食後本官と共に2人だけの自主訓練を具申致しますが、如何でしょうか?」

 

 

白い歯を光らせて(何故かキラーンと効果音まで聞こえた)さりげなく唯依の手を握ろうと詰め寄るヴァレリオ。

 

ユウヤは呆れの溜息を再度吐き出してから唯依の肩に手を置いて引き寄せ、ヴァレリオの魔の手から逃れさせた。

 

その際小さく唯依が「あっ」と声を漏らし、自分を引き寄せたユウヤの顔を呆けたように見つめていたのだがユウヤは気づいていない。

 

 

「止めとけよマカロニ。世間知らずの御姫様引っかけて手籠めにしようって魂胆満々じゃねぇか。しかも相手は上官だぜ?」

 

「おうおうカッコいいじゃねぇのトップガン。痺れるねぇ。それに男と女に国や階級差なんて関係ないもんなんだぜ?」

 

「……そんなありがちな考えのせいで煽りを喰らう人間も世の中存在するんだよ」

 

 

実感と憤りが複雑に混じり合った言葉に、流石のヴァレリオもこれ以上混ぜっ返す気が失せてしまう。

 

負の感情を俄かに醸し出し始めたユウヤにどう声をかけていいのか分からず、そんな自分を恨めしく思った唯依が唇を噛み締めた丁度その時、シミュレーターの中から激しい可動音の中でも聞こえるぐらいの絶叫が2ヶ所同時に響き渡った。

 

 

『負っけるかあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

『なっめんじゃないよおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 

「やっちゃえロッテー!」

 

 

接近戦が得意な前衛組同士で追いつ追われつ正面衝突、非常に白熱したぶつかり合いを繰り広げているのはタリサとリーゼロッテ。

 

一足先に模擬戦を終えたリーゼアリアは、外から姉妹に声援を送っていた。

 

対照的に静かな攻防を繰り広げているのはユーノとステラ。狙撃に長けた後衛同士、操縦の技量そのものよりも相手の動きを読み取って先に見つけて当てた方が勝ちと言うWWⅡの時代に逆戻りしたかのような戦いを静かに行っている。制限時間が近づいているのでそろそろどちらかが動きを見せる頃合いかもしれない。

 

 

「しっかし最近、シミュレーター使った演習が多くねぇか?いや別に他意はありませんけど」

 

「ジアコーザ少尉達昔からのアラスカ組は実機演習が当たり前だったでしょうから気になる気持ちは分かりますよ。ですけれどシミュレーターはシミュレーターなりに利点がありますから」

 

 

リベリオンが握り拳に1本だけ立てた親指で示した先には、ずらりと並ぶシミュレーターの中にタリサvsリーゼロッテ以上に激しく揺れ動く筐体が2台があった。その余りの激しさに何事かと近くによる気すら起きず、しかし興味を惹かれたユウヤ達先に模擬戦が終わった者達は模擬戦の内容をリアルタイムで見ようと試みる。

 

そして彼らは全く驚いた様子を見せなかったリベリオンを除いて驚愕に襲われる事になる。それぞれの驚きの理由は別々の内容だ。

 

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!!』

 

『無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!!』

 

『まけないもんっ……!』

 

「こりゃ魂消たね」

 

「嘘だろ……」

 

「な、何という凄まじさ……」

 

 

オープン回線から轟いたのは真っ向勝負でぶつかり合う男性と少女の咆哮。仮想空間内で繰り広げられているのは両手に短刀を構えるゼロスのF-15Eと、両前腕部に装備したモーターブレードを展開したイーニァとクリスカが操るSu-37(複座仕様のUB型)による近接戦であった。

 

見物人(ユウヤ達)の度肝を抜いたのはその攻防の苛烈さ、展開の速さである。

 

残像すら見えそうな速さでぶつけ合う刃と刃。モーターブレードをモーターブレードたらしめる細かく回転した刃が実用一辺倒の無骨なスーパーカーボン製の折り畳み式ナイフの表面を削る時間は瞬きにも満たぬ時間。触れ合う度に火花が散り両者の装甲に触れては弾けて消える。文字通りに、火花散らす激し過ぎる攻防。

 

ゼロス機の攻撃はただ単純に速く、刺突と斬撃をありとあらゆる角度からあらゆる組み合わせで切れ目なく繰り出し続け、『紅の姉妹』機はマシンガンのような短刀による攻撃をゼロス以上のペースでもってひたすら捌き続けている。まるで全ての攻撃を先読み(・・・・・・・・・)しているかのようだ。

 

 

 

 

唯依は、富士教導隊や武家の衛士でもこうまでは出来ないであろう熾烈な激戦を続けるゼロスと『紅の姉妹』の技量に瞠目し。

 

ユウヤは、出鱈目を体現したかのような上官と互角の戦いを広げるイーニァとクリスカの評価を上方修正し。

 

ヴァレリオは、初めて見るであろう『紅の姉妹』の本気とそれに容易く付いていく米軍組の指揮官に対し感嘆の念を覚え。

 

リーゼアリアは姉妹の応援に未だ夢中。

 

 

 

 

呆気に取られる3人を我に返らせたのは冷静に観戦し続けていたリベリオンの声だった。

 

 

「ここまで相棒に付いていけるのは正直想定外でしたけど、そろそろ終わりますよ」

 

「御分かりになるのですか大尉?」

 

「ええ、そろそろ彼女達(・・・)が付いていけなくなる頃ですよ」

 

 

しばらくは互角の戦いが続いていたのだが、ほんの極僅かに少しづつではあるがF-15Eが繰り出す攻撃に対し、Su-37の反応にズレが生じ始めた。

 

未だ続く攻防はもはや長刀を主体とした近接戦に強く重きを置く日本帝国近衛軍所属であり武家の出として幼少より切磋琢磨して剣術を習得してきた唯依すらも手が届かない領域に達していたが、それでも次第にゼロス機の攻撃速度に『紅の姉妹』機の対応が間に合わなくなり出しているのが唯依でも見て取れた。

 

F-15Eが放つラッシュの連射速度がSu-37の防御を上回り、次第に短刀の切っ先がモーターブレードではなくその基部の前腕部を浅く削り、ソ連軍特有の寒冷地仕様の塗装が剥げて無機質な地金を晒した。

 

 

『よ、よくもぉっ!!』

 

『あせっちゃダメだよクリスカ!』

 

『ハッハァー!まだまだイケるぜメルツェェェェェェェル!!』

 

 

誰だよメルツェルって。ユウヤがボソリと突っ込んだが他に誰も反応する事無く、クリスカとイーニァが二人羽織で操るSu-37UBは追い込まれていく。

 

距離を取って仕切り直したくともゼロスはしつこくかつ的確に2人の後退に合わせて追撃を加えてくる為、全く差を開く事が出来ないでいる。そしてその間もゼロスの乱撃乱舞は操作ミスの1つも無く、勢いが衰える気配が見られない。

 

 

『オラァ!』

 

『――――ッ!!』

 

『クリスカ、ダメッ!』

 

 

ゼロス機が超高速の刺突を放つ。『紅の姉妹』機はそれをモーターブレードで受け止めようとし……その瞬間不自然に動きが揺らぐ。短刀を受けるのではなく後退しようとする動きを見せたが、先程までの動きとは正反対のギクシャクとした精彩を欠いた動きであった。鈍すぎる

 

何が起こったのかと唯依が疑問に思う間も与えず、ゼロスは短刀による刺突をキャンセルして次の攻撃を繰り出す。

 

短刀はフェイント、本命は――――――

 

 

 

 

 

 

 

鉄柱同士をぶつけ合ったかのような硬質の激突音。

 

振り上げられたF-15Eの主脚がSu-37の主脚間の付け根、所謂股間部分に鋼鉄の巨体が一瞬浮き上がるほどの勢いでめり込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

『なあぁっ…!?』

 

「oh……」

 

「やりやがった……」

 

 

クリスカの悲鳴とヴァレリオとユウヤの呻き。特にヴァレリオなど股間を抑えて微妙に前屈みの体勢になっていた。唯依に至っては大口を開けて固まってしまってすら居る。

 

叩き込んだF-15Eの主脚の膝関節部分よりやや下に存在する短刀や予備弾倉を格納する膝部装甲は破損しフレームにも若干ながらダメージが及んだものの、被害は相手の方が大きい。

 

何せ場所が場所である。要撃級の前腕による打撃対策や自決用爆弾(S-11)を保護する為に幾分装甲が厚めに取られているとはいってもそれは前面部に限っての事、主脚内の燃料タンクと腰部の跳躍ユニットを繋ぐ重要かつデリケートな部分に想定外の方向から叩き込まれた戦術機の『蹴り』は内部機構へ確実に被害を与えていた。

 

腰部フレームに異常。主脚の可動機構と燃料系統に損傷発生。跳躍ユニット使用不能。主脚歩行能力低下。

 

格段に動きがぎこちなくなるSu-37UB。それでもまだ終わっていないと言わんばかりに右のモーターブレードを突き出したが、どう見ても苦し紛れの反撃である。

 

ゼロスは機体を半身に開いて躱し、機体の目前をモーターブレードが通り過ぎた瞬間短刀を放棄してSu-37の右手を取った。

 

 

 

 

 

 

一瞬でクリスカとイーニァの視界が反転。

 

――――伸ばされた腕を取っての一本背負い。前代未聞、戦術機による投げ技である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「理解できたでしょう?相棒の操縦でもシミュレーターでの演習でなら実機を壊さずに済みますから重宝しているんです」

 

 

頭部・背部兵装担架・跳躍ユニット・主腕部等々、多数の破損判定を受けた上しっかりと地面に叩き付けられた衝撃も再現されて目を回したソ連組を指し示しながら笑顔でぬけぬけと言い放つリベリオンに対し、ヴァレリオと唯依は顔を引きつらせユウヤは頭を抱えながら内心同じ感想を共有する事となった。

 

 

 

 

 

………そういう問題か?と。

 

 

 

 

 

 


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