The Outlaw Alternative   作:ゼミル

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書いてからまず思った事:やっぱりさっさと本編進めた方が良かったんじゃね?
…横浜勢登場と聞いて期待して下さった皆様誠に申し訳ありません、と謝らざるを得ない展開かもしれません。




そして絶望した!せっかくアニメでもラトロワ中佐活躍したのにちっとも中佐のエロい絵とか薄い本が増えないのに絶望した!


TE編15:横浜基地最悪の1日(上)

――――その日、国連太平洋方面第11軍・横浜基地は厄災に見舞われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7月の強烈な日差しと変わらぬ陰鬱さを漂わせる廃墟と化した街並みに辟易しながらも、横浜基地の正面ゲートを守る警備兵は通常通りの任務を遂行中だった。つまりこの正面ゲートに訪れる者が現れるまでひたすら銃片手に見張り続けているのである。

 

尤も、この任を与えられたその日から事前連絡も無しに現れるような不審者が正面ゲートを訪れた事など全く無かったと言って良い。故にここを守る門兵の士気は最低も同然であった。

 

 

「ん?おい見ろよ。誰か来るぞ」

 

 

呑気に大欠伸をしていた門兵の片割れがこちらに近づいてくる人影の存在に気付き、声をあげる。

 

相方から来訪者の存在を知らされたもう片方は驚いたとでも言いたげに両眉を持ち上げて額に皺を作った。どちらも退屈な仕事に腑抜け切っていたせいで、その人影は道のど真ん中に唐突に現れたのだという事にも全く気付いていなかった。

 

ゆっくりと近づいてくるその人物は国連軍のBDUを着ており、目深に野球帽を被って俯き気味なのでどんな顔立ちなのかはよく分からない。肌の色と体格から白人の男なのは間違いない。

 

男は大きなスポーツバッグを肩からぶら下げていた。中から金属がこすれ合う硬質な音が聞こえる。

 

 

「何だお前、そんな大荷物で何処行ってたんだ?」

 

「ちょいとした野暮用でな」

 

 

同じ勢力の所属と見て取った門兵が警戒した様子も見せず話しかけると相手の方も気軽に返事を返してきた。

 

 

「とりあえず認識票と許可証を見せてくれ」

 

「へいへいちょっと待ってくれ」

 

 

男がズボンのポケットに手を突っ込んで中を探るそぶりを見せると、身を捩った際に男の肩口や襟元が目に入った門兵は訝しげに目を細めた。

 

 

「お前、階級章は――――」

 

 

門兵が言い終わる前にポケットに突っ込まれていた男の腕が一瞬ブレ、空気を何かが切り裂く風切り音が聞こえた。2人の門兵の記憶はそこで途切れている。

 

ポケットから居合抜きの如く振り抜かれた男の手には漆黒の刀身を持つ異形の日本刀が握られていた。

 

今の斬撃は非殺傷設定なので命に別状はないし、肉体自体に傷も追わせていない。魔力によるスタン効果で精々数十分ほど昏倒しているだけだ。

 

一応門兵を気絶させた当人も悪い事をしているという自覚や罪悪感はあったので、熱中症にならないよう日陰まで運んでおく。しかし彼らの持つブルパップ式アサルトライフルを拾い上げた際、一瞬だけ呆れ混じりの嘆息を漏らした。

 

 

「せめて銃の安全装置は解除する位の警戒はしとこうぜ……」

 

 

門兵を運び終えた男は天鎖斬月を腰に挿しながらカバンの中身を取り出しつつ、閉じられたままの正面ゲートへと近づいていく。

 

スポーツバッグの中から取り出されたのはOA-93。M16アサルトライフルを拳銃並みにまで短縮・小型化した銃であり、小型ながら5.56mmライフル弾を使用する分火力が高く拳銃よりも小型種に効果的な事から戦術機乗りの間で一定の人気を博していた。100連発のドラムマガジンも併用すれば、有効距離こそ短いものの軽機関銃並みの火力を発揮する事が出来るし、火力の割に小型なので接近戦での取り回しにも優れる。だからこそこの銃を選んだのだ。

 

男の胸元で不意に黒色の光の粒子が生じ、全身へと広がっていった粒子は国連軍のBDUを丸々包みこんでしまった。黒色の粒子はやがて形を成し、黒革のライダースーツとボディアーマーを組み合わせたかのような衣装へと変貌する。更に頭部も野球帽ごと段階を経て覆われていくと、顔の部分が髑髏を模したデザインとなっている金属製のフルフェイスヘルメットと化した。

 

 

「こちらゼロス。今から中に入る。準備は出来てるか?」

 

『僕もいつでも動けるよ』

 

『とっくにに横浜基地の全システムは掌握済みです』

 

「分かってると思うが殺人無し、大怪我を負わせるのも出来るだけ無し、目立つ魔法を使うのも無しだかんな」

 

『それ、むしろ君の方が気を付けた方が良いんじゃないかな?』

 

「ほっとけ!」

 

『1本取られちゃいましたね相棒。それじゃあ警報を鳴らしますよ』

 

 

ゲートの目前まで近づいた男はおもむろに地面を蹴った。

 

加速も付けずにその場で軽く跳躍したにもかかわらず、男の身体は軽々と正面ゲートの高さを大きく上回り、そのままの勢いでいとも容易く鋼鉄製の門を飛び越えてしまう。

 

 

 

 

両の足底が地面に触れた瞬間、横浜基地中で一斉に警報が鳴り響いた。

 

まったく動揺した様子も無く、男は手近な建物を目指して前進していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TE-15:横浜基地最悪の1日(上)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横浜基地の副指令を務める香月夕呼が異変に気付いた発端は、基地中で鳴り響いたけたたましい警報音――――

 

ではなく、地下奥深くに存在する自室にストックしておいたコーヒーが切れてしまい、仕方なく食堂に分けて貰いに行こうと地上部に通じるエレベーターを呼び出したのが始まりであった。

 

 

「……何で降りてこないのよ」

 

 

呼び出しボタンを連打しても降りてくる気配が見られない。このエレベーターを使える人間はおいそれと存在していないので、呼び出せばすぐに来るのが普通だった。

 

――――つまり普通ではない事態が進行している。夕呼自慢の明晰な頭脳が下した判断に促されるまま、夕呼は速足に自室へ戻るとインターホンで作戦司令室を呼び出した。

 

すぐに相手が出た。つまり細工されているのはエレベーターの制御系だけで基地内の通信回線は無事らしい。

 

 

「(いいえ違う、ここのエレベーターのセキュリティに細工できるなら通信回線を予め切断出来ていてもおかしくない筈よ)もしもし?指令室?副指令の香月だけど」

 

『香月博士!今すぐ作戦指令室まで来てください!』

 

 

焦った声の向こう側から耳が痛くなるほどの警報音が聞こえてくる。

 

 

「…何か異変でも?」

 

『し、侵入者です!現在基地は何者かからの攻撃を受けています!それに通信系統を除く基地中の全システムがこちらからのコマンドを全く受け付けてくれません!』

 

「なぁんですってぇ!?」

 

 

驚きはしたが、同時に夕呼は納得もしてしまった。地上部では騒々しく警報が鳴り響いでいながら夕呼の居る地下区画はエレベーターの件を除けば完全な平穏を保っているのだ。

 

つまりこの区画は地上から隔離されてしまったという事であり、取り残された夕呼は檻の中の鼠も同然である。

 

 

「基地内に居る兵との連絡は取れる訳ね」

 

『は、はい!今の所は!』

 

「侵入者についての情報は把握してる訳?」

 

『詳細については不明ですが、武装した男が2名、別々の場所で歩兵部隊と戦闘中との報告が……えっ、嘘!?』

 

「変化があったのならさっさと答えなさい!」

 

『しっ、失礼しました!2ヶ所で侵入者と戦闘を行っていた歩兵各1個小隊が戦闘不能に陥ったそうです!』

 

「何よそれ?」

 

『被害が加速度的に増加しているらしく現場では大混乱に陥っています!』

 

 

敵は何者だというのか。

 

オルタネイティブ5の過激派が送り込んだ工作員?それにしては確認されている限り敵が2名だけ、というのが解せない。

 

彼らは囮で本命の別働隊がこちらに向かっている、というのが最も高い可能性だが、セキュリティを突破してエレベーターを封鎖しておきながら何故通信回線は放置してあるのか、夕呼にはそれが引っ掛かる。

 

それに――――幾らなんでも堂々とし過ぎな気がした。陽動と混乱が目的なら爆発騒ぎでも十分な筈。わざわざ人前に姿を晒して暴れ回る必要は無い。それがまた違和感を感じさせた。

 

 

「……神宮司軍曹に連絡して完全武装で私の研究室があるフロアまで至急来るように伝えて。それから伊隅大尉を呼び出しなさい。確か今頃はシミュレータールームを使ってた筈だから」

 

『至急繋げます!』

 

 

すぐに夕呼直属の特務部隊A-01の現部隊長を務める伊隅みちると繋がった。

 

 

「伊隅、今すぐ速瀬と一緒に武装してまりもと合流した後私の研究室に向かいなさい。いい、大至急よ」

 

『香月副指令、一体何が起きたというのですか?』

 

「侵入者よ。今の所たった2人みたいだけどどれだけ伏兵が居るのか見当がつかないわ。だけど十中八九目的は私でしょうね。制御系が乗っ取られて地下直通のエレベーターが使えなくなってるもの」

 

『何ですって!至急部下と共に神宮司教官と合流後、そちらに駆け付けます!』

 

 

教え子時代の神宮司『教官』という呼び方を思わず口走ってしまった辺り、伊隅がどれだけ慌てているのかが如実に窺い知れた。

 

いざという時は無理矢理エレベーターの扉を開けてワイヤーを懸垂下降(ラペリング)してでも駆けつけてくれるに違いない。問題は彼女達の救援が間に合うか、だ。

 

 

「荒事は私の専門じゃないってのに……」

 

 

忌々しそうに独りごちながらも、夕呼は学術本や論文で山積みになった愛用のデスクの引き出しからH&K・USPを取り出した。護身用として一応所持していたが、実際に使う機会が訪れるとは思っていなかった。

 

不慣れな手つきでスライドを引き、何とか初弾を装填し終える。そこで視線を感じたので顔を上げた。

 

何時の間に部屋に入って来ていたのか、黒い兎の耳を模したカチューシャを付けた銀髪の少女が夕呼を見据えていた。

 

銀髪の少女の名は社霞という。いかにも持ち慣れなさそうに拳銃を握っているのを見られた夕呼は、何となく見られてはいけないものを目撃されてしまった感覚に囚われた。

 

 

「……大丈夫だから、アンタは部屋の奥に隠れてなさい。良いわね?」

 

 

 

 

霞は静かにコクリと頷くだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甲高い警報音の合間から聞こえてくる激しい銃声は、うら若き少女達の元にも頻りに届いていた。

 

 

「ねぇ、銃声が近づいてきている気がするんだけど……」

 

 

そう漏らしたのは第207衛士訓練部隊の分隊長を務めている榊千鶴。彼女と犬猿の仲でありながら分隊随一の格闘センスを有する彩峰慧も、マイペースの象徴である鉄面皮を緊張で僅かに引き攣らせながら同意した。

 

 

「……さっき通り掛かった兵士の無線から聞こえてたけど、たった2人の侵入者に既にかなりの数の歩兵がやられたって」

 

「た、たった2人なのに!?一体どんなのが相手だっていうんですか~」

 

 

情けない悲鳴を上げたのは珠瀬壬姫で、その隣に立つ鎧衣美琴は「う~ん、この銃声は5,56mmかな。もう片方の銃声は5.7mmだねきっと」と1人銃声の内容を分析している。

 

そして訓練兵最後の1人で最後尾を歩いていた御剣冥夜は、背後から複数の覚えがある気配を感じ取って振り向いた。立っていたのは和装をアレンジした独特のデザインの帝国斯衛軍の軍服に身を包んだ4人の女性である。赤い軍服を着た1人が中尉で白色の軍服を着る残りの3人が少尉。

 

所属は違うとはいえれっきとした尉官である。訓練兵である冥夜とは天と地ほどの階級差だ。そうでありながら服が汚れるのも構わず冥夜の足元に跪いた彼女らの冥夜に向ける態度は、まるで主君に相対しているかのような雰囲気を漂わせている。

 

本来どこぞの訓練部隊の部隊長ほどではなくともそれなりに規律や上下関係に煩い冥夜からしてみればこのような態度は向けられたくないのだが、今は緊急時である以上呑気に文句をつけてはいられない。このまま話を進める事にする。

 

 

「冥夜様」

 

「月詠か」

 

「まずはこちらを。誠に勝手ながら火急の時と判断し、冥夜様のお部屋に入らさせていただきました」

 

 

赤服の中尉が恭しく差し出したのは皆琉神威、国連軍入隊の折剣の師匠より直々に賜った名刀であり、冥夜の愛刀でもある。丁度訓練終了後で身を守る得物は手元に持ち合わせていなかったので、非常にありがたいタイミングだ。

 

 

「危険が迫っております。我らが御守り致しますので、至急速やかに我らと共に安全な場所まで避難して頂きたく存じます」

 

 

第19独立護衛小隊の長を務める月詠真那に進言された冥夜は、戸惑ったようにその凛々しい美貌を曇らせた。振り返れば訓練兵仲間が4社4様の視線を自分達に注いでいる。

 

正直言って自分達の関係は決して良好とは表現できない。しかし苦楽を共にしてきたのは事実だ。皆を置いて自分だけ退くような真似は未だ未熟の身ながら一介の武士を自負する冥夜には出来なかった。

 

 

「ならば彼女らも私と共に避難しても構わないだろうか?仲間を置いて私だけ逃げるような真似など、私には到底――――」

 

「しかし冥夜様、我らの役目は………」

 

 

月詠の声が途切れ、彼女の視線が自分の後方を捉えたまま凍り付いているのを見て取った冥夜はハッとなって振り返る。遅れて月詠と冥夜の反応から他の訓練兵や跪いたまま平伏し続けていた月詠の部下達も異変を悟り、慌てて2人が見つめる先に顔を向けた。

 

 

 

 

――――亡霊が、そこに居た。

 

 

 

 

何時からそこに立っていたのか定かではない。その瞬間まで気配も足音も無く、長髪を首の後ろで軽く束ねた男が悠然と立ち尽くしていた。

 

『彼』に対しその場に居た者全員が『亡霊』という印象を抱いたのは生気が完全に抜け落ちたかかのような真っ白な髪のせいか。それとも危うい程希薄な気配によるものか。黒のロングコートを着て両手に拳銃を握り締めた亡霊の噂話など、冥夜は聞いた事が無かったが。

 

顔の上半分を覆うぐらいの黒いバイザーに目鼻が隠され顔立ちはうかがえない。ただ唯一露出している唇は薄く弧を描いているが、それもまた能面のように作り物めいた空虚感しか冥夜には感じられず――――

 

亡霊とは反対側の方から騒々しい複数の足音。10人近い重武装の歩兵が亡霊の姿を捉えるなり、一斉にアサルトライフルを構えた。

 

凍り付いていた冥夜達の間で再び時が動き出す。最初に動いたのはやはりもっとも豊富な経験をこなしている月読で、真っ先に主君を守るべく冥夜の手を掴んで引き摺り倒しながら警告の叫びを上げた。

 

 

「全員伏せろ!」

 

 

ハッとなって歩兵と亡霊との間に居た者は一斉に床へと這い蹲るか出来るだけ壁にへばりつくようにしながら頭を抱えて蹲った。亡霊への射線の間に遮る物が無くなったのを見て取った歩兵は問答無用でアサルトライフルの引き金にかけた指へ力を込められた。

 

亡霊の行動は引き金が完全に引き切られるよりも速かった。

 

獣が疾走するかのごとく地を這う様な身を低くした姿勢で冥夜達を飛び越えたかと思うと、次の瞬間には先頭の歩兵の懐に侵入していた。

 

驚愕に目を見張る歩兵のライフルの銃身を左の手の甲で跳ね上げると同時に撃針が弾薬の雷管を叩き、弾頭と発砲炎(マズルフラッシュ)が連続して噴き出す。強制的に銃口が頭上に向けられた結果、全ての弾丸は天井にめり込んだ。撃ち砕かれた天板と蛍光灯の破片が歩兵達の頭上に降り注いで小さな混乱が起きた。

 

左手で先頭の兵士の銃口を払いのけると同時に、亡霊の右手に握られていた拳銃が兵士の脇腹に押し付けられていた。発砲。腹の中を突き抜け内臓を掻き回す衝撃。呼気と胃液を強制的に叩き出された兵士が崩れ落ちる。

 

亡霊は全く動きを止めず、倒れ込む兵士の後ろへとクルリと回り込む事で歩兵の塊のど真ん中へと潜り込んだ。肘を折り畳み両腕を交差させた状態で2丁拳銃が火を噴く。着弾の度兵士の肉体が電気でも流されたみたいに瞬間的にビクリと痙攣する。

 

瞬く間の早業。亡霊に弾丸を撃ち込まれた歩兵達は最初の仲間以外1発も発砲する事無く、全員同じタイミングで崩れ落ちた。その中心では一瞬で10人近い完全武装の歩兵を撃ち倒した亡霊は同時に弾切れを起こした両手の拳銃から空になったマガジンを振り捨て、コート中に仕込まれた新品のマガジンを取り換えていた。冥夜達など最初からいないかのような素振りだ。

 

彼女達の額には大量の冷や汗が浮かんでいる。狭い空間とはいえあれだけの歩兵を全く息も乱さず倒すだけの戦闘力もさる事ながら、斯衛軍も訓練兵も問わず畏怖と恐怖心を覚えている1番の理由は亡霊が纏う雰囲気の不気味さに在る。

 

 

 

 

身体の向きが僅かに横を向いているせいで見え隠れする亡霊の口元に浮かぶ微笑は、一片たりとも変化を起こしていなかった。

 

何故笑って人を撃てるのか。理解しがたい未知の存在に対する無知が生み出す根源的な恐怖心――――アレは相手にしてはいけない。生存本能が警告する。

 

 

 

 

一方で、彼女達の中にはその警鐘が逆効果に作用する者も居た。

 

 

「う、うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

「よせっ、神代!」

 

 

月詠の部下の1人である神代が背筋を震わす恐怖心を振り払うかのように裂帛の気合いを吐き出しながら、佩いていた長刀を抜き放ち亡霊へと斬りかかった。

 

彼女もまた年齢は冥夜ともさほど変わらぬうら若き乙女、しかし実際はれっきとした武家の跡取りであると同時に主君を守る盾となり剣となるべく厳しい修行を積んできた、紛う事なき1人の武士でもある。彼女の踏み込みは冥夜でも確実に捌けるか分からない程苛烈な踏み込みであった。

 

だが、しかし。

 

 

「・………」

 

「な、あっ!?」

 

 

冥夜達の眼がまたも驚愕に見開かれる。

 

神代が放った渾身の横薙ぎに対し、殆ど背を向けた状態だった亡霊の対応は極めてシンプルな物――――背を向けたまま1歩、大きく後ろへ下がっただけ。

 

たったそれだけで神代の斬撃は止められた。背中から神代にぶつかってきた亡霊の身体が柄頭を受け止めた事で、柄の延長線上にある刃も振り切られる途中で強制停止させられたからだ。

 

正確に神代との間合いと一閃のタイミングを計っていなければこのような真似が出来る筈も無い。背中に目でもついているのかコイツは!?と一同戦慄させられる。

 

 

「この賊がぁ~!」

 

「神代から離れなさい!」

 

 

仲間の危機を見て取った残りの白服、巴と戎も抜刀して上官が止める間も無く参戦。

 

亡霊は身体を90度回りながら更に背中へと体重をかける事で神代を自分ごと通路の壁へと叩き付けた。大の男と固い壁にプレスされた神代の背中と後頭部を衝撃が襲う。

 

それを見た巴は恐怖を怒りで薄らげつつ、冷静に仲間ごと切り倒さないよう横一文字ではなく唐竹割りの斬撃を繰り出した。戎は巴の攻撃がかわされた時に備え彼女の背中に隠れるような位置取りから突きの発射姿勢を取る。

 

振り下ろされる白刃――――それに合わせて響く銃声。

 

刀と共に大きく持ち上げた巴の両手を強烈な衝撃が襲った。強烈且つ予想外のタイミングで走った衝撃に逸らされていた背中が更に後ろへと押されバランスが崩れる。

 

その瞬間を巴は目撃していた。大上段に刀を構えた時点で既に相手の銃が腰溜めで向けられており、しかしその銃口が自分の顔より更に上に対し向けられていた事を。

 

 

「(柄に銃弾を…!?)」

 

 

衝撃の正体は両手からはみ出た柄の部分へ正確に当てられたから。何とか武士の魂である愛刀は手放しはしなかったが、両手が痺れて言う事を聞いてくれない上に大きな隙を晒してしまっている。

 

鋭い衝撃が巴の胴体を貫き、後ろへともんどりうって倒れこむ。

 

 

「巴!」

 

 

巴の背後に続いていた戎は自らの切っ先で巴の背中を貫かないよう身を捩る他無かった。上半身を大きく捻り軌道修正。散った仲間の無念を晴らすべく敵だけを見据え、ギリギリの瞬間まで巴の身体の陰に潜んだ状態から一気に躍り出、渾身の直突きを放った。

 

獲った!と戎は確信した。

 

その認識はすぐさま覆された。

 

死角から放たれた大木をも貫かん勢いでまっすぐ飛び出した刀身の側面に拳銃のグリップの底が触れた。

 

たったそれだけ。横合いから僅かな力を加えられただけで大きく軌道を逸らされた切っ先は亡霊の横を通り過ぎ、壁面へと突き立った。呆然となる戎。

 

 

「戎!」

 

 

一部始終を見届けていた月詠の警告も間に合わず、刀身を逸らしたのとは反対側の拳銃が吠える。鳩尾辺りに撃ち込まれた戎も巴の後を追った。

 

亡霊の背に挟まれてもがいていた神代も、顔すら向けられぬまま腋の下に回す形で押し付けられた拳銃に撃たれる形でやはり倒された。壁にもたれかかりながらズルズルと真下へへたり込む。

 

 

「貴様……」

 

 

月詠もまた刀を中段に構えてはいたが、部下とは違い冥夜を庇う位置から動こうとはしない。元より冥夜の身を守る事こそが彼女に与えられた勅命。今自分まで散ってしまえば誰が主君を守るというのか!

 

亡霊は刀を構えながらも動かない月詠に対しては襲い掛かるそぶりを見せなかった。攻撃してこなければ相手にしない、とでも言いたいのか。

 

 

「(何故、何故この者はこうも容易く人を撃てるのだ!?)」

 

 

冥夜の口の中は当の昔に干乾びている。そのくせ皆琉神威を握り締める手はじっとりと湿り酷く気持ち悪い。

 

超高速の白刃を銃弾で迎撃しいとも容易く捌いてしまうその技量も空恐ろしいが、もっと恐ろしいのは亡霊のありようそのものだった。

 

 

 

 

――――何も無い。何も無いのだ。

 

 

 

 

人を撃つ事への躊躇も嫌悪も喜びも悲しみも殺気すらも何も感じられない。まるで撃っている対象が紙の標的に過ぎない、と言いたげなぐらい感情に揺らぎが見られない。だからこそ、恐ろしい。

 

何を一体どうすれば、このような存在が生まれるというのか。

 

そのような思いを抱いたのは冥夜だけでなく、冥夜を守るべく立ち塞がる月読や伏せたまま恐る恐る顔だけ上げて事態を見守っていた訓練兵達全員が同じ考えを共有していた。

 

それ程までに、目の前の存在が恐ろしくて仕方ない。だからこそ、動けない。

 

 

「………」

 

 

彼女達の心境を透かし見るかのように、亡霊はしばらくの間冥夜達を見つめたまま動かなかった。

 

そのまま歩兵達の身体を跨いで立ち去って行く。冥夜達の興味が失せてしまったかのように。

 

 

 

 

 

 

やや離れた場所で再び銃声が交錯し始めるまで、彼女達は凍り付いたままだった。

 

 

 

 




マルチ投稿も解禁になったので一応聞いておきたいんですが、やはりこちらの方でもオリ主リリなの編を掲載した方が良いでしょうか?
こちらでも読んでみたいと思う方がいらっしゃるのでしたら一応掲載させて頂こうかと考えております。マブラヴ編だけじゃオリ主関係の設定とか分かり辛いでしょうし。


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