世も末だねぇ、とぼやくヴァレリオの声がユウヤの耳朶を打った。
歓楽街に多数存在するアルゴス小隊行きつけの飲食店の1つ、『POLESTAR』での食事中での事だ。
「何の話だよマカロニ」
「コイツだよ、ほれ」
ヴァレリオが差し出してきたのは新聞。非常に意外な事に、このイタリア人は新聞や本を隅から隅まで読み尽くすタイプなのである。
まぁあまりに意外過ぎたものだから思わずユウヤが問い詰めてみた所、ヴァレリオ曰く『女を口説くのに使えるネタは豊富であればある程良い』との事。流石イタリア野郎と言わざるを得ないが、もう少し別の方向にその執念を使うべきじゃなかろうか?
理由はともかく、見た目に似合わぬ読書家兼勉強家なイタリア人からユウヤは新聞を受け取る。細くも軍人らしく隆起したヴァレリオの指先がトントンと示した部分に視線を集中させ、内容に目を通していく。
「『キリスト教恭順派の施設で火事……焼け跡から大量の武器が発見……難民系テロ組織との関わりを示す書類も』だぁ!?」
「恭順派ってあれだろ、『BETAは神の使いであり人類は滅ぼされる運命なのだー』とかロクでもない教えをブチまけてた奴らの事だろ?」
「そうね、だけど元々信者数が膨大なキリスト教の一派だったのに加えて、恭順派の指導者が謎が多いけどカリスマ性の高い人物だったせいで最近急速にその勢力を拡大しつつあったそうよ」
例によって同席していたタリサとステラも話に加わってきた。
ベクトルは逆方向だが美女・美少女と表現して差し支えない2人の顔色は何処となく優れない。恭順派について述べた時も、まるで嫌な事を思い出したと言わんばかりにつまらななそうな口調である。
「でもよステラ、その恭順派の指導者様とやらもこの火事で纏めて死んじまったらしいぜ?」
何かが複数、続けざまに砕ける音がすぐ横でけたたましく鳴り響いた。
「うわっ、大丈夫かよナタリー!」
「え、ええっごめんなさい。ちょっとボーっとしちゃって……」
顔なじみであるこの店の店員……ナタリー・デュクレールが料理の乗った皿を纏めて床に落としてしまったようだ。
接客中は臍だしタンクトップにホットパンツという妙に露出度の高い衣装でステラにも劣らぬ豊満な乳肉を周囲に見せつけている彼女だが、何だか今日の顔色は白色人種である点を差っ引いても嫌に白っぽく、血の気が足りていないように思える。
「何か今日は顔色悪いぞナタリー。どっか具合でも悪いんじゃないか?」
「だ、大丈夫、心配してくれてありがとうタリサ……」
「……で、マカロニは何でこの記事見て『世も末』だなんて言ったんだ?」
ユウヤが言葉の真意を問うと、ヴァレリオは頭の後ろで両手を組み、背もたれに身体を預けながら自説を述べ始めた。
「それはだな、幾ら規模が大きいからって一宗派に過ぎない連中が、こんな山奥の屋敷に武器集めてたんだぞ。トップガン殿はおかしいと思わねぇのか?」
「そんな風に言われなくたって俺だっておかしいと思ってるよ。テロ組織と繋がりがある証拠も見つかってるって事は、精々何処かの難民キャンプで暴動でも引き起こそうと企んでたんじゃないか?そんな真似して恭順派に何の得があったのかは知ったこっちゃないが……」
「なもん煽られて暴動起こしても、結局すぐに鎮圧される上にキャンプに暮らしてる連中への締め付けが余計に厳しくなって、逆に損するだけだっつーの」
「まったくね。おまけに締め付けが強くなればなるほど、難民達の反感も強さを増して更なる暴動の火種になる……まったく嫌な悪循環よね。
次々愚痴に加わる仲間達。彼らの発言に非常~に実感が篭っていたのは、彼ら自身難民であるが為に、実際にその現場を味わってきたからか故か。
おもむろにヴァレリオがテーブル上に身を乗り出し、いかにもオフレコな話題っぽく声を潜めて更なる爆弾を投下した。
「――――実はよ。こいつぁMPの知り合いから聞いた話なんだが、このユーコン基地に配属されてる各国の部隊の何人かもPLFの構成員だったとかでとっ捕まったらしーぜ」
「「マジかよ!?」」
「あらまぁ!」
押し殺そうとして失敗したユウヤとタリサの驚愕の悲鳴が重なった。クールビューティなステラでさえも口元を手で覆い、目を丸くして驚きを顕わにしていた。
そこから少し離れた位置では、落としてしまった皿を片付けていたナタリーが目に見えて分かるほど大きく肩を震わせていたが、突然の暴露に驚いたユウヤ達はフランス娘の動揺に気づけなかった。
マジマジ、とゼロス発祥の新語でもって肯定してから更にヴァレリオは続ける。
「一般の部隊以外にも施設警備部隊みたいな機密エリアの警備に配属されてた連中の中にも紛れ込んでたんだとよ。施設警備の連中は戦術機も使ってたからな、もしかすると最悪この基地ん中で実弾装備の
「どーりでここ最近基地のあちこちが騒がしかった訳だぜ……ゾッとしねぇな」
多数の友軍兵士や歓楽街で働く一般人が逃げ惑う中繰り広げられる戦術機同士の乱戦――――流れ弾だけでもどれほどの被害が出るのやら考えたくもない。
ありえたかもしれない最悪の展開予想を脳内から消去しようと、ユウヤは何度も頭を振った。
「ったく、せっかく兵隊に志願して真面目にお勤めしてるアタシらの身にもなれっつーの!ただでさえ難民上がりってだけで馬鹿にしてくる大馬鹿野郎もいるってのによぉ!」
「そ、そうなのか」
「そーそー、例えばユウヤん所みたいな米軍上がりや性悪双子みてーなソ連軍の連中とかな!」
「う゛っ」
難民出身者な仲間達(特にタリサ)の発言に、人種差別は経験しても飢えや日々の寝床に苦労した事がないユウヤは、罪悪感を覚えてついたじろいでしまうのであった。
TE-18:神の与かり知らぬ地
「い、言っとくが俺までそんな性根が腐ったような連中と一緒にするんじゃねーぞ!?」
「わーってるって。というかお前がそんなろくでもない奴だったら、あの鉄の鬼神に気に入られる筈もねーだろうしな」
「気に入られるどころか下手すりゃ不名誉除隊にレブンワースでの長期休暇のオマケが付いてくる事請け合いだろーよ……」
レブンワースとはアメリカ第一の軍刑務所が存在する土地である。
「……そりゃまたえげつねぇな。なるべく中佐の事は怒らせないようにしねーとな」
「てか話が脱線してないか。VGから振ってきた話だろ。結局マカロニは恭順派について何が言いたいんだよ?」
「つまり俺が言いたかった事はだな、この恭順派みたいに組織を武装化するような宗教組織は絶対碌な事を考えてなかったんじゃないのかって事だ。実際PLFの連中と手を組んで何やらかそうとしてたのやら、俺は考えたくもないね」
イタリア人らしい女好きの優男であるヴァレリオだが、今日の彼は妙に言動が刺々しい。
先程のタリサやステラのように難民の救済を謳っていながら逆効果にしか働いていない
ヴァレリオの愚痴は続く。
「知ってるか?バチカンが無事だった頃なんか、そこじゃ教皇様や多くの司教様達が暮らしてたのによ、彼らの護衛はスイスの兵隊達に全て一任してたんだぜ。同じキリスト教信者の集まりなら見習えってんだ、まったく」
ようやくヴァレリオの憤りの理由がユウヤにも理解できた。今は無き、かつてのキリスト教の総本山がすぐ身近に存在したイタリア出身であるヴァレリオとしては、武装化を進めた揚句テロ組織とも手を結んでいた恭順派に含む所が多くあるに違いない。
「生憎
「カトリックどころか、
まったくである。主の御言葉の代表格である『汝隣人を愛せ』も、恭順派に限っては実践していたか全く怪しいものだ。
……それについては恭順派だけでなく、自ら恥ずかしげも無く『我々は神に愛されし存在』と嘯いているような人種差別主義者の白人にも言えるんじゃないか、ともユウヤは思う。その手の手合いにはユウヤも散々辛苦を舐めさせられたものだ。
ユウヤの髪よりも幾分濃密なヴァレリオの黒い瞳が日本人の血を引くアメリカ人を見据える。
「そーいやよ。米軍のトップガン様は教会に通ったりはしねーのか?アメリカ人だからやっぱ宗派はプロテスタントかよ?」
バチカンを失った現在でもキリスト教の中で最大勢力を誇るカトリックは、主にヨーロッパ――からの難民――や南米諸国を中心に広く信仰されている。
一方200年程前にヨーロッパからの移民が作り上げたアメリカ合衆国では、カトリックよりも歴史が浅いプロテスタントへの信仰が深く根付いている。何せアメリカ軍では基地の中のみならず規模が一定以上の軍艦にまで教会を設けたり、わざわざ大規模な部隊には必ず従軍牧師を配属させている程だ。
「いや、ガキの頃はよく家族に連れられて教会に通いはしたが……軍隊に入ってからはサッパリ足を運んだ記憶が無いな」
「あら、それはどうして?」
「そうだな。ハーフジャパニーズだからって馬鹿にしてくる周囲を見返そうとするのに必死だったのが1つ。それから――――ゼロス達があまりそういった宗教絡みの事が好きじゃないから、ってのも理由の1つかもしれないな」
ユウヤの話に対する、同じテーブルを囲む3人の興味が俄かに高まった。
「ゼロス達って教会嫌いなのかよ」
「教会というか、宗教そのものを嫌っているとかじゃなくて、信仰にずっぷりハマって抜け出せなくなったような連中を毛嫌いしてる、って言った方が良いな。俺も前の基地に居た頃酒の話でチラッと聞いた程度なんだが、昔宗教狂いの連中にロクでもない目に遭わされたって話だ」
苦々しく吐き捨てながらアルコール度たっぷりのウイスキーをストレートで一気に煽っていたゼロスの姿が、ユウヤの脳裏で詳細に再現された。
気に入らない相手には普段から不満や敵意を隠そうともしていないゼロスだが、あそこまで分かり易く嫌悪感を露わにしている彼の振る舞いは珍しかったのでかなり印象に残っている。
それも銀髪の上官だけでなく、白髪の優男や褐色美女までも同じような反応を示していたから尚更だ。
「宗教狂いな連中の事を『酔っぱらいの集まり』、って例えたりもしてたな」
「それはまた言い得て妙ね。事ある毎に神のお告げ、主の導きだ、何て言って無理難題や矛盾した主張ばかり口に出して他者の正論に耳を貸そうとしない人間は、まさに酔っ払いそっくりだもの」
ステラが関心交じりの疲れた溜息を吐く。ヴァレリオもタリサも同意とばかりに頷き合っている。
店の扉が開く音。新たに店内にやって来た人物達の正体に気づくなり、ユウヤ達は各々来客へ向けて手を振った。
「っと、こういうのを噂をすれば影って言うんだよな」
「何の話だよ」
「別に、こっちの話だ」
リベリオンとユーノを伴ってまっすぐユウヤ達の席へやってきたゼロスは、ユウヤのぶっきらぼうな返答に気を悪くした様子もなく、脇に抱えていた書類を無造作に机の上に投げた。
「ところでいきなりな話で悪いんだが――――今度俺達全員ソ連に行く事になったぞ。これ、その命令書な」
『………………………………ハァ!!?』
これが数週間前の話。
<2001年8月3日 ソ連カムチャッカ州アヴァチャ湾 ワスプ級強襲戦術機揚陸艦 LDH-7/USSイオー・ジマ>
「(……そういや共産主義国家じゃ神の存在を認めてねぇんだっけな)」
目前まで接近中の目的地、ペトロパブロフスク・カムチャツキー基地が存在するソ連の大地を揚陸艦の甲板上から眺めていたユウヤは、今回の遠征を最初に知らされる直前にアルゴス小隊の面々と交わした会話をふと思い出した。
今ユウヤの視界に広がっている光景は、出入りする数多の軍艦や基地から垂れ流される汚水で茶色く濁った海面、必要最低限の保守点検しか受けていないであろう港湾設備、どう見ても再舗装すべきであろう荒れ果てた凸凹の路面、座礁したまま無残な屍を晒され続けている軍用艦の数々。
絶え間なく湾内に響くのは様々な種類の砲音。空を見上げれば、見えるのは重苦しさ漂わせる鉛色のマーブル模様のみ――――
成程、確かに神の宿泊や寵愛とはまったく無縁な、陰鬱にも限度がある場所だ。極東ロシア最大にして最前線の基地のイメージからは非常にかけ離れている。
遠目に見える豆粒よりも小さな人影やせわしなく行き来する軍用車両、ぎこちなくもしっかり稼働中のガントリークレーンの存在がなければ、ゴーストタウンと区別がつかなかったであろう。
――――あるいは何度もBETA相手の激戦を経験し、耐え抜いてきた代償にここまで荒れてしまったのか。
<イオー・ジマ>の斜め前方にはソ連海軍の戦術機揚陸艦たる<ミトロファン・モスカレンコ>の船影。
ユウヤだけでなくゼロスやヴィンセントといった米軍組が乗り込んでいるこのUSS<イオー・ジマ>は就役ホヤホヤの最新鋭艦であり、船体には僅かなペンキの剥げすら見当たらない。
対照的に、就役から既に10年以上もの間荒れ狂う海を乗り越えながら前線と後方間の輸送任務を幾度となくこなしてきた<ミトロファン・モスカレンコ>の船体からは今やペンキの大部分が剥げ落ち、青みがかった薄灰色の塗料の代わりに潮風に痛めつけられて生じた錆の赤茶色が目立ちつつあった。ソ連海軍の揚陸艦にはユウヤを除いたアルゴス小隊他、国連軍の面々が乗り込んでいる。
就航し立ての新鋭艦を今回の遠征に引っ張ってきたのはもちろんゼロスである。「コネと権力は使ってナンボ」とは本人の弁だ。
ただゼロスがそうしたのには相応の理由があった事も、ユウヤは理解していた。
そもそも今回の遠征の目的は、大雑把に言ってしまえば<
その中にはゼロス達がグルームレイク基地配属当時から開発中だった新兵器……加えて次世代機(
アラスカを丸ごと貸与してやっている間柄であり、表向きは対BETA戦争において共闘していながら、裏側では世界の覇権を握ろうと丁々発止の諜報戦を繰り広げあっているのがアメリカとソ連という国だ。ゼロスのみならずこの件に関わる米軍上層部の一派も、<
自身にとって初めての実戦の地となる大地をしばしユウヤは睨み続け……ふいと踵を返し、未だペンキの匂いが漂っていそうなピカピカの艦内へと引っ込んだ。
「(結局やる事は変わらない。俺の役目は最高の結果を出す、ただそれだけだ)」
『演習は血を流さない実戦であり、実戦は血を流す演習である』――――昔の先達は上手い事を言ったものだ。
ユーコン基地に赴任する以前からゼロスのしごきを受け続け、夢にまで出てくるほど対BETA戦の演習も積んできたのだ。
気負いすぎる事無く、普段通りの実力を発揮すれば絶対に生き延びられる――――ユウヤは自分に言い聞かせる。
やがて先に接岸して実戦試験を行う各国の実験小隊用の機体パーツや計測器材諸々を下ろし終えた輸送艦に続き、<イオー・ジマ>と<ミトロファン・モスカレンコ>も接岸を果たす。
それまでの間、出撃していた基地所属の戦術機部隊の生き残りがあと一歩の所で機体トラブルを起こし、ユウヤ達が見ている前で仲間の機体を巻き込んで墜落・爆散までの流れを一部始終目撃するという壮絶な洗礼を受ける羽目になったが、船からの積み下ろし自体は順調に進んだ。
ペトロパブロフスク・カムチャツキー基地の灰色の地面を最初に踏み締めた時、ユウヤは言いようのない重圧感が全身に覆い被さってくる錯覚を覚えた。
一瞬、内心で歯噛みしてから、纏わりつく重圧感を振り払うように早足に歩みを進める――――今からこんな体たらくでどうする。戦場の空気に呑まれるな!
「ユ~ウ~ヤ~!!」
盛んに行き来する運搬車両の駆動音越しでもしっかりと聞こえるぐらい派手な足音と共に、数日ぶりに耳にした声が近付いてくる。
「ズルイんだよこんにゃろー!よくも自分だけピッカピカの新鋭艦で優雅な船旅味わってんだよー!」
「し、仕方ねーだろ!大体俺の所属は米軍なんだ!自分の国の船に乗るのは当たり前だし、ヴィンセントもコッチの船に乗ってんのに逆に俺だけ別の船に乗せられるのもおかしいじゃねーか!常識的に考えて!」
「元は
「それが本音かよチョビぃぃぃぃ!!」
いきなり飛びかかってきたタリサから理不尽な叱責とヘッドロックを受けてユウヤは悲鳴を上げる。
同じ小隊の仲間達は片や爆笑、もう片方はあらあらと微笑ましい視線を注ぐだけで助けてくれる皆無だった。この裏切者どもめ!
「はいはい上陸するなりじゃれつかないのそこー」
「それぐらい仲良しなのは良い事だけど場所とタイミングを考えないとねー」
「にょわっ!?な、何をするだー!」
突如拘束されるタリサの両腕。ユウヤの頭に齧りついていたタリサを引っぺがしてくれたのは英国の猫姉妹ことロッテリア、ならぬリーゼロッテとアリア姉妹である。
「周りの視線も少しは気にしなさい。ここはユーコンじゃなくてソ連、冗談の通用しない石頭の共産主義者が集まってるんだから」
言われてみれば、周囲から浴びせられる視線の質はかなり冷たい。
せっせせっせと船の積み荷の荷揚げする手を止めぬままユウヤ達へ視線を向けている基地の兵士達からは、こちらに対する敵愾心らしき暗く嫌な気配が滲み出ているようにすら感じられた。日系のトップガンとして良い意味でも悪い意味でも注目の的だったユウヤは、それが思い違いや錯覚ではないと見抜く事が出来た。
<イオー・ジマ>が積み荷を降ろす番が遂に廻ってきた。全長250mを超える船体後部に備える巨大な後部ハッチがゆっくりと上下に展開されていく。
ハッチは人員や貨物の輸送に携わる乗り物の例に漏れず車両が乗り込む為のランプを兼ねているが――――<イオー・ジマ>が運んできた中身を知らぬ者の予想と違い、船内格納庫で外の光を今かと待ち侘びていたのは、機体や兵装の部品を納めたコンテナではなかった。
次第に甲高さと音量が増しつつある駆動音が揚陸艦の内部から聞こえてきた。それも単体ではなく複数だ。艦尾側の海面がバタバタと激しく叩かれ、油と鉄錆に汚染された海水を盛大に撒き散らしていく。
後部ランプからゆっくりと姿を現したのは、1対の巨大なプロペラだ。そのすぐ下では圧縮空気によって膨らんだスカートと呼ばれるゴムクッションが船体を支えている。
「ありゃあ……
騒々しい駆動音が四方八方に響く中でのヴァレリオの呟き。
LCACは単純に例えるならば大型のホバークラフトだ。戦術機を兵装共々1機丸ごと輸送出来る程のサイズと積載量を誇り、航行速度もスクリューを用いる一般的な船舶を大幅に超えている。主にBETA勢力下の海岸地帯へ戦術機を迅速に輸送するのが役目だ。
ヴァレリオやステラ等など欧州で戦った経験がある者達は何度か目にした事があるので、普通の船には存在しない巨大なプロペラが現れた時点で即座に正体を見抜く事が出来た。同時に船体を浮かし動かす為の主機の駆動音に違和感を覚えたのは経験豊富且つ機体の仕上がり具合に敏感にならざるを得ない衛士故か。
尤もヴァレリオの推測が正しいのは半分だけで、海面から浮いて移動するホバークラフト特有の滑るような後退につれ、船体の全貌が明らかになっていく。
LCACの最大の特徴である、戦術機や完全武装の機械化歩兵が納まる中央部の輸送甲板は完全に失われていた。
と言うよりはむしろ、2つの巨大プロペラの間にある昇降用の傾斜板を除き、目の前でスルスルと揚陸艇内から姿を現したホバークラフトからはLCACとしての名残は完全に失われていたのだ。
船体全体がやや角ばり気味ののっぺりとした船体に変貌し、艦首右側に位置していた操縦区画は中央部に移動。船体の各部に散在している横長のパネルハッチは一体何だろう?
「何だ、降りて早々集まってたのかよ」
猫姉妹に続いてゼロス・リベリオン・ユーノのいつもの3人がユウヤ達の元へやってくる。条件反射ですぐさま居住まいを正して敬礼。
この場の最高階級であるゼロスは手を振って敬礼を解かせた。右手を下ろすなり真っ先にタリサがゼロスに食いついてくる。もちろん話題はゆっくりと揚陸艦から出てくる謎のホバークラフトについて。
都合3台、<イオー・ジマ>から汚染された海上へ下り立ったホバークラフトの編隊は海上船舶としては信じられない高速でこの場から離れて行った。別の港湾施設へ向かったのだろう。
「なーなー今の何だよあれ!もしかしてアレもここでテストする奴なのかよ!」
「はいはいタリサ、興奮する気持ちは分かるけど少し落ち着きなさい」
例によってステラが窘めるもタリサの耳には入っていない様子。
詰め寄られたゼロスもいつもの事なので、気分を害した風でもなくリベリオンを示しつつ軽い調子で答えてみせた。
「ま、そんな所だ。つっても本命は別だけど、さっきのもこいつが考えた作品の1つさ」
「尤もアイディアそのものは以前から別の人間が提唱していたものに過ぎませんけどね。設計思想や運用概念を考えた人も一緒に来ていますからまた後で紹介しましょう」
改造ホバークラフト以外の積み荷も続々と<イオー・ジマ>から荷揚げされていく。
新鋭揚陸艦の積み荷の中にはコンテナのみならず、戦術機輸送用の自走整備支援担架も含まれていた。自前のタイヤをピカピカのランプとボロボロのアスファルトに刻みつけながら、港内へ直接直接下り立つ。
支援担架は空荷ではなかった。ブルーシートに覆われた戦術機を乗せた大型トレーラーが試験部隊にそれぞれ宛がわれた格納庫目指して走り去っていく。更にもう1台、後に続く
大型トレーラーをジッと眺めていたタリサは、張り付くように機体を覆っていたブルーシート越しの輪郭と支援担架とブルーシート間の隙間から垣間見えた姿から、今運ばれた機体がかつて1度だけ目撃した未知の戦術機である事を目ざとくも見抜いた。
中央アジア系の少女は、胸倉に掴みかからん勢いで再び銀髪の上官へと詰め寄った。
「今の機体、もしかしてあの時のか!あれも試験すんのかよ!?」
「アレについてもまた追々合同ブリーフィングの時に話してやっから落ち着け」
「う~……本当だよな?さっきの2機の事、ちゃんと教えてくれよ!」
「オーケー約束だ。そん時まで楽しみに待っててくれ」
「しっかし何と言いますか、<EX-OPS>といい、さっきのホバークラフトといい、戦術機といい……中佐達って新型兵器のビックリ箱みてーですね」
ヴァレリオの呆れ混じりの賞賛の言葉に、しかしゼロスは親指でリベリオンを示しながら首を横に振る。
「新兵器についちゃリベリオンのお陰であって俺の功績じゃねーよ」
「あら、ですけど<EX―OPS>の機動概念は中佐が考え出したのでしょう?あの概念を生み出し、現実の物にしただけでも十分な功績ではありませんか」
イタリア男に続いて北欧のクールビューティも褒め称えるが、賞賛に対してゼロスが浮かべたのは、口元だけで浮かべたとてもほろ苦い微笑だった。
「俺は凄くなんてないさ――――そもそも暴力以外の取り柄があったら、今頃こんな所に立っちゃいねーよ」
キリスト教といえばバチカンとかどうなったんだろうね、と思ったら主にヴァレリオが妙な方向へ向かってしまいましたw
<イオー・ジマ>については登場させてからwikiで調べてる最中にTDAで登場してるのに後から気づきました。
詳細な解説も無いようなので、この揚陸艇の仕様は一応現実準拠にしています。
感想随時募集中。