The Outlaw Alternative   作:ゼミル

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TE編3:イーニァ・シェスチナの邂逅と最後の来訪者

 

ユーコン基地に所属する者達や家族が暮らす為に造られた都市であるリルフォートは、唯依にとっては珍しい物ばかりで満ち溢れる場所だった。

 

道はくまなく整備され、豊富な物資が店頭に並び、行き交う人々が笑い合っている。

 

 

 

 

そのどれもが、今の日本帝国には滅多に見られない光景。

 

 

 

 

日用品を買いにリルフォートを訪れた唯依は自分が今目にしている光景とこれまで故郷で目の当たりにしてきた風景との落差を今後の糧にすべく脳裏に焼きつけながらも、これからの自分が達成すべき課題に想いを馳せ――――

 

思考に没頭し過ぎて周囲に気が回らず、結果他の通行人にぶつかってしまう。

 

 

「あっ!」

 

「ん?」

 

「おや?」

 

 

衝撃で前のめりに転んでしまったらしい少女が唯依を不思議そうに見上げていた。

 

 

「ご、ごめんね!大丈夫?怪我は・・・・・・」

 

 

長い銀髪で無垢な瞳の美少女。慌てて立ち上がらせようと手を差し伸べ、ふと自分以外にも少女に手を伸ばしている人間の存在に気付く。

 

考え事に加えて私服姿なので気付かなかったが、相手は昨日顔を会わせたばかりの不思議な上官だった。その隣には同じく私服姿の副官の女性の姿も。

 

 

「し、シルバーフィールド中佐!?」

 

「何だ、篁か。奇遇だなこんな所で。そっちも買い物か?」

 

「は、はい!日用品を購入しようと思いまして!」

 

「そこまでカチンコチンにならなくてもいいですよ、篁中尉。相棒はそこら辺殆ど気にしませんから。ねぇ相棒?」

 

「いえ大尉、ですが・・・」

 

 

階級も付けず気軽な様子でかけてきたリベリオンの言葉にゼロスも同意する。

 

 

「そうそう、俺も堅っ苦しいのはどうも苦手だし、今はオフなんだから無礼講でかまわねーさ」

 

「しかし―――」

 

 

くきゅぅ~~~

 

 

小動物の泣き声にも似た可愛らしい音色に言葉は途切れ、次いで発生源の銀髪の少女に一同の視線が集まった。

 

 

「・・・・・・まずは腹ごしらえしないか?」

 

「ハイ・・・・・・」

 

 

無性に気恥しくなって、真っ赤な顔の唯依はゼロスの顔を直視する事が出来なかった。

 

――――少女の目が、リベリオンにじっと固定されているのも気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TE-3:邂逅と最後の来訪者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから10分後の現在。

 

人々の憩いの場となっている公園のテーブルの一角で、唯依はクレープ片手に固まっていた。彼女はクレープという食べ物の存在自体知らなかったのである。

 

 

「食わねぇのか?それとも他の物の方が良かったんなら悪かったな」

 

「いえその違います!別にそういうつもりじゃないんですが!」

 

「毒も入ってませんよ?」

 

「いやですから!」

 

 

自分も豪快にクレープに齧りつきながら余計な冗談を口にしたリベリオンの頭を軽くはたくゼロス。

 

その反対側にはイーニァが美味しそうに小さい口で自分の分にパクパク食らいついてみせていた。席の配置は丸いテーブルを中心にゼロスと唯依、リベリオンとイーニァがそれぞれ向かい合う形となっている。

 

唯依は唯依で、初遭遇の食べ物に忌避感半分興味半分。でも上官が自腹を切って買ってくれた物だったりするし、何より鼻をくすぐるフルーツと甘味の香りが・・・・・・

 

ええいままよ、と一口。

 

そして、

 

 

「~~~~~~~~~~!!?!?」

 

 

目を白黒させめまぐるしく表情を変える。唯依を良く知る彼女の副官や叔父がこの場に居たら微笑ましくも愉快そうに生温かい視線を送っていたに違いない。実際リベリオンが似たような感じだった。

 

 

「どうです、悪くないでしょう?」

 

「は、はい」

 

 

2口目。今度はじっくり味わうように咀嚼し何度も頷いてから、やがて口元が小さく笑みを形作った。

 

その時カシャリ、と奇妙な音がすぐ傍で鳴った。まるでカメラのシャッター音を電子的に合成したような音。

 

我に返って発生元を確認してみると、何やら手鏡大のプラスチックの小箱みたいな物を持ったリベリオンの姿。上の端の部分にレンズらしき物が内蔵されていて、唯依に向けられている。

 

 

「うん、良い絵が取れました。ユウヤやヴィンス辺りに見せたら喜びますよ」

 

「撮ったんですか、撮ったんですね!?お願いですから消して下さい後生ですので!」

 

「(別にそんな情報端末で撮影しなくても普通に記憶領域にしっかり保存してんだろうに)」

 

「(良いじゃないですか。これもまた風情ってもんですよ相棒)」

 

「(まあお前だし、今更な話か)」

 

 

あわあわと顔を赤くし日頃の厳格さもかなぐり捨て、リベリオンから携帯端末を奪おうとする唯依を軽くあしらいつつも声にも顔にも出さず目すら合わせないまま会話を交わす上官と部下。

 

 

「とりあえず篁、口元。クリーム付いてんぞ」

 

「あうっ!?」

 

 

一層顔を火照らせ口元をゴシゴシと拭うその姿を見、ゼロスはこう思う――――これもまたギャップ萌えってヤツかねぇ。

 

そしてイーニァがクレープを楽しむ手を止め、自分とリベリオンをじっと見つめている事にふと気付く。

 

 

「俺らにも何か付いてるのか?」

 

「・・・ううん。なんでもないよ」

 

 

そうは言うものの、少女の目線はしきりにリベリオンに向けられるのがバレバレである。

 

誤魔化すようにワザとらしく唯依は咳払いをすると、

 

 

「ところで、中佐と大尉もお買い物ですか?」

 

「ああ、細々とした物を色々とな。ま、とっくに一段落してコイツ(リベリオン)と一緒にこの街を見て回ろうとしてたとこだったんだけど」

 

「基地の中にれっきとした街がある此処と違って、グルームレイクは1番近くの街まで100kmは離れてる上に周りには荒野と砂漠しかありませんでしたからね。こういうのは本当に久しぶりなんですよ」

 

 

どうも奇遇にも唯依と殆ど同じ目的だったようだ。彼らもやって来たばかりなのだから長期滞在する以上買い出しは必須であろう。

 

残りの面々も交互に休暇を取って買い出しに出るとの事。

 

 

「篁中尉も買い物を?」

 

「はい。私の方も既に粗方終わった所で」

 

 

しばし考える素振りを見せてから、徐に笑みを浮かべたリベリオンはこう提案する。

 

 

「なら中尉も一緒に街を見て回りましょうよ。せっかくばったり出くわしたんですし、今後共にやっていく仲間同士の交流といきましょう」

 

「ええっ!?で、ですが・・・」

 

「あー、悪いが諦めろ。こういう時のコイツはブッ叩いても止まらん。俺も交流を深める事自体は賛成だしな」

 

 

大いに戸惑うが、元の所属は違えど上官からの誘いを無碍にする程度の図太さは唯依は持ち合せておらず。

 

 

「貴女も一緒にどうです?」

 

「・・・うん。イーニァもいいよ」

 

 

何故か銀髪の少女も参加決定―――――ところで少女の名前はイーニァというらしい。

 

結局優秀な軍人であっても人付き合いそのものに関しては柔軟性に欠ける唯依は、リベリオンの勢いのままリルフォート観光に雪崩れ込まれる羽目に陥るのだった。

 

 

 

 

 

 

「それにしても中々良い品揃えっぷりだなこの店」

 

「中佐はご自分で料理をなされるんですか?」

 

「ぶっちゃけ基地の食堂の飯より自分で作った方がよっぽど美味い」

 

「イギリスほどじゃありませんけどこの国も味付けもかなり大雑把ですからねぇ・・・」

 

「そうなのですか・・・しかし米軍では未だに天然物の食材を用いてると聞いていますが」

 

「材料の問題じゃねぇんだよ。材料よりも調理の仕方と味付けが肝心なんだよ。つーか醤油と味噌と白米も恋しくてしかたねーんだよ・・・」

 

「ゼロス、ないてるの?」

 

「泣いてんじゃねーやい。これは単なる心の汗だっ・・・!」

 

「(・・・?彼女、今中佐の名前を)」

 

「チクショー、せめて部屋に自前の冷蔵庫とキッチンさえあればっ!」

 

「無い物ねだりしてもどうにもなりませんって相棒」

 

「―――――そうだ篁!そっちの伝手で米と醤油と味噌こっちに送って貰えねーか!?」

 

「ええっ!?」

 

 

 

 

「一応軍人なんだしこれが当たり前だと分かっちゃいるんだけどなあ・・・」

 

「やはり湯船にのんびり浸かりたいですか?基地にはシャワーしかありませんからね」

 

「市井の者達の中には満足に風呂にも入れない者も多数存在するのですから、今の我々にはそれだけでも十分贅沢だと思います」

 

「それも理解してるけど、な。やっぱり1度慣れ親しんでると、な」

 

「あ、これイーニァがつかってるのといっしょだよ」

 

「(シャンプーハット・・・)」

 

「(微笑ましいですね)」

 

「?」

 

 

 

 

「やはり絵本1つとっても帝国とは大分作風が違うものばかりですね」

 

「でも日本だってグ○ム童話ぐらいは伝わってんだろ?」

 

「はい。そちらは童謡と並んで日本でも一般に広がっています」

 

「ゼロス、これは?」

 

「ああ勝手に離れちゃダメ――――んなぁっ!!?」

 

「・・・とりあえず、今すぐその本は元の所戻そうな?それは大人向けの本だから」

 

「イーニァはこどもじゃないよ?」

 

「と、とにかくダメよその本は!貴女にはまだ早過ぎるの!」

 

「そして何さりげなくレジに持ってこうとしてるかそこぉー!」

 

「いえ、ヴィンス達のお土産と今後の資料を兼ねて」

 

「何の資料なんですか一体!!」

 

 

 

 

 

 

そうして騒がしくもあちこちを転々とした4人がやがて辿り着いたのは、

 

 

「あ・・・・・・」

 

 

不意に唯依が立ち止まる。彼女の眼はショーウインドウに並んだカジュアルな服を捉えて放さない。まるで目当てのおもちゃの虜になった子供そっくりだった。

 

そんな様子の唯依を見、それからまずゼロスとリベリオンは顔を見合わせ、次いでイーニァとも視線を交わし。

 

直後、素早く両横に立ったゼロスとリベリオンによってガッシリと両腕を固定される段になって、ようやく唯依は我に帰る。

 

そのまま唯依はそのショーウインドウが並ぶ店の中に引きずり込まれていった。おまけとばかりにイーニァにまでコートの裾を引っ張られながら。

 

 

「すいません、彼女に店先に置いてあったあの服を。それから幾らか適当に見繕ってあげて下さい」

 

「なななな大尉!?わ、私は結構です!このような場所であんな服など!」

 

「きっとにあうとおもうよ?」

 

「言ったろ、こうなった時のコイツには勝てないって」

 

「OK!ワタシはりきっちゃいマスよ~!」

 

「張り切らないでー!」

 

 

最早涙目になりながらも結局上官に刃向かえぬままノリのいい服屋の店員まで加わってミニファッションショー開始。

 

まずは例のカジュアルファッションから。口では否定的な事ばかり漏らしていた唯依ではあったが、内心惹かれていた服を身に付ける事が出来て、思わず頬が緩んでしまう。

 

着替えさせた張本人のリベリオンと共犯のイーニァ&店員は楽しそうに笑い、溜息を吐きつつもいざという時は実力行使で主にリベリオンを止めに入るつもりだったゼロスまで感心した様子だ。

 

 

「やっぱり美人は何着ても似合うもんだよな」

 

「そ、そうですか・・・ありがとうございます」

 

 

もじもじと恥ずかしそうに身を捩らせながらも、ゼロスの褒め言葉に心なしか嬉しそうな様子の唯依。

 

・・・・・・慣れない状況に頭が熱暴走しかけなせいで、しっかりとカジュアル姿を撮影されている事に気づいていない。

 

 

「ホラお客様、こういうのもドーですかー!」

 

「きゃっ、そんな強引に、って此処で脱がさないで!?」

 

「私達も負けてられませんね。イーニァもお着替えしてみますか?」

 

「・・・うん、いいよ」

 

 

数分後、そこには今度はチャイナ服姿にさせられた唯依と同じく着替えたリベリオンとイーニァの姿が!

 

 

「ってきぐるみかよ!?」

 

「あ、可愛い・・・・お持ち帰り―――――はt!?そ、それよりた、た、た、大尉は何なのですかその破廉恥な格好は!?」

 

「ミーシャとおそろいなの」

 

「実用的なメイド服ですけど何か?」

 

「とりあえず本場のメイドに謝ってこい。何処が実用的だ一体」

 

 

ふわふわもこもこした焦げ茶の素材で出来たきぐるみ?(実際はパジャマらしい)に何故か熊耳付きのカチューシャまで装備したイーニァはまだいい。普通に『可愛らしい』の範疇だ。少なくともどこぞの雛見沢在住の少女の因果が流れこんじゃう程度には。

 

対してリベリオンはというと、そもそも何でこんな一般向けの服屋にこんな物置いてあんだとゼロスが叫びたくなるぐらい過激なメイド服――――らしき格好だった。

 

下着が普通に見えるぐらい短いスカートって意味あるのか。上のシャツもボタンが少なくて胸思いっきり見えてるし、カチューシャぐらいしかメイドっぽさ残ってないだろこれ。

 

これには流石の唯依も苦言を呈し、

 

 

「幾らなんでも破廉恥過ぎます!」

 

「おや、篁中尉の姿も中々男心を擽る格好だと思いますが」

 

「~~~~~!」

 

 

確かに深く切り込まれたスリットとか、布地がくり抜かれている胸元とか、そもそもぴっちりと身体に張り付くデザインなせいで平均以上のサイズの胸の膨らみが強調されている事に今更ながら思い至る。

 

この場で唯一の異性であるゼロスを見る。頬を掻きながら少し気まずそうに目を逸らされる。頭に血が上る。主に羞恥的な意味で。

 

 

「わ、私達軍人に相応しい格好という者はもっと実用的な――――」

 

「実用的?OK,ワカリマシタ!」

 

「え?」

 

 

ギラン!と(唯依にとって)不吉に輝くは店員の目。唯依の知覚外の速度で女性店員の両手が稲妻と化す。

 

 

「速い!?」

 

「ぶふぉっ!?」

 

「見えたっ!」

 

 

唯依が驚愕しゼロスが噴いてリベリオンは撮影機能を高速連射。

 

2秒前までチャイナドレス姿だった筈の唯依は下着姿と化していた。それも元から彼女を包んでいた自前の物ではなく、隠すべき部分が何処もかしこも透けた過激な一品へ。

 

・・・一体どうやって着せたのだろう?ゼロスの目ですら追い切れなかったのだが。

 

 

「だったらコレが1番ヨ!」

 

「なななこれは・・・・すすすすすす透けているぞ!?」

 

「実用的と言ったらコレしかないデショ?ホラ、あそこの殿方も貴女のセクシーなダイナマイトボディーにクリティカルしてマスヨ!」

 

「んなぁっ!!!?」

 

 

もう1度ゼロスの方を見てみる。今度は目元を隠すようにしながら、またも顔を逸らされた。微妙に顔も赤い。

 

 

「・・・刺激が強いのは否定しねぇよ」

 

 

そこが性的な話題への耐性が鍛えられていない唯依の限界だった。

 

 

 

 

「き、記憶を失えええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 

 

涙声混じりの悲鳴と怒号と破壊音が交錯する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううううう・・・巌谷の叔父様、私はもうお嫁にいけないかもしれません・・・・・・」

 

「大丈夫。その時は相棒に責任を取ってもらえばいいですからはぶっ」

 

「な~にほざいてやがるかこの元凶。そういう所自重しろっつってんだろコラ」

 

 

容赦なくゼロスに頭を小脇に抱えられて締め上げられるリベリオンだが、ちっとも堪えた様子はない。

 

疲れた様子で溜息をついてから、ゼロスは無造作に伸ばした手をさっきからうなだれっぱなしの唯依の頭に乗せた。

 

伝わってくる体温と節々が固い指先の感触に顔を上げ、それからようやく自分が今置かれている状況に気付く。こんな事をされたのは幼少期でも殆ど覚えが無いというのに、何故か不快感は湧いてこない。

 

 

「慰めにもならねぇだろうが、犬に噛まれたとでも思って我慢してくれや。それにしても綺麗な髪だよなー。触ってても気持ちいいし」

 

「はあ、ありがとうございます・・・」

 

 

異性、それもアメリカ人に女の命同然の髪を触れられていると理解していても拒絶する気にはならなかった。むしろ出会って間もない上官相手にこんな事をされている事への戸惑いの念が大きくてそこまで反応できない、というべきか。

 

しかし彼に他意はなさそうではあるし、指の動きも柔らかで優しく、今日1日振り回されて疲弊した唯衣の心が癒やされていくのを実感した。

 

 

 

 

ふと、彼女は思う。

 

最後にこんな風にして、現在の自国や世界の情勢を思い煩う事無く享楽を―――楽しむ時を過ごしたのは、どれだけ前だったのかと。

 

 

 

 

「ユイ?」

 

 

先程の服屋で唯一購入した熊をあしらった防止を頭に乗せたイーニァが唯依の顔を覗きこんでくる。

 

何故イーニァが唯依の名前を知っているのか、それに気付かないまま茜色に染まり出した空を見上げながら、ポツポツと言葉を紡ぎ出した。

 

 

「・・・中佐、大尉。私達は本当にこんな事をしていて、よろしいのでしょうか?BETAに蹂躙された国土には、満足に着る物もなく飢えを凌ぐのに精一杯な民が溢れているというのに・・・・・・・」

 

「そんなもん、仮にBETAがいようがいまいが必ずどこかにそんな場所が存在するに決まってるさ。少なくとも人が存在する限りは、な」

 

「ですが私は、私達は軍人です。そのような私達が、このような平安と享楽に浸るなど許されないのではないでしょうか!」

 

 

権力者の息子には徴兵を拒否する権限が与えられ、それを行使する者が殆どであるの憂いるべき現状だ。

 

唯依は違う。そもそも武家は国の為民の為戦う事が当たり前であるし、合衆国大統領の息子であるゼロスもまたその現状に憂いているのでは―――――

 

 

「ならそういう事なんだろうよ。少なくとも、お前の中ではな。別にそうやって堅っ苦しく生きるのもそっちの勝手さ」

 

 

だが彼は唯依とは違う。ある意味純粋で、ある意味無知な彼女はゼロスの本質をまだ知らない。

 

 

「俺達は俺達の目的の為に、だから軍に所属する事に決めた。俺はな顔も知らない人間を守る為だとか、愛国心だとか、そんな何処にでもあるような綺麗事なんざどうでもいいんだよ」

 

「っ!なら、何故貴方は戦うのですか!!」

 

「なもん決まってる。自分が満足する為さ」

 

「――――!!!」

 

 

急に不快感に襲われ、唯依は弾かれたように立ち上がる。今すぐこの場から去りたい衝動に駆られるがまま離れようとする。

 

 

「待って下さい、篁中尉」

 

「何でしょうか、テスタロッサ大尉」

 

 

しかし軍人としての性か、一応上官であるリベリオンに止められ反射的に足を止めてしまう。

 

 

「すいません。しかし相棒の事を勘違いされたままだとこれからの事に影響しそうでしたから」

 

「・・・何を仰りたいのでしょうか」

 

「確かに相棒は自分勝手ですが「ほっとけ!」、だからといって待ち受けている未来から目を逸らすような大馬鹿者でも、沈む船からそれを他の乗客に知らせないままさっさと逃げ出すような卑怯者でも断じてありません」

 

「・・・・・・?」

 

「要はですね、相棒にとって大切な人間というのは極少数ではあっても、その少数の人間を守る為であれば相棒は世界を救ってみせるし世界を敵に廻しても勝利してみせる―――――そういう人間だって事なんです。そしてこの世界にも相棒が守りたいと思っている存在は幾つもあります。つまり・・・・・・」

 

「中佐はその為に戦っている、と?」

 

「そういう事です。でしょ、相棒?」

 

 

話を向けられた本人は頭を抱えて悶絶中だった。

 

 

「だーっ!ハズい!ハズいんだよ!んなカッコつけた意思表明とか自分以外の口から聞かされたら滅茶苦茶きついぞ!?何だよこの羞恥プレイ!」

 

「おや、昔はしょっちゅう『世界も敵に廻してやる(キリッ)』なんてアリサとかに言ってませんでしたっけ?」

 

「殺せー!誰か俺を殺せー!!」

 

「(ところで『ハズい』とはどういう意味なのだろう・・・?)」

 

 

そんな事を思ってしまう程度には唯依の毒気は抜けさせられたようである。

 

 

「でもま、別に軍人だからってバカ騒ぎしたり遊んだりってのが許されないってのもおかしな話だと俺は思うぜ?人間たまに息抜きしなきゃ、いつかは溜め込み過ぎて一気に潰れたりするのははよくあるからな。実際似たようなの見た事あるし」

 

「そう、でしょうか」

 

「そうですよ。それに見える物、感じる物は場所によって様々ですから、そうやって自分を含めて色々な事を改めて確認するには遊びもまた必要だと私は思いますよ」

 

 

巌谷中佐を相手にしている時にも似た、年季と経験を感じさせる2人の言葉が唯依の心に沁み入る。

 

唯依は改めて今この場に広がる風景をしっかりと見回してみた。泣いている子供を慰める両親。怒る恋人を宥める男性。聞こえてくる笑い声。

 

唯依は頭でではなく魂で理解した。こういった活気に満ちた場所こそが、本来人が生きるべき姿なのだ。彼らが浮かべるような笑顔を取り戻す事こそが自分達の役目なのだ。

 

それを実現する為にも。それを達成する為にも、今から悩んで立ち止まってる場合ではない。

 

 

「ありがとうございます、中佐、大尉。自分がこれからどうしていくべきなのかが理解できました」

 

「いえいえ、別にお礼を言われるほどの事ではありませんよ。単なるおせっかいも同然ですし・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

「――――――どうして、なの?」

 

 

 

 

 

 

声をかけられて、イーニァもまた立ち上がってまっすぐ視線を向けてきていた事にようやく気付いた。

 

 

「どうしてゼロスもリベリオンもそんなにじゆうなの?イーニァといっしょで、2りもたたかうためにうまれたのに」

 

「イーニァ?一体何を言ってるの?」

 

 

彼女の言葉の意味が理解できない。2人がイーニァと一緒?戦う為に生まれた?

 

一方、問われた側の2人はただ首を竦めてみせ、唐突に問われた内容に対し決して戸惑った様子も見せず、むしろ笑ってすらみせた。

 

それも的外れな事を言われて嘲笑う訳でもなく、むしろ逆に言葉の意味をしっかりと理解し、肯定の意思すら覗かせた清々しいまでの笑みで、

 

 

「知りたいですか、イーニァ・シェスチナ少尉?」

 

「えっ、彼女も軍属なのですか?」

 

「そうですよ。イーダル試験小隊所属、彼女もまた篁中尉と共に訓練を受ける予定の1人です」

 

 

こんな幼い少女が。いや、帝国も今では16歳以上の少年少女も徴兵の対象なのだからおかしくはない。

 

ただ外見が、というよりもイーニァの放つ雰囲気がもっと幼い子供にしか思えなかったのだ。

 

 

「まあ、別にこっちも大層な事じゃないんだけどな」

 

「中佐?」

 

「ねえ、どうして?」

 

 

再度イーニァが問いかける。何処となく瞳は揺れ、声にも震えが混じっているよ気がした。

 

ゼロスは立てた親指で自身の胸元を示し、ハッキリと言い放つ。

 

 

「俺はただテメエで考え、テメエで悩んで、そしてテメエで決めただけだ。テメエがどう生き、どんな存在であろうとするのかを、な」

 

「たたかうためにうまれたのに?」

 

「生まれも育ちも境遇も知った事か。テメエの生き方なんざテメエで決めてナンボじゃねえか」

 

「・・・いーにぁにはわからないや」

 

「何時かはそんな時が来るさ―――――そん時は、イーニァが後悔しない答えを選べると良いな」

 

 

叔父様が自分に向けるものとよく似た、父性に満ち溢れた眼差し。彼も立ち上がり、軽くイーニァの頭もポンポンと撫でると、「じゃあまた明日な」と手を振りながら離れていく。

 

 

「本当に大切な事は自分で決めてこそ人間ですよ」

 

 

リベリオンもそう言ってから彼の後を追いかける。半ば呆然となって唯依が2人の後ろ姿を見つめている間に何時の間にやらイーニァも消えてしまっていて、1人唯依はベンチに取り残されていた。

 

 

「貴方達は・・・・・・一体何者なんだ?」

 

 

 

 

唯依の呟きは届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻:リルフォートより北、輸送機用滑走路にて

 

 

 

 

「此処がアラスカかあ・・・やっぱりドーバーとは空気からして違うと思わない?」

 

「そんな事より迎えは何処なのよ。せっかくわざわざイギリスから来てあげたっていうのに」

 

 

オリーブドラブの布地に砂色のシャツとネクタイと、いささか地味な色合いの軍服に身を包みそんな会話を交わす女性が2人。

 

悪戯っぽい愛嬌も含んだ美しさもさる事ながら、周囲で各々の仕事を行っている者達(特に男性陣)の注目を引く理由は、髪型が違えど2人が全く同じ顔をしている事にある。

 

彼女達は一卵性の双子であった。同じ産湯に浸かり、同じ時を過ごし、同じ部隊で戦ってきた。部隊におけるポジションまでは違うが、双子故の前衛・後衛を互いに補う抜群のコンビネーションで名を馳せている。

 

彼女達の出自と戦歴を考えればもっと目立つ―悪く言えば装飾過剰な―特注の軍服を纏っていてもおかしくないのだが、それは彼女達自身が良しとしていない。

 

例えイギリス王家の血を引いていようと、戦場では1人の兵士として戦う事に決めているのだから。

 

・・・ただし、服務規定違反に引っ掛かりそうなレベルでスカートの丈を切ってさりげなく際どくしているのは、まあご愛嬌という事で。

 

と、ようやくお待ちかねの迎えの車がやってきた。運転しているのは2人も知った顔だった。

 

 

「待たせたね。もう半年ぶりになるかな」

 

「やっほーユーノ、そっちのはアンタの部下?」

 

「そうだよ、こっちに戻ってから見つけた逸材さ」

 

「合衆国陸軍所属、ユウヤ・ブリッジス少尉であります」

 

 

ユウヤの敬礼に2人は小悪魔の笑みを浮かべたまま、折り目正しい答礼を返す。

 

 

「英国陸軍より派遣されましたリーゼロッテ・グレアム」

 

「並びにリーゼアリア・グレアム」

 

「「両少尉、現時刻をもってアウトロー特別試験部隊に着任いたします」」

 

「遥々ようこそ2人共。部隊は君達を歓迎するよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――いよいよ物語が動き出す。

 

 

 


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