The Outlaw Alternative   作:ゼミル

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TE編5:彼と彼女の事情

 

「(・・・・・・またかよ)」

 

 

『それ』に気づいた時、強化装備姿のユウヤは吐き捨てるかのようにそんな感想を抱くしかなかった。

 

日本人のハーフという生まれが原因で味わってきた様々な不愉快な過去に起因するのか、気づけばユウヤは周囲からの視線に敏感になっていた。

 

周囲から浴びる視線の内、大体は好意的には些か程遠い感情孕みの物ばかり。

 

だが最近感じる視線に含まれているのは、嫌悪や侮蔑といった負の感情というよりは興味や戸惑いが多く含まれている・・・・・・気がする。

 

でもってそんな熱い(?)視線を送ってくる正体が誰なのか、見当がついているからこそユウヤの内心をかき乱す。

 

 

 

 

これが他の人間からなら平然と受け止めるなり無視するなり出来ただろう。

 

あの日本からやって来た、いかにも『日本人は偉いのだ』と言いたげないけ好かない女でなければ。

 

 

 

 

「(言いたい事があるんならさっさと言えってんだ)」

 

 

最初に顔を合わせた頃からそうだ。同じ空間に立ち会う度、無意識なのかそれとも違うのかは知らないが、気づけば頻りに彼女は自分に物言いたげな目つきを送るようにしていた。

 

それだけでも不愉快なのに、よりにもよって訓練機―――TSF・TYPE-97・<吹雪>に乗って東側との合同テスト参加しろと仰せつかられては、ユウヤの心は余計にささくれ立つのを抑えきれない。

 

 

「(見てやがれ、その澄ました顔に吠え面かかせてやる)」

 

 

あの日本人形野郎の言いなりになるのは気に食わないが、もちろん軍人である以上命令通りには従うつもりだ。

 

 

 

 

―――――その上であの女の予想を超えた結果を残して驚かせてやる。

 

そう固く誓い、ユウヤはヴィンセントががきっちり調整してくれたであろう機体の元へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

その姿を見送った唯依はヴィンセントと細かな機体調整について議論を交わしだしたユウヤの様子を一しきり眺めてからおもむろに大きな溜息を吐き出した。

 

誰も自分の姿を見ていないと思い込んでの行動だったがそれは間違いである。

 

 

「何やってるんですか?さっきから」

 

「ひゃわあっ!?」

 

 

突然背後から浴びせられた声に唯依は思わず飛び上がる。奇声を聞きつけたユウヤとヴィンセントが訝しげにこちらを見やるのにも気づかず、唯依は犯人が誰かを確認しようと勢いよく振り向き。

 

 

「て、テスタロッサ大尉!?失礼しました!」

 

「そこまで固くなる必要はありませんよ。それでどうしたんです?さっきからまるで恋する少女みたいにユウヤに熱い視線を送っちゃって」

 

 

雪の様に白い唯依の頬が瞬時に赤く染まった。

 

 

「そそそそそんなつもりは!誰が恋する乙女ですか誰が!」

 

「ほう、乙女ではないと?なるほど、このご時世いつ死ぬか分からないのですからさっさと貞操を捨てる気持ちも分からなくはないですね」

 

「そういう意味ではありません!私はまだ接吻すら行った事もありません!」

 

 

ハンガー中に響きかねない音量で叫んでしまった事に思い至った頃には時すでに遅し。

 

・・・・・・少なくともユウヤとヴィンセントの所にはしっかり聞こえたようである。「聞いたかユウヤ今の」「またからかってんのかあの人」とのやり取りは更に真っ赤になった唯依の耳には届きはしなかったが。

 

いっその事リベリオンに掴みかかりってもおかしくないくらいの剣幕で唯依は抗議の眼差しを向けた。

 

 

「た~い~い~!」

 

「ふっふっふ、けれど実際半分ぐらいはそんな感じでしたよ?あれだけ気にしていればユウヤの方も既に気づいているでしょうね」

 

「う、そ、そうでしょうか」

 

 

表情は常日頃から張り付けている凛としたものに取り繕おうと試みつつも、完全には隠しきれずちらちらと落胆や気恥ずかしさが見え隠れする唯依の様子にリベリオンは生温かい目を浮かべてしまうのを抑えきれない。

 

意外と顔に出やすいんですねこの娘、と感想を抱きながら言葉を重ねる。

 

 

 

 

「―――――で。何でそんなにユウヤに注目しているのか教えてくれませんか?もちろん貴女が良ければでよろしいですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           TE-5:彼と彼女の事情

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、困ったのは唯依の方である。

 

所属はどうあれ相手が上官である以上、世間話レベルの会話とはいえ下手にはぐらかす訳にもいかないのだが、さりとて上手く煙に巻くだけの弁術や器用さ、それを実行に移せるような性根を持ち合わせていないのが篁唯依という少女なのであった。

 

だからといって正直に白状するのも躊躇われる。内容的にも、立場的にも。

 

唯依は、どうやらユウヤが自分個人に対して良い印象を持っていない事に気付いていた。

 

だからと言って、それを直接指摘し、問い詰める訳にもいかない理由があった。

 

 

「(『彼ら』はその事に気付いているのか?その上で放置しているとなれば・・・・・・)」

 

 

ユウヤはリベリオンやゼロス達の直属の部下である。そんな彼に詰問し、仮に騒動になろうものなら事態は単なる試験部隊内の問題に収まらない可能性だってあるのだ。

 

何故ならユウヤは日米間の合同計画において政治的に選ばれたテストパイロットであり、そして超大国の最高指導者の息子の部下という立場なのだ。

 

 

「(もし私がブリッジスに詰問し、それがシルバーフィールド中佐の耳に入って彼が出てこようものなら、最悪XFJ計画に混乱をきたすかもしれない)」

 

 

部下が他国の軍人に些細な事で叱責された事に許容できず、それを大国の方針を決定する張本人に知らせた結果外交問題に発展――――

 

そんな事態は断固として阻止せねば。そう固く誓い彼に対しては最低限の接触に止めていたつもりだったのだが・・・・・・

 

 

「(申し訳ありません巌谷の叔父様。唯依はまだまだ未熟なようです)」

 

 

自省したって今の状況が変わる筈が普通はないのだが、その時ユウヤの搭乗する<吹雪>がその巨体を動かすべく主機を起動させた唸り声が格納庫内に響きだす。周辺に居た整備兵達が踏みつぶされないように退避していく。

 

演習場に向かいだした機体が目的地にたどり着くまで少し時間がかかるが、唯依も演習の様子を逐一チェックするために移動しなければならなかった。

 

 

「そ、それでは失礼します!」

 

「言いたい事があるんでしたらいっそ正直にユウヤに告げてあげた方が良いですよー。グダグダ引っ張り過ぎて余計に拗れるよりは余程マシでしょうからねー」

 

 

リベリオンのアドバイスを、速足で離れていく途中だった唯依には背中で受け止める事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけんなよ・・・!」

 

 

ユウヤは現在の状況に対し、怒りのこもった呻き声を堪らず漏らしてしまった。

 

それはJIVES(統合仮想情報演習システム)が想定した演習内容に対しての文句ではない。ハイヴから湧き出るBETAの封じ込め。その想定そのものは散々シミュレータでもやって来た内容だ。

 

思い返せば、現実にBETA相手の実戦は未経験なユウヤが現時点における敵勢力の規模―複合センサーの範囲内だけでも千単位。尚も増大中―を知らされても然程慌てなくなったのはゼロス達のシゴキがあったからこそだろう。

 

ぶっちゃけ思い出したくもない。訓練所の教官に散々日本人とのハーフである事を罵倒され続けた日々よりも嫌な思い出だ・・・・・・お陰でこれだけの技量と肝っ玉を手に入れる事が出来たのも認めるしかないが。

 

ユウヤが文句をつけたいのはただ1つ。

 

 

「何なんだよこの機体は!バランスが滅茶苦茶じゃねぇか!」

 

 

無線が仲間内どころかCPまで筒抜けなのも忘れてユウヤはそう絶叫してしまった。

 

グルームレイクの中でも1~2位を争う凄腕だったユウヤは、これまで自分が乗ってきた機体の性能を遥かに超えるピーキーっぷりを発揮し出した練習機に早くも振り回されだしていた。

 

戦闘機動を開始した途端、いきなりバランスが崩れる。

 

主機出力が低く、その癖反応が鋭敏過ぎたり妙なブレが生じたりして跳躍ユニットを用いた機動を行うと更に不安定になる。

 

それらの理由により高速機動中の移動射撃時に至ってはFCS(射撃管制装置)のロックオンシステムによる照準補正でもカバーしきれない程、着弾がブレる。

 

高出力・射撃戦重視の米軍機に慣れ親しんできたユウヤにとっては、まるで対爆スーツを着込んだ状態で薄氷の上でタップダンスを踊っている気分だ。機体の何もかもがユウヤの命令を聞こうともしない。

 

それでもあらん限りの意地と類稀なる操縦技術を振り絞る事で撃墜判定から逃れてはいたものの、それは<吹雪>に振り回されるユウヤをフォローするタリサ・ヴァレリオ・ステラといったアルゴス小隊の面々により援護があってこそ。

 

大体、この演習が開始されて5分も過ぎていない。

 

5分も経たない内に早くもユウヤは追い詰められつつあった。まともに動けない自分が受け持つ方面から、小さな穴に流れ込む液体の様にBETAの群れが集まりつつあった。

 

 

「(落ち着け。もっと冷静になってコイツがどういう機体なのか読み取るんだ)」

 

 

ただでさえタリサ達古参連中に情けない姿を見せている上、何よりユウヤにとって我慢ならないのは―――唯依もまたCPにてこの自分の無様な様子を見物している点だ。

 

先日顔を合わせたソ連軍の衛士、<紅の姉妹>ことクリスカとイーニァも別のエリアで似たような内容を行っているのだが、あの2人よりも唯依に対してこんな姿を晒している事の方が非常に腹立たしくてならない。

 

 

「(慌てるんじゃない。いつも通り、今まで通りに機体と1つになってみせろ)」

 

 

全ての感覚に神経を集中させろ。どれだけレバーを動かせばどれだけ機体が反応するのか。どれだけペダルを踏み込めばどれだけ跳躍ユニットが機体を加速させるのか。どれだけ連射すればどれだけ照準がブレるのか。それら全てを読み取り、己のイメージを現実に反映させろ。

 

思考を切り替え、初めて自転車に乗る幼児の如き細心の注意を払って主機の唸り声を、急激な収縮によって電磁伸縮炭素体があげる悲鳴を、地面を踏み締めた脚部や突撃砲の反動を受け止める腕部の振動を、1つ1つの情報を脳裏に叩き込み、統括し、ユウヤが思い描く理想の機動を実行する前にはどうすべきかという解決策へと繁栄していく。

 

横っ飛びしながらの掃射の命中率が微妙に向上した。急旋回後の着地から次の機動を行うまでのタイムラグが0コンマ数秒早くなった。

 

僅かな改善の兆しはどんどん累積していき、次第に周囲からもハッキリと目に映る形にまで昇華する。

 

 

『こちらアルゴス3。段々調子が乗ってきたじゃねーかヤンキー!』

 

「うるせぇ!まだまだこれからだ!」

 

 

アルゴス3、ヴァレリオからの冷やかしにも強気に言い返すぐらいの余裕をユウヤが取り戻したその時。

 

 

『バカ、油断してんな!アルゴス1、チェックシックス!』

 

「!!?」

 

 

アルゴス2ことタリサの警告に従い機体を反転。視界中に数十の戦車級の群れと数体の要撃級の姿が飛び込んでくる。

 

いつの間にか自分の<吹雪>を取り囲もうとしていたBETAの群れを撃退しようと慌てて突撃砲を連射―――しようとして警告音。36mmならびに120mm、双方共に弾切れ。

 

 

「(クソッ!素人じゃあるまいし!!)」

 

 

<吹雪>の癖を全身の感覚で読み取るのに気を裂き過ぎて網膜投影が映し出す残弾数の表示の確認を怠るなんて本末転倒だろうが俺。

 

ユウヤの技量を図る為と初めて乗る機体に慣らすのが目的の演習の為か、彼の<吹雪>の装備はやや変則的だった。手持ちの武器は日本で使用されている87式突撃砲が1丁。2ヶ所ある背部マウントに同じく87式突撃砲が1丁、そしてもう1つの背部マウントには近接戦闘用の74式長刀が搭載されていた。

 

突撃砲の予備弾倉は既にゼロ。背部の突撃砲も残弾は心許無いし、後方への迎撃手段はまだ残しておきたい。

 

切羽詰まった状況でありながら即座に踏ん切りをつく事が出来ず、ユウヤは貴重な時間を失ってしまった。

 

 

『ユウヤ、何やってる!カタナを使え!』

 

 

タリサがそう荒々しく急かすほどに、ユウヤと要撃級との距離は危険な程に詰まりつつあった。

 

 

「・・・クソッタレめ」

 

 

そう吐き捨てる。目の前に迫った要撃級がサソリの針にも似た形状の凶悪な前肢を振り上げる。

 

背後から蹴り飛ばされるような衝撃。長刀を固定していた背部マウントのロッキングボルトが爆破され、その反動で自動的に頭上に持ち上げられた腕部マニピュレーターの元まで長刀を跳ね上げたのだ。

 

長刀の重さに振り回されて機体のバランスがまたも崩れる。長刀を構えたまま前のめりになって倒れ込みそうな<吹雪>。そこへ要撃級がダイヤモンドすら超える高度の前肢を叩きつけようとするのを防ぐべく、アルゴス小隊の中でも射撃能力に定評のあるステラが援護射撃を放とうと試みる。

 

 

 

 

結論から言えば、その必要は無かった。

 

 

 

 

『――――えっ?』

 

 

<吹雪>の跳躍ユニットが吠えた。UN仕様の水色の機体が浮き上がったかと思えば、上半身の姿勢はそのままに前方へと鋭く跳躍を行った。

 

そのまま要撃級の頭上でくるりと1回転。判定の結果、要撃級は縦一文字に長刀によって撫で斬りにされたと評価されてキルカウント数1追加。

 

一部始終を目撃してしまったステラが間抜けな声を漏らしてしまうほどの曲芸機動。そして超反応。<吹雪>はそのまま危なげなく着地。

 

 

「刀は、嫌いなんだがな」

 

 

愚痴を吐き捨てながらユウヤはレバーとペダルを介して、機体に握らせた長刀を振るわせた。

 

ゴルフスイングの様に足元目がけ救い上げるような軌道の斬撃。地面に線をなぞるかのように足元に集っていた数体の戦車級が胴体から輪切りにされたと判定され、映像の中でしか存在しない血しぶきが舞う。

 

長刀を振り回した遠心力を敢えて抑え込むのではなく、その勢いのままユウヤは機体をその場で1回転させた。肩から先の位置を変えて今度は横薙ぎに一閃。横一文字に切り裂かれる別の要撃級。

 

動きは止まらない。クルクルとバレリーナ宜しく踊るようなステップを踏みながらユウヤは迫り来るBETAの一団へと<吹雪>を突っ込ませた。

 

<吹雪>が舞う度刃が閃く。胴体から両断される戦車級、尾節を根元から切り飛ばされる要撃級。時速100kmオーバーの突撃をマタドールみたくひらりと交わされたかと思えば、突撃級の脚部がまとめて切り落とされてバランスを崩し横転する。

 

闘士級や兵士級といった小型種に至っては、行きがけの駄賃とばかりに長刀で薙ぎ払われたり果てには爪先でまとめて蹴り飛ばされて文字通り粉砕される始末。

 

これが仮想演習でなければユウヤの<吹雪>はBETAの体液に塗れていたであろう。

 

 

『オイオイオイ、マジでやるじゃねぇかヤンキー!日本人だけにカタナの扱いはお手の物ってか!?』

 

「俺は日本人じゃねぇ!言ってる事が矛盾してるぞ!」

 

『背中は任せろアルゴス1。そのままどんどん化け物どもをサシミにして来いよ!』

 

「了解だアルゴス3!」

 

 

網膜投影された映像に仮想の鮮血の花を幾つも咲かせながら、ユウヤは再度新たに迫るBETAの団体に斬り込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

演習を終えて格納庫に帰還し<吹雪>のコクピットから出てきたユウヤを最初に出迎えたのは、先に戻って来ていたタリサとヴァレリオからの痛烈な背中への平手打ちの連打であった。

 

合同テストの結果は最高の結果だったといっても過言ではないだろう。ユウヤ達アルゴス試験小隊は時間内に受け持ったエリア内の全BETAの掃討に成功してみせた。

 

長刀を携えたユウヤが押し寄せるBETAの大群に飛び込み一斬の元に次々BETAを斬り伏せつつも陽動を行い、無防備に晒された横っ腹や背中にヴァレリオやステラの射撃。途中からは野生の獣じみた勘と化け物じみた機動力を有するF-15・ACTVを限界まで振り回せるだけの腕を兼ね備えたタリサも加わって勢いは更に加速し、見事設定された数のBETAを全滅させきったのだった。

 

掃討までのタイムは<紅の姉妹>の方が速かったのだが、それはユウヤが最初に<吹雪>の操縦に戸惑った分撃破数が少なめだったからである。

 

 

「まさか最初は手抜きしてたんじゃないだろうな。ええ、トップガンさんよ?」

 

「んな訳ねーだろ。乗ってる機体がポンコツみたいな代物だっていうんならポンコツに相応しい操縦の仕方に切り替えただけだっての」

 

「実戦を知らねー癖にあの数の化け物相手にしてもそんなにビビッてなかったしな。中々見どころのある肝っ玉じゃねーか!」

 

「ハッ!あの程度の演習ぐらい散々やらされてきたっての!」

 

 

正確には『アイツら』がやって来てからあれ以上の内容をやらされてきたんだけどな、と内心付け足すユウヤ。そうとは知らず馬鹿笑いを浮かべてタリサとヴァレリオは彼の背中を連打連打。強化装備越しでも結構痛いというか、衝撃で咽そうになる。

 

ステラの方は柔らかく微笑みながらこちらを生温かい目で眺めてきている―――だけ。2人を止めてくれる気配は無し。ブ○ータスお前もか。

 

 

「つかお前らどれだけ叩いてくんだよ!もう十分だろうが!」

 

「あー歓談中のところ悪いんだけど・・・・・・お客さんが来てるぜ」

 

 

ヴィンセントがその場に加わって声をかけてきた。しかし微妙に引き攣った笑みなのが腑に落ちない。問題発生の気配。

 

彼が指差す先へと顔を向けると、格納庫に差し込む夕日を背負ったシルエットが目に飛び込んできた。

 

顔が見えるぐらいの距離になると彼女に対する違和感に気付いた。人間味を抑え込んだような無機質なイメージをユウヤは日頃唯依に抱いていたつもりだったが、今の彼女はどことなく張りつめたというか、刺々しい感じを俄かに漂わせている。

 

 

「(俺が上手くやってみせたのが気に入らない、って辺りだろうなどうせ)」

 

 

よくある事だ。ユウヤにとっては忌々しい事に日本人である父親の遺伝的特徴を色濃く有しているせいか、右翼寄りの同僚や上官に目をつけられてはあれやこれやと難癖をつけられてきた経験を腐るほど積んできた過去から、唯依の異変もその類だろうとユウヤは捻くれた推測を巡らせた。

 

彼女の様子が少しおかしい事はユウヤやヴィンセントだけでなく他のアルゴス小隊の面々も敏感に感じ取っていた。今は事態の推移を固唾を呑んで見守る事しか出来そうにない。ユウヤが地雷を踏み抜かないようにと切に願う。

 

 

「本日の結果・・・・・・当初は乗り慣れない機体に戸惑っていたとはいえ、中々良い結果だったと言えるだろう」

 

「お褒め頂きありがとうございます、中尉殿」

 

 

たっぷりの皮肉を声色に乗せた返答。ヴィンセントがユウヤの背後であちゃーと顔に手を当てた。

 

唯依の口元が僅かに引き攣ったのは目の錯覚か。

 

 

「・・・・・・幾つか質問をさせてもらっても構わないか?」

 

「ええどうぞ、中尉殿」

 

「米軍では近接戦をさほど重視していないと耳にしているが、貴様は長刀を扱った経験があるのか?」

 

 

演習中にユウヤが行った長刀を用いた近接戦闘機動は弧や円を描くような、跳躍ユニットによる方向転換になるべく頼らず重量のある長刀を振るった際の遠心力を最大限活かしたものであった。

 

無理矢理な機動変更や無駄な跳躍を抑え、最低限の動きを止めないまま確実にBETAに一太刀浴びせていくその戦法は、決して一朝一夕で身に着く技術ではない。

 

そのような戦い方をよりにもよって射撃戦重視の米軍―G弾が開発されてからというものその傾向が顕著だ―が華麗に披露してみせたとなっては、流石の唯依も食いつかざるを得ない。

 

 

「・・・・・・ああいった戦い方を覚えたのは最近になってからですよ。今の上官が『どんな戦い方でも出来るようになっておいた方が良い』ってしごかれましてね」

 

「シルバーフィールド中佐にか」

 

「ええその通りです」

 

 

唯依は脳裏で資料を再現する。

 

ゼロス・シルバーフィールドの名実を世界に知らしめたイギリス・ドーバー海峡沿岸部周辺での壮絶な攻防戦において、彼は補給や損傷の為に撤退する他国の部隊を掩護するべく、文字通り鬼神の如く戦い抜いたのだという。

 

中でも大きな逸話の1つとしては、彼は弾切れになってからは戦場で先に撃破されてしまった他の機体の武装をその場で調達しながらも戦闘を継続したという物がある。

 

突撃砲などは通常マニピュレーターの表面から送られてくる信号を突撃砲内蔵の機器が受信する事で発射を行う(可動兵装担架に搭載されている状態で発射できるのもそれが理由だ)のだが、信号の受信不良などに備え従来の銃火器同様に引き金によって射撃ができるよう2重の機構が備わっている。

 

ゼロスが『現地調達』しては用いたのは火器のみではない。西ドイツ軍が採用したハルバード型の長刀BWS-8やイギリス軍の<要塞級殺し>の異名を持つ大剣BWS-3、フランス軍のフォルケイトソードといった長刀類を米軍の衛士でありながら躊躇いなくその場で用いて、まさに鬼神の如き暴虐を振るって戦い抜いたという――――

 

 

「『実戦じゃその場にある物も使って戦うのは当たり前、弾が切れても機体が動きさえすれば幾らでも戦いようがある』。そんな感じで散々仕込まれましたよ」

 

「なるほど、中佐の意見は尤もだ。実戦ではBETAの物量相手ではたかが戦術機1機が携行できる弾薬の量など無いに等しい。たとえ短刀しかなくとも弾が切れた状況下においてはそれだけでもあれば立派に戦闘を続行する事が可能であり、我々衛士にとってそれは必須の技能といっても過言ではないだろう。しかし、だとすればやはりあの御仁もまた米軍でありながら得物を選ばぬ立派な武人という訳か・・・・・・」

 

 

世界は広いな、と唯依の口から漏れる。怪訝な視線を送ってくるユウヤに気付いた唯依は小さく咳払いをして誤魔化すが、顔色の赤さはすぐには消えないので無理な話ではあった。

 

そしていよいよ『本題』へと踏み込む。

 

 

「貴様の観点からして<吹雪>の乗り心地はどう感じた?」

 

「率直に言って最悪ですね。中尉殿」

 

 

唯依のこめかみがピクリと引き攣り、やり取りの様子を窺っていた整備兵達が隠しつつもざわめきだつ。

 

 

「主機の出力が低すぎて米軍機であれば問題なく行える機動もまともにできやしない。なのに機体そのものはピーキーで、まるで興奮剤を打ったロバだ。あんな有様じゃいくら練習機だからっていっても、俺からしてみれば第3世代って銘打ってる癖にF-15当たりの第2世代機にも劣る機体ですよ」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・言いたい事はそれだけか」

 

 

そう問い返すまでの沈黙の長さが、唯依の仮面の下の心情を示しているかのようだった。

 

よく見れば、自分の二の腕に置いたもう片方の手がきつくその部分を握りしめ、国連軍の制服にしわを作っている。

 

『ポンコツみたいな機体』

 

彼は自分が吐き捨てたそんな言葉がどんな意味を持つのか本当に理解しているのだろうか。

 

<吹雪>は日本初の国産第3世代戦術機<不知火>の完成直後、それまで日本帝国で採用されていた第1世代型戦術機F-4J<撃震>から乗り換える衛士の機種転換訓練用に採用された試作型<不知火>をベースに新規に設計し直された機体である。

 

試作機の発展型とはいえ、完成するまでに注ぎ込まれた開発関係者達の血と汗と涙と時間と労力がいかほどの物なのか。それ以前に<不知火>が完成するまでどれだけそれらの苦労を積み重ね、BETAの被害が次第に膨れ上がる最中どれだけの苦汁を呑んで機体の完成を待ち詫びてきたのか―---

 

それを知らぬくせに仮にも日本人の血を引いていながらよくもそんな暴言が言えるものだ、と唯依は教えてやりたかったが、なまじユウヤがしっかりと優秀な結果を残している現実、そして合衆国大統領の息子の部下であるという要素から不用意に責め立てる訳にもいかず。

 

ユウヤの暴言への怒りとそれに言い返す訳にもいかないジレンマに苛まれる唯依は、怒りのあまり歯を食い縛りながらも口は閉ざし続け、殺気すら篭った目つきでユウヤをまっすぐ睨みつける事しか出来ずにいた。

 

叶う事ならこの横っ面に1発、いや武家の名門の名残として先祖代々伝わってきた愛刀でもって一刀に斬って捨ててやりたくすらあったが、立場から許される筈が無いしそもそも刀は唯依の自室に置かれていて手元には無い。

 

しばし、ユウヤと唯依は真正面から睨み合う。

 

視線を先にずらしたのは唯依が先だった。このまま続けていたら我慢出来ずに掴み掛かりかねない。

 

激情に容易く流されそうだった己を深く諌めながら、格納庫から出て行こうとする。

 

 

「(―――――ったく)」

 

 

唯依の輪郭が来た時と比べて急に縮んだ気がした。そんな感想を抱いたユウヤは頭をグシャグシャと掻き毟ってから刹那、離れようとしていた唯依の背中に向けて声を張り上げた。

 

 

「待ってくれ中尉!!」

 

「・・・・・・まだ何か言いたい事があるのか?」

 

 

剣呑さが増した唯依の目元を無視してユウヤはこう続けた。

 

 

「さっきの言葉、訂正しますよ」

 

「何だと?」

 

「確かに主機の出力は低いとは思いますが、それは米軍機と比較した場合であって機体の軽さを考慮すれば許容範囲でしょう。跳躍後の着地時においてバランスが崩れやすいと感じましたが、機体そのものの反応の鋭敏さをを活かして素早く次の機動に移る事を想定したものと推測しています。

 また跳躍ユニット使用による空中機動を行っている時に気付いたんですが、これまで乗ってきた戦術機に比べ機体各部を操作した際の<吹雪>の反応がより鋭敏なのは・・・・・・多分、前腕のナイフシースと頭部のレーダーマストが空力学的に重要な働きを行うからじゃないですか?」

 

「あ、ああその通りだ」

 

 

跳躍ユニットによって飛翔した際に感じた不自然な機体ブレは、<吹雪>という機体そのものが空力的な影響を受けやすかった為だ。

 

今ユウヤが述べた内容は<吹雪>や<不知火>の大きな特徴と言える。ユウヤ本人にそういった特性を説明せずじまいになっていたのだが、彼は1回乗っただけでそれに気づいたというのか。

 

 

「機体そのものは低出力でまとまっている割にマニピュレーター周りは硬めてあるのも長刀を使った格闘戦に重きを置いてるから。主機の出力が低い分燃料電池の燃費も良い。とどのつまりこのタイプ97は格闘戦を中心とした長期戦に重きを置いた機体なんだと俺は把握しています」

 

「・・・・・・つまり何が言いたい?」

 

「別に、ただやっぱりコイツは日本製だけあって米軍の戦術機からかけ離れたコンセプトで開発された機体なんだって事ですよ。あっちの機体に乗りなれた俺にはかなりの暴れ馬ですけど、それさえ除けば中々面白い機体ですね」

 

「先程までと言ってる事が正反対だな」

 

「俺からしてみれば、って言った筈ですよ。それにテストした機体の悪い所ばかり見て論うなんて真似はテストパイロットには許されませんし、それに――――」

 

 

そこまで言ってから、ユウヤも顔を横に逸らす。

 

まるで恥ずかしくて相手の顔が見れないといったような雰囲気を漂わせながら。

 

 

 

 

 

 

「・・・一方的に悪い所しか見ないで良い部分を見ようとも認めようともしないんじゃ、そいつは単なるクソ野郎だ――――そう教えられましたから」

 

 

 

 

 

 

 

彼の最後の発言にポカンとした表情を浮かべる一同。

 

不意に生じた沈黙を最初に切り裂いたのはヴァレリオとタリサが我慢できずに噴き出した爆笑だった。

 

 

「ぶあっはっはっはっは!何だよそれ!結局素直に褒めたくなかっただけなんじゃねーか!!」

 

「いやいやいやいや、流石トップガン殿は見る目があるねぇ!」

 

「うるせえ、こっちは真面目に言ってんだぞ!文句あんのか!?」

 

「まー仕方ありませんよ。何たってコイツはとびっきりのツンデレってヤツなんですから」

 

「ツンデレ?初めて聞くわね。どういう意味なのか教えてくれないかしら?」

 

 

こちらも大笑いのヴィンセントと上品に口元を隠しつつ唇の端に浮かぶ笑みを隠しきれていないステラ。唯依は呆気に取られた様子で固まっている。

 

 

「『ツンデレ』っていうのはですね、気に入ってる相手に対して日頃素直じゃないくせにたまーに優しくなったり素直になるようなヤツの事を指す言葉でね。最初に言い出したのはゼロス中佐達なんですけどこれがまたユウヤにピッタリ当て嵌まるんですよ」

 

「ヴィンセントテメェも余計な事教えてんじゃねえぞ!」

 

「それは良い事聞いた!今度からトップガンのあだ名は『ツンデレ』な!」

 

「ようツンデレ!素直じゃねぇなツンデレ!」

 

「ツンデレツンデレうるせぇ!」

 

 

未だ動かない唯依を置いてけぼりにして、囃し立てるタリサとヴァレリオ、その2人を追いかけまわすユウヤ達による鬼ごっこが開始される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立ち尽くす唯依の脳裏にはユウヤの言葉がリフレインし続けている。

 

 

『一方的に悪い所しか見ないで良い部分を見ようとも認めようともしないんじゃ、そいつは単なるクソ野郎だ』

 

 

――――自分は彼の本質や背景といったものを無視して、『日本人の血を受け継いでいながら米軍に組する裏切り者』というバイアスをかけてでしかユウヤを見ていなかったのではないか?

 

 

「(やはり唯依はまだまだ未熟です、叔父様)」

 

 

尊敬する巌谷中佐であればそんな色眼鏡をかける事無くユウヤのような米軍の人間相手でも平等に接していただろう。

 

一気に視野が広がったような感覚。

 

 

 

 

自分に足りなかったのはこれだったのかもしれない、と唯依は思った。

 

 

 

 


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