The Outlaw Alternative   作:ゼミル

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TE編8:Demon of Iron

仲間の半分がもうやられてしまった。

 

前衛で生き残っているのはもう自分だけ。だけど前に出過ぎて退路を塞がれたから、自分もまたヴァルハラに旅立ってしまった戦友達の仲間入りをするのも時間の問題だろう。

 

 

『ロッテ早く、早くそこから逃げなさい!』

 

「もう無理よ、アリア。今ここで飛んだら光線級のいい獲物よ」

 

『だけど!』

 

 

自分1人―――戦術機1機を取り囲むのに軽く3桁に届きそうな数のBETAが包囲網を形成していて、更に前線から何百mも後方には今も撃破を免れた大量の光線級が犇めいていた。

 

彼女以外の勇猛果敢な衛士であってもこの状況に絶望し、とっくにS-11を起動させていてもおかしくはあるまい。

 

突撃砲の弾はとっくに全弾撃ち尽くし。愛機EF-2000<タイフーン>の全身に備えられたスーパーカーボン製ブレードも数え切れぬBETAを鎌鼬の如く切り裂いた代償にとうにその切れ味を失い、特に酷使された両腕部の物に至っては限界を迎え根元から損なわれていた。

 

機体自体も装甲部分には数え切れない量の傷が大小刻まれ、各関節部も長きに渡る戦闘機動によって激しく摩耗。跳躍ユニットの燃料もほぼ残っていない。

 

どこからどう見ても満身創痍。最後に残された無事な武器は自爆システムのみ。

 

ならば残る選択肢はこのまま戦車級に集られて生きたまま食われる恐怖にその瞬間が訪れるまで怯えるか―――――それとも自分目当てに集まったBETAどもを道連れに自分で幕を引くのか。

 

 

「ゴメンアリア、先に待ってるわね・・・・・・アンタは出来るだけ後から来てね?」

 

『止めなさいよロッテ、まだ諦めちゃダメ――――――』

 

 

自分ににじり寄るBETAを出来るだけ減らそうとMk-57中隊支援砲を撃ち続けていた自分の片割れの懇願を振り払うかのように、リーゼロッテは自爆装置を起動させるべく拳を振り上げ―――――

 

通信回線に突如飛び込んできた荒々しい男の声と、網膜投影されたメインカメラからの映像によって停止させられる

 

 

『とぉぉぉころがぎっちょん!!!』

 

 

突如地平線の彼方から空を切り裂くレーザーの光条。

 

空に存在する異物を確実に焼き尽くすとされる筈のそれの隙間を巧みに掻い潜って回避するという前代未聞の空中機動を繰り広げてこちら目がけ飛んでくる戦術機。

 

 

 

 

しばらく前にドーバー基地にやって来たアメリカ軍の連中が持ち込んだF-15系統の新型機、F-15EX<アサルト・イーグル>だった。

 

それを操るのはいけ好かない銀髪の男――――ゼロス・シルバーフィールド。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         TE-8:Demon of Iron

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

両の腕部マニピュレーターに握られた突撃砲が火を噴く。自分の機体を包囲していたBETAが次々撃ち砕かれていく。

 

続けざまに別の声、更に戦域データリンク経由に空爆警報のウィンドウが視界内で開く――――『空爆』警報?光線級が居るのに?

 

 

「『嘘ぉ・・・・・・』」

 

 

自分と片割れの声が重なった。

 

2人の視線の先には他にももう1機、鋭い空中機動で光線級の照射を回避し続ける戦術機が存在した。最初の機体は漆黒だったがこちらは白と黒のモノトーンだ。こちらも<アサルト・イーグル>同様F-15に連なる機体のようだが各部が違う。

 

F/A-15<ブラスト・イーグル>。パイロットはユーノ・スクライア。

 

 

『アウトロー2、Fox1!Fox1!』

 

 

モノトーンの機体の両肩が瞬いたかと思うと、次の瞬間大型ミサイルが2発が光線級や要塞級が展開している前線の後方へ向け突き進んでいった。AIM-54<フェニックス>クラスターミサイルかと思ったが弾速が遥かに速い。まるでミサイルというよりは流星のようだ。

 

そのミサイルの正式名称はAGM-65、通称<マーベリック>。光線級は12秒間、重光線級では36秒間という照射インターバル間に前線の後方に布陣するBETAを即時殲滅する事を目的に開発された新型大型ミサイル。

 

射程は<フェニックス>には及ばないが、代わりの最もたる特徴は秒速1500mを超える飛翔速度だ。それにより光線級の再照射前に着弾をさせる事が可能となっている。誘導性能や精度も然程重要視されていないから高価な誘導装置も必要無くコストパフォーマンスも高い。

 

搭載弾頭は小型化されたS-11。

 

 

『対ショック姿勢!』

 

 

いつの間にか目の前に着地していた<アサルト・イーグル>がリーゼロッテを庇うようにミサイルが飛んで行った方向に背を向ける。警告の通信に反射的に彼女も身構えた。

 

遠方で大爆発。白い閃光が2つ同時に生じ、あっという間に強烈な爆風がリーゼロッテの元にまで到達してきて機体が揺さぶられる。

 

 

『こ、こちらCP!光線級、重光線級ならびに要塞級の8割の殲滅を確認・・・!』

 

『よし、これでかなり動きやすくなったな』

 

『それでも戦車級や要撃級はまだまだ腐るほど残ってるけど、もうひと踏ん張りって所かな』

 

 

驚愕に彩られたCPの報告に満足げな様子で頷くゼロスの声。気を抜かない方が良いとユーノが返しながら機体をゼロスの隣に着地させる。

 

大規模侵攻前の幾度かの『間引き』にて遠目から彼らの機体を確認した事があったが、間近で眺めるのは初めてだった。

 

全体的なシルエットはどちらもよく似ている。従来のF-15系よりも大型化しがっしりとした印象。特に既存の機体と大きく違うのは日本の鎧で言う『袖』の部分のような小型の追加装甲が肩部装甲の両端に備えられているのと、1対の可動式追加スラスターを背部に背負っている点だ。可動兵装担架システムはスラスターの外側に移動されている。両の腕部には格納式の固定ブレード。

 

<アサルト・イーグル>には袖の部分にソ連機やEF-2000にもみられるスーパーカーボン製ブレードが、<ブラスト・イーグル>には先程まで<マーベリック>ミサイルを収めていた大型ミサイルポッドが装着してあったが、左右3つずつのミサイルポッドはもう全て空で、カーボンブレードもBETAの体液と肉片がべったりこびりついている。

 

漆黒とモノトーンの機体は出鱈目な極彩色に染め上げられ、この2機もまた過酷な戦場を戦い抜いてきたばかりなのだと思い知らされた。

 

そんな彼らが助けに来てくれるなんて思いもよらなかった。

 

 

「アンタ達、何で・・・・・・」

 

『通信聞いて戦線崩壊しそうだからさっさと受け持ちの方面片付けて駆け付けただけだが?』

 

「そういう事じゃない!何でアンタ達が私達を助けに来たんだって聞いてるのよ!」

 

 

最初にこの米軍連中がドーバー基地にやって来た頃から、グレアム姉妹はゼロス達に良い感情を抱いてはいなかった。

 

元より政治的にも軍事的にもゴリ押してくる傾向が強い米軍だから気に食わない、という理由からではなく、顔を合わせる度顔を顰められたり何か言いたげな鋭い視線を送ってきたりといった個人的な問題からだ。

 

しかしゼロス達からしてみればそれも仕方ない事情があるのだが―何せ別の世界において妹分的少女を彼女達によって死に追いやりかけた相手にどこまでもそっくりなのだ―彼らがそんな事情を説明出来る筈がなく。

 

リーゼアリアとロッテのグレアム姉妹は末席ながらイギリス王家の一員に名を連ねる正真正銘のお姫様でもあるので周囲から注目を浴びたり―――良からぬ感情を孕んだ視線などにも耐性を付けてきたが、ゼロスのそれに至っては何故か無性に彼女達の気に障った。彼が合衆国大統領の息子という自分達に似た立場だからかもしれない。

 

もっとも向こうが面と向かって話しかけてくる事が無く、自分達も敢えて無視し続けたので明確な火種が彼らとの間に存在した訳ではないけれど。

 

だからこそ今の彼らの行動が理解できない。

 

ソッチだってボロボロじゃないか。だったらさっさと尻尾巻いて逃げればいいだろう。同盟を結んでいた日本にBETAが侵攻してきた途端に安保理条約をあっさり破棄して撤退した時みたいにさ。

 

 

『とりあえずそこの猫姉妹2号。ここは俺達で食い止めるからさっさと補給に引っ込んでくれたらありがてーんだけど?』

 

「初めて話しかけたと思ったらえっらく砕けてるわね!?大体誰が猫姉妹2号よ!私はまだ戦え――――」

 

『つい32秒前まで姉妹と最後の別れの言葉を交わして自爆しようとしてたのはどこの誰ですか』

 

 

通信回線に女性1人追加。いつもゼロスにつき従っていたあの褐色の女だ。

 

F-15系列2機に遅れて到着したのは何とF-4の改造機だった。重装甲で構成された第1世代の傑作機がベースとなったその機体はかのA-10<サンダーボルトⅡ>にも匹敵する重武装を従えて、重々しい着地音と共に狙撃位置についていたリーゼアリアの傍に降り立つ。

 

一言で言えば明らかに砲撃戦に特化した有様だった。分厚い各部装甲の中でも特に重厚な肩部装甲が平べったく小型になり、その上部に往年のカチューシャロケットを髣髴とさせる長方形型の大型ランチャーポッドがマウントされている。のみならず主脚の脹脛部分にも左右それぞれに戦闘ヘリが搭載するようなロケット弾ポッドを3つずつ取り付けてあった。

 

両手には米軍が採用しているAMWS-21突撃砲の狙撃向けらしき長大なライフル。背部の可動兵装担架にはAMWS-21のグリップ部分を取り外し、銃身に添わせる形で円柱型の大型ドラムマガジンの装着を可能にした火力増強モデルが背負われていた。

 

 

『アウトロー1よりそこのお姫様達へ。ここは私達が受け持ちます。至急後退して補給を受けてくる事を推奨します』

 

『だけど、アンタらだけでここを抑え切れるっていうの!?光線級の大部分は潰せたとはいっても、それ以外だけでまだ数千は残ってるのよ!』

 

『砲撃支援はどうなってるのかな?光線級を潰した今なら絶好のチャンスだよね』

 

『この地域で生き残ってる砲兵陣地は何処も弾切れだそうです。現在全力で砲弾を輸送中との事ですが20分はかかるでしょう』

 

『こっから最寄りの補給地点まで往復でどれぐらいかかる?』

 

『補給込みで最短10分前後』

 

『生き残ってる援軍がここに駆け付けるまでは?』

 

『現作戦地域の全戦術機部隊の41%が大破ならびに死亡認定。残りの部隊も大部分が補給の真っ最中もしくは戦闘可能限界地点(ビンゴ)で尚且つこの戦域で生き残っている部隊はもう自分達だけですよ。他の部隊が陣容を整えてここに駆け付けれるようになるまで15分は下らないでしょう』

 

『そっちの弾の残りは』

 

『ランチャーには最後の1斉射分残ってますけど、後はほぼカラッケツと言った所ですね。予備弾倉も残ってません』

 

『こっちも似た感じかな。僕自身はまだまだやれるけど』

 

『・・・・・・見ての通りよ。固定兵装もほぼオシャカ。もう直接殴るぐらいしか出来そうにないわ』

 

『57mmもこれが最後のマガジンよ。それにもう半分以上撃ち切ったわ』

 

『んじゃついでだ。そっちも猫姉妹も護衛ついでに補給してきてくれ。それまでここは俺が支えとく』

 

 

至極あっさりとゼロスはそんな事を言った。猫姉妹はコイツ何言ってんだろうな目をウィンドウの中で浮かべた。

 

リベリオンは目を細め、ユーノに至っては全く笑えない状況にもかかわらずうっすらと笑みを張り付けたまま。

 

 

「あ、あ、あ、アンタバッカじゃないの!この戦線をたった1人で抑えるなんて、自殺でもしたいのアンタ!?」

 

『うおーい、俺一応上官・・・・・・まあいいけどよ』

 

『良い訳ないでしょっ!こっちの都合も考えなさいよ!幾ら光線級を潰したからってこの戦域にはまだ何千もBETAが残ってるのよ!そんな場所にアンタを1人残して行くなんて真似っ・・・!!』

 

 

グレアム姉妹が1衛士として従軍しているのはイギリス王家としてのノブレス・オブリージュを果たす為。

 

もし自分達がこの場で殿を務め散ったとしても、それはイギリス王家としての務めを果たした立派な死として記憶されるに留まるだろう。

 

しかしゼロスの場合はどうであろうか。もし合衆国大統領の子息である彼を1人残して自分達だけ補給に向かったが為に死なせたともなれば、間違いなく最悪クラスの国際問題に発展するやも――――

 

 

『本当に1人で大丈夫なのかい?』

 

『アンタっ!?』

 

 

ユーノの問いかけに絶句したのはどっちだっただろう。

 

対するゼロスの答えは何処までも不敵且つ獰猛な笑みだった。

 

 

『俺を誰だと思ってやがる?俺を殺したきゃあの3倍は持って来いってんだ。なーにいざって時は生身で戦ってやるまでさ』

 

『戦術機に乗らない方が強いですもんね相棒』

 

『なら、お言葉に甘えさせてもらうとするよ。でも信頼はしてるけど決して油断しないようにね』

 

『わーってるっての』

 

 

彼らのやり取りにリーゼアリアとリーゼロッテは口を挿む事が出来なかった。

 

ゼロスの言葉にはやけっぱちな感情も気負いも英雄願望も含まれていない。ただ自分が出来る事を提案し実行に移す。それに対する強固な意志だけがそこにあった。

 

ユーノとリベリオンからも、ゼロスが間違いなくそれを実行しそして確実に達成するという確信と信頼しか感じられない。

 

これ以上自分達が抗議したって彼らの意思は覆らないだろう。直感的に姉妹は同時に悟る。

 

 

『んじゃさっさと補給してきてくれ。ほら行った行った。また取り囲まれる羽目になっても知らねぇぞ』

 

 

今になってようやく気付いたのだが、ゼロスの機体は兵装担架に西ドイツ軍の戦術機部隊が主に使用しているハルバード型長刀を背負っていた。

 

恐らくは撃破された西ドイツ軍の戦術機から拝借された物だろう。両手の闘劇銃を捨て機体に負けず劣らず酷使されて数え切れぬ傷とBETAの体液で酷く汚れているそれを2刀流に構える米軍機。

 

仲間達が戻ってくるまで決してここから退かぬ不退転の意思が背中から滲み出ていた。両手に剣を構えた漆黒の鎧に身を包む銀髪の男の姿をグレアム姉妹は幻視する。

 

 

『・・・・・・武運を祈ってるわ』

 

『主よ、この勇気ある者に神のご加護を』

 

 

俺は無神論者なんだけどな、と、去り際の言葉にゼロスは独りごちた。

 

 

 

 

 

 

ところで、ゼロス達に関しリーゼアリアとリーゼロッテが知らない事が幾つかある。

 

例えば魔導師もしくはそれに準ずる存在にしか用いれない念話という存在。この世界で念話を使える魔導師は現時点で3人のみ。

 

 

『(ですが相棒、貴方だって弾はもう残ってませんし、機体だってそろそろ限界なのでは?)』

 

『(だからってこの場をほったらかしにする訳にはいかねぇだろうが。機体が動かなくなってもそん時は本当に機体から降りて戦えば良いだけの話だしな。本気で全力出す訳にもいかねーけど)』

 

『(それにしてもその機体でもやっぱり相棒の操縦には耐えられませんか。こうなったら既存の機体をベースに作るのではなく1から戦術機を開発する事にしましょう)』

 

『(まだまだ俺の操縦が雑なんだって事か。まあそこまでしてくれるのはありがたいが・・・・・・もっともまずはこの状況をどうにかしないとな。っといい加減相手してやんないとな)』

 

 

BETAの波が着実に、ゼロス達が空けた穴をより高い密度で埋め尽くさんとにじり寄る。

 

 

『では最後の置き土産といきましょうか!』

 

 

両肩の鋼鉄の箱から煙の尾を引く物体が何発も飛び出す。

 

その正体はAPKWS――――簡単に言えば戦闘ヘリなどに搭載されるロケット弾に誘導機能を取り付けた小型ミサイルだ。戦術機用の多目的自立誘導弾システムのミサイルと違い、細い代わりに全長が長い。サイズと発射機が垂直発射ではなく直射型なので構造上の都合から従来の自立誘導弾システムより更に大量のミサイルを搭載する事が可能だ。

 

連続して放たれたマイクロミサイルの煙が何十条も絡み合い、迫り来る要撃級や戦車級で構成された醜悪な軍勢の頭上に降り注ぐ。

 

1発につき2kg以上の高性能爆薬が搭載されているので意外と威力も高い。直撃を食らえば全長19mを誇る要撃級でも一撃で撃砕出来るのだ。戦車級は言わずもがな、中型種の周囲に随伴する兵士級や闘士級などの小型種も弾頭の破片に切り裂かれ、爆圧にぐしゃりと押し潰されて複数が息絶える。

 

結果的には数千の中の100か200を減らした程度か。それでもこれからそのど真ん中に斬り込もうと目論むゼロスからしてみれば上々の露払い。

 

操縦席の中でゆっくりと首を回すゼロス。長時間狭い空間で同じ姿勢のまま操縦し続けたせいでガチガチに強張った首からバキボキポキと盛大な音が聞こえてきた。

 

 

『よし、んじゃあもうひと踏ん張り行くとするか』

 

 

まずそう呟いてから、3段ほど低い声で一言付け加える。

 

 

『――――Kill them all』

 

 

底が抜けそうな程両方のペダルに足を叩きつけた。猫姉妹に負けず劣らず底を突きかけのなけなしの燃料を最後の一滴まで使い果たす勢いで2対4基の跳躍ユニットを吠えさせ、最後のミサイル爆撃によって作り出された新たなBETAの穴へと機体を飛び込ませた。遺伝子操作と魔力によって二重に強化された肉体ではこの程度のGなんて遊園地のジェットコースターも同然だ。

 

二刀流に構えられた鋼鉄の巨人戦用のハルバード。<アサルト・イーグル>の両腕を横に広げ、そのまま機体の身を捩らせて風車か独楽宜しく1回転。

 

最初に振るわれたハルバードの刃が要撃級の横っ腹に深々と食い込んだ。

 

次の瞬間、あっけなく刃部分の接合部分が一瞬の鋼鉄の悲鳴と共に折れた。元の持ち主が撃破され、ゼロスに拾われてからも酷使されてついに限界を迎えたのだ。

 

 

『っていきなりかよ!?』

 

 

しまらねぇなオイ!と悪態吐きつつ機体を反転。勢いを殺さないまま残ったもう片方のハルバードで数体の要撃級の尾節を根元から切り落とす。

 

ついでにその流れで足元の小型級の集団を爪先で蹴り飛ばす。いとも容易く呆気なく戦術機の爪先のシミと化した小型種の残骸がこびりついている。

 

振り回したその脚を勢いよく下ろす。その先に戦車級が存在しているのには気づいていたが敢えて無視。ぐしゃりと機体越しに届く振動と感触。いくら戦車級が装甲車並みの体長を誇っていても数十トンもの鋼鉄の塊を一身で支えられる訳が無い。

 

その代償は視界の隅の方で踊る警告メッセージ。何度も戦車級を踏み潰してきたお陰で想定外の負担が脚部に蓄積されてきている証。

 

構うものかとゼロスは内心吐き捨てる。撃って斬るだけが殺す手段じゃないんだ。この身で1匹でも多くBETAどもの息の根を潰す手段があるというのなら躊躇いなく行使してやろう。それが戦いってもんだろうが。

 

でも俺の戦い方ってやっぱり機体に無理させ過ぎだよなもうちょい自重しよう、とも思ったりしたのはご愛嬌。戦術機に乗って最後まで戦い切るには機体の負担軽減も考慮するのが最重要だと分かっていても中々難しい。

 

当たり前の事でもあったが、気が付くと360度BETAに取り囲まれていた。と思ったらBETAの壁の一部が割れ、突撃級が巨大な攻城槌の如く突っ込んできた。機体を翻させて寸での所で回避。突撃級との間隔は3mも無かった。

 

突撃級を回避しざま、折れたハルバードの柄を一瞬で逆手に持ち替えさせると不用意に曝け出された突撃級の尻に柄を思い切り突き刺した。呆気無いぐらいに深々と突き刺さる柄。その突撃級は急遽制御を失って仲間である筈の要撃級と正面衝突した。

 

開いた側の固定式ブレードを展開する事で変則的な二刀流に切り替えて戦闘続行。斬るのではなく突く感じで機体の腕を操作する。

 

刃物を扱うというよりはむしろ素手での戦い方に近い感じだ。パンチが突き刺さるたび固定式ブレードも根元まで埋まる。刺すのではなく突くと表現した方が正しいか。下手に長物を振り回すよりよっぽどモーションが速い。

 

 

 

 

ふと、ゼロスは自分がいつの間にか笑っている事に気付いた。

 

いや違う。笑っているのは『俺』じゃない。もう1人の『ゼロス・シルバーフィールド』だ。

 

この世界の自分。愛する女も仲間もBETAに奪われて自らも生きたまま食まれた自分――――復讐者の自分。

 

魔法の世界の『俺』は呆れるほど人を殺してきたけれど、その行為自体に喜びを覚えた事は全くない。その時の身体を突き動かしていたのは激しい怒りであり、快感なんて縁とは縁遠い内容だった。

 

BETAに限っては違う。

 

幾ら殺しても罪にはならず、誰にも責められる事も無い。もう1人の『ゼロス・シルバーフィールド』が吠え立てる。全てを奪った化け物どもを殺して殺して殺しまくれ。

 

思う存分、殺し続けろ。

 

 

『ったく。楽しいねぇ全く。楽しすぎて――――狂っちまいそうだ!』

 

 

切る。斬る。Kill。

 

分割した思考の隅でチラリと索敵レーダーを確認。中心部に据えられた時期のマークを取り囲む赤い光点は全て敵を示している。あまりの数の多さにレーダー表示の大部分が赤く塗り潰されているように見えた。索敵範囲を変更してみると、他の方面から侵攻していた筈の生き残りのBETAもゼロスの元に進路変更してきたようだ。

 

 

『こ、こちらCP、北東部より侵攻中だったBETAの残存勢力が反転!そっ、そちらに向かっています!!』

 

『わぁってる!まぁだまだいけるぜクソッタレども!!』

 

 

遂にもう片方のハルバードも要撃級を唐竹割りにしたのと引き換えに折れてしまった。

 

だが武器はまだある。跳躍噴射。機体を飛びつかせた先には先程まで使っていたハルバードを超えるサイズの戦術機用の大剣が墓標の如く突き立っていた。

 

BWS-3・グレートソード。イギリス軍の正式装備である近接戦闘長刀は斬撃ではなく往年の馬上兵のような刺突を重視して設計された代物だが、そのサイズと重量なら振り回すだけでも威力は十分に違いない。

 

長剣のすぐ傍には突撃級の激突によるものであろう胸部の管制ユニット諸共大きくへしゃげたEF-2000の残骸。恐らくは猫姉妹の仲間か。ならば彼の分までこの剣にBETAの血を吸わせてやるのが何よりの弔いだった。

 

 

『悪いが借りるぞ!』

 

 

躊躇いなく引き抜き、その遠心力のまま肩の所まで持ち上げて両手で背負う形に背負う。

 

機体のパラメータチェック。既に全関節部で黄色以上の警告メッセージ。延々長物を振り回していた両腕部と無茶な機動を受け止め続けた脚部周りに至ってはとっくの昔に真っ赤だった。

 

それでもまだ機体は動く。戦い続けられる。

 

 

 

 

『C‘mooooooooooooooooon!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願いだから間に合ってっ・・・・・・!」

 

 

補給を終えて戦場へとんぼ返りする機体の中、リーゼロッテは悲痛な声を漏らした。

 

生き残っているBETA全てが内陸部から戦場の極一点へと方向を転じたという情報はとっくに彼女の元へと伝わってきている。彼女は片割れやユーノ達、その他補給を終えた生き残りの衛士達と即席部隊を編成して向かっている最中だった。

 

 

『大丈夫よロッテ。あれだけ大層な事言ってたんだから、あのバカは無事よきっと・・・』

 

「アリア、だけど」

 

 

血を分けた姉妹の言葉も今は余計に焦りを駆り立てる要素でしかない。もっとあの銀髪の男と親しいユーノやリベリオンが沈黙を保っているせいで尚更だ。

 

 

「もうすぐ見えてくる筈っ・・・!」

 

 

その呟きの通り、稜線を超えると十数分前まで自分達が居たその空間が視界に飛び込んできた。

 

数え切れないBETAの残骸と、もはやそれに埋もれる形になっている戦術機(仲間達)の亡骸。それらの間で未だ蠢く生き残りのBETA。

 

BETAの一団の中心部にて跪く形で動きを止めた1体の戦術機。まさかまさかまさかまさか―――――――

 

改良型F-15は各部に取りついた戦車級の重さに耐えかね、ゆっくりと後ろへと倒れ込んでいった。

 

 

 

 

その機体の胸部は装甲の大半が食いちぎられ、ぽっかりと管制ユニット内を外界に晒していた。

 

戦車級の1体がその醜悪な鼻先を管制ユニット内に突っ込んでもがいている。

 

 

 

 

『そんなぁ・・・・・・』

 

「嘘、嘘だよ。嘘嘘嘘嘘嘘嘘」

 

 

あの大馬鹿野郎。

 

あれだけ大見得切っておきながら結局死んでるじゃないか。

 

 

「嘘吐き・・・・・・嘘吐きぃ―――――――――っ・・・・・・・・・・!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――――誰が嘘吐きだってぇ?』

 

「えっ?」

 

 

別ウィンドウ内で拡大された改良型F-15の胸部付近で血飛沫が立った。

 

体躯の前半分を中に突っ込んでいた戦車級が不意に大きく1回だけ痙攣したかと思うと動きを止める。それから出し抜けに、戦車級に蹂躙された筈の管制ユニットの中からゼロスの姿が現れた。

 

トレードマークである銀髪のてっぺんからBETAの体液を浴び、その手には1振りの刃が握られている。

 

それは西洋の剣ではなく東洋、それも日本の代名詞の1つとも言える刀そっくりであった。但し普通の刀と違うのは、反りの無い刀身が漆黒であるという点。

 

その時機体をよじ登ってきた闘士級がゼロスの背後から飛び掛かるのがリーゼロッテの視界に移る。

 

 

「危ない後ろ!!」

 

 

振り向きざま一閃。

 

刃の閃きをリーゼロッテは追う事が出来なかった。上下真っ二つに割れて慣性に従いそのままゼロスの横を通り過ぎる闘士級の死体。

 

続けざまに機体に取りついていた他の小型種を次々と斬り倒し始めるゼロス。袈裟切り、撫で斬り、唐竹割り、突き。刃のみならず手足すらも、ゼロスにかかれば小型種程度なら一撃で沈黙させられていく。強烈な回し蹴りによって兵士級の図体が錐揉み回転した瞬間にはリーゼロッテも乾いた笑いを漏らすしかなかった。

 

ちなみに兵士級の全長は約1.2m、全高は2.3m。2~300kgは下らない筈。そんな巨体が人間の蹴り程度ですっ飛んで行く光景なんて夢としか思えない。

 

果てには戦車級すらも脚部を切り落として体勢を崩させた上に胴体部分を両断してしまう始末。胴体の直径だけでも刀の刀身の倍ぐらいあるのにどういう原理なのやら。

 

回線の向こうで随伴してきた他の国の衛士達が交わす呆然としたやり取りは猫姉妹達の内心そのものだった。

 

 

『あのヤンキー、何て野郎だ。ほぼ1人で戦況を引っくり返した上に強化外骨格も無しにBETAどもをぶった切ってやがる!』

 

『まるで戦鬼(オーガ)だ・・・・・・』

 

『そんな生易しいモノじゃない―――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――ああいうのはな、鬼神(デーモン)っていうんだよ

 

 

 

 


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