美穂子姉さんはぽんこつ?   作:小早川 桂

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美穂姉は朝に補充する

◆◇◆『禁断の……』◆◇◆

 

 

「友だち、友だちっ。初めての男、でーきたっすよー」

 

 そんな自作の歌をメロディーに乗せながら私はルンルン気分で廊下を歩いていた。

 

 さきほどお母さんに須賀くんのことを話したら家に連れてきていいことになったのだ。

 

『お母さん! 私、初めての男の子が出来たっすよ!』

『あらあら~。桃子にも春が来たのね。いつ連れてくるのかしら?』

『いいっすか!? じゃあ、早速聞いてみるっす!』

 

 というわけで、お風呂あがりの私は須賀くんの部屋へ向かっている。

 

「えっと確かこの階のはず……あっ。見つけたっす! ……ん?」

 

 部屋番号を確認して、ノックしようとすると怪しげな行動をしている人物がいた。

 

 しゃがみこんで、ドアに耳を当てながら真剣な顔でキーボードを叩いている彼女は確か……。

 

「思い出した。清澄のおっぱいさんっす」

 

「……その呼び方はいささか不満がありますね、東横さん」

 

 ようやくこちらに気づいた彼女は眉を寄せて、不快を示していた。

 

「申し訳ないっす。つい特徴的だったので……」

 

「私には原村和という名前があります。それでしたらあなたは鶴賀のおっぱいさんになりますよ」

 

「あはは……。それより何してたっすか? やけに怪しいっすけど」

 

「それは……」

 

 おっぱいさんは周囲を見渡して誰もいないことを確認すると、私の腕をつかんで座るようにジェスチャーをする。

 

 そして、彼女の真似をするようにドアに耳を近づけると中から聞こえてくる。

 

『あんっ! 京太郎……もっと優しく……』

 

『悪い、無理だ。俺もう我慢出来ないから!』

 

『で、でも、そんな激しくされたら……!』

 

『何言ってんだ? これで終わりじゃないから覚悟するんだな』

 

『あっ、やっ、きょうたろぉ……!』

 

 

 

「――――!?」

 

 咄嗟に飛び下がって、叫びそうになるが原村さんに口を抑えられる。

 

「しっ! 静かに!」

 

「で、でも、これって……!」

 

「ええ。京×美穂か美穂×京のどちらがいいかを聞こうと思ったのですが、思わぬ幸運に見舞われました」

 

「不運の間違いじゃないっすかねぇ!?」

 

 何が好きで、姉弟のナニの実況を聞かなければならないのか。

 

 ていうか、私の初恋もう終わりっすか!? 一日しか経ってないのに!

 

「おや、悲しそうですね、東横さん。こんなに素晴らしいものが聞けるのに」

 

 ……おっぱいさんはどうして嬉々としてドアに耳を当てているのだろう。

 

 興奮してるし、鼻息荒いし、麻雀を打っている時の冷静な彼女の姿はどこにも見当たらない。

 

「や、やはり実戦と妄想では全然違いますね! たぎります!」

 

 その鬼気迫る表情はまるで阿修羅のようで、腕も八本に見えた。

 

 それくらいの速度でキーボードに指を走らせている。

 

「な、なにしてるんすか?」

 

「お二人の聖戦の様子をみなさんに知ってもらうために文章に書き起こしているんです!」

 

「せ、聖戦?」

 

「ええ。冬のネタはもう決まりました! これで勝つる!」

 

「なんすか!? いったい何の話をしているんっすか!?」

 

「あなたたちちょっと静かにしなさいよ」

 

「「!?」」

 

 突如として上から降ってくる声。

 

 見れば清澄の部長さんが呆れた顔をして、立っていた。手には丸めた雑誌を持っている。

 

「い、いや、これはおっぱいさんに誘われて」

 

「和~?」

 

「ち、違うんです、部長! これは美穂子さんもきっと望んでいることでして!」

 

「はぁ? ちょっとなに言ってるかわからないけれど……こそこそ変なことはしちゃダメよ」

 

「むしろ尊いことです!」

 

「あなたの尊いって卑猥なことだった覚えがあるわね……。東横さんもそんな趣味が?」

 

「ひどい二次災害っす!?」

 

「とにかく二人とも離れなさい」

 

 部長さんに襟を引っ張られて、ドアから引き剥がされる私とおっぱいさん。

 

 ちょっと理不尽っすけど……まぁ、結果的にはオーライっすね。

 

 これ以上あそこにいても心的ダメージしかないですし。

 

 されるがままに引きずられる私だったけど、おっぱいさんは必死の抵抗をしていた。

 

「ま、待ってください! 部長も聞いてみればわかります! 二人のやっていることが!」

 

「なに言ってるのよ。そもそも京太郎くんの部屋には咲がいて」

 

「――あれ? 三人でなにしてるんですか?」

 

「――ええ、ちょっと。ほんのちょっとだけ確認をする必要があるわね」

 

 激しい掌返し!

 

「でしょう! ささ、こちらへ」

 

 好機と踏んで熟年の執事のように席を用意するおっぱいさん。

 

 そこへしゃがみこむ部長さんと宮永さん。

 

 ドアに耳をくっつけている女子三人。これが花の女子高生と思うと悲しくなるっすね……。

 

『だ、だめぇ……。京太郎、そこは気持ちよすぎて……』

 

『美穂子のいいところは全部知っているからな』

 

『う、うん。私、全部京太郎に知られてるのぉ……。だから、もっと……ね?』

 

『わかってる。寝かさねぇよ』

 

 

 

「なななななっ!?」

 

 あ、なんか既視感。

 

 さっきの私と全く同じ反応をしてみせる部長さん。

 

 この人も大人ぶっているけどけっこう初っすよね。乙女思考なのまるわかりですし。

 

「あー、これは……」

 

 一方、私のライバルであろう宮永さんは苦笑いしていた。けれど、その顔に焦りはない。

 

「どうですか、部長! これはいいものです!」

 

「良くないわよ! って、咲!? なにしてるの!?」

 

「何って私の部屋だから、帰るだけですよ」

 

 ヒラヒラと手を振って宮永さんは戦場の入り口をくぐる。バタンと音を立てて、彼女の姿は消えてしまった。

 

「さささささ咲!?」

 

「咲さーん!?」

 

 さ、流石、須賀君の幼馴染っす。

 

 あんな状況にも物おじせず堂々と飛び込んでいくなんて……!

 

 世間で言う幼馴染ってこんなにも深い仲のことを指していたんすね……。漫画だけではやはりわからないことがあるものっす。

 

 こ、ここは私も行くべきっすか……?

 

 今引いてしまえば、なおさらふたりとの距離が開くだけ。

 

 な、ならば特攻するべき……!

 

「あ、す、すごいです……。今度は咲さんの喘ぎ声が……。これは京×咲の可能性も……」

 

「……おっぱいさん」

 

「東横さん。私は二回戦の様子を……って、え……」

 

 おっぱいさんは私を見て、口をつぐんだ。

 

 きっとそれは私が覚悟を決めた顔をしていたからだろう。

 

「も、もしかして……行くの、東横さん?」

 

「はい。……女として負けられないっすから」

 

「っ!」

 

「おっぱいさん。この戦いが終わったら……京×モモをよろしくお願いするっすよ」

 

「わ、わかりました。絶対に書かせていただきます」

 

 彼女の了承を得て、親指を立てる。

 

 自分の情事を聞かれて、文章にされるのは恥ずかしいっすけど……多分、気持ちよすぎて覚えられないような気が済ますから。

 

「後悔したくないから……東横桃子行くっす!」

 

 ドアノブをひねって、その扉を開ける。

 

 すると、視界に飛び込んできたのは――

 

「あっ、そこっ! 京ちゃん、気持ちいいよぉ」

 

「そうだろう? マッサージはもう手馴れているからな」

 

「きょうたろぉ。お姉ちゃんも……」

 

「はいはい。咲が終わったらなー」

 

 ――二人にマッサージを施している須賀君の姿だった。

 

「……ん? どうしたんだ、東横さん? 顔真っ赤にして肩震わせて」

 

「私のドスケベー!!」

 

「え? え!?」

 

 

◆◇◆『後日談』◆◇◆

 

 

「ふぅ……昨日は取り乱してしまったっす……」

 

 乙女として。いえ、それ以前に一人の人間として恥ずかしい勘違いの末に人生でも五指に入る黒歴史を生み出した昨晩。

 

 美穂子さんはと須賀君はただマッサージをしていただけで、そういうやましい関係ではなかった。

 

 でも、声は紛らわしかったし、おっぱいさんはあんなテンションだったし。

 

 色々と仕方ないと思うんすよね。

 

 そんな風に言い訳をしながら、私がいるのは件の姉弟の部屋の前。

 

 実は昨日、気が動転してしまい彼に遊びに来ていいという旨を伝えるのを忘れてしまっていた。それに一緒に夜を過ごすという約束も流れてしまう始末。

 

 時刻も朝の八時。

 

 十時には出る予定と加治木先輩が言っていたので、もう起きているはず。

 

 一度、大きく深呼吸をして、昨日のことは頭から放り出し、ドアを開ける。

 

「須賀君、おはようっす! 実は話したいことが」

 

「ハァ……ハァ……。寝起きで浴衣がはだけている京太郎もいいです……あ!?」

 

「鎖骨も、胸筋もたまらないよぉ……わわっ」

 

 半裸になった須賀君の上から写真を撮っている美穂子さんと腕に頬を擦りつけている宮永さんの姿が見えた。

 

 こちらに気づいた二人。

 

 重なる視線。

 

 止まる時間。

 

「あ、もしもし警察ですか。目の前に変質者が……」

 

 とりあえず現場に遭遇した私は市民の義務を果たすことにした。


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