◆◇◆『駄姉の誘惑』◆◇◆
『美穂姉。なにしてるの?』
『これは麻雀といって牌を使った遊びなの。京太郎くんもやってみる?』
『うん! やってみたい!』
幼少のころ。互いに打ち解け始めた時の会話。
これがきっかけで俺は麻雀を始めた。憧れていた姉さんがやっていたことを自分も純粋にやってみたいと思ったのだ。
今では男子の中でもそこそこの実力になっているはずだし――大会には出たことがないので正確にはわからないが――勝ち抜く自身はある。
ただ、それでも目の前の女性には勝てる気がしなかった。
「ロン。5200よ」
「うおっ。また捲られた……!」
「京太郎はトップだと急いで場を流そうとして手が単調になる癖があるから、気を付けないとね」
「精進します……」
「うん、よろしい」
パタリと手牌を伏せると椅子にもたれかかった。
また負けてしまったか……。
天井を眺めながら改めて美穂姉のすごさと実力の差を痛感する。
「やっぱ強えや、姉さん」
「京太郎よりも五年も長く麻雀をやっているもの。お姉ちゃんのプライドにかけても負けられません」
袖を捲って小さな力こぶをつくる美穂姉はか弱い少女に見えるのになぁ……。
それに俺は姉さんの本気モードを引き出せていない。右目を開かせることもできていないのだから、まだまだ特訓は必要みたいだ。
…………さて、と。
「じゃあ、美穂姉。俺は自室に戻って勉強して、そのまま寝るよ。おやすみ」
「ちょっと待って」
手首を掴まれた!
ていうか、いつの間にそばに!
普段からは想像できない俊敏な動きに驚いていると、姉さんはこの対局の前に行っていた約束の内容を口にした。
「勝った方が何でも一つ言うことを聞く……そんな約束をした気がするのだけど私の気のせいかしら?」
「あ、あったね、そういえば。いやー、うっかり忘れていた」
「……嘘は嫌いよ、お姉ちゃん」
あ、両目開いてる。やったぜ、目標達成。
……さて、現実逃避はここまでにしておこうか。
ダメだ、詰んだ。こうなったら何言っても看破されてしまう。
経験則から俺は大人しく投了する道を選ぶことにした。
「わかったよ、約束は守ります。男に二言はない」
「そう! お姉ちゃんは立派な弟を持ててうれしいわ」
「……で、何がいいの? あまり高い物とかは勘弁していただけると嬉しいです」
「大丈夫。麻雀は健全な競技だからお金が移動するようなお願いはしません」
「そっか! それなら安心だ。なんでもばっちこい!」
「じゃあ、今日はお姉ちゃんと一緒に寝ましょう」
「前言撤回いいですか?」
「男に二言はないのでしょう?」
「俺、実は心は乙女なんだ」
「なら、女の子同士でこれからは毎日一緒に寝ましょう」
「ごめんなさい。健全な男子なので本日だけでご容赦ください」
「素直でよろしい」
満足気にうなずく美穂姉。
流れに身を任せて了承してしまったけど……俺、大丈夫かな。
姉さんはとてもいい匂いするし、可愛いし、スタイルいいし、美人だし、おっぱい大きいし……天使だし……。
俺の理性が持つかどうか……。
…………よし、最善の準備をして戦いを迎えよう。
「美穂姉。俺、今から部屋にこもるけど入ってこないでね」
「ええ、それはいいけど……どうして?」
「ほら、美穂姉と一緒に寝るなら色々と準備が必要だから」
俺がそう言うと姉さんは何をどう受け取ったのか、ボンと顔を発火させ、ちらちらと目線を送ってくる。
……ん? 何を想像した、この駄姉。
なにかわからないけど、とりあえず話に乗っかっておこう。
「そ、そうよね。一緒に寝るなら(避妊具とか)準備がいるわよね」
「ああ。確かに(賢者モードになる)準備はかかせないな」
「で、でも京太郎は(避妊具を)用意できるの?」
「いつでもできるように(エロ本は)置いてあるから」
「そ、そうだったの!?」
「お、おう。だから、ちゃんと美穂姉の部屋に行くから」
「う、うん。……私もシャワー浴びなおそう」
「なんか言った?」
「う、ううん! そ、それじゃあ一時間後に私の部屋ね! ま、待っているから!」
その言葉で解散になった俺達は各自の目的を果たすためにリビングを出る。
一時間後に行われる戦争で勝利を得るために。
夜の九時過ぎ。
姉さんに言われた約束の時間。
『美穂子』と丸文字で書かれたプレートがぶらさげられているドアの前にいる。ちなみに俺と姉さんの共同作品だ。俺がボードを作り、姉さんが文字担当。俺の部屋にも似たような一品が飾ってある。
「……さてと」
大丈夫。本能は抑えた。
手も洗った。
シャワーにも入った。
下着も着替えた。
「……欲望丸出しじゃねえか! うおぉぉぉ! 煩悩退散! 煩悩退散!」
自分に絶望してドンドンと壁を叩いてしまう。それで気づいたようで透き通る声が聞こえた。
「きょ、京太郎? 入ってきていいわよ?」
「……お邪魔します」
大丈夫だ、落ち着け。KOOLになれ、須賀京太郎!
姉さんの寝間着ならいつも見慣れているだろう? なんならもっと過激な服装だって普段はしているじゃないか!
風呂上がりのバスタオル姿だったり、カッターシャツ一枚だったり……。
そういえば、俺のシャツとかよく無くなるんだよなぁ。――って、今は関係ないだろ。
今の状況は……そう! 昔のようにちょっと一緒に寝るだけさ。
そもそも一緒の布団に寝るなんて一言も言ってないし。
そう、そうなんだよ。
だから、ドアを開ければそこには――
「ど、どうかしら? その……パジャマを新しくしたのよ?」
――女神がいたよ、どうしよう、汚れた俺の心が浄化されちゃう……!!
似合っているか自信がないのか、新品のパジャマに身を包む美穂姉は恥ずかしそうにクッションを抱いて体を隠している。
でも、それで豊満なボディをカバーできるわけがなく、随所から可愛らしいパジャマ姿を目にすることができた。
「い、いいんじゃないかな。似合っているし」
「ほ、本当に? 変じゃない?」
「うん。姉さんに薄い桃色は合うし、水玉模様とか、ワンポイントのリボンとかすごくいいと思う」
「そう。ならよかった……」
ホッと胸をなでおろす美穂姉。
それでもまだ恥ずかしさがあるのか、頬は火照ったままだ。
綺麗に手入れされているのがよくわかる金色の髪。
雪のようにきめ細やかな白い肌。
「……俺たち義理……なんだよなぁ……」
……はっ! ダメだ、ダメだ! 邪心に流されるな!
頭を左右に振って、悪い自分を追い出す。浄化されたんじゃなかったのか、俺の悪魔!
「……? どうかした?」
「……あ、いや、なんでもないよ」
「そう? それじゃあ、その……ね?」
上目づかいで見つめてくる美穂姉。
ベッドの上に座る彼女は先に寝転がって、そっと毛布を誘うようにして開ける。
「京太郎。……来て?」
ま、負けない……!
俺は美穂姉の誘惑になんて負けない……!
そして、人生で最も長いと感じる夜が始まるのであった。
カット! このあとは刺激が強すぎる!!
一線は超えてないよ、とだけ。こっちの京ちゃんは寝相悪くないしね。