マギ -もし練紅炎に妻子があったら-   作:7seven

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本編、始まります。
ここからは紅炎の子の視点で進めていきます。


第1夜 練紅玉の涙

小波に揺られること、しばらく。

姉上と兄上が南海の孤島、シンドリア王国へ留学に行くというので、俺もいい機会だと共に派遣されて、今に至る。

 

南海の楽園、シンドリア。

七海連合の主催者・シンドバッドの治める国に、俺達煌帝国船団は向かっていた。

 

嗅ぎ慣れて、いっそ無にすら感じる潮の香りに紛れて香る、甘酸っぱい香り。あの国の特産品である果物のものだろうか。

国の港が、大変遠目にだが見えてきた。

 

「シンドバッド……コロス……」

 

いっそ呻き声と言っても過言ではない声で呪詛を吐いているのが姉上の紅玉だ。

最も、うら若き乙女に対して叔母呼ばわりするのが嫌だから、姉上とお呼びしているだけの関係ではあるが。

 

「姉上、お着物が乱れていますよ。皇女であらせられる姉上の肌は、みだりに晒してはいけません」

 

シンドバッドコロス、と延々呟きながら金属器『ヴィネア』を武器化魔装している姉上のお着物の合わせを直すが、女物と男物では勝手が違いすぎて上手くできない。

姉上が荒れに荒れているのは、どうにも母が姉上に聞いた様子だと、先日来煌していたシンドリア船団の主、シンドバッドに辱められたとかなんとか。

 

……俺も一度、その国王陛下に謁見してみないことには何も言えないけど。

一国の主たる男、それも立国した本人ともあろう賢い男が、外交中に相手国の姫に手を出すとは思えないんだよな……。

 

「到着は予定通りなのか?」

「はい、黒炎殿下。予定通り、昼過ぎ到着の見込みです」

「わかった、ありがとう」

 

日の昇り具合から見ても、島との距離を考えても、この化粧まで崩れていっそ血の涙を流しているようにすら見える姉上の身だしなみを整えねば、間に合わないだろう。

近くにいた武官に母上を呼ぶように頼むと、すぐに母が甲板に出てきた。

皇太后との血の繋がりはまったくないと聞いているが、しかし皇太后や兄上たちとよく似た母だ、と常日頃から思う。

 

「どうしたの? 黒炎」

「姉上のお化粧が涙で崩れてしまっているのと、お着物も……。しばらく、姉上と一緒にいてあげてください。俺は兄上と共にいますから」

「あら、あら。それなら仕方ないわ。白龍様、黒炎をしばらくよろしくお願いします。……さあ、紅玉様。こちらに」

 

俺は煌帝国の皇位継承第一位である紅炎を父に持つからか、宮中では比較的身分は高い状態で生まれた。

しかし母の黒蝶は初代皇帝の姪であり、現皇帝である祖父と三親等であるとはいえ血の繋がりは薄いのと、初代皇帝があまり好きではなかった現皇帝は即位時に母を最下級女中としたくらいだ。その頃の名残からか、母は今でも兄上や姉上に対して腰が低い。

 

まあ、そんなところも母の美点であって、父の妹たち……叔母たちに嫌われない理由なのかもしれないが。

 

 

***

 

 

「到着いたしました! これより接岸し、橋を下ろします!」

 

姉上の身だしなみが整った頃、船はシンドリア王国へと到着した。

予定より少々遅くはなったが、まあ部下たちの、姉上に対するさり気ない気遣いのためだろう。

 

今回、留学する本人にして、この船団の責任者である兄上が一番に船を降りる。

そして、男系主義であるため、二番目には俺が。

そして姉上、母上の順で陸に上がる。

 

大きく息を吸い込むと、海の上でも感じた甘酸っぱい香りが、肺いっぱいに広がった。

 

出迎えは、一際強い気を纏い、輪の中心にいる男。そしてその直属の部下であろう、年若き精鋭。そして、武官。

国の人口からしたら少しばかり迫力のない出迎えだが、信用できる者だけでの出迎えと思えば、誠意は十分だろう。

 

兄上が責任者として留学者として、一際強い気を纏った男-おそらくシンドバッド-に挨拶をした。

 

「黒炎殿、こちらに」

 

兄上が俺を招く。俺のことも紹介しようというのだろう。

 

「シンドバッド王、こちらは練黒炎といいます。此度の留学ですが、俺と共に学ばせてやってはくれませんか」

「煌帝国第一皇子練紅炎が第一子、練黒炎です」

 

礼をすると、シンドバッド王は非常に驚いたような顔をする。

 

「俺がシンドバッドだ。そうかぁ……。話に聞く紅炎殿は俺と年が変わらなかったはずだが。こんなに大きな子供がいるとは、煌帝国は随分と早婚な国なんだな。黒炎殿はおいくつで?」

「今年10歳です」

「随分と大人びてるね。勿論、学んでいくのは構わない。歓迎するよ」

「ありがとうございます」

 

母の教育の賜物か、俺はよく10歳に見えないと言われる。

父の立派な体格も受け継いでいるから、最近では15歳ほどに間違われた。

 

「あとは姉上たちが、まもなく降りてくるかと……」

「(姉上()()?)……おや、船から降りていらっしゃる貴人はもしや?」

 

船から降りてきているのは、姉上と母上だ。母上は心配げな面持ちで姉上の後ろに控えているが。

……姉上、その笑顔怖いよ。

 

「……先日はどうも。またお会いできて嬉しいわ」

「こちらこそ。お久しぶりですね、バルバッド以来だ」

 

表面上はかなり友好的に話している雰囲気だが、だから姉上、その笑顔怖い。

右手がもう剣の柄に触れようとしてるんだが。

 

「そういえば、煌帝国では一度もお会いする機会がありませんでしたね。また会えて本当によかった!」

 

姉上小刻みに震えてるぞ。あーあ……。

 

「会う機会が、一度もなかった、ですって……?」

 

一閃。はらりはらりと、シンドバッド王の紫色の髪が数束、宙を舞う。

相変わらず、姉上の剣の腕は確かだ。

 

「シンドバッドめ!! 謝ったなら、国のため、涙を飲んで耐え忍ぼうと思っていたのに!! 許せないわ!!」

 

あ、とうとう金属器に手が。

母上、金属器は止めてくれればいいのに……。

 

「わたくしと決闘なさいシンドバッド!! 乙女の身を辱めた蛮行、万死に値する!!」

 

でも、これが事実ならもう仕方ない気もする。

むしろ一国の主の首が胴体から離れるだけで済むのなら、シンドリアとしてもメリットあるんじゃないだろうか。

……これが事実なら、ね。

 

「まあまあ紅玉様。ここであなた様の金属器を使ったならば、あなた様の身のみならず、白龍様も黒炎も喪ってしまいます。さあ、金属器はお仕舞いください。ね?」

「それより!! どういうことですか姫君!!! 辱められたとは!?」

 

シンドバッド王の部下が姉上に詰め寄る。

でも、どういうことも何も、年頃の娘がそんなこと聞かれて恥ずかしくないわけがあるのか。いやない。むしろ恥ずかしくないのなら既に堂々と戦争を吹っ掛けている。

戦争を吹っ掛ける理由を公言したくないからこそ、こうしてこっそり来ているのに。

 

「失礼ですが。あなたには年頃の娘に対する思いやりというものがないのですか? 年頃の娘でなくとも、閏での話を喜んで話したがる者はおりませんでしょう。それを、殿方であるあなた様がこのように詰め寄っては、紅玉様のお心についた傷が広がってしまいます。あなた様がシンドリアを思う気持ちは痛く存じますが、それ以前に人としていかがなものでしょうか」

 

涙を流す姉上を抱きとめている母が、常に浮かべている微笑を崩してシンドバッド王の部下をたしなめる。

……俺も身分を忘れて野山を駆け回ったら同じ顔して怒られたことがあるが、あれは怖い。特に、反論など受け付けぬとばかりの矢継ぎ早の言葉が。

 

「い、いえ、あの……」

「紅玉様、事の次第は説明できそうでしょうか? 難しいのであれば、夏黄文にしていただきましょうか」

 

先程までの剣幕から一転、優しい声で姉上に話しかける母を見て、その部下は目を白黒させている。一応言っておくが、母は二重人格などではない。

 

「すみません、夏黄文。シンドリアの方々へ、説明をしていただけますか?」

「はい。私は夏黄文と申します。練紅玉姫の従者をしております。私の口から、今回のことを申し上げます。姫君本人からの証言でありますが、目撃者もおりますゆえ、受け入れがたきことかとは思いますが、皆様、真実としてお受け取りくださいね……」

 

姉上の説明はこうだ。

シンドリアの船団が煌帝国を発つ前夜、別れの酒宴が催された。

ここまでシンドバッド王から挨拶がなかったからと、酒宴の席を外れの方から覗き見ていて、その帰り道で昏倒させられ、気付いたら……シンドバッド王が全裸で眠る寝台の上に、共に寝かされていた、と。

 

「煌帝国皇女の身を穢したシンドバッドめ! 決闘をなさい、断ればあなたを殺して私も死ぬ!!!」

 

昏倒させられたという事実の時点で、既に城内の警備が甘いということなんだよな……。帰国したら父に警備強化と人員の確認を申し出よう。

 

「それは……つまり?」

「つまり……証拠隠滅のため、姫君を昏倒させた上で行為に及んだのでありましょう!」

 

うわ……事実だとしたら最低とかって問題じゃないな……。

部下にさえ最低って言われてるし……。酒癖に関しちゃ絶対に信用しないとまで言われてるぞ。でも大人の社交では酒って必要不可欠だろうに。

その酒がダメなのに着いて行くっていうのは、その欠点を補って有り余る何かがあるとでもいうんだろうか。

 

 

結局この問答は、シンドバッド王の部下である魔法使いの女性によって解決された。

水による、透視魔法のようなものだろう。俺達の部下の作った城の模型の中での水の動きが、シンドバッド王の無実と、姉上の無事を意味していた。

そして、当日に髪やお着物に乱れがないことをおかしく思っていたという姉上も、怖くて騒いでしまったけど、なかなか引っ込みがつかなかった、申し訳ないと謝罪をした。

 

ここでハッピーエンド? そんなのはまかり通らないだろう。

 

俺が言うのもなんだが、シンドリアは進んで煌帝国と婚儀などしないのは明白だ。

そうなれば、俺達の部下の中に今回のことを企んだ者がいることになる。

それを残すのはシンドリアに対しても示しがつかないし、勿論煌帝国の皇族仕えたちにも示しがつかない。

 

「兄上は、此度のことに何かお気付きのことはありますか?」

「いいや……。黒炎殿は?」

「俺もさっぱりです。……犯人は厳重な処罰を与えねば、部下やシンドリア王国に対して示しがつかない、というくらいしか」

 

声をあげて泣いている姉上と、お化粧が崩れないように涙を拭く母上と、背中を擦る姉上の部下。

その時、姉上の近くにいたふたりの武官が両膝をついた。

 

「スミマセン、全部夏黄文さんがやりました」

 

……へえ。

 

「ええっ!? お前ら出世したくないのか!?」

「や、だって姫君が可哀想すぎて……。俺達、姫の部下であって、夏黄文さんの部下じゃないし」

 

……へぇえ。

 

「シンドバッド王を陥れた反逆者を取り押さえろ!!」

 

シンドリアの武官が夏黄文を一斉に取り囲む。姉上に関しては、母上が姉上を抱き上げて避難させてある。我が母ながら、本当に動きが速い。

武官の腰から剣を抜いて、まだ抗おうとする夏黄文の手から剣を殴り落としたのは、兄上だった。

 

「……もう茶番はいいでしょう。シンドバッド王よ、今度の騒動、我が国の者の不義です。『他国のあやしい魔法』などと言ったが、これほど強力ではないにしろ似たようなものが我が国にもあります。その信憑性は確かなものと見える。そうですね、姉上」

「ええ。私は魔法使いではありませんが、魔法についてかなり勉強をしました。あの魔法に術者本人の意図を反映する力はないと思われます」

「姉上もそう言っている。あの水魔法は正しい、そうだろう、夏黄文?」

「……ハイ、私がやりました」

「同行者の非礼、煌帝国を代表してお詫び申し上げる。しかし、今回の留学の重大な目的はまったく別にあるゆえに……どうか、滞在をお許しください」

「わたくしからもお願いいたします。滞在をお許しくださいませ」

 

母上も顔を伏せるのみの礼であったが、こうべを垂れる。

母を見習って、俺も膝を折った。

 

「……ああ、許可しよう。……ところで、間が悪いのだが、そちらの黒髪の女性は……?」

「紹介が遅れてすみません。彼女は練紅炎の妻であり、俺の従姉にあたる練黒蝶です」

「ああ、あなたが! 白龍殿と従姉ですか、なるほど面影があるはずだ」

 

母上の名前と父上の名前から一字ずつもらって俺の名前がついたわけだが、それに気付いたであろうシンドバッド王は納得したように何度も頷いていた。

 

「自己紹介もせず、失礼いたしました。わたくしは煌帝国第一皇子が妻、練黒蝶です。黒炎の留学にあたり、10歳の子供を齢17の白龍様にお任せ致しますのは、白龍様の学びの妨げになるかと思い、同行した次第にございます」

「ああ、確かに10歳の子が国外に出るとなれば、心配にもなるでしょう。お気持ち、お察しします」

「ありがとうございます、シンドバッド王」

 

朗らかな笑顔を浮かべる母上の後ろで、夏黄文に唾を吐きつけるシンドバッド王の部下がいたことは気のせいだろう。うん。




結局名前は黒炎にしました。
紅○にすると紅徳の息子っぽいし、黒○にすると紅炎の筋どこ? ってなるので。
(出す予定はないですが)第二子ができたら名前は○炎になる予定です。
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