そんなこんなで第2話、始まります。
「は?」
黒秤塔と呼ばれる、知識の異文化交流をする間に入り浸っていた俺を待っていたのは、兄上の衝撃的な一言であった。
「……申し訳ありません、兄上。今一度、おっしゃっていただけますか」
「ですから、迷宮攻略に行くのです。アリババ殿たちと共に」
これでも俺だって煌帝国の皇族だ、迷宮くらいわかる。
いっそ迷宮関連のことは煌帝国皇族としての一般教養のひとつとも言えるだろう。
アリババ殿も、誰かはわかっている。今父が征西軍の本拠を構えているバルバッド共和国の元第三王子だった男。
しかし、問題はそこではないだろう。
「……ジュダル殿の斡旋を突っぱね続けていた兄上が?」
「はい。今や俺に皇位継承などほぼないに等しいですし、折角の機会と思い、共に行きます。もしかしたら俺が死ぬこともあるでしょう。その時は、国のほうへ『俺は自ら望んで迷宮に行き、死んでも自己の責任であると言っていた』と証言してほしいのです」
……俺が言うのもなんだが、男系主義とはいえ兄上のそれは10歳に頼むことなのだろうか。
「それなら、母上にも同じ旨を伝えてもらえますか。10歳で男子の俺と、大人で女性の母上、2人分の証言があったほうが安心でしょう」
「それもそうですね……。わかりました」
「俺のほうからシンドバッド王にお願いし、迷宮の近くまでの送迎に同行させてもらえないか相談してみます。ご武運を、兄上」
こうして、兄上とアリババ殿、アラジン殿、モルジアナ殿の、出発の日は近付いてきた。
「白龍様、お忘れ物はございませんか?」
「もう……姉上、俺ももう子供ではないんですよ」
兄上は、俺くらいの年の頃、たいへん泣き虫で、白瑛様と母上に着いて回って離れなかったのだ、と白瑛様から伺ったことがある。
それに比べて俺は、そうしてぐずることもなく、大人びて育ったと。
昔の泣き虫だった兄上を知り、世話していた母上としては、実の息子の俺以上に気になり、手がかかる弟なのかもしれない。
「黒蝶お義姉様は、本当に白龍ちゃんが好きねぇ」
「ええ。大切な従弟、それも4人いたうち半分はもう、いないですから。今いる従弟を大事にしたいと思っています。でも、勿論義妹たち……紅玉様たちも、大好きですよ」
送迎に同行するのは俺だけで、姉上と母上はシンドリアで待っていることになった。
シンドバッド王に尋ねたところ、目的の迷宮までは遅くても船で半日程度だそうだから、俺達送迎は一度シンドリアに帰り、3日後に再び迎えに行くとのことだ。
迷宮の現地には先住民がいて、3日までの間に攻略を終えて出てきても、その先住民のところで待たせてもらえ、と。
「あとは……。そうだ、これを持ってお行きなさい、白龍様」
母上が、兄上に手渡したのは。
***
ぴりりりりり。
澄んだ笛の音が響き渡る。
この音は、シンドリアの食客にして、シンドバッド王直属の最強の8人の護衛と言われる、八人将たるピスティ殿のものだ。
此度の送迎船団の護衛として、見たこともない大きな鳥に跨り、南海生物と呼ばれる大きな生き物に襲われるたびに笛で鎮静化し、追い返していた。
綺麗な音だ、と目を伏せて聞き惚れる。
この音や声で動物とコミュニケーションを取る力を持っているのだと言っていたが、なるほど道理でどう見ても武闘派じゃない彼女が船団護衛に着くわけである。
「おやおやー? 黒炎くんも私の笛の音で懐柔できちゃったかなー?」
俺より僅かに背が低い彼女は、鳥から降りて俺の隣を陣取っていた。
「そうですね……。俺も一応動物なので、懐柔されてもおかしくありませんね」
「おーっ? じゃあじゃあ、黒炎くんもアリババくんたちと一緒にイルカに乗っておいでよ! これも経験だよ!!」
経験だよ、と言われてしまうと、学ぶためにシンドリアに身を寄せている俺としてはどうにも断りづらい。
あれよあれよといううちに、脱げる範囲で衣服は全て脱がされて、船に寄ってきたイルカの背に乗せられた。くっ……なんと流すのがうまい女なんだ。
「おっ、えーと……黒炎? もイルカに乗ってんのか! 気持ちいいだろー」
「アリババ殿……。ええ、まあ」
ざっぱんざっぱんと跳ねるイルカから振り落とされないように、背びれにしっかりと捕まる。
池や川で泳ぎを練習したことはあれど、海は初めてだから、落ちた瞬間に俺の命は終わるだろう。
「そういえば、白龍も黒炎も、堅苦しい言葉遣いだよなぁ。しかもそっくり!」
「そうでしょうか? ……もしそうだとすれば、己にとっての母親という存在が同一だったからかもしれません」
「母親? お前の母さんは、一緒に来てるあの人だろ?」
「詳しくは俺の口からは申せませんが、兄上にとっての家族は兄上の実姉である白瑛様と俺の母親だけだったんです」
よくわからないといった表情で首を傾げたアリババ殿だったが、アリババ殿の乗ってるイルカが急に加速したので、振り落とされまいと必死になるほかなかったようだった。
「ふう……」
「どーお? 楽しめたでしょ?」
「ええ。感謝致します、ピスティ殿」
荒波で着物が濡れるかもしれないと、替えをいくつか持ってきておいてよかった。
いくらか拭いたが、濡れた着物は拭いたところで乾かない。
「みなさん、昼食ができましたよ」
濡れた服を脱いで海水を絞り落としたところで、兄上がほかほかと湯気の立つ料理を持って出てきた。
兄上の手料理は、白瑛様の料理の腕のせいで……ではない、たゆまぬ努力のおかげで会得なさった、素晴らしい出来栄えのものだ。以前に母と共に馳走になったのがたいへん美味だった。
「客人に……それも一国の皇子に料理をさせてしまうなんて申し訳ありません……!」
「あっいえ、俺が落ち着かず勝手にやったことですので」
俺が生まれる1年前に、煌帝国でも稀に見る大火が起こり、そこで初代皇帝と、兄上の兄上、白雄様と白蓮様はお亡くなりになったと聞く。
その時、皇位を継承したのが俺の祖父である。即位後しばらくの後に白龍様、白瑛様に皇子、皇女の地位を与えるとしたが、それがいつ覆るともわからないほどには即位直後の煌は揺れていたそうだ。
実際に皇子皇女としての地位が確約されたのは、ほんの数年前、白瑛様が迷宮攻略を果たした時だったと、母上から習っている。
「すげーな白龍、料理もできるのか」
「ええ、姉に仕込まれたんです。なんでも自分でできるようにと」
「へえ~。お姉さん、弟に厳しいんだねぇ」
兄上の用意した海鮮のスープは、普段あまり魚介を積極的に口にしない俺としては、新鮮な味わいだった。
「そういえば、黒炎がさっき言ってたんだけど、白龍にとっての家族ってそのお姉さんと黒炎のお母さんだけって本当か?」
特に食べられない食材があるわけでもないので、兄上の手料理と安心して口にしている俺の傍らで、少々無神経な声が上がった。
「ええ、まあ。……黒炎殿の母、練黒蝶殿は、俺の従姉に当たります」
「いとこってなんだい?」
「それぞれの親が、兄弟姉妹である仲をいとこと呼ぶんです。たとえば、俺の子と姉の子は、いとこ同士です」
「ふうん、そうなんだ」
「俺と姉は先帝の子でしたから、現皇帝が即位する際、通常なら皇位を捨てることになります。皇位を捨てて平民となるなら、知識と生活力がなければ生きていけぬからと、黒蝶殿は俺と姉に色々教えてくれたのですよ」
母上も、初代皇帝の崩御によって身分が大きく変わってしまった立場だった。
だというのにその身分で必死に生き、従妹弟にまで気をかけていた優しさは、我が母ながら、本当に誇らしく思うし、俺もいつか父のような立派な武人に、そして母のように立派な人間になりたいと思う。
「そういえば、魔法使えないけど魔法の勉強してたって言ってたっけ。勉強熱心な人なんだな」
「そうですね。黒蝶殿は大変勉強がお好きです。知らなかったことを知ることが趣味とまでおっしゃっていて」
両親共に未知に対する探求心が疼くのに、その間の子である俺はそこまで探求心がわかないというのは、ある意味親子関係とは不思議だ。
「黒炎は、お母さんについて何かないのか?」
「そうですね……母のような立派な人間になりたいと思っています。勿論、父のような立派な武人にもなりたいですが」
「ふうん。大人びてると思ったけど、そういうとこはやっぱ年相応だな!」
年相応、か。
久しく聞かない言葉だな……。
「見えてきました!! 昼食が終わりましたらご用意ください。小舟に乗り換えて目的地を目指します!!」
昼食の盛られた皿の底がたくさん見え始めた頃。
目的地の島が見え始めていた。
17/01/10 年齢修正(修正したと思っていたのにしてなかった)