王道と邪道   作:ふぁるねる

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初めての

 

 かくしてナツキ・スバルの処刑の日は訪れる。

 

 運命の日は、王城内をにわかに賑わせた侵入者騒ぎ、その二日後のことである。

 現行犯での逮捕かつ、罪人が罪を認めている以上、ややこしい手間と手続きを取る必要はなかった。この半年、慌ただしく動き続けている王城の真っ只中で起きた事件だ。そう無駄な時間はかけられない。

 

 尋問官は、ナツキ・スバルと名乗る珍妙な格好をした黒髪の少年の素性をついぞ明かすことはできなかった。この二日間、彼は尋問に「ニホン」だの「コウコウセイ」だのと意味不明な言葉を羅列し、尋問官を大いに困らせたものだ。

 彼によってもたらせた問題は、他にもある。

 彼の知能指数や身体能力、魔法の素養などを調べていると驚くべきことが発覚した。

 言葉を話すことはできるが、文字が全く読めない。そのくせ、いくらかの金をもたせてみれば「なんだこりゃ」と言っていたのに数度のやり取りで聖金貨、金貨、銀貨、銅貨の凡その価値を当ててみせた。西の『カララギ』出身であれば、金勘定から教え込まれることもあるだろうが、それにしても知識が偏りすぎている。一体どんな教育環境に置かれていたのだろうかと、一時話題になったくらいだ。

 身体能力は一般人と遜色ない。筋肉の付き方が仕事によるものではないことを鑑みるに、訓練によって付けたものと考えられるが、王国騎士団や傭兵団などの戦闘を主にする者たちと並べれば三回り程度は見劣りしてしまう。

 魔法の素養もほぼ無く、適性属性が珍しい陰であること以外は特徴がない。

 言ってしまえば、特別な環境にいたはずなのにこれといった取り柄のない極々普通の一般人であった。

 

 しかし侵入された側としては、それが問題になった。

 

 ただの一般人に王城への侵入を許した王国騎士団は警備の杜撰さを浮き彫りにされ、その非を問われた。ルグニカ王国騎士団団長マーコスはこの件に際し、騎士団の怠慢を認めざるをえなかった。騎士団内の王城警備の厳重指導を行い、自らにも重い責を科した。

 

 一方、そんなここ二日で起こった城内の混乱ぶりを聞かされたところで、当人であるナツキ・スバルにその全ての引き金を引いた意識はない。

 そもそもスバルは城内に侵入したわけでもないし、賢人会とやらの会議を盗み見たり、要人の暗殺を目論んでいたわけでもない。コンビニ帰りに意識が朦朧とした直後、気づいたら王城内に召喚されていたのだ。どうしようもない。

 

「俺は無罪だ!」

 

 ナツキ・スバルはクルシュ・カルステンとの面会を終えた後、生気の抜けたような状態が長らく続いたが、漸く正気が戻ったようで、最初の罪を認めていた態度を翻し、典型的な犯罪者のように手錠に嵌められた両手を持ち上げて、ひたすらに無罪を主張し続けた。

 

「おめぇ、最初は認めてたじゃねえか」

「俺はただのニホンのコウコウセイだぞ!? コンビニ帰りにこんなところに飛ばされて、意味わかんねえのはこっちだ! 早く出してくれ!!」

「コンビニって何だ?」

「コンビニってのはコンビニエンスストアの略語でな、主に二十四時間営業してる雑貨屋だ。飲みモンや食いモン、生活用品に催事のチケットまで買うことができるんだよ。非行少年の聖地だ……ってそんなことはどうでもいいんだよ! 出せ!」

 

 看守はスバルの叫びを適当にいなし、処刑の時を待ち続けた。暗く冷たい牢獄はいつも静かだ。たまにはこういう騒がしい奴が入ってきても悪くはない。ただあまり騒がしすぎても、他の罪人を刺激してしまう。そろそろ消えて欲しいとも思っていた。

 

「ナツキ・スバル。出ろ」

 

 お迎えの時だ。

 見張りとは別の看守がスバルの牢屋の鍵を開ける。

 スバルはその間も無罪を主張し続けたが、看守はスバルの主張に聞く耳を持たない。

 乱暴に掴まれた腕を振りほどいて逃げてやる! っと思ったがスバルなどの腕力では看守の拘束を振りほどくことは容易ではなく、大人しく付いていくことしかできない。

 

「クキキ……。カルステン家に見放されたガキか。良い気味だぜ。だがあんな小娘の飼い犬になるくらいなら、おりゃあ死を選ぶね」

 

 牢獄の中を半ば引っ張られるように歩いていると、通路右手の牢屋からくぐもった声が聞こえてくる。

 ちょうどスバルの入っていた牢屋の斜め前の牢屋だった。

 

「……おっさん誰だ」

「おりゃぁ……」

「黙れ!」

 

 スバルはその男に名前を問うが、男が答える前に看守がそれを断ち切る。男はそれで黙ってしまうが、スバルにとって男の名など知ったところでどうということはない。どうせ聞いたところで知らないだろうし、この後すぐに死ぬことになるのだ。関係はあるまい。

 

 だがすぐに死ぬと言ってはいるが、スバルにこの先の運命をただ受け入れるつもりは毛頭ない。嫌なことから背中を向けて逃げることに関しては一家言あるつもりだ。

 

「看守さん」

「……」

「また無視かよ。ここの人、コミュ障しかいねえな……」

「……」

 

 スバルがどんな問いかけをしようとも、目の前を歩き続ける看守は沈黙を保ち続ける。その態度に文句が湧かないわけではないが、スバルは確信を持ってこう告げる。

 

「あんた、()()()()()()()()()だろ」

「……」

「沈黙は肯定と取るのは昨今のお決まりなんだよなぁ」

 

 考えてみれば当たり前の話だ。

 看守が斬首刑の迎えに来るのは別段おかしくないが、それが()()というのはあまりにおかしい。

 王城侵入という死刑が即決されるような重い罪を犯した者。たとえ検査によってその能力が凡庸であったとしても、警戒するに越したことはない。だのにその護送役が雑兵一人とは考えがたい。

 まるでこの違和感に気付いてくれと言われているかのようだ。

 

「……」

「なんとか言えよ。まさか助けに来てくれたとかじゃねえだろ? 同郷とは思えねえ。地球の奴が来るんなら、俺の親父がいの一番にすっ飛んでくるはずだ。それに見ず知らずの奴が助けてくれるような身でもないはずだ」

 

 スバルが最も尊敬し憧れる人物、父・菜月賢一はスバルがこのような状況に陥っていることを知ったら、即座に駆けつけてくれるはずだ。彼はそういう人物だった。

 

「……いん……じを」

「はぁ? こっち見てはっきり話せよ。人と話す時は目見て話せって親から習わなかった?」

 

 かく言うスバルは長い引きこもり生活のおかげで、まともに人と話せなかったりする。ここまで何とか口が回るのは、この異常な状況についていこうと必死だからである。

 だんまりをやめて、ようやく喋るのかと思いきやボソボソとしか声を発さない態度にイライラして、スバルが先を歩く看守の背中を蹴り飛ばしてやろうと思った瞬間ーーー至近距離で雷が落ちたような、空気を割る轟音が鳴り響いた。

 

「な、なんだ!?」

 

 牢獄の壁の向こう側で、それも遠いところで何か大きな衝撃が発生した。わかったのはそれだけだ。

 

 轟音に続くのはさらなる轟音。

 連続して放たれる音は牢獄の内外を仕切る石壁を越えて、スバルの身を叩くような錯覚に陥るほど大きな音だ。

 

 ボロボロと石壁と天井から破片が落ちてくる。スバルは頭を庇いながら、こんな状況でも未だに前を向き続ける看守の背中に向かって叫ぶ。

 

「どうなってんだよこれ! お前がなんかしたのか!? こんな所いたら瓦礫に埋もれて死ぬぞ!」

 

 造られてから何年が経つのかわからないような牢獄だ。今すぐに崩れてもおかしくはないだろう。こうしている間にも轟音は続く。

 

「てか……どんどん音でかくなってねえか!? つーか、近くなってる!?」

 

 音は大きくなっていくように聞こえるが、実際はその発生源が近くなっているようだ。衝撃によって最早牢獄全体が大きく揺れているように感じる。立っていることさえ困難になり、スバルは地面に四つん這いになった。

 

「お前は俺を守れ! 看守の格好してるんだから、そうじゃなくても振りくらいしてくれよ!」

 

 他力本願がモットーのスバルは素性の知れない奴でも力のありそうな奴には助力を求める。もとより自分の力なぞ信じてはいないのだ。

 目の前の看守()()()は立ったままだが、懐に手を入れなにやらゴソゴソとやり始めた。

 スバルはズシンズシンと一定のリズムで揺れ続ける床にへばりつきながら、その様子を見ていた。

 果たして看守が懐から取り出した物は、真っ黒な装丁が施された一冊の本であった。

 題名も著者名も無い。なぜ、今この状況でそんなものを取り出したのか、スバルには皆目見当がつかなかった。

 

「ああ!? ただの本じゃねえか! なんだよ! 防災マニュアルか何かか!?」

 

 そんなスバルの怒鳴り声は轟音にかき消される。看守もどきはそのまま本の表紙を一回、最愛の人を扱うように愛おしそうに撫でてから表紙を開く。

 全く理解できない文字の羅列が続くページをパラパラとめくり、中ほどのあるページで手が止まる。そのページは左側だけ文字があるが右側には無い。ページ中程で内容は止まっているのだ。そのページに指を這わせながら、看守もどきはゆっくりと振り返る。見えてくるその顔には表情が無い。怒りも焦りも、この場で持ち合わせるべき感情をどこかで落としてきたようだった。

 

「福音の……提示を」

「……は?」

 

 看守もどきはスバルに手を差し伸べる。

 それは立ち上がれないスバルに手を貸す、という意味では無いだろう。

 もっと何か、こう、求めるものをよこせと言っている。

 

「福音の提示を」

 

 その言葉だけを組み込まれたプログラムのように、抑揚のない声で目の前のそいつは繰り返す。

 

「福音の提示を」

「……知らねえよ」

 

 スバルは勿論そんなものは持っていないし、なんなら身ぐるみ剥がされた今、持っているものといえば意味のわからない状況と意味のわからない目の前の人間に対する怒りだ。

『福音』なんて呼ばれる物を持っていた覚えはないし、それが何を指すものなのかもわからない。

 

「福音の提示を」

「うるっせえよ! そんなことよりもっとすることがあんだろうが! まずはこの手錠を外せよ!」

 

 両手が拘束されていては、思うようにも動けない。

 そうこうしている間に衝撃は、ここに近づくように移動しているのが分かる。今にもスバルたちのいる場所に到達してもおかしくない。

 この状況は目の前の男にとっても誤算のはずだ。計画したのであれば、もう少し迅速に事を運ぶはずである。ならば敵か味方かもわからないが、協力する余地はあるはずだ。

 

「お前だって死にたくーー」

「ウルドーナ!」

「なっーー」

 

 壁の向こう。

 一枚を挟んでその先から何かが聞こえた。

 その瞬間、スバルのいる空間を大きな津波が襲った。いや違う。地表が大きく波打っているのだ。バリバリと剥がされた地表が捲れ、ひっくり返る。空中に投げ出され天地の境がなくなり、スバルは闇雲に体を動かしてみるが地面に着いていない人間の体の力など微々たるものだ。スバルはどうしようもなく、轟音を立てて襲い来る瓦礫の山の波を見ているしかできない。

 その意識と意識の間、開かれた視界に幾つかの影が見えた。それは複数の人影に立ち向かう一つの人影だ。その一つの人影が振り返り、突然開かれた穴を見定めた。そして再度、瞳と瞳がぶつかる。遠くにある琥珀色の瞳の中に、自分の映った姿が見える。スバルはその瞳に映る自分の姿が、大量の瓦礫の波に飲まれるのをただ見ていることしかできなかった。

 

「おい、待て。こりゃ死っーー」

 

 ガツン、とまずは大きな瓦礫がスバルの横腹を殴った。何かの石像だったのだろうか。やけに丸かったせいで身を切られることはなかったが、体の内側に響くような大きなダメージを与えられる。そんな痛みに苦悩する暇もなく、矢継ぎ早に全身に大小様々な瓦礫がぶつかってくる。

 

 皮がプチプチと容易く破ける。

 弾力を持った筋肉は瑞々しく弾ける。

 あらゆる骨は粉々に砕かれ、狭いところで閉じ込められていた血飛沫は歓喜しているようだ。

 

 五秒後には、最早スバルの身体は人間の形をとっていなかった。右腕は千切れ、左腕は潰れている。腹には大きな拳大の穴が空いているし、腰から下の感覚は消え失せて足の場所はどこなのかわからない。飛び散った血の量だけが目に見えてわかるスバルの生きていた証左だ。

 しかしそんな状態になりながらも、スバルの意識は奇跡的に数秒の間、活動することを許していた。

 

 スバルはその数秒で、理不尽さ、不条理さ、様々なことに対する悪態を吐くよりも前に、最後に目のあった琥珀の瞳を持った人影……クルシュ・カルステンはどうなったのだろうと気にかけていた。

 クルシュはスバルとは違う。

 重ねた年数はほとんど変わらないはずだが、その人生にかけてきた重さは違う。

 スバルには想像もできない努力を続け、修羅場をくぐり抜けてきたであろう彼女の価値は、おそらくスバルのそれと比較することすらおこがましいはずだ。

 そんな彼女もこの場所で死ぬのだろうか。

 死ぬのだろうな、と思う。

 牢獄はすでに元の姿が想像できないほどに崩壊しているし、これほどの規模の騒動だ。武装もしていない女性が一人、生き残れるとは思わない。

 この世界……いや、元の世界だったとしても大した価値のないスバルと同じように死んだとしたのなら、彼女が積み上げてきた人生の意味はどこにあったのだろうかと思う。

 ならばせめて彼女だけでも生きていてほしい、と死に際に思ってしまう。

 ハッと、自嘲する。

 ほんの少し、かすった程度の交わりだ。

 クルシュの道に、スバルという少しばかり色の珍しい小石が落ちていただけのこと。

 その石ころが道の安全を願うなど、身の程を知れという話だ。

 

 

 そして薄らいでいく頭の中ではっきりと死を意識する。

 初めての感覚だ。

 全身の神経が痛覚の限界を超えて、なにも感じることができない。フワフワとした浮遊感は、このまま天国に上るのではないかと錯覚させられそうだ。

 そしてゆっくりと、ゆっくりと、ナツキ・スバルはその意識を手放した。

 

 

 次の瞬間、ナツキ・スバルは死亡した。

 

 

 

 

 

 

 

「……何者だ?」

「ーーっは、あーー?」

 

 凛と響き渡る声が耳に入り込み、どこかに飛んでいた意識に手を伸ばし手繰り寄せる。

 スバルの視界には男装に身を纏った美しい女性が映っていた。見たことのある艶やかな深緑の髪に、見たことのある琥珀の双眸。鼻筋の通った顔つきは何度見ても美しい。

 

「侵入者だ! 捕らえろ!」

 

 その声に再び飛びかけていた意識を引っ掴み、引き寄せる。

 横から走ってくる騎士のような甲冑を着込んだ男に襲い掛かられるまでの間、スバルは呆然と立ちつくしていた。

 

「え? え? ーーどゆこと?」

 

 ボフン、と無駄にフカフカしたカーペットに身体を叩きつけられ、後手に拘束されながら、スバルは誰へ向けたのでもない問いを吐き出すので精一杯であった。

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