王道と邪道   作:ふぁるねる

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脱獄作戦

 カルロスはただの少年である。家名はない。

 

 ここ、ルグニカ王国は大陸でも最大級に大きな国だ。

 半年前に王族が次々に死んでしまった歴史的大事件が起こるまでは、広大な沃野と善政を敷く優秀な王族、隣国との積極的な貿易、高い士気と練度を誇る王国近衛騎士団、言わずと知れた『剣聖』や、魔法属性のそれぞれの頂点に与えられる称号を『赤』『黄』『緑』の三つを持つメイザース辺境伯など、逸材も揃っている。

 半年前までは安泰を保っていたルグニカ王国だが、それでも黒い歴史はある。

 

 約五十年から四十年前に勃発した亜人戦争。

 亜人と人族との間で起こった小さな諍いが火種となって広がっていき、王国全土を巻き込み、八年にも及ぶ戦争へと発展した。

 先代『剣聖』テレシア・ヴァン・アストレアや、『剣鬼』ヴィルヘルム・ヴァン・アストレアなどの『伝説』が生まれたのもこの戦争である。

 その先代『剣聖』の圧倒的な活躍により、亜人側が戦争の無意味さを認め、降伏。人族側もこれを受け入れて戦争は終結したが、その戦争の残した爪痕は大きなものとなった。

 そもそもの話、世界を滅ぼそうとした『嫉妬の魔女』サテラはハーフエルフだったという。その時点で人族の亜人に対する認識は、多少なりとも悪いものにはなっていたはずだ。

 その後大きく国力を落とした王国だったが、約四十年でここまで持ち直すことができたのは、偏に王族の手腕によるものが大きい。

 戦争終結時の国王ジオニス・ルグニカは軍務には向かなかったが、その後の復興には尽力した。

 

 このような歴史上最大規模の内紛が起こった後も、ルグニカ王国はその歴史を積み続けてきた。

 

 そして半年前、ルグニカ王族は一人残らず、疫病によって()()する。

 

 突然のことだったという。

 まず初めに第一王子であったザビーネル・ルグニカに症状が認められ、その後当時の国王ランドハル・ルグニカも発病。ランドハルが最初に病没した。

 立て続けに王族にのみ発病し、すべての王族が病に苦しみ死んでいった。

『青』の称号を持ったフェリス・アーガイルの力を以てしても、病気の進行を止めることすら叶わなかった。

 

 歴史の転換点だ。

 半年前のカルロスはそう確信した。

 王国は今、大きな変化の最中にある。

 竜歴石の預言が公開され、王国は新たな王候補を五人擁立するために動き出した。

 これに便乗すべく、カルロスは故郷を飛び出したのだ。

 

「おら、王都さ行くっぺ! 今なら商売でがっぽがっぽ稼げるでさぁ!」

 

 止める家族と友人を振り切るように言い放って、コツコツと貯めたこづかいを握りしめて故郷を出たのだ。

 カルロスの推測は正しかった。

 王族が全員死んだことに対して王国の全てがその対処に追われた分、監視の目が減った裏での商売で盛んになったことは事実だ。

 現在では王都でも有数の商人、ラッセル・フェローはこの動乱に乗じて名を上げたようだった。

 

 カルロスの読みは鋭かった。

 昔から故郷での生活でも、カルロスの根拠の無い読みが当たることは多かった。

 それは川の釣り場の選定や、山での山菜採集の時に光るものだったが、カルロスのいた集落では《剣聖》と並びたてられ、無敵と評される程だったのだ。

 

 だがそれは所詮、小さな村でのこと。

 自分の能力を過信し、ろくな準備もせず王都へやってきたカルロスは都合三日で全財産を失くした。

 念のためにと服に縫い付けて残しておいた銀貨五枚は、裏路地の不良三人組に袋叩きにされた挙句強奪された。

 

 ぼろ雑巾のようになりながら路地裏を這いずり回っていたカルロスは世界の理不尽さを痛感し、なぜ自分だけこんな目に合わなければならないのだ、と嘆き、そして気付いた。

 自分が理不尽そのものになってしまえばいいのだ、と。

 故郷に帰ることもできなくなり、後がなくなったカルロスにとってそれは、世界を掌握したような全能感すら感じる名案だった。

 

「おらは悪かねえ!」

 

 その三日後、一人の不良が路地裏で近衛騎士団に捕まったらしいのは、また別の話だと思いたい。

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

「おんめぇ、なん言いやがったとぉ!? このやろう!」

 

 一人の囚人が、監獄中に聞こえるような大声を上げた。

 何事だ、と周りの牢屋の囚人達は鉄格子に張り付いて声の聞こえてきた牢屋を見ようとする。

 

「へっへっへ。何度でも言ってやんよ」

 

 どうやら何か問題が起きたらしい。

 ここ最近の牢獄ではあまりなかった事だ。

 王都の混乱に乗じて、セコイ手を使って小さな犯罪に手を染めていたような半端者ばかりだ。投獄されてしまえば大人しいものであった。

 

「てめえみてえな田舎もんがよく王都に出てきたよなぁ? なに、夢見ちゃった系?」

 

 煽るように暴言を吐く男は、つい昨日投獄されたばかりの少年だ。

 黒い髪に黒い目。それ以外にあまり記憶に残るような特徴はなく、唯一挙げるとすれば鋭い目くらいだが、街中で見てもその髪色以外は二秒で忘れるくらい平凡なものだ。

 だが彼の顔を見ることができる周辺の牢屋の囚人たちは、彼の顔を忘れることはそうそうなさそうだった。

 これほど人に嫌がられるような「ウザい」顔をする奴を見たことが無い。とにかく嫌われることに特化した表情に、囚人たちは自分たちの標準装備している凶悪な顔を棚に上げて辟易した。

 

「おめええええ! おら、怒ったどー!」

 

 対してそんな黒髪の少年に激昂するのは、彼と同じくらいの歳の少年だ。

 その強い訛りから、少年が王国の辺境から王都に出てきたことがわかる。どうやら一発当てようとしたが失敗したらしいことまで容易に想像できてしまうのは、似たような境遇の者が何人か牢屋の中にいるからだろうか。

 

 黒髪の少年ナツキ・スバルと、田舎少年カルロスは向かい合った牢屋に投獄されており、互いに顔の見える位置で口論を続けていた。

 

「もっとやれ!」

「いいぞ!」

「クソ野郎どもめ!」

 

 周囲の囚人たちは、その口論の火花に油を注ぐように野次を飛ばしている。

 

「おまえのかーちゃん、出ーべそ!」

 

 それに呼応するかのようにスバルも暴言を重ねていくが、そろそろストックがなくなりつつあった。教育環境が良すぎて悪口があまり思いつかなかったのだ。

 しかし、

 

「おめえ、死にてえのか」

 

 肉親への暴言が彼の怒りに火をつけたのか、ついにカルロスの目の色が変わった。今までは怒りの中に理性が混じっていたが、もはやそれは怒り一色だ。漏れる吐息からは怒気が溢れ、スバルはやりすぎたのかもしれない、と脇の下で大量の冷や汗をかく。

 しかしこれも作戦の内だ。成功させなければならない。

 

「……っ!」

 

 ブワッ、とカルロスの髪が何処からともなく吹いてきた風になびかれて浮く。

 カルロスの周りに渦巻く得体の知れない力にスバルは圧倒されるが、これから起こるであろう予測にスバルはニヤリと唇を歪ませた。

 

 カルロスの周りを渦巻いていた何かが、スバルに向ける指の先に集まり、徐々にその勢いを増していく。

 

「フーラ!」

 

 明らかに敵意、攻撃する意思を持った言葉と共に、カルロスの指先から何かがスバルに向けて放たれた。

 

 スバルはそれを冷静に見ながら作戦の進行を確認するように、先ほどのおっさんとの会話を思い出していた。

 

 

 ーーーー

 

 

「今、俺の牢屋の隣で寝てる囚人がいるだろ?」

 

 スバルの斜め前に閉じ込められているおっさんの囚人はそう言った。でっぷりと太ったおっさんだが、声は精悍なのがなんか嫌だ。

 

「ん? ああ、俺の正面の奴な。俺と年変わんねえくらいか。こいつがどした?」

 

 スバルは正面の牢屋の中を覗き見る。

 照明が少ない分、細部まで見ることはできないが、ベッドに横たわって寝息を立てている少年を確かめることができた。この歳で犯罪者なんて、ろくな人生を生きてこなかったのだろう。かわいそうに。

 

「まずはこいつを挑発して、怒らせろ」

「えー、やだよ。母さんと父さんから悪口は言っちゃダメって言われてるからなぁ」

 

 おっさんの指示に少しだけ反論してみる。実際にスバルの両親は、良心を体現したような二人であった。そのおかげでスバルもまっすぐに育っ……てはいないか。

 

「脱獄のためだ。お前の両親も、お前が悪口を言うよりお前が死ぬことの方が悲しいと思うはずだぞ」

 

 おっさんの言葉に両親のことを思い浮かべる。

 二人はスバルのことを心配してるだろうか。十中八九……いや確実にしているだろう。両親の愛情を確かに受けてきたスバルには痛いほどわかる。

 

「……わかった。んで、どうするんだ?」

 

 両親のことは意識の隅に追いやる。

 今は二人のことを考えても仕方ない。父・賢一がいくら超人だとしても、失踪した息子を追って異世界にまで来るとは思えない。自分の手でどうにかする必要があるのだ。しかしそれでも、両親は意識の外には追い出さない。

 

「こいつはカルロスって名前で、ルグニカの辺境のある森の奥にある集落の出身だ。森の奴らは風魔法に適性のある奴が多くてな。まあそれはどうでもいいんだが、まずはこいつに魔法を使わせろ」

「魔法を使わせる? それって俺、危なくない? 風魔法ってあれだろ? やべえ風が飛んでくる感じじゃないの?」

「大丈夫だ。魔法を感知した瞬間に監獄内部に仕込まれた土魔法が発動して、奴の牢屋を壁が包み込むからな」

 

 おっさんは次々にこの監獄に関する情報を開示していく。

 こんな、天然の洞窟を利用しました感満載の監獄に魔法が施してあるとは思わなかった。

 というか、おっさんは何者なんだ。

 あまりに色々と知りすぎている気がする。

 その辺りは突っ込むべきだろうか、とスバルは思案する。

 

「ふむふむ、なるほど。それでどうするんだ? 人一人閉じ込めたところでどうにもならないぞ」

 

 スバルはここで問題に突っ込む必要はないと判断した。ここで必要なのは脱獄すること。そして魔女教の襲撃を防ぐことである。おっさんの素性などは関係ないのだ。

 そしておっさんの作戦だが、未だその全容は見えてこない。

 今は見回りの看守が居ないし、目の前の囚人も寝ているから話ができているが、早く済ませなくてはバレてしまう。

 

「まあ待て。この先が重要だ。牢獄の土魔法が使われた瞬間に、()()()()()()使()()()()()()()

「鍵を、魔法で……。誤認させる……いや、認識させないってことか?」

「理解が早くて助かるぜ。ちなみに鍵は全牢屋共通だから、一つで事足りる」

 

 おっさんが魔法を使えることができること自体、驚くべきことだがなるほど、漸く作戦の内容が理解できた。

 スバルが目の前の少年を挑発し、魔法を使わせる。

 魔法の発動を防災システムのようなものが感知し、土魔法で少年の牢屋を塞ぐ。

 その土魔法に合わせるように、紛れ込ませるように、おっさんが土魔法で鍵を作って解鍵するという作戦か。

 スバルは感嘆の息を吐く。

 なかなかに見事な作戦だと言わざるを得ない。

 スバルの考えた作戦Dなど、運と無茶が奇跡的に噛み合わなければ成功しないものだった。

 

 

 しかし、普段のスバルであれば気づいたはずだ。

 斜め前の牢屋に脱獄を考えているおっさんがいる可能性。

 目の前の牢屋に魔法を使える少年がいる可能性。

 おっさんが牢獄のシステムを知っている可能性。

 おっさんが土魔法を使える可能性。

 おっさんが長々と話してる間に少年が起きない、あるいは見張りが来ない可能性。

 

 これら全てが重なる可能性があまりにも低い確率であることに、普段のスバルであれば気付けたはずなのだ。

 

 だが、スバルは気付けない。

 なぜならば、自分の精神が異常な状態にあることにすら気付けていないのだから。

 

 死の実感から一日が経ったスバルは、自分が正常な精神に戻ったと勘違いしてしまっていた。

 だがそんなことはありえない。

 身体がぐちゃぐちゃに潰されるような壮絶な死を経験した者の精神が、たったの一日で回復するなどあり得ない話だ。その証拠に、牢屋の中で倒立をするなどという奇行、それも次の日には死ぬと分かっている人間がするはずがない。

 

 自分に都合の良いように運ばれる状況に疑問を持たずに信じてしまうスバルは、おっさんの計画に二つ返事で乗ってしまう。

 それが普段のスバルならどう考えても良い結果へと運ぶはずのない作戦だと分かっても、死の衝撃から立ち直れていないスバルには、正常な判断が下せない。

 

 

 ーーーーーーー

 

 

「うわっ、なんだっぺこれ!」

 

 カルロスが魔法を発動した瞬間、まず最初にカルロスの風魔法が地面から突き出た石壁に阻まれた。そしてすぐにカルロスの牢屋がグニャグニャと変化を開始した。

 数秒もしないうちにカルロスは石壁に四方を固められて、身動きが取れないような狭い空間に閉じ込められてしまっていた。中からは情けなく助けを乞う声が聞こえてくるが、スバルは聞く耳を持たない。

 

 それよりもスバルは、すぐにおっさんの方に目を向ける。今、監獄の土魔法は確実に発動したが、それと同時におっさんは土魔法を使えたのか。そして鍵を作ることに成功したのか。それが何よりも重要だった。

 

「……!」

 

 おっさんがさりげなくこちらに見せた右手には、小さな石でできた鍵が握られているのがスバルには見えた。

 

「受け取れ」

 

 小さな声でおっさんが言ったと同時に、おっさんはその鍵をスバルの牢屋まで投げた。コロンコロンと小さな音ともに転がり入ってきた鍵を拾い上げ、スバルはおっさんの方を見る。なぜ自分が使う前にスバルに寄越したのか、それがわからなかったのだ。

 

「何が起きた!」

 

 廊下の奥から声が聞こえてきた。

 おそらく騒動を聞きつけた、見張りの看守だろう。バタバタと急いでいるのがわかる。

 スバルはその看守が来る前に、自らの牢屋の鍵穴に鍵を突っ込んだ。引っかかることなく奥まで差し込むことができたことに安心し、すぐに引き抜く。ここで鍵を開けたところで、状況確認に来たであろう看守にすぐにばれてしまう。

 

 そうしている間に、看守はスバルたちの牢屋の前まで到着した。

 

「看守さん、こいつが魔法を使ったんですよ」

 

 おっさんが隣の牢屋を指差して、まるで友達のように教えた。

 おっさんがそのように仕向けた張本人だが、実際にカルロスが魔法を使ったことは事実だ。

 壁に囲まれているカルロスの喚く声からも、状況の把握には時間がかかるということはなさそうだ。

 

「看守長に報告する! 誰も動くなよ!!」

 

 詳しい話をおっさんから聞くと看守は来た道を戻っていった。

 パタパタとした足音がドンドン遠くなっていくのを聞きながら、おっさんと目配せする。

 おっさんが神妙な顔で頷いたのを見て、スバルはもう一度鍵穴におっさん謹製の鍵を突っ込み、そして回す。

 カチカチカチと幾つかの音がしてから、最後にガチャン!と大きな音がした。

 どうやら無事に解錠が出来たらしい。

 

 スバルはするりと牢屋から抜け出すと、おっさんの牢屋の前まで行き、鍵を差し出す。

 

「サンキューおっさん! これで何とかなりそうだな。ほら、鍵返すぜ。一緒に脱獄しよう!!」

「……ふっ」

「……あ?」

 

 おっさんが小さく吹き出した。

 スバルにはそれが今の状況にあまりに合わないものだと理解し、疑問を口にする。

 そしておっさんが次の言葉を言うまでの間に張り巡らされた思考は、一つの結末に到達した。

 しかし、それはあまりに遅すぎた到達だった。本来ならばおっさんの作戦を聞いた時点で辿り着くべき終着点だ。もはやスバルになす術はない。

 

「看守さん! 囚人が逃げてます! 捕まえてください!」

 

 おっさんが監獄中に反響するような大きな声で叫んだ。

 それと同時に、廊下のどちらからも看守の足音が聞こえてくる。

 

 おっさんの発した言葉に意味が、何かにせき止められたように少しずつしか理解できない。

 何故だ。このおっさんはスバルと共に脱獄するのではなかったか。どうして看守を呼んでいる。一体、何をしている。何が起こっている。

 少しずつおっさんの言葉がスバルの頭の中に滑り込んできた。

 スバルはそこでようやく発するべき言葉を見つけることができた。

 

「嵌めやがったな!」

「悪いな坊主。俺はこうやって自分の懲役年数を減らしてんだよ」

「くそっ……。まさかっ!」

 

 隣にあるカルロスの牢屋を覗く。

 すると、カルロスを覆っていたはずの石壁は表面からボロボロと崩れていき、すぐにカルロスの姿が露わになった。カルロスは先ほどの怒りが嘘だったかのように、ヘラヘラと笑いながらスバルのことを見ていた。

 

「監獄に土魔法が仕込まれてる? バカだなぁ、お前。()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ふざけんじゃねえ!」

 

 この監獄に土魔法による防災システムなどありはせず、あれはおっさんによる魔法で、鍵を作った土魔法もおっさんの魔法だった。全ておっさんとカルロスの演技だったのだ。

 スバルは鉄格子をつかんでおっさんに掴みかかろうとするが、おっさんは飄々としている。

 

「お前が脱獄を試みたという事実が出来て、それを俺が捕まえて拘束する。たとえ看守たちがその計画を知っていたとしても、脱獄犯を捕まえたという手柄は俺のもんだ。懲役年数は減らされる。お前、死刑囚なんだってなぁ。こりゃだいぶ減るぜ」

 

 協力を願い出てからたったの三十分ほどで裏切られたスバルの怒りは、もはやとどまることを知らない。

 目の前のおっさんこそが諸悪の根源ではないかとさえ思えてくる。

 スバルが異世界召喚されて、厳しい状況に置かれたことも、魔女教がこの監獄を襲撃してくることも、全てはこの男が悪いのだと、スバルの頭の中はそれだけでいっぱいになった。

 

「お前! 何をしている!」

「お、きたきた。『ドーナ』っと」

 

 おっさんがそう軽く言った瞬間、先ほどのカルロスを包んだような石壁がせり出した。

 それが今度はスバルを包もうとしてくる。

 スバルはすぐにその場から離れようとするが、迫り来る石壁が逃げ場を遮る。

 

「くそやろおおおおお!!!」

 

 喉から出るのはありったけの怨念の叫びだ。

 スバルの全てが奴を許すなと叫んでいる。

 

 しかしどれもが自業自得なのだ。

 脱獄することだけを決めて、そのほとんどは男に任せたスバルの弱さが招いた結果だ。

 他人任せに生きてきた人生のツケがここで回ってきた。

 

 石壁に完全に閉じ込められる瞬間に見えたおっさんの顔は、愉悦に浸った表情をしていた。

 

 ああ、もう、本当にどいつもこいつも……。

 

「クソ野郎ばっかだ」

 

 最後の悪態は石壁の中で反響して消えていった。

 

 




※フェリスがフェリックスでないことは誤植ではありません。
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