日も暮れてしまった頃、俺は弁当を片手に歩いていた。
カーニバルから数日、あのときの一子の説得でこちらに残っておいて、良か
ったと思っている。
あっちじゃ食い物すら確保されてないし、幸せに感謝だ。
そんなことを考えて、歩いていると…
「ん?」
前に見慣れた目立つ後ろ姿がある。
人違いなんてことは十中八九ないだろう。
それほどに紅の髪は目立っていた。
なんとなく元気がなさそうな後ろ姿に声をかける。
「よ、どうした?」
肩に手を置いた瞬間、ビクッと体が跳ねる。
振り返った彼女はやはりマルギッテだった。
どうやら何かにそこまで集中していたらしい。
軍人ともあろうお方が気配も気づかないほどとは…
「っ、海斗か…。いきなり近づいてくるな。」
「そっちがボーッとしてたんだよ。どうした悩み事でもあんのか、マルギッテ?」
「なっ!そんなものなどあるはずがないだろう!」
いきなりマルギッテが興奮して否定する。
はて、なんかそんなに気に障ることを言っただろうか。
そう思わせるほどの形相だった。
「じゃあ、こんなとこで何してんだよ?」
「お前こそなんなんだ。」
「俺の右手にある弁当が見えんのか…。」
「くっ…」
どうやらさっき俺の言動に対する意趣返しのつもりだったようだが、見事に
空振りに終わったようだ。
「で、マルギッテはどうしたんだ?」
今度は質問返しは許されない状況でもう一度聞く。
「…ただ明日からの任務のことを考えていただけだ。特にどうということは
ない。」
「そうかい。」
それならさっさと素直に言えばいいものを。
何を躊躇う必要があるんだか。
「また俺を大勢の軍人で囲むのとかは勘弁してくれよ。」
「…いや、今回は普通の軍の任務だ。海外の戦争が行われている地に赴くと
いうものだ。」
あれ?
いつもみたいに“私は今ここで勝負してやってもいいんだぞ。”とか言って
くるかと思ったんだが…。
本当に今日はなんか変だな。
「軍人らしい任務だけど、なんかこっちでしかマルギッテを見てないと想像
できないな。」
「ああ、それが私の本来の仕事だ。……今回は特に激戦地に行って、戦争の
まさに中心が舞台となる。数々の戦場を経験してきた私でも、正直今までで
一番危険かもしれない…。」
「…大変なんだな。」
その程度の言葉しかかけられなかった。
今まで感じたことはなかったが、そういう世界なんだよな。
だから、なんとなくピリピリしているのだろうか。
「無事に帰ってこれる保証もない。別に今までが安全だったとか言うつもり
はないが、それだけレベルが違うのだ。…だから精神統一をしていたんだ。」
「…そっか、邪魔して悪かったな。」
そう言って、止めていた足を動かし始める。
危ないということが分かっているから行かないということには出来ない。
悲しいが、リスクなくして争いなど解決できないということはよく知っている。
無関係な奴が首を突っ込んでいいものでもないということも。
それでも…。
俺は少し歩いたところで立ち止まって振り向いた。
「絶対生きて帰ってこい。帰ってきたら勝負でもしてやるよ。」
「っ!」
声をかけることは出来る。
何の力にもなることはないただの自己満足だ。
俺はそれだけ言って、また歩き出した。
「待て!」
「え?」
マルギッテが叫ぶ。
「私は常に後悔しないように生きる。もうお前とは会えないかもしれない今、
言っておかなければならないことがある。」
数歩離れた位置でマルギッテは続ける。
「私はお前の…海斗のことが好きだ!軍人としてではなく、1人の女として。
それだけ伝えたかった、答えはいらない。以上だ!」
「は!?ちょっ…」
俺が何か言う前に物凄い速さで去っていってしまった。
…今の告白でいいのか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
―翌日
マルギッテは戦地に降り立った。
話に聞いていた通りの激しい戦闘。
火薬の匂いがたちこめ、視認できるほどに爆発があちこちで起こっている。
(我ながら馬鹿げたことをした。)
マルギッテは移動中何度も考えていた昨日のことをまた思い出す。
もう会えないかもと思っただけで、勢いのままに気持ちを言ってしまった。
制御できないほどに好きだったということを昨日になって、気づかされた。
外に出ていたのも、それを伝えようか迷っていたから。
任務において精神統一などしたことがない。
恥ずかしいから言うのはよそうという結論に行き着いたにも関わらず…
“絶対生きて帰ってこい!”
あんな優しい言葉をかけられたら、私の迷った何時間かは全く意味を成さな
くなってしまう。
胸の奥がかゆくなるような、色々な感情が入り混じって形容しがたい感じ。
想いが溢れて、口からこぼれてしまった。
はぁ…絶対生きて帰りたいが、それはそれで辱めの地獄が待っている。
何故対面してない相手にこんなに苦しめられなければならないのかと、しき
りに苛立っていた。
そんなマルギッテの前へ敵兵が現れる。
どうやら集中しない様子のマルギッテを狙ってきたらしい。
だが、しかし…
「はぁっ!!」
マルギッテはすぐに十数人を叩き潰す。
その左目の眼帯は既に外されていた。
そもそも白兵戦でマルギッテに戦いを挑むのが間違い。
すぐさまトンファーの餌食となる。
―“猟犬”
それが彼女の戦場での名だった。
狩りを行う側の者。
ただ生き残るのみだ。
そして、どんどんと敵兵を倒してゆく。
彼女の活躍は誰の目にも明らかだった。
当然それは敵に目をつけられる。
ただでさえ、猟犬は戦場では有名すぎる名だった。
「くっ…!」
爆走してきた戦車4台に取り囲まれる。
かなりのピンチだが、彼女が焦ることはない。
目の前の戦車を叩き潰し強引に突破口を開く。
迷うことなくそれを実行しようとしたが…
ガキン
「何!?」
明らかに今まで壊してきた戦車と硬度が違った。
そう、これはわざわざ相手側がマルギッテだけをターゲットに絞って、倒そ
うという作戦。
トップレベルの戦車が派遣されてきたのだ。
(まずい…っ)
焦っていなかったマルギッテも状況が変わる。
一瞬で抜けようとした場所には4つの砲口が向けられている。
そして今自分は抜けることが出来なかった。
ドーーン
戦場に爆発音が響いた。
マルギッテのいたところは業火に包まれている。
…4台の戦車の爆発によって。
「死ぬなって言っただろ?」
「なっ、海斗!?」
「この感じ、2回目だな。」
マルギッテは海斗の腕の中にすっぽりと収まっていた。
そう、お姫様抱っこだった。
「すぐ降ろしなさい!」
「とか何とか言う割には、首に手がしっかりと回ってるんだが。」
「−−−っ!」
完全にあのときのを体が覚えていたのだろう。
無意識に海斗の首に回してしまっていた腕を認知して、急激に恥ずかしくなる。
その恥ずかしさからも逃げるようにパッと降りてしまう。
「どうして、海斗がここにいるんだ!?」
「そりゃ俺が頼んだからさ。クリスの父親に、お宅の優秀な人材を失くした
くなかったら俺を送ってけってな。」
「でもお前が戦う理由はないだろ!」
「確かに少し前までは関係なかったからな。でもよ、恋人を守るのなんて男
として当然の義務だぜ。」
「は?」
「答えはいらねぇなんてふざけやがって。俺は昨日の本気にしたからな。戦
士だったら言ったことには責任持ちな。」
「いいのか、私なんかとで。こんな女っぽくもない…」
「どう思ってるか知らねぇけど、お前可愛いからな。誤解すんなよ。別に強
い奴が好きだとか、Mだとかじゃねぇから。」
「…そうか。」
マルギッテが嬉しそうにはにかむ。
場所はこんな戦場でもその顔はれっきとした女の子のものだった。
「初デートが戦場なんて、俺達ほどアブノーマルなカップルもいないだろ。」
「ふ、そうだな。さっさと軍のために勝利してしまおう。」
「おい、俺は軍人じゃねぇからよ。何のために戦えばいいんだ?」
俺は笑いながら問う。
答えはもうどちらも分かっていた。
「私の幸せな未来のために戦ってくれ。」
「了解。」
強さなど関係なく、今の俺たちは負ける気がしなかった。
マルさん可愛い