ポケモン色の本棚   作:@早蕨@

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したっぱロケット団員の備忘録~赤帽子の少年~⑤

 隠し扉の奥は、下り階段になっていた。カツカツとこだまする二名分の靴音。ゴルバットの羽音に、音もなく階段を下りていくラッタとペルシアン。私は一番後ろから着いて行く。

 踊り場だけ点灯しているチカチカした薄暗い蛍光灯が、怪しさを演出している。

 男は自分の家かのように迷う事なく階段を下りていく。とてもではないが、話しかけられる雰囲気ではなかった。

 一番下まで下りると、正面にはギラりと光る銀色の取っ手がついた、重そうな扉が一枚。

 躊躇なくそれを引く。差し込んで来る光。

 明るい。

 突然の強い明かりに目がくらむ。

「ようこそ。ロケット団タマムシアジトへ」

 男は扉を抑え、私を迎え入れる。

 まるで似つかわしくない動作なのが、初対面の私にだって分かった。恐縮し、頭を下げて私はその先へ足を踏み入れる。

「なんだよ、これ……」

 思わず口から漏れ出た。ゲームコーナーの下に、こんな入り組んだオフィスのようなフロアが広がっている。一体どうなってるんだこの街は。

 呆気に取られて突っ立っていると、男は扉を閉めて再び歩き始めた。

「いろいろ気になるだろうが、今は黙って着いてきなさい」

 言われなくともそうするしかない。私は言われるがままに再び男の歩を追い始めた。 

 随分と入り組んでいるように思える。タマムシアジトとまで言い放ったのだ。シンプルな作りではないはずだ。

 いくつか曲がった先で、今度は電子ロックの扉にカードキーのようなものを差した。自動で開いた扉の先へまた進んでいく。セキュリティは厳重だ。本当にアジトらしい。

 その先のエレベーターに全員で乗り込み、男は地下四階を押した。駆動音だけが闊歩する密室。一言も発する事を許さない緊張感がある。あまりに異質な出来事に圧倒される。ペルシアンだけが、私達をじとりと見定めるかのように目線を配り、男はただ突っ立っているだけなのに、不意打ち出来る隙も見せない。

 地下四階に着くと、私達はまた男の後を歩かされる。

 一体どこまで行くと言うのだ。ゲームコーナーの下にこんなフロアがあるだけでも頭がパニックなのに、それが地下四階まであるという。もう無茶苦茶だ。

「さあ、そこに腰掛けてくれ」

 恐らく、ここが一番最奥部なのだろう。社長室、という表現がぴったりなのかもしれない。重厚感のある木目の、高級そうな長机。フカフカの黒椅子。応接用のテーブルに、うちの事務所よりも極厚の黒皮ソファがセットされている。誰がこんなところに来るというんだ、と思ったが、まさに今ここに通されている。

 私はソファに浅く腰掛け、対してどっかりと深く椅子に腰かけた男の言葉を待った。

「君は、どこの出身なのかな?」

「タマムシです。生まれてから、ずっと」

「そうか。それは良い。この街でずっと暮らしている事は、それだけで強みだ」

「あ、あの」

「なんだ?」

「あなたが、ロケット団のボス、という事でよろしいのですか?」

 我慢出来ず、私は口走った。

「私か。私は、誰でもない。どこの誰かだなんて重要じゃないんだよ。ジムリーダーかもしれないし、どこかの社長かもしれない。ただのポケモントレーナーかもしれないし、ただの親かもしれない。どこの誰だか分からない事こそが、重要なのだ。役職、階級、そんなものはどうでも良い」

「……分かりました。では言葉を変えますが、あなたが瀬田さんが仰っていたボス、なのですか?」

「同じ答えだ。瀬田が信ずるものは、この組織の持つ野望にある。特定の人物などではない」

 いや、そんな事はないはずだ。瀬田さんはボスのためにと、そう言っていた。私が瀬田さんのためにと思う気持ちと、同じはずだ。

「気持ちで動いてはいけない。組織の運営とは、システマチックにやるものなのだよ。これは瀬田にも教えてきた事だ。奴はそれを良く理解している。このロケット団の一部となり、優秀な駒として働く事を誰よりも理解する人物の一人だと考えている」

 何だ。何なんだこの男は。

「だからこそ私は瀬田に期待して、いくつかの課題を与えた」

「……課題?」

「三次団体とは言え、この組織の下部だ。期待通りタマムシを抑え込み、人心掌握の末優秀な部下を自分で育てろという課題だ」

 人心、掌握?

「奴は、見事にお前のような男を掌握したと見える。他にも腕の立つ奴がいるのだろう? 話は聞いている。使える奴は上げてやる。大いに働くといい」

「いや、あの、すいません。何を言っておられるのですか? 瀬田さんはあなたからの課題として、タマムシを抑え込み、組織を強くし、強く心酔する部下を育てろという課題を忠実に熟したと言う事ですか?」

「そうだ」

「野望に忠実な部下として働き、駒としてただ無感情に仕事を遂行していると言いたいのですか?」

「そうだ」

「そんなはずはない!」

 気づけば、立ち上がっていた。

「流石だ。よく心酔しているではないか」

 火に油を注がれているようで、私は久しぶりに熱くなっていた。

「瀬田さんは、瀬田さんは本当に私達の事を考えてくれていました。面倒を見てくれて、色々な事を教えてくれて。生き残る強さを教えてくれた」

「それが組織で役に立つ」

「違う。瀬田さんはそんな人じゃない」

「分からなくても、今はまだそれで良い」

 男は立ち上がって、ゆっくりと歩いてこちらへ向かってくる。私は心の中がぐしゃしゃで、次に何を言えばいいのか分からなくなっていた。

「なあ君。私が何故そのような課題を与えたのか分かるか?」

 男は正面に立ち、私をじっと見つめながらそう言った。

「……分かりません」

「システマチックにやらなければならないとは言え、組織を運営するのは人間だ。人間である以上、感情を全て抑え込む事は難しい。だからこそ、そこを操り掌握を試みる事に価値がある。象徴である私がそうやって来たように、瀬田みたいな特定の人物にその役割を与え、その下を育て鍛えていく。そうして組織は強くなっていくんだよ」

「それでも、それでも私には、あの瀬田さんが全てあなたの言う通りそのまま動いているとは、とても、思えない……」

「人が信じられなくなるか? それでも君は瀬田を信じるか? 悩め若者、そうやって一つ一つ乗り越えて行くといい。ただ、この組織に合致しない時点で、ある程度の覚悟はしておけ」

「どういう事ですか?」

「最近幹部になった者にアポロという人間がいてね、そいつにはヤマブキの掌握を任せている。奴には同じく部下を育成させて、ここへ連れて来させた。街の様子と、部下のレベル。いろいろ総合し、アポロと比較し、瀬田を幹部へ引き上げるか決めるつもりだ。君の行いが、瀬田の未来を決めると言っても良い。わかるな?」

 脅しているのか。

 私が下手をやれば、瀬田さんに迷惑をかける。瀬田さんを担ぎたいと思う以上、従うしかない。

 分かった。良いだろう。それなら乗ってやる。ここまで来て引き下がれるか。瀬田さんを担ぐ。私は彼を幹部に押し上げて見せる。

「……分かりました。瀬田さんがどう思って何を考えて行動しているのか、それはこの際どうでもいい。私が瀬田さんに世話になった事は事実です。それだけがあれば十分だ。私は忠実に働いて見せましょう」

 男はくっくと笑い、合格だ、と呟いた。

「良い働きを期待している。護衛の件については、追って連絡をしよう。それ以外にも君に任せたい仕事がある。うまくやりなさい」

 話は終わりなのか、男は入口側へ歩いて行く。また着いて来いという事なのかと思えば、立ち止まってこちらへ向き直った。

「上で会った時、君は良い反応をしていた。ポケモン達も、それなりに鍛えているのだろう? どうだ、力を見てやろう」

 今までどこにいたのか、ペルシアンがゆっくりと男の元へ近づいていき、僕等に向かって牙を出し、戦闘態勢を取った。

 横に陣取っていたラッタとゴルバットもやる気だ。上でやられた分、ここで見返してやる。

 ゆっくりと立ち上がって、決して男とペルシアンからは目線を外さない。

「さあ、来なさい」

 余裕かましやがって。見てろよ。

 私が机を蹴って飛び掛かると同時に、ラッタとゴルバットも向かっていった。

 やってきた事を出すだけだ。私達は強くなった。

 

 

 

 事務所で目を覚ました時、身体中が痛くて仕方がなかった。

 ソファに寝かされているらしい。身体を起こして携帯を見ると、まだ随分朝早かった。事務所には誰もいない。

「夢、じゃないんだよな」

 昨日の記憶を追えば追う程、現実感がなかった。タマムシの地下にあんなものがあって、誰もそれに気づいていない。

 タマムシは既に掌握されていて、加えてヤマブキまでもが手に落ちているという。世界は一体どうなっているんだ。私は本当にとんでもない世界に足を踏み入れたんだなと思う反面、その実感がまるでない。

「ってえな……ボコボコにしやがってあの野郎」

 記憶が途切れるその直前、男の右拳を顔面にもらったような気がする。

 ペルシアンを相手にラッタとゴルバットが暴れている間、私も男に向かって行ったが、ものの見事にあしらわれた。

 力が技が、知力が、経験が、全てが足りていない。

 ペルシアンは優雅で、力強くまた水のように流動的に動いた。男がその隙間から殴打する。コンビネーションの基本のような、どこでそんな戦闘技術を身に着けたんだろうと、見惚れるくらいのものだった。もしかしたら、瀬田さんよりも強いかもしれない。

 そう思わされるには、十分なくらいに私達は痛めつけられた。

「そ、そうだ。あいつらは」

 腰のボールホルダーにモンスターボールがない事に気付いて、痛む身体を無理やり起こして事務所を見回した。生殺与奪の権利を完全に取られておいて何も言えないが、あいつらだけは返してもらわなくては。

 またあそこに行けばいいのだろうか、と思い足を引きずったところで、事務所奥の扉が開いた。

「せ、瀬田さん、いらっしゃったんですか」

「起きたか」

 瀬田さんは自分のデスクに腕を組みながら身体を預け、私にまだ横になっていろと命令した。

「でも、あいつらが、あいつらがいないんです」

「大丈夫だ。ラッタもゴルバットも無事だよ」

 すぐにあのお方が二匹を回復してくれて、使いのものがさっきここにボールを運んできたよ。

 そう言って、瀬田さんはポケットから出したボールをこちらへ放った。

 強くボールを抱えて、目を閉じ二匹に謝罪した。俺にもっと力があれば……。

「ボスは、どうだった?」

 ソファに腰かけつつ、私は昨夜の会話を思い出した。

「怖く、厳しく、強い、そんな方でした」

「そうだろうそうだろう」

 と瀬田さんは普段はあまり見せないような笑みを浮かべている。この人は、本当にあの人の事を信じて行動しているんだ。昨日の会話が全部真実なのだという事が私の中に重くのしかかった。

「私は、瀬田さんの元で働いていたい。もっともっと力を付けたい。そう、思いました」

 心の隅で思っている事は言えなかった。

 それは私には関係ないからだ。瀬田さんがどう思って行動していようが、私の瀬田さんに対する気持ちは変わらないのだ。どうだっていい。

 どうだって、いいんだ。

「ボスは、お前の事を高く評価していた。若く、勢いもある。何より強い。良い部下を育てたなと言っていたよ」

 何が強いだ。あんなに一方的に痛めつけておいて、どの口が。

「お前がここまで育ち、私の右腕になってくれた事を、心から嬉しく思う」

 吐いてしまいそうな程嬉しい言葉。

 私の事を、指示通り組織の駒として育て上げたのだとすると、本当に凄い人だ。私はまんまとその術中に嵌っている。

 だが、やっぱり、この人がそれだけの理由で私と接しているとは思えない。この新しいスーツも、食べさせてくれた飯も、何もかもあの男の言う通りなんて、信じがたい。

 だってあいつは、私たちの数年間を実際に見てないんだ。この生活や時間、経験が、全て作り物だなんて、私にはどうしても思えない。

 でも、それを私の口から確認する事とはまた違う。

 これは私の中だけで押し留めていればいい。

「私なんかで良ければ、いくらでも使って下さい。もっともっと力を付けて、勉強もして、頼られるようになってみせます」

 瀬田さんは頼んだぞ、と言って笑った。

 彼は、自分の昇格がかかっている事をまったく話さなかった。そんな事はおくびにも出さない。幹部という立場に上がれるか上がれないか、それは彼にとって大きな問題だろう。

 私がそれを理解している事も、恐らく知っているはずだ。それなのに、まるで問題にしていないかのような振る舞い。風格ある所作。器の大きさ。

 やっぱりこの人は凄いと私は思う。

 色々考えるのはやめよう、私はまだこの人について行く。そう思えれば、それだけで良い。

 

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