ポケモン色の本棚   作:@早蕨@

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したっぱロケット団員の備忘録~赤帽子の少年~⑥

 私のボスは瀬田さんなので、あの男は大ボスという事にした。

 瀬田さんは、団員であっても彼の実態はいまいち分からないという。その野望とカリスマ性で組織を引っ張っており、その影響力は絶大らしい。

 このカントー地方の二大都市を掌握しようだなんて事を考えるのだから、とんでもない人物なのは間違いない。それに、掌握した後どうする気なのか。掌握する事が目的ではないのだろう。私なんかがそんな情報を知り得る事はないのだが、瀬田さんがそこに絡んでいるんだとすれば、私にも動く理由がある。

 私の中で、瀬田さんのために動く事と、実際にやっている事は上澄みの結びつきでしかない。やっている事それ自体に賛同している訳ではない。かといって反対している訳でもない。

 私は根っこの部分で自分の意見を持って動いている訳ではなかった。

「暇だなあ」

 こんな事を考えてしまう余裕があるくらいに、私は暇を持て余していた。

 ぼうっと考え事をしていても、音がうるさすぎて落ち着かない。

 私はゲームコーナーを再び訪れており、言われた仕事を遂行していた。あのポスターの前に陣取って、見張りをしているだけ。ここ最近、色々大きく動き出すと言う事もあって、セキュリティを強化するとのことだ。

 そういえば、最初に運びをやった時リュックを渡した強面の男もここに立っていた。店を回すと同時に、見張りも兼ねていたのだろう。

 彼は、私に見張りを任せて存分に店に集中している。

 護衛の話はどこへやら。任される事は決まっているらしいが、詳細がない。決まるまでの間は、ここの見張りをやっておけという事らしい。

 あの地下フロアの事を知っていてここを見張っているのか、そうでないかでは立っていても気持ちが違う。何も知らずに立たされていたら、とてもではないが退屈過ぎて辛い。

 団員は普段ここから出入りする事はないらしく、他の場所から出入りを行っているらしい。

 要するに何も起きない。 

 誰がこんなところから入って来るんだ。

 そうは思っても、口には出さない。警察が雪崩れ込んで来るなんて事は、あの地下フロアを巧妙に隠しきっているロケット団ならばまずないだろうし、正義の味方が正面突破してくる事なんて考え辛い。

 対抗組織の回し者、なんて奴がいるのかもしれないが、例えここを突破して地下へ行けたとしても、とてもではないが生きては帰れないだろう。

「仕方ないか」

 仕事は仕事。やれる事を精一杯やるしかない。

 私は自分にそう言い聞かせ、その場に立ち続ける。

 時計を見ても、時間は進まない。十分程経ったかと再度時計を見ても、五分も経っていない。

 せめて店の見回りをさせて欲しい。こんなところにいて、何の経験になるんだ。

 仕事なんだからやれるだけやろう。

 でも退屈。

 仕事なんだから仕方ない。

 しかし退屈。

 私の中でひたすらせめぎ合いが行われている。

 今日は終わったらカイでも連れてどこか酒でも飲みに繰り出そうか、なんて事を考え始める頃には、私はほとんど何も考えずに突っ立っているだけだった。

 

 そんな私の目に、見慣れない姿が映った。

 こんなところに入ってくるには、あまりに幼い。少年、と言える年齢の男の子だ。店をちょろちょろして、何か探っている。スリか。あの歳でスリとは、ハードな人生を送っているに違いない。店員にどやされるぞ。 

 しばらく見ていると、案の定店員に捕まった。ここの店員は客の扱いが雑だ。ガキが入ってくるところじゃねえんだとかなんとか、追い出すつもりだろう。頷いている様子の少年だったが、素直に言う事を聞くつもりはないらしい。

 しばらく店をちょろちょろした後、少年はコイン交換カウンターの前に立ち、別の店員に話しかけていた。

 何をするつもりだ? 私が見ているのを察したのか、店員がこちらに目配せし、にやりと笑う。

 話は終わった。少年はそのまま堂々とした姿で歩き、私の前に立った。何をしやがったんだあいつは、と店員の方を見れば、顎をクイと少年の方に向ける。

 ……もしかして、やりやがったな。

 確かにあの店員には、見張りは退屈だなんて愚痴を零した。それを聞いてか、暇潰しにとこんな少年をけしかけたのだろう。

 とんだ迷惑だ。これじゃ暇潰しじゃなくてお守だ。

 ”赤帽子の少年”は、少しだけ距離を取ると、私を真っ直ぐ見てモンスターボールを構えた。なんだやる気か? 店の中でバトルなんて、本気か?

「俺はこのポスターを見張ってるんだ。邪魔をすると、痛い目に合わせるぞ」

 子どもと喋るのは、そういえば随分久しぶりだ。どうやって話せばいいのか分からず、ぎこちない雰囲気になってしまった。

 少年は、黙ったまま動かない。吸い込まれそうな程純粋な目は、とてもスリをやるような人間には見えなかった。それどころか、何か大きな力を秘めた、底の見えない何かを感じるような気がする。

 何をこんな子どもに気圧されているんだと、自分の情けなさに呆れたその時、少年はモンスターボールを放って、本当にポケモンを出した。

 中から現れたのはリザード。しかしこんな小さな少年に遅れを取る私ではない。タッチの差で飛び出したラッタとゴルバットが、私とリザードの間に割って入った。騒ぎにせず、軽く捻ってやればいいだろう。

 そう私が思ったのと、少年が不敵な笑みを浮かべたのは同時だった。

 目の前にいるリザードが距離を詰め、その鋭い爪でラッタを切り裂く。慣れない場所、咄嗟の攻撃に反応出来ないラッタは、先制攻撃に後ずさった。

 何故だ。いつどこでどんな状況でも、反応出来るような訓練をしてきたつもりだった。タマムシはそういう訓練に最適なのだ。

 なのに何故。どうしてリザードの攻撃に反応出来ない。

 次の瞬間には、リザードの隙をつき、ゴルバットが首元を狙った吸血――その絵は見えていた。だがどうだ。リザードは咄嗟に尻尾を勢いよく振り回したかと思えば、その炎の尻尾でゴルバットをなぎ飛ばす。

 その間、赤帽子の少年はゴルバットの位置をリザードに伝えただけだ。

「ひっさつまえば!」

 ようやく体制を立て直したラッタは、私の声を聞き目の前のリザードに向かって牙を立てる。

 決まるタイミングだ。攻撃に耐えたラッタが返しのひっさつまえばを入れ、その勢いでバトルを決める流れは今までの勝ちパターンだ。

 よし! と私もラッタも思ったはずだった。

 一瞬消えたかのように見えたリザードが、下から勢いよく拳を振りぬく。メガトンパンチ。

 飛ばされたラッタは壁に激突し、そのまま気絶。

 倒したラッタには一瞥もくれない。一歩二歩と軽やかに助走をつけて跳ねたリザードは、回転しつつ、そのまま空中で立て直したゴルバットに頭から尻尾を振り下ろす。

 地面に鈍い音をさせつつ叩きつけられ、ラッタと同じくそのまま気絶してしまった。

 この間十秒もない。

「ちくしょう……」

 子ども相手に負けた事ではない。トレーナーとしてのレベルの差に、素直に歯噛みした。

 知識の差ではない。ポケモンとの連携が、意思の疎通の速さが普通ではない。まるでポケモンと意識をシンクロさせているのではないかという程の、ラグのなさ。

 どうして……こんな少年とリザードがここまでの力を。幾年もの年月を経て、何千何万という同じ動作を繰り返し、思い出せない程の経験を積んだ先に得られるような、そんな、そんな途方もない力が、この”赤帽子の少年”とポケモンにはあるような気がした。

 底が知れない……それこそ、あの大ボスのように。

 リザードが私を制し、少年は私の横に貼ってあるポスターを剥がす。

 私は最早この少年を抑え込む気など失せ、ラッタとゴルバットを戻して半ば恐れるかのように走った。途端、店内に鈍く響いた開錠音。押しやがった。ゲームコーナーの賑やかさでは、意識していなければ聞き逃してしまう音だ。

 早く下の者達に伝えなければ。

 気が動転した私は、そこが隠しアジトだと言う事も忘れ、壁にしか見えない扉を開き、その先の階段を駆け下りた。

 奴は追ってくる。

 あの純粋な目が、私の中で真に恐怖に変わりつつあった。

 薄暗い階段が、背後への恐怖を膨らませる。

 階段を降り、光を求めて扉を開ける。

 あのフロアだ。夢じゃない、本当にあったこのフロア。今度はあの時とは違う。誰もいない隠しアジトではなく、黒服の集団がせかせかと歩き回っている姿が見える。

「お、おい! 上から、化け物みたいなやつが下りてくる!」

 一人を捕まえ、両肩を持ってすがるように叫んだ。

 一瞬ぎょっとした男だったが、すぐに理解したのか舌打ちをして携帯を取り出し、すぐに連絡を入れたようだった。

 すがった私を捨てるように払いのけた黒服の男は、

「使えない奴め」

 と吐き捨てて走り去った。やれる事がなくなって、呆然とアジトを歩き回り、私は自分がやってしまった事の重大さに気付き始める。侵入者を入れてしまったばかりか、自分からドアを開けて下りて来てしまった。

 これではアジトの入口が丸分かりだ。

 開錠音だけでは、どこから入ればいいのかなんて分からないはずなのに。

「一体俺は、な、何を……」

 自分のやってしまった事の大きさに、震え始める。ずっと秘匿し続けてきたこのアジトが、衆目に晒される。私のせいで。

 そう思ったらさらに恐ろしくなって、私はアジトをふらつき、鍵が開いていた倉庫として使われているであろう部屋に潜り込み、隅で小さくなった。

 どうしよう。この責任は、私にある。一体どうすれば。

 私は既にこの落とし前が一体どうなるのかと言う恐怖で頭が一杯だった。何をされる。拷問か。指でも詰められるのか。それで済むのか。

 頭の中に、あの少年の不適な笑みがチラついた。何でよりにもよって私が見張りをしている時に……とこれ以上ない程恨み、同時あの少年の圧倒的な強さを思い出す。

 何だあれは。一体何だというんだ。もしかして、これは試されているのか? あの少年も、大ボスが私を試そうとして送り込んだ奴なのか? だとすると、騒ぎは起こらないのか?

 自分に都合の良い方向に物事を考えようとした時、私は自分の事しか考えていない自分に気付いた。

 瀬田さんだ。瀬田さんはどうなる。本当に騒ぎが起こって、これが私の失態だと責められたら、瀬田さんの出世はなくなるかもしれない。

 申し訳なさと情けなさ、今までの恩を仇で返してしまった事実、今後下される罰、先輩や仲間達の失望した顔。全てがない交ぜになって、圧し潰されそうになる。

 頭がごちゃごちゃだ。

 どうすればいい。私は一体どうすればいい。

 加勢に行った方が良いか。ラッタとゴルバットは戦えないが、私自信が盾としてくらいなら役に立つのだろうか。

 恐怖で動かない身体は、私の何かしなければという意思を容易に砕いた。

 何回も何回も動こうとして、繰り返し私はその意思を自分で砕いた。

 砕いて砕いて、震えて。

 どれくらいそんな事をしていただろう。

 アジトの中がやけに静かだと気づいた。侵入者とあらば、もっと騒いでも良いものだ。

 私はようやく僅かにクリアになってきた頭で、おかしい事に気付いた。何も起こっていないのか?

 現実に目を向けられない。本当は何も起こっていなかったんだと信じたい。あまりにも静かなこのアジトの空気が、私の身体を動かした。

 倉庫を出てみれば、倒れている団員達がそこかしこに。

 私の夢のような希望は簡単に砕けた。

 あいつは下りて来て、このアジトに侵入した。そのまま団員達を蹴散らして……いや、何故だ。何が目的なんだ? どうして一人でこんなところに乗り込んで来る必要がある。

 見つけたら警察にでも通報して、大人を集めれば良い。いや、子どもの言う事なんて信用しないって事か? それにしたって、いくらあの”赤帽子の少年”だって、こんな地下深くに根差した組織に一人で乗り込み、団員を蹴散らして進んでいくだなんて、そんなこと可能なのか?

 だが、この目の前の事実が、それを可能にしている事を物語っている。

 それでも、このアジトにはきっと幹部だって、もしかしたら大ボスだっているかもしれない。そうなれば、あの少年だってただでは済まない。いや、間違いなくここからは出られなくなる。

 そうに決まってる。団員達がこんなにもやられているのだ。私の失態も少しは軽く……などとまだ自分の事ばかり考えている私の耳に、ポーン、とエレベーターが止まる音が入って来る。

 静まり返ったアジト。誰かが上がって来た。

 私は一瞬でまた分厚い恐怖に包まれる。エレベーターから出て、廊下を経た先の直線状の部屋から、私はこっそりと顔を出してその相手を見ようと伺った。

「そ、そんな事って……」

 エレベーターから降り、アジトを出ようと駆けだして来たのはあの”赤帽子の少年”だった。

 私は咄嗟に部屋に引っ込み、どうするか考えたが、最早そんな悠長に思考している猶予は私には与えられていなかった。

 少年は私がいた部屋をただ駆けて行き、そのまま出て行った。こちらに目もくれず、全てを壊して去っていく。去り際、双眼鏡のような物を手にしていた事だけは確認出来た。

 私と上で戦った時は、そんなもの持っていなかった。

 まさかそれだけ?

 それだけを手に入れるためにこんなところに?

 そんなまさかと思ったが、最早常識だとか一般的とか、そんな事は全て通用しないのかもしれない。

 何が何だか分からない。

 理解出来ない場所で、理解出来ない事が起き、理解出来ない人間が暴れていた。

 私にはもう、着いて行くことは出来なかった。

 

 

 

 静まり返ったアジトから出てみれば、ゲームコーナーは通常通りの姿だった。ただ、あの強面の男だけはおらず、任された店員が店を回している。突然消えて、突然現れた私にサボってんじゃねえよと店の店員が絡んで来たが、最早凄む気すら起きず無視して店を後にした。

 タマムシシティは変わらない。

 この町で一体何が起こっているのか、町の人間は何も知らない。その違和感があまりにも気持ち悪い。

 全てが作りものの世界にようで、私は一人知らない世界に放り込まれた感覚で街を歩き、事務所へと戻った。

 

 

 

 三階へ上がって扉を開けてみれば、変わらない光景がそこにある。

 あれ、見張りじゃなかったのか? どうした? と先輩達が寄ってくるが、ええ、そうなんですがと軽く躱して、私はソファに座った。

 私の様子がおかしな事に気付いた人達が、一体どうした何があったんだと代わる代わる話しかけてくるが、何をどう話せばいいのか分からず、ただぼうっとする事しか出来なかった。

 私の周りには人が溜まり、あまりの放心状態に何かまずい事が起きているんじゃないかという話になり始める。

 やがて、何か焦った様子で電話を持ったまま近づいて来た先輩が、私の目の前に座った。

「……瀬田さんから連絡だ。当面の間は謹慎。後の事は心配するなってよ。お前、一体何をやらかしたんだ?」

 皆の視線が集まる中、私は黙って立ち上がり、すいませんでしたと頭を下げて事務所を後にした。

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