ポケモン色の本棚   作:@早蕨@

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ペラップの風切り羽

 ペラップは、地に足を着けたまま戦っていた。

 両サイドに四角く設けられたトレーナーボックスの内、トレーナーがいるのは片側だけ。もう一方には誰もいない。一般的にポケモンバトルというものはトレーナー同士が一定の距離を取って向かい合い、お互いにポケモンを一匹ずつ出し合うのがスタンダードだけれど、構図は二対一。場所が場所なら野生ポケモンとの戦闘でしかない。ポケモンバトル場でのこの珍しい光景に、見物人も多い。フェンス一枚を隔てた外野からのヤジが喧しい。ペラップの動き一つに指笛を鳴らす人、その技一つに歓声を上げている人など、この日のバトルでは一番の盛り上がりを見せている。ペラップの相手をしていたトレーナーは、ハイパーボイスを側面からもらったエビワラーが倒れたのを目の当たりにし、親指を噛んだ。バトルは、ペラップの勝利だった。

 僕は外野の一人としてペラップの強さに関心し、それと同時にどこか引っかかりを感じながらも、思わず拍手をしていた。

「又聞きなんだけど、トレーナーはここが静まって人がいなくなるタイミングで、あのペラップを迎えに来るらしいぞ」

 歓声の上がる中、隣で見ていたスーツ姿の知らない男が、フェンス越しに観戦していた僕に話しかけてくる。よれよれのスーツに、だらしなく伸びている髭。仕事の出来ないサラリーマンかよ。

「完全に見世物なんだな、これ」

「いい見世物だ。トレーナーの指示なしにあれだけ戦えたら凄い。俺らのいる意味ってなんだろうな」

 バトルを終えたペラップは、そのまま飛ぶことなくとことこと歩いていき、バトル場の角へと戻っていった。くるりと振り返り、集めた視線に無表情で返した。その隣には、蓋の空いた、底の低い丸い缶を持ったゴーリキーが立っている。大道芸人じゃないんだからそんな文化知らねえよ、と思うけど、一人、また一人とお金を投げ入れる人達が現れる。お金を稼ぐポケモン達がそこにいる。トレーナーがついていない事が、沸き立つ理由なのだろう。やがてお金を投げ入れる人がいなくなると、ペラップとゴーリキーは合わせてペコりと頭を下げた。トレーナーにそう指示されているのだろう。また拍手と歓声が上がる。

「しかもあのペラップ、一度もバトル中に飛んだ事がないんだ。おそらく飛べないんだろう。この前近くで見たら、風切り羽が切られていた」

「え、なんだそれ。自分のポケモンの羽を切るなんて事していいのか」

「小さい鳥ポケモンを持っているトレーナーは、わざと飛べないように羽を切って、事故を防いだりする事もあるって話だ」

「でもあのペラップはもう大きい。ハンデをつけさせて バトルを盛り上げて、もっと金を稼ごうってことか?」

「そうだろうなあ、最初は皆、何故飛ばないのか不思議に思ってたけど、それが分かれば飛べない、しかも強いペラップとして価値が上がる。勝てばお布施も増えるってことよ」

「嫌らしいトレーナーがいるもんだ」

 ペラップはそれから何人かのトレーナーと戦い、飛ばないまま全てのバトルに勝利した。バトル場の視線を一手に集め、歓声を集め続けた。ゴーリキーは四度目のお布施をもらった後、戻って来たペラップの身体を丁寧に確認し始める。大分消耗してきたのを見ると、おもむろにお金が入っている缶の蓋を閉めて、これで終わりです、と言わんばかりに今日一番に深々と頭を下げ、どっかりと胡座をかいた。

 それから先はバトルを申し込んできたトレーナーがいても、ゴーリキーが首を横に振り、ペラップがバトル場に立つ事はなかった。本日の営業は終了です、とばかりにそこから動こうとしない。

「あこぎな事しやがって」

「なんだ、ここは道徳を語るような場所じゃあないだろ」

「そうだけどさ、やっぱり何か納得いかない。手段を選ばないところが、好きじゃない」

 自分は姿を見せず、手を汚さず、ただ金を稼ぐためにポケモンを戦わせる。なんてトレーナーだ、とは思う。でも確かに、隣の汚いおっちゃんの言う通り、ここはカントー最大級の都市タマムシ。その歓楽街の中心に建つ大きなポケモンバトル場だ。他地方のトレーナー達、知らない言葉を話すトレーナー達は多い。夜になれば酔っ払いも集まるし、同じような色の服を着て寄り集まったダサいギャングみたいな奴もいる。仕事の帰りのサラリーマンもいれば、塾帰りの学生、仕事上がりのジュンサーさんまでここでバトルを楽しみに来る。無法地帯とまでは言わないが、基本的になんでも許される。上下関係も大してない。治外法権と言っても大きな間違いではない気さえする。面白ければ、楽しませれば大体許される世界だ。

「手段を選んであの形なのかもしれないぞ。人にはそれぞれ、事情があるってもんさ」

「そんな事は僕もわかってる。でも、納得出来ないものは納得出来ない。ペラップが飛べなくてもいい理由を、出来れば聞かせてもらいたいもんだね」

 どっかりと胡座をかき、テコでも動かないとばかりにゴーリキーは休んでいる。その膝上に乗る無表情に呆けたペラップを見ていたら、なんだか興が削がれてしまった。どうだい一戦やるか? とおっちゃんに絡まれたが、僕は適当にあしらってその場を後にした。

 

 

 その翌日も、悶々とあのバトル場での出来事を考えていた。やっぱり僕には納得のできるものではない。というのもそれには理由があった。僕もポケモントレーナーの端くれとしてポケモンを何匹が連れている。ワンリキーのワン太と、ガーディのオレン。昔から僕と一緒にいる二匹だった。オレンは元気が有り余ってしょうがないので、バトル場に連れて行っては運動させているのだが、ワンリキーはその力をフルに使うことの出来ない身体だ。病弱で、何度も床に伏している。最近は落ち着いているが、あまり目を離していられない。そんなワンリキーとずっと過ごしているからこそ、何故ペラップを飛べないようにする必要があるのか、と思ってしまう。それが効率よく金を稼ぐためだけだったら、文句の一つでも言ってやりたい。

「あのさあ、私と会話しながら上の空キメるって、トノサワはいつ殿様になったのかね」

 ぼうっと外を眺めながら考え事をしていた僕の意識が、正面に向けられる。

「ナナミの方が、よっぽど殿様っぽいぞ」

「私は殿様あんたは家来、だいたい合ってるよ。まあそれはいいとして、最近ワンちゃんの調子はどうなのさ」

「最近は調子いいよ。飯も増えたし、ある程度身体も動かせてるよ。注文は? ココアでいいか?」

 それでいいよ、とナナミ。手を上げて店員さんを呼び、ホットコーヒーとホットココアを頼んだ。タマムシデパートの中、ではなく、その隣に昔からある古びた喫茶店のコーヒーが、僕は好きだった。ナナミは決まってホットココア、もしくはガムシロとミルクたっぷりのアイスコーヒー。席は決まって角の窓側。外をちらと見ると、最近出来た新しいビルに、輪郭を切り取られながら落ちて行く夕陽が見えた。日もだいぶ伸びてきている。暖かくなってきたとはいえ、夜はまだ冷える。コーヒーもココアもホッとで正解だ。

「元気なら、いいんだけどさ、うん」

 ナナミは何か言いたげに言葉を詰まらせた。昔から図々しく僕には物申し来て、今日は金がないからコーヒー代は奢るように、と命令してくるような、そんなこいつにしては珍しい。

「なに、今日は随分大人しいじゃない」

「私にも考え込むことくらいあるの」

 お前こそ上の空だぞ、とは言わない。いつもナナミの方から多く話題を振ってくるから、何となくやりづらかった。

「あのさトノサワ」

「コーヒーなら奢らないぞ」

 ちがーう! とナナミはショートカットの茶髪を横に揺らして、何かを咎めるように僕を指差す。

「トノサワ、あんた結局どうするの?」

「どうするって、何が」

「今後のこと。スクールももう卒業。大学へ進学するか、就職するか、トレーナーとして上を目指すか、いろいろ考えなきゃいけないでしょ」

 そうだなあ、と考える振りだけして見せるが、頭の中では特に何も考えていなかった。特にやりたいことなんて思いつかない。ただ、ポケモンに関わる仕事がしたいな、と思うだけ。あとは二匹の面倒が見られればそれでいい。

「適当に就職するよ。ポケモンに関係する場所でね」

「ポケモンに関係するって?」

「いや、詳しくは何も決まってないけど、お金稼げればそれでいいよ」

 あまーい! と、 ナナミは声を上げ手をじたばたさせる。

「折角十八までスクールに通ったんだから、大学目指すとか、知識を生かしてジム回ってみるとか、いろいろあるでしょ!」

「旅はきついね、ワン太もいるし。大学も、別にやりたいことないのに行くのもね」

「いいの? このまま適当に給料の良さそうなところに就職するだけで」

「それでいいんだよ。ワン太心配だし」

 不満そうにナナミはううむ、と俯く。ナナミこそどうするんだ、と聞きそうになったが、こいつは既に進路を決めていた。そのままタマムシの大学を目指すらしい。ご立派なことだ。

「私は私らしくいるつもりだけど、トノサワもトノサワらしくいて欲しいよねやっぱり。ほら、昔はあれやりたいこれやりたいって騒いでたじゃん」

「ぼ、僕は今でも僕らしいよ」

 随分寂しそうに、あんまり見たことない顔でナナミがそんなことを言うもんだから、訳のわからない事を口走ってしまう。僕らしいってなんだろう。

「人生一回切りだしいろいろやらなきゃもったいないよ、とかそういう話をしたいんじゃないの。身体は勝手に大きくなるけど、心は勝手に成長しないよっていうかさ。大人ぶってるだけじゃ変わらないし、背伸びも大事だとは思うけど、やっぱ、積み重ねていかないと」

 何を言いたいのかいまいちわからなかった。僕の一体どこが大人ぶっていると言うんだ。

「今のトノサワは、あんまり好きじゃないよ」

「べ、別にお前に好かれなくたって」

「いいんだ、ふーん、そうなんだ」

 肩肘ついて、じとりと僕に視線を寄越す。なんとなく、目が合わせられなかった。

「なに赤くなってんのさ。今のトノサワなんて、私興味ないよ。自分の事は自分で決めなよ。誰かのせいにするの、良くない。何にビビってるのか知らないけどさ」

ナナミから思い切り怒られた事はあった。けれど、突き放されるようにものを言われるのは初めてだったから、募った苛立ちを理由のわからない恥ずかしさと、認められない悲しさが上塗りした。

「トノサワが働こうが進学しようが何しようがいいよ。いろいろ考えることもあるだろうし、事情もわかる。でも、大人になるってそういうことじゃないと思うよ。トノサワはただ考えてないだけ。学校終わったらこうやって私と話してるか、バトル場に行くだけで、何かやってるの?」

 お待たせ致しました、と店員がさんがコーヒーとココアを並べる。僕の視線はコーヒーに注がれ、何も言い返せない。何もしていないのは、その通りだった。

「就職することの何がいけないんだ? ただワン太やオレンと穏やかに暮らしたいだけなんだよ」

「いけないなんて言ってないし、言葉舐めすぎ。言葉に何も籠ってないよ。地に足ついてないし、それじゃどこにもいけないよ」

 ナナミの言葉に、あのペラップが思い出された。あのペラップは、どこにもいけていないのだろうか。羽がなく、飛ぶことが許されていないあのペラップは、どうなのだろう。

「そんな急に色々言われても」

「急なことも、急じゃないことも、いろいろだよ。トノサワ」

 カップに口をつけココアを一飲みすると、半分くらい残してナナミは立ち上がる。べ、と舌を出し、小銭を机に叩きつけて立ち去ってしまった。その小さな背中が、随分遠くに感じる。ずっと一緒に居たのに、ナナミが途方もなく遠かった。

 

 

 ナナミとは小さい頃からの付き合いだった。「きたぞー!」「あがれー!」と、家に上がり上がらせの関係から、お互い何となくそれは気まずくなった時期を過ぎ、現在の関係に至るまで、僕達の関係は切れそうで切れなかった。付き合ってるの? と友人に言われている時期もあったが、決してそんなこともなく、なあなあの関係が続いていた。そんな中、ナナミに今のトノサワには興味がないと言われたとき、それなりにショックを受けている自分に驚いた。それが友達としてショックを受けている自分じゃなくて、勝手にナナミの男になった気でいる自分がいて、その自分がショックを受けていることに驚いた。興味ないよと言われたとき恥ずかしくなってしまったのは、ほぼそれが原因だ。後になって 思い返して恥ずかしかった理由が分かって、ベッドの中で二度目の恥ずかしさを味わった。

 だから昨日のナナミの言葉は、よく理解できないまでも僕を考え込ませるには十分過ぎた。大人ぶってるだけって、なんだよ。僕のどこが大人ぶってるっていうんだ。大人になるには考えなくちゃいけないのかよって、文句の一つも出てくる。ワン太のために落ち着いて暮らしていくことの何がいけないんだ。僕にやりたいことがないのはそりゃしょうがないだろ。考えれば考えるほどナナミの真意がわからず、僕は半ば凹んでいた。

 せっかく学校終わりでバトル場へやってきたのに、バトル場からフェンスを隔てた外側、夕日を背にした窓際ベンチに腰掛けたままひたすら考えることしかできなかった。オレンがモンスターボールからバタバタと、出せ出せ遊びたい運動したいと騒ぐが、今はそれにかまう余力がない。後で思い切りバトルさせてやろう。

「ワン太、俺って大人ぶってるのかな。何がどう大人ぶってるんだ? 心が成長しないって、俺ってそんなガキなのかな。もう来年から社会人になる気でいるんだけど」

隣に座るワン太は、僕の方を見てコテんと首を傾げる。ベンチに座りながら、足をぶらんぶらんさせていた。今日は調子がいいみたいだ。

 オレンは外に放ると疲れるまで遊びたがって大変だが、身体の弱いワン太は少しずつでも身体をつくるために、少しずつ運動をさせていた。タマムシにあるスクールからこのバトル場まで手を繋いでゆっくりワン太と歩くと、丁度良い加減の運動になるのだ。一日置きにワン太と一緒にここまで歩き、オレンを外に出して精一杯バトルで暴れさせてやるのが僕のルーチンワークのようになっている。

「ナナミは僕の何に怒ってるんだろうな。なあなあな関係に怒ってるのかな。でもそうじゃないよな。なんだろう、うん、言葉に何も籠ってないって、要するに俺の言っていることに中身なさすぎって事だもんな。ああ、けっこう凹むなあ」

 ワン太は僕のナナミ、の言葉に反応し、ニコりとしてから鳴き声を上げた。ナナミにはよくなついているし、ワンちゃんワンちゃんと可愛がってくれるのは僕も嬉しい。そういう意味でもナナミとはいい関係でありたい。

 調子の良さそうな笑顔のワン太を見て、僕は軽く頭を撫でた。

「よう兄ちゃん、また会ったな」

 聞き覚えのある声だった。見上げると、先日のよれよれスーツ姿のおっちゃんが前に立っていた。なんだこいつ。まだサラリーマンは働いている時間だろ、サボりかよ。

「またおっちゃんか。暇なの?」

「暇だねえ、暇だよ。早く遊びにいきたくてしょうがない。でもだからってサボってるわけじゃないぞ」

 そう言っておっちゃんはポケットからタバコ取り出し、箱を上下にさせる。飛び出た一本を咥えようとしたところで、ワン太と目が合ったのかピタりと止まった。

「おう、随分痩せたワンリキーだな。飯、食えてるのか?」

「飯は食えてるけど、昔からちょっと病弱で」

 おっちゃんは箱から半分くらい出たタバコを手で戻し、そのままポケットへしまった。ワン太の身体を気遣ってくれたいいおっちゃんだ、とはならない。なにせここは禁煙だ。今時、このバトル場も喫煙室が設けられている。

「ダメだよタバコは。ワン太がいるからじゃなくて、禁煙なんだから」

「すまんすまん、ついな。昔はここに灰皿があって、どこでも吸えたんだがなあ」

 そんなのいつの話だよ。二年くらい前に、灰皿はもう撤去された気がする。おっちゃんはタバコが吸えないことに不満をもらしながらも、ベンチの背もたれにもたれかかり、僕の隣にどっかり腰を落ち着けた。

「悩んでいるみたいじゃない。おっちゃん暇だから聞いちゃうよ」

 力強く目を閉じたまま、おっちゃんはしゃがれた声で呟いた。

「別に、わざわざおっちゃんに話すようなことじゃないよ」

「相談出来る相手でもいるのか? いないだろ。いたらこんなところで悩んでないもんなあ。俺ならこれっきりの関係だ。話すにはもってこいだと思うけど。あ、金を借せとかはなしな」

「おっちゃんに借りるかよ。お金もってなさそうじゃん」

「いっぱいは持ってないが、兄ちゃんに借せるくらいは持ってると思うぞ。借さないけど」

 借りる訳ないだろ。変な人だが、この人になら僕は喋ってもいい気になっていた。どうせ今日限りだし、今日限りじゃないかもしれないけど、このバトル場でだけの関係だ。

「じゃあ話すけどさ、おっちゃん、大人ぶるってなんだと思う?」

「うーん、大人ぶるっていうのは、責任もまだ取れない癖してあれしなきゃいけないこれしなきゃいけない、こうするべきだああするべきだって、目の前の事も出来ない癖に偉そうに語る子どもの事だな」

 随分ストレートな物言いだ。

「幼馴染の女の子にさ、昨日言われたんだ。大人ぶる必要ないって。大人ぶるだけじゃ心は成長しない、積み重ねないとって」

 おっちゃんはベンチに背を持たれたまま、足を大きく上げて笑い出す。

「兄ちゃんいくつよ」

「十八」

「何やってんの」

「スクールに通ってる。今年度卒業」

「昔は早く旅に出て経験積んでなんぼよ、みたいな時代だったからなあ。兄ちゃんは今風だ。知識積んで、よし旅にでも出てやろうって感じか?」

「違う。特にこれといってやりたいことなんてないんだよ。卒業したらただ普通に働きたい。ワン太もいるし、他に連れているポケモンと穏やかに暮らせればそれでいいって思うんだ。これを言ったら、怒られた」

「大人ぶるなってか。ほっといてくれ、って言いたくなりそうだけど、なるほどなあ。兄ちゃん、その女の子と良い仲なのか?」

「良い仲かどうかはわからないけど……仲は良い、と思う」

「兄ちゃんがぐずついてるのか。その歳まで。幼馴染相手に。幼馴染だからこそか?」

「う、うるさいな。それは関係ないだろ」

 おっちゃんはがば、と背もたれから一気に身体を起こす。いちいち身振りが大きい。

「大有りだね。大きな問題だよ。要するに、その女の子が言いたいことは自分の事をよう考えろってこった。兄ちゃん、なんで働くんだ?  穏やかに暮らしたいから? 違うだろ。そのワンリキーが心配だから? 言い訳だねえ。自分のポケモンのせいにして、考えるのをやめちゃいけないよ」

「言い訳になんてしてない。僕はワン太が本当に心配で……」

「心配してるのはいいけど、心配を盾に考えるのをやめてるようにしか見えていないんだろうな」

 コーヒーが目の前に置かれた時と同じように、僕はまた言い返せなくなっていた。

「これは俺の憶測だけど、兄ちゃん、今のままでいたいだけだろ。誰かを心配して働く、なんて健気な事言ってるつもりだろうけど、結局何かが壊れるのが怖いんだろうよ。そのねーちゃんと離れ離れになるのが怖いのか? 今までのなんとなくの関係を壊すのが怖いのか? その辺よく考えてみろ」

 確かに僕は、今のこの生活がとても心地よい。ワン太と歩いて、オレンと一緒にバトルする。ナナミと語って、ふざけあって、この中途半端な関係が、僕には心地いい。

「俺に言わせたらよ、あの飛べないペラップやそのトレーナーの方が兄ちゃんより考えてるぞ」

「なんでだよ。それと俺の話となんの関係があるんだ。金儲けのためにあんなことする奴と一緒にするなよ」

 はあ、とおっちゃんは呆れ気味に溜息をつく。

「あのな、その気になればトレーナーなんてすぐ殺せるぞ、あのペラップは。あれだけ強くて、頭も良い。それがトレーナーに従って素直に羽を切られてるんだ。理由があるに決まってるだろ。目的を果たすために、羽を切るって手段を取ってるだけだ。でも兄ちゃんにはそれがない。目的はそのワンリキーが穏やかでいるためか? 手段は働くことか? ばか言っちゃいけないよ。意味不明だ。言葉が浮つきすぎだ。ワンリキーのせいにしちゃいけないよ。もっと考えなきゃ。考える時間は、たくさんあるんだから」

 ま、こんなところだろ。そのねえちゃんの言いたい事は。と言うと、じゃあ、タバコ吸ってくるから兄ちゃんはその間に消えとけよ。ぐずぐずしてる奴見てると腹立つんだ、と随分傷つくことをあっけらかんと言い放って去って行った。よれよれのスーツ姿が、昨日のナナミと同じくらい遠く感じる。俗物的だとしか考えられないあのペラップのトレーナーよりも、僕の方が何も考えていない、大人ぶっているだけのガキ、ということなのだろう。

 ……目を瞑る。僕は、僕のことをもっと考えなきゃいけないのだろうか。僕は僕のこと考えていないのだろうか。ナナミの言葉の意味をおっちゃんに補完された気がして悔しいが、それでも納得してしまう自分がいる。僕は自分のことを考えることから逃げている。きっと、そうなのだろうと思う。僕に高圧的なナナミが、身体が弱くも僕に最高の笑顔を見せてくれるワン太が、溢れんばかりのエネルギーで僕を元気にさせてくれるオレンが、何かが、変わってしまう気がする。自分の変化を想像すると、他の誰かが変わっていくようで、そんな姿が想像されて、怖くなってしまう。おっちゃんの言っていたことを頭の中でぐるぐると回せば、僕の中に溶け込んでいく。「何にビビってるんだか知らないけど」と、ナナミの言葉。思い返せばその通りで、あのナナミにそんなことを言わせる自分が情けなくて、恥ずかしくて。ワン太を盾にしてるつもりなんてないけど、まるで枕詞にようにワン太がいるから、とつぶやいていた自分を思い返し、もっともっと恥ずかしく、申し訳なくなる。このままでは、皆いなくなってしまう。というよりも、皆だけ先に行ってしまう気がする。僕だけが浮足立ち、羽ばたくこともできない。このままでは、だめだ。じゃあ僕は何をどうす――。

 ふいに、鈍い音が僕の思考を遮った。

 考えるよりも先に体は反応する。瞼を開ける。ワン太がベンチの上に横倒しになっていた。思わず息をのむ。なんだかワン太がいなくなってしまう気がして、怖くなって、心配で、僕はすぐに抱きかかえて走り出す。人をかき分け、バトル場の重い扉を開けて、まだ賑わう前の繁華街を駆ける。空がオレンジ色から冷たく薄暗い色に変わっていく。道行く人が皆すれ違い様に振り返る。ワン太がこうなっているのは僕のせいだと、咎められている気がする。ワン太の辛そうな息遣いが、僕の足を走らせる。僕は何をやっているんだ。こうならないために、僕がいるんじゃないのか。両腕で抱きかかえたワン太に、まるで力が入っていない。普段抱きかかえるよりも、よっぽど重く感じる。思考が、視界が、どんどん狭まっていく。一歩一歩 走り続ける足が重い。ポケモンセンターまではそう遠くない。何度か角を折れ、その先に見える赤い看板。遠く遠くへ行ってしまう皆を追いかけるように、そこを目指す。僕も、僕もそこへ行かなければ。地に足を着けて、前に、進まないと。

「ワン太、ごめんよワン太」

 ポケモンセンターの自動ドアを通って、ジョーイさんにワン太をお願いすれば、僕の役目は終わりだった。後は何も出来ない。僕はこんなにも無力。そんなことは、分かってる。こんな状況は初めてじゃない。それでも、いつもより圧倒的に自分の力の無さを感じている。僕にやれることはなんだ。僕に何ができる。確かに今の状況は心地よい。ワン太もそこそこ体調を保てるようになって、オレンに元気をもらえて、ナナミが隣にいて、そんな生活が僕は大好きだ。でも違う。ワン太があんな風になるならば、オレンの溢れる力を持て余しているのならば、僕はもっと考えなければいけないんだ。ナナミの事も、本当はもっともっと真剣に考えたい。何かをしたい。

 今更、というより今やっと、僕はそんなことを思った。

 

 

「大丈夫です。明日には体調は持ち直していくかと思いますので、また迎えに来てください」

 待ち合いの席で待っていると、無機質な声でジョーイさんは言った。用もないのに項垂れて座ってないで、早く出ていって、ということなのだと思う。タマムシのポケモンセンターにはよくお世話になっている。ワン太の事もよく知っている。それでもジョーイさんの無機質な声だけはいつまでも変わらない。それが冷たいなんて言うつもりはない。次々くるポケモン達に情を移していたら、やっていられないだろう。

 仕方がないので僕はポケモンセンターを離れ、家に帰る気にもなれず、タマムシの街を一人歩いていた。日も落ち、すっかり辺りは暗い。タマムシは夜の姿へと変わり、昼間抱えたストレスを発散させるために、皆繁華街へ繰り出す。特別人口の多く、色々なところから人が集まるこの街のそれは、とても不健全としか言えない程だ。夜の繁華街へ行ってはいけません。この街の子ども達は、皆親にそう言われて育ったはずで、僕もその一人だった。

 朝までこの街で遊んだことはない。そもそも夜にこの街をゆっくり歩くこともあまりなかった。日が落ちて、ゆっくり周りを見ながら歩き回るのは久しぶりかもしれない。光るネオンの下に群がる人々、キャッチの兄ちゃん、黒服の怖い男の人達や、血気盛んな若い奴ら、車も多く、酒臭い。ゲームコーナーから出てくる負けた客はたちが悪いし、酔っ払いなどもっての他だ。朝になれば街は静まり、嘔吐物やゴミが混ざったような臭いが、街全体からすることを僕は知っている。改めて思うが、この街は汚いのだ。自然も少ないし、空気が汚い。僕はここの生まれだし、なんとなく許容出来ているが、この賑やかさ、華やかさの裏にある汚さを見てこの街を嫌う人だって多いはずだ。

「そうか、そうだよなあ」

 この街を離れ、もっともっと空気の綺麗な、のびのびと出来る場所へ行った方がいいのかもしれない。その方が、ワン太にとってもオレンにとっても良いはずだ。

 ぼんやり周りを見ながら歩いていたら、いつもの癖で気づけばバトル場についていた。扉を開け中に入れば、ポケモンバトルを楽しむ人達で溢れ返っている。オレンには悪いが、今はバトルをする気になれない。暴れられなくてフラストレーション溜まりっぱなしだろうけど、次来た時思い切り暴れさせてやるから勘弁して欲しい。モンスターボールから出すくらい良いかもしれないが、バトルさせないのに期待させるのは可哀そうだ。

 夜のバトル場は夕方よりもさらに人が多い。四階建てのうち、一階のバトル場は埋まっていた。さっき僕が座っていたベンチには、他の人達が座って談笑している。あのおっちゃんももういない。ぐるりと一階を一周してから、階段で地下へ降りる。二階、三階があるわけではなく、地下一階、二階、三階の作りだ。それぞれの階でポケモンやトレーナーのレベル差があるわけでもなく、何も変わる訳ではない。ただバトルをする場所が用意されているだけ。地下二階へ降りると、一階程ではないが人はそこそこいた。やっぱりバトル場は埋まっている。別段特別なことはない。また一周してから、地下三階へと降りる。ずっとここへ通っている僕だけれど、ここまで降りることもあまりない。地下三階だからと言って特に何も変わらず、ただ同じようにバトルが繰り広げられている。人も地下二階より少ない。

 少ないはずなのだが、何故か一番人が多い。どの階よりも喧しく、うるさい。

「なんだ?」

 と思わず声が出るが、何が起こっているのかすぐに分かった。ペラップがいるのだ。また戦っているのだろう。皆の注目を浴びて、飛べない自分を売りにして、お金を稼いでいる。やっぱり納得出来ない自分がいる。階段を降りて丁度反対側で盛り上がっているので、見に行くのも嫌で足を止めようとしたが、知っている顔がこちらを向いた。「よお兄ちゃん! こっちこいよ!」と、片手を上げ随分大きな声で呼ぶもんだから、僕は慌てて小走りで近寄った。

「で、でかい声で呼ぶなよ恥ずかしいだろ皆見てるぞ」

「何が恥ずかしいんだ。見知った顔があったから呼んだだけだろ」

 夕方、随分傷つくことを言いながら喫煙所に消えたおっちゃんが、またベンチにもたれかかっていた。でかい声で呼びやがって、何人かがこちらをちらと振り返ったじゃないか。

「皆俺らなんかに興味はねえよ。あるのはあっちさ」

 ほれ、と指さした先、人がたくさんいてよくは見えないが、隙間からはペラップの姿が見えた。気づけばもう僕らのことなど見ている人は一人もいない。僕は別にペラップのバトルは見たくなかったので、しょうがなくおっちゃんの隣に座ることにした。

「おっちゃんは見ないの? ペラップのバトル」

「見るよ。自分のポケモンのバトルなんだから」

 その声に反応する人は、誰もいない。

「……何言ってんの?」

「だから、あそこで戦ってるのは俺のペラップだよ。ゴーリキーも俺のポケモン。自分のポケモンがそこで戦ってるんだから、一応近くにはいなきゃな」

 おっちゃんの声は、ペラップへの歓声やヤジで遠くまで飛ぶことは決してなかった。丁度、僕にだけ聞こえる。

「おっちゃん、ただのサラリーマンだろ?」

「ただのサラリーマンが、あのペラップのトレーナーだなんて思わないだろ? そもそも普段暑苦しいスーツなんか着てねえよ。髭だって剃ってるわ」

 にわかには信じがたい話だが、嘘を言っているようにも見えない。それならそれで、問いただしてみたいこともある。

「いいのかよ、僕にそんなこと言って」

「兄ちゃんはペラップのバトルが嫌いだろ。だったら別段面白がって言いふらす事もないし。嫌がらせするような奴にも見えない。この格好は一応バレ辛いように気遣ってるだけだ。まあ、別にバレたところで問題があるわけじゃないんだけどな」

「突然すぎて僕もうまく吞み込めてないんだけど、おっちゃんがペラップとゴーリキーのトレーナーで、あの羽を切って戦わせているのも当然おっちゃん、ってことで合ってるんだな?」

「その通り」

「なんでだよ。どうして、飛べなくするんだ」

「睨むなよ。憎くてやってるわけじゃない。お金を稼ぐためさ。ただ、飛べない状態での訓練はたくさん積んだし、ペラップも嫌がっているわけじゃない。何故嫌がってないかって、あいつも知っているからさ。トレーナーなしで、飛ばないまま戦うことで、早くお金を稼げることを」

「お金稼いで何するんだ」

「飯食うんだ」

 堂々と、自信たっぷりにおっちゃんは言った。

「ふざけてんの?」

「ふざけてない。それが俺たちの目的で、幸せで、生き方なんだよ。ペラップもゴーリキーもポケモンとは思えないほどグルメだぞ。飯にはうるさいんだ。あちこち回ってうまいもの探して、高い店に入ってみたり、地元のおばちゃんが作る料理を頼み込んでごちそうしてもらったり、楽しいことばっかりだ。でもあちこち行くには金もかかるし、いい飯を食うには高い金が必要なこともある。だから俺たちは一気に金を稼いで、うまいものを探す旅に出るんだ。そもそもペラップはバトルをするだけじゃない。歌も歌うし、ゴーリキーと一緒に本当にパフォーマンスをするときもある。もちろん、俺が一緒の時もある。芸を見せて、お金をもらう。誰に恥じることのない仕事をしているつもりさ、俺たちは」

 ここまで言われてしまうと、またしても僕は何も言い返せなかった。飛べないことを、ペラップ自身が納得しているんだったら、僕が言えることは何もない。

「こういう大きい街のポケモンバトル場だと、ペラップのバトルは大いにウケるんだなこれが。血の気が多いが、あんまりはずれたことをすると周りから袋叩きにされる。そんな微妙なバランスで成り立っているからこそ、ペラップのバトルは通用する。実際もっと日の当たる、小奇麗なところでやったら、兄ちゃんみたいなやつがわんさか出てくるさ。やれ虐待だ、トレーナー失格だって、喧しくてて仕方ない」

 本気で迷惑そうな顔して、おっちゃんは僕のことをじとりと見遣った。

「最初に会った時、ペラップのバトルを見て随分嫌そうな顔をする奴だなと思ったから思わず話しかけちまったんだ。こんなところで、道徳的にとか、トレーナーとして、とかぶつくさ語りそうな奴がいるんだなと思ってさ」

「う、うるさいな。だって、わざわざ飛べなくする必要あるのか、って思うだろ普通」

「あのワンリキーがいるから、兄ちゃんにそう思わせる訳だな」

「まあ、そうかな」

「無事か?」

 見透かしたことを言う。

「見てたの?」

「まあね」

「無事ではあるよ。今回だけじゃないから、こういうことは」

 それは良かった、と呟き、おっちゃんはちらとバトル場の方を見遣った。座っていたら人だかりで見えないはずだが、順調順調、と再び呟いて、俺らもさ、と始めた。

「ここまで来るのに、俺らも結構苦労したんだよ。練習して、失敗して、その繰り返し。この生活まで一っ跳びなわけじゃないんだ」

「何が言いたいのさ」

「兄ちゃんも積み重ねろよ。思案しろよ。悩めよ。考えることをやめるな。困るのは、兄ちゃんだけじゃないんだ」

 ワン太のことを言っているんだろう。今が心地よくて、留まってぐずついていると、確かに何も変わらない。

「わかってる。僕だって反省したよ。幼馴染の言うことも、おっちゃんの言うことも、受け止めて、考えるつもりさ。僕にはその必要がある」

「考えろ考えろ。悩め若人、羽ばたきたければ地に足着けろよ」

 くっさ、と思ったけど、その通りだなと思ってしまった。あそこで戦っている飛べないペラップの方が、よっぽど羽ばたく術を覚えている。羽ばたくために、力を溜めているんだ。

「後、大事にしなよそのねえちゃんを。こんなこと忠告してくれる人なんて、普通いないぞ」

「うん、僕も感謝してる」

「そうそう、若い奴は素直じゃなきゃな」

 歓声が大きくなった。バトルが終わったのだろう。おっちゃんはよしよし、と呟いて、ポケットからタバコを取り出す。きっと経験的に、ペラップが勝ったことがわかったのだ。

「だめだよタバコは。禁煙だって」

「くそ、そうか禁煙だっけ。前来た時は吸えたんだけどなあ」

 不満そうにタバコをポケットへしまって、溜息をついた。

「随分久しぶりなんだね」

「ここはさ、俺の故郷だから。貧乏で飯食えなくて碌な事してなかった、馬鹿だった俺のことを知ってる人もいて、なんとなく恥ずかしいんだ」

 おっちゃんが僕に付き合ってくれた理由が、なんとなくわかった気がした。

 

 

 次の朝、スクールが休みだったので僕はポケモンセンターへ急いだ。受付のジョーイさんは僕が来るのを待っていたかのように、

「大丈夫です。一日で大分元気になりましたよ。まだ安静ですけど、安心してください」

 と、いつもの無機質な声で僕を迎えてくれた。言われた通り安心してありがとうございます、と返そうとしたが、次の瞬間にジョーイさんは何時にもまして怖い顔をしたから、思わず言葉が詰まってしまった。

「ワン太君、自分が体調悪いのを我慢している節がありますよ。あそこまで悪くなるなんて、最近なかったんじゃないですか? もっとよく見てあげてください。あの子はあなたに迷惑かけたくないって気を遣ってるんです。もっとしっかりしてください」

 ジョーイさんの言葉には、怒りが籠っていた。ワン太がいるからと呟いていた僕の言葉を完全に理解できなくても、雰囲気だけ感じ取っていたのかもしれない。困るのはお前だけじゃないんだから、とおっちゃんの言葉が思い出される。ワン太には本当に申し訳ない。

「ワン太君には念のためもう一日ここにいてもらいますから、明日また来てくださいね」

 昔からお世話になっているジョーイさんも、僕を支えてくれる一人なのだ。

 ワン太を迎えに来たつもりだったので、さてこれからどうしたもんかと思ったが、無性にナナミと話したくなった。何が決まったわけではないけど、これからの事を話したい。僕はすぐにポケモンセンターを出て、ナナミへ電話をかけることにした。

「なにトノサワ。電話してくるなんて珍しいね」

「勉強の調子はどうよ」

 変な空気で別れても、次の時にそれを引きずらないのは、僕とナナミの間ではいつものことだ。

「突然どうしたの」

「話したくなってさ」

「変なトノサワ」

「変かな。変でもいいや、この前話して考えたことがあるから、聞いて欲しいなと思って」

「うん」

「ワン太とオレンのために、僕のためでもあるんだけど、もっと環境の良いところに連れていってやりたいと思うんだ。あいつらがもっと心地よく、健康的に過ごせる場所って、他にあるんじゃないかって思う。だから、まずはそういう場所を探す旅にでも出ようとかなって考えてる」

「ふうん。そっか、考えたんだ」

「まだ考えが固まってるわけじゃないし、何が正解かなんて僕にはわからないけど、この街にあいつらを置いておくより、良い方向に向くんじゃないかって思うんだ」

「いいよ、すっごくいい」

「ありがと、ナナミのおかげだよ」

「私のおかげかはともかく、今のトノサワには、興味あるね」

「実は僕もね、ナナミには興味があるんだ」

「奇遇だね」

「奇遇だよ。今度は会って、きちんと話そう」

「私も話したいよ。でも、この数日で何があったの? 急に変わっちゃって」

「空を飛べないペラップが、教えてくれたんだ」

「何言ってるの?」

 僕は、おっちゃんの言葉を借りることにした。

「羽ばたきたければ、地に足着けろってことかな」

「はあ?」

 その意味は、これからゆっくり考えていこうと、僕は思った。

 

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