ポケモン色の本棚   作:@早蕨@

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ポケモンストーリーテラーカーニバル
テーマB 投稿作品


おやになる

 僕は神経衰弱状態かもしれない。頭はぼうっとしてきたし、仕事で疲れているのも手伝って、疲労感もひどい。おまけに頭が痛い。閉じ込められてから、かれこれ何分だろうか。ポケギアも持っていないし、正確な時間はわからない。ただ、体感的にはかなり長い時間閉じ込められているように思う。思うが、時間のことは置いておこう。いくら考えても閉じ込められている時間が伸びるだけだ。僕の身体状況がこれからさらに悪化することを考えると、どうやってここから出るかを迅速に考えなければならない。さてさて、何故僕はここに閉じ込められているのだろうか。それらしい思い当たる理由は三つ。

 一つ目。日曜日の昨日、雲一つないあまりに気持ちの良い日に干したナモ(紹介しよう、僕の嫁である)の下着が、風で飛ばされたから。あれはあいつのお気に入りだったから、どこかへ飛ばされていきすこぶる機嫌が悪かった。同じのを買えばいいじゃないか、と軽口を叩いたのもいけなかったのかもしれない。

「まだそんなに着けてなかったの! ああもう!」

 と、ナモは苛立っていた。高かったのにもったいない、ということだ。

「今日は風が強いって予報があったでしょ! ノワキはいっつもそうだよ!」

 次に僕のことを責めてきたが、それはお門違いだろうと思って、

「僕は善意で洗濯物を干したんだ。礼を言われこそすれ怒られるのは心外だな」

 そう言った僕の言葉にナモ激情。口をついてから、流石に僕も反省した。別に家事の全てをナモがやらなければいけない訳じゃない。僕がやったっていいのだ。というか少しくらい手伝うべきだ。あたかもお前がやって当然のことを、僕が善意で代わってやったのだありがたく思えと、そう聞こえても仕方がない、と思ったら、その通りの言葉が返ってきた。僕反省。論点は夫婦の在り方に変わり、僕は咄嗟に口をついたことを平謝り。許しを乞うて、反省の意を述べた。咄嗟に謝ったのが功を奏し、ナモは許してくれた。パンツの件もついでに。後でマルマインを模したシュークリームを買ってきて再度謝っている徹底ぶりである。

 よし二つ目。先週の金曜日。ナモの具合が悪いのに、僕が仕事仲間と酒を飲んでいたから。なるほどこれだけ聞くと駄目夫だ。しかしどうだろう、僕はその日、今日は調子悪いから外でご飯を食べてきてと言われており、同僚から飲み会に誘われていた。いやいや流石に心配だから帰るよ、という僕の言葉に、会社の人とのお付き合いも大事だから、行ってきなさい。私は大丈夫だから。と言われれば、それは行くだろう。……行かないのだろうか。自宅へ帰るとめちゃくちゃ具合悪そうに、マスクをして冷却シートをおでこに貼り、ベッドの両脇からニョロボン(ナモのポケモンである)とニョロトノ(僕のポケモンである)に看病されているナモの姿があった。顔を赤くして酒臭い息を吐きながら「大丈夫?」と、寝室の扉から顔だけ出して呼びかけたら、ナモの信じられないくらい冷たい視線が僕を突き刺した。ついでにニョロトノに水をぶっかけられた。ニョロボンが腕をぐるぐる回したのを見て、僕の酔いは醒め部屋を後にしたのだった。ちなみに、僕も帰路につきながら思った。いくら平気だと言っても具合が悪いという奥さんを放っておいて酒飲むやつがあるかと。例え飲み会に出てもそこそこで帰ってしっかり看病するのが出来る夫というものだろう。というか当たり前だろう。しかしこの件については、翌日二匹の看病の甲斐あって、すっかり元気になられたナモさんにこってり絞られた。夫としての自覚がいかに足りないか語られながらも、そういう思いやりのない人間になっちゃだめ。相手の事を思いやった状況判断が出来ない人じゃないでしょ? と僕のことをまだ信じてくれていたため、謝罪を重ね、許してもらった。

「ま、私もノワキが具合悪い時、友達と遊びに行ってたからおあいこだね」

 と、ナモが言ったのは説教が始まってから二時間半後だった。ニョロトノもニョロボンも、あんな一生懸命看病してくれなかったぞ……。不満顔でナモの両脇にいた二匹を交互にじとりと見やると、どこかへ散っていった。昔は僕の方が身体が弱かったんだぞまったく。 

 というわけで、三つ目。これはさっきの話だ。仕事を終えて帰宅した僕は「ねえノワキ。どう思う?」と、ナモに尋ねられた。どう思うって、何が? 「子どもが出来たって言ったら」ううむなるほど、子どもか。と思って一瞬思考が止まった。え、子ども? 「できちゃったの?」口をついたその言葉が、悪かった。前二つにも比べぶっちぎりで最悪である。思ったことをすぐ口にする、というより、伝え方が悪すぎる。なんだよできたのかよ、いらねえよ、という意味で言ったわけではない。まだ僕たちの間で子どもを作る事は決めていなかったし、しっかり避妊もしていた。それなのに、できちゃったの? という意味である。ううむ、そういう意味でもできちゃったの? はないな。ありえない。せめて「できたか……」とか「できたのか!」だろう。そして、この件に関してこの先はない。僕の言葉を聞いたナモが目に涙を浮かべて外へ飛び出してしまったからである。すぐに追いかければよかったのだが、僕は追いかける事が出来なかった。便意を催していたからである。駅から自宅まで、本当にぎりぎりだったんだ。仕方がなかったんだ。用を足してから、追いかけようとしたんだ。だって、追いかけていて漏らしたらどうだ。それは絵にならない展開だろう。ちょっと待って! 違うんだ! と肩を捕み呼び止めた男が漏らしていたら、それはもう終わりだ。終わりすぎている。なので、トイレに駆け込んだ。駆け込んで、用を足した。綺麗にして出ようと思ったら、ドスンと重い物が置かれた音が聞こえた。それは明らかに、“トイレの前”に物が置かれた音だった。便座に座りながら前かがみになって、ノブに手をかける。下ろして押すが、ビクともしなかった。僕はトイレに閉じ込められたことに気づいた。半裸で。原因は三つ目。それは間違いない。

 

 忘れていたのでトイレを流した。荒々しい波音のような音を立てながら、排泄物は綺麗さっぱり流れていく。このあまりに不自由な狭い個室の中で、僕が自由に動かせるものといえばトイレの流しレバーだけであった。音が非常に心地よい。ああ、今なら出られるのではないか? 華麗なる挙動でパンツを穿き、スラックスを上げ、ベルトを締めた。ドアノブに手をかけて押すと、ドアは開かなかった。現実はいつも厳しい。開かないものは開かない。僕は再び便座の上に座ることにした。生温かい温度が臀部に伝わってくる。

「さあて、どうしたもんかね」

 とりあえず、呼んでみることにする。

「ナモー! 頼む、開けてくれー!」

 しばらく待つが、音沙汰なし。これは本当にしばらくの間トイレの中で過ごす事になるのだろう。しょうがない。原因は僕にある。あんなことを言ってしまっては、ナモを大きく傷付けた。でも何故僕は咄嗟にあんな言葉を口に出してしまったのだろう。考えてから口を動かすより口を動かしてから考える僕だけれども、それにしても低次元すぎる。人間として、低次元だ。子どもができることは、僕とナモの関係性の上ではなんの問題もない。いずれ子どもは欲しいと何度も何度も二人で話していたくらいだ。それなのに、僕から出た言葉はあれだ。一体僕はどうなっているのだろうか。思い返してみれば、子どもの話題を僕から振ったことはないように思える。決まってナモから話題を振られていた。女の子がいいとか、男の子が良いとか、何人とか、何を習わせるとか、そんな話題だ。僕は決まって「ナモはどうしたいの?」と聞いていたと思う。ナモの答えに合わせて、僕が口を挟むだけ。決して僕の意見を言ってはいなかった。幼馴染であるナモとの子どもなんて「考えられない」ああ、いやいや、違う。また言い方を間違った。現実味がない、かな? ニョロトノと大して身長が変わらない時からあいつを知っているのだ。ご近所さんだったし、実際に会っていたのはもっと小さい頃だったのかもしれない。今、こうして夫婦として一緒にいられることは嬉しい。しかしこと子どもとなると、現実味を感じられない。何故だろう。ただナモが幼馴染というだけの理由なのだろうか。

 ナモとはっきり仲良くなったのは、トレーナーズスクールの一回生の時だ。家もご近所席も隣、話す内容は専らポケモンのこと。それも野生のポケモンや両親のポケモンにどんな悪戯を仕掛けるかの話や、“カバイト”(当時ナモはずっとガバイトをカバイトと勘違いしていた)というドラゴンポケモンが欲しいとか、小さいポケモン達を従えて公園に秘密基地を作ったとか、そんな話ばかり。ナモは男勝りな少女で、僕は身体が弱くあまり外で遊べなかったため、ナモは自分の知らない事ばかり知っている凄い人、憧れの人だった。放課後、ちょっとだけナモに連れ出してもらったり、いろいろな事を教えてもらった。ナモの友達と友達になり、ナモの仲の良い野生ポケモンと仲良くなった。僕の人となりや人格はナモによって形成されていったところが大きい。両親にはなるべく元気で、問題なくスクール生活を送っているように見せたい一心だったから、悩みや嫌な事等、僕の全てをナモに喋っていたはずだ。それだけ、ナモに依存していたと言ってもいい 。

 そんな関係性が少しずつ変わっていったのは、ポケモンを持ち始めた頃だった。僕はかねてから本で知っていたニョロトノが欲しかった。引きこもりがちだった僕は、隣にはなるべく愉快そうで、怖そうじゃないポケモンが欲しかったのだ。本当にそんな程度の理由だった。ニョロモが多く生息する地域で、捕まえやすかったのもある。僕には激しいバトルを行ってポケモンをゲットすることが出来なかったというのも理由の一つだ。対してナモは、強くて怖そうなポケモンを捕まえるのだと思っていた。それこそ本当にどこかからフカマルなんて捕まえてくるんじゃないかと考えていたのだが、驚く事にナモが最初に選んだポケモンもまたニョロモだった。「ほら、一緒だね」と笑顔でお互いのニョロモを見せ合った時の顔は、よく覚えている。ナモは僕に気を遣ってくれているのだと思った。後からいくらでも強いポケモンをゲットすることが出来るから、最初くらい、僕に合わせてくれたのだと。

 それが違うのだとわかったのは、僕らの身長が逆転した頃だった。お互い旅には出ず進学を選び、当たり前のように同じスクールへ通い続ける。その当たり前が、恋人という関係に変わるのはそう難しくない。ナモを女として意識し、好きなんだと確信したのがいつだったのか覚えていないけど、告白は早かった。思い立ったらすぐだ。正直僕の嫁は当時も可愛かった(エッヘン)ので、誰かに取られると焦っていたところもある。ナモも僕の勢いに驚いたことだろう。

 ナモによって引っ込み思案な性格は真反対にぶん回され、体調もその頃には良くなってきていたため、すっかり小さい頃の僕ではなくなっていた。今の、失言まみれの僕に大分近くなってきた頃だ。ナモは快く僕の告白を了承してくれた。それと同時に「あんまり怖いポケモンだと、ノワキに可愛いと思ってもらえないかと思って」と語られた、ニョロモをゲットしてきた理由が当時の僕にはあまりにもツボで、百回くらい思い出して家でもんどりうったのを覚えている。我ながら気持ち悪い。あと、ニョロモには大変失礼な話である。今はそんな理由がどうでも良くなるくらいにナモとニョロボンは良いパートナーとなっているため、笑い話ではあるが……。

 僕にとって、ナモは憧れの存在であることに変わりはない。だが、同時に守りたい存在へ変化した。手を前に出せば頭の上にポンと乗り、力もいつの間にか僕の方が強い。これは一体どういうことだと思ったものだ。悪ガキの頂点だった暴君ナモが、僕に黙ってぽんぽん頭を撫でられているのだ。世界は変われば変わるものだと、僕はその時初めて思った。

 しかし、身体的な力関係が逆転したからと言って、僕とナモの間の力関係が変わらないのはどうしようもない。僕にとってはやっぱり頼りになる姉さんで、憧れであることに変わりはないのだから。

 そこまで思い出して、少しだけ、紐解けた気がする。僕はナモを守れている気がしないのだ。物理的な話ではない。観念的なもので、僕がナモを守れる存在として僕を認められていない。僕は夫として自覚がないというより、自信が持てていないのだ。ナモ当人に対して、僕は小さい頃からずっと変われていないのである。

 

 ナモに対して本質的に変われていない。故に、僕の子どもの「おや」になる事については、さらに自信がない。情けない話だが、そういうことだ。欲しくない訳じゃないし、どんな子どもであっても、絶対に愛せる自信はある。ただ、「おや」になる自信がないのだ。僕からナモに子どもの話を振れないのも、このせいだ。さあ、どうしよう。いったいどうやって自信をつけるのか。ニョロモの「おや」には簡単になったくせに、自分の子どもの「おや」になる自信がないだなんて、これまたニョロトノに失礼な話だ。この世において、ポケモンのトレーナーになることだって甘く考えて良いわけがない。他の人がどうかは知らないけど、僕はニョロトノを「ペット」だなんて思った事は一度もない。ポケモンと自分の子ども、どこに差があるかって、それは対等か対等でないかだけだと思う。ニョロトノとは、支え支えられの関係だ。これまで長年連れ添ってきた、ナモと同等と言っても良いパートナーである。だが子どもは違う。僕が自分の両親に対し、生物学上ではなく、精神的に対等だったことなんてない。親に面倒をかけたくないのは一生だし、独り立ちしたのも、ほら、もう手がかからないだろ、責任は負わなくていいよ、その荷を降ろして下さいと言っているようなものだ。ニョロトノのトレーナーになることに対して、僕に責任がないと言っている訳ではない。要は責任の質が違うと僕は思う。

 ニョロトノとニョロボンは、一体何を考えているのだろう。というのも、僕とナモのポケモン二匹の間に、子どもがいるのである。小さい小さいニョロモだ。まだまだ歩くのもままならずピョコピョコ跳ねてはこけている。それを愛おしそうに見守る姿はまさしく「おや」だと思う。何を思って子どもを作ったのだろう。子孫を残したいという生物の本能だと言われればそりゃそうだが、それだけではないはずだ。

 僕とナモは、ニョロモが卵から孵ったとき、それはそれは喜んだ。まるで自分の子どもであるかのように、手を取り合って喜んだ。ニョロモは僕のモンスターボールに入ることとし、僕はニョロモの「おや」となった。ニョロトノとニョロボンから見た「おや」とは違う。当たり前だ。産んだのはニョロトノで、彼女らが本当の「おや」なのだ。新しい命の誕生に、僕は不安なんて感じなかったし、責任を持って、ニョロトノやニョロボンと共に育てていく覚悟があった。自信もあった。だがそれは、ニョロトノに対して感じている関係性と、同種のものから来ていると思う。

「おやって、何なんだよ」

 トイレの中で呟いても、誰も聞いてはくれない。僕はこの中でたった一人。

 僕ら二匹のポケモンの事を思うと、ニョロモの近くで幸せそうにしている姿ばかりが浮かんでくる。これから先、ずっとずっとニョロモに対して愛情を注ぎ続けるだろう。悪戯をすれば怒るだろうし、良いことすれば褒めるだろう。身の守り方も教えていく、僕とニョロトノのバトルを見せてあげればいいのかもしれない。バトルなんて嫌いだったら、最低限逃げ方だけでも教えなければならないかも。いったいどういう子なのかわからないから、しっかり見ていてあげる事が大事なんじゃないかな、と何となく思う。「おや」とはなんだ。僕はそれを僕の中に落とし込みたい。もう少しな気がする。そう、ニョロモを見ていればわかるじゃないか。ニョロトノとニョロボンは子どもの全てを知っているのか? そんな訳ないだろう。ニョロモもまた立派な一匹の個としてのポケモンであり、それをどう育てていけばいいかなんて、「おや」としてどう振舞えばいいかなんて、自分がどうあれば正解なんてきっとない。でもだからこそ自信が持てなくて、怖い。怖いけど、怖いより僕が大切なものはなんだ? 優先順位だ。「おや」になる恐怖より、大切なものなんて、そんなの決まってる。 

「ああ、そうか」

 ニョロモがどういう子であるかなんて、分かる訳がない。どういう「おや」になるかだなんて、今の僕に決められるはずはない。「親」になったことなんてないのだから、そんなの、分かる訳がない。僕の頭の中には、ただナモと、ニョロトノと、ニョロボンと、ニョロモと、幸せな暮らしをするところしか思い浮かんでこない。それだけで良い。子どもを持つ理由なんて、僕の一番好きな人、僕の一番好きなポケモン達と一緒に、愛情を注ぎたい。ただ、それだけでいいのだと思う。

 僕は一人ではない、ナモも、皆もいるんだ。

 自信がなくて何が悪い。自信がないなりに、やるだけだ。

 

 やたら狭かったトイレが、心なしか広く感じられた。もやのように僕にまとわりついていた気持ち悪い感覚が、少し晴れたからなのかもしれない。後はナモが落ち着いて僕を出してくれることを待つのみだ。今度こそきちんと答えよう。僕の意見をしっかり言ってみよう。でも、いつまで待てばいいの? と半ばトイレの中に本気で限界を感じ始めた時 

「何やってんの?」

 と、ナモの声。ドア一枚を隔てた先の彼女の顔を想像する。

「何って、なに?」

「冷蔵庫、こんなところに置いたら食材が駄目になっちゃうよ」

 ドアの前に置かれていたのは冷蔵庫だったらしい。こんなことが出来るのは、あいつだけだ。

「ニョロボン、頼むどけてくれ」

 渋い声で一鳴きしたニョロボンの、ベタ、ベタという足音が聞こえる。「出てきな」そっと開けてトイレから出ると、泣き腫らして目を赤くしたナモが立っていた。

「弁解は」

「ある」

「言ってみろ」

「僕も、子どもが欲しい。でも、自信がない。怖い」

「それで?」

「自信はないけど、自分の子どもに精一杯の愛情を注ぎたい。僕だけじゃなくて、ナモと一緒に。そう思っていれば、自信がなくても別にいいんじゃないかなって、さっき思った。何人生まれようと、それぞれ産まれて来る子どもに対して、おやとしての初めてがある。自信のなさよりも、きっとその喜びの方が大きい」

「それをトイレの中でたくさん考えていたと」

「そういうこと」

 ナモは両手を腰に当て、うーんと唸って考えこんだ。判定はいかに。

「さっきのは咄嗟の質問に、いつものように言葉が先に出ちゃっただけ?」

「うん。我ながら最低だ」

「まあ、子どもの話をノワキからしてくれただけでも、進歩としよう」

 ナモが僕にゆっくりと抱き着いてくる。何も言わず素直に受け止め、僕のその手でナモの頭を撫でた。僕はナモの旦那で、ニョロトノの「おや」で、いつか産まれてくるかもしれない、未来の子どもの「親」だ。ナモが今までで一番、愛おしい。自然と口元が緩んだ。何か言葉をかけたかった。たまにはきちんと考えてから話さなければ。言葉を選んでいると、ナモ越しに僕らを眺めていたニョロトノとニョロボンがふと見えた。二匹とも溜息をついて見合うと、やれやれ、とでもいうかのように両手を出して首を振っている。すぐにナモを追いかけさせるよりも、僕をトイレに閉じ込めて反省させた方が良いと、そう判断したのか。ポケモンっていう生き物はなんでこう賢いのだ。人間の言葉なんか

わかっていないはずなのに、僕らの心の動きや様子にはストライクの鎌のように鋭い。

 ナモの頭を軽く抱き寄せ、僕は聞いてみた。

「で、どうなの?」

「出来てたら?」

「うれしい」

「残念、まだなんだな」

 ナモはゆっくりと僕から離れ、まっすぐ手を伸ばして指を刺す。

「きちんと同意も取れたところで、今後は子どもが出来ることを目指しましょう」

 ああ、そうだな。

 と締められたらとてもかっこよかったかもしれない。それでも僕はやっぱり僕で、トイレの中でちょっと考えたからと言って、そんなにすぐ変われるものでもない。

「あ、うん、あ、そう、だね。あ、ごめん、また出る」

 再びトイレに駆け込んだ。

 ニョロボン! とナモの声。再び置かれた冷蔵庫。次は一体、何を考えよう。


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