エンリ・エモットの朝は早い。
彼女は辺境の山村の娘である、日の出と共に起床し、一日が始まる。
いつものように村共有の井戸での水汲みをし、母親の用意した朝食を家族四人で頂き
そうして朝から父母と共に畑仕事に精を出す、十歳になる妹は森の入り口付近で燃料になる枯れ木や落ち葉などを拾い集めていた。
もうしばらくしたら、昼食を取り、午後からまた畑仕事、そうして日が暮れたら家に帰り夕食をとる。その後は家族で団欒を取りつつ針仕事などをして一日は終わる。
これがエンリ・エモットの物心付いた時から十六歳になった今も変わらぬ日常であった、
そしてこれからも大きく変化する事はない、と信じていた日常でもあった。
「お姉ちゃん!」
そこに慌てたような声で妹 ネムが駆けてくる、内心何事かと思いつつ返答する
「もう そんなに大きな声でどうしたの、びっくりするじゃない」
「お願い、一緒に来て!」
エンリは困ったように両親に顔を向けると、父親が頷きつつ言う
「もうすぐ昼だ、朝の仕事はもう大丈夫だから先に行っていなさい、それと何かあったらすぐに呼びなさい」
そうして駆け足の妹について森の入り口まで付いていった。
ようよう見えてきた森の木陰をネムは指差す。
──とそこには木にもたれかかった人影のような物が見える、慌ててネムを押し留め
自分の背後にやり、用心しいしい近づき誰何する。
だが一切の返答は返って来ない。ネムが服の裾を引っ張りつつ言う。
「この
その少女は確かに眠っているようだった。
穏やかな顔からは苦悶は見られないし、良くみれば規則的な吐息をしているようだ。
年の頃は自分より2、3上だろうか。このあたりでは見かけない艶やかな黒髪は肩よりやや短め、女性というにはまだあどけなさを残した顔つきだ。
上半身を覆う、鈍い白銀の凱、薄水色のスカートは動きやすさを考慮してか短い上にスリットが入っている、膝上まであるブーツは太ももの白さを強調するように暗色の皮革で出来ている。
どうみてもこのあたりの人間じゃない、時々村に来る冒険者、が一番近い印象だけど
それにしては荷物が少ないのだ、旅をするには小さな鞄に首に提げたもの、そして腰に提げた剣だけ、追いはぎにでもあってほうほうの体で逃げ出しでもしたのだろうか。
それにしてもこのあたりに追いはぎが出るなんてあまり考えられない事だけど。
思案した末、エンリは判断を父親に丸投げすることにした。
「…んん?」
どこからともなく漂ってくる香ばしい匂いに惹かれるようにジルは目を覚ました。
あれ…と寝ぼけ眼で周囲を見回すが状況が掴めない、何故自分は
「あ、気がついた?」
「君は…」
「私はエンリ、あなたが森の入り口で倒れていたからお父さんに頼んで運んでもらったの」
「僕はジル、…まだ状況が良くわからないけど助けてくれたのならありがとう!」
─見た所、歳も近く悪い娘じゃなさそうだと素直に判断し ジルは笑いながら言う。
その無邪気な笑顔にほっとしたようにエンリも笑い返す。
「どうかな、これから私たちお昼なんだけど一緒に食べない?」
そうしてジルはエンリの一家と昼食を共にする。
──カルネ村、それが今いる場所の名前だった。
帝国と王国の国境、アゼルリシア山脈。その南端の麓に広がるトブの大森林。
その外れに位置する小さな集落、それがこの村であった。
ジルは、あれ?ディンガルとロストール間の山脈は分断の山脈ではなかったか、と
訊いてみたが、返ってきたのは困惑だけであった。
それに南端の森林はルンホルスの森ではなかったかと言うとこれまた返って来たのは困惑だけであった。
どうもおかしいと更にたずねると、どうやらここはバイアシオンでは無いらしい
そうして帝国と王国とは バハルス帝国と、リ・エスティーゼ王国という聞き覚えの無い
名前であった。
やがて昼食も終わり、エンリ一家は午後の作業に戻る事になったが
ジルは、彼女の混乱を察した一家の厚意でしばらく家で休んでいるよう勧められた。
「うう~、なにがなんだかw」
と
取り出してみると角笛であった。
はて、そういえば僕こんなもの持っていたかな?と疑問に思う。
そこでじーっと観察すれば微かに覚えのある闇の魔力の残滓が漂っている。
ひしひしと嫌な予感をさせつつもスキルによって解析してみる
「センスオーラ!」
すると自分の魔力と反応したのか闇の残滓がむくむくと膨れ上がっていく
やがて闇が晴れ小さな人影が姿を現す、それは黒衣に身を包んだ白皙の人形めいた少年であった。
「やあジル、目覚めたようでなによりだよ」
「シャリ!」
その瞬間思い出した
「つまりこれは
言いつつ剣を抜く
「あははっ、そんなに怖い顔しないでよ、僕は単なる幻さ」
「もう察してると思うけど、ここはバイアシオンじゃない。それどころかまったく別の世界さ」「せっかく君が新しい冒険を始めるというんだから、全く別の世界を見せてあげようと思ってね!」
「…」
「ま、現状が理解できたなら後は自分で楽しんでよ、自由な旅を!」
言いたいことだけ言って消えようとするシャリがふと思い出したように口にする。
「ああそうそう、特典について言い忘れてたね」
「それ寂しくなったら吹いてみなよ、面白い事になるから」
じゃ~ね~ と言いつつ今度こそシャリは雲散霧消する。
──あまりに一方的な展開に唖然としてとシャリを見送ったジルであるが、はっと思い出す
シャリが贈ってきたアイテムの解析が済んでいない事に。
「……センスオーラ」ややなげやりに呟く
「……」
なんとなく察したジルは黙って笛をしまい込んだ。
カルネ村
人口はおおよそ120人25世帯からなる村は、リ・エスティーゼ王国辺境の村としては
ありふれた規模だ。
さて現代人にはあまりピンとこないかもしれないが中世というのは食料事情が非常に悪い
特に交通の殆ど途絶えた辺境なら尚更である。
なにかトラブルがあれば即座に食い詰めて一家離散と言うはめに陥る可能性が少なからずあるのである、カルネ村も薬草の採取地という以外には取り立てて特別な産業などあるはずも無く例に漏れない。
しばらく家に滞在してから行き方をきめなさい、そう言われたジルの驚くまいことか。
ジルの生家は両親の代に開拓した貧しい農村である、母を早くに亡くし、父もまた弟が物心の付いた頃に病についた。
それ以後弟を守りつつ必死に畑を維持し、家を守ってきた。やがて弟が成長した頃には父もなくなり、弟と二人で丹精こめた畑は黄金色に輝くジルの宝物であった。
そんなジルだからこそ余所者を住まわせる負担がこの一家にどれほど大きくのしかかるか理解していた。
それでも断らずに厚意を頂戴したのは未練であろうか、かつて自分には味わう事の出来なかった家族の温もり、その一端でも御裾分けに預かりたいそんな気持からだったかもしれない。
こうしてジルのカルネ村での生活はスタートした。
本人はあまり自覚はないが元々ジルはバイアシオンにおいては知らぬ者とておらぬ英雄である、そんなジルが厚意に甘えてばかりではいけないと一家の仕事を手伝うのだから肉体労働で言えば十人力どころの話ではなかった。
朝水汲みに行けば男でも一つがやっとの大甕二つ、片手に一つ軽がると持ち上げ一滴も零さず風の様に走る。
畑に行けば自分の見たことのないラール麦に目を輝かせ、雑草むしりという半日仕事を一人でわずか一時間で終わらせ一家の目を丸くさせた。
こんな調子で働くのだから村落の評判にならぬわけが無く、数日もすればすっかりジルは打ち解けていた。
そうして一日が終わり就寝前になるとエンリとネムと一緒の部屋で寝物語に興じるのが恒例になっている。
実の所、ジルはこの時間がすっかりお気に入りになっていた。
元々生意気な弟しかいなかった処に急に妹二人が出来たようなものである
しかもとても可愛らしい二人だ、
こんな妹が欲しかった。弟いらね(ペッ、である
尚、
「ねえねえ、ジルお姉ちゃんまた
「いいよ、ネムはどんなお話が好きかな」
「お姫様の話!」
「ロストールって言う国には光の王女って呼ばれるとっても綺麗なお姫様がいてね──」
次回からオーバーロード本編の流れに入りたいです