とある異世界の竜殺し   作:五胡逍遥

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異変

 「ジルさーん、周囲の様子はどうでしょうかー」 

 「んー今の所は特に問題なしだよ、それと僕の事は単にジルでいいよエンリ」

  とスキル<ハインドサイト>で周囲を警戒しつつ答える。

 

 鬱蒼と木々が茂り、そこにさらに蔓が絡みつき光の入り込む隙間が殆どない、何処から獣の嘶きが聞こえてくるような、そんな中を一行は進む。

 

 現在ジルとエンリ()はトブの大森林に入っていた。

 目的はトブの大森林に自生する薬草である。

 カルネ村の貴重な通貨獲得手段ではあるものの、森林内は奥に入れば入るほどモンスターの遭遇率がぐんと増す危険極まりない場所であった。

 森林の奥は本来決してエンリが軽々しく立ち入れるような場所ではない。

 では何故入ったかと言えばそれはジルの存在である。

 

 毎夜ジルと話すうちにジルが冒険者である事、しかもかなり腕利きのようだと実際の日々の

働きから感じ護衛を頼みこんだのだ。

 当初難色を示したジルであったが、お世話になっているのに恩返しが出来ない心苦しさとエンリの懇願についには折れた。

 ネムも当初ついて来たがったが当然却下した。

 

 

 

 「ジルーこちらも問題ないゴブよー」 

 妙にくぐもったようなそんな声で呼びかけられる。

 「了解マルーン、ガントとオルナットもそのまま警戒よろしくねー」 

 「了解したゴブ!」「腹減ったゴブ」 

 とこれまた妙にくぐもった声で答え(いら)が返って来た。

 

 ◆

 

 ── 一刻程前

 

 森に入るにあたって流石に二人きりでは不測の事態に対応できないかもしれないと考えたジルは入り口で角笛を取り出し吹き出した。

 すると眼前にぼんやりとした影が3つ表れやがてはっきりと姿を現す。

 それはどう見ても人ではなかった、というかどう見てもモンスターである。

 突然モンスターが現われた事にびっくりして腰を抜かすエンリに大丈夫とジルは笑いかけモンスターに向き直る。

 

 「やあ、しばらくぶり、ガント、オルナット、マルーン」 

 「むむ、突然怪しい子供に呼ばれたような気がしたと思ったら、ジルがいるゴブ!」 

 「お腹すいたゴブー」 

 「な、何が起こったゴブ~」

 

 「あはは、ごめんね急に呼び出して」

 「む、ゴブゴブ団は世界一のパーティだから忙しいのである、早く用件をいうゴブ!」

 「うん、あ、その前に紹介するね」 

 

 振り向いていつのまにか木の後ろに隠れたエンリに言う。

 「エンリ大丈夫だよ!彼らは僕の冒険者仲間だから」

 すると中の一人が傲然と胸を張り言い放つ。

「いかにも!、世界一の冒険者パーティとは我らゴブゴブ団であり我は団長のガントであるゴブ!」

 「そんな事よりお腹すいたゴブ~」

 「オルナット、団長が大切な事言ってるのにそれは無いゴブ!」

 

 「ぇ、エンリです、初めまして…」

 

 ──こうしてエンリとゴブゴブ団は出会った   

 

 ◆

 

大森林に入って一時近くは歩いただろう頃、エンリは周囲の様子を注意深く窺った。目当ての薬草の生息する場所を探してだ。そして直ぐに発見できたのは幸運だったのだろう、木々の隙間に繁茂する薬草を。

 

 ゴブゴブ団二人が先行し、周囲の様子を伺ってから、無言でエンリを招く。

 エンリとガントは身を屈めつつ走ると、その薬草の生えた場所まで到着した。

 ジルはその間木々を駆け上がるようにして高みに登り周囲を警戒している。

 

 「今のうちに採取すると良いゴブ、この<ストラスエッジ>にかけて守ってやるゴブ」

 そうして抜き放たれた短剣にエンリは息を呑んだ。

 ガントが恐ろしかったわけではない、当初はモンスターという事で恐ろしかったがジルが平然と話しかける様子、そうしてそれに普通に答えるゴブゴブ団の一行にやがて人間味を覚えたからだ。

 

 では何故息を呑んだか、それはガントの掲げた短剣があまりにも神々しかったからだ。

象牙で出来た柄に彫り込まれた精緻な文様に象嵌、刀身の繊細な彫金、この国ではあまり見かけないような曲がりくねった刀身、それらの渾然一体となった美しさも勿論だが刀身から放たれる清浄なオーラには言葉も出ないほど圧倒される、これが御伽噺に出てくる魔法の武器なのだろうかと。

 世界一の冒険者パーティという言葉も必ずしも大言壮語とは言えないのではないかと思うほどに。

 

 金貨にすればどのくらいになるだろうか、という邪《よこしま》な考えが一瞬頭を過ぎるが即座に頭を振り邪念を追い払い薬草採取に没頭する。

 

 

 

 そうして収穫用の袋に一杯つめこみエンリ達は帰途につく

 

 ちなみに道中話していて分かった事だがゴブゴブ団は南の地方の聖杯によって知性を得た、元はこのあたりにも棲息してるゴブリンとあまり変わらない存在という事だった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 帰途、多少の戦闘はあったものの大過なく、ようやく森の入り口付近まで帰りついた。

 と、そこでジルと続いてゴブゴブ団の三人が微かに漂う()()に気付く。

 かつて幾たびも嗅いだ事のあるそれは、

 「()()()()()?」 それもとても嫌な種類の─

 「何か燃える臭いと血の臭いがかすかにするゴブ!」

 「美味しくなさそうな臭いゴブ!」

 

 そうした4人の様子にエンリも否応なく不安を煽られ胸中にあわ立つ何かを感じる。

 「一体何が…」

 「マルーン、オルナットはここでエンリを守って!、ガントは私と一緒にきて、飛ばすよ!」

 言うや否や疾風の如く駆け出す。

 

 

 やがてジルの耳に聞こえてきたのは何かを打ち壊す音や、人の悲鳴、家畜の嘶き。

 そうして視界に映ったのは鎧を着た者が村人に剣を振りおろす瞬間、村人は悲鳴を上げて崩れ落ちる。

 

 

 

 鎧を着た男は崩れおちた村人に止めを刺そうと剣を再び振りあげ、振り下ろそうと──

 

 その瞬間彼は宙を舞った。

 

 男は何が起こったか分からなかったろう、何故なら彼は吹き飛んだその瞬間(ヘルム)ごと頭部を消失してしまったのだから。

 

 村人が切り倒された事に激昂したジルは、白熱した頭で手加減などと言う言葉を完全に消し飛ばし全開で拳を叩き付けた、その結果頭部を消失したそれは十数メートル程とんだ後地面に

打ちつけられ繰り手を無くした人形のようにくずおれる。

 

 「モルガーさん……」

 

 短い滞在とは言えジルは見覚えのある顔に思わず呟く。

 余所者のジルに少々馴れ馴れしくも陽気に何くれとなく構ってくれた人だ……。

 

 見れば深手とはいえまだ息絶えてはいない、そこで治癒魔法を使う。

 <サブキュア>聖の精霊力3 この世界で言えば第三位階に相当する魔術である。

 「精霊よ─」 

  ──ジルの手に白く柔らかな光が集まりそれがモルガーの傷に広がっていく

  

 やがて光が収まった時傷はすっかり塞がっていた。

 

 「嘘だろ…、あんた一体」

 己の身に起こったことが信じられないように傷のあった部分をさわる、実感がないのか何度も同じ事を繰り返している。

 

 「一体何があったのか教えてください!」 

 「あ、ああ俺も詳しい事はさっぱりわからないんだが──」 

 と言い出してジルを見上げた瞬間固まる、いや正確にはその隣にいる存在を認識して。

 

 

 ひとしきりパニックになった後ようよう告げる。

 バハルス帝国の紋章を付けた騎士が集団で襲ってきた、そうして逃げた所追いつかれ現状の有様だ──と。

 

 

 「モルガーさんは森の入り口まで逃げてください、そこにエンリもいるので見つからないようにしてください」

 「あんたは──」 

 いいかけて即座に打ち切る、先ほどのやり取りでジルがただの冒険者というレベルではない事を察した為だ。

 尚且つ知性あるモンスターを使役できる存在(無論使役しているわけではないのだが)である、尋常であるはずがない。

 「分かった、あんたも無理はしないでくれ」

 そう言って森へ走り出す。

 

 「さて、ガント悪いんだけど──」 

 「あなどるなゴブ、我がゴブゴブ団は弱き者の味方ゴブ、それが知性ある存在の努めゴブ」

 二人はニヤリと笑いあう。

 

 

 

 

 

 

 

 ジルはガントと二手に別れた、ガントには周辺の様子見と可能なら騎士の掃討をまかせ

 己はエンリの自宅を真っ直ぐに目指した、途中遭遇した騎士たちは先ほどの全力パンチに鑑み、第一位階相当の魔法<ストーン>であしらう

 

 「ストーン」そう詠唱すると中空より礫が現われ、騎士に殺到する。

 第一位階相当とは言え、インフィニティアを宿すジルの使うそれは容易に騎士を戦闘不能に陥れる。

 

 喧騒のなかようやくエモット家の前まで辿りつく

 「おじさん、おばさん、ネム!」 

 お世話になってる家族たちの名前を呼びながらドアを開ける。

 

 そこにはここしばらくの生活ですっかり馴染みになった三人が怯えたような顔でかたまっていた。

 その顔はジルが入ってくると一瞬安堵しかけ、けれど次の瞬間憂慮した顔で問いかけてきた。

 「ジルお姉ちゃん!」 

 「ジルさん、エンリ、エンリは無事でしょうか!」

 「はい、森の入り口あたりに非難してます、みんなも急いで避難して──」

 

 言いかけて考え直す。

 現在のエモット家の状況はかなり悪い、エンリ達とすれ違いになるのを恐れ逃げる時間を

逸してしまったためだ。

 

 そこで思い直し鞄<インベントリ>からアイテム<風邪の翼><バリアヴェール><退魔の香水>を取り出す、それぞれ敏捷性の倍加、対魔法、物理の加護、そして姿の隠匿である。

 また補充が効くかわからぬ貴重品ではあるが背に腹は変えられぬと遠慮なく三人に使用する。

 明らかにマジックアイテムというのがわかるそれらに三人は非常に驚き、身を包む不思議な感覚に効果はきっと本物だろうと納得する。

 

 「森の入り口でエンリたちが待ってる、僕が騎士たちを引き付けるからその隙に脱出して、森まで行けば()()が守ってくれるから!」 

 

 そしてジルは派手に飛び出してスキル<タワーブレイブ><デコイダンス>を使用し敵のヘイトを引き付ける。

 

 

 

 

 ◆

 

 ロンデス・ディ・グランプは己の信仰する神への幾度目かの罵倒を吐き出す。

 神が本当にいるならまさにいまこそ現れ、邪悪を討滅すべきではないか。何故、敬虔たる信徒であるロンデスを無視するのか。

 

 眼前の邪悪 <ゴブリン>はロンデスの憤懣など意に介さず群がる騎士達を銀光を閃かせる毎に打ち倒していく。

 その様をただ眺めるだけで有効な手段を打てず歯噛みしながら眺めるしかなかった。

 

 

 

 作戦はいつもどおり手はずどおり進んでいた、この作戦もそう手間取ることなく村人たちを中央に駆り立て、村を焼き、幾人かを除いて鏖殺、そうして終了するはずであった、しかし──。

 

 あの瞬間、おくれて広場に逃げ込もうとした村人を切ろうと剣を振り下ろした仲間の一人エリオンが突如現われたゴブリンに、()()()()()()()()()()体を両断されたのだ。

 

 それは悪夢であった、何故たかがゴブリン一匹に数十人からなる騎士の集団が翻弄されねばならぬのか。

 何故ゴブリンの持つ短剣が己が今まで見たどんな魔法武器よりも神聖な魔力を放っているのか、それは神に対する冒涜ではないのか、何故神はこのような邪悪に神聖な武器を授けるのか──。

 神にすがればよいのか、罵倒すればよいのか、もはやロンデスは気がくるわんばかりであった。

 

 

 「き、貴様らぁ、さっさとそのゴブリンを始末しないか!、隊長の命令が聞けないのか!」

 そういってわめき散らす男にロンデスは眉をひそめる。

 ……ベリュース隊長

  

 だが誰もそれに応えるものはいない、当たり前だ、もはや彼我の戦力差は誰の目にも明らかだったのだから。

 動いたら死ぬ、誰もがそう確信して動き出す事ができなかった。

 

 そうしてわめき散らす男にゴブリンはゆっくりと近づいていく。

 「ひぃいいい!」

 

 「かね、かねをやる。200金貨! いや、500金貨だ!」

  

 騎士に言っているのか、近づくゴブリンにいっているのか──

  

 だがゴブリンは歩みを止めないし、騎士たちも恐怖から動く事ができない。

 

 そうして『死』がベリュースの眼前にせまる

 恐怖に腰を抜かしもはや剣を抜く事も出来ず、只々目をつぶってその時を待つしかなかった。

 

 ──だがいつまで経っても『死』は振り下ろされなかった。

 代わりに言葉が降ってきた

 

 

 

 

 

「おとなしく降伏するゴブか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

  




補足 ストラスエッジ 本作においては伝説級に相当するアイテムに設定しています(ジルオール世界の最強の短剣で進め方次第でゴブゴブ団が手に入れます。)


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