愛しているわと女神は言った。 作:エターなる
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フレイヤには堅く信じて疑わない物が幾つかある。
その一つが、魂は正直だ、ということ。そとづらと違って、魂は嘘が付けない、ということだ。
前向きなときはうきうきと輝き、落ち込んでいるときはしおしおと萎む。楽しいことには煌きを増し、つまらないことには陰りが差す。本人すら自覚しない心のしこりも、魂は少しの歪みとして表現する。
何かに立ち向かおうと勇気を振り絞るときや、折れそうな自分を奮い立たせようと努力しているときの魂は綺麗だ。逆に、卑屈になっているとき、挫折して立ち直れないでいるとき、小さく縮こまったそれは哀れに震えているように見える。
自信に満ちた人と少し傲慢な人は紙一重である、とは良く言われることだが、フレイヤには一目瞭然、全く別の物にしか見えない。
自信は自他についての理解からくる物で、傲慢は自分の優位の決めつけから来るもの。周囲への寛容や自律の精神の有無、そういった部分によって、魂の雰囲気に大きな違いが出てくる。
総じて論ずるに、魂の色や輝きは、その人物の現在の性質性向を如実に表すのだ。
それぞれの資質や状況に応じて様相を変え、同じ人物の物であっても、時には雄々しく燃え上がり、時には醜く燻っている。些細な変化に注意すれば、いまどのような気持ちになったのか、なんてことさえ察してしまえる。それくらい、魂は正直者だ。
いかなる虚飾や欺瞞であろうと、魂にまでは被せられない。
ずばり、自分の心さえ騙せてしまえる人間たちにおいて、魂というのは、決して偽れないただ一つの物なのだ。
そんなだから、フレイヤは他者を理解しようとするとき、その魂を観察することから始めるのが常だった。
じっと見つめて、判別して――。
それから、その人物が望んでいることをしてやったり、無理矢理にでも抱き寄せたり、あるいは、わざと突き放して成長を促したり、そういった方針を決めていく。
多くの人にとっては難事であるらしい他者理解というものを、フレイヤは失敗したことがほとんどない。
必要な物を必要な時、必要だと叫んでいる魂の前に置いてやる。
それだけでいい。難しく考える必要はなかった。
もちろん、魂が言葉でいろいろ伝えてくれるわけではないから、何を欲しているのかを汲み取ってやる必要はある。けれどそれだって、何億年も同じことを繰り返せば大抵は読み違えない。
魂は正直者だ。まるで赤ん坊のように、感じたものを感じたまま、フレイヤに教えてくれる。
フレイヤは自らの『眼』が見通す魂の正直さを信じている。信じて、信じて――。
もしかしたら、信じすぎるあまり、それに頼りすぎていたのかもしれなかった。
彼女の見る世界の一つが、今、真っ白に染まっている。何も、何にも見えない世界だ。
もどかしく、不確かな気持ちになる。じっとしているだけなのに、どこか全く知らないところに来てしまったような気分さえする。
視界を埋め尽くすくらいの白というのは、瞼を閉じたときの暗闇と同じような物なのかもしれない。そう気づいたとき、ふと、フレイヤは知り合いの神のことを思い出した。
天界でロキに良いように扱われていた、健気で素直で、騙されやすい盲目の神。
(ホズルに見える世界がこんなだとして、あのこは一体、どんな風に感じていたのかしら)
こんなにも不確かな世界なら、自らに気安く接する相手を信じてしまう気持ちも分かる。
ホズルにとって運が悪かったのは、その相手がロキだったということだろう。かつてのロキは、良くも悪くも、切れすぎる刃物のような女神だった。
(まあ、昔のことね。今のロキはずいぶん丸くなったというか、納まるべき鞘を見つけたというか……)
思い出に薄く微笑みを浮かべ、白い世界から回帰する。
彼女の前に色のある風景が戻ってくると、白い髪の男が垢ぬけない老人と話している姿が目に映った。
知り合いだったのだろうか、老人は幽霊でも見たようにあんぐりと口を開き、それから、大笑いしながら涙ぐむ、なんて面白いことをしている。
老人にばんばんと肩を叩かれながら、白いエルフは頷いたり、首を振ったり、少しだけ口を開いたり……、ただ、その表情に変化という変化はない。
――いったい、彼は何を考えているのだろう。
「もう、やきもきさせるわね」
部屋の中、フレイヤは呟きを落とした。
壁一面を硝子で張った大きな窓から、麗らかな光が部屋に入って来ている。
その硝子窓の前に立ち、身を凭れさせ、遥か眼下に見える際立った白に向けて、女神は熱く潤んだ視線を送っていた。
例の『見えない』エルフとの邂逅から、早くも幾日かが経っていた。
出会いの日の雨は当日のうちに降り止み、しばらく残っていた重たい雲も今は去って、今日は久方ぶりに快晴と言って差し支えない日和である。
この数日の間、フレイヤはエルフに特別な手出しをせず、ただ観察するに終始していた。
彼の人物がどこへ行き、何を見て、どのように振舞うのか。何を好み、何を嫌い、何を貴ぶのか。
初日は、彼がすぐに去ってしまったせいで、会話も何もできなかった。だから一先ず、そういった人となりに直結する情報を探ろうとしたのだ。
情報収集と言えば分かりやすい。フレイヤの台頭を良く思わない連中に言わせたら、ただしつこく付け回していただけ、と謗られるかもしれないが、そうされたとしても改める気はなかった。
文句をつける輩には、微笑んでこう言ってやるのだ。
――だって、恋や愛というのは、駆け引きでしょう? 私のこれも、その一環よ。
さておいて。
そうして費やした数日ではあったが、それだけ掛けた成果があったかどうかというと、微妙な所だ。
分かったことは多くなかった。
いつも仏頂面でほとんど表情が変わらないこと。
無口なのか、あまり喋ろうとしないこと。
オラリオに特別親しい友人などは居ないようであること。
ギルドに向かう素振りもないから、冒険者でもないらしいこと。
延いては――そしてこれは重要なことだが――、どこの神の元にも所属していないようであること。
結局、一番知りたかった人となりはあまり分からなかった。
無口で無表情だからエルフに多い潔癖症なのかと思っていたが、正に今、老人の不躾とも言える接し方を受け入れているのを見るに、そうでもないとも思えてきたし……。
(『見えない』だけで、こうも勝手が違うだなんて)
どんな性格かなんて、それさえできればすぐなのに……。
なんだかじれったい。もどかしくて、もどかしくて、どうにかなってしまいそうだ。
けれどもその一方で、このそわそわとした気持ちを、もうしばらく感じていたい、とも思っている。だって、久方ぶりの胸のざわめきなのだ。衝動に任せて終わらせるには、あまりにもったいない。
どうせ彼も最終的には自分の物になるのだ。遅いか早いか、違いなんてそれだけだ。
しかし、彼は旅人でもある。あまり悠長に構えすぎて、居なくなられたら困る。
(ああ、でも、だけど。
やっぱり、もう少し、こうしてあなたを見ていたい……)
老人と別れたエルフが、一人、都市の北へ歩いていく。
その背中に浴びせるように、フレイヤは熱い吐息を漏らした。
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この日、思いがけぬ再会が二つあった。
オラリオに着き、宿を取ってから数日。一つ目はその昼過ぎのことである。
雨の止んだ二日目と三日目にそれとなく探していた人物が、もう再会は無理だろうと諦め、諦めたことすら忘れようとしていた頃になってようやく、ひょっこりとスバルの前に現れた。
老人である。日に焼けた顔と手足。目じりの笑いじわが人の好さを物語る。
ぽかんと口を開けるその老いた顔には、驚きがこれでもかと詰め込まれているようだ。スバルがオラリオへと向かう際、乗合馬車の役を買って出てくれた、あの農夫であった。
「あんちゃん、生きてたのかあ!」
「ご老人、久しぶりだな。そちらも無事で何よりだ」
「こんにゃろう、何でもないような顔しやがって! 俺ぁ、オマエさんが死んじまったと思ってずっと夢見が悪かったってのに!」
安堵のあまり涙ぐんだ老人は、グズグズと鼻をすすりながらも大口を開けて笑った。
ケガはないのか、という問いに、見ての通りだと頷いて返す。
「あの後、俺ぁ急いでギルドに行って、モンスターの大群が向かってきてるって言ったんだ。そしたら、市壁の見張り番からもおんなじ報告が来てるってんで、何人かの冒険者がよ、行ってくれたはずなんだが……。そいつらには会わなったか?」
「いや」首を振る。「会っていないな」
「そうか。そいつらが、こう、なんだ、そこら中血まみれだったっつうからよ、そんで、俺ぁ、てっきりそうだと勘違いしちまって。いや、もう何だって構うもんか、生きてて良かった!」
また涙ぐんだ老人が何度も肩を叩いてくるのを、スバルは歓として受け入れた。
心配されるというのは、決して気分の悪いものではない。
「ご老人は、しばらくオラリオに滞在されるのか?」
「おう、まあ、納品は終わったから帰ってもいいんだが、そう簡単に来れるわけじゃねえし、孫のために土産でもと思ってな」
「孫が居られるのか。良いことだ。俺も売り上げに貢献しよう、ご老人の納品先はどこだろうか」
「たははっ、そんな気にすんな。俺の商売道具は、野菜とか、花の種やら苗やらなんだ。あんちゃんには用のねえもんさ。まあ、それでももし気が向いたら、花の一本でも買ってくれや」
老人はスバルの好意に照れくさそうに鼻を掻き、とある花屋の名前と場所を口にした。
「実は俺のドラ息子の、嫁さんの実家でな。結構古い知り合いなんだわ。ヒューマンのジジババがやってる店さ」
「そうか、覚えておこう」
「ところで、あんちゃんは今なにやってんだ? 旅してたんだよな、観光か?」
「それもあるが、俺もいい歳だ、そろそろ好い人を、とな」
「いいひと? ……ああ、嫁さんのことか。あんちゃん、ときどき古臭い言葉遣いすんなぁ。つうことは、嫁さん探しにオラリオに来たわけか」
スバルは然りと頷く。
「オラリオには人が集まると聞く。俺のような男と契ってくれる物好きも中には居るかもしれん」
「はあ、物好きじゃなくても、あんちゃんなら選り取りみどりだろうけどよ……」
「……む、どういう意味だ?」
「ああいや、何でもねえ。ま、頑張ってくれ」
スバルは疑問に思ったが、ひらひらと手を振る老人に追求はしなかった。何でもないというからには、大したことではないのだろう。それから二、三、言葉を交わし、スバルは老人と別れた。
一人になった彼は北へ向かった。
このエルフはバベルの塔の近くに宿を取り、そこから観光に興じる日々を送っていた。バベル近くは朝方になると冒険者たちで活気づき、それを時計代わりとして、スバルも活動を開始した。
これまでは、ただ気の向くままにふらふらと散策していたのだが、今日は宿の主人の勧めで、北の大通りを歩いてみるつもりだった。
なんでも商店街のある目抜き通りとなっているそうで、都市の色んな種類の店が集まっているらしい。呉服店、雑貨店、甘味処、土産屋、飲食店、文具家具、髪結い処、その他。高級住宅街のある一等地付近だから治安も抜群に良いとかで、早めに見に行かないと損だ、ということだった。
思いがけぬ再会の二つ目は、この大通りを中ほどまで過ぎ、しばし休憩、ととある喫茶に入ったところで起きた。
洒落た店である。木の看板に店名とそれをモチーフにした彫り物がしてあった。
妖精と宿り木亭。木の枝に留まる羽の生えた小人の画。小人はエルフのような耳をしていて、枝の葉から滴る水を掌に溜め、それに口をつけようとしていた。
店は噴水のある広場に面していた。人の多い大通りを見るもよし、少し落ち着いた広場を眺めるもよし。小休憩には最適な位置取りだろう。
広場に臨むテラスに腰かけ、ふ、と吐息を漏らす。
図抜けた美貌のエルフが、長耳の妖精にあやかる茶店で一服している。通りを行く人々の中には思わず足を止めそれに見入る者もあった。侵しがたい静謐さを秘めた厳かな空間がそこにできたかのようだった。
スバルは視線に晒されるのに馴れていたから、特に気にすることもなく香り高い紅茶と景色とを楽しんだ。鋭く研ぎ澄まされた眼が心なしか和らいで見えるくらいには、彼は満足していた。
目を閉じる。人々のざわめきが聞こえる。大通りの足音、商店街の闊達な声、噴水の水の静かな音、広場で遊ぶ子供の無邪気な喚声。人間の営みの音だ。平和な音。
それらを跳び越えて、知性を感じさせる冴えた声がスバルの鼓膜を揺らした。
「お前、スバル・ヴリシャンか」
紛うことなく彼の名である。スバルは目を開けその相手を確認した。
森を連想させる美しい女だった。翡翠色の長い髪と、それに輝きを足したような美しい緑色の瞳。細く繊細な髪の間から、スバルと同じ形の耳がつんと上向きに覗いている。
はて、と思った。美女を目にしたときに体に走る反射的な緊張がない。どうやら自分はこのエルフが警戒対象でないことを知っているらしい。
記憶を探る。エルフの知り合いはそう多くなかった。
一番はっきり思い出せるのは、二〇の頃に出会った、粛清だ粛清だと叫んで切りかかってくる血走った目のエルフだが、それでないことは間違いなかろう。女であることくらいしか共通点がない。……あれは恐ろしい女だった。
ともかく、エルフはそもそもが排他的な種族である。旅の途中で出会うこともほとんどなかった。かつて自身の来歴を求めてエルフの里を訪ねたとき、すぐさま衛兵がすっ飛んできて彼を牢屋へ連行したことは記憶に鮮明だ。
最終的に、自身が王族の棄児であり、産まれたことすら秘されている、と知った。母を名乗る緑髪のエルフには涙ながらに謝罪され、立派になったと喜ばれたものだ。
内輪だけのささやかな歓迎の宴を催され、王族に連なる幾つかの家の者らと顔を合わせた。彼らの大半は我関せずで、外来の
(まさか)
スバルはじっとエメラルドグリーンの瞳を見つめた。その少女のきらきらしい瞳が頭を過ぎった。
「……、リヴェリア、か?」
「いかにも」
エルフの女は高貴な者に相応しい透徹した笑みを浮かべた。
「久しぶりだな、叔父御どの」
リヴェリア・リヨス・アールヴ。正統なる王家の血脈である。
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フレイヤは熱を孕んだ視線に冷たさを混在させ、じっと遠くを見やっていた。
北の大通りに面する小さな広場。そこに店を開くカフェのテラス席に、美しい男女が座って話し込んでいる。
片方は白髪のエルフで、片方は緑髪のエルフだが……。
(……、あれは、ロキのところの……)
思わぬところに伏兵がいた気分だ。
これまでずっと仏頂面で、表情らしい表情など眉を顰めるくらいしか見せなかった彼が、慈しむような優しい目を女に送っている――それでも一般的には無表情なのだけれど――。
女に、自分以外の女に! あんな表情を!!
知れず、かりり、と白魚のような指が硝子窓を引っ掻いていた。遠く二人の間を切り裂くように、何度も何度も爪を立てる。
「ダメよ、その子は、私のもの……」
どろりとした情念が口からこぼれ出た。
すぐに手に入れるのはもったいない? もう少し見ていたい?
何を馬鹿なことを言っていたのだろう。その間に、他の下等な連中が彼に手を出して来たら。彼がその汚い手に捉えられてしまったら。そんなことになったら!
冒険者になるつもりがない、つまり、仰ぐ神を探す気がないのだと思って、少し気を抜きすぎていた。
――誰にも、ええ、誰にも、渡さない。
フレイヤは決意を新たにした。おぞましいほどの執念が、彼女の心に宿った。
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バーが赤い!(10/28現在)( ゚Д゚)ェー
こ。これはいかん、ぼろが出る前に何か手を打っとかねば……。
おほん、実はぼく、原作を持ってないんだ。
他の二次とウィキに頼って書いてるんだ。
なんかこう、情景描写が薄いのはそのせいもあってのことなんだ(言い訳)。
あと、どうせエタるから、これまじだから、過剰な期待はしないでください。