「ーーーふむ、何やらが暴れているようだな?」
ギリシャの一角にて、自分たちの領土で何かが暴威を振るっていることに彼女は気がついた。幸いだったと言えばそこは人里から離れた場所で現地の人間でも滅多に立ち入らない場所だったという事だろう。つまり、人の世にそれが見つかっていない事。
「悪魔か?堕天使か?それとも教会の者共か……まぁ見てみるとするか」
夜空に輝く満月の光を浴びて身体の内に神威が満ちるのを確認してから彼女は己の眷属である大蛇の背に乗って暴威を振るっている何かの元に向かっていく。
拠点から出た時には何かが暴れている程度の事しか分からなかった……だが、その場所が目視出来る場所にまで来るとそれの規格外差が分かってしまった。
「これは……」
夜空が燃えていた。実際に燃えている訳ではないのだが、そこから立ち昇る規格外の赫怒によって燃えているように見えてしまうのだ。あと距離にすれば数kmなのだが、その赫怒によって大蛇は萎縮してしまいその場から動こうとしない。かく言う彼女もその赫怒に思わず身を強張らせてしまった……自分に向けられたものではないと理解しているのに。
「ーーー」
ここまで運んでくれた大蛇に感謝の意を込めて頭を撫で、彼女は一人でそこに向かう事を決意した。この赫怒が誰に向けられているのか分からないが、万が一この地に住む人間にへと向けられるのならたとえ刺し違えても討つ覚悟を決めて。
垂れ流される赫怒に逆らいながら彼女は空を駆けてそこにへと向かう。辿り着いた彼女が目にしたものはーーー
「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
喉から血を吐き出しながら、涙を流しながら暴れ回っている一人の子供だった。見た目は10にも満たない幼子。そんな子供がこれ程までの赫怒を発している事が信じられずに思わず目を擦ってしまうが、現実だった。
子供は泣き叫びながら暴れていた。まるでやり場のない感情を少しでも発散させるかのように。近くにある物を手当たり次第に殴り、蹴り、嚙みつき砕く。
まだ身体が出来上がっていない子供がそんな事をすれば身体を壊す事になる。殴った腕は砕け、蹴った足はひしゃげーーー次の瞬間には
そわな光景を見て彼女は目をそらす事が出来なかった。凄惨な光景に目をそらす事を忘れたのか?子供がこんな事をしていると信じられなかったから?
いいや、違うーーー
彼女すら身を強張らせるほどの赫怒を振り撒く事からあの子供が何かに怒っている事は簡単に想像が付く。そんな誰もが醜い、見ていられないと目をそらす様な子供の姿を見て、彼女は何故だかどうしようも無く惹かれてしまったのだ。
そして、辺りを更地にした辺りで子供が倒れた。体力の限界かと彼女は考える。如何に異常な赫怒を巻き散らそうともあれは子供なのだ。体力は大人よりも少なく、むしろここまで暴れられた事に感心する。
子供が倒れた事で振り撒かれていた赫怒は消え去り、自由に動く事が出来るようになった彼女は迷わずに子供の元に向かった。疲れたのか眠っている子供の顔はあどけなく、右半分が焼け爛れた顔と潰れた右目、そして両腕にある奇妙な刺青を除けばそこらにいる子供と何も変わりは無い様に見えた。
「さて……どうしたものか」
そう考えたのは数秒だけ。彼女は置いて行った大蛇を呼び戻し、子供と共に拠点に戻る事にした。
深い深い闇の底、そこに俺はいた。あのサーゼクスと呼ばれた男の手によってどこかに飛ばされた俺はあいつを必ず殺すと叫んで気がつけばここにいた。
『クヒャヒャ、此度のご主人様はお前かよ』
闇の底にいる俺の目の前には紅い何かがいた。陽炎の様にユラユラと揺れて決まった形を持たないそれに酷い不快感を覚える。おそらくはそれの色が紅だから。サーゼクスと呼ばれた男の事を思い出すからだろう。
「なんだお前」
『【憤怒】の
【憤怒】の
「憤怒、憤怒ねぇ……お前は何しに来たんだ?」
『そりゃあ新しいご主人様のお手伝いにさ!!まだまだ若造だがこれだけの憤怒を抱けるとは中々に見所がある!!さぁ怒れよ、怒った分だけ俺とご主人様は深く同調して
「ーーーふざけろよ」
一緒に殺そうと【憤怒】が入った瞬間に頭の中が沸騰した。言うのが早いか、【憤怒】に頭突きをする。
「お前が手を貸すのは構わねぇよ。俺一人じゃあいつには敵いそうに無いからな……だけど殺させない、殺させてやるものか。
闇が熱を帯び始める。徐々に徐々に、温度を高めていき炎すらも冷たいと感じる程の高温になる。そうなるにつれて不定形でユラユラと揺れるだけだった【憤怒】は固まっていって人型の陰になる。
『ーーー恐れ入った。まさか【憤怒】であるこの俺をそれを上回る憤怒で抑えるつけるとはな……』
【憤怒】はさっきまでの様に笑わずに、ただ感心した様に呟いた。そして人型の陰はその場で膝を次の頭を垂れる。
『我が主人、どうかその憤怒の火を絶やさぬ様に。それがある限り我は主人と共にある。主人の復讐の手助けになろう』
「わかればいいんだよ」
急に殊勝な態度になった【憤怒】に鼻を鳴らしながらそう言うと、身体が上へと引っ張られる様な感覚に襲われる。
『どうやら目覚めの時が来た様で』
「寝てたのかよ……まぁ良いや。またな」
そう言って俺は急激に浮上していった。
『またな、か……どうやらあの主人は今までの器とは違う様だな』
【憤怒】はこれまで多くの人に宿ってきた。それらすべては憤怒に駆られ、【憤怒】の申し出を受けて行動をしてきた。だが彼は【憤怒】を受け入れながらも復讐は自分だけのものだと言って譲らなかった。
『まぁ、主人の復讐は主人だけのものだ。成就することを祈るぜ?クヒャヒャ』
さっきまでの様な笑い声をあげながら、【憤怒】は主人の復讐の成就を祈った。
「ーーーんん……痛っ!?」
【憤怒】との会話を終えて目覚めると…どうやら身体が動かなかった。全身がスッゲェ痛え。身体を起こすどころか指を動かそうとするだけでメチャクチャ痛い。
『筋肉痛だな、まぁアレだけ暴れりゃあ当然当然』
「こいつ……頭の中に直接……!!」
『いやいや、俺は主人の中に居るんだから当たり前だろうが』
まぁ声から【憤怒】だとは分かっていたけどね。
そんな事よりもここは何処なのだろうか?目を動かせば視界に入るのは石造りの壁と高そうな家具。さっきまで山の中にいた筈……それに右半分が見えなくなってるのはどうしてだ?
『あのサーゼクスって奴の攻撃の所為だな。無くなった腕はなんとか再生出来たけど目覚めたばかりじゃそれが手一杯で目までは治せなかった。ついでに顔に火傷みたいな傷がついてる』
「ふぅん……丁度良いや」
これでサーゼクスへの怒りを忘れる事は無い。例え忘れそうになっても鏡を見ればすぐにあの時のことを思い出せる。というか今も思い出して怒りが込み上げてくる。
「ーーーまぁ待て、そう怒るな。その赫怒に当てられれば妾も些か辛いのだ」
怒りを滾らせていると右側……丁度死角になっている辺りから声が聞こえた。痛む首をなんとか右に向ければそこには17、8歳くらいの古風な衣装の銀髪の女性が居た。
「えっと……どちら様ですか?」
「山の中で暴れて倒れたあなたを救ったものだ……あぁ、妾の名は
アテナーーーその名前に聞き覚えのあった俺は残っていた左目で白目を剥いてしまった。
飛ばされた先はまさかのギリシャ、そこでバーサークしてたら見られて、何故か気に入られてしまう……何故だ!?
そして