ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか 作:あるほーす
まるで密林のように木々が生い茂る場所、ダンジョンの59階層。
歴戦の猛者であるフィンたちですら、そこは地獄と称されるに相応しい壮絶な戦場と化した。
59階層に陣取っていたのは、タイタン・アルムに寄生した穢れた精霊。膨大な魔力を宿し、しかもこれまで前例にない攻撃── 魔法を使用する。その圧倒的な力は、第一級冒険者のフィンたちに全滅を覚悟させるほどだった。
ロキファミリア全員の連携と、アイズのリル・ラファーガでどうにか退けたが……。
地面から生えた食虫植物のようなものが穢れた精霊の魔石を喰らった。
そのまま地面を割り、現れたのは2体目の穢れた精霊。天女と見紛う上半身と、怪物のような下半身。ただ、下半身は蛸の足のように、何百本もの食虫植物のような触手が揺らいでいた。
外見から察するに、同じくタイタン・アルムに寄生したのだろう。
「に、2体目……」
「冗談じゃねえぞ、オイ……!」
「どうする、フィン……!?」
リヴェリアの目には不安の色が見え隠れしていた。彼女のこんな顔を見るのは何年ぶりだろうか。
「……撤退しよう。もう一度アレと殺り合うだけの余裕はない」
武器も、道具も、体力も、何もかもが尽きている。もう逃げるしかない。しかし、果たしてこの化物からすんなりと逃げ切ることができるだろうか。
誰もがこの絶望的な状況に呑まれている。そんな中、ただ1人だけいつもと変わらない表情で武器を構え、立ち向かおうとする冒険者がいた。
彼の名はラウル・ノールド。超凡夫という二つ名を贈られたLv5の冒険者である。
フィンたちのサポートに回っていたので、他の面子と比べれば比較的軽傷だ。しかし、もう1体の穢れた精霊と戦うには、あまりにも消耗している。
ラウルはナゴミを構え、そのまま穢れた精霊へと駆ける。
何本もの食虫植物のような触手が大口を開けて、ラウルに伸びる。
ラウルはそれらを時に躱し、時に切り落としながら前に進み続ける。
「っ」
しかし、躱し損ねた触手の一本がラウルの左腕を喰らった。即座にナゴミで触手の先端を斬り飛ばす。
ラウルの左腕は見るも無残な状態だった。牙が突き立てられ、大きな穴が幾つも空いている。その穴からはまるで湧き水のように、ドクドクと血が流れる。
並みの冒険者なら苦痛で顔を歪め、恥も外聞もなく泣き叫ぶだろう。しかし、ラウルは表情一つ変えず、まるで使い物にならないゴミのように左腕を見ていた。
「ラウル、何をしている!? 退がれ!!」
我慢でどうこうできるレベルの怪我ではない。前線で戦うのは不可能だ。普通の冒険者ならフィンの指示があるまでもなく、後方に下がり、リヴェリアの魔法で応急処置をしてもらおうとするだろう。
しかし、ラウルの足は動かない。それどころか、ナゴミを片腕で構え直した。
「リヴェリアさんの魔力をそんなことに使わせる訳には。それに、手足をもがれても戦えと── 最後まで諦めるなと、アリマさんから教えられました。だからまだ戦えます、戦います」
そう言いながら、ラウルは再び穢れた精霊に突撃した。
「聞いたか、ここで諦めたらアリマに笑われるぞ! 全員、ラウルに続け!」
魔法は使ってこない。いや、敢えて使わないだけかもしれないが。とにかく、勝ちを拾うには魔法を使ってこない今しかない。
全員が武器を構え、ラウルに追随する。
最も体力が残り、最も穢れた精霊に一撃を入れる可能性が高いのはラウルだ。自然と、全員がラウルの道を作る。
とうとう、ラウルは穢れた精霊の懐まで辿り着く。
大きく足を踏み込み、宙へと跳ぶ。狙いは穢れた精霊の天女のような上半身。
大きく腕を振りかぶり、ナゴミを振るう。
「!」
穢れた精霊の首に届く直前、ナゴミの刃が止まる。両手に痺れが走る。まるで岩盤を斬りつけたような感覚。
目を凝らさなければ分からない、うっすらとした膜── いや、障壁が張っている。
食虫植物のような触手の先端がラウルの胸から腰にかけてを嚙み付く。
ラウルはどうにか逃れようと足掻くも、牙は深々と突き刺さっている。
穢れた精霊はラウルを咥えたまま触手を振りかぶり、そのまま地面へと投げつけた。鈍い音と共に、土煙が舞い上がる。
「ラウル!!」
既に限界に近い肉体に、追い打ちをするような先ほどの攻撃。無事であるはずがない。
土煙が晴れる。あれだけの攻撃をくらっても尚、立っているラウルがいた。上半身から血が絶え間なく流れ、地面には血溜まりができている。
それでもナゴミを構え、倒すべき敵だけを見据えている。闘志── と呼ぶにはあまりに静かなそれだが、ラウルの心は未だに折れていない。
しかし、どれだけ強靭な精神だろうと、彼の肉体は既に限界を迎えていた。
ナゴミがラウルの右手からするりと抜け落ちる。糸の切れた人形のように、ラウルは身体はガクリと揺れる。
するりと。誰かがフィンたちの横を通り抜ける。そして、前のめりに倒れそうだったラウルを右腕で受け止める。
「アリマ……」
その誰かは、オラリオ最強の一角として名高い冒険者、キショウ・アリマだった。
汚れ一つない純白のコートが靡く。常に死と隣り合わせの戦場ではあまりにも異彩で、いっそ神秘的にすら感じる。
今までどこにいたのか。たった1人で未到達階層まで降りてきたのか。今はそんな疑問すらどうでもいい。
アリマが来てくれた。八方塞がりだったこの状況に、確かな光明が差す。
「よくやった、ラウル」
「……はい」
アリマの無機質な賛辞に、ラウルの口元がほんの少しだけ上がった。
「フィン」
アリマはフィンの名を呼ぶと、左手一本でラウルを持ち上げ、そのまま放り投げた。
綺麗な放物線を描きながら、ラウルはフィンに向かって落下していく。
地面に叩きつけられれば、それがトドメになりかねない。フィンは慌ててラウルを受け止める。決して軽くない衝撃が、フィンの子供と変わらない小さな身体に走る。
「ありがとう、ございます」
今にも消え入りそうなか細い声で、受け止めてくれた礼を言うラウル。
「無理に喋るな!」
「……すみません団長、少し寝ます」
それだけ言うと、ラウルは瞼を閉じた。
まるで今際の際のような台詞。最悪のケースを想像し、フィンの心臓が竦み上がる。
スゥ…… スゥ…… と、ラウルの寝息が聞こえた。フィンは安堵の息を吐く。本当に少し寝ただけのようだ。
「リヴェリア、回復魔法を」
「分かってる。全く、無茶をする……!」
リヴェリアの手から青白い光が放たれ、ラウルの顔色がほんの少し良くなる。大きな効果は望めないが、何もやらないよりはマシだ。
「退がっていろ。俺1人で殺れる」
それを見届けたアリマは、一言だけそう呟き、穢れた精霊に向き直った。
アリマは右手に持つ2つのアタッシュケースを地面に置く。右側に置いてあるアタッシュケースからナルカミを、左側に置いてあるアタッシュケースからIXAを取り出す。
右手に携えられたナルカミ。左手に携えられたIXA。二刀流で戦うアリマを見たのは何年ぶりだろうか。
以前、ラウルが言っていた。この2つの武器で戦うのは、アリマが本気になった証なのだと。穢れた精霊は本気を出すに値する敵だと、アリマが認めたということだ。
改めて切迫した事態を認識したフィンは、自分たちが今何をすべきかを考える。
厳密に言えば、最善であろう行動は既に頭に浮かんでいるのだ。ただ、その最善の行動はしたくない。他に何かできることはないかと、必死に選択肢を探す。
時間にして数秒。フィンは自分たちが何をすべきかという答えを弾き出した。
「ガレス、ラウルを頼めるかい?」
「うむ、任せろ」
ガレスは肩でラウルを担ぐ。そして、他の団員が待つ50階層(セーフティーポイント)に向かって走り出した。
フィンがラウルを抱えて走るには、体格的に少し厳しい。ガレスが走ってくれれば、フィンよりも遥かに早く50階層まで着く。一命を取り留めたとはいえ、まだ油断ならない状況なのだ。
とはいえ、ガレスも深刻な怪我を負っている。走るのも辛いはずだ。それでもフィンの頼みを快諾してくれるというのだから、ガレスには本当に頭の下がる思いだ。
フィンはアリマ以外の残った面々を見渡してから、すぅと息を吸った。
「みんなよく聞いてくれ。アリマが時間を稼いでいる間に、59階層から脱出する」
逃走。今のフィンたちにできる最善の行動であると同時に、フィン自身も最もしたくない行動であった。
仲間を置いて逃げるなんて、誰がしたいのだろうか。しかし、団員の命を預かる身として、そんな感情はおくびも見せてはいけない。毅然とした表情を作る。
犠牲を最小限に── いや、犠牲無しに切り抜けるにはそれしかないのだから。
フィンの言葉を聞いた瞬間、古参組以外のメンバーが苦渋の表情を浮かべる。
「ざけんな、フィン! アリマに丸投げして逃げろってか!? 冗談じゃねえ、俺も残るぞ!!」
「ベート」
フィンはベートの鳩尾に拳を叩き込む。
Lv6の遠慮のない一撃。ボロボロの状態も相まって、ベートは地面に膝を突く。
それでも意識を保てているのは、流石は第一級冒険者と言うべきか。
「フィン、てめっ……」
振り絞るように声を出した後、うつ伏せになって倒れるベート。どうやら気を失ったらしい。
「今回ばかりは我儘は許さない。今は1秒でも惜しいんだ。文句なら後で聞くよ」
そう言いながら、フィンはベートを肩で担いだ。
「でも、アリマはどうするの? このまま1人で残してなんか……!」
アイズの言葉にフィンは首を横に振った。
「アリマは1人でやれると言ったんだ。それに、今の僕らが残っても邪魔なだけだよ。アイズ、自分の状態は自分が一番よく分かっているだろう?」
「っ……!」
体力も魔力も、既に底を尽きかけている。そんな状態で穢れた精霊との戦いに加勢しても、アリマの足手まといになるのがオチだ。アリマが1人で斃せると言っているなら、彼を信じて任せるべきなのだろう。
だけど、最後の最後にアリマだけに任せるなんて、そんなの悔しくない筈がない。
ここで死んでしまえば、それで終わりになってしまう。この悔しさを糧に強くなることさえできない。そう、分かっている。分かっているのだ。頭では分かってはいるけれど、心がそれを納得しない──。
「アイズさん……!」
レフィーヤがいつの間にかアイズの手を握っていた。その手は弱々しく震えているが、絶対に離さないという強い意志が感じられた。
「最後まで戦い抜けない気持ち、分かります。アリマさんに任せるしかない無力感も分かります。だけど、絶対に行かせません。私はアイズさんに死んでほしくないから!」
レフィーヤの姿が昔の自分と重なった。
アイズの心に形容し難い痛みが走る。自分は誰よりも置いて行かれる辛さを知っているはずなのに。それを仲間に── レフィーヤに振りかざしてしまった。
「分かった、ここはアリマに任せる」
レフィーヤは安堵の笑顔を浮かべる。アイズも申し訳なさそうに笑いかけた。
「行くぞ、走れ!」
フィンの号令に、皆が一斉に走り出す。
ふと、ティオネは肩越しに後ろへ振り向く。
睨み合ったまま、ピクリとも動かない天才と天災。最初の個体はアイズに執着していたのに対し、この個体の意識はアリマ1人に向けられている。
あの化け物が自分たちを眼中に入れてないのは気に食わないが、これなら59階層から脱出できるかもしれない。
「みんな、ごめん」
そう思った矢先、妹の謝る声が聞こえた。
まさかと思い、ティオネは左隣を見る。いない。ティオナが並んで走っていたはずなのに、そこには誰もいない。
そのまま後ろへ振り向く。
視線の先ではティオナは足を止めていて、申し訳なさそうに笑っていた。
「今度はティオナか……!」
フィンたちもティオナが足を止めたことに気づいた。
「団長、先に言っててください! あの子は私が連れ戻します!」
フィンたちが足を止めるとは、穢れた精霊に追い付かれる危険を僅かでも上げるということ。
だからこそ、ティオネはフィンに先に行くよう懇願する。妹の不始末は、家族である自分がどうにかしなくては。
フィンはジッとティオネの顔を見た後、コクリと頷いた。
「……すまない、頼んだよ」
「はいっ!」
ティオネはフィンたちと逆の方向に走り、立ち止まっているティオナに詰め寄る。
「ティオナ、何やってんの! 今は我儘してる場合じゃないでしょう!」
「ごめん…… だけど、ずっとアリマを独りで戦わせるなんて、やっぱり可哀想だもん。せめて、見届けるくらいはしてあげたいの」
「可哀想って、あんたねぇ……!」
そう語るティオナの目は、清々しいほどに真っ直ぐだった。
こうなってしまっては、もうテコでも動かない。無理に連れて行くという手もあるが、そうすれば妹は本気で抵抗するだろう。2人とも動けないという結末になってしまったら、笑うに笑えない。
ティオネは諦めたように息を吐き、右手の人差し指をピンと立てた。
「いい、絶対にアリマと一緒に戦おうなんて思わないこと。というか、それ以上アリマたちに近づかないこと。そう約束してくれるなら、団長にも上手く言っておくわ」
「うん、ありがとう!」
「いい? 死んだら死んでも許さないわよ。絶対に帰ってきなさい!」
ティオネは58階層へと繋がる階段の方へと走って行った。
残ったのは、穢れた精霊と対峙するアリマと、遠くで彼を見守るティオナだけだった。
「……」
静寂。アリマも、穢れた精霊も、ピクリとも動かない。まるで互いに腹の中を探っているように。
息をするのも忘れるような濃厚な時間が続く。まるで堰き止められているように、時の流れが遅く感じる。
最初に動き出したのは── 均衡を破ったのは穢れた精霊だった。
「ゼ…… ギ、ガァァァアアアアァァ■■■■■■■■!!!」
かつてない脅威と認識したのか、穢れた精霊はアリマに向かって咆哮を上げる。
59階層全体の空気がビリビリと震える。並みの冒険者なら、あまりに苛烈な敵意に身動きが取れなくなるだろう。
しかし、アリマの表情は変わらない。ただの倒すべき敵として── 上層にいるゴブリンを見るのと変わらない目を向ける。
穢れた精霊の化け物のような下半身が蠢く。緑の触手がそれぞれ独立した生命体のように、一斉にアリマへ殺到する。
それはまるで緑の壁。逃げ場なんてどこにもない。
「アリマ!!」
ティオナが彼の名前を叫ぶと同時に、緑の壁はアリマの姿を飲み込んでしまった。
次の瞬間、雷が地上から天に昇った。
触手は雷撃で灼かれ、黒い塵となって崩れる。
風で塵が舞い飛ぶ中、何事もなかったように佇むアリマ。ナルカミの4つに別れた切っ先の先端には雷のようなエネルギー体が形成されている。
アリマはナルカミを穢れた精霊に向け、電撃を放った。
放たれた雷撃は獲物に食らいつく猟犬のように宙を奔る。しかし、穢れた精霊に届く直前で弾き消される。
「────、───」
穢れた精霊の詠唱が響く。お返しとばかりに、アリマの真上に雷の槍が何本も形成され、まるで雨のように降り注いだ。
やっぱり、魔法を──! ティオナの頬に冷や汗が流れる。リヴェリアの魔法と同等か、それ以上の規模だ。人1人を殺すにはあまりにも過剰すぎる。
しかしアリマは焦る様子など微塵も見せず、ナルカミを上空に向ける。ナルカミから放たれた雷撃が螺旋を描き、まるで盾のように広がる。
無数の雷の槍が、雷の盾に降り注ぐ。小さな川が大きな川に飲み込まれて消えるのと同じように、降り注いだ雷の槍は雷の盾と同化して消える。全ての雷の槍が消えると、まるで役目を果たしたのを理解したように、雷の盾も消えた。
「壁があるんだったな」
穢れた精霊の懐に潜り込んだアリマは、ナルカミを前方に突き出した。
何もない空中なのに、硬い何かに遮られるような感覚がアリマの手に残る。それと同時に、アリマはナルカミに魔力を注いだ。
「負荷80%」
眩い閃光が天を駆ける。常軌を逸した規模の電撃。それはまるで巨大な光の柱のようだった。
電撃が迸る音と、障壁が軋む音が響く。穢れた精霊の障壁を破るには、あと一歩足りない。
「IXA」
IXAの切っ先が独りでにうねり、途轍もない速度で上空へと伸びる。その途中、まるで獰猛な獣の爪のような形状に変化した。
勢いを加速させ、穢れた精霊を覆っている障壁に黒い爪が突き立てられる。
電撃とIXAの刺突。電撃を防ぐだけで精一杯だった障壁が保つはずもなく、パリンという音を立てて粉々に割れる。
「アアアアァァァアアァア!!!」
天に向かって吠える穢れた精霊。
アリマのいた場所に何本もの触手が上空から降り注ぐ。しかし、そこにアリマの姿はない。
アリマは降り注いだ触手を足場に、上へと登っていた。触手の頂端まで辿り着くと、勢いそのままに足を踏み込み、穢れた精霊の上半身へと一直線に跳んだ。
翼でも持っていない限り、たとえオラリオ最強のLv7であろうと次の動きを予測するのは容易い。真っ直ぐ。それ以外にないのだから。
当然、穢れた精霊は何本もの触手を待ち構えさせる。触手は大きく口を開き、獲物が飛び込むのを今か今かと待ち構える。
「……」
IXAと、いつの間にか近接モードに変換していたナルカミで、待ち構えていた触手を斬り捨てる。
有り得ない体勢から繰り出される、有り得ない威力の一撃。何本もの触手が斬り落とされ、無残に地面へと叩き落ちる。
力任せに触手の防壁を破り、穢れた精霊の上半身の目と鼻の先まで接近する。
穢れた精霊が口を開き、最期に何かを言おうとしたその瞬間── ザンッ、という音を立てて穢れた精霊の首が飛んだ。
アリマが地面に着地する頃には、穢れた精霊の全身は霧のように消え、地面に落ちた魔石しか残っていなかった。
アリマは魔石に近づくと、相変わらずの無表情で魔石を拾い、そのままコートのポケットに突っ込んだ。
「アリマ!」
穢れた精霊が霧散したのを見計らい、ティオナはアリマへと駆けつけた。その両腕には地面に落ちていた2つのアタッシュケースと、ラウルのナゴミが抱えられている。
アリマはありがとうと礼を言いながら、アタッシュケースにIXAとナゴミを、もう片方にナルカミを収納した。
「ティオナ、逃げてなかったのか」
「うん。だって、あんな強い化け物に勝つ姿を誰にも見られていないなんて、そんなの寂しいでしょ?」
「……確かに寂しいかもしれない。だが、フィンがよく許してくれたな」
「あはは、実はかなり強引にここに残っちゃったんだよね。多分、フィンに説教されちゃうと思う……」
「……俺も怒られるだろうな」
「そっか、アリマずっとホームに帰ってこなかったもんね」
アリマはいつもの無表情だが、どこか優しい雰囲気だった。そんな雰囲気を感じ取ったティオナも、朗らかな笑みを浮かべる。
「ねえアリマ、怪我はしてない?」
「いや、どこも痛い場所はないよ」
「あんな化け物が相手でも、無傷で勝っちゃうんだね。凄いなあ。アリマの背中に追いつくまで何年かかるんだろう」
「……そうだな」
「さてと! それだけ元気なら、もう50階層に戻っても大丈夫そうだね。早く行こう、みんな待ってるから!」
「ああ」
2人は58階層に繋がる階段に向かって歩いて行く。
「ねえアリマ、あの化け物って何だったんだろうね? アイズは精霊って言ってたけど……」
「精霊?」
「うん。何でも、精霊の元? みたいなのがモンスターに寄生すると、ああなっなちゃうらしいよ」
「そんなことがあるのか」
「ああ、そっか。アリマはベル君の特訓に付きっ切りだったから、前の事件も分かんなよね。それじゃあ、あの赤い髪の女も分かんないか」
「……赤い髪の女」
「そう、赤い髪の女。リヴィラの街の殺人事件の犯人で、調教師なんだって。59階層に行けとか言ってたし、多分あいつが何か関係してると思うんだけど……」
「……」
そんな話をしている間に、58階層に繋がる階段が見えてきた。
「まあ、難しいことはフィンたちが考えてくれるよね。私があれこれ考えてもあんまり意味ないか! さっ、行こうアリマ!」
そう言って、ティオナは階段を登った。
対して、何故かアリマは階段を登る一歩手前で立ち止まっていた。
「──レヴィスか」
自分にしか聞こえないような声量で小さく呟く。当然、彼に返事を返す存在は誰もいない。
「おーいアリマー! 何してるのー!?」
ティオナはアリマが未だに階段に登っていないのに気付き、かれの名を大声で呼びながら、ぶんぶんと腕を振るった。
その声に急かされるように、アリマは階段を登り始めた。
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俺はお前らが好きかもだ(29感)