ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか   作:あるほーす

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 リヴィラの街の事件から数日後。

 ロキファミリアの本拠、黄昏の館のとある一室。真ん中には長方形のテーブルが設置され、4つの椅子がテーブルを囲うように並べられている。

 部屋のドアから一番離れた椅子に、アリマが座っている。

 微動だにせず、テーブルの真ん中に視線を落としているその様子は、まるで家具の一部のようだ。人というよりも人形に近い。

 ドアノブの回る音がした。アリマはそこにゆっくりと視線を移す。

 ドアが開く。部屋に入ってきたのはロキ、ヘスティア、ヘルメスの3人だ。

 

「うんうん。ちゃんとおるようで安心したわ、アリマ。これで逃げてようもんなら、さすがのウチでもマジギレ必至やで」

 

 ロキは笑いながら、アリマと対の位置にある椅子に座る。

 続いて、彼女の右隣の椅子にヘスティアが、左隣の椅子にヘルメスが座る。

 ヘスティアは不満気な表情で、隠そうとする気が一切ない。ヘルメスは帽子の陰で顔が伺えない。

 

「大したもんやないか。一ヶ月も経ってへんのに、どチビんとこの子をLv3にランクアップさせるなんて」

 

 アリマたちがダンジョンから帰還した翌日、迷宮都市オラリオではある話題で持ちきりだった。

 ベル・クラネルのLv3昇格。それも、Lv2になってから一ヶ月と経たないうちに。あまりにも異常な成長速度。世界最速という言葉で片付けていい話ではない。

 

「それと、ベルに黒いゴライアスとタイマン張らせたらしいな」

「……」

「勘違いせんといてな。別に、あんたのやり方に口を出す気はないんや」

「ロキ、僕は彼の指導に大いに不満ありなんだけど」

 

 ヘスティアの口調には抑え切れない怒りで滲んでいた。

 

「アリマ、忘れたとは言わせないよ。ベル君を死なせたら、僕は絶対に君を許さないって言ったよね」

「ああ、覚えている」

 

 覚えているなら、何故──!

 ヘスティアは机を両手で叩き、椅子から立ち上がる。

 

「ベル君が君との特訓に一生懸命だから、止めることはできない。だけど、あんな無茶苦茶な鍛え方じゃ、いつ死んだっておかしくないじゃないか!」

「あの程度ならベルは死なない」

「それは結果論だよ!」

 

 アリマとの間を遮るように、ロキはヘスティアの前に腕を伸ばした。

 

「話が進まへんから、どチビは黙っときい」

 

 ヘスティアは渋々と席に着く。

 

「ただ、そろそろ話してもええんやないか? アリマはベルを強くして、どうしたいんや」

「……」

 

 3人の神に囲まれても、アリマは眉一つ動かさず、押し黙る。

 

「俺はオラリオの外に出て、自分自身で様々な事柄を見聞きし、様々な人と出会ってきた。でも、初めてだよ。人の考えが全く読めなくて、気味が悪いと思うのは」

 

 今まで一言も喋らずにいたヘルメスが、とうとう口を開いた。

 普段の飄々とした態度が嘘のように、帽子から覗く彼の面持ちは真剣そのものだ。

 

「もしかして── 君の考えていることは、オラリオを壊滅させるような、何か良からぬことなんじゃないか?」

 

 ヘルメスの予想に、ロキは不愉快そうに眉をひそめた。

 ロキが眷属(我が子)に注ぐ愛情は本物だ。眷属がテロリスト扱いされれば、彼女が不快に思うのも当然である。

 

「おいヘルメス、冗談が過ぎるで」

「本気だよ。俺は本気で言っている」

 

 普段のヘルメスなら、ここで軽口の一つでも叩くだろう。しかし、今回ばかりはロキに一切の目もくれず、ただアリマを見つめる。

 

「この場において、言い逃れも黙秘も、一切許さない。さあ、吐いてもらおうか」

 

 アリマは少し考える様に目を伏せてから、口を開いた。

 

「世界を救うため、じゃないか?」

 

 一瞬、3人の思考が停止する。まるで時が止まったように、部屋の中が静まり返る。

 

「……嘘は、ないみたいだね」

 

 ヘルメスの呟きが静寂を破る。

 神に嘘は通用しない。それは絶対であり、抜け道はない。

 アリマは本気で、世界を救うためにベルを強くすると言っている。

 普通なら、狂人の戯言として片付けるだろう。しかし、発言者はあのアリマだ。そんな言葉でも説得力がある。

 

「……世界を救う? 何だよそれ、そんなことがベル君と何の関係があるんだ! ふざけるのも大概にしろ!」

 

 ヘスティアが声を荒げるのも無理はない。

 アリマの言葉だけでは、あまりにも謎が多すぎる。世界を救うことが、ベルを強くすることに何の関連があるというのか。

 

「これ以上喋る気はない」

 

 アリマは椅子から立ち上がり、部屋のドアへと歩く。

 ヘスティアは椅子から立ち上がる。アリマから何も聞き出せていない。このまま行かせては、結局何も分からないままだ。

 

「まだ話は──!」

 

 アリマは立ち止まり、ヘスティアを見る。

 ゾワリ、と背中に嫌な感覚が疾る。ヘスティアは言葉を続けることができなかった。まるで見えない何かに押さえつけられているように、ヘスティアの全身が動かない。

 目だ。アリマのあまりに冷たい目に、気圧されてしまったのだ。どこまでも暗く、深い目。まるで、そこだけが世界から欠落しているように。

 アリマが再び歩き始める。

 ロキとヘルメスも、ただアリマを見ていることしかできなかった。ヘスティアと同じように、アリマの重圧で動けない。

 アリマが部屋から出て、扉を閉める。扉が閉まる音がしたと同時に、3人を覆っていた重圧が消え失せた。

 

「……すまんかった。この通りや、2人とも。詳しい話は、ウチが絶対に聞き出す。だから、今日は堪忍してくれへんか?」

 

 ロキは椅子から立ち上がると、頭を下げた。悪神と称された彼女が頭を下げるなど、滅多なことではない。

 どんな思いで頭を下げているのか、ヘスティアとヘルメスには痛いほど伝わった。

 

「分かったから、もう行きなよ。早くしないと追いつけないよ?」

「俺も今日は満足かな。ロキが頭を下げるなんて珍しいものを見れたしね」

「……ありがとな」

 

 お礼の言葉を照れ臭そうに言い残し、ロキは部屋から飛び出した。

 

「アリマ!」

 

 廊下を歩くアリマの背中が見えた。

 ロキの声が聞こえているはず。しかし、アリマは足を止めなかった。

 

「アリマ」

 

 最初よりも小さく、穏やかな声。

 しかし、アリマは足を止め、振り返る。

 そこには、全身から橙色の光を発しているロキがいた。

 神威。地上に降り立つ神に許される、数少ない権能。本来なら神の存在を知らしめ、畏れを抱かせるためのそれ。しかし、ロキの発する神威には、我が子を慰めるような優しさと暖かさが含まれていた。

 

「なあ、アリマ。あんたの知ってること、少しでもいいからウチらに話してくれへんか? 話すってだけでも、以外と楽になれるもんなんやで」

 

 アリマに歩み寄り、彼の右手を両手で包み込むように握る。

 アリマの表情に変化はない。ただ、少しだけ悲しそうな顔をしていた。

 時間だけがゆっくりと流れていく。

 

「……すまない」

 

 すり抜けるように、アリマの右手がロキの両手から離れていく。

 アリマはロキに背を向け、歩き出した。彼の背がどんどん小さくなっていく。

 

「……アリマ」

 

 ここまでやっても、話してくれないのか。

 どうすれば話してくれるのか、ロキはもう何も分からなかった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 最速でLv3に昇格したベルは、オラリオでより一層注目を集めるようになった。しかし、彼の生活に特段の変化はない。

 強いて言えば、アリマの稽古が更に厳しくなったくらいか。

 Lv3になってから初めての手合わせは、何をされたか分からないまま地面を転がされた。何百回と地を這い蹲って最近、ようやくアリマの動きが見えてきた。

 稽古の一環として、ベルは今日もダンジョンに潜っている。メンバーはリリルカ、ヴェルフ、そしてアリマの4人だ。

 彼らがいるのは19階層。

 ダンジョンの床や壁、天井までが木の外皮のような物質でできている。まるで巨大な木のうろの中にいるようだ。

 内部に繁殖している苔が月明かりのように青白く発光する。それを光源として、ベルたちは前へと進む。

 ピタリ、とアリマが足を止める。

 アリマが足を止めるのは、決まってモンスターの大群が現れたときだ。ベルたちは緊張した面持ちでそれぞれの武器を構える。

 

「グオオオォォ!!!」

 

 猛々しい足音が響く。地面が揺れる錯覚を覚える。

 四肢で地面を蹴りながら、その巨体からは想像できない速度で迫る熊型のモンスター、バグベアー。

 1匹だけではない。その数は通路の横幅を埋め尽くすほどだ。

 

「ベル」

「はい!」

 

 アリマの掛け声を合図に、ベルが駆ける。

 まず、先頭にいたバグベアーが倒れた。ベルがすれ違うほぼ同時だった。ヴェルフとリリルカには、ベルがどの武器でバグベアーを倒したのかさえ分からなかった。

 ベルがバグベアーの波に飛び込む。中からは、苦痛に満ちた獣の断末魔と、肉を切り裂く音が聞こえてくる。

 障害は踏み潰すとばかりに突き進んでいたバグベアーの群れがピタリと足を止めた。

 

「っ!」

 

 数匹のバグベアーがベルの足止めを逃れ、その内の1匹がヴェルフに襲いかかる。

 ヴェルフは咄嗟に左に跳ぶ。

 ついさっきまで立っていた地面に、バグベアーの巨腕が叩きつけられる。

 攻撃を外し、体勢を崩すバグベアー。ヴェルフはその隙を狙い、太刀で横一閃に切り抜ける。しかし、バグベアーは倒れなかった。厚い毛皮が邪魔をし、殺すまでの傷に至らなかったのだ。

 バグベアーが前足を振り上げる。

 反撃が来る! そう思った瞬間、バグベアーの胸元から剣が生えた。

 バグベアーは魔石だけを残し、黒い霧となって消え失せた。

 アリマがバグベアーのいた場所にナルカミの刃を突き出しながら、静かにヴェルフを見つめた。

 

「残りは任せる」

「!」

 

 それだけ言うと、アリマはバグベアーの群れへと足を進めた。

 残ったのは、地面に散らばる魔石と、1匹のバグベアーのみ。それも、かなり怯えた様子である。

 アリマの言葉から察するに、この1匹は敢えて生かしたのだろう。

 

「大丈夫ですか? やれと言った以上、あの人は是が非でもやり通させますよ」

 

 アリマの容赦ない鍛え方を知っているからこそ、リリルカは心配そうに尋ねる。Lv2に昇格したとはいえ、今のヴェルフが相手をするには厳しい相手だ。

 

「この程度のモンスターを倒せないなら、ユキムラの整備なんて任せられないってことだろ。意地でもぶっ倒してやるよ!」

 

 ヴェルフはそう答え、太刀を構えた。

 

「バカな男がまた1人、ですか……。一応援護はしますが、期待しないでくださいよ」

 

 リリルカは腕に装着した弩をバグベアーに向ける。しかし、この弓では大したダメージを与えられないだろう。精々、バグベアーの気を向かせるくらいか。

 アリマに「両目を射ぬけばいいんじゃないか?」と言われたが、そんな変態染みた妙技はできない。

 バグベアーが咆哮を上げる。アリマがいなくなったことにより、脅威が去ったと思っているのだろう。

 つまり、バグベアーの目では、ヴェルフたちは獲物としか映っていないということだ。舐められたものだ。

 バグベアーが四肢を駆動し、途轍もない速さでヴェルフとの距離を詰める。

 自分にはベルのようにカウンターを決め、一撃でバグベアーを斬り伏せる技術はない。だが、それがどうした。不格好でいい。泥臭くてもいい。目の前の試練を乗り越えられれば。

 

「らあっ!」

 

 バグベアーの額目掛けて、力任せに太刀を振るう。

 しかし、厚い毛皮に太刀は弾かれ、寧ろ衝撃でヴェルフは後方に吹き飛ばされる。

 体勢を立て直せそうにない。背中からそのまま地面に叩きつけられる。身体の内側がズキズキと痛むが、悶えている暇はない。早く立ち上がらなければ。

 ヴェルフの視界に影が差す。顔を上げると、視線の先には牙を剥き出しにするバグベアーがいた。後ろ足で立ち上がっており、威圧感が何倍も増している気がした。

 リリルカが弩で何度も矢を放つが、矢は突き刺さることなく、まるで玩具のように弾かれる。

 地面に倒れたままのヴェルフにトドメを刺そうと、全体重を乗せた右前足を振り下ろす。この爪に切り裂かれれば、自分は──

 

「殺してみろっ…… 俺は不冷のヴェルフだっ!」

 

 己を鼓舞するように、ヴェルフはそう叫んだ。

 地面に太刀の柄を立て、切っ先をバグベアーの胸部に向ける。本能だった。考えるよりも先に身体が動いた。

 刀身がバグベアーの毛皮を突き破り、ぐずりと胸部の肉に食い込む。勢いそのまま、背面から切っ先が飛び出した。

 ヴェルフに倒れかかる寸前、バグベアーは黒い霧となって消えた。

 どうにか倒せたと、ヴェルフは安堵の息を漏らす。

 

「な、なんて無茶な倒し方を……!」

「おおリリ山。どうだ、カッコよかったか?」

「馬鹿言ってないで離れますよ!」

 

 リリルカに引き摺られながら、バグベアーの群れから距離をとる。

 ふと、バグベアーの群れの真っ只中で縦横無尽に駆けるベルの姿が見えた。

 ベルはユキムラとヘスティアナイフを手足のように操り、秒単位でバグベアーを葬っている。ヴェルフがあれだけ手こずっていたバグベアーをだ。

 このペースなら、そう長い時間がかからずに殲滅できるだろう。ヴェルフたちも、ベル自身もそう考えていた。

 ユキムラを振るい、横一列に並んでいた数匹のバグベアーの首を斬り飛ばす。気が緩んだと同時に、鋭く、冷たい殺気がベルの背中に突き刺さる。

 振り返ると、そこにはナルカミを振り上げるアリマがいた。音もなく、どうやってここまで距離を詰めたのだろうか。

 刃が振り下ろされた。このまま回避行動をとらなければ、一切の容赦なく切り裂かれるだろう。そんな殺気があった。

 左手に持つヘスティアナイフの腹で、どうにかナルカミの刃を受け止める。腕が爆ぜるような衝撃。これでまだ手加減をしているというのだから、恐ろしいことこの上ない。

 ヘスティアナイフを落とさなかったのは僥倖だ。刀身を僅かに斜めにずらし、ナルカミの刃を受け流す。

 状況を立て直そうと、ベルは後方へ跳ぶ。片手間に、右方にいたバグベアーの首をユキムラで斬り落とす。

 アリマも進行方向にいるバグベアーを斬り捨てながら、後方に跳んだベルを猛追する。一瞬にして、手を伸ばせば触れることができる距離まで詰める。

 無数に放たれるアリマの斬撃。ヘスティアナイフでどうにか凌ぐが、逆に言えば凌ぐだけで、反撃に転じる余裕がない。

 

「がっ!?」

 

 突如、背中に燃えるような痛みが奔る。

 背後には爪を剥き出しにしているバグベアーがいた。アリマの斬撃に気を取られ、バグベアーへの警戒が疎かになっていたのだ。

 アリマがその隙を黙って見逃すはずもなく、痛みで足が止まったベルの横腹に蹴りを放つ。

 骨が軋む音がした。それと同時に、真横に吹き飛ばされる。口から血を吐きながら、地面を何度かバウンドする。

 倒れたベルに殺到するバグベアーたち。ベルの姿が茶色の毛皮で埋まる。そんな状況でも、アリマは手出しせずに、ただ様子を見ている。

 閃光、そして轟音が生まれた。ベルに群がっていたバグベアーが、まとめて爆風で吹き飛ばされる。地面に叩きつけられ、魔石だけを残して消えた。

 ベルは地面に倒れながら、右手を上に伸ばしていた。ギリギリまでバグベアーを引きつけ、ファイアボルトを唱えたのだ。

 

「詰めが甘いぞ、ベル」

「はい、すみません……」

 

 ヨロヨロと立ち上がる。

 アリマとの稽古はまだ終わらない。寧ろここからが本番だ。

 その日、ベルたちは22階層まで到達し、ようやく地上へ帰還した。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 今日のベル君も、昨日とは比べものにならないくらい成長していた。いやもう、本当に楽しいわ。まるで鉄のように、叩けば叩くほど強くなる。明日が楽しみだ。

 あと、ヴェルフ君も意外と頑張ってくれている。偶にはいい修行になると思って、足止めを任せたつもりなのに、まさかぶっ倒しているとは……。

 それでこそ、ユキムラを任せるに相応しい男だ。どんどん成長して、ユキムラを強くしてもらいたい。個人的にだが、カネキ君にはユキムラで有馬さんと戦って欲しかった。

 地上に戻った頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。ついつい夢中になって、ベル君を鍛え抜いてしまった。ダンジョンに潜っていると、いつも時間感覚が狂ってしまう。

 ギルドに立ち寄り、回収した魔石を換金してもらった。リリ山さん曰く、普通の冒険者の稼ぎの何百倍らしい。サンタのような袋を背負っているから、何となくそうかもなーとは思っていたが。どんだけ嬉しいのか、目が金になっていた。

 これだけ儲けれたのも、白い死神の名の通り、ダンジョンにいるモンスターをぶち殺しまくったからだろう。そこにベル君も加わったのだから、それこそモンスターからしてみれば死神大行進だ。

 換金中、エイナさんがバグベアーの魔石が大量に混じっているのに気付き、どれだけ深く潜ったのか聞いてきた。正直に22階層まで潜ったって言ったら、エイナさんは白目になっていた。

 それと、目出度いことにリリ山さんがファミリアから脱退する資金が集まったらしい。脱退し次第、ヘスティアファミリアに改宗するそうだ。

 ソーマファミリアの奴らも、あれだけ釘をさせば大人しくしてるだろう。なんたって、リリ山さんが働いていた花屋を襲った冒険者を、カネキ君式半殺しにしてやったのだから。

 両手両足の骨を砕いて、致命傷にならない程度に肋骨の方も折って、これはそろそろ危ないかなってくらいにエリクサーを使って全回復させる。これを何セットか繰り返して、103本分骨を折ってやった。蝶形骨を折ったときは非常に気持ちよかったぞ。

 全員、面白いくらいに顔を青くしていた。客観的に見れば完全にやり過ぎだが、神酒なんて飲ませて、俺を懐柔しようとしたお前らが悪い。その程度で有馬さんをどうこうできると思ってるなんて、片腹大激痛を通り越して不愉快極まりなかったわ。

 リリ山さんが無事に脱退できるのを祈りながら、ベルたちと別れる。方向が違うのは俺だけだから、独りぼっちになってしまった。少し寂しい。が、丁度いいかもしれない。

 人通りの少ない裏路地を選びながら、黄昏の館へ向かう。地上に戻ってから、ずっと誰かに尾行されている。最初はベル君が目的かと思ったが、ベル君と別れた後でも俺の方にいる。どうやら目的は俺らしい。

 アリマ信者かと思ったが、どうにも違う気がする。どう言えばいいのか…… 視線に悪意が混じっているのだ。

 建物と建物で挟まれた、細い細い一本道。そろそろ頃合いだと判断し、足を止める。

 ほらほら、さっさと出て来い。まさかこんな状況でまだバレてないと思うほど馬鹿じゃないだろう。

 しばらくすると、背後の曲がり角から誰か出てくる気配がした。暗くて見えねえだろうが。もっと近くに寄れ。

 

「流石です、気づいていましたか」

 

 そう言いながら、こちらに歩いてきたのは、馬尻ヘアーをした男だった。

 

「誰だ」

「申し遅れました。私はアポロンファミリアの団長、ヒュアキントス・クリオという者です」

 

 アポロンファミリアだあ?

 アポロンって、あの男版フレイヤみたいな神だろ? しかも見初めるのは男が多いという、どっかの馬鹿祭りみたいな性格の。

 そんな(29)が今更何の用で…… あっ、もしかして。

 

「ベルのことか?」

「……話が早いですね。こちらとしては、助かりますが」

 

 やっぱり、狙いはベル君か。フレイヤと同じで、ベル君を自分のものにしたいってことだろう。

 どうしてこう、俺が先に目をつけたってのに、横から邪魔する奴が多いんだ。

 

「ベル・クラネルについて、アポロン様から話があるそうです。どうにか我らが本拠にお出でいただけないでしょうか?」

「……案内しろ」

 

 非常に気が進まないが、ここで行かない手はない。余計な事をする前に、脅し── じゃなかった、話し合いをしなければ。

 何か仕掛けてくる前に、話し合う機会をくれただけまだマシだ。これでベル君にちょっかい出そうものなら、本気モードでアポロンファミリアに凸っていた。

 

「ええ、こちらです」

 

 ヒュアキントスはクルリと背を向け、来た道を引き返す。ついて来いということだろう。仕方ないので、ヒュアキントスの後ろを歩いた。

 このまま姿を消して、目的地に先回りしたらどんな表情をするのだろう。

 




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 (執筆速度速いなあるほーすは!)って思われたいこの頃です。

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