ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか 作:あるほーす
とある建物の、とある部屋。
太陽のように明るい金髪の男と、真冬の山巓に広がる雪景色のように寂しくも美しい純白の髪の男が、向かい合ってソファーに座っている。
金髪の男はアポロン。白髪の男はキショウ・アリマだ。
2人の間はテーブルで挟まれている。テーブルの上には来客用の飲み物とお茶菓子が置かれているが、アリマが口を付けた様子はない。
アポロンの背後には何人もの冒険者が控えており、まるで使用人のように、直立不動のまま動かない。
「初めましてだね、白い死神」
「……」
アポロンが微笑みかけるも、アリマは無表情のまま口を噤む。
無礼とも言える行為。団員たち── 特にヒュアキントスにとってあまり気分の良いものではなく、それとなくアリマを睨む。口頭で注意することは、アリマの威圧感が許さなかった。睨めただけでも、よくやったと褒めるべきだろう。
しかし、アポロン自身はアリマの無視を気にする様子はなかった。
「君を呼んだのは他でもない。ベル・クラネル君の件についてだ」
ベル・クラネルの件で呼ばれたとは薄々感づいていたのだろう。アリマは特に反応を見せない。
「確かに君を師事すれば、ベル君は強くなるだろう。だけど、どうにも不安を拭えないんだよ。君のせいで、ベル君の真っ直ぐな瞳が曇ってしまう気がしてね」
アポロンの目が細くなった。
「率直に言おう。彼から手を引いてほしい」
アポロンがその言葉を発した瞬間。
アリマから感じる威圧感が何十倍にも膨れ上がり、変容した。ありとあらゆる負の感情が混ざり合い、途轍もない濃度となって降り注ぐ。モンスターなんかのそれより、何十倍も恐ろしい。
部屋に居合わせている大半の団員は、あまりの恐怖に立っていられず、その場に力なく座り込む。ヒュアキントスを筆頭とした上位陣ですら、今立っているだけで精一杯だ。
これが、これが本当に人の子なのか? アリマの変わり様に、神々の一柱であるアポロンですら冷や汗を流す。
「……」
アリマは何も言わない。ただ無言でアポロンを睨む。アポロンたちにとっては無限にも感じるような時間が過ぎてゆく。やがて、アリマが口を開いた。
「どうしても俺からベルを引き離したいのなら」
アリマは一度口を閉じ、言葉を区切る。
「俺を殺してみろ」
短く言い放った言葉に、部屋に居合わせるアリマ以外の全員が唾を飲む。
この短い時間でも、アリマは口数が少なく、冗談を言うような性格ではないと理解するには十分だった。
つまり、本気でそう言っているということだ。アリマからベルを引き離すには、彼を殺すしかない。
人を殺す手段はありふれている。しかし、どうすればこんな威圧感を放つ化け物を殺せるというのか。アポロンたちには見当もつかない。
「面白いことを言うじゃないか」
負けじと、アポロンも不敵に笑う。
「だが、それでは我々に勝算がない。ここは1つ、ゲームでも──」
次の瞬間には、アポロンの首元にIXAの切っ先が突き付けられていた。
アリマがほんの少しでも力を入れれば、IXAの切っ先はアポロンの喉を容易く貫くだろう。
ヒュアキントスたちは過剰すぎるほど、全身全霊で目の前の男を警戒していたはずだ。それなのに、予備動作どころか、武器を出す瞬間すら目にするのに能わなかった。
「選択肢を提示できるのは強者だけだ」
アリマの言葉が静寂を破る。
「貴様っ!!」
ヒュアキントスがアリマに襲いかかる。主に武器を突きつけられた怒りが、アリマへの恐怖を上回った。
しかし、怒りによって突然アリマを上回る強さになれる訳でもない。アリマは空いている右手でヒュアキントスの首を掴むと、そのまま地面に叩きつけた。
轟音と共に、ヒュアキントスが顔面を叩きつけられた地面に亀裂が走る。
「か、はっ……!!?」
ヒュアキントスが呻き声をあげる。
一応、アリマは殺さないように手加減したらしい。しかし、一刻も早い治療が必要な怪我であることには変わりない。
数人の団員がうつ伏せになっているヒュアキントスに駆け寄り、ポーションを飲ませるなどして応急処置を試みる。
「選べ。ここでファミリアを壊滅させられるか、二度と俺たちに関わらないか」
アリマはその様子を横目で見ながら、そう呟いた。小さな声なのに、部屋全体に響き渡った。
「気が早いよ、アリマ。そのゲームには君にとっても利点がある」
ほんの少しだが、アリマの目の端が動いた気がした。しかし、何も言わずにIXAを突きつける状況は変わらない。
「もし我々がゲームに負けたら、君の言うことを何でも聞こう」
「……聞かせろ」
そう言うと、アリマはIXAの切っ先をアポロンの首から外した。そして、何事もなかったようにソファーに座り直した。
誰かが安心したように一息吐く。今にも破裂しそうな風船のように張り詰めた空気が、幾分かマシになった。
「そうだな…… 戦争遊戯なんてどうだい? ただし、戦うのはベル君という条件でね。君がゲームに参加してしまったら、それこそ出来レースになってしまう。ベル・クラネルが勝てば、君の勝ち。負ければ、我々の勝ちということだ」
戦争遊戯。派閥間で行われる、神と神の代理戦争である。その形式は一騎打ち、攻城戦など多岐に渡る。
「そのゲーム、受けよう」
アリマは一切躊躇することなく、アポロンの話に乗った。
片や、戦力になる眷属をたった1人しか擁していない弱小ファミリア。片や、Lv3を筆頭とする何百人もの眷属を擁するファミリア。
普通に考えれば、一騎打ちを除けばヘスティアファミリアが圧倒的に不利だ。こんな話に乗る者なんていないだろう。
しかし、アリマは一切の躊躇なく、アポロンのゲームを受けた。
アポロンも少し意外そうな顔をした。ハンデを提示する前に、ゲームを受けるなんて。最小のハンデで納得させるのが本番だと思っていたのに。
「随分とベル・クラネルを信頼しているんだね。まだハンデも決めてないうちに」
「必要ない」
「は?」
アリマの一言を聞き、アポロンの表情が驚愕で染まった。思わずソファーから身を乗り出す。
「ま、まさか君……!? ハンデもなしに、ベル・クラネルを我々と戦わせる気なのか!?」
アリマは何も言わない。しかし、深い海の底の様な瞳が、何よりも雄弁に語っている。
「……君は私のファミリアを過小評価し過ぎじゃないのか!? 確かにベル・クラネルは特別だが、Lv3に成り立ての冒険者1人が我々に何をできるというんだ!」
アポロンの表情が怒りで歪む。
アポロンファミリアの団員たちは、アポロン自らが見出してきた。執念深くスカウトを続け、改宗させた者も少なくない。
アリマの行為は、アポロンのコレクションを侮辱するにも等しいものだった。
たった1人。ベル・クラネル1人で、アポロンファミリア全員に勝てると、アリマは本気で思っているのだ。
「ふ、ふふ…… 君はどうやら、ベル・クラネルを手放すのをご所望なようだね」
「どう受け取ってもらおうと構わない」
「次の神会で、戦争遊戯の競技を決めるのを楽しみにしてるよ。誰か、アリマを出口まで案内したまえ」
アリマを出口まで案内するとはつまり、手綱なしの獅子を横に連れながら、長い間歩き続けるようなものだ。
ヒュアキントスはアポロン様のご命令ならばと、嫌な顔一つせずにアリマを本拠まで案内する役目を引き受けた。しかし、そんな彼が倒れた今、誰がそんな恐ろしい役目を買って出るというのか。
至極当然な流れで、誰もが第三者に押し付けようとする。その第三者は──
「あの、何で私を見るんですか……!?」
カサンドラ・イリオンだった。
幸か不幸か、彼女は予知夢を視ることができる。しかし、周りは誰も信じてくれない。カサンドラの言葉はいつも、妄言として受け止められる。
それでも、カサンドラは悪い夢を視たときは、何度も忠告をする。今回だって、ベル・クラネルに手を出して、アポロンファミリアが敗北する夢を見た。その夢を見てから今日まで、ベルを勧誘したら大変なことになると言い続けてきた。そんなカサンドラを、アポロンファミリアの団員たちは半ば本気で鬱陶しがっている。
悲しいことに、アリマの生贄に選ばれるのは必然だった。
「ダ、ダフネちゃん……」
親友のダフネ・ラウロスに助けを求める視線を投げかけるが、何も言わずに顔を逸らされる。
ダフネだって余計なことをして、お冠のアリマに近づくようなことはしたくない。
全員の目がカサンドラに突き刺さる。彼女の逃げ道は完全に塞がれた。
「……ぁ、案内しますぅ」
「よろしく頼む」
それから、カサンドラの地獄のように胃が痛い時間が続いた。
こんなに長かったっけと思いながら、玄関に繋がる廊下を歩く。アリマは何も言わずに後ろを歩くが、だからこそ怖い。怖すぎる。
ようやく玄関が見えてきた。気分はゴールテープ間際のマラソンランナーだ。謎の達成感がカサンドラの胸を満たす。
「お、お出口はあちらです!」
「ありがとう」
それだけ言うと、アリマは玄関へと向かっていった。
アリマの背中を見ながら、恐怖から解き放たれた安堵を籠めた息を吐く。
「──ッ!!??」
頭の中に流れ込むイメージ。
黒雲が空を覆い、あちこちからは火の手が上がり、瓦礫が散らばっている。まるで世界の終わりか何かのような場所。その場所に既視感を感じるのは何故だろうか?
答えは簡単だ。そこが、その場所こそがオラリオなのだから。
やはり無表情のまま、その地獄の中心で佇むアリマ。彼の足下には、血を流し、地面に倒れているベル・クラネルがいる。
アリマが右手に持つIXAをベルに突き刺そうとした所で、ブツリと映像が切れた。
「──ぁっ、ああああ……!!??」
口元を手で押さえながら、カサンドラは地面に座り込む。
起きている状態で、未来を視るのは初めてだった。しかも、寝ているときよりも、そのイメージは鮮明だった。
どうして、寝てもいないのに未来を。そんな疑問は、恐怖によってあっという間に塗り潰される。
まるで心臓を手で鷲掴みにされたかのような不快感が残っている。イメージを通して、ここまで感覚が伝わってきたのは初めてだ。
この光景の意味を知るのは、そう遠くない未来である。
▲▽▲▽▲▽▲
「──という訳で、ベルにはアポロンファミリアと戦ってもらう」
ヘスティアファミリアの本拠であるオンボロ教会に足を運び、ベル君たちに事の経緯を説明した。
「という訳じゃないですよ! 何で断らないんですか!!」
「つい」
リリ山さんのツッコミが炸裂する。
いやだってね、ベル君が勝てたら、(29)が何でも言うことを聞いてくれるんだよ? 受けない手はないじゃん。
「アリマさん、戦争遊戯はいつなんですか?」
肝心のベル君はというと、外見はいつも通りの様子だった。まあぶっちゃけ、18階層の黒いゴライアスを無茶振りしたときに比べれば、アポロンファミリアとの戦争遊戯なんてマイルドだしな。
「1週間後だ」
「……分かりました」
俺的には今日でも良かったんだけどね。とはいえ、折角時間があるんだ。念には念を入れて、この1週間はベル君をみっちりと鍛えるつもりだ。
それにしても(29)め。まさか、俺とベル君を引き離そうとするとは。勘の良い奴め。
まあ、仮にベル君が負けたとしても、そんな約束ブッちすればいいんだけどね。呪いや誓約がある訳でもなし、普通に会いに行きます。邪魔するんなら、手間だけどその度にぶっ潰せばいいしね! そう思うと、こんなことして何の意味があるんだろうと思う。
「まあ、もういいです。アリマ様のそういった所は今に始まったことじゃないですし。それで、戦争遊戯の種目は何なんですか?」
「攻城戦だ」
「……はあ!!?? 攻城戦!!!??」
リリ山さんが素っ頓狂な声を上げた。
そんなに驚くことかなあ。
「はっ、えっ、何で攻城戦になったんです!? 普通に考えて、そこは一騎討ちとか、そういう種目になるはずでしょう!!」
「クジで決めたから」
「クジ!!? なんっ…… こっちが圧倒的に不利じゃないですか!!?」
俺がハンデなんて必要ないって言ったからじゃない? 知らんけど。
ちなみに、クジを引いたのは俺だったりする。今回の戦争遊戯の利害関係人ということで、特別に神会に出席させてもらった。
戦争遊戯はその性質上、ファミリア総出で行う種目が多い。クジで決めようとすれば、攻城戦みたいな種目になるのは当然である。アカギ張りの豪運がないと、一騎討ちなんて引けねえよ。
俺としては、別にどんな種目でも構わないのだが。なんなら、どちらかが全滅するまで戦い続ける、デスマッチでもいいのだが。戦いは相手を殺すまで続くものだ。
「ぐぬぬ……!」
さっきから紐神様が複雑そうな顔をして唸っている。今までスルーしてきたが、ジャガ丸くんの食べ過ぎで腹でも痛いのだろうか?
「ベル君をアリマから引き離す好機でもあるけど…… アポロンのファミリアに負けて欲しくない……!」
ああ、そういう……。
▲▽▲▽▲▽▲▽
ベル・クラネルにとって、キショウ・アリマは特別な存在だ。
憧れであり、同時に背中を押してくれる人でもある。嬉しかった。両親の顔も知らない自分に、父親ができたような気がして。
しかし、アポロンファミリアの戦争遊戯で負ければ、アリマがいなくなってしまう。
思い出すのは、育ての祖父がいなくなった日。あの日の自分は、家族がいなくなっても泣いているだけで、何もできなかった。誰よりも、家族を失うことを恐れていたのに。
だけど、今は違う。あの日の自分に比べたら、多少は強くなれた。家族を守るために、戦える。
だから──。
「邪魔な芽は、摘まなきゃ」
白兎が牙を剥く。
戦争遊戯の舞台となったのは、遥か昔にオラリオ東南の平原に築き上げられた防衛拠点、シュリーム古城。攻城戦をするには打って付けの場所だ。
ベルは1人、シュリーム古城の前方に広がる平原で佇んでいた。彼の右手にはヘスティアナイフが、左手にはユキムラが握られている。
戦争遊戯は既に始まっている。しかし、シュリーム城にいるアポロンファミリアの団員たちは、ベルを警戒してか、何もせずに様子を窺っている。
アポロンファミリアの大半の団員たちはLv2だ。レベルの差とは、ベル・クラネルといった例外を除いて、普通は覆しようのないものだ。ベルと同等か、それ以上のLvの者でなければ勝負にならない。
無為に時間が過ぎていく。アポロンファミリアの団長であり、今回の戦争遊戯における大将でもあるヒュアキントスは苛立ちを覚えていた。
「何をしている、行け! ベル・クラネルの体力を削ってこい!」
ヒュアキントスの号令と共に、アポロンファミリアの団員たちは動き出す。
シュリーム古城から出てきた多数のアポロンファミリアの団員たちが、ベルに押し寄せる。
ベルは背中を向け、一目散に逃げ出した。人数の差を改めて実感して、怖気付いたのだろう。アポロンファミリアの冒険者たちはベルを追いかける。
ベルは背中越しに振り返り、追いかけてくるアポロンファミリアの団員たちを見て、口元を吊り上げる。戦力を分散させるため、リリルカが変身魔法シンダー・エラでベルに化けているのだ。
「後はお願いします、ベル様」
シュリーム古城の背面から、壁が叩き割れるような音がした。
偶然そこに居合わせたアポロンファミリアの冒険者たちは、壊れた城壁の向こう側に信じられない光景を目にした。
漆黒の槍をその手に携える、純白の装備に身を包んだ襲撃者がいた。
惚けている場合ではない。武器を構えなくては。誰かがそう思い、剣を引き抜こうとした次の瞬間、全員が地に沈んだ。地面に倒れたまま、誰も起き上がらない。完全に意識を刈り取られたようだ。
襲撃者は、そのまま上の階へと向かった。
▲▽▲▽▲▽▲▽
シュリーム古城の最上階。ヒュアキントスと護衛の冒険者たち数人は武器を構え、襲撃者を待ち構えていた。下の様子を見に行かせた団員たちは帰ってこない。恐らく、襲撃者に倒されてしまったのだろう。
ヒュアキントスは混乱していた。ベルは城の外で逃げ回っているはずだ。では、今、誰が自分たちを襲撃してるというのか。ヘスティアファミリアには、ベルとリリルカという小人の2人だけだったはずだ。まさか、小人がこの事態を引き起こしているとは思えない。
誰かの足音が聞こえた。その間隔は悠然としている。この状況でそんな足音を響かせることができる者は、襲撃者以外にいない。
音が大きくなるにつれて、心臓が脈打つ音も大きくなる。そして、とうとうヒュアキントスたちの前に襲撃者が姿を現した。
「こんにちは、ヒュアキントスさん」
見間違うはずがあるか。心酔してやまない我が主神に突き付けられた漆黒の槍、IXA。
見間違うはずがあるか。我が主神に見初められた冒険者、ベル・クラネル。
何故、ベルがここにいる。何故、アリマの武器であるはずのIXAを握っている。そんな疑問を吹き飛ばすように、地面から漠然とした嫌な気配が放たれる。
IXAの切っ先が消えている──。
地面を蹴り、その場から離れる。
すると、まるで杭のように、地面からIXAの切っ先が生えてきた。IXAの遠隔起動。ヒュアキントスはその機能を知らなかったが、今回ばかりは勘が冴え渡った。
「……外した」
ベルは溜息を吐きながら、心底残念そうな目でヒュアキントスを見る。
「貴様、何故ここに……!?」
「答える必要がありますか?」
ベルは瞬く間にヒュアキントスとの距離を詰め、その勢いを利用して突きを放つ。
この接近に気付けたのはヒュアキントスだけで、他の団員たちは呆然としている。
ヒュアキントスは紅蓮の波状剣── 太陽のフランベルジュでIXAの根元を叩き、どうにか軌道を逸らそうとする。右脇腹が僅かに抉られる。致命傷は回避できたが、それが限界だった。
痛みが意識を支配する。その隙をつかれたのか、ベルは既にIXAを引き戻し、再び突きを放てる体勢になっていた。
やられる──。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
「団長!」
ヒュアキントスの側に控えていた団員たちが一斉にベルに斬りかかる。
その様子を横目に見ていたベルはIXAを真横で円を描くように振るい、団員たちを返り討ちにする。
極短い時間だったが、ヒュアキントスがベルから距離をとるには十分だった。
「我が名は愛、光の寵児。我が太陽にこの身を捧ぐ。我が名は罪、風の悋気。一陣の突風をこの身に呼ぶ。放つ火輪の一投── 来れ、西方の風!」
右腕を突き出し、呪文を唱える。
体内の魔力が活性化する。活性化した魔力は右腕に集まり、掌の上に燦々と煌めく真円の円盤を形成する。
「アロ・ゼフュロス!」
ベルに向かって一直線に放たれるアロ・ゼフュロス。
「赤華!」
ヒュアキントスがそう唱えると、ベルの眼の前で円盤が爆発した。
黒煙が上がり、ベルの姿を隠す。
倒せたか……? いや、倒れてくれ!
しかし、ヒュアキントスの祈りにも似た思いは届かなかった。
黒煙が晴れた先にいるのは、IXAの防壁を展開したベルだった。傷は1つもない。
「なんっ…… 何なんだ、何なんだお前は!」
ヒュアキントスがそう叫んだと同時に、ベルはヒュアキントスの腹部をIXAで貫いた。
「すみません。僕はもう、家族を失いたくないんです」
大将のヒュアキントスが倒れた今、ヘスティアファミリアの勝利が確定した。
▲▽▲▽▲▽
バベルの30階。神会の会場として使われている場所に、アポロンとヘスティアを含めた数々の神が揃っていた。
彼らは全員、戦争遊戯を目当てに、この場に集まった。戦争遊戯の結果を予想しながら、楽しく飲めや歌えやの馬鹿騒ぎをするつもりだったのだが──。
「馬鹿、な…… 我々のファミリアが、負けた……?」
鏡を覗きながら、アポロンが信じられないように呟く。
たった1人の冒険者を相手に、眷属たちが何もできないまま負けた。それこそ、傷一つ付けることすら叶わず。ヒュアキントスも含めて複数の団員は、ベルと同じLv3である。決して、絶望的なLv差がある訳ではない。
それなのに、ここまで手も足も出ないものなのか。他の神々も、あまりの異常事態にざわついている。
「勝負がついたな」
いつの間に紛れ込んでいたのか、アリマは扉の隣の壁に寄りかかっていた。彼の足元には白いアタッシュケースが置かれている。
「アリマ……!」
アリマはコツコツと足音を響かせながら、悔しそうに顔を歪ませているアポロンに近付く。その手にはアタッシュケースが握られている。
「……何が望みだい、白い死神」
絞り出すような声で、アポロンはそう言う。
アリマは何を望むのか。他の神々は興味津々で、その様子を見守る。
やがて、アリマが口を開いた。
「その右腕」
空気が凍る。
この男は── この男は今、何を言った!?
「──はっ?」
次の瞬間、アポロンの右腕が飛んだ。
感想・評価ありがとうございます。励みになります。
そんなみんなに親指アターック!