ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか   作:あるほーす

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 ラウルさんのステイタスを大公開だ!

 Lv5
 力 :S 999
 耐久:S 999
 器用:S 999
 敏捷:S 999
 魔力:S 999
 対痛:A
 対異常:G
 治力:I

《魔法》
【T-human】
・速攻魔法
・雷属性
・アリマさんのナルカミの劣化。ナルカミを使うフラグ……?

《スキル》
【器用万能】
・あらゆる武器の扱いに精通。器用に上方補正。しかし、本人曰く平凡の域を出ないらしい。平凡詐欺乙!

発展アビリティの補足です
【対痛】
・痛みに耐えることができる。どうしてそんなのを習得したかというと、アリマさんとの特訓でお察し。





 オラリオの北東のメインストリートの周辺は、工業地帯が集まっている。また、ヘファイストスファミリア団員の工房もこの区画にあり、当然彼らの本拠もここにある。

 ヘファイストスファミリアの本拠のとある一室で、その部屋の主であるヘファイストスと、来客であるアリマがいた。

 ヘファイストスは椅子に座り、目の前にある机に肘をつきながら手を組み、顎を乗せている。その表情は険しい。

 アリマはというと、ヘファイストスに睨まれながらも、無表情を貫いている。その手にはナルカミやIXAとはまた違う、大きなアタッシュケースがぶら下がっている。

 

「新しい武器を造ってほしい」

 

 アリマはアタッシュケースを机の上に置き、荷物を取り出す。出てきたのは包帯で巻かれた人の腕のような物体と、巨大な龍の翼のようなドロップアイテムだった。

 

「見たことのないドロップアイテムね」

 

 鍛冶系のファミリアを立ち上げてから随分と長いが、こんなドロップアイテムを見たのは初めてだ。

 見た者の視線を釘付けにするような、艶のある黒色。いっそ、名のある職人の工芸品と言われた方が納得できる。

 ヘファイストスは机の上に置かれた翼を指でなぞる。この素材をドロップしたモンスターはもう死んだはずなのに、指先から迸るような生気を感じる。触っただけで、その素材がどれだけ上質か理解した。

 

「……深層にいたモンスターのドロップアイテムだ」

 

 それだけ言うと、アリマは口を閉じた。これ以上話す気はないようだ。

 ヘファイストスとしても、この素材の話を無理に聞き出そうとは思わない。しかし、もう一方は別だ。

 

「新しい武器、ね。アポロンの腕を削ぎ落としたのは、そのためなのかしら?」

 

 ヘファイストスは包帯で巻かれた物体に視線を落とす。

 

「ああ」

 

 極めて短く、アリマはそう答えた。

 

「神の肉体を素材扱いね……。ほんと、いい性格してるわ。ねえ、自分が何をしたか理解している? 悪い意味で、世界中があなたの話題で持ちきりよ」

 

 アリマがアポロンの右腕を斬り飛ばしたという話は、既に世界中に伝播している。知らない者はほとんどいない。

 それほどまでに、アリマのしたことは衝撃的だった。

 

「それがどうした?」

「どうしたって、あなたね……。ロキファミリアにも、随分と迷惑をかけるんじゃない?」

「ああ」

「ああ、の一言で済ませていいのかしら」

 

 数多くの神が、アリマをオラリオから追放するべきだとロキに訴えかけている。また、口には出さないものの、アリマの理解不能の行為に恐れを抱いている者も少なくない。

 しかし、その要求を他でもないロキは突っぱねているのと、アポロンの何でもするという約束があった上での行動なので、アリマは咎めなくオラリオにいることができる。

 

「災難なのはアポロンね。まあ、自業自得とも言えなくはないけど」

 

 アリマに右腕を斬り飛ばされたアポロンはベルを諦めるどころか、ファミリアを解散し、ヒュアキントスを始めとした付き従ってくれる眷属を引き連れて、オラリオから立ち去ってしまった。

 アリマは当然とばかりに、アポロンの右腕を斬り飛ばしたのだ。第三者としてならまだしも、当事者の恐怖は計り知れない。アリマに恐れをなし、オラリオから逃げ出すのも仕方のないことだ。

 

「それで、造ってくれるのか?」

「お断りよ、そんな趣味の悪い素材で武器を造るなんて。他の誰かに頼んでちょうだい」

「ゴブニュファミリアの方には話をつけた。IXAとナルカミのときと同じように、二つのファミリアの力を借りたい」

 

 どうやら、職人気質のゴブニュはアリマの依頼を引き受けたらしい。

 確かにあの神なら、たとえ同族の腕を素材として持ってきても、依頼を断ることはしなさそうだ。

 だが、他所は他所。うちはうちである。

 

「ゴブニュファミリアが引き受けてくれたなら、それでいいじゃないの。今回、私たちのファミリアは一切関わらないわ」

「金ならいくらでも出す」

「くどいわよ」

「……そうか」

 

 それだけ呟くと、アリマはテーブルの上にある竜の翼と、アポロンの右腕をアタッシュケースの中に押し込んだ。アタッシュケースの蓋を閉め、左手で持ち手を掴み、体の横にぶら下げる。そのまま背を向けて、ドアへと歩き出す。

 素直に帰ってくれるなら、それでいい。アリマの武器を新しく造るのに興味がないと言えば、嘘になる。あの素材でどれだけ強力な武器が造れるのか、試してみたくて仕方がない。

 しかし、ファミリアを厄介事に巻き込む訳にはいかない。今のアリマは、歩く爆弾のような存在だ。少しでも取り扱いを間違えれば、次に壊滅するのは自分たちのファミリアかもしれないのだ。

 そんなヘファイストスの心中を見透かしてか、そうでないのか。アリマはドアの前で止まった。

 

「ヴェルフにもよろしく」

 

 振り向かずに、顔を背けたまま言った。

 ヘファイストスは椅子から立ち上がり、テーブルを両手で叩く。

 アリマの弟子であるベルと専属契約を結んでいるヴェルフは、必然的にアリマにとっても近しい存在だ。ヴェルフ自身からも、何度かアリマとダンジョンに潜ったと聞いている。

 このタイミングでヴェルフの話題を切り出すのが何を意味するのか、分からないほどヘファイストスは鈍くない。

 アリマ以外の人物の発言なら、そのまま聞き流しただろう。

 しかし、この男は。どんな事情があるかは分かりないし、分かりたくもないが、強力な武器を手に入れるためだけに、神の腕まで斬りとばす男だ。

 

「アリマ、貴様!」

「……造ってくれるのか?」

 

 まるでこちらの心中を全て見透かしているような目。しかし、その目には感情の起伏がまるでない。昆虫のような目だ。

 

「……その荷物、置いていきなさい」

(ラッキー! 何か知らんけど造ってくれるみたいだ。そういやここ最近会ってないけど、ヴェルフ君元気かな? 魔剣造りの才能を、是非フクロウの製作に活かしてほしいのだが)

 

 眷属は── ヴェルフは見捨てられない。自分の右目を見て、それでも想いを寄せてくれた人なのだ。

 冒険者はただでさえ命懸けな職業だ。それこそ、事故死と見せかけて処分する方法はいくらでもある。普段から共にダンジョンに潜っている存在なら、尚更。

 フレイヤファミリアならいざ知らず、ヘファイストスファミリアにはアリマに抗えるような戦力はない。強いというだけで、あらゆるアドバンテージはアリマにある。

 なら、新しい武器を造るしか、アリマの要求を呑むしかない。

 

「だから── ヴェルフに手は出さないことね。もしもヴェルフに何か起きたら、神の力を全開にしてでも、あなたの魂を滅してあげるわ」

「……ああ」

 

 だからこうして、裏切られた場合の、死なば諸共の脅しくらいしかできない。

 それだけの覚悟を孕んだヘファイストスの絶対零度の視線で射抜かれても、アリマの無表情は変わらない。

 踵を返し、ヘファイストスの机の上にアタッシュケースを置くと、そのまま部屋の外に出て行った。

 

(最近の神様は過保護だな…… まさかダンジョンに連れて行くだけで殺気を当てられるとは。まあ、心配せずとも、ヴェルフ君に無茶な調教はさせたりしませんよ。特訓くらいならするかもだが。というかあのキレ様、なんか紐神様を思い出すな。まさか、ヴェルフ君とできてるのか!? バンジョイ枠ではなくパイセン枠だったのか!?)

 

 こうして、アリマの新たな武器の製作が始まった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 黄昏の館は今、異様な空気が漂っていた。暗闇の中、出口を求めて彷徨うかのような、そんな空気だ。

 その原因がキショウ・アリマなのは、言うまでもないだろう。

 ロキファミリアでは今、アリマの処遇をどうするかで揉めている。

 ただ強い武器を造りたいが為だけに、アポロンの腕を切り落としたのだ。あまりに常軌を逸している行動。彼をロキファミリアに留めていいのか、疑問視する者も少なくない。

 一方で、ティオナを始めとする団員たちは、これまで自分たちを何度も助けてくれたロキファミリアの英雄を信じるべきだと主張している。こちら側には、過去にアリマに助けられた団員たちが多い。彼と肩を並べて戦う実力者たちが中心となっている。

 しかし、この問題は単純な多数決や、力ある者の意見を通していいような問題ではない。どちらの言い分にも理があり、お互いに理解できるのだ。

 アリマは憧れの人であるのと同時に、どちらが化物なのか分からない強さにより、畏怖の対象とされている側面がある。だから皆、どうすればいいのか分からないのだ。

 第2軍である猫人のアナキティも、そのうちの1人だ。

 沈んだ気分を紛らわそうと、食堂に寄った。カウンターでコーヒーを注文し、少しの間待つ。

 鼻孔をくすぐる芳醇な匂いがした。カウンターに置かれたコーヒーを手に取り、座る席を探す。

 ふと、自分と同じくコーヒーを飲んでいる同期の団員を見つけた。

 

「ラウル、ここ座っていい?」

「……アキ」

 

 ラウルは小さく頷く。

 アリマに似て、相変わらず無愛想だ。苦笑いしながらも、小さな丸テーブルを挟んだ向かいの席に座る。

 

「アリマさん、大変なことになってるね」

「そうだな」

 

 他人事のような口調で、ラウルは言う。

 こんな状況でも、ラウルは平常運転のようだ。こういうときだけは、その鋼のような心が羨ましく感じる。

 

「あんた、アリマさんが何を考えているのか分かんないの? ロキファミリアの中で一番アリマさんと付き合い長いんじゃない?」

 

 ラウルはアリマを長い間師事し、第1級冒険者と何ら遜色ないLv5まで鍛え上げられ、武器まで授かった。

 そんなラウルなら、少しでもアリマのことを理解しているかもしれない。

 ラウルはというと、少し目線を伏せ、記憶を探るように黙り込んだ。少しして、口を開く。

 

「……アリマさんと組んだ最初の頃に、一度だけ言われたことがある」

「何を?」

「お前は俺に似ている。俺に似て空っぽだ、と」

「空っぽ……」

 

 空っぽ。アリマと、今のラウルを言い表すのに、これ以上の言葉はないだろう。

 だけど、知り合った頃ラウルは普通に明るく、普通に優しい男だった。どこかの町に行けば、絶対に1人はいるような。ラウルのどこが空っぽよ── そう言いたいのに、言葉が詰まる。

 アリマの言葉を聞いて、昔を思い返してみれば。彼は本当に心から笑っていたのだろうか? 今の方が、ラウルはありのままの自分を出しているのではないだろうか?

 

「ねえ、ラウルはどっちなの? アリマさんを信じるのか、信じないのか」

「……」

 

 ラウルは水面の様に静かな瞳で、アナキティを見た。

 

「……俺はキショウ・アリマの選んだものを信じる。そう決めている」

 

 やはり、ラウルもティオナたち側か。そんな思考は、ラウルの目を見てから吹き飛んでしまった。

 ラウルの目には、全てを捨ててでもアリマを信じるという覚悟があった。

 何故か、このままではラウルがいなくなってしまう気がした。

 

「だから、彼が何を考えているのか、俺にも分からない。すまない」

 

 今はアリマの考えよりも、ラウルから感じる違和感の方が大事だ。

 何か言わなくては。しかし、アナキティの言葉を遮る様に、ラウルは席から立った。

 

「用事があるから、もう行くぞ」

 

 ラウルはコーヒーカップを持ち、アナキティの横を通り抜けた。

 

「……馬鹿」

 

 ラウルの背中を見ながら、そう呟くだけで精一杯だった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 助けたい人ができた。

 その人の名は、サンジョウノ・春姫。極東出身の狐人である。

 彼女は自分と同じで、英雄譚が大好きだった。いつか物語の姫の様に、英雄に救われることを夢見ている。

 しかし、彼女は娼婦だ。救われるべきではないと、自分のことを卑下している。

 しかし、娼婦だろうと、そうでなかろうと、彼には── ベルには関係ない。助けたいから助けるのだ。

 春姫はイシュタルファミリアに属している。歓楽街を牛耳る大規模なファミリアだ。Lv4や、Lv5の団員もいる。アポロンファミリアとは違い、ベルが1人だけでどうこうできる規模ではない。

 どうすれば春姫を助けることができるのだろうか。アリマに相談したところ、至極単純かつ、明確な答えが返ってきた。彼女の身受けをできるくらいまで、金を稼げばいいと。

 あれよあれよと、ダンジョンの51階層に連れて行かれた。メンバーはアリマ、ラウルと自分を含めた3人だ。

 目的はカドモスの泉の泉水だ。ありったけ持ち帰れば、春姫の身受けをできるくらいの金にはなってくれるだろう。

 ダンジョンに潜ってから、まだ5日しか過ぎていないというのに、ベルたちは51階層に到達していた。

 3人は迷路のような道を歩く。しかし、当てずっぽうで歩いている訳ではない。アリマとラウルの2人は、地図が完全に頭の中に入っているらしい。

 時折現れるモンスターも、アリマとラウルの連携により瞬殺される。ベルの出る幕はない。足を引っ張らないようにするだけで精一杯だ。

 ある程度進み、岐路に突き当たると、アリマの足が急に止まった。

 

「二手に分かれるか」

「えっ!?」

「分かりました」

「ええっ!?」

「俺は1人でいい。ラウル、ベルのサポートをしろ」

「はい」

 

 それだけ言うと、アリマは右へ進んだ。

 ラウルが左に進んだので、ベルは慌ててラウルの後を追う。

 

「あの、サポートって……!?」

「言葉の通りだ。アリマさんは今のお前ならカドモスと戦えると判断したんだろう」

「ッ……!」

「俺も、あの黒いゴライアスを倒したお前ならやれると思う」

 

 ラウルはそれだけ言い、口を閉じた。

 ぶるり、とベルは震える。

 その言い方はずるい。本当にずるい。カドモスと戦えると、本気でそう思ってしまう。

 

「近いぞ。気を引き締めろ」

「はい!」

 

 前方にある横道は、これまで通った普通の通路とは比べて、様子が違った。地面に草が生い茂っている。

 どうやら、あの先にカドモスの泉があるようだ。

 

「行くぞ」

 

 ラウルは身を屈めながら進んだ。

 草木がラウルの姿を隠す。このまま近づいて、カドモスを不意打ちする心算らしい。ラウルに倣い、ベルも身を屈めながら進む。

 しばらく進むと、泉の前にいる巨大な二足歩行の竜が見えた。あれが、カドモス。どれだけ強いのか、肌にピリピリと突き刺すオーラで理解した。

 

「俺が先に一撃入れる。カドモスが俺に気を取られる隙に、お前も一撃叩き込め」

 

 ラウルは目にも留まらぬ速度で草むらから飛び出し、カドモスとの距離を詰める。カドモスはラウルの存在に気づいたが、あまりにも遅すぎる。

 ラウルはカドモスの右脚を狙い、ナゴミを水平に振るう。流麗な一閃。骨までは断てなかったものの、深手は負わせた。

 カドモスが痛みによる絶叫と、敵対者に対する咆哮を混ぜたような声をあげる。心臓が竦み上がる轟音。ベルの行動を一拍だけ遅らせる。

 ベルは草むらから飛び出し、カドモスに斬りかかろうとする。しかし、その一拍の遅さが明暗を分けた。

 ベルの存在に気づいたカドモスは、ベルに向かって尾を振るう。丸太のような重厚さでいて、鞭のようにしなる。空気を切り裂く音で、どれだけの威力を秘めているか思い知らされる。

 もう本体は狙うのは無理だ。このまま尾の攻撃を掻い潜ったとしても、大きなダメージは与えられない。

 ベルは尾に狙いを切り替える。

 振り下ろされたカドモスの尾に対して半身になり、同時にユキムラを斬り上げる。

 しかし、相手は強竜。迷宮の孤王を除いて、生態系の頂点に座すモンスターである。両腕に走る衝撃。堪らず手を離す。ユキムラが地面に転がる。

 

「ユキムラがっ……!?」

 

 ラウルと比べて倒しやすいと判断したのだろう。カドモスはベルに狙いをつけ、身体を反転させる。

 ベルはヘスティアナイフを構える。

 カドモスはその巨体からは想像もつかない俊敏さで、ベルに接近する。

 

「刃の当て方が悪い」

 

 そんな声が聞こえた。

 カドモスの背後から、カドモスの顔の右側まで跳び出したラウルは、すれ違い様にカドモスの右目を斬りつける。

 カドモスは眼球が斬り裂かれた痛みで怯む。再び、カドモスに大きな隙ができる。この好機をみすみす逃がすような失態は、もう犯せない。

 

「っ!」

 

 ベルもカドモスの顔の左横まで跳び、カドモスの左目を斬る。

 2人が同時に地面に着地する。

 カドモスが吼えながら、手当たり次第に暴れる。地面を陥没させ、壁を砕き回る。とてもではないが、近づけない。

 地面に転がっているユキムラを拾い、ラウルの隣まで移動する。

 カドモスの両目が潰した。つまりそれは、視界を奪ったのと同義だ。これで圧倒的な優位を──

 

「油断するな。やつは匂いで位置を特定できる」

 

 ベルの油断を見透かしたように、ラウルが警告する。

 カドモスはひとしきり暴れ回ると、冷静さを取り戻したのか、ベルたちの方へと向き直った。目が見えていないのに、正確にベルたちの位置を掴んでいる。

 

「手傷を負った獣は、形振り構わず殺しに来るぞ。気を引き締めろ」

「はい!」

 

 こうして、カドモスとの第二ラウンドが始まった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 オラリオの南東方面にある歓楽街は、他の場所とは街並みと違う。木造でできた東方の建物や、砂漠地域にある砂でできた建物など、特殊なものが多い。

 歓楽街で最も大きく、最も豪華な宮殿。イシュタルファミリアの本拠で、女主の神娼殿と呼ばれている。女主の神娼殿の最も位置の高い場所では、主神であるイシュタルが歓楽街を見下ろすように座している。

 女神イシュタル。彼女はフレイヤと同じく、美を象徴する女神である。しかし、彼女の内心は醜く歪んでいる。同じ美の女神なのに、フレイヤはオラリオの中心── バベルで踏ん反り返っている。まるで、オラリオの王とでも言いたいように。

 気に食わない。ああ、気に食わない。どうやって奴を蹴落とすか、考えなかった日はないほどだ。

 そして今日、とうとうフレイヤに目に物を見せてやれる好機が訪れた。

 

「ふふ、ようこそ2人とも」

「お、おじゃまします!」

「……」

 

 女主の神娼殿の最上階には彼女と、2名の客人が来ている。キショウ・アリマ、そしてベル・クラネルだ。

 彼らをここに呼んだのは、サンジョウノ・春姫の身受けについて話すためだ。

 頭のおかしいことに、彼らはたった数人だけで深層まで潜り、カドモスを始めとしたモンスターの魔石を山ほど持ち帰ったらしい。カドモスの泉の泉水や、ドロップアイテムも含めれば、ロキファミリアの遠征と同等の成果だ。

 春姫には超稀少な魔法がある。その効果は階位昇華。一定時間だが、他者のLvを1つ上げるという効果の、ウチデノコヅチという魔法だ。そんな魔法を持つ彼女の価値は、どれだけ金銭を積まれたとしても、釣り合うことはない。身受けなんて認めない。ベルたちにそう伝えるのが、建前の目的だ。

 イシュタルの真の目的は、アリマとベルを魅了することにある。

 この2人をイシュタルファミリアに改宗できれば、あの憎っくきフレイヤファミリア以上の戦力を保有することになる。アリマにウチデノコヅチの魔法を使えば、Lv8まで跳ね上がる。それこそ、誰の手にも負えない存在になる。最強の兵士の完成だ。

 何より、フレイヤのお気に入りであるベルを自分のものにしてしまえば、奴は怒り狂うに違いない。ベルを魅了することは、フレイヤファミリアだけではなく、キショウ・アリマも敵に回すことから、計画は頓挫していたが、こうやって師弟ごと魅了すれば話は別だ。

 イシュタルは、自分は天界で最も美しい女神だという自負がある。ロキとかいう壁パイ女や、ヘスティアとかいう胸だけが無駄にデカい女と比べれば、女としての魅力は確実に上だ。この状況なら、きっと簡単に魅了することができる。

 

「疲れただろう。この部屋でゆっくり休んでいくといい、満足するまで」

 

 妖艶に微笑みかける。どれだけ強靭な心を持つ冒険者でも、一瞬で骨抜きにできる。

 できる、はずだった。

 

「……ッ!?」

 

 イシュタルの魅了は、2人には全く効果がなかった。

 ベルは何が起こったのか分からず、キョロキョロと辺りを見回す。対して、アリマは絶対零度の瞳でイシュタルを見る。

 イシュタルは思い出す。ベル・クラネルに手を出そうとしたアポロンは、アリマに右腕を斬り裂かれたことを。今になって、思い出してしまった。

 

「もういい」

 

 アリマの息を吐くような小さな声。

 イシュタルにとっては、死神が耳元で囁いているように感じた。

 そして、アリマが次に取った行動は──

 

「づ!!??」

 

 ベルの首を右手で掴むことだった。あまりに突然の行為に、ベルの思考は真っ白になる。

 その力は凄まじく、ベルの抵抗などではアリマの腕を引き剥がせない。

 アリマがベルを掴んでいる腕を振るう。ベルは右方の壁に一直線に投げられた。ベルが衝突した壁は砕け散り、瓦礫となってベルに降り注ぐ。

 ベルが動くことのできない傷を負ったことを確認したアリマは、ゆっくりとイシュタルに歩み寄る。

 

「な、何を──!」

 

 何が起こったのか分からないのは、イシュタルも同じだった。イシュタルが何か言い切る前に、アリマの拳が彼女の鳩尾に叩き込まれる。

 イシュタルは痛みにより気を失い、地面に崩れ落ちる。

 ベルが朦朧とする意識で見たのは、イシュタルを肩に担ぎながら歩いていくアリマの姿だった。その光景を最後に、ベルの意識は途切れる。

 その日を境に、アリマはオラリオから指名手配されることになる。

 

 

 




 新年ですね、あけおめです!
 カドモス戦はどうなったか? ヒットアンドアウェイの地味な戦いなのでカットされました。ちなみに、アリマさんは1人でカドモスをぶち殺し回ってました。
 感想・評価お待ちしています。
 おとしだまみたいにたくさん……(そう、おとしだまのように……)
 俺は何故、正月でも何でもない日にこのネタを使ったんだ……。どしてェ……。













 次回から最終章です。

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